涙は枯れて
―――曰く、剣術とはあってない様なものだ、らしい。
「シィィ!!」
踏み込みから切り払い、そこから更に一歩前へと踏み込みつつ刃を戻す事で斬撃を重ね、体を捻って回転させることで斬撃を更に操り出し、そして体を後ろへと下げる動作で袈裟斬りを繰り出しつつ刃を水平に振り回し、踊るように連続で斬撃を重ねる。斬撃を繰り出す速度は周りにいるプレイヤーと比べれば雲泥の差であり、他人と比べれば手数が五倍から六倍に伸びている。
そうやって第四十九層フロアボス≪ザ・タイラント≫という四腕の巨人の足を斬りつける。それでよろめく程相手は弱くはない。しかし、ダメージは確実に溜まって行く。小蠅を払う様に振るわれる腕をバク転で飛び越えながら斬撃を重ね、繰り出す攻撃が四十を超えたところで後ろへと大きく飛び退く。その瞬間に背後から巨大な矢が飛来し、それが≪ザ・タイラント≫の顔面に命中する。下がる瞬間をカバーしてくれるシノンに感謝しつつ、敵が見えない事で薙ぎ払いが雑になっている≪ザ・タイラント≫の攻撃を回避し、タンク達の後ろへと下がる。下がったところで口を開く。
「タンクの皆さん頑張って―――!」
「ぶひぃぃぃ!!」
「黒髪ロリに応援されたぞ貴様らァ!!」
「俺だ! 俺に言ったんだ!!」
「うるせぇ!! 何言ってんだ! 馬鹿野郎、俺に決まってんだろ!!」
「馬鹿言ってないで仕事を果たすぞお前ら! ピザでオタクな俺らの体が邪魔なだけじゃないって証明するぞおい……!」
「ヤァ―――!!」
応答と喜びと笑いが混じった声がボスフロアに響く。その声と共に突撃の準備を完了していたタンクプレイヤー達が一斉に前に出る。言葉の通り、彼らの大半は太っている。デブ、ピザ、オタクと馬鹿にされてきた姿の男たちだ。実際こういうオンラインゲームを遊んでいる層のプレイヤーで”そういう”のは多い。しかしアインクラッドは平等に不平等なのだ。
たとえデブだろうと、醜かろうと、生きる意志さえあれば強くなることができる。
そして体が大きいという事は、
「それだけ守れるって事なんだよ! とめっぞお前らァ!」
「応ッ!」
ラッシュから復帰した≪ザ・タイラント≫が両腕を振り上げ、打撃の体勢に入る。これから二重連撃を超える拳のラッシュが来る。その予備動作だ。相手のHPが減ってきたことにより≪逆境≫のスキルが発動し、元々の二倍近い威力が出るだろう。だがその事実に対して恐れる様な者は一切存在していない。この部屋に踏み込んだ瞬間から”死んでも守る”という意思を持って戦っているのがタンクプレイヤー達だ。
重厚な装備に身を包んでいる彼らが一番の臆病者ではない。
その鎧を捻じ曲げ、砕く様な存在を正面から受け、そして止める彼らこそが真の勇者なのだ。
「―――!!」
ラッシュが始まる。一度に前に出るのは四人のプレイヤーだ。まるでバリケードの様に横に並び、そして大盾を壁の様に目の前に突き立てる。それに全体重、そして筋力を乗せ、正面から来る衝撃を一撃堪え、そして二撃目で吹き飛ぶ。しかしその吹き飛ぶ動作はあらかじめ決めておいた、計算されたものだ。自分の足で下がるよりも殴られて飛んだ方が後退が早いという理由で、だ。既に吹き飛ばされながら受け身を取る体勢は出来上がっている。それだけ殴り飛ばされ慣れている。そして殴り飛ばされている間に、次のタンクプレイヤーが入ってくる。
「だらしねぇなぁ!!」
「俺らのターンだ! ヒャッホォごっほげっほおっほぉ」
「むせてるんじゃねぇよ馬鹿ミルク飲むか!?」
「飲みたいけど飲めないグワーッ!」
笑いながら突撃し、それに軽いコントが混じるのも本当に何時も通り。まるで命を賭けて戦っている様には全く見えない。しかし、現実として一撃一撃に命が奪われている。少しずつだが死に近づいている。だが恐れない。臆さない。怖いし、死にたくはない。だけど笑っている。それが攻略組の流儀。それが攻略組として戦い続けるという事の意味。それが攻略組という一つの修羅の形に染まる事。
闘争は日常の延長線でしかなく、自然と受け入れるものである。
故に無駄な気負いはない。無駄な興奮はない。無駄な消耗もない。生きるために日々闘争を。
生きる事とは、戦う事なのだから。
ローテーションでボスの攻撃を受け、ボスの攻撃が一瞬だけ緩む。その瞬間に攻撃に耐えていたタンク達が後ろへと大きくバックステップを取る。その瞬間がアタッカーにとっての攻撃チャンスになる。わざと大きく跳躍する様にバックステップしてくれるのはその下や横を簡単に潜り抜けてボスへと接近する事を可能とする為だ。その交代の動きにシノンが隙を潰す為の援護射撃の連射、十本の矢をスタンを叩き込む様に放つ。そして、それは成功する。もはや魔弾と表現しても良いシノンの射撃の腕前は弓本来の仕様を超えて的を当てることさえできる様になっている。
故に四十メートル程度の距離であれば関係なく目標とした場所に当てられる。
「アタッカー第一陣GO! GO! GO!」
「しっかり仕事しろよヒョロイの!」
「頼ってんだから次の出番まで黙って回復してろデブ!」
アタッカーの最初の陣が横を、下を、飛び越える様にタンク達を抜けてボスへと到達する。それぞれ槍や剣、斧と持っている武器は違う。しかし全員共通として≪ソードスキル≫を放つ準備を完了させており、接近と同時に単発で一番威力の高いものを叩き込む。シノンの攻撃によってスタンした所に避けようのない一撃が叩き込まれ、その巨体が大きくよろける。HPバーも残り一本、それも既に半分を切っている。このまま押し込めば勝てる、
そう考えるのが普通だが、
「スイッチ!!」
無駄な欲はかかない。あくまでも相手が死ぬその瞬間までパターンは崩さない。十人を超えるアタッカーによる≪ソードスキル≫での攻撃が終われば、
続くのはアタッカーの第二陣。
高速で動け、アタッカーの中でも連携と技量のある、攻撃しながら回避できるプレイヤー達の陣だ。一陣目は動きが遅い代わりに一撃一撃が重いタイプのプレイヤーであり、回避能力や防御能力が低い為、確実に攻撃を与えられ、活躍できる場を提供するという意味でスイッチ直後を場所として提供している。彼らの活躍はたった一回で、その後直ぐにスイッチで交代する為次のループに入るまでは出番はない。
ただしクリティカルと火力特化の彼らの攻撃はたとえ大型のボスといえでも無視できる衝撃ではない。
体勢が崩れたその瞬間に一斉に残ったアタッカーが殺到する。第一陣が後ろへと下がる瞬間、その時には既にボスへと到達している。そこには勿論、自分の姿もある。一瞬で到達するのと同時に刃を滑らせ、すれ違いざまに斬撃を重ね、そして斬りあげる。そのまま黒い線としか周りに姿を残さない様に動きつつ攻撃を重ねる―――それはなにも自分だけではなく、周りのプレイヤーもそうである。お互いに攻撃を邪魔しあわない様に、お互いの武器と距離、そして動きを把握しながら個人ではなく”集団”として動く。
もう末に四十九回目のボス攻略戦なのだ。ここに参加しているプレイヤー達のタイミングは、お互いに良く把握できている。ギルドやパーティーの枠を超えて、攻略組は”攻略組という一つの大きな家族”と言っても良い関係にある。だからやりたい事は口にしなくても大体雰囲気として伝わってくる。
そうやって攻撃を素早く重ねている間に、ボスが動きを復帰させる。その復帰までの時間は僅かで、おそらく三秒程度の時間だっただろう。しかしその間にトータルで三桁に届く程の攻撃が加えられている。相手の復帰を確認するのと同時に体は攻撃から硬直する事無く、敵から離れながらも斬撃を放つ。そしてそれに入れ替わる様に再びタンクが前へと、守る為に出る。
「あとちょっと、あとちょっとだ……!」
「第五十層も後少しなんだよ畜生、そこをどけよ!」
「っせーのっ!」
ボスが狂った様な攻撃を繰り出す。その僅かな攻撃の合間にタンクが居場所を交代し、回復し、そして再び前に立って攻撃を受け止める。しかし今までとは違いその動きに終わりはない。HPがあと少し、一ループ程度になったことからAIが強化―――否、狂化されてきたのだろうか。そういうフシが見える。相手は死にたくないのだ。
だが、それは此方も同じだ。
風を切って横へ回り込む姿が見える。黒い装備―――キリトの姿だ。それが壁を足場に走りながら二刀を壁を走りながら構える姿を見て、これから何をするのかを完全に悟る。それを援護する為にも自分も行動に移す。左手でサインを送り出しながら動き出せば察してくれる仲間は大勢いる。
確かにプラン通りやるのも大事だが、
それで状況が開けない場合に必要になるのは勇気だ。
故に最初に発生するのは援護による妨害だった。
「割り込ませてもらうわ」
そう言ってシノンの攻撃は余りにもあっさりと≪ザ・タイラント≫の意識を縫い、その顔面に衝突する。しかしその程度では攻撃は止まらないし、怯まない。だが重要なのはそれで一瞬でも相手の意識が攻撃から抜けた事であり、それによって得られる自分のアドバンテージだった。
「カリキュレイト、インタラプト―――」
師匠、シュウに教わった通りに呼吸と意識の合間を縫って相手へと接近し、その上で相手の攻撃を妨害する為の攻撃の支点を見抜く。その一点に攻撃を叩き込む事で、腕を一本だけだが動きを停止させることに成功する。そしてそのおかげで相手の意識が此方へと向けられる。後ろへと体をスライドさせ、タンクに庇ってもらいながら、
相手の意識を此方へと向けさせ、そして”呼吸を奪う”技法を完成させる。
「エンカレッジ」
シュウであれば文字通り息をする様に成功させるだろうが、未熟な自分はこういう風に流れを作らなきゃ成功出来ない。しかしその成果として、ボスは攻撃をしながらも意識を完全に此方へと向けてのみ、向けられる。その呼吸を奪って此方しか強く認識できない様にした。その結果として、
キリトの存在が意識の死角へと移動させられた。
「―――スキルコネクトシステム≪OSS≫起動……!」
そう言ったキリトの声はボスには届かない。そしてそれからキリトの連撃が始まる。
「≪ヴォーパル・ストライク≫―――」
壁から一直線に加速し頭を横から刃が突き刺し、
「≪エンド・リボルバー≫≪カウントレス・スパイク≫≪ローカス・ヘクセドラ≫―――」
≪ローカス・ヘクセドラ≫の効果で麻痺効果が発生する。耐性を持っているボス相手だから意味はないのだろうが、それでも相手の動きが一瞬だけ遅れる。
攻略組にとっては付け入るには十分すぎる隙だ。
シノンの援護の炸裂矢が叩き込まれ、
「≪シャイン・サキュラー≫……!」
「斬る」
「LAを取るチャンスだぞてめぇらぁ!! 遠慮なく叩き込め……!」
体勢が崩れる敵へと向かって、一斉にトドメとなる≪ソードスキル≫が発動する。色とりどりのエフェクトに部屋が染まり―――そして、≪ザ・タイラント≫の体に叩き込まれる。キリトが回転しながら床に着地するのと同時に、≪ザ・タイラント≫の二十メートルを超える巨体がゆっくりと、倒れる。倒れるのと同時にボス部屋にいたプレイヤーの手元にリザルトを表示するホロウィンドウが出現し、部屋がレベルアップのエフェクトで満たされる。
「っしゃあああおらあああああ!!」
「四十九層攻略完了だおらあああ!!」
「これで五十層だ……!」
一斉にボス部屋奥の階段へと向かってプレイヤー達が走って行く。その姿を眺めてから、体から埃を払うキリトの姿を確認し、片手を上げて挨拶する。しかしキリトは軽く頷くだけで二刀をしまい、そのまま歩いて階段へと向かってしまう。そのまま黙って去って行くキリトの背中姿を眺めていると、
「あー、終わった終わった」
「あ、シノンさん。援護グッジョブでした。お疲れ様です」
「はいはい、お疲れ様。と言っても私四十メートルラインから一歩も動いてないから全く疲れてないんだけどね」
緑色の弓兵装備のシノンが二メートル級の弓を二つに折り畳み、背中に背負う。後ろからやって来たシノンが溜息を吐きながら横に立つと、此方の背中を軽く押す様にして歩き始める。そのシノンの横に並び、もうほとんど人のいなくなったボス部屋から脱出する為に会談へと向かう。途中、残ってリザルトを確認しているプレイヤー達がサムズアップを向けてくるので、それにサムズアップを返して挨拶しておく。
「結局今回もシュウとヒースクリフにストレアも来なかったわね」
「うん。師匠が言うには僕は後は技術の完成度を上げるために反復練習を無限に続けるだけらしいし、ヒースクリフさんは自分なしでも戦える様じゃなきゃ未来はない、って言ってるし。ストレアさんはミニスカサンタのコスプレしてアルバイトしてた」
「一人だけ異色放ちまくってるわね……」
「そうだね……」
しかもこれでアルバイト内容が普通にエギルの店での売り子なんだから若干リアクションに困る。しかもクリスマススペシャルセールとかなんとか。値段は何時もと同じのクセに。
と、そんな事を話しながら階段を上がり切ると、
第五十層に到着する。
空は暗く、そして雪が降っている。
季節は冬―――クリスマス・イブまではあと一週間、という風になっている。
リアルの話を持ち込むのであればキリストの到来を待ち望むアドベント期間もそろそろ終わりを迎えそうになっている。十一月からはじまり、クリスマスに起きるキリストの到来と共に終わるアドベントという期間。
しかし神様がいないこのアインクラッドでクリスマスにやって来るのは一体何なのだろう。
「あー……雪が降ってるなぁー……」
「雪が降ってるわねぇー……地味に寒い所まで再現するから面倒ね」
「マフラー欲しいのに師匠ってば”マフラーはキャラが被るからダメ”って装備させてくれない」
「あの男、軽く鬼畜よね」
今年のクリスマスは、皆にとって少しだけ救いのある、
そんな日になれば良い。
そう願いつつ白い息を吐き、第五十層の街開きの為に街へ続く道を歩く。
デブだろうがブサイクだろうが、攻略組はトップの中のトップで全員が超精鋭なので基本的に”全員モテる”。風俗街にんでもいけば向こうから勝手に声がかかってくるぐらい。割と攻略組の面子はいい意味でも悪い意味でも有名だから顔は覚えられている。
まぁ、これだけ気合入ってりゃあそりゃそうだよね。
はい。皆だいしゅきぃぃ! な、クリスマスだよー(壁ドン