修羅に生きる   作:てんぞー

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虚ろな世界 Ⅵ

 迫る凶器に対して取れる選択肢は少ない。呼吸を読んで斬る事、そして逃亡を阻止するために腕が握られている事。この状況だけを考えるのなら限りなく詰みに近い状況である。実際、このままであれば回避する方法は間違いなく存在しない。武器も相手の体に食い込んだままで手元には存在しないからだ。だからこのまま死を受け入れるか、どうだろうか。死ぬのか? 俺が?

 

 この程度で?

 

「こんな小手先の技で俺が死ぬわけないじゃないですかやだぁー」

 

 それを刃を回避しながら答える。

 

「!?」

 

 驚愕の雰囲気が伝わってくる。それを通して相手が完全にシステマチックに動いている訳ではない、という事は理解する。しかし刃は完全に回避できている訳ではない。腕が捕まれている為体を横へズラし、その軌道から体を掠る様にズレという方法しか取れない。しかしそれは時間にしては十分すぎる時間だ。刃が体を掠りながら通り抜けた先、復帰を終えたニンジャが襲撃者の背後に回り込んでいる。頭巾から覗く目が此方とアイコンタクトを取り、刹那の意思確認が終わる。

 

「ボディチェック、イヤーッ!」

 

 相手ごと此方を巻き込む様に鉄山靠をニンジャが放つ。その衝撃に相手の両足が床を離れ持ち上がり、そしてその体が此方に押し付けられるように、共に吹き飛ばされる。それでも相手は此方を逃がさない様に手を離さない。故に相手の刃を脇に抱える様に体を動かし、吹き飛ばされている間に自分から掴まれている腕を切り落とす。

 

 そのまま両足で相手の頭を掴み、一回転しながらフランケンシュタイナーを決め、相手を床へと叩きつける。そのまま片手でバク転して距離を取り、直地と同時に呼吸のタイミング、方法を切り替える。そのまま三秒ごとに自分の呼吸法を切り替える事を忘れない様に留意する。

 

「何か技や技術を見せるって事は”見せてもいい”って意味だ。そりゃあ単に便利だから、って意味じゃなくてパクられてもそれ以上の技術やカウンターとして使えるもんが存在するって意味なんだよ。お前は知ったこっちゃねぇかもしれないけど、今までやってる技術はどれも”基礎で基本”なんだよ」

 

 つまり、なんと言いたいかというと、

 

「まだ、この程度じゃあ俺という可能性を潰せないなぁ! はーっはっはっはっはぁ―――!!」

 

「誰かあのラスボス殺しなさいよ」

 

「できたらやってる」

 

 倒れている襲撃者が跳ね上がる様に体を飛ばす。次の瞬間にその体があった場所に矢が数本突き刺さる。床の材質が金属や宝石であろうと、それを関係なく突き刺す事の出来る矢と弓を使いだしたシノンが相手に回避しか選択させない様に追い込む矢を連続で放つ。素早く矢を取り出して放つその技術は銃で言う早撃ちの技術であり、矢を放つショットガンを使っているような感覚さえある。その間にベルトからポーションを取り出し、それを飲む。

 

 それでも斬りおとした左腕は再生しない。部位欠損ペナルティは中々修復し難い。

 

「仕方あるまい、抑え込むぞ」

 

 シノンの矢を回避した先でヒースクリフが飛びかかる様に飛び込んでくる。その姿を見て相手が再びカリキュレイトの動作に入り―――ヒースクリフが呼吸を外し、逆に呼吸を合わせる。潜り込まれるところから相手のリズムを怖し、それに一方的に合わせる。

 

 つまり潜り込んだ相手に対して潜り込み返す、という常識ではありえない技術は一瞬で、カウンターとして完了させた。その結果としてヒースクリフの着地、そして攻撃モーションが迎撃の前に完了し、シールドバッシュが襲撃者の体に叩きつけ、押し付けられる。

 

「≪ディスペリング・バッシュ≫」

 

 それは≪神聖剣≫のスキルなのだろうか、聞き覚えのない≪ソードスキル≫だった。しかし結果としてヒースクリフの握る盾は白いオーラを帯び、そしてそれが襲撃者へと向かって爆発する様に降りかかる。部屋そのものを光で満たす閃光は一瞬で部屋を隅々まで照らすのと同時に、襲撃者がその全身に纏わせていた闇の衣を剥ぎ取り、そして完全な姿を晒させた。

 

 先程斬った時に見えたのは女である事と、そしてその髪色や顔としての特徴だが、ヒースクリフが完全に闇を晴らしたおかげでそれ以外の情報も見えて来る。例えばその名前や、レベル、そしてどういう存在なのか、等と。

 

「グリーンカーソル―――プレイヤー!?」

 

「それにしては、”感じ”がおかしいな」

 

「ま―――なんだっていいだろ。興味はねぇ」

 

 そう言って、極々自然な動作でPohの刃が襲撃者―――≪ストレア≫と表示されているプレイヤーらしき存在の肩に食い込ませる。そのPohの動作は余りにも自然すぎた。無造作に歩き、近づき、そして友の肩に手をかける様な気安さで刃を埋めた。それが敵対行動であり、異常である事を攻撃が食い込むその瞬間にならない限りは絶対に気が付けない、そんな異常性だった。呼吸を呼んで潜り込むような技術とも、自分の仮死状態に追い込んで気配そのものを消し去る技術ではない。

 

 それとはまた別の、殺す為だけの技術だ。

 

「ッ!?」

 

「始めて人間らしい感情を見せたな」

 

 喜色を隠さないPohが再び刃を振るい、今度は首に刃は叩き込む。Pohのそれは非常に厄介な技術だ―――目の前の行動を敵対行為だと認識できない。だから味方でも構わず殺せる様な思考の人物ではない限り、正面から相対することが出来ない。もしくは”違和感を感じたから殺すか斬る”程度の即決即断の思考力を求める。

 

 例外として解決にはならないが、瞬間的な対応策はそれでも存在する。

 

「―――」

 

 故に両手剣を薙ぎ払う。背の丈ほどあるであろう両手剣の対象を自分の周囲の空間とし、振り回す事でPohを自分から引きはがす。そうやって自分だけの空間を作り上げる。しかし、

 

 数とは暴力であり、そして決定的な差となる。

 

「スリケン・ジツ―――≪影縫い≫」

 

 襲撃者の影に棒手裏剣が突き刺さる。既に炎によって光源が確保されており、尚且つ敵にも味方にも影が存在している―――ユニークスキル≪手裏剣術≫のスキルの一つ、≪影縫い≫は相手の動きを完全に封じ込める術。故に襲撃者ストレアの動きが数秒間と言えど、停止する。確認できる相手のレベルはおそらく八十前後。故に普通なら一分ほど拘束できる技であっても数秒程度しか持たない。

 

 十分すぎる。

 

 シノンによって追い込まれ、ヒースクリフによって正体を露わにされ、Pohによって追撃され、そしてニンジャによって足を止められる。

 

 攻略組のプレイヤーが前線で使う”最低限の連携行動”のパターン、マニュアルの一つだ。

 

 何ら特別な事はしていない。ユニークスキルが絡んでいるという点を除けば、これぐらいの連携は攻略組であれば出来て当然となる。技術やスキルは真似できなくても、誰と出会っても連携は出来る様に鍛えられている―――そうしなければレイドボスへの挑戦権が得られないからだ。たとえレイドボスに挑戦しないプレイヤーであっても、トップに存在するのであれば、使う使わないは別として覚えている事はまず間違いなく必須となる。

 

 知ると知らないでは全く結果が違うからだ。

 

 知っていれば対処する事も、利用する事もできる。故にこの程度の連携は出来て当然であり、そこに技量とレベル、能力が合わさる事で、

 

 一対六という状況は絶対的に覆せなくなる。

 

 縮地でストレアの前へ移動する。その背後にはユウキが立っている。カリキュレイト、ではなく純粋に早く動く為の歩法だ。何故なら、

 

「ほいほい使うと読まれるからな。奇襲で使うのは良い。だけど連続で使うとさっきみたいに利用されるから気を付けた方が良いぜ。……まあ」

 

 ストレアの体に埋め込んである刃に手をかけ、

 

「―――こんなもんなくても認識しない斬撃ぐらい放てるけどな」

 

 刃を引き抜きながら斬撃を二十回、刹那の間に叩き込む。それをトレースする様にユウキが背後から未熟ながらも同じ技術で斬撃を重ね、動く。≪影縫い≫を強引に相手が突破しようとする。が、その前に場所を入れ替える様にユウキと共にストレアの横を抜けて、互いに刃を一閃させる。

 

 斬撃の、軌道が、捻じ曲がる。

 

 刃の一閃が腕と足を斬りおとす。

 

「奥の手を出すなら更なる奥の手を持て、だもんね」

 

 まさにその通り。見せて良いから使っている。それが切り札だと相手が勝手に勘違いして使ってくれるなら更に儲けもの。執拗に暗殺スタイルをメインに、そしてまるで奥の手の様に剣術を使っているのは勝手に思い込ませる為の一種の戦略である。相手が勘違いして斬りかかってきたらそのまま相手を必殺し返す為の、だ。評価ステルスさえも一つの手札に過ぎない。

 

 戦闘を極めるのであれば、

 

 生活、態度、ブラフ、キャラクターを戦闘の為に特化させろ。

 

「”戦闘経験を捏造”するまでもないほど弱いぜお前」

 

 そう言って両手足を失い、首と体だけのダルマ状態になったストレアを足で踏みつけ、床に固定する。刀を投げ捨て、そして唯一無事な右手を再びベルトへと伸ばし、予めセットしてあるアイテムの一つ、水筒を取り出す。その中に入っているのは水なんかではない。

 

 肝だ。

 

 それを口の中にいれ、水筒を捨てる。そのまま踏みつけているストレアを解放し、首を掴んで持ち上げる。人差し指と親指を顎の後ろに差し込み、無理やり口を開かせ、口が空いている隙に、

 

 唇を重ねる。

 

 そのまま舌を使って口の中のものを相手の口の中へ押し込み、喉の中へと押し込んで行く。それを相手がしっかりと飲み込んだのを確認してから唇を離し、相手を床に落とす。ベルトから別の水筒―――今度は普通に水の入っているそれを口の中に注ぎ、口の中を濯いでから横に吐き捨てる。

 

「二十七層で発見されたネームド・モンスターの≪キマイラ≫の肝だ。現在観測されているモンスターの中で一番凶悪で極悪な麻痺毒の持ち主―――≪解体術≫スキルの超低確率ドロップだけどこいつを食べたり武器に塗ったりして使えば一時間は動けない、ってな。まぁ、聞こえてても一切リアクションは取れないだろうけどさ」

 

 片手しかないので割と不便だが、相手の無力化には成功した。投げ捨てた刀を蹴り上げてキャッチし、それの柄をニンジャへと向けて軽く蹴り、刀を返しつつ右手で捕獲した襲撃者であるストレアを首で掴んで持ち上げ、そのまま運ぶ。

 

「ミッションコンプリート」

 

「奇襲を食らったときには驚いたが、技量が受け流せるレベル程度の物だったから完全に受け流せたし、”事実上ダメージなし”で済んだな、今回は」

 

「ま、収穫があってこの程度の損害なら良いだろ。あんまり団体行動というのも苦手なんだ、さっさと帰らせてもらうぜ。俺はその女に用も興味もないしな」

 

 視線をPohの方へと向ければ、≪穴≫はまだしっかりと残っている為、それをPohがさっさと抜けて、向こう側へと消えてしまう。それを追いかける様にシノンが≪穴≫の向こう側へと消え、そしてヒースクリフが≪穴≫を抜ける前に此方へと視線を向けてくる。

 

「尋問、あるいは拷問に関しては此方でやる―――と、言いたい所だがそう言う技術に関してはお前の方が上だろう。出たらそのまま≪転移結晶≫で二十層の本部まで来てくれ。監禁用の地下室がそこには用意してある。ではな」

 

 そう言ってヒースクリフも≪穴≫を抜け、この空間―――≪ホロウ・エリア≫から去って行く。おそらく何らかの敵対者からの攻撃、侵食行為だったのだろうが、不発に終わったざまぁ、と言った心境だ。ともあれ、ニンジャが殿を取る為に残ってくれている。視線を向けると片手を上げてお疲れ、とサインを送ってくる。サインを送り返そうとすると残った手で持ち上げているストレアがぷらーんと、揺れる。

 

 二人で揃って笑う。

 

「はっはっはっはっは!」

 

「いや、僕はなにがおかしいか解らないんだけど……それはそれとして、この人が使ってた両手剣、一応回収しておいたよ。”要求STRが高すぎて持ち上げられないからインベントリに入れる事しか出来なかった”けどね」

 

 そう言ってインベントリを可視モードで表示するユウキ、そこには≪インヴァリア≫と書かれた両手剣が追加されていた。密かに心の中で武器を回収したユウキにグッジョブ、と称賛の声を送りつつ≪穴≫へと向けて歩き出し、そしてそれを抜ける前に一旦足を止めて振り返る。

 

「ここから先はR指定になるかもしれなくてちょっとお兄さんワクワクしてる……!」

 

「師匠、ウザイから早く進んで」

 

「お、おう……」

 

 乙女の心は複雑だなぁ、と大声を出して言うとユウキに蹴りを叩き込まれ、そのまま落ちる様に空間にぽっかりと開いている≪穴≫の中へと、落下する様に抜けて行く。

 

 ―――色んな意味で、ここからが本番になるなぁ、と思いつつ。




 死亡フラグは確かにあるのだろう。

 だがたったの一言もそれ、成立させるとは言っていない。死亡フラグはちらつかせて食いついて来た死神をリンチする為の物。

 そもそも何かを見せるんだったらそれに対するカウンターを組んでいるのは当たり前。目撃者を全員殺しているならともかく、見られた以上は警戒されるんだからそれを元に相手を誘導するのもまた手の一つ。

 ヒスクリ、ニンジャ、Pohやシュウさん辺りはここら辺の手札を大量に用意して、どれが本当の切り札か解らない様にしてるんだけどね。

 ともあれ次回……!

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