会議室から出て、そして貸し切っているサロンからも出る。そうやって街中へ出ると、どこか殺気だった気配が立ち上っているのを感じる。その気配の先が間違いなくアスナをナンパしているアルベリヒとやらの居場所なのだが、随所に隠れる様に存在する血盟騎士団員は本当にノリが良いな、とちょっと羨ましくなってくる。団体行動は苦手というか、自分の性格と性質的に団体を”破滅”させてしまうから風林火山にも血盟騎士団にも所属せず、ユウキだけ引き連れて行動しているから、集団でわいわいやっているのにはちょっとだけ憧れがあったりする。
まあ、それは置いて、この状況はヒースクリフを煽るネタが増えるのは実に良い事だ。
「頭痛薬がほしくなるな……」
「ないなら作れよ、得意だろそういうの」
ヒースクリフが此方へと視線を向けるが、笑顔を返してやる。ヒースクリフが此方から視線を外して歩き始めるが、こっそり拳を握っていることは隠せていない。何時の日か、ブチギレて殴りかかってくるヒースクリフの姿を見て、それをネタに更に煽るまで、ヒースクリフ煽りは止められないなぁ、と心の中で呟きながら気配をたどる様に街中を行く。
どうやらそれなりに騒ぎになっているようで、問題の場所へと近づけば近づく程に人ごみが増えている様に見える。その状況にヒースクリフは頭の痛そうな表情を浮かべ、そしてニンジャとシノンは何時の間にか姿を完全に消失させていた。シノンの気配はすぐに辿れ、視線を近くの屋根の上へと向ければ、そこを飛び移る様に移動する姿のシノンが見えるが、ニンジャに関しては完全に隠れており、その姿も気配も感じれない。
アレの恐ろしい所は、隠形という一点に関しては絶対に勝てない領域にあるという事だ。どんなに気配を探ろうとも見つけ出すことができない。だからどこかで隠れつつも進んでいるだろうと予想し、そのままヒースクリフについて行くように歩いていると、後ろから引っ張る感触がする。後ろへと視線を向ければ、ユウキが服の裾を握っていた。
「ねぇ、師匠。アルベリヒって人は自殺志願者なのかな―――これって血盟騎士団に間違いなく喧嘩を売っているよね?」
「そうなんだよな、どんな馬鹿であれ血盟騎士団の名を知らない訳がないんだよな」
血盟騎士団と言えば≪神聖剣≫の使い手であるヒースクリフによって率いられる最強、と呼ばれているギルドだ。その団員数はヒースクリフを含めても三十人程ではあるが、そのプレイヤーのほぼ全員が最前線でソロで活動できるほどの猛者、攻略組プレイヤーに分類される人物達だ。戦えないプレイヤーもそれぞれが別のジャンル、たとえば≪鍛冶≫であったり≪細工≫に特化していたりする為、ギルドの中に無駄なプレイヤーが一人として存在しないと言われている。
実力者が最高の環境で戦い続ける為のギルド、それが血盟騎士団だ。
―――そこにオレンジ、グリーンの区別はつかない。
故に俺も、ユウキも、そしてPohですら勧誘された経験が存在する。
そんな血盟騎士団をヒースクリフはカリスマだけではなく実力でも纏め上げている。団長になりたいのであれば決闘で自分を倒せ、とも宣言している―――が、それを誰もやらない。それもそうだ、なんだかんだで部下の為に全力で働いているヒースクリフの事を、団員たちは敬愛しているのだから。だから団員達の結束は固く、そして非常に優秀に働く―――人格はともかくとして。
そして、だからこそ血盟騎士団には喧嘩を売らない。売れない。一人に喧嘩を売れば全員が武器を握って容赦なく殺しに来るからだ。少なくともそれレベルの仲間意識は存在する。そして攻略組を纏めて相手する様な馬鹿な真似ができるのは知り合いの中でも一人だけ―――Pohぐらいのキチガイだろう。ただPohも時期は選ぶものだ。今回の相手はPoh以上のキチガイなのか、それとも全プレイヤーの常識を理解していない馬鹿、という事になる。
―――或いは、血盟騎士団に勝利する秘策がある、ということになる。
……まぁ、ヒースクリフが俺以外の相手に正面から戦って敗北する光景が思い浮かばないんだけどな。お互いに奥の手は三、四は用意しているとして、防御を無視して人間相手なら解体できるし、俺の勝ちかなぁ……。
「師匠、顔が悪い顔なってるよ。何を考えているのか大体解るけど師匠、計画とか全部ノリで吹っ飛ばすタイプだからやめようよ」
「それな。その場のノリで動いたほうが成功するタイプだからな、俺」
「なんだかんだで僕も同じタイプだから師匠の事を何も言えないんだよねー。師が師なら弟子も弟子か」
「生意気言う様になったなぁ、こいつ」
ユウキの頭を片手で掴んで締め付ける。この世界、痛みは存在しないのだがこういう行動に来ると圧迫感は感じれる。故に片手の中でユウキが呻き、悲鳴を上げ始める。心地よい悲鳴だと口にすると周りから変な視線を向けられるがそれを無視しつつもう少し前へと進めば、
開けた場所に出る。
広場にはそれなりに人が集まっていた―――と言ってもそのほとんどが周りから見守る様に囲んでいるのだが、距離が大きく開いている。遠巻きに見ているだけの衆人環視を無視する様に、広場の中央には複数の姿がある。
一つは大きめの片手剣を抱えるアスナの姿。もう一つはその前に立つ黒い装備の少年の姿。そしてその二人に相対する様に立つのが金髪に豪華すぎる装飾を施された装備の男、その背後には白い装備で統一された集団がいる。おそらく、この白い豪華な装飾の装備の男が、アルベリヒという馬鹿なのだろう。というか、
「お、キリトじゃん。アイツ下層の方で休暇とってるもんだと思ってたけど何やってんだ」
「やれやれ、借りが出来てしまったかな」
そう言ったヒースクリフが遠慮する事無くそのまま前へと進み、広場中央へと向かう。物怖じしない男だ、と呟きつつその姿を追いかけ、キリトとアスナのいる広場中央へと到着する。アスナもキリトもヒースクリフが出てきたことにあ、と声を零して驚いている。が、それを気にする事無くヒースクリフはキリトの前へと、アルベリヒを視線だけで押し下げる様に出てくる。
「さて、私がギルド≪血盟騎士団≫のギルドマスターであるヒースクリフだ。なにやら部下から君が私の副団長にちょっかいをかけていると聞いてね、個人的な話ならともかく、所属やギルド全体に関係する様な事であれば彼女の前にまず私に話を通してもらおうか」
「いいぞ団長!」
「それでこそ団長!」
「かっこいいぞ団長!
「団長抱いて!」
「なんでさりげなく貴方まで混じってるの」
アスナの容赦のないローキックが膝に叩き込まれてくるが、それをぐっと堪える。そんなアスナのリアクションとは裏腹に、ノリの良い血盟騎士団の団員たちが屋根の上からサムズアップを向けている―――しかしそんな彼らのもう片手に握られているのは投擲用の手槍や手斧だった。遠距離攻撃がシノン以外は投擲に限られるこのアインクラッドで、直接的に投げることができる武器はこの二つに限られる。故に、熟練した冒険者プレイヤーであればその扱いを熟知している。
街中でダメージは発生しないが、衝撃は発生する。
アスナの前から吹き飛ばすぐらいの事は出来るが―――なんでどれもこれも石製なのだろうか、と問うてはいけないのだろう。
「―――決まっているではありませんか」
アルベリヒと思わしき男が最初はヒースクリフの眼光に負ける様に、しかし次第に自信を持つように勿体つけて言う。
「論じる必要すらありません。それは―――そこではあまりにも彼女が可哀想だから、ですよ」
「可哀想なのはこいつの頭だろ」
「師匠、シッ」
アルベリヒが此方へと視線を向ける。なので吸っている煙草を口から離し、ユウキの方へと視線を向けて煙を吐き、涙目で煙を払おうとしてから胸を叩きに来るユウキの姿を愛でる。やっぱり年下の子はいじめられる姿が一番かわいく見えるなぁ、なんてことを思っていると視線を外される。アルベリヒが再び言葉を続ける。
「故に彼女を此方のギルド≪アルヴヘイム≫へと招待しているんですよ。レベルも、装備も、そして環境も此方の方が遥かに良い物を提供できる。そちらにいるよりは此方にいる方が彼女の為にもなる。たとえばこんな風に―――」
そう言って、アルベリヒはインベントリから一本のレイピアを取り出した―――しかしそれは見たこともない、美しいレイピアだった。見ただけでそれがレジェンダリー級の武器である事が理解でき、そして扱うにしたって物凄いステータスを要求されるものだと理解できる。それをアルベリヒは難なく片手で持ち上げていた。恐ろしい事実に―――アルベリヒのステータスは間違いなく、此方を凌駕していた。
「此方へとついてくくれれば、これを無料でアスナ氏へと提供します」
アルベリヒのその言葉に一瞬で衆目が沸き上がった。一目で高級品と言えるものをプレゼントする、と言ったのだから。かなり情熱的な勧誘である事には間違いがない―――相手が血盟騎士団である事を抜けば。再び屋上の方へと視線を向ければそこでは半分野生化して獣の様に牙をむく団員たちの姿が見える。ヒースクリフもそれを見たのか、盛大に溜息を吐き、そしてアルベリヒを正面から見る。それをアルベリヒは無視し、アスナへと視線を向ける。
「どうでしょうか? 貴女は才能を持っている。しかし、そこでは完全に貴女を使いこなせないでしょう。故に、此方へ来る事をオススメします。ここでこそ、貴女は真の力を付けて躍進できる!」
アルベリヒの言葉にアスナは困った様子を浮かべ、そして溜息を吐く。それを聞いたヒースクリフが小さくだが、笑い声を零しながらアルベリヒへと視線を向ける。そこには不思議な眼光の強さがある―――それもそうだろう、この男は茅場晶彦ではなく、血盟騎士団の団長、≪神聖剣≫のヒースクリフなのだから。彼には団員を愛し、守る意思がある。
「―――成程、君の言い分は実にごもっともな事だ。あぁ、実に真っ当だな。もっと良い環境、もっと良い装備、そういう所があればアスナ君を送り出すのも悪くはないかもしれない―――それが本当にアスナ君の為になるのであれば、ね」
「ん? つまりそれらが全て彼女の為にはならないと貴方は言うのですか」
「その通りだ、そしてそれには根拠がある」
まず、とヒースクリフが言う。
「優れた装備には相応のステータスが必要となる。そんなものを持ち出されて渡されても倉庫に行くだけではない、要求ステータスによってはアスナ君が本来のステータスタイプとは違うタイプのステータスを伸ばす必要が出てくるかもしれない。そして現状のアインクラッドにはステータスリセットは存在しない―――つまり、これはアスナ君の命を脅かす結果に通じる。私の部下の成長を悩ませるようなものを出すのはやめてくれないかね」
ヒースクリフの言葉にアルベリヒが動きを止める。
「第二に君の立ち振る舞いを見れば君がまず技術を身に着けていない初心者である事は見て取れる。今までどうやって生き残ってきたのかさえ怪しく成程に。それにこのアインクラッドで私を超える、もしくは並び立つ存在を私は二人、或は三人程しか知らない。彼らにならともかく、君には彼女を任せられるほどの実力を感じないし、おそらくはない。故に論外だ。君には任せられない」
そして最後に、とヒースクリフは言う。
「互いに競い合うからこそ人は磨かれ、努力し、進化する―――君の様に努力を忘れた臭いしかしない人間のそばに彼女を置けるわけがない。元の場所へと帰るが良いアルベリヒ。アインクラッドは貴様の様な男がいて良い場所ではない。あるべき場所へ帰れ」
―――ヒースクリフの最後の言葉は違和感を感じさせるものだった。
しかし、その言葉は確実に広場の空気をヒースクリフへと向ける結果を生み出していた。それに付け加える様に、ヒースクリフが言葉を続ける。
「ここは剣と幻想の世界、アインクラッドだ。君も男なのだろう? ならば言葉で語ろうとせず剣を抜きたまえ。私はそうしてきた。握る剣と盾に魂を込めて戦い抜いて今の血盟騎士団を作り上げた。そしてそこから私の部下を奪い抜きたいというのであれば、剣を以ってやると良い―――私はそれに全力で応えよう。それでなら私の方が優れていると君も理解できるだろう」
「―――ほう、良いでしょう。ではそうしましょう」
ヒースクリフが勝負へと持ち込むような言葉を切り出すと、それにアルベリヒが同意する。恐ろしいほどに自信の実力に関して自信があるらしい。アルベリヒは笑みを浮かべると、口を開く。
「で、どうします?」
「何がかね」
「個人で、或いは組織として戦いますか? 別に一対一でも良いですが、ミスを犯したら取り返しがつきませんよ?」
「ふむ……」
ヒースクリフがアルベリヒの背後にいる者達へと視線を向け、それから街中に配置され、何時でも動ける自分の部下達へと視線を向ける。それから再びアルベリヒへと視線を向け―――此方へと視線を向ける。その動きでなんとなく察した。
―――賢者は勝てる戦いしかしない。
「解った、そちらは全員で来ると良い―――此方は五人でやらせてもらおう」
「あ、団長が本気だ」
「アスナ、巻き込まれる前に逃げて適当な酒場でパフェでも食べようぜ」
「キリトくん割と余裕だね」
アルベリヒがヒースクリフへ何かを言っている間に、空気を読んだキリトがアスナの手を引っ張ってそのまま街の中へと消えて行く。その姿は去り際に此方へと向けてのサムズアップが存在していた。あの少年、割と良い性格する様になったなぁとちょっと感慨深げに思っていると、何時の間に着ていたパーティー申請を受理し、そして対戦のカウントダウンが始まる。さっさと終わらせたいなぁ、なんてことを思いつつも、
視線を正面へと向ける。
アルベリヒとその集団を見る。
全くの脅威を感じれず、欠伸が漏れた。
そしてカウントがゼロになって対戦が始まった。
「イヤー!」
そして開始直後に、今まで微塵も気配を見せていなかったニンジャが敵の中央に誰よりも早く出現する様に現れ、中央から吹き飛ばす様に打撃を叩き込んだ。何時の間に紛れ込んでいた、と困惑する相手側の集団に比べ、
これぐらいは最初から予想していたので、混乱する相手をひたすら殴り倒して床に転がす蹂躙が開始される。
「えーい!」
声は物凄い軽いのに、アルベリヒの顔面を掴んだ飛び膝蹴りをユウキが叩き込む。吹き飛んで舞い上がった敵の姿を屋根の上からシノンが炸裂矢で爆撃する。それで吹っ飛んでくる相手をまるでピンボールの様にヒースクリフが盾ではじき飛ばし、そして地面に倒れた相手の首をニンジャと一緒に丁寧に一人ずつへし折って行く。
―――冒険前の心と体が温まる時間だった。
間違いなく、一般的に言えば地獄絵図の一言に尽きるだろうが―――。
優雅なオペラをBGMに空を飛ぶアルベリヒ達。その心には現実という言葉が叩きつけられたでしょう……。装備やステじゃどうにもならない連中、というお話。非常に珍しいことながら典型的小者キャラが出てきた。
最後までそのままだとは一言も言っていないけど。