修羅に生きる   作:てんぞー

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王と挑戦者達 Ⅲ

 早朝、まだ朝霧が出る頃には既に全てのプレイヤーが出立の準備を完了していた。このソードアート・オンライン―――アインクラッドではモンスターやエネミーの大半は暗くなれば暗くなるほど、つまりは夜に近づけば近づく程強くなり、そして活発になる。夜行性の敵が多いのだ。その為、行動は夜が明けて敵が弱い間にやっておくことが遥かに賢い。夜通しで遊んで騒いだというのに、誰もが疲れを見せるような表情はなく、逆に充実した笑みを浮かべている。

 

 ―――一部を除いて。

 

 迷宮区へと続く林道、そこで人生初の飲酒を澄ませたユウキは完全にグロッキーな姿を見せていた。あと数時間もすれば回復するだろうが、それまでは到底戦闘不能だろう。情けないとも思いつつも、弟子の不始末は師匠の不始末。他の誰にも迷惑をかけないようにグロッキー状態のユウキを背中に負ぶって歩いていると、周りから微笑ましい視線を向けられる。

 

「何見てんだよ。和ませるためにやってんじゃねぇぞオラ」

 

「こっちで勝手に見て和んでんだよオラァ!」

 

「仕方ねえなぁ……」

 

「仕方がないのかよ……」

 

 勝手に和んでるならしゃーない、と結論付けたところで、最後列でゆっくりと歩いているキリトと、そしてマント姿の少女を確認する。他の連中が団体でつるんでいる中、この二人だけ遅いのも少し心配になるので、歩くペースを落とし、二人のペースに速度を合わせる。ユウキを担いだまま迫ってくるその姿にマントの少女が何か睨んでくるような視線を向けてくるが、キリトは慣れ切った様子で片手を上げてくる。

 

「ふざけたこと言うなら斬るからな」

 

「まだ何も言ってないぞ俺」

 

「知ってるか、世の中前科って言葉が存在するんだぜ?」

 

 いい意味でキリトは神経図太くなったなぁ、と思う。なんだかんだで今のキリトは他人に気を向ける事の出来る余裕が存在している。少なくとも隣の少女に余裕がなく、その面倒を見れる程度には余裕があるのは理解できる。だからキリトの心配する必要はないだろうなぁ、と思い、そして再び前の方へと移動する前にキリトにアドバイスを置いて行く。

 

「たぶんその子年上だぞ」

 

「うえぇっ!?」

 

「えっ!?」

 

 驚きの声を漏らしたのはキリトだけではなく、マントの少女もだった。何やら困惑の声が飛んでくるが、それをガン無視し、ユウキを担いだまま元の位置へと戻る―――つまりは現在臨時でパーティーを組んでいるメンバーの近くだ。横には盾を握り、片手剣を装備するヒースクリフの姿と、そして短剣を片手に黙々と歩いているPohの姿がある。自分で言うのは非常におかしい話かもしれないが―――自分を含めたこの三人は、どうもジャンル違い、というか出てくる場所を間違えている場違い感が存在する。どうにも”ありえない”組み合わせの様に感じてくるが、些細な事だして切り捨てる。

 

 なぜなら、ヒースクリフもPohも、間違いなくその技量に関しては超越者の部類に入ると、普通の歩き方からも見える。それ以上の追及は必要ない。今回のボス攻略もかなり面白くなりそうだと、歩きながら思っていると、

 

「し、師匠ー……」

 

「どうしたユウキちゃん、我が弟子よ」

 

「気持ち悪い……水ぅ……」

 

 背中でにおぶされているユウキが耳元でそんな事を呟いてくる。そんな事を言うのでインベントリを片手で操作し、そして透明な液体の入った瓶を取り出し、それを片手でユウキへと渡す。無言でそれを受け取ったユウキは両手を首の周りから外して呷る様に飲み始めるが、

 

「ごめん、それ酒だった」

 

「きゅぅー……」

 

 海老ぞりの様に後ろに倒れ、そのまま気絶する。その姿をヒースクリフは片手で顔を覆う様にして目を逸らし、そしてPohは笑い声を殺す様に他所を向き、そして数秒間笑い終わってから視線を此方へと戻す。

 

「You are just so crazy」

 

「嬉しそうに言うなよ、照れるぜ」

 

「なんでもいいが、その子の頭を引きずっているぞ」

 

 視線を背後へと向けると、そこには海老ぞりのまま頭を地面に打ち付けて運ばれるユウキの姿が見える。おっといけね、と声を漏らしてユウキを背負いなおすが、何気にHPが少量ながら削られていた。それを見て、このままユウキを放置していたら殺人行為になってたのだろうか、なんてことを考えながら、

 

 迷宮区への道を進んで行く。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――それから一時間程度で迷宮区へと到達する。

 

 迷宮区は一度に数十人という人数を通す事を想定してはいない。どう足掻いても通路の広さは五、六人程度が限界となってくる。しかし今回迷宮区に挑むのは合計で四十を超える超大型レイドパーティーだ。それ故に4~5人のパーティーを十個ほど結成し、それでお互いのHPや状態を監視しあっている。

 

 故に、超大型のレイドでしか実現できない、ローテーション作業ができる。スカウト行動を罠の探知だけにとどめ、そして敵と接触する度に前面に出ているパーティーを交代する。一戦闘を行うたびに一交代を行う。そのおかげでずっと移動を続けながらも戦闘の後の休みを行う必要がない。何故ならそんなに戦闘頻度は高くないからだ。

 

 迷宮区のマッピングは既に終わっている。その上で罠の位置、敵の一味把握している。本当にこの迷宮区の状態は”進むだけ”という風に表現されても良いのだ。その為、ストレスを感じさせない移動を行うことができる。今までかかっていた時間の半分以下の時間で安全地帯へと到達することが出来る。そこで体力回復する為に休む必要もローテーションで戦っている為、必要ない。

 

 レイドパーティーが街を出てから約四時間、

 

 迷宮区の終わりは見えてきていた。歩きながら周りを見る光景はアルゴやユウキと共に来た事のある場所であり、何度も調査の為に戦闘を行っていたことを思い出させる。その事に小さく笑みを浮かべていると、二日酔いらしき現象から二時間前に復帰したユウキが少し、憂鬱そうな表情を浮かべている。まぁ、やはり決戦前となると不安になる事が多いのだろう。こういうのは自分で処理させた方が納得をするものだから、ユウキを見てから床に向かって唾を吐き捨ててヒースクリフへと視線を向ける。

 

「え、なんで今僕を見てから唾を吐いたの。なんなの今の意味深な行動」

 

「俺、この世界で酔う事は出来るけど二日酔いが存在するとは全く知らなかったわ。そこらへん、何か知らない? いや、Pohでもいいんだけどさ」

 

「あぁ、二日酔いも一種のバッドステータス扱いだ、アインクラッドだとな。年齢、体格、そしてレベルやステータスを参照して酒などへの許容量を設定している。それを超えれば二日酔いが発生する、という風にシステマチックに出来上がっている。私達の誰もが二日酔いを感じず、その子だけが感じていたのは―――つまり若すぎたんだろう」

 

 もう一回ユウキの顔を見て、そして唾を床に吐き捨てる。

 

「いやぁ、ボス戦が楽しみだなぁ……!」

 

「だからなんで僕を見てから唾を吐き捨てるの!? すごい心配になってくるんだけど?!」

 

「実を言うと特に意味はない」

 

「だと思ったよ! というかPohさんも見て笑ってないで止めてよ! 他人の不幸は蜜の味って顔をしないでよ!! ねぇ、ヒースクリフさんも無視しないで! この人に何かを言ってよ!」

 

 ユウキの訴えもむなしく、若年者であるユウキの抗議は全て受け流され、背中をぽかぽかと叩いてくるユウキの行動を無視し、そのまま迷宮区を突き進もうとしたところで―――レイドパーティーの最前列が動きが止まる。視線を前の方へと向ければ、何時の間にか迷宮区の終わりを告げる巨大な扉が―――ボスの間へと通じる扉が聳える様に存在していた。それを見て、誰もがこれからボス戦という現実に硬直を始める。いや、硬直はしていないが、ここまで来てまた命を失うかもしれない可能性、それが脳に過っているのだろう。

 

 ―――実にくだらない。

 

「発破をかけるか」

 

「悪くないなそれ」

 

「先陣を切れば動き出すだろう。言葉よりも早い」

 

「え?」

 

 一人だけ困惑するユウキの首の裏を掴んで、動きが止まるレイドパーティーの前方へと出る。そこにはレイドパーティーを再び熱狂させるためにディアベルが喉を整える様に唸っていたが、その肩に手を置いて、横へ押しのけながら扉の前に立ち、そして片足を持ち上げる。直ぐ横では同じように足を持ち上げるPohの姿があり、

 

 ―――同時に扉を蹴り飛ばす様に開ける。

 

 勢いよく開け放たれた扉の向こう側、そこに存在するのはいつかぶりの≪ルイン・コボルト・センチネル≫の集団と、そして≪イルファング・ザ・コボルトロード≫の姿だ。未だに部屋に入っていないからこそ動くことはないが、既にその集団の目は此方を捉えている。故に部屋の外で煙草を口に咥え、そしてマッチで火を付けながら、右手で引っ張ってきたユウキを前に出す。その横でPohが片手で煙草を指差してくるので、マッチと一本ずつ煙草を譲り、ユウキへと視線を向けなおす。

 

「え、ちょ」

 

「一番槍を見事に果たして来い」

 

 そのまま目の前のユウキの背中を思いっきり蹴り飛ばし、ユウキの体を一気に部屋の中へと蹴り込む。少々ユウキにダメージが発生しているようだが些細な話だろう。蹴り飛ばされたユウキがぎゃああ、と悲鳴を上げながら、

 

「師匠の馬鹿ぁ―――!!」

 

 と叫ぶ。そのユウキの姿へと向かって一斉に≪ルイン・コボルト・センチネル≫が反応する。その視線は一瞬でユウキを捉え、集団の内五匹がユウキへと向かって殺到する。このままではぶつかる事が必須という状況で、

 

 蹴り飛ばされたユウキが逆さまになった瞬間、片手で床を叩き、跳ね上がる様に体を飛ばし、空中で回転しながら片手長剣を抜く。そのまま殺到してきた五体の≪ルイン・コボルト・センチネル≫の背後へと着地し、振り向きざまに薙ぎ払う様に刃を振るって一気に五体纏めて吹き飛ばす。倒したわけではないが、勢いと威力を乗せた一撃は相手を吹き飛ばすには十分すぎる代物だ。まだSTRが育っていないこの状況で、ユウキの武器は―――ひたすら相手の体勢を崩し、吹き飛ばし、それで相手に行動をさせない事だ。

 

 故にそれをユウキは実践する。復帰してきた一体がユウキへと迫ってくるとすれ違う様に斬撃を繰り出しつつ、足を刃で引っ掛けて転ばせる。二体同時に襲い掛かって来ても冷静に見切り、斬撃を与えながらも床に転ばせる。残りの三体が襲い掛かって来ても、ユウキはそれを冷静に迎え、そして回避から転ばせる動作に移る。実に初歩的な動作―――基本の基本、

 

 しかし団体戦の上では実に便利な戦い方だ。欲を出さずに徹底的に役割に演じる事、それがどれだけ正しく、そして難しい事か。

 

「It's show time」

 

「ゴミ掃除はお任せ、ってな」

 

 そうやってユウキが転ばせた≪ルイン・コボルト・センチネル≫に接近し、一匹を蹴り上げる。その頭を掴んで復帰しようとしていたその≪ルイン・コボルト・センチネル≫の体へと叩きつけ、その動きでまあ別の一匹を巻き込ませて床に倒す。そうやって団子状態になった所にすかさず背中に背負う≪ツヴァイハンダー≫を抜き、

 

 三体纏めて串刺しにし、床に縫い付ける。そして≪アニールブレード≫を抜き、胴体を串刺しにした団子状態の≪ルイン・コボルト・センチネル≫の背中に座り、傷口を抉るように、傷口に刃を差し込む。悲鳴、よりは断末魔に近い叫び声を上げる三体を無視し、片手で刃をぐちぐちと動かし、ひたすら傷口を座りながら抉り、その間に視線をPohへと向ける。

 

 態々相手が復帰するまで待ったPohは相手に攻撃させ、そしてそれを回避―――しながら両腕を短剣で素早く斬り落とす。回避するのは相手の背後へと回り込む為であり、≪バトルスキル≫の≪バックスタッブ≫を確実に発動させる為なのだろう。そうやって両腕の無い≪ルイン・コボルト・センチネル≫を獲得したPohはその首を後ろから掴み、

 

 襲い掛かってくる追加の≪ルイン・コボルト・センチネル≫達、その前に腕の無い≪ルイン・コボルト・センチネル≫を盾の様に使い、攻撃を受け止める。そして攻撃が少なくなったところでちくちくと、少しずつ恐怖心を刷り込む様にゆっくりと敵に傷をつけて行く。

 

「ヒューッ! やるじゃねぇか」

 

「お前もいい趣味してるぜ」

 

「―――どうでもいいが、早く合流してもらいたいのだがね?」

 

 椅子にしていた≪ルイン・コボルト・センチネル≫が消失するのを感じるのと同時に立ち上がり、視線を≪イルファング≫の方へと向ける。

 

 そこには完全に一人で攻撃を受け切るヒースクリフの姿が存在する。

 

 ≪イルファング≫の大ぶりな攻撃をステップで回避し、そして素早く、細かい動きを使用とした場合、その前に接近し、攻撃の支点となる腕や肘、膝へと盾で殴る様に衝撃を叩き込む。それでダメージが発生する程甘い相手ではない。だがそれは≪イルファング≫の動きに僅かながら狂いを生み出し、そしてヒースクリフへの攻撃は完全に空振りとなって終わる。それをヒースクリフは寸分の狂いもなくまるでリピート再生を行うかのように完璧にやっていた。機械の作業、とも称せるレベルでの離れ業だ。冷静に、そして確実にヒースクリフは己に必要とする作業を完全に従事していた。

 

「おい、リピーターが来たぞ」

 

「じゃあこっちも増員しなくちゃならねぇな」

 

 倒したばかりの≪ルイン・コボルト・センチネル≫を補充する様に、部屋の奥から新たな≪ルイン・コボルト・センチネル≫が出現し始める。元々近くにいた≪ルイン・コボルト・センチネル≫が補充されたことで調子付いたのか、棍棒を片手に殴りかかろうとする。しかしそれは接近して来るその瞬間、横から飛び出す黒と茶色の姿によって横から吹き飛ばされ、床に転がる。視線を横へと向ければ、そこにはレイピアを装備しているマントの少女と、そして片手剣―――≪アニールブレード≫を握るキリトの姿がある。開いている片手でサムズアップを向けたキリトがそのまま無言で前線へと向かって素早く斬り込むと、それを追いかける様に少女が追いかける。

 

 そしてそれに続く様に、背後から爆発する声と勢いがやって来る。

 

 尻込みしていたプレイヤーが奮起し、そして雄叫びを上げながらボス部屋へとなだれ込んでくる。まさに人の波としか表現の出来ない、暴力的な数の投入だった。ボス部屋に存在しているのは補充されて最大値となった場合で≪ルイン・コボルト・センチネル≫が十五体、そして≪イルファング・ザ・コボルトロード≫が一体で合計十六体。それと比べるとプレイヤーの数は全部で四十を超えるだけの数が存在する。

 

 ≪ルイン・コボルト・センチネル≫を抑えるのに二人ずつだし、そして残りで≪イルファング≫のヘイト操作を行い、他のプレイヤーへとターゲットが行かない様に操作する。

 

「―――この時点で詰んだぜ」

 

「殺し放題だ。さあ、楽しめ」

 

「まずは取り巻きから排除する! 予め決めていたように動くんだ! 決して遅れるな! その遅れが仲間の命を奪うぞ!!」

 

「おお―――!!」

 

 取り巻きを排除する為の動きが始まる。ヒースクリフを始めとするタンクプレイヤー達がボスの足止めを行っている間に、雑魚を囲んで殺す暴力が始まる。片方のプレイヤーが正面からヘイトを取っている間に、もう一人が後ろへと回り込んで≪ソードスキル≫を放つ。それで振り向こうものならヘイトを取っていたプレイヤーが攻撃を行い、そのまま倒す。

 

 裏周りが容易なこの乱戦状況、基本的とも言えるハメ殺しが通じる。

 

 勿論、ボス相手にも。

 

 ≪ツヴァイハンダー≫を背負いなおしながら≪アニールブレード≫を握り、一番近くにいた≪ルイン・コボルト・センチネル≫の膝を正面から蹴る。その衝撃で倒れてきた所を足で踏んで止め、刃を突き刺す様に何度も振り下ろす。そうやって相手が消えるのを確認し、≪イルファング≫の方へ合流しようとすると、ユウキがスライドする様に横へやって来る。

 

「師匠!」

 

「ナイスタイミング」

 

「えっ」

 

 ユウキの胸ぐらを掴み、それを全力で≪イルファング≫へと向けて投げる。

 

 しかし、二回目と来ると既に慣れたのか、投げた瞬間から丸まって空中制御を整えたユウキは頭上を飛び越えながら≪イルファング≫の顔面に横薙ぎの一戦を繰り出す。≪イルファング≫の視線が途切れたその瞬間に、カリキュレイトを駆使して一瞬で相手の背後へと到達する。

 

「よう、久しぶりだな、俺を覚えてるか?」

 

 返事を聞く前に膝の裏に蹴りを叩き込む。≪イルファング≫の膝が折れ、その巨体が崩れ始める。それを加速させる様に走って来たPohがヒースクリフの肩を踏み、それを踏み台に跳躍し、≪イルファング≫の顔面に片手でしがみつく。そのまま右手で咥えていた煙草を掴み、

 

「Present for you with love」

 

 それを≪イルファング≫の瞼の裏に押し込むように入れた。悲鳴を上げながら巨体が地面に倒れる。その瞬間に今までローテーションで防御を行っていた面々が一斉に倒れた≪イルファング≫の上へと飛び乗りながら、インベントリから最も重い両手剣を取り出し、それを≪イルファング≫の背中に突き刺す。苦悶の悲鳴が部屋に木霊する。しかし、突き刺したところで終わりではない。

 

 ≪ルイン・コボルト・センチネル≫の相手を終わらせたプレイヤーが急いでインベントリから両手剣を取り出し、そしてそれを植える様に≪イルファング≫の体に突き刺す。一瞬で十を超える刃を体に植え付けられたうえで、未だに上に乗るプレイヤーが存在する≪イルファング≫。

 

 その動きは完全に抑え込まれ、動くことができなくなっていた。

 

「さあ、諸君! 太りすぎたデブはこうなっちまうから定期的なダイエットを忘れるなよ!」

 

 そう言葉を吐けば、ボス部屋からプレイヤー達の笑い声が響く。誰もが恐怖を感じることはない。心に余裕のある状態が今、生まれている。どんな強敵であれ、適切な戦術と人材を投入する事によって、完全なサンドバッグ状態へと持ち込むことができるのだ―――今の様に。だから恐怖心は存在せず、

 

 学習と、そして自信へとこの一戦は繋がる。

 

 たとえ俺やPoh、ヒースクリフがいなくても”こういう方法がある”という事を理解し、戦力がない代わりの方法を思いつくだろう。

 

 そしてそう、それでいいのだ。人間は貪欲で、強欲で、そして嫉妬するどうしようもない屑だ。だからこそ学び、そして諦める事無く前へと進む。そのどうしようもない生き物が見せる極限の努力、足掻き、それが美しいのだ。

 

「あとは蹂躙だけが残るぜワンコ」

 

 そう言いながら咥えていた煙草を潰していない方の目の中に押し込む。悲鳴の為に口を広げる≪イルファング≫の口の中に刃を立てる様に突き刺し、そのまま頭を踏む。ぐりぐりと傷口を抉るようにダメージを与えつつ、視線を周りへと向ける。

 

 そこには≪ルイン・コボルト・センチネル≫を完全に処理し終わり、倒れている≪イルファング≫の体をサンドバッグの様に本来の武器を叩き込んでいるプレイヤー達の姿がある。作戦会議の時は本当にこんなことが可能かどうか、それを疑うような発言や視線もあった。だがここに来て、そう言う疑いは完全になくなっていた。誰もが狂気に取りつかれた様に、楽しそうに、そして鬱憤を晴らす様に武器をボスの体へと叩きつけていた。ラストアタックにも興味はないので、スペースがなくて困っているプレイヤーの一人へ頭という最高のポジションを譲り、後ろへと下がる。

 

 その動きにユウキがついてくる。横へと立つと、盛大に溜息を吐いてくる。その視線は我先にトドメを突き刺そうと、必死にサンドバッグ化したボスへと攻撃を叩き込む集団へと向けられており、そしてそれから此方へと向けられる。

 

「ねぇ、これって大体師匠の予想通り?」

 

「予想以上に上手く行った、って所を抜けばな。そもそもからして―――まともに戦うやつが馬鹿なんだよ。正面から正々堂々ってのはばかに任せりゃあいいんだよ。相手の不意を突く、だまし討ち、相手が動けないところへの追撃ってのは物凄い基本的な方法なんだ。それを忘れて正面から消耗合戦とか正気じゃねぇよ。こういう状況だからこそ冷静になって、一番有効な手段を見つけ出さなきゃいけないんだ。これぐらい卑怯な方が生き残りやすい」

 

 別に、俺が活躍しても良い。

 

 ただその場合、間違いなく周囲の期待や注目がずっと俺に集中するだろう。それに強くなるのは俺一人だけ、となってしまう。こうやって”手段はある”という事を多くのプレイヤーへと押せることができれば間違いなく個人ではなく、集団としての生存能力が上昇する。何故ならこの方法だって少し変えれば、普通のモンスターにだって応用可能だ。たとえば転んだところを背中から踏みつけて動きを封じている間に滅多刺しするとか。

 

「ユウキ、お前にもこれから色々と教えるけど、その中には割と座学が混じってるからな」

 

「えー……。僕そうやって頭を使うのはちょっと……」

 

「だったら別に俺から離れてもいいんだぞ?」

 

「それ……ちょっと卑怯じゃない?」

 

 腕を組んで笑みを浮かべると、誤魔化す様にユウキが足をガスガスと弱めに蹴ってくる。もしこれがソードアート・オンラインの世界ではなければ、間違いなく痛かっただろうなぁ、なんてことを思いつつがりがりと削れて行く≪イルファング≫のHPを眺めていると、Pohが集団から離れて、壁に寄り掛かかるのが見える。こちらへと見せるのは間違いなく煙草を求める動きだ―――あの野郎、自分のはないのかよ、なんてことを思いつつ、出発前に購入しておいた予備の煙草の箱をマッチ箱と共にPohへ投げ渡す。

 

 その光景を眺めているユウキに気付く。

 

「何時も楽しそうに吸ってるけど煙草って美味しいの?」

 

「最初はクサイ、マズイ、喉が痛いの三重苦だな。ただ吸い続けると喉が痛いのを気にしなくなるし、煙草の味ってのも解って来るもんよ。吸いやすいとか、甘いとか。そういうのを積み重ねて美味しいかどうかを判断できるようになるんだ。未成年……まぁ、この世界にいる間は俺の監視があるなら吸っても良いぞ」

 

「う、うーん……ちょ、ちょっとだけ……」

 

 ユウキがそう言って来るので、煙草を一本取り出し、それを咥える。素早くマッチで煙草の先端に火を灯し、それを指で摘まんでユウキへと向ける。遠慮する事無くそれを受け取ったユウキは真似する様に煙草を口に咥え―――そして次の瞬間、目に涙を溜めていた。

 

「ま、まじゅいー……」

 

「はっはっは! だからそう言っただろうに! それを何度も繰り返して行く内に少しずつ慣れるもんさ! まぁ、素質のあるやつは一瞬で美味しさに気付いたりするもんだけどな。お前は駄目だ。素質ねぇや。諦めて吐きだしておけ」

 

 そう言ってユウキの口から煙草を取ろうとするが、顔を背けて取らせまいとする。どうやら完全に否定されたのが悔しいらしく、頑張ろうとしているらしい。子供らしいその姿に心の中で少し和んでいると、わぁ、と歓声が部屋の中央から響いてくる。ユウキから煙草を回収する事を諦めて、視線を中央へと向ければ、

 

 そこで行われていた”イルファング死体蹴りコンテスト”は終了していた。突き刺さっていた大量の両手剣は全て床へと落ち、そしてその中央で、ラストアタックを獲得したらしきプレイヤー―――キリトがガッツポーズを天に向けて掲げていた。楽しそうにしてるなぁ、と思っていると手元にリザルト画面が表示され、取得アイテムと経験値の表示がされる。

 

「お、レベル上がってる。STR4、AGI1っと」

 

「師匠、ドンドン力に特化していくねげほげほ」

 

「そりゃあ大体カリキュレイトと縮地さえすればAGI関係ないって見つけちゃったからね」

 

「GMが裏で泣いてそう……」

 

「そうか? 俺は寧ろ喜ぶと思うぜ。こんなリアルに異世界を創造するキチガイだぜ? 俺だったら可能な限りシステムから離れて生活してもらいたいと思うぜ。共感は出来ないがやりたかったことは理解できるぜ。一応同じキチガイジャンルだからな」

 

「師匠にそう断定されたら人生おしまいだね」

 

「はは、調子に乗っているなこやつめ」

 

 拳の骨を鳴らしてユウキを脅迫し始めるが、既に人の流れはこの部屋からその奥―――≪イルファング・ザ・コボルトロード≫が死亡したことで出現した階段へと向かっている。その流れに逆らう理由もなく。未だにげほげほいいながら頑張って煙草を吸おうとしている馬鹿を片手で引っ張りながら、階段へと向かい、昇って行く。迷宮区と同様に石でできた黒い会談は狭いが、短くはなく、一段目から上へと視線を向けて出口を見る事ができる。

 

 既に外に出ているプレイヤーがいるのか、抜けた先から歓喜の声が聞こえてくる。それに遅れないように小走りで階段を駆け上がり、

 

 そして一気に階段を抜け切る。

 

 ―――そこに広がっていたのは新たな光景だった。

 

 広がる街道と林、そして遠くに見える街の姿。似たような光景であったとしても、それは一緒ではない。全く違う場所、全く違う世界。ついに、第一層が突破され、そして第二層へと到達する事に成功したのだ。新たに広がるエリアと、全員で突破できた事実に、大地に膝を付けて涙を流すものまでもいた。

 

「やった……やったぞ! 突破したんだ! みんな生きて突破できたんだぁ!!」

 

「よっしゃぁぁぁ―――!!!」

 

「これはもう祝うしかねぇなぁ!!」

 

「転移門をアクティベート化させる前に俺達だけで酒場を借り切って飲もうぜ!! それぐらいは許されるだろ!?」

 

「あ、この層での美味しい店を予めアルゴから聞きだしてるぜ俺!」

 

「良くやった!」

 

「祭だあ―――!!」

 

 緊張感も悲壮感も狂気も全て投げ捨てて、ただただ歓喜を見せる馬鹿の集団が一瞬で出来上がった。その光景を少し離れた場所から見て微笑むヒースクリフの姿を見つけ、手を振る。こちらを見つけたヒースクリフが驚いたような表情を浮かべ、笑みを隠す様に背中を見せ、街へと集団に紛れて進んで行く。その中にはPohの姿を見える。

 

「師匠」

 

「ん?」

 

「……なんか、皆かっこいいね」

 

「そうだな」

 

 ―――全力で生きようとし、そして成し遂げた人の姿が、かっこ悪い訳がない。

 

 そう思い、自分も宴に混ぜてもらうために走って追いつく。

 

 ここに、

 

 アインクラッド第一層の攻略が完了した。




 これにて第一層と第一部終了。正解は【立ち上がれなくしてリンチ】。なんにでも言える事だけど、動けなくして数でボコる事が最強の暴力。これに勝る戦術は存在しないのだぁ……。これを攻略組はしっかりと理解し、立派な修羅となってガチメタ戦術を組んでくれるでしょう。

 ハッピーバースデイ、新たなキチガイ達の誕生だ。

 次回からけっこー時間飛びますが、SAOの二次である以上仕方がないね。

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