“力”
もっとも欲していたのはそれ。何者をも抗えない、侵せない力。
彼女は自分の生まれを知らない。物心ついたころには一人路地裏にいた。
襤褸をまとい、腐肉を貪る毎日。
別に珍しいことではない。周りを見れば同じような子供がおり数少ない食料をめぐり争い盗み、奪う。大人は守ってくれない、いやその余裕さえない。
戦争だ、いつ終えるのかもわからぬ戦争に疲弊し、食糧は不足し、人心は荒れてゆく。
そんな中での孤児など邪魔でしかない。
生きる為に盗みをする孤児など、容赦なく殴られ運が悪いと殺される。
そんな中、彼女が生き残れたのは奇跡というしかない。しかしそんな奇跡など長続きしないらしい。
栄養不良のためガリガリだが、見目美しい顔の少女は、男たちの格好の的だった。
走る走る走る。
男たちはまるで狩りをするように卑下た笑いをしながら追いかけてくる。
捕まったりしたらおしまいだ。犯され飽きたら奴隷市で売られて終わる。
だから走る。
しかし、所詮女の脚。大人のまして戦場で戦ってきた男の脚に勝てるはずもなく。
体の上に圧し掛かる重み、腕を押さえられ、足を押さえられ拘束される。
引き裂かれる襤褸、男の臭く荒い息。絶望、諦め。
結局はこの世界に奇跡なんてない。強者が弱者を嬲り、弱者はそれに耐えるしかない。
そう思っていたのに・・・。
ゴシャ!!!
聞こえたのはそんな音、その次に圧し掛かっていた男の重みがなくなり横を見る。
男が倒れている、男が被っている兜を突き抜け顔がひしゃげている。即死だ。
何で、どうして、何が起きた?その疑問に答えを求めそれを起こした者を見る。
女だ。
年は、二十代後半。黄金色の髪、顔は絶世といえる美貌だ。服装は、軽鎧を着ている。しかし何故か武器は見当たらない。
女と見たのか、はたまた武器を持ってないことを見たからなのか男たちが剣を槍を斧を持つ。仲間が死んだというのにその美貌に目がくらんだのだろう。ニヤニヤしながら女を囲っていく。
牽制のためだろう無造作に女に近づき、剣を振るう。と、女の拳が消え剣が粉々に砕け散る。
そこからは、少女には何が何だかわからなかった。わかるのは、黄金の影が男たちの間を抜けるたびに、獲物が砕け、頭が、腕が、鎧に包まれた胸が貫かれ死んでいく。
女は武器を持っていない。いや違う、拳が足が肘が膝が全身が武器なのだ。
周りは、あっという間に血の海と化し、返り血もべっとりかかり、血の匂いがする。 しかし少女はそんなことは気にならなかった。
なぜなら目の前には少女が最も欲したもの“力”があったからだ。
少女は、女に師事を申し出た。当たり前だ自分が求めていたものがそこにはある、躊躇などしない。
女は初めは渋っていた、どう見ても華奢な少女だ。
自分も女なので男だ、女だのと見なかったがとても武術を身に付けられるとは思えなかった。
だが、少女の目を見て考えを改めた。深いエメラルドの目の奥がギラリと光っている。
そうだ違う、さっきまで男に襲われ目の前で凄惨な人殺しを見、自身にも血が降りかかって真っ赤だ。
こんな時代だ、もちろんこの少女も人の死体など見たことがあるだろう。
だが、目の前で教えを乞う少女は些かも動揺していない。そんなことなど些事なことなのだと、純粋に力を、求めているのだ。
女は少女の願いを聞き届け、彼女の師になった。
師となったが、やはり日々の修行に耐えられるとは思わなかった。だが、予想に反して少女は耐え日々成長していった。乾いた砂が水を吸うように。
天才だ。一を教えれば、十、いや百を知る。そして才能のあるものが陥りやすい驕りなんてない、教えたことを何百、数千、数万繰り返し繰り返し体に刻み込んでいく。
少女は努力の天才でもあった。
少女は楽しかったのだ。武術の修行は苦しい、拳は皮が破れボロボロ、足は常にクタクタ、体は痣を作り、体中の筋肉が悲鳴を上げている。
しかし、日々強くなっていくのがわかる。それが楽しかったのだ。
それから五年、師の女性はあなたには全て教えたといい去って行った。それが師との別れであり二度と会うことはなかった。
そして、少女の幼さ残しながら美しく成長した彼女は旅に出た。強者を探し戦うためだ。
東に強いものがいると噂を聞けば東へ、西に戦争が起こったと聞けば傭兵として戦場へ。
とにかく戦い、戦い己の力を高めていく。少女にとって武術(力)は崇拝する神にも等しいものだ。
しかし何事にも終わりがある。人である限り覆せないもの「老い」と「死」だ。
かつて若く美しかった彼女も今では老婆(まあ、鍛えているからか実年齢より若く見えるが)、全盛期の時よりも力が衰えるのは当たり前だ。
それでも彼女は今日も戦いを求める。そして終わる、闘争の中で力尽きる。
そして思うのだ。
(いやだ・・・。死にたくない、戦いの中で死ぬのはいい。戦いとは殺し殺されることそんなことは常に覚悟している。でも老いが理由で死ぬのは嫌だ!!!)
彼女も理不尽なことはわかっている、老いたとはいえ今持てる力で戦い負けた。
老いを理由にするのは、戦った相手に失礼だし所詮負け惜しみだ。
だがしかしそれでも望まずにはいられない。
徐々に体が動かなくなり、暗くなる意識の中で願う。
(もっと戦いを・・・。もっと強者を・・・。もっと力がほしい!!!)
≪それが願いか≫
声が聞こえる。大気を揺るがすほどの神々しい声が。
暗い意識の中でそれだけが輝いていた。
ドラゴン、いや龍だ。想像上の生き物が目の前いる。緑の鱗を持ち赤い目だ。そして黄金に輝いている。なんという迫力、圧迫感、神聖さ。
龍が続けて言う。
≪たやすい願いだ≫
そう言い、赤い目が輝く。
そしてこう言うのだ。
≪願いはかなえてやった。さらばだ≫
龍は一際輝きだし七つに光る玉になり、はじけて消えた。
光が消え、暗くなり今度こそ意識がなくなる中、笑いが漏れる。
(フフッ、なんて都合のいい夢・・・。でも・・・、そうなったら・・・いい・・・な・・・)
そして彼女の鼓動は止まった。
トクン・・・ トクン・・・
(?・・・なに?)
鼓動が聞こえる。
トクン・・・ トクン・・・
絶え間なく聞こえる鼓動。しかしそれは、不快な音ではない。
どこかやさしい、今まで感じたことがない気持ち。
(まるで、母に抱かれているような・・・)
もちろん彼女には母の記憶はない。覚えていないが、心の奥底にある記憶。
(・・・?!)
不意に思い出す。徐々に体が動かなくなり、意識が沈んでいく感覚。
そして心臓の鼓動が止まり自分が死んだこと。
そう気づいたらここが何処か気になり目を開ける、よく見えない。周りの音に集中する、鼓動しか聞こえない。パクパクと声を出そうとするも声が出ない。では、と手足を動かす。
動く、少ししか動かせないが確かに動く。動く手足を動かしここが何処かまわりを探る。
何か柔らかいものに包まれているようだ。ここは心地いいがずっといるわけにはいかない。
何とか動く足で蹴り上げる。と
「今・・・蹴・・だ」
声だ。声が聞こえる。この場所に閉じ込めた者かと思うもそんな悪意は感じはしない。
むしろ、心地よく優しい声だ。その声をもっと聞きたく耳を澄ます。
「おっとう!!いまこの子、お腹を蹴っただよ!!」
「本当か!!チチ!!」
二人だ。人の声が二人聞こえる。すごく嬉しそうな声。なぜだか自分もうれしくなりまた、足を動かす。
「あ・・また、また蹴っただ」
「おうおう。元気な子だなぁ。さすが悟空さの子だべ!!」
(子供?どこに?・・・!?)
不意に眠くなる。今の状況がどうなっているか分からなかったが、今はただこの心地よい眠気に委ねた。
あれからどれだけたったのだろうか。覚醒と睡眠の繰り返し、何故か少し動いただけで眠気がする。時折、聞こえる声に安心しきっていた眠る毎日、毎日が戦いと修行の毎日だったのだ偶にはいいだろと思っていたある時、異変が起きた。
「ううううーーーーーーー!!!!!!!」
何時も聞こえてくる優しい声が苦しげに喚いている。
そしてそれに呼応するように周りが圧迫するのを感じる。
「チチがんばれ!!!」
「ほれ。牛魔王さまは外に出とれ」
「ばあさん!!!頼むぞ。チチーーー!!!元気なややこ生むんだぞーーー!!!」
何か大変なことが起こっているらしい。しかしこちらもそれどころじゃなく何か光のほうに引きずり込まれていく。
(痛い。痛い。痛いーー)
頭が割れるように痛い。事実、彼女の頭は収縮して狭い穴を抜けようとしている。
そして、世界が光に包まれ。
「おぎゃーーーーー!!!」
赤ん坊の声だ。どこからか赤ん坊の声が聞こえる。どこだ、どこから聞こえる。
(あっ? わ た し?)
産婆が体を持ち上げ、湯に浸ける。敏感な肌はそれだけで刺激となり口からは鳴き声がもれる。彼女の頭の中は混乱でいっぱいだ。
しかし誰かの横に寝かされるのが、分かり安心感が心を満たす。
「おらと悟空さの赤ちゃん・・・」
声には赤子に対しての慈しみで溢れていた。
徐々に見え始める目を横に向けると、幼い女の子が見えた。本能で分かった、
(母親だ。わたしのおかあさん)
涙が出てくる、こんなこと彼女には初めてだった。嬉しさから涙が出るなど。
「うおおおおおん!!!よくやった!!よくやっただ!!チチ!!!」
近くで急に大きい鳴き声が聞こえ、でかい顔が涙を浮かべ目の前いっぱいに広がる。
それに驚き、泣きたくないのに感情がコントロール出来ず泣き出してしまう。
「うんぎゃーーーーー!!!!!」
「ははははーーー。大きい声で泣く子だなぁ。」
大きい手が頬をなでる。体がうまく動かない中でその行為に恐怖を感じまた、泣き出してしまう。
「ほれ、おっとうこの子は女の子なんだべ。男の人は怖いだよ。」
「な、なんだぁ。オラはこの娘のじいちゃんだべ。ちょっとぐらいいいべ」
何が何だかわからないことが多いが一つわかったことは、どうやら生き返ったらしい。
それもただ生き返っただけじゃない前世の記憶を持ったままだ。
それを見ていた産婆がポツリという。
「いや~それにしても初めてだ~。何十年と赤子を取り上げてきて、まさか尻尾が生えてる赤子をとりあげることになるなんて~」
そうこの赤ん坊の腰には尻尾が生えていたのだった。