とある正義の心象風景   作:ぜるこば

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夏は暑い。




交渉Ⅰ

(……まずいな……)

 件の侵入者と対峙した駒場利徳は、余裕そうに見えて実は冷や汗をかいていた。予想以上に早く相手がやってきた為、自身の体を『発条包帯(ハードテーピング)』で補強している暇もなかったのだ。だが問題はそこではない。いやある意味では、それが一番の問題であるのかもしれないが、

(…………)

 駒場もかなり鍛えている方だ、実戦経験の数も半端ではない。だからこそ分かる事がある。

 そう、部屋に入ってきた侵入者。廃ビルの薄暗い明かりに照らされたその姿は、どこか威圧感がある。そして眼鏡越しでもわかるほどの、まるで猛禽類のように鋭い目。明らかに堅気の者ではないし、子供を守るという使命を抱えた警備員(ジャッジメント)がこんな目付きをするはずもない。相当鍛え上げられているのであろう事が分かる。こんな相手に対して、自分は碌な装備も出来ていないのだ。相手の年の頃は大学生かそれ以上か。能力者で無い可能性も考えられるが、それは無いだろうと考える。

(……装備のレベルを上げるべきか……)

 侵入者と対峙しつつ、相手に気付かれないように、部屋の外で待機している構成員にサインを送った。すなわち戦闘要員の増加、装備の強化。相手がどんな能力を持っているのか判明していない以上、用心にこした事はない。そもそも武装集団である『スキルアウト』に一人でほぼ手ぶらの状態のまま乗り込んでいる時点で、能力は非常に戦闘向きのものなのだろう。そうでなければこんな愚考は犯すまい。

 能力が強力なものである場合、更に厄介なのが先に挙げた身体能力だ。能力が強い輩ほど素の体力面は低いのが常套であるのだが、こいつは両面において優れている可能性もある。適当な会話で時間を稼ぎつつ様子を伺うが、見れば見るほど怪しい男だった。

 駒場は決して侵入者を侮ってなどいなかったし、油断もしていなかった。口では相手を間抜けと言い放ちあたかも侮っているかのようにため息を吐きつつも、どうにかして攻撃のタイミングを見計らう。

 そして……、

「……お人好しでもないという事だ……」

 相手に分からぬよう細かい仕草による突入の合図。轟音とともに壁を崩しながら、構成員達が三方から雪崩れ込んでくる。元は廃ビルであり、あらかじめ細工も施してあるので破壊もたやすい。警棒から、はてはマグナムまで装備した面々で男を取り囲んだ。男の前には駒場、背後と左右には大勢の構成員達。武装した十数人に囲まれるなどというこの状況、普通に考えればよほど高レベルの能力者でもない限り手詰まりだ。

 しかし、それでも。

 それでも四方を囲まれたこの場においてでさえ、なお男は不敵な笑みを浮かべる。

 男が懐に手を入れたかとおもうと、刃渡り90cmほどの剣を三本、指の間に挟んで取り出してきた。

(……武器だと? しかし、どこから?……)

 駒場の疑問も当然。見た限り男には服の間に武器を隠せるような隙間など、どこにも無かったはずである。それ以前に遠隔で事前にサーチを掛けたときには、金属製の武器など何一つ持っていなかったのに。

 てっきり何らかの能力で対抗してくると思った駒場は、剣という意外な近接武器の登場に驚く。予測が外れた駒場だが、更なる男の行動に再び驚く事となる。

「…………むう!!」

 あろうことか男は、その唯一の武器であろう剣を三本とも駒場に投げつけてきたのだ。上半身をひねる事で何とか剣を回避した駒場だったが、男はさらに剣を投げたのとほぼ同じタイミングで駒場の方へ突っ込んできた。

(……投擲用の剣だったか。だが……)

 ここまではいい、と己を落ち着かせる駒場。元々必要以上に武装させた構成員で三方を囲ませたのも、一番手薄であろう駒場の方へと男を誘導させる為である。第一、彼らは『無能力者』なのだ。高位の能力者とまともにやり合うなら、まずもって準備が必要になる。準備が出来ていない内に、そいつらとかち合った時点で既に状況は不利だ。

 駒場が今最優先しているのは勿論未知の侵入者の撃破でもあるが、それと同じくらい仲間に被害が及ばないようにする事も重要視していた。駒場なら、大抵の事には対応できる自信がある。

 現に、不意打ちに近い剣の投擲も避けて見せた。

(……ここからが本番だ……)

 敵に、自分の方へ意識を向ける事は成功した。あとは駒場次第。こちらが圧倒的な大人数と言えど決して油断せず慢心せず確実に相手を仕留めるため、駒場は突っ込んできた侵入者へと手を伸ばした。

 

 

 

 

(囲まれたな……)

 四方を囲まれたそんな状況とは裏腹に、落ち着いた様子で辺りを観察する衛宮士郎。現時点では既に『スキルアウト』との交渉の余地は無い。別段その事に落ち込んでいる訳ではないが、周りを囲んでいる不良達には少々目に付く点があった。

 ある違和感。最初からなんとなく彼らに感じていた違和感が、それを見て氷解する。その原因を確認した衛宮士郎はどうしてももう一度、駒場と交渉したくなった。だがそれにはまず、この状況から脱する必要がある。ならばさっさと行動すべし。

 まるで懐から取り出したかのように見せて黒鍵を投影した衛宮士郎は、駒場が避けられる程度に時間を掛けてそれを投げる。勿論それでもとても打ち落とせるような速度ではなかったが、衛宮士郎の予測通りに駒場は身をかわして黒鍵を素早く避けた。かわされた黒鍵は三本とも深々と壁に突き刺さる。

(なるほど、見かけ倒しではないようだな)

 駒場の動きに彼の評価を上方修正しつつ、他の構成員が何かアクションを起こす前にそのまま前方へと突っ込む。その巨体に似合わぬ敏捷さで駒場が手を伸ばしてくるが、衛宮士郎はその手をするりと掻い潜りさらに前へと進んだ。

 駒場のほうは敵に後ろを取られる事を警戒し、体の向きを変えつつばっと部屋の中央へと下がる。その隙に衛宮士郎は、駒場が避けたおかげで壁に突き刺さったままの黒鍵を基点に、壁に鋭い蹴りを放った。

 砲弾の如き勢いの蹴りが、黒鍵の柄へと叩き込まれる。元々老朽化していた壁の上に黒鍵のせいで大きくヒビの入っていたその壁は、衛宮士郎の蹴りで轟音を立てて崩れ落ちた。壁を蹴り砕いた先には数人の構成員達がいたが、まさか壁を砕いて部屋から出てくるとは予想だにしていなかった様子で、ぽかんと口を開けている。

「う、うわっ!?」

「すまんな、少し使わせてもらうぞ」

 衛宮士郎はそのうちの一人に近づきその手をとると、先ほど崩れた壁からこちらにやっこようとしていた駒場達の方へと加減をして放り投げた。まるでボールのようにポンと投げられた少年は、そのまま頭から壁に突っ込まんとする。

「……ぐっ……」

 まさか仲間を落とすわけにもいかない駒場は、放り投げられた構成員を受け止めた。そうして再び隙を突いた衛宮士郎は、向かってくる構成員を全て無視して廃ビルを駆ける。そのまま予め解析で探っておいた廃ビルの窓へと走り寄ると、走り込んだ勢いのまま体を外に投げ出したのだった。

 

 

 

 

「ア、アイツ飛び降りやがった!!」

 飛び降りた男の姿を見た浜面が、声を上げて窓へと近づく。侵入者の足の速さに大分引き離されてはいたが、なんとか目で追いビルの下を見下ろした。しかし男は完全に逃げた様子で、既にその陰も形もない。まさか六階ほどの高さから飛び降りるとは、思ってもみなかった。

「どうする駒場のリーダー。追うか?」

 黒い服を着込んだ少年、半蔵が駒場に指示を仰ぐが、駒場は首を横に振った。

「……よせ。逃げたならいい……」

「おいおい、リーダー。あの野郎ほっとくのかよ!」

 浜面はてっきり侵入者を追いかけるものだと思っていたので、駒場の意外な言葉に驚く。 

「……けが人が出ないだけ僥倖だ……」

「でもよう、そしたらこっちはこのままじゃ舐められっぱなしだぜ!」

「…………」

「よせよ浜面。駒場のリーダーがいいって言ってんだ。ほっときゃいいだろう」

「………………」

「わーった、わーった。わかったよ」

 無言でこちらを睨み続ける駒場のプレッシャーに堪えかね、浜面はおどけたように両手を挙げた。浜面としては『スキルアウト』を舐め腐りやがった野郎を何としてもぶちのめしたかったが、駒場に睨まれ半蔵に窘められては引き下がるしかないのだった。

 

 その後、三人は別の部屋で会議を行っていた。会議といっても簡単な話し合いで、主に次の移転先についての話であった。

 他の構成員には全員総出で、下の階で既に移転の準備をさせている。三人は部屋の中心に机を据えて、各々適当な椅子に座っていた。

「なんでもう拠点を移すんだよリーダー。まだここは警備員(ジャッジメント)の連中には撤去されそうにもなってないぜ?」

「……予想外の襲撃があった以上、早めに拠点を移すべきだ……」

「襲撃って……、あんなの馬鹿が勝手にやってきて勝手に逃げただけじゃねえか」

「……駒場のリーダーは、どうしてアイツをそんなに危険視するんだ?」

 駒場と浜面が言い合っている中に、半蔵が口を挟む。浜面が拠点を手放すのを渋るのも駒場がさっさと拠点を移そうとするのもわかるが、半蔵としては駒場のいつにない用心ぶりが気に掛かっていた。半蔵の言葉に、駒場は侵入者の男の事を思い返しながらその重い口を開く。

「……目、か……」

「目? あいつの目が一体どうしたってんだよ?」

「……どうと言われてもな。とにかくあいつの目を見た時、深追いはするべきじゃないと思った。それだけだ……」

 なんじゃそりゃと浜面が呆れたような声を出すが、駒場も正直同じ気持ちだった。何故自分がこれほどまでにあの男を危険視するか、自分でも分からないのだ。唯一つ言えるのは、あの男は相当に危険だと言う事。

 あの場で侵入者と直接対峙した駒場だからこそ分かる。彼の一種の勘の様な物が、男の目を見ただけで危険信号を発してた事を。駒場にとって一番印象的なのが男の目であったのだ。まるで猛禽類の様な、鋭く在る目。俺達があそこまでの目付きが出来るものかと、駒場は一人考える。とにかく『スキルアウト』としてはあの男に深く関わる必要は無いというのが駒場の出した結論であった。

 まあ浜面もいつも以上に思わせぶりな駒場に若干の不満を感じてはいたが、確かに男の投剣の様子だけ見てもかなりの力量を持っているのは事実。投げた剣が綺麗に真っ直ぐ飛び、壁に突き刺さるのは相当な技量が必要のはずだ。刺さっていたはずの剣は、いつの間にかどこにも見当たらなかったし。対する半蔵も心配しすぎだとは思ったが、ここまで駒場が推すのなら仕方がなかった。

「まあ駒場のリーダーがそうまで言うんならしょうがねえって浜面」

「はあ……。仕方ねえが、移転先を考えるか」

 半蔵にも説得されて、漸く諦める浜面。そもそも、男を追った所でこちらに何かメリットがある訳でもない。言うなればけじめの話であるので、特にこだわる必要もなかったのではあるが。

 結局の所、駒場の言う通りに拠点を移す事に決めた三人。移転先の候補について情報収集してくるかと浜面が腰を上げたその時、コンと一回部屋の扉がノックされる。

「おう、誰だ……って、あ?」

 ちょうど立っていた浜面がドアへと近づき、扉を開けるが外には何故か誰もいなかった。なんか扉にぶつかったかと一旦外に出て辺りを見渡すが、特に変わった様子もない。

「なんだったんだ一体…」

 浜面は首をかしげながらそのまま部屋へと戻ろうとし、

「ぐがッ!?」

「浜面!!」

 部屋に入る直前に、いきなり何者かに後ろから首を絞められた。

「全員、動かないで貰おうか」

「て――――、メェ!!」

 低く抑えた声が、浜面の背後から上がる。その影に思わず立ち上がった半蔵は気炎を上げるが、この状況ではどうする事も出来なかった。駒場もとっさの出来事に反応が遅れて、椅子に腰掛けたままである。そんな二人を前に悠々とした表情で浜面を抑えているのは先程の侵入者、衛宮士郎その人であった。

「……どうやってここまで戻ってきた……」

「さて、な。君らの御想像にお任せする」

「……なにが目的だ……」

「先ほど言ったはずだが? 情報がほしい、ただそれだけだ」

 いきなりの侵入者の再登場に、人質まで取られては身動きが出来ない二人。衛宮士郎は二人を牽制しながら部屋に入ると、そっと扉を閉めた。

 先程の話、どうやって衛宮士郎がこの廃ビルに戻って来られたのかという事はそう複雑な話ではない。廃ビルの窓から飛び降りたあと、地面に落ちる前に階下の別の窓から再びビルの中へ入っただけの事である。

 解析により、既にビルの構造は頭に叩き込んである。飛び込んだ部屋の窓硝子が既に割れていて、侵入の際に大した音も立てなくて済むであろう事。特に老朽化が進んでいた部屋であった事から、誰も使っていないだろうと当たりをつけられた事。要因は様々あったが確信は無く、まあ一種の賭けでもあった。

 元はと言えば数ある脱出手段の一つであったが、成功したのは運が良かったなと衛宮士郎は思い返す。その後廃ビルの中が落ち着いたのを見計らって、構成員に見つからないようにトップのメンバーがいる部屋を探し出したのだ。

 部屋を見つけること自体は、やはりそう難しいことではない。前と同じように周りの話を聞きつつ、地道に探し回った。廃ビルゆえに薄暗く、使われていない部屋が案外多かった事も幸いしたのだろう。見つけた後は三人のいる部屋の前の天井に張り付きながら待機、そして不意打ち。

 結果は先の通りである。衛宮士郎は人質を一人手に収めた状態で、再び交渉の席に立つ事に成功していた。予想だにしない状況下、駒場は憎々しげな目で衛宮士郎を見つめている。

「……俺達『スキルアウト』はただの不良の集まりだ。そんな高度な情報を知っているはずもなかろう……」

「ほう、最近の不良集団はこんなおもちゃも使うのかね?」

 低く唸るような駒場の言葉に、衛宮士郎は浜面を締め上げたまま懐から鈍く光る銃を取り出した。途中、構成員が保管していたものを拝借した大口径のマグナムだ。腕で締め上げる代わりに、浜面にその銃を突きつけつつ続ける。

「こんなもの、そこらの不良では手に入るまい。それとも学園都市では銃が市販されているのかな」

「…………」

「別に君らが私を直接案内する必要はないのだよ。ただどういうルートでこれを手に入れたか、それだけ教えて貰えればそれでいい」

「……武器の密売と、学園都市の出入りが関係するのか?……」

「するとも。あの手の輩は、必ず横に繋がりがある」

 幾ら広いとはいえ、所詮物理的に壁で囲まれて制限されている学園都市。どうしても、そういった後ろめたいルートは限られてくる。それゆえ犯罪者同士で繋がりがなければとてもではないが密売などは不可能だろうと、衛宮士郎は踏んでいたのだ。

 たとえここで学園都市の出入りに関する情報が出てこなくとも、遠回りだが犯罪者の伝を辿ればいつか必ず目的の業者に辿り着く。しかも場合によっては外道も潰せて一石二鳥(?)である。

 当初は本当に『スキルアウト』を刺激しない内にただ逃げる事が目的だったが、構成員の装備がやけに上等だったのを見てこのような強硬手段に訴えたのだ。

 優位な状況に立っていても、油断なく二人を警戒しつつ話を続ける衛宮士郎に舌打ちしつつ、駒場は陰鬱な声でそれに答える。

「……たとえそうだとしても、情報を話したあとの俺達に貴様が危害を加えないという保障はどこにもない……」

「安全の保障を交渉するつもりか? それを言うなら私は君達の構成員に怪我一つ負わせていないと思うが」

「そんなの理由になるかよ!!」

 今まで黙っていた半蔵が耐えかねて声を上げる。彼としては早く浜面を救い出してやりたかったが、浜面は銃を背に突きつけられて全く動けない様子だ。駒場も衛宮士郎を睨みつけるが、打開策がどうしても思い浮かばない。だが衛宮士郎にしてみても、相手が喋らない限り状況の進展のしようがないのだ。

 この場の全員が動かぬまま、さっさと情報を引き出したい衛宮士郎と浜面を含めた自分達の安全を保障したい駒場達で、一種の膠着状態に陥ってしまった。しばらく、両者の無言の睨み合いが続く。

 が、このままではいずれ他の構成員が異変に気付き不利になると考えた衛宮士郎が、仕方なく打開策を提示し始めた。

「……ではこうしよう。そら」

「うおっ!?」

 ドン、と衛宮士郎が浜面の背中を銃身で押し出す。急に背中を押された浜面は、よろけつつもしっかりとした足取りで駒場たちの元へと走り寄った。訳の分からない衛宮士郎の行動に、駒場が訝しげに眉を上げる。

「……何のつもりだ……」

「言っただろう、荒事は遠慮したいと。本来ならこういう手は使いたくなかったのだがな」

 古人曰く、押して駄目なら引いてみろ。浜面を突き放した衛宮士郎がポケットから取り出したのは、

「……携帯電話?」

「生憎、これくらいしか策がなくてな」

 そう言うと衛宮士郎は片手で携帯のダイヤルをプッシュし始める。もう片方の手では相変わらずこちらに銃で照準を合わせていたので、身動きできない駒場達だったが電話先への衛宮士郎の言葉に三人とも凍りついた。

 

「もしもし、警備員(アンチスキル)ですか!?」

 

「なっ!?」

「第七学区の……、はい、そうです。そこで武装した大勢の『スキルアウト』に囲まれて!……。はい、大至急お願いします」

 今にも倒れそうな、息も絶え絶えのフリをして電話を続ける衛宮士郎。そうしてこの場所を告げ通話を終えた衛宮士郎は、携帯電話をポケットにしまった。

「お、お前……」

「さて、タイムリミットは……。そうだな、約10分といった所か」

 余りの展開に呆然とする駒場達の前に、衛宮士郎は再び銃を突きつける。

「どうする? 早く喋らないと警備員(アンチスキル)が来て、お仲間ごと逮捕・連行されてしまうぞ」

 下の階にいる奴らは通報があったなんて知らないだろうしなと、衛宮士郎は続ける。ギリギリと悔しそうに歯を鳴らす浜面と半蔵だが、このままでは本当に全員まとめて逮捕だ。

 今は特殊な武装をしている訳でもないので、衛宮士郎が突きつけている銃のせいでこちらはまともに身動きが取れない。しかも、目の前の野郎は救助される側と来ている。ここで時間稼ぎしていても、事態は悪化する一方。下手をしたら今まで貯めていた軍資金さえ、隠しきれずに没収されてしまう可能性がある。

 しかし逆にさっさと情報を話してしまいさえすれば、幸い既に撤退の準備中だったため警備員(アンチスキル)の到着にはどうにか間に合うかもしれない。もはやどっちに転んでも悪い様にしかならないなら、被害を最小限に食い止める事しか駒場に選択の余地はなかった。

「……判った、話そう……」

「リーダー!!」

「聞き分けがいいようで何よりだ」

 駒場の声を聞いた衛宮士郎が、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。浜面が思わず叫ぶが、この状況ではどうしようもなかった。そんな浜面を横目に、衛宮士郎は確認の為に駒場に問いかける。

「まさかとは思うが、嘘の情報を教えたりはしまい?」

「……そしたら、どうする……」

「何、君達が情報を持っているという事はわかったのだ。真実を教えてくれるまで君達を訪ね続けるだけさ。今度はそれなりのお返し(・・・)を持ってな」

「……つまり、話したら……」

「ああ、もう『スキルアウト』には関わらんよ」

 関わる理由もないしなと言う衛宮士郎に、駒場は素直に安堵する。正直、こんな得体の知れない妙な男にこちらも二度と関わりたくはなかった。この状況で大人しく話が付けられるなら、それに越した事は無い。

 ここで一旦この男を帰しておいて、あとから徹底的に報復をすると浜面辺りは言いそうであったが、そんなのは駒場にとっては以ての外だ。下手に動いて、計画を学園都市に嗅ぎ付けられても困る。色々と引っ掻き回されはしたが、もともと『スキルアウト』の計画を知っているようには見えないし、学園都市側の人間にも見えない。

 ここらでこちら側が引き下がるのが潮時かと、結局駒場は判断した。そうしてコピー用紙をそのまま吐き出したような口調で、駒場は密売のルートに関する情報を吐き出したのだった。

 

 

 

 

 もう空が白み始めている時間帯。サイレンの音を耳にしながら、衛宮士郎は上条の学生寮へと向かっていた。正直な話、今回の収穫は上々と言っても言い過ぎでない程の大収穫であり、充分な情報を入手する事が出来た。まさか初日の探索でここまで上手くいくとは思っても見なかったので、衛宮士郎自身も若干驚いてはいるが。

 だが、反省点もまた多い。いくら早く学園都市を出るためとはいえ、いきなりあのようにろくに調べもせずに組織に首を突っ込むのはもう遠慮したかった。今回が上手く言ったからといって、次が上手くいく保障もない。

 あの時、駒場たちに見せた携帯電話。アレは実は投影品であり、中身のないただの張りぼてである。あの時は電話するフリをしていただけだったのだ。そもそも衛宮士郎は警備員への連絡方法も知らないし、下手に警備員(アンチスキル)側に通話記録や自分の肉声を残されても困る。学園都市の科学力では、そこからどんな情報が読み取れるかも想像もつかないからだ。

 それに今度から相手にするのは、『スキルアウト』のような不良の集まりではない。正真正銘、重度の犯罪者達だ。

 これからはもっと情報を煮詰めて攻めていく必要があるなと、衛宮士郎は再確認したのだった。

 

 

 

 

 朝方、上条は目覚ましの音で目を覚ます。夏真っ盛りのこの時期ではいつまでも布団の中で燻っているなんて事はまずないが、それでもやはり朝起きるのは辛い。それが月曜の朝となれば猶更だ。

(だるい……)

 宿題を片付けるのにそこそこ掛かってしまった為、完全に疲れの取れていない上条。だがふと、上条家のいつもの朝にそぐわぬいい匂いが鼻につく。

「…………?」

 何故こんな匂いが?と上条は寝ぼけ眼で起き上がった。匂いの元を目と鼻で追うと、そこには台所に立っているエプロン姿の大きな背中。一瞬誰かと思ったが、そういえば昨日から同居人が一人増えたのだという事を思い出す。

「ああ、起きたか当麻。おはよう」

「……おはようございます」

 いつの間に帰ってきたかは知らないが、自分が起きる前に朝ごはんの準備をしてくれていた衛宮士郎にどことなく上条は申し訳なくなる。衛宮士郎からしてみれば、ただで同居させてもらっている以上、せめて家事くらい担当するのは当たり前だったのだが。

「ありがとな。朝ごはんの準備」

「何を言う、これくらい当然だ」

 さあ冷めないうちに食べろと言う衛宮士郎の言葉に、上条は素直に椅子に座る。机の上にはごく一般的な和風の朝食が乗っかっていた。どれもこれもがなんだかいつもの朝食より美味しそうに見えるのは、きっと気のせいではないだろう。前日から気付いてはいたが、やはり衛宮士郎の料理スキルが半端ではない事を上条は再認識する。

「いただきます」

「いただきます」

 勿論、衛宮士郎も一緒に食べるので二人揃って食べ始める。衛宮士郎は未だ学園都市の知識が大幅に不足しているので、食事中の会話の内容も自然とそちらよりの話になった。

「……ってことで学園都市の天気予報は、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』のおかげで百発百中なんだよ」

「そんなものまであるとは……」

上条の説明で、衛宮士郎も学園都市のもはや異常とも呼べる科学力を再認識させられる。あとは学食レストランだの、大覇星祭だの興味深い話は沢山あった。科学力の他にもまたその閉鎖性にも驚かされたが、どうもやり過ぎではないかという感想が残ってしまう。まあ、学園都市の特性上仕方の無い話であるとは分かってはいるのだが。

「あー、時間がそろそろ……」

「む、そうだな」

 そうして他にも色々と話をしているうちに、そろそろ時間の方がヤバくなってきた上条。せっかく衛宮士郎のおかげで貴重な朝の時間を朝食を作らなければいけない分短縮出来たというのに、それで遅刻などしては元も子もない。

「話の続きは、また夜にな」

「うむ、洗い物などは私が全部やっておこう」

 その言葉にさんきゅ、と軽く礼を言って上条は学校へ出かけていった。

 

 

 

 

 それから数日は、特に異変もなく二人とも日常(?)を過ごした。上条はいつもどおりに学校へ行き、夏休み前の最後の一週間を気合で乗り越える。衛宮士郎は、昼は上条の家でネットを使った情報収集、夜は外で第七学区以外を含めた地理の把握と一日一日を有意義に使っていた。二、三日もすれば衛宮士郎も学園都市の勝手を大分把握出来る。

 途中、上条が学園都市の第三位と夜中に追いかけっこをしたり、その愚痴をこぼされたりする事も間々あったが、全部笑い話で扱ったのは御愛嬌。他にも上条の不幸体質について衛宮士郎が今更知って、そのアクシデントの話を聞いたりするなどはあったが比較的平和な日々を過ごす。

 そして、日付は運命の日の二日前、七月十八日を迎えた。

 




10000字ちょい。
戦闘シーン?そんなものはなかった。
駒場さんはイイキャラだと思います。
番外編での活躍(?)は好きです。

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