またしても更新があいてしまいました
言い訳をさせてもらえるなら、二巻分の構想を練っていました
大筋なら新約までできてるんですけど、細部はまだでして
ようやく二巻は(頭の中で)完成したので出来ればこれからも見てくだされば幸いです
東京オリンピックおめでとうございます
三人が足を踏み入れたそこは、至って普通のビルだった。両開きの自動ドアを潜り抜ければ、ひらけたロビーに幾人かの学生たちが歩いているのが目に入る。正直、敵陣の真正面から突入するのもどうかと衛宮士郎は思ったが、そもそもセイバーは策士の質でないし、上条は言わずもがな、ステイルに至っても無策で突っ込むというのだから彼が不安になるのは仕方ない。
そんな衛宮士郎の内心を余所に、正に堂々と『三沢塾』へ乗り込む三人。とりあえずの目的地は南棟五階の食堂脇だ。図面を見た限りではこの塾には十七箇所の隠し部屋があり、一番近いのがその部屋なのである。そうして三者三様で辺りを見渡しながらロビーに降り立ち――――――、
「――――――」
一番最初に異変に気づいたのは、やはりセイバーだった。その場で足を止め、剣をすらりと抜く。
「えっと、セイバー。急に止まってどうしたんだ?」
「…………とりあえず、トウマは足に何か感じませんか」
「足?」
言われて、上条は足元を見た。が、何か落ちてるわけでもなく、特に変わった様子は無い。ステイルの方はと言うと、何かを探るように何度か床をとんとんと足で叩いている。
「
「…………」
床を叩くのを止めたステイルは、今度はタバコを取り出す。
「おいおい、ここでタバコはまずいって……」
校内禁煙のマークを指しながら咎める上条だが、ステイルは聞かずに火をつけた。だが不思議と、三人の傍を歩く生徒たちはそれを注意することは無い。それどころか、非難の目すら向けないのだ。
「…………?」
流石に妙だと上条も感じたが、そもそも生徒たちは今まで一度も三人のほうに目を向けたことが無いのに気づく。いや、目線こそこちらの方向を向いていても、それは上条たちの事を見ているわけではないのだ。まるで三人がその場にいないように振舞う彼らは、忙しなくそこらを行き来している。
上条はまだしも、明らかに浮いているステイルやセイバーをも無視して。
「トウマも気づきましたか?」
「ああ、なんかすっげえ変だぜ。ここ」
本当に気づいていないのか、気づいていてあえて無視しているのか。警戒しながら辺りを見渡す上条だが、別にロビー自体に妙な点は見当たらない。
…………壁に寄りかかっている銀色の人型ロボット以外は。妙にひしゃげた壊れたロボットのようだが、それすら生徒たちは無視しているように上条には見えた。オイルは駄々漏れ、四基並んだエレベーターの間という非常に目立つ場所に立てかけてあるのに、それは誰の注意も惹いていないようだ。
「ふーん、つまりそういう結界なわけだ」
しばらく黙って検分していたステイルが、漸くその口を開く。彼が手に持っていたタバコは、いつの間にか先が黒く潰れていた。
「そういう結界?」
おうむ返しに聞きなおす上条に対して、ステイルはもう一本タバコに火をつけながら説明する。ようはコインの表と裏であると。『コインの表』の住人である生徒たちは『コインの裏』である魔術師に気づくことは出来ない。
逆に『コインの裏』の存在である魔術師は『コインの表』である生徒たちに干渉できない。それを証明する様に、ステイルは先ほどつけたタバコの火を近くの壁に押し付ける。高熱の物体を当てられた壁は、だが煤一つ無くそこにあった。
「こういうことさ。建物そのものは『コインの表』に設定されているようだから、僕らは自分の力じゃ何一つ干渉できないわけだ」
それこそドアを開けることすらね、と続けるステイル。上条はうげっと呻いてそりゃやっかいだと呟くが、セイバーはロビーの奥のただ一点を見つめていた。
「なるほど。だから『あれ』に誰も関心を向けないということか」
「ま、そうだろうね」
なんともなしに返すステイルだが、上条には『あれ』の意味がわからない。目線の先から察するに、どうやらあのひしゃげたロボットのようだが……。
「なあ、あのロボットも『コインの裏』って言うなら
「は? ロボット?」
上条の疑問に、ステイルは何言ってんだこいつといった風情である。そこへ上条の言いたいことを察したセイバーが躊躇いがちに口を挟んだ。
「……トウマ、あれはロボットではありません。あれは――――――、あれは、人間ですよ」
「……………………は」
生きているのか死んでいるのかすら判らない、めためたに潰れたその体。銀色の体はフルプレートの鎧、上条がオイルだと思ったものはよく見れば赤黒い血。そしてどうして今まで気づかなかったのか、つんと鼻につく独特の匂いは鉄分のそれだった。
「…………ッ!」
思わず、上条は血塗れの騎士に走り寄る。何も出来ることがないとわかっていても、既に死んでいるかもしれないとしても。それでも、上条当麻は駆け寄った。そんな彼の様子を見ながら、セイバーは隣に立つステイルに声をかける。
「あれは知り合いか?」
「いや、僕らには関係ない。おそらくローマ正教の連中だろうね」
なんともなしに、まるでそれが日常であるかのようにステイルは死体を見つめていた。騎士に近寄ろうとしたセイバーは、途中で何かに気づいたかのように足を止める。そうしてそのまま頭を横に振ると、ステイルのほうへと足を戻した。
「魔術師……いや、神父。あれは、あなたの役目だろうよ」
「……君は何を言ってるんだい。彼は
「だが、まだ息はある。違うか?」
そう、ステイルは騎士を助からないと評したが、それはつまり
――――しかし、末期の言葉を述べる時間はあると、セイバーは言うのだ。幾多の戦場で何百人もの騎士が息を引き取る様を見取った彼女である。それを察することくらいは造作も無い。
セイバーの言葉に、ふうと煙を吐くステイル。こんななりをしていても彼は神父、神に仕える聖職者だ。死に行くものの言葉を聴く事こそがその本懐である。それも彼自身は自覚しているようで、タバコを横に捨てるとステイルは騎士のそばへと寄っていく。
騎士の傍で跪くステイルを見ながら、セイバーは一人考える。一体何が、あの騎士を死に追いやったのかと。
(鎧が潰れているからには、物理的な衝撃のような気がしますが……)
予想される敵は、錬金術師に吸血鬼。あくまで元の世界が基準だが、吸血鬼の腕力ならあの異様な事態も実現可能だとセイバーは思う。では錬金術師は?
そもそも、彼女は錬金術師と言う種類の魔術師をよく知らない。あれらは中世に入ってから頭角を現してきた分野であるし、彼女の生きた年代とは程遠い。そしてそれは衛宮士郎も同じことである。彼の時代には確かに錬金術師と呼ばれる魔術師たちは存在したが、彼らはその姿を俗世はおろか、その本拠地であるアトラス院から見せることすらしない。
とてもではないが錬金術師の情報など、二人ともほとんどないのである。この『三沢塾』に立て篭もる錬金術師に関しても、アレイスターから説明された事くらいしか知らなかった。 ……まあそれでも、決して無関係と言うわけではない。
例えば衛宮士郎が投影するアゾット剣。魔術儀礼用の杖であるそれは魔術師の間では見習い卒業の証とされるが、その原型は大錬金術師パラケルススの持っていた剣である。奇しくも今回の敵、アウレオルス=イザードはその末裔に当たるわけで、チューリッヒ学派である彼の性質くらいは予想がつけられた。
錬金術の三大学派、ボヘミア、チューリッヒ、ウィーンの中で最も
(アルス=マグナ、ですか……)
セイバーには錬金術という物はよく理解できないが、一般的には鉛を金に換えたり、不老不死の霊薬を作るといったものらしい。もっとも、この世界では『世界の全てを自分の思い通りに歪める魔術』であるということだが。
『こんなことならインデックスからいろいろと話を聞いておくべきだったな……』
『……そうですね。確かに、我々は
セイバーの言うように、二人はここの魔術については素人に近い。二つの世界の魔術は非常に基本的なことは似通っているようだが、その先へと少しでも進めば、それはもう全く別物といってよいほどだ。衛宮士郎がここの世界出身の魔術師と偽装している以上、溶け込むに当たって最低限の知識は欲しいところではある。
せっかく身近に知識の宝庫がいるのだから、彼女に聞いてもいいのだが……、
『まあ彼女も、あれはあれで厄介だ。妙な疑いを持たれる事なく聞くのは難しいし、なによりイギリス清教と繋がっている』
『おまけに完全記憶能力です。正直な話、それが一番きついですね』
何しろ彼女は、些細な日常会話ですら一字一句覚えているのだ。下手な質問や行動も一切合財がその頭の中に貯蓄され、イギリス清教謹製の監視カメラに見張られているようなものである。衛宮士郎もインデックスに魔術関連の話題を振る時は、非常に言葉を選んでいた。
それに今回ばかりはそんな暇が無かったのも事実だ。自分達の情報不足を噛み締めるセイバーだが、彼女としては今はもう一つ、上条当麻の予想を外れた反応に驚いていた。
『しかし、トウマはなんというか…… 非常に場馴れしている感じが否めませんね』
『それは私も以前から思っていた。肝が大きいと言うか、度胸があると言うか……』
セイバーが意外に思っていたのは、上条の反応。死体を見たときの彼の反応が、どちらかと言えば死への恐怖ではなく、殺人への憤怒であったことである。確かにここ最近、上条は色々と厄介ごとに巻き込まれてはいるが、死体を見たのは初めてなはず。
――――特に、殺された死体というものには。普通の人間は、人の死にそうそう関わらない。あってもそれは、親しい者の死であったり、画面の向こう側の出来事であったり。
衛宮士郎やセイバーの経験から言えば、日頃から戦にでも出ていない限り惨殺された死体と目を合わせた人間が覚える感情は、恐怖、もしくは悲嘆。身近に迫った死の恐怖に怯え、その無残の姿を自らと重ね合わせて行く先を悲嘆する。だのに、上条はその様子をほとんど見せないのだ。 ……少なくとも、表には。見知らぬ人間の死に、恐怖より先に怒りを覚える人間は珍しい。
――――――いや、正直な話どこかがおかしいとも言えた。勇気があると言えば聞こえはいいが、蛮勇は無謀に転じる。
(シロウほどではありませんが……)
彼もまた、どこか『外れて』いるのかもしれませんね、とセイバーは一人考えるのだった。
狭い非常階段は、どことなく三人に圧迫感を与えている。あの騎士の死体――――ステイルが言うにはローマ正教の騎士団の一人を送った後、三人は隠し部屋に向かって進んでいた。
地図を見た限りどうやら各所に点在しているようだが、その中で一番近場の南棟五階にある食堂横を今は目指している。
「はぁ……、反動が倍になるってのはどうもやっかいだな」
気だるげな声を口から漏らしながら、疲れた顔で階段を上っているのは上条だ。前を歩いているステイルも、同じように息をあげている。 ――――ただセイバーだけが、平気な顔をして先に進んでいた。
上条の言う『反動』とは、つまり床からの抗力である。このビルに張られている結界は内部を表と裏の二面に分けるものだが、入り口で確認したようにビルそのものは表に組み込まれているのだ。つまりビルの床自体にかかる衝撃が、そのまま全て自分に返ってくる。一切の衝撃を吸収されないと言うことは、それだけ歩くときの疲労も倍増することを意味するのだ。
あくまで常識の範囲内の体力である上条やステイルには、これがなかなかにつらい。生粋の武人たるセイバーにとっては大して苦でないが、それ故に異変を察知するのも早かった。まあ足からの反動が倍増すれば、いづれ誰でも気づくとは思うが。
「あまりにもきついのでしたら、一旦休憩しましょうか?」
私が周囲を見張っておきますので、と上条に声をかけるセイバー。敵陣の真っ只中と言うことでただで気を張っているのに、余計な負担のせいで疲労が濃くなってきているだろうと心配しての事であったが、上条は首を横に振る。
「いや、このまま進もうぜ。姫神も助けを待ってるだろうしな」
「トウマがそういうならいいですが…… 無理はしないようにして下さいよ」
「わかってるって」
上条はいかにも平気そうな顔を作って手をひらひらと振った。確かに人一人捕らえられているのは事実だし、一刻も早く助けるのに越したことは無い。
(ですが……)
どうにも、入れ込んでいるように見える、とセイバーは思うのだ。そもそもいくら人が監禁されているとはいえ、見知らぬ誰かを助けるために命を賭けるような真似をするのか。まあ、そういう人間もいないわけではない。
むしろセイバーの身近に――――それこそ本当にすぐ傍に、そういう『人』はいる。だが彼は例外だ。そう思う。 …………それとも上条当麻もそういう人間なのか。
そこまで至ってセイバーは、それは否と考えた。この高校生は
確かに、上条と姫神は顔見知りだった。ただし、それこそ本当に『顔見知り』のレベルである。何しろ彼らが出会ったのは今日の午前中、それも時間にして十分ほどの時間だ。どうしてか監禁されているはずの姫神が外に出ていて、たまたま上条達の目の前で黒い服を着た大人たちにどこかに連れ戻されたように見えた。ただそれだけの話。
当然その時は上条は『三沢塾』の事情なんてこれぽっちも知らないし、姫神のほうも全く抵抗せず素直に黒服の大人――――姫神がその時説明したところによれば『塾の先生』に連れられていったのだ。それで何かを察しろと言うほうが無茶ではあるが、上条がここに乗り込んできたのは一重にそこが理由である。要はイラついたのだ。そんな少女を監禁する錬金術師もそうだが――――――何より、その少女自身にそして自分に。
助けを求めようと思えば出来たのに、周りのために自分を殺した彼女。どんな目にあうのか知りながらそれをよしとするその姿勢は、何か、上条の内に刺さるのだ。
似たような人と出会った気がするのに、それが思い出せ無い自分。彼女と、そして自分に対する憤りが、今の上条の原動力だった。まあ、そんな事があったなんてセイバーは知る由も無い。重い足取りで、しかししっかりと歩を進める上条を気にかけながら、彼女は周囲に気を配っていた。
『既に相手には気づかれているはずなのですが……』
『正面から入ったのに一向に敵が来る気配が無いな。 それとも、出向くまでも無いほどの罠があるのかもしれん』
そもそも篭城とはそういうものである。第四次聖杯戦争におけるランサー陣営のように、魔術師の根城にはありとあらゆる『殺す』ための仕掛けがあるのが常だ。
……だが、今までその罠が一つも見つかっていない。衛宮士郎が一番警戒していたロビーにも、その気配はなかった。裏と表が分かれているこの結界ならば、罠を仕掛けるにも好都合だと言うのに。
「魔術師、あなたはどう考えている。ここまできて何の妨害も無いとはおかしいと思わないか」
「さあ? 僕には奴の考えてることなんてわからないし、知ろうとも思わないから」
ただ、とステイルは続ける。
「出てこないって事はそれだけ余裕なのか、あるいは必殺の策でもかんがえてるかもね」
そんなことを言うステイルの顔も、疲労の色は出ていても余裕が張り付いている。いくら錬金術師本人には大した攻撃手段がないからといって、もう少し警戒しておいいものだが。
さらに少し階段を上ったところで、今度は上条が携帯電話を取り出し始めた。なんでもこの結界の中で電波が届くかどうか試してみるとの事らしい。ぎゃあぎゃあと騒いでいるところを見るに、どうやら相手はインデックスのようだ。
「なんとも緊張感に欠けるな」
「………………」
ステイルの呟きにセイバーは、あなたが言える台詞ではない、と返しそうになった。まあステイルはプロであるし、余裕は見せていても油断はしていないとは彼女もわかっているけれど。
「…………ん?」
電話終えた上条とステイルがなにやら話し込んでいる間にどことなく廊下を眺めているセイバーは、何やら視線のようなものを感じた。階段から廊下の奥を見据えるが、しかしそこにいるのはただの男子生徒たちだ。『表』にいる彼らには自分たちの事は見えていないはずなのだが。
「気のせい、ですかね」
念のため廊下の奥まで行って彼らに手を触れるが、返ってくるのは硬い感触。セイバーの存在に気づいた様子も無かった。
(確かに視線を向けられたと思ったのですが……)
だが凡人ならともかく、英霊たる彼女の感覚の鋭さは伊達ではない。どうにも違和感を覚えるので、もう少し様子を見ようとセイバーが決めたその時だった。がしゃん、と天井から大きな音が。
「――――セイ」
異変に気づいた上条が、彼女に向かって走り出す。しかしそれよりも早く、けたたましい音と共にそれは廊下と非常階段を分断した。
防火シャッター。
火災に備えて作られた扉は、この結界の中では何よりも強固な壁と化す。『裏』からでは関与できない絶対的な防壁。つまりこれは、彼女と上条たちが完全に分断されたことを意味していた。上条は廊下のほうに手を伸ばしたまま、呆然とした顔で呟く。
「マジ……かよ……」
突然で、そしてあっけない別離。ステイルも予想外の戦力分断にちっ、と舌打ちをした。
「馬鹿が。あれだけ罠を警戒していたくせに自分が引っかかるとは」
「心外だな。あの程度の罠では私は捕らえられないのだが」
「――――――――は?」
二人の後ろから聞こえる、凛とした声。ばっと声の方向へ振り向いた二人の目に入ったのは、向こう側に閉じ込められたはずのセイバーの姿だった。
「え? いや、どうして……」
どうしてここにいるのか。当然の疑問に混乱する上条だったが、ステイルはタネがわかったのか先程とは別の意味で苦い顔をする。
「この化け物め。あの距離を一瞬で詰めるか」
「詰める?」
わからない、といった表情をした上条にステイルは苦い顔のまま説明した。
「単純な話さ。この女は防火シャッターが閉まるより早くこちら側まで滑り込んできただけだ。 ……単純な身体能力だけなら神裂クラスだな」
「滑り込んだだけって……」
言われて、上条が思い返すのは廊下の長さ。ほとんど反対側にいたはずのセイバーが、シャッターの閉まるより早くこちらまで駆けて来たという事実。おいおい、と顔を引きつらせて上条はセイバーを見上げる。
見た目はインデックスより少し大きいくらいの少女なのに、上条が覚えている中では一番の身体能力というのは中々に衝撃的だった。そうして少々呆けている上条に向かって、セイバーが手を差し出す。
「さあ、トウマ。ここであまり長居するのはよくない。はやく隠し部屋まで向かいましょう」
「あ、ああ。そうだよな」
さっさと姫神を助けてやんねえとな、と上条は自身に活を入れる。そんな様子を見ながら、ステイルは独り言のようにポツリと言葉を漏らした。
「しかし、どうしてあのタイミングであいつだけを分断しようとしたのかね」
ほどなくして、三人は『隠し部屋』のあるであろう場所までたどり着いていた。だがその場にあったのは何の変哲も無い壁であり、三人は通路のど真ん中で立ち往生することになってしまった。
『いくら隠し部屋に見当をつけても、そもそもこちらからは干渉できないからな』
衛宮士郎の言うとおりであって、たとえ隠し部屋に通じる仕掛けを発見したところで上条たちにはどうすることも出来ない。
だからといって何もしないわけにはいかないので、上条たちは隠し部屋に隣接しているであろう食堂へと足を踏み入れた。が、踏み入れた途端。
「おいおい、やばくないかコレ……」
そこに並んでいたのは百六十の瞳。食堂にいた八十人近い生徒たちが、一斉に立ち上がり三人のほうを向いたのである。無機質。何を考えているかわからない、否、何も考えていないであろう目が、しかし確かな意図を持って上条たちに視線を投げていた。
「なるほど、隠し部屋の近くにはちゃんと警報機が置いてあるわけだ」
顔を引きつらせながらステイルが後ずさる。『表』の生徒は本来、『裏』の上条たちを認識できない。それが今、彼らのほうを向いていると言うことはつまり――――――、
「ただの学生まで巻き込んでいるということですか……!」
怒りで声を震わせるセイバー。そう、ここにいる生徒たちもまた、裏側の住民になったと言うことを意味するのだ。それもおそらく、錬金術師に操られると言う形によって。
「くそっ」
上条もまた怒りで叫ぶが、生徒たちは意にも介さない。やがて一人の生徒の口から、感情の無い声がお経のように流れ始めた。
「熾天の翼は輝く光、輝く光は罪を暴く純ぱ――――」
「――――言わせませんよ」
だが生徒の言葉は唐突に途切れる。意識を失い崩れ落ちるその生徒の傍らにはいつの間にか、剣を携えた少女が一人。無論、剣の英霊たるセイバーである。
呪文が完成するよりも早く斬り付ける事など、彼女にとっては造作も無い。しかし生徒の動きはそこで止まらなかった。そしてセイバーの動きも。何と生徒が崩れ落ちた瞬間に、また別の生徒が詠唱を再開したのである。それも一人や二人ではなく、何十人もいっぺんに。
それを追うのは銀色の剣閃、セイバーの剣だ。総勢八〇を越える生徒たちを、次々と剣でその意識を刈り取っていく。
「おいセイバー! いくらなんでも剣で斬るのは……!」
上条が声を上げるが、よくみれば血の一滴も流れていない。どうやら全て峰打ちで落としているようであった。上条の目には、ただただ銀色の光が辺りを走っているようにしか見えていない。広い食堂の中を、縦横無尽に飛び回る光だ。一人、また一人と倒れてゆく生徒たち。そして数秒後には、そこには一人の少女しか立っていなかった。
「……すっげえな」
ぼそりと、素直な感想を漏らす上条。後ろに下がっていたステイルも、倒れている生徒の一人に近づき様子を確かめる。
「ふむ、完全に意識は落としてあるようだね。これなら数時間は動けないんじゃないかな」
「魔術師、これは……」
「『グレゴリオの聖歌隊』だ。ローマ正教の最終兵器の一つでね。本来なら三三三三人の修道士が聖堂で
これはそれを模したレプリカさ、とステイルは億劫そうに息を吐く。
「つまりこれは、それの八〇人バージョンってことか?」
「ちょっと違う。本物はもっと危険な代物さ。とてもじゃないけど一魔術師でどうにかなるようなもんじゃない。 ……まあ、この規模の物にしてもそうなんだけど」
上条の疑問に、答えになってない答えを返しながらステイルは立ち上がる。
「さあ、さっさとここを離れたほうがいいと思うよ。ここの建物には二〇〇〇人近い生徒がいるんだ。いくら君でもそれを一斉に相手にはしたくないだろ?」
その言葉に意味がわからないといった顔をする上条に、ステイルは若干感イラつきながら言葉を続ける。
「だ・か・ら! 今倒したのはあくまでこの場における呪文の噴出点なんだよ。言うなればこのビルの中にいる全生徒が、『
「全生徒って! 二〇〇〇人全員相手にしなきゃいけねえのか!」
上条の背に怖気が走る。二〇〇〇対三だなんて、そんなの考えたくも無い。
「離れたとして次はどこへ行くのです? 隠し部屋をまた探すのですか」
「あの錬金術師が二〇〇〇人も操ってるなら話は別さ。『偽・聖歌隊』を操作するための核を探せばいいんだよ。魔力をたどればそう遠くないうちに見つかる」
言いながら食堂からでるステイルに、セイバーと上条も後を追う。
「しっかし、二〇〇〇人を同時に操るなんてな。お前は軽く見てたのかも知んないけど、やっぱアウレオルスってのはやばい奴なんじゃねえか」
「それに関しては僕の認識不足だったよ。まさか奴がここまでやるなんてね」
そんな上条とステイルの何気に会話に、セイバーはふと違和感を覚えた。
「魔術師、あなたは敵の錬金術師と知り合いなのか?」
初耳だが、と聞くセイバー。ステイルは廊下で何やら辺りを探っているようなので、疑問には代わりに上条が答える。
「ああ、なんでも顔見知りなんだってよ」
「……それであの余裕だったのですか」
呆れたとでも言う様な声を出すセイバー。実際いくら顔見知りだからと言って、相手の実力を以前と同様だと考えるのは早計と言わざるを得ない。自分が月日を重ねて成長するように、相手も修練を重ねているのは確実なのだから。
『しかし、敵の錬金術師がステイルの事を知っているとなると厄介だな』
『少なくとも火の系統を扱う魔術師だということは割れているはずです。まあそもそも今の彼は
『ステイルの反応を見るに、アウレオルスの方はだいぶ変わっているようだな』
『それでも魔術師に聞くだけ聞いてみます』
錬金術師と直接対峙した時に何かヒントになるかもしれませんから、とセイバーはステイルの方へ足を向けた。しかし彼女が廊下を二三歩も歩かないうちに、その身に悪寒がぞわりと走る。未来予知にも等しいと称される彼女の『直感』が、明確なヴィジョンを持って警鐘を鳴らしている――――!!
「うおっ!」
「な、何をする!?」
言葉で伝えている暇も無いと判断したセイバーは、傍にいた上条とまだ何かやっていたステイルを左手でまとめて引っつかんだ。二人の首根っこを掴んだのでごんと頭同士がぶつかる様な鈍い音がしてしまったが、そんな事を気にしている場合でもない。
(間に合うかっ……?)
焦るセイバー。右手には剣を持ち、風の鞘を纏わせた。そして突然のセイバーの行動にまるで訳がわからず混乱していた上条だったが、その目に映った光景に息が止まる。それは光の洪水だった。
セイバーに首を掴まれたときに見えたそれは、廊下の両端に栄える光り輝く壁。いや、壁と見間違ってしまうほどの大量の光球である。光の球の一つ一つは大した大きさではない。せいぜいがピンポン球くらいの大きさで、青白く輝きながら上条たちに向かってくる。
ただその量が半端ではないのだ。それこそ洪水といっていいほどに、廊下を埋め尽くさんとする数の光球が迫りくる。
「『偽・聖歌隊
首根っこを掴まれて廊下に引きずられたままステイルが叫ぶ。食堂でのそれはセイバーが呪文を唱えさせる暇も無いほどの速さで倒したので問題は無かったが、今回はそうも行かない。この量の光球、八〇人なんて比でないほどの規模の詠唱がどこかで行われ、それを恐らくここまで引っ張ってきたのであろう。
これでは幻想殺しなどではとても防げる数でなく、ステイルにも勿論防ぐ手立ては無かった。 ……まあ、実はステイルにはこういうときのための秘策があるにはあったのだ。既に彼らの侵入はアウルレオスにばれているとステイルは前に言ったが、それは上条という存在が大きい。
なにしろ彼の幻想殺しはそこにあるだけであらゆる神秘を打ち消す、まさにジョーカー。そんなものが自分の支配する結界内に入ったのだ。むしろ気づくなと言うほうがおかしいであろう。対してステイルの方は、魔術を使うことさえしなければそこまで目立ちはしない。
だからこんな状況に陥ったときは、上条には囮としてせいぜい頑張って貰おうと内心考えていたのだが、
(……この量はまずいね)
そもそも両サイドから光球が迫っている時点で逃げ場など無く、囮など何の役にも立たない。加えてセイバーの存在が、彼のその行動を抑制していた。しかし彼に打つ手が無いとすれば、ここはこの少女剣士に頑張ってもらう他無い。
(さあ、この場をどう切り抜けるのかな?)
自分では手の打ち様が無い状況に陥りながらも、ステイル=マグヌスは自分でも妙だと思う冷静さでセイバーを見つめていた。それは彼女の存在感からくる目に見えない安心感かもしれないし――――あるいは、ただの達観かもしれない。
上条は上条で言葉も碌に出ないほど焦ってはいたが、首を掴まれたまま床に引きずり倒されては何も出来なかった。彼もまた、セイバーに望みを託すことしか術はない。
そうして二人の命を預かるセイバーは、剣に纏わせた風の鞘を轟とうねらせる。両方向から迫る光の波を見据えながら、彼女は機を伺う。
(まだだ…… まだ、その時じゃない)
彼女の直感では、もう一つ。この光の球の洪水だけでなく、まだワンアクションあると訴えている――――!
(――――来た)
限界ギリギリまで光球を引き付けたセイバーの目に映ったのは、
「はあっ!?」
形容し難い轟音を立てながら瘡蓋の様にべりりと捲れた床には、上条も素っ頓狂な声を上げる。まるで三人を光球ごと包み込むかのように、両側の光の壁の奥から床がせり上がってきている。一見して絶望的な状況。逃げ場は既に無く、二人を守りきれるほどの猶予も無い。
セイバー一人ならまだしも、到底三人無傷とは言えない状況のはずだ。
…………普通だったら。だがここにいるのは剣の英霊。人の限界などとうに超えた、人類の憧れそのものである。
「今っ!」
迫る光球、せり上がりつつある壁。そこからは正に一瞬であった。そこにタイミングを見計らっていたセイバーの掛け声と共に、右手で風王結界が解放される。本来は聖剣を包む風の鞘がその箍を外し、暴風と共に唸りを挙げた。
上条は左手で抑えてあるので風王結界に幻想殺しが干渉する事は無い。王の名を冠する風の宝具は、その名を示すかの如く光球をひれ伏せさせる。廊下を埋め尽くす程の光球は地に墜ち、右方の天井付近に隙間が出来た。
「はあああああっ!」
瞬間、風王結界の反動も利用して回転したセイバーは左手の二人を右方の天井へと放り投げた。廊下の奥に標準を合わせた投擲は地に伏せられた光球を越え、さらにせり上がり今正に天井に達せんとした床の上をギリギリで超える――――――。
そうして、上条が床を超える直前に見たのは、彼に向かって微笑むセイバーの姿だった。
「ごえっ!」
潰れた蛙の様な声を出しながら、そのまま壁を越えた反対側の床に叩きつけられる上条たち。ごろりと転がって体の痛みに耐えながら立った二人だが、そこにはせり上がって完全に廊下を両断した床と、反対側の奥に広がる何も無い廊下が見えていた。壁の向こうからはセイバーの声はおろか、音すら漏れてはこない。
「……まさかこんな無理を押し通すとはね」
少し呆けた様子の上条の傍で、ステイルが体を擦りながら呻く。確かに床に落ちたときの衝撃は痛みを伴ったが、幸い二人ともどこも傷めた様子は無い。ぱんぱんと服についたごみを払い落とし、隣でせり上がった床――――廊下を両断した壁を見つめている上条に声をかけた。
「さあ、こっちはこっちでさっさと動かないとね。 ……それにしても全く、床をせり上げるなんてなんてデタラメを――」
「……おい」
予想だにしない罠に何かを考えるかの様に顎に手を当てたステイルに向かって、上条の低い声が降りかかる。その声に、ん? と不思議そうな顔をしたステイル。そんな彼に我慢がならなかったのか、ついに上条は大声を上げた。
「待てよ! このままセイバーをここに置いていくのかよ!!」
ふーっ、と今にも飛び掛りそうな様子で、上条はステイルに詰め寄る。
「あいつのおかげで俺たちは助かったのに、俺たちはあいつを見捨てるのかよ!」
気炎を上げる上条を、ステイルはじっと見据えた。
「早く助けてやんねえと、あいつが死んじまうだろうがっっ! あれだけの量の魔術を一人で身に受けて、セイバーは。セイバーはっ――――」
「……それで彼女の覚悟を君が無駄にする、と?」
「――――――っ!!」
ステイルの、ぞっとするほど冷えた声が、上条に刺さる。
「彼女は君を助けるためにあの場から君を引き離したのに、君がその危険な場に戻るのかい?」
「…………ぐっ!」
それは彼女の意思に対する冒涜だ、とステイルは続けて告げた。確かに、上条を助けるためにその身を犠牲にしたのに、そこで上条が戻ってしまっては元も子もない。上条もそんなことわかっている。
理性でわかってはいるが、彼の中でうねる感情の渦がそれに納得がいかないと訴えているのだ。しかし、セイバーの意思を無駄にしてはならないのも事実である。悔しそうに歯軋りする上条に、追い討ちをかけるかのようにステイルが続けた。
「それに、そもそもどうやって君はこの壁を越えるんだい?」
「…………それは」
ステイルが指差すのは、せり上がった床。既に天井まで届き完全に廊下をふさいだ壁は、結界の影響で一切の干渉が出来ないのだ。この壁が立ちふさがる限り二人にはセイバーの安否を確認すること、ましてや救い出すことなんて不可能である。
「くそぉっ!」
だんっ、と音を立てながら、右手を壁に叩きつける上条。当然反動は二倍で返ってくるし、効果が無いのもわかってはいる。わかってはいるが、上条はそのもやもやを何かにぶつけられずにはいかなかったのだ。
「……そんなに彼女の無事を確かめたいなら」
そんな上条の様子を見ていたステイルは口を開く。
「さっさと錬金術師を片付けることだ。奴さえ抑えればこの結界も解けるんだからな」
「――――――――」
上条の目に力強い何かが宿る。もう一度だけ、もう一度だけ上条は壁を見つめると、拳を握り締め廊下の先に向き直った。
「……いくぞステイル。こんな事件、さっさと錬金術師を倒して解決してやる」
「ようやく先に進む気になったのかい?」
ステイルの茶々も気にせず、上条はずんずん先に進む。どっちにしろ、彼のやる事は変わらないのだ。その右手で姫神を救い出し、錬金術師を打ち倒せばそれでいい。ここにきて初めて、上条の覚悟も定まったのだ。
今までの上条は正直どこか姫神を救い出すことには賛同できても、錬金術師を倒す覚悟までは決まっていなかった。アウレオルスと上条の間には何の因縁も無かったのだし、あの一階の騎士の惨劇だって正当防衛の可能性もある。
しかし、今は違う。錬金術師からは明確な排除の意思を感じ、結果として仲間が一人倒れた。姫神を救い出すだけなら、錬金術師を倒す必要は無かったのかもしれない。だがセイバーを救うには結界の解除、つまりアウルレオスに立ち向かう必要性が出てきたのである。完全に、上条の覚悟は決まっていた。
……それでもあくまで『倒す』のであって『殺す』と決意しないのは、彼の甘さでもあり美徳でもあるのだが。
(まあ、『これ』が覚悟を決めたのはいいんだけどね)
そうして先に進む上条を後ろから追いかけながらステイルは考える。
(果たして彼女はあの程度でリタイアするだけの存在だったのかな?)
時は少し遡り、セイバーが上条たちをせり上がる床の向こうに放り投げたところから始まる。彼女は風王結界の反動を利用して回転し、その勢いで二人を放り投げた。しかしセイバーは、さらにその勢いを利用して上条たちとは反対の方向に飛んだのである。
当然、風王結界で光球が下方に押さえつけられた右側と違って、彼女が飛んだ左側には未だ光球で満ち溢れていた。だがセイバーはその光球の群れにそのまま、頭から突っ込んだのである。
「ふっ」
魔力放出に加え風王結界まで利用した彼女の加速は、文字通り目にも止まらぬ速さで光の渦に晒された。なるほどこの速さなら、彼女もまた閉じ込められることなくせり上がる床の向こうに脱出することが出来るだろう。
だが光球は? 視界を覆い尽くすほどの光球は変わらずそこに存在し、セイバーの骨まで食い破ろうと迫ってきているのだ。常人は元より魔術師でさえ、この光球の洪水に飲み込まれれば絶命は避けられない。だが、
「はあっ!」
鋭い一声。気合と共に、彼女の肌に触れようとしてきた光球が掻き消えた。対魔力。確かに、今の彼女はクラススキルを持っていない。しかし、彼女にはその身に流れる竜の血脈がある。どんなに弱く小さな龍でさえ、幻想種では最高位の位置づけを誇るのだ。魔術師とは比べ物にならない彼女の生来の対魔力が、彼女の柔肌を『偽・聖歌隊』から守っていた。
いくら総量が多くとも、個々の球体が小さいのならば彼女にとっては脅威にはなりえない。結果として彼女もまた、上条たちとは反対方向の廊下に無傷で降り立つことが出来たのだ。そのまま難なく彼女は着地すると、ふうと小さくため息を吐く。
『なんとか切り抜けることが出来ましたね』
『当麻とステイルを一緒にさせておくのは不安だが…… まあ、仕方ないだろうな』
『そうですね。 何せこちらには――――――』
カツン、と靴の音が聞こえた。廊下の奥、階段のほうからその音は聞こえてくる。カツン、カツンと。
臆することなくむしろ正々堂々と、その音は段々とと大きくなってゆく。
「…………やはり、来ましたか」
何故彼女が、上条たちを右側の廊下に放り投げたのか。どうしてわざわざ三人を二人と一人に分けるような真似をしたのか。それは確かに、あの時のタイミングやら勢いやらあるのかもしれない。しかし、彼女がそうしたのには一つ明確な理由があった。
あの瞬間。両側から光球が迫ってきたときに、セイバーは左側の廊下から強い何かを感じていたのだ。その何かは、言葉に出せるようなものではない。悪寒とも殺気とも違う、しいて言うなら意思力か。
無論、そんな方向に上条やステイルを放る訳にも行かない。それに三人一緒に飛んだとしても、彼女の予想が当たっていたならばむしろ二人が足手まといになると考えた点もあった。
『セイバーの直感が当たったな』
『当然でしょう。私の直感ですよ?』
大きくなる靴音に備え、剣を正眼に構えるセイバー。そうして彼女が身構えたところに、その男は堂々と現れた。
二メートル近い細身の長身に、オールバックの緑色の髪。高価な純白のスーツに加えイタリア製の高級革靴に身を包んだその男は、いかにもキザな感じだ。しかしその中性的な顔立ちと身に纏う異様な雰囲気が、彼を冷え冷えとした威圧感と共に際立たせていた。
彼はそのままセイバーに近づくと彼女の数メートル手前で止まり、
(鍼療法、か?)
敵を目の前にしたその行動に衛宮士郎があたりをつける。目の前の男はそのまま鍼を投げ捨てると、じろりとセイバーを見下ろした。
「憮然。よもや『アレ』がわが手中に収まるかと思ったが、やはり勘違いか」
無機質な声。彼にとってはこの邂逅、この状況そのものが予想の範疇だったとでも言うかのように息を吐く。
「アウレオルス=イザードだな」
そこに横入るセイバーの声。剣を構えた姿は油断無く、ぎりぎりと空気が軋む。だが目の前の男はそんな空気にもお構いなしの余裕を、しっかりした自信が彼のどこかに根付いているように見える。
「当然。私以外にアウレオルス=イザードなど存在しない。 ……どうやら貴様は私に用がある様に見えるが――――――あいにく、私は貴様に用はない」
用は、無い。
返答は短く、そして簡潔な排除の意思。
そのまま彼は――――自らをアウレオルス=イザードと名乗った男は、目の前の少女を排斥せんとする為に、再びその口を開いた。
自分としては長いですねー
切りどころがここがよくて
ここできりたいと思ってたのでこんな感じです
……なんか抜けてる気がするんですが、その時は感想でびしびし指摘してくださればありがたいです