とある正義の心象風景   作:ぜるこば

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はい、すいません。二ヶ月ぶりかもしれないですね。
小説は書こう書こうと思っていたのですが、いままで小説にあてていた時間を、新作ゲームのためにあててたせいで全く手を付けてませんでした。
どう森とかダークソウルとか。
いや、申し訳ないです。
あ、あと15話も改訂しました。



彼は立ちふさがる

 少し時間を置いて衛宮士郎が病室のドアを開けたとき、そこには既に起き上がっている上条と、それとは逆にベッドに倒れるようにして眠ってしまっているインデックスの姿があった。衛宮士郎が入ってきた事に気付いた上条は、なんとも言えないような顔をそちらに向ける。

「もう起きていたのか、当麻」

「ああ、士郎か。 ……おう、さっき目が覚めたところだぜ」

 大分眠ってたみたいだなと続ける上条に、衛宮士郎は近くのイスを引っ張って座った。ちらりとインデックスのほうを見てみれば、彼女は上条のベッドに上半身を乗せて座りながら眠っている。彼女にはここ三日間、緊張しながら過ごしていたような節があった。

 それが今では頬に涙のあとが残りながらも、ぐっすりとした感じで眠っている。その原因が先程の魔術師達と上条の会話にあると考えるのは、想像に難くなかった。

「それで、魔術師たちに何と言われたんだ? まあ、大方の予想はついてはいるがね」

「知ってたのか? さっきあいつらがここにいた事を」

 上条が驚いたような声を上げるが、衛宮士郎はつまらなさそうにそれに返す。

「病院の入り口で会ってな。 ――――なに、意味の無い会話をしただけだ」

 上条には心なしか衛宮士郎が不機嫌そうに見えたが、今はそれを追求している場合ではない。何しろ上条はさっき起きたばかりだ。ステイルや神裂と言葉は交わしたものの、現状を完全に把握できているわけではなかった。

「俺の話もそうだけど、とりあえず今がどういう状況なのか教えてくれ。この三日間に何があったんだ?」

「……そうだな、そっちを先に説明すべきか」

 上条のもっともな疑問に答えるべく、衛宮士郎はまず今のこの状況に至った経緯を説明する事にした。即ち、上条が神裂火織に敗れてから、この病室に至るまで。衛宮士郎が神裂と少し戦った事。その後、上条を病院へ連れて行った事。インデックスの記憶についての自分なりの見解こそ話してはいないものの、この三日のことを衛宮士郎は話しつくす。

 そして大まかではあるが全てを説明し終えた後、衛宮士郎は突然上条に向かってばっと頭を下げた。

「すまない」

「…………は?」

 いきなりの事に対して、ぽかんとした表情で上条は目を丸くするが、衛宮士郎はそれに構わず頭を下げ続ける。

「私がもっと早く当麻の元に行っていれば、ここまで重態にはならなかったはずだ。 ――――君の事を守れなくて、本当に申し訳ない」

 謝って済むことではないがなと付け加える衛宮士郎に、いやいやいやと上条は手を振りながら答えた。

「何言ってんだよ士郎! さっきの話じゃ、士郎がいなきゃ俺はそもそも死んでただろうが! 病院まで運べたのも士郎のおかげなんだろう? 俺が感謝する理由(ワケ)はあっても、恨む理由(ワケ)なんかねえよ」

「しかし、もっと早ければ……」

「だぁーっ、しかしもクソもあるか! 俺はお前に感謝してんの! もう、それでいいだろうが!」

「…………わかった。当麻がそう言うなら、もうこの話は止めにしよう」

 まだ起きたばかりだというのに大声を上げてそんな事を言う上条に、衛宮士郎はなんだか少し救われたような気がした。ほっとしたというか、なんというか。少なくとも、気が多少楽になったのは間違いない。そんな自分の心情の変化に衛宮士郎はクスッと笑うと、今度は上条の話を促した。

「さあ、今度は当麻の番だぞ。大体でも構わないから、あの魔術師達と何を話したのか教えてくれ」

「……つってもなあー。改めて釘を刺されたというか、逃げ場がないと宣告されたっていうか」

 そう語りながら、上条は先程のやり取りを思い返す。上条を庇うようにして魔術師二人の前に立ちはだかるインデックスに、それをほんの一瞬だが、凄く悲しそうな目で見つめる彼ら。元は『仲間』だったはずの彼らが、ああしてインデックスに目線を向けられるのは、一体どれほどの苦しみだろうか。上条とて、それが察せないほど鈍くはない。

 ――――そして、その場で真実を言えるほどの度胸もなかったのだ。当の本人たちが辛さに耐えて必死に『演技』をしているのに、どうして他人がそれを壊せよう。少なくとも、上条には不可能だった。インデックスに、目の前にいる二人は、本当はお前の仲間なんだと。

 結局彼らはそのまま帰り、インデックスは緊張の糸が切れたのか直ぐに眠ってしまっていた。そんな様子を見ながら、上条にはインデックスに声を掛ける事もできなかったのだ。

 そんな事を思い返しながら一通り話し終えた上条に、衛宮士郎はふむと頷いた。

「つまり当麻はもう知っているのだろう? 彼らがインデックスの本当の仲間だという事を」

「……ああ、あの夜に神裂って奴から聞いたよ」

 それこそ全部をな、と続ける上条に、衛宮士郎はそれなら話が早いと口を開く。

「ならば聞いたはずだな。インデックスの記憶の事を」

「インデックスの記憶は一年しか持たないって奴か。そんで、一年周期に記憶を消さなきゃ、…………脳がパンクして、こいつは死んじまうって話だな」

 上条の確認するような声に、衛宮士郎はそうだと頷いた。

「そして彼らが言うには、インデックスは脳の八十五%を魔道書の記憶に使っているという話も聞いたはずだ」

「……聞いたさ。だから常人の十五%しか、あいつは脳が使えないんだろう?」

「彼らが言うにはな。 ――――だが私は、それは間違っていると考えている」

「は?」

「ここを見てくれ」

 意外な言葉に口を開けて驚く上条に、衛宮士郎は上条のベッドの隣に山のように積んである医学書から一冊の本を引っ張り出し、あるページを開いてそれを上条に見せる。そこには人間の脳の働きや完全記憶能力について詳しく記されており、つまり要約すれば完全記憶で脳がパンクする事はありえない(・・・・・)という事が書かれていた。

 上条はその文章に一通り目を通すと、未だに眠っているインデックスの方を向いて呆然と呟く。

「つまり、こいつは……」

「そうだ。インデックスの記憶が一年しか持たないのは完全記憶能力のせいではない。おそらく他の何か、魔術にしろ、科学にしろ、外的要因のせいだ」

「――――――ッ!!」

 衛宮士郎の言葉に、上条は目を見開いて息を呑んだ。そうして今一度確かめるようにして、衛宮士郎に問い掛ける。

「そのことは、……本当か? インデックスの記憶障害は、完全記憶能力のせいじゃないってことは?」

「確かだ。この本以外にも、様々な文献を遣って調べた」

 見るか?と本を差し出す衛宮士郎に、上条はそれらをとって自分の目で確かめた。そしてそこに書かれている情報は、どれも衛宮士郎の見解が正しいと示すものばかり。ここにきて上条も確信せざるを得なくなった、インデックスの記憶障害が他にあるという事を。医学書を読み漁っただけの二人だが、それを断言し得るだけのものがそこにはあったのだ。

「――――――――は、」

 そこまで考えて、上条は気がついた。記憶障害の原因が完全記憶能力にないのなら、それは一体どこにあるのか? インデックスが記憶障害を起こす事で、彼女は一年おきに必ず教会の元へと帰らなければならない。たとえ彼女が何らかの理由で逃げ出そうが、その事は絶対なのだ。

 では、それで誰が一番得をする? 膨大な知識を有した歩く魔道図書館、禁書目録(インデックス)。彼女がどれだけ離れようが、どれほど身を隠すのが上手かろうが、必ず帰らなければならない場所(そしき)があるならば。それは、その場所(そしき)にとって一番有利に決まっているはず。

「――――イギリス、清、教」

 そう、そんな存在は、教会以外に有り得ない。彼女を有する教会が、彼女を繋ぎ止めておく為に作り出した枷こそが、この記憶障害、一年周期の強制記憶消去だとしたら。

「……そういうことだ。あの二人はおそらく、真実を聞かされていないのだろうな」

 呆然とする上条に、衛宮士郎が静かに告げる。上条はしばらく黙って考え込んでいたが、不意に気がついたかのように口を開いた。

「……このことはあの二人には言ったのか? その、インデックスの記憶についての話を?」

「勿論言ったさ。当麻と奴らが話す直前にな」

 だが聞く耳持たなかったよ、と続ける衛宮士郎に上条は、な……、と口を開いた。

「そんな! だってインデックスが助かるかもしれないんだぞ! またあいつらがインデックスと笑いあえる日が来るかもしれねぇってのに!」

「私の事を信用できないそうだ。 ……まあ、彼らがどう動こうが私には関係ないがな」

 ふう、と息を吐く衛宮士郎だが、そのまま間髪いれずに上条に尋ねる。

「で、当麻はどうする気だ? 彼らの言うとおりに、大人しくインデックスが記憶を消され続けるのを認めるのか? それとも、」

 それとも、私と一緒に対抗策を考えるか? と問い掛ける衛宮士郎。それに対する上条の答えは一つしかない。

「決まってらぁ! どんな手を使ってでも、絶対にこいつを救ってやる!」

 まるで自分自身に誓うような上条の答え。いい返事だ、と衛宮士郎はにやりと笑うのだった。

 

 

 

 

「それで、士郎はどっちが原因だと思ってんだ?」

 科学側(こっち) か? 魔術側(むこう)か? と聞く上条に、衛宮士郎はそうだなと返す。

「私としては、科学側が原因ではないかと思っている。 ……ここの科学技術で、そういった事が可能かどうかは知らないが」

「それは、なんでだ?」

 なんか確証があんのかと上条は尋ねるが、それに対する衛宮士郎の答えは何だかぱっとしなかった。

「まあ、何と言うか、私なりにインデックスに解呪を試みたのだが、どうも上手くいかなくてな。だから、もしかしたら科学的な要因ではないかと考えたのだが」

 正直絶対に自信があるわけではない、と言う衛宮士郎。上条自身もふーんと頷きながらも、どこか納得がいかない様子でインデックスの方を観察する。突っ伏したように眠っている彼女は、相変わらず起きる気配がなかった。二人ともインデックスを起こさないように気を遣ってはいるが、そうでなくとも起きないであろうほど、彼女はすやすやと眠っている。

「……でも、少なくとも俺は能力なしにそんなことが出来る技術は知らねぇ。それに魔術にどっぷり使っている教会が、最先端の科学技術なんか扱えんのか?」

「本来ならそうなのだがな……、やはりまだ情報が足りないか」

 うむむと悩む衛宮士郎だが、上条は上条で今までのことを考えていた。上条の右手に宿る幻想殺し(イマジンブレイカー)は、異能の力ならそれが超能力だろうが魔術だろうが、問答無用で打ち消せる力を持っている。

 今までにも、上条は何度もその右手でインデックスの身体に触れたことがあった。しかし何度も何度も触れたのに、それでもインデックス自身に右手が反応した事はないのだ。

(やっぱ、魔術が原因じゃないのか?)

 衛宮士郎はその可能性を考えているようだが、上条としてはどうも腑に落ちない。学園都市外でそこまでの脳の研究が進んでいるなんて聞いたことはないし、なにより彼らは魔術のプロなのだ。どうして得意分野でなしに、わざわざ科学技術に頼る必要がある? 魔術のプロならばプロなりに、同業者(なかま)に気付かれないような細工の方法だってあるはず。

(……何か見逃しているはずだ。何か、もっと重要な事を)

 上条当麻は考える、幻想殺しが聞かない理由を。どんな魔術でも触れれば解呪できるのに出来ていない。それはつまり、実は触れていなかった(・・・・・・・・・・)ということに他ならないのではないか?

 上条はインデックスを起こさないように、そっとその頭に右手を置いた。やはり右手は反応することなく、ただただ髪の柔らかな感触が残るだけだ。魔術に関してはド素人の上条だが、記憶に関する魔術ならば普通は頭付近にかかっているはずだ……と、思う。

 しかしもしも、もしも脳や頭蓋骨なんかに直接刻んであるようなものならば、上条には手が出せない。さすがの幻想殺しも骨肉なんて貫通しないし、もしそうならば大規模な外科手術が必要となってくるだろう。

「……………おい、いくらなんでも静か過ぎやしないか?」

「――――――え、」

 どうすれば頭の中まで幻想殺しが届くか考えていた上条に、不意に衛宮士郎の声が届いた。見れば、衛宮士郎はインデックスの顔を険しい顔で見つめている。

「さっきからインデックスが全く動かん……」

 そう言いながら、衛宮士郎はインデックスの額に手を伸ばした。ひやりとした温度……ではなく、どこか熱っぽいぬくもりが指先から伝わってくる。心なしか、息も荒い気がした。

制限時間(リミット)が近づいてきた証かもしれんな……。 果たして今日の夜までに、原因が分かるかどうか……」

「くそっ…………」

 衛宮士郎の言葉に、上条はもどかしさから舌打ちする。こんな時に、何も出来ない自分が悔しい。神のシステムさえ打ち消せるだけの力が右手に宿っているくせに、目の前の少女(インデックス)さえ救えない自分が。

 しかしたとえば脳に何かが刻まれていたとして、上条にどうにかできるものなのか。そもそも手術するにしろ、いまから間に合うのかも分からないし、伝もない。問題は、山積みだった。上条はインデックスの顔を見ながら、髪をくしゃくしゃと掻きあげる。

「だいたい、まだ魔術が原因かすらも確信できねぇのに――――――――――――」

 そうして言葉を紡ごうとした上条の表情が、止まった。上条の目がある一点に集中する。それは、浅い呼吸を繰り返すインデックスの唇。そしてさらにその奥にある、奥の奥。何か彼女の身体に不釣合いな、赤黒いものが見えたのに気がついたのだ。

「――――――、」

「おい、当麻? 一体何をして……」

 衛宮士郎の疑問には言葉を返すことなく、上条はインデックスの口に手を当てる。そこまでしても起きようともしないインデックスにはやはり何かしらの異常を感じるが、今はそんな事を気にしている場合ではない。歯と歯の間に強引に手を入れ、その口をこじ開けた。

「――――あった」

 黒い紋章(マーク)が。彼女を取り巻く災厄の、全ての元凶が。喉の奥にぬらぬらと光り蠢く影、漫画か何かで見るような紋様が、そこに刻まれていた。

「見えたぜ、士郎。 こいつの終わらねぇ連鎖の、その終結《エンディング》が!」

 語気を上げて笑うようにして宣言する上条に誘われ、インデックスの喉奥を覗き込んだ衛宮士郎にも漸く合点がいった。そしてそのままその紋様を触ろうとする上条を引き止める。

「何で止めんだよ! こいつを消せば、インデックスは助かるんだぞ!」

「そいつの正体を調べるのが先だ当麻。 いきなりそれに触れるのは軽率すぎる」

「でもこいつさえ消せば……!」

「落ち着け! 何か(トラップ)が仕掛けられているかもしれんだろうが! ここは病院だぞ。この場で何が起きるか分からない以上、軽々と行動することなどできん!」

 そう、こういったものには罠が仕掛けられている事は定石だ。禁書目録(インデックス)のように、イギリス清教が気を掛けている存在なら尚更である。

「とりあえず、描かれている紋章を写し取るぞ。両手でインデックスの口を押さえておいてくれ」

「……わかったよ」

 衛宮士郎の指示に、渋々ながら従う上条。なるべく力を入れないようにしながら、そっとインデックスの口を空けた状態で固定する。

 衛宮士郎はこの世界の魔術にこそ疎いが、それでも魔術師の端くれである。たとえ世界が違えども魔術の元となる歴史さえ一緒ならば、ある程度の大まかな予想くらいは立てられるのだ。メモ帳を片手に待つこと数十秒、驚くほどの速さで衛宮士郎は紋章を描き写した。

「随分早いんだな」

「複製にはそれなりに自信がある。 ……もう手を離していいぞ、当麻」

 上条はその手を離し、衛宮士郎が写した紋章を覗き込む。そこには上条では理解できない、テレビの星占いで見るような図形が描かれていた。顎に手を当てながら考え込んだ衛宮士郎に、しばらくして上条が声を掛ける。

「なんか分かるか、士郎?」

「……複雑な術式だ。おそらくこの一文字で、いくつかの結界を重ねてあるに違いない」

 それがどんなものかは分からんがな、と付け加える衛宮士郎。そもそもこういった魔術に詳しいわけではない彼に、読み取れるのはここまでだった。それでも、この紋様を見つけたこと自体が既に大きな収穫だ。これさえ分かれば後は幻想殺しでどうにでもなる。

「しかし、随分といやらしい位置に刻んだものだ……。 当麻の手は届くか?」

「この距離なら届くだろ。……インデックスにはちょっと無理させちまうけど」

「それは仕方あるまい。問題は、どこで解呪するかだが……」

 悩む衛宮士郎だが、元より選択肢がそんなに多いわけでもない。近場で、衛宮士郎が人払い出来るくらいの規模の場所など、一箇所しかないのだから。

「やっぱ、小萌先生のアパートを借りるしかないんじゃねぇの。 あそこなら色々と都合もいいし」

「それに一時の間なら、あいつらの目もごまかせるか……」

 そう、この強行において一番のネックとなるのがあの魔術師二人のことだ。下手にインデックスを妙な場所、たとえば人気のいないビルだか工場だかに連れて行って解呪をしようとしても、あの二人が異変に感づいて邪魔をしてくる可能性は高い。

 いまさらこちらの話を信じてもらえるとも思わないし、いかにも上条が退院して家に帰るかのように見せかけるならば、小萌先生のアパートはちょうどいいのである。

「インデックスは私が背負っていくとして……、当麻はもう動けるか?」

「あー、ちょっときついかもな。まだ体がふわふわしてて、ぼうっとした感じだ」

「…………ならば移動はもう少し暗くなってからだな。人目にもつかないし、病院も抜け出しやすいだろう」

 上条の体調から、結局三人が小萌先生のアパートに移るのは暗くなってからという事に決まった。インデックスの体調も気がかりだが、確実性を求めるならば致し方ない。夜中の十二時までが制限時間(タイムリミット)なら、少なくとその時間までは無事だという事でもあるのだ。こうして二人は、外の風景が闇に染まるまで病室で待機していたのであった。

 

 

 

 夜、時刻は九時を過ぎた頃であろうか。病院の入り口から影が二つ、歩道に向かって足を進めていた。一つは勿論上条当麻。体中に包帯を巻きながら、ゆっくりとしたスピードで歩いている。もう一人は衛宮士郎。インデックスを背負いながら、上条に歩幅をあわせて進んでいる。病院を出た三人は、小萌先生のアパートに向かって歩いていた。アパートに小萌先生がいないのは事前に上条が電話して、既に確認済みである。もちろん上条が三日間の眠りから醒めた後に小萌先生には連絡を取って入るが、そのときは色々すっ飛ばして大急ぎで病院に駆けつけたらしく、乱れた髪で大いに喜んで騒いでいたのを覚えている。彼女は夕方には帰ったが、インデックスのことは疲れ果てて眠っているのだと説明すると、納得したような顔をみせた。

 そんなことがあったので着替える暇なく、未だパジャマ姿の上条が衛宮士郎に心配そうに声を掛ける。

「いいのか? こんなに堂々と出てきて」

「下手におどおどしながら入り口から出たり、やましい事があるかのように窓から逃げ出したりするのは逆に危ないだろうよ。これなら奴らもそうそう気付かん。それに奴らにしても、病院で術を施すのはやり辛いはずだからな」

 声を落としながら話す二人は急いでいる割に歩みが遅いが、上条の怪我もあるので仕方のない話であった。あまり風はなく、外は既に夜の帳が下りている。夜の街並みをしばらく二人で歩いていると、セイバーが衛宮士郎に話しかけてきた。

『このペースで行けば十時前にはコモエのアパートに着きそうですね』

『まあ、何の妨害もない場合はそうだろう』

『……シロウは魔術師たちからの妨害があると?』

『少々時間が押している。制限時間(リミット)が近づいて、奴らも気が立っているだろうよ』

 そう言って衛宮士郎は、その意識だけを後ろに集中させる。病院を出たときから感じていた視線が、二人に注がれているのを感じ取る事が出来た。ひりつく様なとまでは行かないものの、明らかに監視されているのがわかるほどだ。おそらく向こう側も警告を込めて、わざとそうさせているのだろう。

『このままやり過ごせればいいがな……』

『彼らがどう動くかわかりませんね。昼間の会話で余計な刺激を与えてしまったかもしれませんし、早めにインデックスを拘束しておこうとすることも充分に考えられます』

 衛宮士郎がセイバーとそんな事を話しながら歩いているうちに、ようやく小萌先生のアパートに着くことが出来た。

 近代的な学園都市に似合わないボロアパートが、ひょっこりと街中に生えているような感じだ。そんなアパートの階段に、上条が足早に近づこうとすると、

「……当麻、止まれ」

 衛宮士郎が、片手で上条を制した。その目は鋭く、アパートとは反対方向の、つまり上条たちが向かってきた方向を見据えている。上条は嫌な感覚がした。この感覚は、あの三日前の夜に感じた違和感と同種のものだ。やけに人の気配がなく、不気味なほどの静寂。気温が一気に下がったような、夏なのに寒気を感じ、冷や汗が止まらない感覚。衛宮士郎は上条を近くに呼び戻すと、インデックスをゆっくりと背中から下ろし、上条の手に任せた。

「……あいつらか!」

「そのようだ。 ……少しの間、インデックスを頼む」

 もしもの時のために、インデックスを上条に背負わせる衛宮士郎。そうしてインデックスと上条の前に守るように立ちはだかると、虚空に向かって声を放つ。

「いるのだろう! こそこそと隠れていないで、出来たらどうかね!」

 そんな衛宮士郎の言葉に答えるかのように、夜の闇の中から二つの人影が姿を現した。赤い長髪が目立つ、真っ黒な神父。長い刀を腰に挿した、黒髪の女剣士。つまり、ステイル=マグヌスと神裂火織。二人は上条たちにゆっくりと近づきながら、衛宮士郎に声を掛ける。

「別にこそこそなどとはしていませんが。それに制限時間(リミット)が近づいた今、標的(ターゲット)を監視するのは極々当たり前の事だと思いませんか?」

「十二時になったら迎えに来る、と言っていたのはそちらだろう。まだ二時間もあると思うが?」

 来るのが早すぎやしないかね、と口の端を上げながら聞く衛宮士郎に、ステイルが鼻を鳴らしながら答える。

「あの子の傍にいるのが、そこに突っ立っている超能力者だけならそうしたかもしれないけどね。 ……お前は怪しすぎる。正直、二時間も猶予なんて与えたくもないんだよ」

 禁書目録(インデックス)の傍にいる外部の魔術師。それがどれほど危険な存在なのか、彼らは知っている。使いようによっては魔神にすらなりうる知識の蔵書は、加えてこの妙な男の傍にあることで彼らの中では危険度が相当に増しているのだ。

 十二時が近づいた今、万全を期すために衛宮士郎とインデックスを早めに引き離しておこうとする彼らの考えは当然であった。

「困ったな、どうしてもここでインデックスを回収するのか?」

「残念ながら。彼女との、お別れの時間を上げてもよかったのですが、そこまであなたは信用できない」

 あと一歩、あと数分あればいいのに。直前で詰まされた現状に、上条は歯軋りする。ここまできて、あとはあの紋様に、上条の右手、――――幻想殺し(イマジンブレイカー

)が触れればいいだけなのに。

(くそっ! ここまできたのに、あと少しなのに――――――――――――)

 悔しげに顔を歪めながらそこまで考えた上条は、ある一つの手を考え付いた。

「――――――――あ、」

 時間がなければ、稼げば良い。流石の上条にも魔術師二人、しかも神裂火織もまとめて相手にするなんで不可能な芸当だ。そう、上条当麻には(・・・・・・)。だが、ここにはもう一人いるではいか。上条とは違う、もう一人の魔術師が。インデックスのために戦い、上条のために身を投げ出せる、そんな男が。

(士郎…………ッ!)

 だが、その選択は本当に正しいのか? いくら衛宮士郎でも、あの魔術師二人相手に戦えるのか。いや、そもそも生き残れるのか(・・・・・・・)。幻想殺しという、なかば非常識な能力(ちから)を持った上条ですら危ういのに。

(ぐ………………ッ!)

 この選択肢は、リスクが高い。全滅の恐れすらある、危険な賭け。しかしインデックスを助けるには、彼女がこれからも笑って過ごせるには、この選択肢以外有り得ない!

「………………、」

 上条は、意を、決した。この場は衛宮士郎に任せる。そして自分には、自分にしか出来ない事をやる。これは衛宮士郎を犠牲にするわけではないのだ。自分を信じる彼を信じて、彼を信じる自分を信じる。そのための、完全無欠な幸せな結末(ハッピーエンド)のための選択肢。見れば衛宮士郎も、上条のほうを向いて笑っていた。いつもの顔で、あの皮肉げな表情で。彼は目で語っている、ここは私に任せろと。その視線に覚悟を決めた上条は、衛宮士郎に向かって頼む。

「士郎、頼む。俺がインデックスを連れて行く。だから士郎は、ここで時間を稼いでくれ」

「――――――な、」

 上条の口から出た意外な言葉に、思わず固まる魔術師二人。そんな二人を尻目に、上条はぼろぼろの身体で精一杯、インデックスを背負って小萌先生の部屋へと向かおうとする。

 当然神裂とステイルは上条を止めようとするが、そこに立ちふさがる男が一人。いつの間に出したのだろうか、両手に剣を携えて、彼は一人覇気も鋭く立ちはだかる。その勢いに飲まれる二人を前に、衛宮士郎は上条に尋ねた。

「ところで当麻。一つ確認していいかな」

「……どうした、士郎?」

 上条からはその背中しか見えないが、彼にはやけに、その背中が大きく見える。

「ああ。時間を稼ぐにはいいが――――別に、彼らを倒してしまっても構わんのだろう?」

 そうして衛宮士郎は、そんな台詞を言い放った。一瞬唖然とする上条だが、すぐさま顔を笑わせながら言い返す。

「おう。そのわからずやを、ぶっとばしてやれ!」

 威勢の良い上条の返事に、くくくと喉を鳴らす衛宮士郎。こうして衛宮士郎対魔術師、その第二幕が、上がったのだった。

 




10000字

二週に一回更新できればいいなーって感じです。
とりあえず、自分の構想どおりに話は進めています。

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