フリーターと写本の仲間たちのリリックな日々   作:スピーク

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多くの感想ありがとうございます。ちょっと……いえ、かなりびっくりしました。そしてランキングにも載っていたみたいで、さらにびっくりしました。
本当にありがとうございます。

以下、今話における注意点になります。


サブタイは07になってますが、実際は本筋に深く関わる話ではありません。リリカルキャラも出ません。幕間?番外編?ただの馬鹿話?のような回になりますので、飛ばして頂いても何ら問題ありません。また色々と設定の変更もあります。ご容赦ください。


07

お酒。

ビール、焼酎、日本酒、古酒、チューハイ、ウイスキー、カクテル、etcetc。

酒とは……飲まない奴にとっちゃあ百害あって一利なし。飲む奴にとっちゃあ百薬の長。そしてもちろん俺にとっちゃあ自分と金と女の次、タバコとギャンブルを合わせて同率4位に位置するくらい大好きなもの。

酒は飲んでも呑まれるな、なんつう言葉があるが、それはきっと間違いだ。呑まれてこその酒よ。

呑まれるというのは、つまり素の自分を出すっつう事よ。普段無口な奴でも酒が入りゃあテンション上げ上げ……とまではいかんかもしれんが、それでも口は軽やかになるだろう。そしてそこからさらに一歩踏み込んで、前後不覚になるまで踏み外せばあら不思議。やってくるのは取り返しの付かない誤ちと2度と酒を飲みたくなくなる二日酔い。…………ん?

 

呑まれちゃダメじゃん。

 

いや、そうじゃねーんだよ。そう言いたかったわけじゃねーんだよ。つまりだ、あれだよ、あれ。酒を飲むと気分が良くなり口が軽くなり支離滅裂になるって事だわね。

 

つまり今の俺でぇす。

 

「いやはははは、士郎さん、そりゃやりすぎっすよ。見た目若いけど年考えないとダメっすよ?」

「いやいやいや、俺は現役の喫茶翠屋の大黒柱にして鬼も恐れた元御神の超最強剣士!美沙斗にだってまだまだ負けんさ!」

 

いつもは純情で無口で引っ込み思案なシャイボーイの俺も、ほらこの通り。

敬語など明後日の方向にブン投げ、いわゆる申し訳程度の丁寧さを残した言葉を平気で士郎さんに向ける。が、向けられた本人も何かよう分からん事をご機嫌に喋ってるので問題なし。

 

「ミサト?ああ、ミサトさんっすか!エヴァじゃなくてエバーの人ですね、エバー」

「いや、どちらかというと射抜の人だ!」

「射抜っすか!?なんか凄そうっすね!ミサトさん、凄そうっすね!」

「いろいろ凄いぞ!」

 

さて、俺らは一体なんの話をしてるんだろう。

ここは旅館内の士郎さんが取った部屋。そこで俺らは約一時間前から酒宴を繰り広げている。最初はビールから軽く入り、今は焼酎。テーブルの上には空になったビール瓶が数本、焼酎の一升瓶が一本。つまり今焼酎2本目。……男二人でこれは、ちょっとヤバいくらいのハイペースだ。てか、急アルになってもおかしくねーぞ。

 

とは思うものの。

 

「あ、士郎さん、空いてんじゃねっすか。ささ、どうぞどうぞ」

「おお、悪いね」

 

思ってる事と実際の行動は必ずしも一致しないのが世の中の常だ。つーか楽しけりゃいいじゃん。飲めりゃいいじゃん。後先考えても楽しんねーし。

人間、一秒先に死ぬかもしれない。なら今を楽しまにゃ損。これ大事。これ重要。だから飲もう。

 

「隼くんも空いてるじゃないか。それじゃあダメだ。ダメダメだ。ほら、ご返杯!」

「ご返杯いただきましたー!そこからの一気!」

「おおー、やるね!これは俺も負けちゃいられん!いくぞ、御神流ノド越し奥義・神速一気飲みver!」

 

お互い一気し、空になったグラスをダンっと勢いよくテーブルに置く。

俺が士郎さんを見る。士郎さんが俺を見る。ニヤリと笑ってがっしりと握手する。意味が分からない。でも楽しい。

 

「「ご返杯!……あはははは」」

 

訳も分からずただ楽しい。ダチやうちの奴らと飲む時とはまた違った楽しさ。

そして、それは士郎さんも同じように思ってくれているらしく、気持ちのいい笑顔と共に言った。

 

「いやぁ、久々にいい気分で飲んでるよ。改めて今日はありがとうね、隼くん」

 

俺もまた返す。

 

「いえいえこちらこそ。俺も超楽しいっすよ」

「そうかい?いや、でもこんなオジさんに付き合うより、外に出て女の子と飲む方が楽しいだろ?」

「んなこたぁ……ないこともないっすけど、でもこうやってサシで男同士飲むのもやっぱ気楽でいいすよ」

 

実際、ここ最近はダチと飲むこともなかったし、士郎さんと飲める事にはなんら文句はない。まあ喫茶店経営してる堅実な大人な上、美人な奥さん持ちって事で最初は「盛り上がるかな?」とも思っていたが、蓋を開けてみりゃあ全然そんな事ねーし。

士郎さん、超気さくな人で、こんな小生意気なガキの俺にも嫌な顔一つせず話してくれる。改めて思うが、ホント俺と正反対な人だ。

 

「あははは、そう言って貰えるとオジさん感激しちゃうよ」

「何言ってんすか、オジさんオジさんって。さっきはああ言いましたけど士郎さんはまだまだ若いんすから。てか、逆に士郎さんこそこの場に女欲しいんじゃないんすかぁ?」

「桃子に一票!!」

「ごちそうさまっすドチクショウ!!」

 

まーね、うん。分かるよ。桃子さん、美人だもんなー。優しく包み込んでくれるけど叱ってくれるトコは叱ってくれて、でも後で笑顔でお菓子出してくれる的な?……的な!?

 

「いいなー士郎さん、あんな美人な奥さんいて。マジ羨ましい限りっす。俺も奥さんとは言わず、とりあえず彼女くらいは欲しいすわ」

「ん?んん?隼くん、彼女いないの?たまさか~」

「いや、そのさかたま~なんすよ。ハズい話、今まで彼女出来たことねーっす」

 

酒の勢いって怖いね。自ら童貞発言するんだもんな。いやまあ、彼女いない歴=年齢=童貞って公式は『店』っていう要素が絡んでくるんで成り立たないんだけど……素人でもない生粋の童貞で悪いか!

 

「へー、以外だね。隼くん、彼女いそうなんだけど。あの無愛想な恭也にでさえ忍ちゃんっていう可愛い彼女がいるんだけどなぁ」

「恭也?……ああ、息子さんっすか?」

 

未だ会ったことはないが大体想像はつく。なにせ士郎さんと桃子さんの子供なんだ。100%イケメンだろ。そして、そんなイケメンの彼女とくりゃあ……

 

「そう。あーっと、確か携帯に……ああ、あったあった。ほら、この二人だよ」

「予想通りのイケメンとムッチャ可愛い彼女だあああ!しかもラブラブだあああ!ファーーーック!!!」

 

イケメンの男──恭也くんが困ったような、しかしどこか嬉しそうな表情で、腕に絡みついている彼女と画面いっぱいにラブ臭を放っている。てか、ここまで臭ってきそうだ。胸焼けしそう。

 

「はぁ、美人な彼女さんっすね。マジ羨ましいっすわ。てか妬ましい!」

「ははは、君ならすぐに出来るさ」

「っすかね~?あ、だったら士郎さん、彼氏募集中的な娘誰かいないっすか?ほら、喫茶店やってるから顔は広いでしょ」

 

脳裏に士郎さんの言ってた『娘的な存在』が浮かぶが、流石に「娘さん、紹介してください」とは言えない。いくら酔っ払ってても、まさか親相手そういう事言えねーし、そもこういうのに関しては度胸もない。

仮にもし俺がイケメンで良識を弁えな若人なら「じゃあ娘をよろしく頼む!」とか言ってもらえるかもだけど、生憎とフリーターで独善者で良識を遥か彼方に投擲した俺だ。士郎さん的には万が一にも大事な娘さんを任せられるような男じゃないだろう。

てか、俺が親だったらこんな男は娘云々の前にまず顔面グーパンチだ。

 

と、思っていたんだけど。

 

「いや、桃子ならともかく、俺はそんなに顔広くないよ。ああ、そうだ、うちの娘たちはどうだい?」

「うぇ!?いや、それは……」

 

え、ちょっとびっくり。まさか士郎さんの方から言ってくるとは。……俺も中々捨てたもんじゃねーな!いや、まいったねどうも!

まあ、きちんと話すようになってまだ数時間だし、士郎さんも酔ってるしな。てか社交辞令だろ普通に考えて。

 

「美由希は……あいつは剣と本しか頭にないか。料理も殺人的だし。晶やレンも恋愛とか頭にないだろうな。そもそも隼くんとじゃ年が10くらいは違うしなぁ。となるとフィアッセか」

「フィアッセさん、すか?」

 

名前からしてどう考えても外国の人だ。士郎さんの娘らしいが……ああ、娘的存在か……まあ詮索するつもりはねー。こんな酒の席でそんな無粋はありえねーし。

んな事よりも、もっと重要で考えなくちゃいけねーのは、そのフィアッセさんが可愛い系なのか、それとも綺麗系なのかどうかだ!そしておっぱいはデカいのか、はたまた貧乳なのか!!

 

「そうそう!桃子には劣るが性格よし、器量よし、見た目もすごく可愛いぞ!そうだ、確か彼女の写真も……」

 

そう言って携帯を操作し出す士郎さん。

俺はドキをムネムネしながら待つことしばし。手渡された携帯の画面を見て小躍りしたい気持ちになった。

 

「めちゃくちゃ可愛いじゃないっすか!?てか綺麗可愛い系!?」

 

一気に酔いが覚めた気分になった。それほどの衝撃がそこにはあった。

画面には士郎さんと桃子さん、その他に二人の女性が親しげに写っている。一人は50代くらいの女性で、もう一人はその娘と思しき顔立ちの女性。おそらく後者がフィアッセさんだろう。

綺麗な長い金髪。桃子さんのような、柔らかさの中にどこか芯の強さを感じさせる綺麗な顔。そして中々に豊満な胸部。

可愛いと美が同居したようなそんな女性が満面の笑みで写し出されていた。

 

「そうだろうそうだろう!」

「いや、これは予想以上っす!ぜひこの人、フィアッセさんをボクにご紹介して…………うん?」

 

あれ?ん?

俺は首を捻りながらもう一度改めてじっくりと画面に写っている女性を見る。

歳は俺と同じかちょい下。綺麗な金髪。穏やかな笑み。優しそうな瞳…………う~ん?

 

(気のせいか?どっかで見たことあるような?)

 

俺に外国人の知り合いはいない。強いて言うならうちの騎士共の風貌は北欧とかそっち系だが、それとはまた違う顔立ち。まず、知り合いじゃあない。知り合ってたら是が非でもすぐにお近づきになるだろう。

けど、何故か見覚えがある。それにフィアッセって名前も聞いた事あるような?てか、一緒に写っている女性も見覚えがあるような。

…………。

………………。

……………………あ゛。

 

(は?ちょっと?まさか?…………いやいやいや………え…………いやいやありえねー…………は?)

 

一人だけ。

俺の記憶の中で一人だけこの顔とがっちし一致する人がいた。知り合いじゃあないが、確かにいた。名前も同じ。隣に写っている年配の女性も知ってる。…………でも、ありえない。あるわけがない。そんなわけがない。

だって『あの人』だぞ?どんな理由で『あの人』が士郎さんと並んで写るっていうんだ?言っちゃ悪いが、士郎さんはただの喫茶店の主だぞ?どうやっても繋がらんだろ。嘘だって。合成だって。…………だ、だよね?

 

「し、し、士郎さん、あの、ち、ちっとばかしこの二人の女性についてお尋ねしたい事が」

 

ありえないとは思いつつ、まさかとは思いつつ、それでも出てくる言葉は震えていた。

 

「うん?なんだい?」

「あの、ですね。ボク、この二人、見覚えあるなぁって。いやもしかしたら全世界の人が見覚えあるかなぁって……いや、まさかそんなわきゃあないとは思ってるんですがね。他人の空似的な?けどまぁ一応聞いといた方が、今後の心臓にいいかなあと…………あの、この二人のファミリーネーム、教えて頂いても?」

 

持っている携帯が震える。それはバイブじゃなく俺の手によって。頭では分かっているんだ。いくらアルコールの入ってバカになった頭でも、現代人である以上、この二人を知らない人間はいない。見間違う人間はいない。

だから、ここに写っているのは──

 

「クリステラ」

 

士郎さんからの返答は、簡素だが予想通りのものだった。

ありえないがありえた。まさかがそのまさかだった。嘘が本当だった。

 

高町夫妻と共ににこやかに写っているのはまぎれもなく、ティオレ・クリステラとフィアッセ・クリステラ。

 

オペラ歌手。

 

『世紀の歌姫』とその娘。

 

世界が誇る歌姫親子。

 

──つまり、超・絶・有・名・人!

 

「…………ふぅ」

 

俺は一息ついた後、テーブルの上にあった一升瓶を手に持ち、そのまま口に持ってきて呷る。そしてさらに一息ついて──

 

「うそおおおおおおおおおお!?!?!?!」

「うんうん、期待通りのいいリアクションだよ隼くん!」

 

なんて士郎さんが気楽に言うが、こちとらびっくり仰天し過ぎて頭ん中パニックだよ!本当にまさかのあのティオレ・クリステラとフィアッセ・クリステラだぞ!?普段オペラなんて高尚なモン聞かない奴、つまり俺のような奴でもこの二人の歌は知ってるほどのビッグネームだよ!てかipodに歌入ってるよ!夜天たちもファンだよ!

 

「マジッすかマジッすかマァァジっすか!?!?し、士郎さん、この二人と知り合いなんすか!?」

「うん、まーね」

 

軽い!?世界の姫二人と知り合いなのに「うん、まーね」ってどんだけ大物だよ!喫茶店店長の態度じゃねーよ!

 

「昔、ちょっとした仕事でティオレと知り合ってね。それから家族ぐるみでよくしてもらってるんだ」

「…………」

 

あいた口が塞がらないとはこの事か。普段、人を尊敬なんて欠片もしない俺でもこればかりは平身低頭だ。

すげえ、すげえよ士郎さん。出来た大人だとは思っていたが、世紀の美女歌姫二人と親交があるなんて。しかも写真を見る限りじゃあかなりの親密さ。仕事で知り合ったっつったけど、まさか今の喫茶店の仕事じゃぁあるまい。士郎さん、前職なんよ?

 

「ツアー中じゃなかったはずだし、今はイギリスかな?とすると今の時間、あっちは昼前くらいか……よし、ちょっと電話してみよう」

「ち、ちちちょっと待ってつかーさい!」

 

俺は慌てて士郎さんを止める。そんな俺に疑問顔を向ける士郎さんだが、ちょっとはこっちの心情を察してくれ。

いや、あの、確かに紹介して欲しいとは言いましたけど!?可愛い彼女が欲しいとは言ってますけど!?

 

「いや、そのっすね、さーすがにあの『歌姫』を紹介されるっつうのは分不相応っつうか……」

「おや、隼君らしくない発言だ。君なら喜んで飛びつくと思ったんだが」

 

そりゃあね、紹介されるのが普通の可愛い女の子だったら飛びつくよ?ただのシャバの人間だったらOKよ?それがどうよ、出てきた人間は誰もが知る有名人。

確かに俺は厚顔不遜で礼儀知らずの自己中野郎だ。この世界はパーペキな俺とその他大勢の有象無象で構成されていると時々思っている。…………だから、いきなり住んでいる世界の違う女性を紹介されたら、そりゃあ二の足も踏むってぇもんよ。

 

「喜びたいんすけどね、流石にちょっとハードル高過ぎっつうか、むしろ俺なんか相手にされない事がハナから目に見えてるつうか……」

 

容姿、性格、収入、etc。どれ一つ釣り合わない。知り合いになる事すら躊躇しちまうレベルだ。遠くから眺めてゲヘヘ言ってるのがこの場合正解だろ。

 

「ふむ、フィアッセはそんな子じゃないけど……なら、とりあえず君の電話番号をフィアッセの方に送っていいかな?で、フィアッセの方から連絡があったら出て欲しい。彼女云々はともかく、純粋にあの子と友達になってくれたら嬉しいしね。フィアッセ、恭也ぐらいしか年の近い男の知り合いいないからなぁ」

「え、ええ、まー、はい。それなら……」

 

少し戸惑いながらも返事する俺に、士郎さんは一言お礼を言うと携帯を操作しだした。

俺はその様子を見ながら呆然と胸中で呟いていた。

 

(……マジで?……マジで?……あの歌姫が俺の番号を知る?……しかも、もしかしたら電話来るかも?……あの歌姫の声が電話越しとは言え、俺個人に?……名前呼んでもらえるかも?……耳元であのフェアリーボイスが?)

 

少しだけ考え込んだ後……。

 

(いやっふうううううううううううううううう!!!!!!)

 

尻込みしてんのは事実だが、それでもあの歌姫ともしかしたら個人的な繋がりが出来るのかもと思うとブレイクダンスしちまいたい程俺歓喜!思わず一升瓶ラッパしちゃうよボク!

 

「ははは、いい飲みっぷりだ」

「ごくごく──ぷはぁ!いやー、そりゃ酒も進むってもんすよ!」

 

まさかあのフィアッセ・クリステラと繋がりを持てる事になるかもしれねーなんてなぁ。一介のフリーターが一体全体どうやったらそんな人脈築けるよ?てか、マジで電話あったらどうしよ?流石の俺でも緊張すんぞ。どっかで見たけど、確かフィアッセ・クリステラって歳は21、2だったよな?一応俺のほうが年上だけど、まさか有名人相手にいつも通りの口調で話すわけにはいかんべ。敬語?……自信ねー。絶対ぇ変な言葉使いになんぞ。

 

「あ、でもなるべくフィアッセの事については内密にね」

 

そりゃそうだろうな。

もし俺や士郎さんのような一般人が有名人と懇意にしてるとか知られたら、周りが騒ぎ出すのが目に見える。それこそ「紹介してくれ」やら「サインもらってくれ」やらとな。そんなメンドくせー奴らが湧き出すに決まってる。

まあ、ぶっちゃけ俺的には自慢したいけどな!有名人と親しいんだぜ~て言いふらしたいけどな!優越感に浸りたいけどな!

 

…………って、その考えがダメなんだろ!

 

「てか、士郎さん、今更っすけど俺みたいな奴に紹介とか大丈夫なんすか?俺、結構碌でもない野郎っすよ?内密につっても、いざフィアッセ・クリステラと知り合いになったっつったら、俺、かなりの確率で自慢するかも」

 

俺は正直に自分の気持ちを曝け出した。普段はんな事気にせず好きなようにするが、今回は相手が相手だ。

こうやってサシで酒酌み交わした士郎さんじゃなけりゃ信用、信頼などクソ喰らえだ。特に野郎とはな。

 

「酒も入ってっし、ここだけの話っつうことでもいいっすよ」

「はは、もうメール送っちゃったからなぁ。それに、まあ隼くんなら大丈夫さ。君は誠実な男だからね」

「は?」

 

士郎さん、あんた酔い過ぎだよ。

誠実?俺が?たぶん、その対極の位置にいますけど?

 

俺は呆れを隠さず士郎さんを見やったが、それでも士郎さんは少し笑いながら続ける。

 

「隼くん、君は自分が思ってるほど悪い人間じゃないよ。昔の仕事柄、人を見る目は持ってる。過去に最低と言われる部類に属する人間も何人か見てきた。確かに君はちょっと粗暴な所があるかもしれない。けど、君の場合それは純真な心の現れだ。道を外れる事はあっても、そのまま突き進み、堕ちることはないだろうね。真っ直ぐでブレない確固たる『自分』を持ってるよ。中々いないよ、こんな世の中でそうやって生きられる男は」

 

俺という人間を知っている奴ならば、この士郎さんの評価を『有り得ない』と切って捨てるだろう。当然、俺自身でさえも『有り得ない』と断言しよう!

テメェが一番大事と言ってちゃらんぽらんに生きてきたんだ。自分の欲望には誠実だが、相手に誠実さを示した事など皆無よ!

 

「またまた~、そんなお世辞言っても何も出ねーっすよ?野郎からリップサービス貰っても嬉しかないっすよ」

 

酒を飲みながら誠実さの欠片も見せず適当に返す俺に、しかし士郎さんはさらに高評価を述べた。

 

「いやいや、本心だよ。君が初めて店に来たときから思ってたさ。あの時君の隣にいたシャマルさん、とても幸せそうだったからね。シャマルさんのような女性を幸せに出来る男が悪いわけないじゃないか。まぁ、だからシャマルさんが彼女じゃないと聞いたときは驚いたけどね。だから隼くん、君はいい男さ」

「…………」

「まっ、けど桃子を幸せに出来ている俺よりはいい男ランクが下がるがな!」

 

最後、そうやって軽くふざけた調子でしめた士郎さんに、しかし俺は今度は軽い調子では返せなかった。

感動で胸がいっぱいだったから。

 

(すんません、泣いていいっすか?)

 

いや、マジで。

うん、こんな持ち上げられたの初めてだわ。確かにある程度は好感を持たれてる自覚はあったよ?少なくとも嫌われてはないと思っていた。でもこんな…………。

 

うん、惚れてまうやろー!

 

え、もしかして士郎さんルートですか?てか、逆に俺が士郎さんに攻略されてしまうんですか?酒入ってる今なら即END行きますよ?俺、今ちょろインですよ?

ま、そりゃ冗談だけど。

 

「いやぁ、なんかムズ痒いっすわ。今までゴミとかクズとか最低野郎とかはよく言われてきたんすけどねー。学生ん頃とか超不良だったんでセンコーとか近隣住民からはまー冷たい目で見られたもんっすよ。まっ、そん時ぁ俺のギラついた熱き瞳を返してあげましたがね」

「はは、不良か。良いか悪いかは兎も角、間違っちゃいないさ。それに、そういうのもまた一つの青春じゃないかな?」

 

すっげー。心広ぇー。もしかして士郎さんの前職、教会の神父さんじゃないの?割とマジで。

てか、もうちょっと恥ずかしい。

 

「…………あーー、もうこの話やめやめ!よく考えたら酒の席でこんな話はないっすよ!俺が実はどういう男とかどうでもいいじゃないっすか!野郎の情報知ったトコでなんの益も……はっ、まさか士郎さん、俺の初々しい貞操狙ってる!?」

「ふっ、バレては仕方がない。実は…………って馬鹿!」

 

俺の話はこれまでだと言わんばかりに、おふざけを交えて路線変更する。それに士郎さんも乗ってくれた。

 

「しかし、何でこんな面白くない真面目な話になったんでしたっけ?てか、なんの話してましたっけ?」

「えっと、何だったかな?確か隼くんが何かを秘密に出来るとか出来ないとかどうとかこうとか何とかかんとかあれとかこれとかそれとか……」

 

お互い酔った頭で数分前の会話目指して遡る。えっと、確かエバーのミサトさんが射抜きの人で凄くて……いや、これは戻り過ぎか。

ええっと?

 

「あ、そうそう、隼くんがフィアッセの事を内密に出来ないかもと言ったからだよ」

「あ、そうだった!そうですよ、俺、フィアッセ・クリステラの事、絶対自慢しますって!だから紹介とかなしで、この場限りの話で──」

「いや、だから君は誠実で信用に値するから!そんな事する人間じゃ──」

「「…………ぷっ」」

 

少し沈黙したあと、俺らは吹き出した。

これじゃ数分前と同じだ。またループするとこだったよ。これだから酒の入った頭は。

 

「よし、じゃあ論より証拠だな」

「証拠っすか?」

 

ぐいっと士郎さんは酒を飲み、力強くこう言った。

 

「ああ。つまり俺が君のことをどれだけ信用しているのか、それを示せばいいんだ!信用が信用を呼び、また信用する。君を信用する俺を信用する。信用が信用となり、信用となる。信用しないなら、信用しよう、信用を。信用する事を信用する傍らで信用する。するとどうだ、信用する!」

「おお、なるほど!…………なるほど?うん?」

 

えっと、信用が信用で、信用だから信用で?

 

「これが代々御神不破に伝わる伝説口伝書伝の奥義!かの閃よりもさらに取得の難しい超秘奥義!名を『信用』!」

「おお、奥義っすか!」

「そうだ!この奥義は躱す事も避ける事も回避する事も出来ない!総受けあるのみ!」

「なんと!?くっ、なら正面から受け止めてやんぜ!ばっち来いや!!」

「その意気や良し!」

 

ヴィータあたりが今の会話を聞いたら『取り敢えず二人共もうその辺で飲むの止めて、使用済みの便所の水で洗顔してこい』と言われそうだが、生憎とここにヴィータはいない。

いるのは酔いどれバカ野郎が二人だけだ。

 

───そして、士郎さんは奥義を繰り出した。

 

「君にフィアッセを紹介したのは君を信用してるからだ。そこからさらに信用を示すには?答えは簡単。もう一人君に紹介すればいいんだ!それだけ君を信用してるんだという俺の意思表示!というわけで、えっと誰かいたかな……ああ、エリスは確か彼氏まだいないっていってたな」

「エリスさんっすか」

 

出てきた名前はまたしても外国人。有名人ではないとは思うが……てか、何でそんな外国の人の知り合いいんだよ士郎さん。ホントに昔はなにやってたんだ?

 

「そうそう。エリス・マクガーレン。ティオレさんの運営してるソングスクールがあるんだけど、そこの警備担当で、恭也やフィアッセの幼馴染ってやつかな?ちなみにマクガーレンセキュリティ会社社長令嬢!」

 

社長令嬢!?しかもティオレさんのソングスクールの警備任されてるって事は結構大企業!?逆玉いっちゃいますか!?

 

「あ、そう言えば忍ちゃんとこのノエルさんとイレインさんも一人だったな。忍ちゃんが『早く恭也みたいなカッコイイ彼氏作ればいいのに~』ってボヤいてた記憶が」

「ノエルさんにイレインさんっすか。てか忍ちゃんって恭也くんの彼女さんっすよね?その人の家族っすか?」

「家族と言えば家族かな。まあ厳密に言うとメイドさんだけど」

 

メイド?!マジで!?そんなんいんの!?日本に!?

ノエルさんにイレインさん……外人のメイド……やべえだろ、絶対ぇ可愛いだろ!てかまだ見ぬ忍ちゃんってもしかしてお嬢様じゃね?メイドいるくらいだしな。

ただひとつ忍ちゃんの事で分かった───キミ、恭也くんにベタ惚れすぎんだろ!愛されるよりも愛したいマジで派だろ!

 

「そうだ、ボヤいてたで思い出したけど、アイリーンさんが『ゆうひ、彼氏の一人でも作って落ち着いてくれたらなぁ』って言ってたな。そう考えるとこれはいい機会になるようなならないようななっちゃうような?」

 

お、何か今度は日本人っぽい。

うんうん、異国文化、交流もいいけど、やっぱ同じ日本人の方が気楽に仲良く出来そうでいいよな。まあ、美人なら例え人間じゃなくても仲良くするけど、そこはほら、おれ交際経験ないからよ?ちっとでも親しみ易そうな庶民的な子を紹介して欲しい気持ちも無きにしも非ず的な?それとある程度の小金持ちだったら尚良し的な?

あ、不細工はお断りだけど。

 

「あ、隼くん、ゆうひちゃんって言うのはね、フィアッセと同じ歌手で……ああ、芸名を言ったほうがいいかな。聞いた事あると思うけど『SEENA』って言って────」

 

瞬間、俺は士郎さんが言い終わる前に頭を机に叩きつける勢いで下げた。

 

「すみませんもう無理っす受け止められないっす勘弁してください」

 

士郎さんの奥義パネェよ!

出てくる女の子が何で全員一般人じゃねーじゃねーか!?俺ぁ王族でも貴族でも華族でもない、ちょっとばかし魔法が使えるだけのただのフリーターよ!?それが超有名歌手に社長令嬢にメイド?月とスッポンって表現すら超越してんぞ!

 

(士郎さん、あんたホントに何モンっすか……)

 

頭の処理能力が追いつかず、取り敢えず今俺に出来る事は三本目の焼酎を開ける事だけだった。

 

 

───宴は続く。

 


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