フリーターと写本の仲間たちのリリックな日々   作:スピーク

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「う~、さっぶ!」

 

12月も終わりに近い夜だとめちゃくちゃ寒い。0℃は下回ってないとは思うが、それでも今俺がいるこのマンションの屋上は高度とそれに伴う風のせいで体感温度は余裕で0℃以下だ。タバコを吸ってる口からは煙とは別の白いモヤが吐き出される。

 

こんな日は部屋に篭って熱燗片手にゲラゲラとテレビでも見ていたいが、そうはいかない………んだけどぉ。

 

「なぁ、やっぱ明日の昼ごろにしねえ?もう戻ろうや」

「気分屋も大概になさい」

 

プレシアに窘められる。

うん、まあね。分かってるさ。ここまで来てそりゃあねえってのはさ。何せ皆も準備万端なんだ。

 

飯を食った後、俺たちが赴いたのはマンションの屋上。

現在、この屋上にいるのは俺んちとプレシアとリニス、そして八神家だ。なのはたちガキ組は言ったとおりお留守番。そのお守としてアルフと姐さんとドゥーエも部屋にいる。一応、何かあった時の為にこっちの様子は中継されてるけど。

 

「さあ、ちょっと皆聞いてちょうだい。今から段取りを説明するわよ」

「あ、俺は言ったとおり臨機応変にやるからさ、だから説明の間だけ部屋に戻って………ってバインド!?てめえ、プレシアぁあ!」

「それじゃあ説明に入るわね」

「無視すんなや!てめえらもだよ!」

 

プレシアの非道な行いに誰も文句言わないってどうよ!?ウチも八神家も総スルーすんな!?ユーリ、今こそ護る時だろ!?フラン、「縛られてる主もこれはこれで」じゃねーぞ!?

 

「まずやらなければならないのは闇の書に魔力を蒐集させる」

 

うっわ、マジでこのまま説明始めやがったよ。

 

「──けど、その前にもう一つ手順を踏みましょう」

 

手順?

 

「闇の書の覚醒後、はやてちゃんが管制プログラムを制御し分離する……そこに保険を掛ける。あ、もちろん、はやてちゃんの事は信用してるわよ?はやてちゃんならやってくれるって。でも、はやてちゃんはどう?不安じゃない?」

「そ、それは……」

 

言いよどむはやてだが、まあそれは当然だろう。

信用もしてる。信頼もしてる。だがそれはぶっちゃけそうするしかないからだ。そこばっかりは、俺たちは力になれない。闇の書の、いや夜天の書の主であるはやてにしか出来ない。はやて一人の力でやり遂げなきゃなんねえ………はずのそこに、しかしプレシアは言った。保険を掛けると。

 

「勿体ぶってんじゃねーよ。保険ってなんだよ」

「簡単な事よ」

 

続けてプレシアはオリジナルのシグナムたちに向けて言う。

 

「あなたたちもはやてちゃんと一緒に闇の書の中に入ってもらう。そしてはやてちゃんが闇に呑まれないよう守護してもらう」

「そ、そんな事が出来るのか!?」

「フランに聞いた限り、理論上はね」

 

その言葉に皆がフランを見ると、それが鬱陶しいとばかりに一つ鼻を鳴らす。

 

「フラン、本当なのか!?」

「プレシアの言うとおり、理論上はだ。手順は簡単だがな。まず貴様らのプログラムを半分だけ主の写本に移して正本との繋がりを作る。その後、残った半分を正本に蒐集させるだけだ。普通なら蒐集されれば何もかも消え去るが、写本からのバックアップによりかろうじて意識くらいは残ろう」

 

正本と写本を繋げる……ああ、フランが正本に挟まれていた時、正本と僅かに繋がっていたとか言っていたが、これはその応用か?

……そのさらに応用で正本を写本のバックアップで修復する事が出来るんじゃね?お約束的に。

とも思ったが、いつだったかそれは否定されたっけ。ちっ、悪い方向でご都合かよ。

 

「もちろん、それは絶対ではないわ。意識がどれだけ残るのか分からないし、もしかしたらそもそもバックアップが受けられないかもしれない。消滅してしまう可能性もある。でも、もし成功すればそれは私たち以上にはやてちゃんの力になる」

 

それが俺が言ってプレシアの考えた、ヴォルケンズでも力になれる役回りか。

一度シグナムが提案したただ書を完成させるための自己犠牲な蒐集は俺も反対だが、きとんと利のある蒐集ならやってみる価値はある。

 

ただ問題ははやての意思だ。

昼間もシグナムたちが自らを蒐集してくれと言い出した時、声を荒げて反対したはやて。今挙がった案は昼間のそれとは違うが、それでもシグナムたちに危険があるのは変わらない。

見ればやっぱり、はやては難しい顔をしていた。今にも「そんなん駄目や」と言わんばかりだ。

 

──しかし。

 

「主はやて」

 

はやてが拒否の意を示すのを遮るようにシグナムが声を挙げた。そして彼女は、いやヴォルケンリッター全員がはやての前に跪く。

 

「昼にも言いましたが、再び言わせて下さい。───我らが少しでも役立てる場があるならば、主はやての一助となれる時があるならば、これに勝る喜びはありません」

「シグナム……でも私はやっぱり」

「───いえ、申し訳ありません。やはりこの言い方は適切ではありませんね」

 

すっと立ち上がるヴォルケンズ。そして何故か俺の方を力強い目で見てきた。しかしそれも数瞬で、シグナムたちははやてに言葉を向けた。

 

「言ってください、主はやて……いえ、"はやて"。子供らしく、あなたの想いを遠慮なく我が侭に。私たちはそれに応えてあげたい……『家族』として、あなたの力になりたい」

「っ!」

 

シグナムのその言葉にはやては驚き、内心で俺も驚く。

主従関係の下、主であるはやてを助けたい──それが今までのこいつらだった。だが、今シグナムは『はやて』と言った。『家族』と言った。跪くのを止め騎士として主に傅くのではなく、微笑みを浮かべただ家族として助けたいと。

 

(……ちっ、ンだよ)

 

こいつら。いつの間にか、きちんとぶっ生き返ってんじゃんよ。

 

「おう、はやて。ぼさっとしてんな」

 

俺ははやてに近づいてその頭を軽くはたく。プレシアの奴が「いつの間にバインド破壊なんて覚えたのよ」なんて小声で突っ込んでくるが無視。

 

「今更言わなくても分かってると思うが、まっ教えといてやる。ガキや大人関係なく、好き放題我が侭言っていい相手ってのが一つだけあんだぜ?──それが『家族』……"身内"ってやつだ」

「っ………」

 

俯き、肩を震わせるはやて。そして少しの沈黙の後、弱弱しくゆっくりと言葉が紡がれる。

 

「本当はな、ちょう怖かったんよ。隼さんやプレシアさんは信用しとる。でも、それでもやっぱり私一人で頑張らないけん事もあって、上手く出来るかなぁ、失敗したらどないしよぉって。不安で不安で……せ、せやから皆───」

 

顔を上げたはやての瞳には涙が。それが流れ落ちると共に本心も零れ落ちた。

 

「傍に、おって!わ、私を助けて!……一人は嫌やぁ!」

 

ガキらしい、無駄な装飾のない純粋な想い──我が侭。

 

この尊い想いを受け取る事が出来るのはこの世で4人だけ。もちろん、その4人からの返答は聞くまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、八神一家が落ち着いたのを見計らってプレシアは段取りの説明に戻った。

とは言っても、そこまで長ったらしいもんじゃあない。

 

まず前言の通り、保険を掛け、その後に闇の書を完成させるために魔力を蒐集。ただ本来ならそこでフランがその魔力を賄う予定だったが、ヴォルケンズたちも蒐集する事になったのでそれはなくなった。

次いでそこからが本番。はやてたちが中で防衛プログラムを制御し分離するまでの時間を俺たちが稼ぐ。なんでもはやてがユニゾンしてる間、外に出てくるのは闇の書の闇に制御された管制人格で、そうすると勿論すべてを破壊するために暴れまわるらしい。それを殺さない程度に抑えなければならんということ。つまり喧嘩だ。

 

『ここにいる全員であらかじめはやてをバインドで雁字搦めにしておけばよいのでは?ついでに縄や手錠も使って』

 

とは理の意見だが、勿論却下。そんな空気読めない事はしない。何より喧嘩したい。

んで、目出度くはやてが防衛プログラムの切り離しに成功したら残るは総仕上げ。その防衛プログラムを消し飛ばす。

 

しかし、何度も言うにこれが問題。

 

オリジナルの夜天を助け、防衛プログラムだけを消す。

ここに至っても未だに俺の中でそれに対する案は浮かんでこない。このままじゃオリジナルの夜天ごと消すか、もしくは俺が大損するか、そんな最低な未来しかない。

 

『……一応、まだ"置いて"おくわ。でも後悔のないように、ね』

 

段取りの説明の最後にプレシアにそう言われた。

ふん、分かってるっつうの。

 

「さあ、それじゃあ始めましょう」

 

プレシアのその言葉がスイッチになったように、この場が僅かな緊張感に包まれる。しかし、その緊張感を物ともせずに一人の少女が進み出た。

 

「皆さん……よろしくお願いします」

 

車椅子の上でぺこりと頭を下げるはやて。気負いも憂いもないその姿は、例えそれが強がりだったとしても見てて頼もしくなるほどだ。

それに応える準備はとうの昔に出来ている。

 

「任せときな。てか、そんな肩肘張らず気楽にいけや」

「あはは、そやね。なら夜天さん、早速頼みます」

 

まずは俺の写本にオリジナルを蒐集させる。まぁ俺はやり方知らんからそこは夜天任せ。

 

夜天は一つ頷くと写本を出し、足元に魔法陣を展開させた。

 

「写本、ヴォルケンリッターのリンカーコアより魔力の半分を蒐集、およびそのコアから守護騎士システムへ介入、連結を実行。同時に正本からの侵食を防ぐ為にプロテクト実行」

《Jawohl》

 

その言葉ともにオリジナルのリンカーコアから俺の写本へ魔力が蒐集されていく。

八神家にいるとき何度か魔法生物相手に蒐集作業したことあるから知ってるが、蒐集される際は結構な痛みを伴うはずだ。なのにシグナムたちは眉一つ動かしていない。おそらくはやてに苦痛の表情を見せまいと我慢してるんだろう。

まったく、いい根性だよ。

 

「───蒐集完了。写本と正本の守護騎士システムとの間にリンクの構築確認されました。成功です」

 

どうやら保険は無事掛けられたようだ。てか気味の悪いほどすんなりと行ったな。後から大きなしっぺ返しがなきゃいいが。

 

(……あるいは、どっかの誰かがこうなるかもと読んで写本を作った、か)

 

脳裏に忌まわしい記憶と共に一人のクソ野郎が浮かび上がるが、精神衛生上かなりよろしくないので再封印。

まぁ、なんでもいいさ。結果オーライなら。

 

さて、お次は。

 

「………シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ」

 

はやてが闇の書を出しながらカラカラとシグナムたちの方へと車椅子を進める。

その顔には、もう先ほどまでの哀しみもなければ遠慮もなく。あるのは笑顔と気合いの入った様相だけ。

 

「皆、お願いな。一緒に頑張ろう」

「「「はい!」」」

「うん!」

 

なんとも簡素なやり取りだとも思ったが、今更気負う事なんてないからそのくらいが丁度いいかと思い直す。

 

そして闇の書がシグナムたちの蒐集を開始した。時間にして僅か。写本に蒐集された時と同じくらいの時間だが、しかし今回シグナムたちの身体はもうそこにはない。完全に闇の書へと還元された。身に着けていた衣服だけが、そこには落ちている。

 

…………。

 

もしかして下着もある?

 

「ハヤブサ、流石に空気読みなさい」

 

俺の内心を見事に見透かしたプレシアに睨まれた。

はいはい、分かってますよ。………ちっ。

 

回収しようかと思っていたが、仕方ないので後ろ髪引かれながらも消沈しているはやての方へ。

 

「しょげてんなよ。またすぐに会える」

「そうだよ、八神はやて。写本からのバックアップも確認出来てる。騎士たちは無事だ」

 

夜天もはやての心情を慮ってフォローする。はやては一度だけ悲しそうに目を瞑って俯いたが、次顔を上げた時その瞳には強い光が湛えられていた。

 

「うん、ありがとう隼さん、夜天さん。大丈夫や。ほな、次は私の番やね」

 

目の前に浮かんでいる闇の書を見る。シグナムたちの魔力を蒐集して完成したのだろう、生物の鼓動のように全体を脈打たせている。今にも何かが生まれてきそうな感じだ。

 

「いい、はやてちゃん。時間はないけど最終確認よ。今からはやてちゃんは闇の書の封印を解放し起動。そうすると闇の書の主として、闇の書の闇『防衛プログラム』に従わされた管制人格に体を乗っ取られる。勿論、表面上に出てくる意識も彼女のもので、あなたの意識は沈み込むわ。けど消えるわけじゃない。一端眠りに着くだけだ」

 

プレシアが念を押すようにはやてに説明する。

 

「そこからが正念場ぞ。小烏、お前は書の中でまず意識を戻せ。烈火の将どもの援護もあろうが、肝心なのはお前自身。闇に喰われる前に自分をしっかり保て。そして闇の中で夢うつつに諦観している管制人格を叩き起こし、防衛プログラムと切り離すのだ。そうして初めて夜天の主として覚醒する」

 

フランも珍しく念を押す。

言うほど簡単じゃあねえというのが分かってるんだろう。そんなに簡単に行くなら歴代の主たちだって成功してたっておかしくねえからな。むしろ、はやては不利だ。まだまだ精神が未成熟なガキに『自分を持て』なんて事、難しすぎると思う。

 

「まっ、心配すんな」

 

けど、歴代の主とはやてじゃ明確に差がある。絶対的で覆せない差が。

 

「この俺がいる」

 

ぺっとタバコを吐き出し、火を踏み消しながら言う。

 

「俺が何とでもしてやる。この俺がきっちり助けてやる」

「……うん」

「けっ、辛気臭ぇ顔してんなよ。任せときな、もしもお前がいつまでも起きて来なかったら、俺が直々に管制人格諸共叩き起こしてやっからよォ?そん代わし、俺のモーニングコールはちぃっとばっかしアダルトだぜ?」

「……ぷっ、あははは。それは楽しみにしとくわ。ううん、今回は大丈夫やから次お願いな」

 

そうだよ、テメエは笑ってろ。今から助かるって奴が渋い顔してたんじゃ、助ける側も張り合いがねえだろうがよ。

 

「主よ、我もそのアダルティなモーニングコールとやらをされたいぞ!そうさな、まずは主の逞しく元気に朝勃ぐぶふぉあべ!?!?」

「学習能力のない変態ですね」

 

理、気持ちは分かるし止める気も微塵もないがほどほどにな。

 

「それじゃあ、行ってくるわ!」

 

はやては静かに目を閉じた。すると間もなく、車椅子の下に白い三角形の魔法陣が現われた。そこからさらに魔法陣の輝きに変化が。白い雪のような輝きのそれが、徐々に闇を髣髴とさせる紫色へと変化していく。

 

「そうだ、はやて。ちょっと待て」

 

ふと、俺はある事を思いついた。

 

「お前、何か欲しい物とかあるか?お誂え向きに今日はクリスマスイヴだしよぉ」

 

胸中に『世間じゃ恋人と過ごすこの日、この時間に俺は何やってんだろうな』という空しさを伴った思いが去来するが、強靭な精神力でスルー。

 

「それか願い事。あるなら俺が叶えてやんぜ?ああ勿論、叶う事が決まってる『生きる事』以外でよぉ」

 

ガキはプレゼントに弱いからな。後々こういう楽しみが待ってると分かってれば、はやてももっとやる気見せるだろ。

 

俺の言葉にはやては微笑んだ。子供らしく無邪気に、ささやかな夢を慈しむように……。

 

「願い事は一つだけや。────このままずっと、みんな一緒にいられたらええなーって。ずっと同じ幸せな今日が続いたらええなーってな」

 

そうかいそうかい。そりゃ小っさくも暖かい願いだな。

だったら俺は改めてこう断言しよう。

 

「今日の幸せは続かねーよ。今日の幸せは今日だけ」

「え?」

「昨日より良くて、明日より悪い……これからは、そんな"今日"を続けさせてやる」

 

もう言葉はいらない。行って来い、と俺は目で促す。

はやても言葉を返さず、頷くこともなく、ただ一言だけ口にした。

 

「封印、解放」

 

さあ!今年最後の大喧嘩の始まりだぁ!!

 




というわけでようやく決戦の時です。

リメイク前は確かここまでだったはず。続きは書き残してますが、前回とはだいぶ変わったので遅々と修正中です。来月頭には投稿予定。

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