理たちの聖王教会訪問計画が、いつの間にか大人組全員に蔓延し白熱してきた為、蚊帳の外となった俺は隣のガキ組の元へ。まぁ俺自身に飛び火する前に避難したとも言うが。
「あ、隼こっち来たー!」
迎えたのは、口の回りに焼肉のタレと油をつけてテカらせたアリシアの満面の笑みだった。
ああ、癒される。むこうの殺伐とした空気を吸った五臓六腑に染み渡って洗浄されるわ。
「アリシア、美味いか?」
「うん!もにゅもにゅしてて美味しいー!」
ああ、ホルモンね。美味いよね。けどちゃんと焼けよ?前焼肉した時、半生食って翌日お腹痛いってびぃびぃ泣いてたからなこいつ。まあ今はリニスが取り分けてるから大丈夫だとは思うが。
「よいしょっと。邪魔するぜ」
こっちは向こうと違い、椅子じゃなく床に直に座ってテーブルを囲っている。目の前にはなのはとフェイトとすずかが並んでおり、詰めりゃあ一人くらいスペースが空くが……。
「え、わっ、は、隼!?」
フェイトを持ち上げ、そこに胡坐を掻いて座る。そしてフェイトをその胡坐の上に。
「は、隼、こっち!こっち空いてます!」
「主よ!そのような貧相な奴の身体より我のを所望せよ!我の尻は中々に柔っこいぞ!」
「隼さん、そこはゲストの私を優先する場面やと思うな!」
「はいはい、また今度な。今日はフェイトな気分なんだよ」
ぎゃあぎゃあと喧しいユーリとフランとはやてはスルー。
昼間の様子を見るにフェイトには寂しい思いさせたみたいだし、今日くらいは贔屓してやらんとな。それにこっちから行かなきゃ自分からは来んやつだし。
「フェイト、お前、また野菜ばっか食ってるな?肉食え、肉。まだ入るだろ?おら、箸貸せ。はい、あ~ん」
「え、あの……あ、あ~ん」
「よし。あと白飯も食えよ?日本人なら……ってお前はじゃないか。まあ日本で過ごすなら白飯は必需品。はい、お肉と一緒にあ~ん」
「あ、あ~ん」
恥ずかしそうに、しかし拒否する事はなく、フェイトは俺に餌付けされる。ただ程なく皆に見られていると気づいたのか、赤くなって縮こまった。
うんうん、こういう普通?純粋?な反応を示ししてくれるのはコイツだけだ。ライトを見てみろ。あの脇目も振らず、タレが飛び散るのを構わず肉を貪ってる姿。あいつは本当にフェイトのコピーなのか疑いたくなる。
まっ、それもガキらしいと言えばガキらしいのかもな。
「すずかもアリサも遠慮せずいっぱい食えよ。人の金で食う飯ほど美味いもんはないからな」
「あ、あはは、はい、頂いてます。もうお腹一杯なくらいです」
「あんたの金だったらもっと美味しく感じたんでしょうね」
相変わらず謙虚なすずかと減らず口なアリサだが、まあ何だかんだ言って楽しく食ってるようだ。しかも育ちがいいのか、口とか皿の回りとかも全然汚れてない。
それに対して──。
「あ?ンだよ、見てんじゃねーぞ」
アリシアと同じように口の周りをテカらせ、ライトのように皿周りがぐちゃぐちゃなウチのクソロリ。満腹なのか椅子に背を預け、爪楊枝を片手に「ふい~」とダラけている。オヤジか。
なんだろう、何故か俺がちょっと恥ずかしい。隣のオリジナルヴィータの方は綺麗に食って、ガキらしい笑顔を浮かべてはやてと談笑しいてるので尚更恥ずかしい。
「……お前、今度リニスにテーブルマナー習え」
「は?存在マナー違反のお前がマナー云々とか、チャンチャラ可笑しい事言ってんなよ」
「今晩はこれからいろいろあるから見逃してやるが、明日覚えてろ」
「返り討ちだよバカヤロウ」
俺とクソロリの間で火花が散り、その間に挟まれる形となっている膝の上のフェイトがおろおろ。
ふん、今は預けといてやる。
ところで。
「なのは、お前、ずいぶん大人しいけど何かあった?ほら、よく分からんが元気出せ」
「……わぁ、類い稀な白々しさだー」
隣に座っているなのはは俺が来た時から何の反応も示さず、機械のように黙々と肉を食う作業をしていたが、こちらの声にようやく生気の宿った反応が返ってきた。
「人にあれだけの事をしておいて……」
「はてな?俺、何かしたっけ?」
ワザとらしく惚ける。
「ハヤさんにキズモノにされた!もうお嫁いけない!」
対するなのはも『うわー!』とワザとらしい泣き真似で反撃。そしてその言葉に一部から俺に白い目や罵声や殺気が飛ぶが、それを無視してなのはに言う。
「なのは、それ意味分かって言ってねーだろ?」
「うん。ハヤさんに酷い事されたら、取りあえず皆の前でこう言えってお姉ちゃんが」
よし、美由希ちゃん、今度会ったら隼地獄ジェノサイドスペシャル決定。
「まっ、確かにちょっとやり過ぎたかなぁとは思ってたけどな。許せ許せ」
「ふ~んだ!許してあげないもん!」
つーん、とそっぽを向くなのは。その姿はわざとらしい程……というか確実に狙って『不機嫌アピール』をしている。
うんうん、やっぱこうでなくちゃな。ガキらしくないのは頂けないし──何よりもイジり甲斐がない。
「あ゛?許さねえだぁ?もっかい地獄行くか?今日、丸一晩」
なのはの目の前でゴキンと拳を鳴らしながら握りこむと、何かがフラッシュバックしたのか、彼女は強気の姿勢から一転、涙目となった。
「ごめんなさい許しますから許してください!」
「ん?何か不愉快な敬語の全然可愛くない謝罪の言葉だなぁ」
「ご、ごめんねハヤさん!なのは、いい子になるから許して!」
うるうると瞳を潤わせながら何とも嗜虐心を煽る弱気な表情で懇願してくるなのは。ああ。いい顔だ。
最近、周りにいる奴らのせいで忘れがちだが俺もドSなんだなぁと改めて自覚する。
「ハ、ハヤさぁん……」
ぷるぷると震えるチワワなのは。
うんうん、隼お兄さん満足。
「ふふん、しょうがない。可愛いお前に免じて特別に許してやろう。ありがたく思え」
「うん、ありがとうハヤさん!………………………ん?んん?あれぇ?」
《ああ、御労しい。マスターが隼のせいでポンコツチョロおバカに……》
レイハちゃん、そこは純粋なガキになったって言ってあげようぜ。
ともあれ。
さて、どうやらこっちはいい感じで皆腹ごしらえは終わりつつあるようだな。まあアリシアとライトはまだのようだが、アリシアはこの後の事には参加しないから別に食い続けていいし、ライトはあるもの全部食い尽くすかこっちで止めないかしないと終わらない奴だから無視。
向こうも殺伐とした空気が消えて談笑しているようなので、ここらがいい頃合だろう。
「それじゃフェイトの癒し成分やらなのはのイジり成分やら貰ったし、そろそろ掛かるとしようかね。最終決戦ってやつによ」
「私とフェイトちゃんの成分格差が酷い……」
ほろほろと泣くなのはを無視し、脚の上のフェイトを降ろして立ち上がる。
「お?やんのか?」
「ふん、我的には小烏の命なぞどうでも良いが、それが主の願いならば致し方ないか」
「任せてください。隼は私が守ります!」
「むしゃむしゃばくばくもぐもぐ!」
テンションの差こそあれヴィータ、フラン、ユーリ、ライトが続く。いや、ライトは続いてなかった。
「はやて、絶対、絶対助けるから!闇の書の闇なんてあたしたちがぶっ飛ばしてやるから!」
「うん、ありがとう、ヴィータ。よろしくな」
八神ヴィータもやる気十分。はやてにも昼まであった気負った感じがない。
「私だって、私だってハヤさんにイジられるだけじゃない!」
「うん、なのは、頑張ろうね」
「すずか、特訓の成果を見せる時が来たようね!片っ端から大炎上させてやるわ!」
「う、うん、えっと、ほどほどにだよ、アリサちゃん」
なのは、フェイト、アリサ、すずかのやる気も十分。見てて微笑ましいテンションだ。なんというか、こう、『頑張ろう、おー!』って感じの雰囲気が漂っている。
そんなガキ共に俺も一言だけ声を掛けておこう。
「いや、お前ら留守番だからな?」
「「「「………え?」」」」
おお、綺麗にハモったな。声もそうだけど、その呆けたツラも揃ってる。写真に収めたいくらいだ。
「な、なんで!?私も戦えるよ!イジられ専門じゃないってとこ見せるもん!」
「そうよ!ここに来て何で留守番してなきゃならないのよ!なのはのイジ専は兎も角として」
《マスター、私はイジ専も良いかと》
「アリサちゃん!?レイジングハート!?」
なのはとアリサが抗議の声を上げる。(なのははイジ専なのかそうじゃないのかの議論の余地はない)
「隼、なんでそんな事言うの?私だってはやての力になってあげたいよ!」
「わ、私もです!微力ですけど、それでも……!」
フェイトとすずかもか。
まあ予想通りだな。しょうがないわな、友達が危ないのに黙って留守番を良しとする奴らじゃないのは分かってる。
だけどな。
「アホか。あのな、普通に考えてみろ。動ける大人がこんだけ雁首揃えてんのに、その上さらにガキまで出張らせる?ねーから」
「で、でも私たちだって戦える力があるし……管理局のお仕事だってやってきたし」
「そういう問題じゃねーの」
てかガキのくせに普通に『戦う』とか言うな。どんな小学生だ。
「あのよぉ、管理局のルールとか魔法世界の常識じゃあガキでも力がありゃあ戦わせるのかも知んねーけど、生憎とここは平和な日本なわけ。そして、そんな日本で育った俺の常識の中には『9歳児を戦わせる』なんて選択肢はねーんだよ」
どこぞの紛争地帯なら兎も角、日本で『少年兵』『少女兵』なんて有り得ぇだろ。
「これが管理局のお仕事だとかテメエの命が掛かってるだとかなら好きにすりゃいいさ。だがな、今回のコレはただの喧嘩だ」
はやての命が掛かってはいるが、それは俺が救うと決めた時にもう救ったも同然。なら残るは『喧嘩』という事のみ。
そしてこの喧嘩に参加出来るのは、はやてやヴォルケンズのような一端を担った当事者か、喧嘩に参加する我が侭な理由の有る奴だけ。ブルーメの『俺の力になる』やユーリの『俺を守る』、ライトの『面白そう』、理の『取りあえず血が見たい』みたいな、な。……はやての命とかわりとどうでもいいとか考えてるウチの奴らもどうかと思うが。
まっ、ぶっちゃけ極論すると俺が『四の五の言わず手伝え』と言った奴だけ参加OK。だからこいつらはダメー。
「お前らは喧嘩をしたいわけじゃねえだろ。ダチを、はやてを助けたいって想いからここにいるんだろ。なら大丈夫だ。はやてはもう"助かってる"。だから大人しく留守番してろ」
「だ、だったらハヤさん、何で私たちを呼んだの!?」
あ?んなの決まってんだろ。
「知らねえ内にダチのいざこざが終わってました、じゃ嫌だろ。だから呼んだ。ついでにはやてに笑って『頑張れ』って言って送り出して、帰ってきたら笑って『おかえり』って一番に迎えさせる為」
応援してくれるダチがいる。待っててくれるダチがいる。───学校にも通わず、今までダチらしいダチがいなかったはやてにとって初めてのダチ、そいつらが傍にいる。
はやてにとって、これ以上心強い味方はいねえだろ。
「それにな、はやての奴、俺らに対してさえ今回の件を申し訳なく思ってたんだぜ?なのにお前らダチまで傷つくかもしれない戦いをするなんてなったら、まーたネガティブ思考になっちまうだろうが」
そうなったらまたはやてには面倒臭ぇ説教しなきゃなんねえ。勘弁しろ。
「て訳でお前らはお留守番。大丈夫、中継くらいはしてやるよ。それでももしまだ何か文句があるなら、全員まとめて隼地獄スペシャルを見舞ってやるぜ?」
そんな俺の言葉にしばしの沈黙が下りるが、ややあってそれぞれが反応した。
アリサは大きなため息の後、勝手にしなさい言わんばかりの表情を。すずかは複雑そうな表情をしながらも、アリサと内心は同じなのか反論はない。フェイトは流石にこの中で一番俺の事を分かっているのだろう、これはもう何を言っても無駄と悟った顔をしている。
(うんうん、どうやら納得してくれたようだ。文句やら言いたい事はあるんだろうけど)
──残った一人のように。
「う゛~……っ!」
眉間に皺を寄せ、自分の中で何かと葛藤している様子のなのはが俺を睨んでくる。どうせ気持ち的には自分も一緒にはやてを助けたいと思ってるけど、それをどうやっても許さない俺を相手にどうすればいいか悩んでるんだろう。
俺の反感を買えばどうなるかあれだけ分からせてやったのに、それでもこうやってまだ反抗してくる根性は見上げたもんだ。
ホント、こいつは頑固者だ。それは短所だが……長所でもあるか。
(まったく、可愛いガキだよ)
ぽんっとなのはの頭に手を置く。
「お前の気持ちは分かる。けど駄目なもんは駄目。俺がその気持ちだけ持ってってやっから、お前はガキらしくいい子に応援してろ。はやてもだけど俺だって、お前らが怪我するかもって思うと気分悪ぃしな」
「ハヤさん……」
勿論、これが仮に俺自身の命が掛かってるとかだったら、問答無用で老若男女問わず総出で狩り出すけど。
当たり前だろ?俺の命はこの世の何モノよりも重いんだからな!
そんな事を思いながらなのはの反応を待つ。
しばしして、なのはの眉間から皺がなくなり、代わりに特大のため息が零れ落ちた。
「ハヤさんってホント自己中で我が侭で独りよがりで自分勝手──」
「意味重複しまくってんな?てか売ってる?前哨戦として買うぞ?」
「──だけど、やっぱり大人なんだね。ちょっとだけカッコいいなぁ」
「はっ!たりめえだろ?カッコつけるのが男ってもんだ」
頭に置いていた手でそのままガシガシと撫でる。
「まっ、身体張って助ける事だけがダチの役割じゃねえ。そっちは大人に任せろや」
「分かった……うん、頑張ってね」
「そりゃはやてに言ってやりな」
「うん!」
最後になのはらしい良い笑顔を浮かべ、はやての元へと向かっていった。他の3人もそれに続いて激励しに行く。
(さて、ンじゃまっ、やってやろうかね)
偉そうにガキどもに見得切ったはいいが、結局やる事は変わらない。
いつも通りに、俺らしく───さあ、今年最後の喧嘩だ。
原作主人公、AS編でも最終決戦不参加。すずか、アリサ、魔導師になったのに特に活躍なし。
……ちょっと批判ありそうですが、これがこの作品だということでご納得を汗
追記
次回更新が遅くなりそうなので、代わりというわけではないですが短編を投稿。
暇つぶし程度に読んで頂ければ幸いです。