フリーターと写本の仲間たちのリリックな日々   作:スピーク

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先日の翠屋ニアミス事件から数日、意外な事にも闇の書の蒐集は順調に進んでいる。本当に怖いほど順調に進んでる。

 

この前の第1回バケモノ混沌大戦で局に本格的に目を付けられ、さらにプレシア達も向こうに回ったのを鑑みて、俺はもしかしたら一両日中には八神家の場所が割れちまうんじゃないかと懸念していた。

だってよぉ、局はともかくプレシアと夜天たちが敵に回ったんだぜ?あの二人の頭脳と執念を考えれば、局の情報をフルに使って、それこそ職権乱用しようと、迅速かつ確実に俺を探し当てると思うのよ。

しかし意外や意外、今んとこ本当に何にもなし。気をつけながら蒐集作業してるとはいえ、昼夜問わずやってんのに局にさえ見つからない。俺がクアットロから教えてもらった情報で裏を掻いてるとは言え、そんな裏も表も関係ないとばかりに殺しに来そうな我が家族と隣人共からは、何一つアクションがない。

 

正直この静けさは怖すぎるし、きっとあいつらは何かを企んでいる。しかし、だからって二の足踏んでたらいつまで経っても書は完成しねえ。よって俺たちは、もう何も考えずただただ魔力蒐集をし続けた。最低限の警戒だけして、もはやカミカゼと見紛うばかりの強行作業をしていった。その甲斐あってか、闇の書のページ数はたった数日で60~70溜まり、残すとこ200ちょい。

この調子でいけば、クリスマス前にでもページMAXになるだろうよ。勿論、これから先もこの調子が続くたぁ思っちゃねーが、それでもなんか行ける気がするぅ~。

 

「流石は俺!やる事成す事万々歳!」

「意味不な事言ってねーで、お前も少しは手伝えよ!!」

 

額に玉の汗を掻き肩で息をしているヴィータが、自慢のアイゼンで亀をぶっ飛ばしていた。まあ亀っつってもデカサが半端なく、甲羅もトゲトゲしい化物のような亀なんだけどな。しかも周りは岩場で、とても俺の知ってる亀と呼ばれるものが生息できる環境じゃないから、果たしてアレを亀と分類してもいいのかすら怪しいが。

 

「手伝え?おいおい、俺にそんなガメラと戦えってのか?僕ちゃん、貧弱だから無理~」

「ふざけた事ぬかす暇があるなら援護射撃の一発でも────うわっ!?この野郎!」

 

おお、あの巨体が宙に浮いた。ヴィータの奴、魔法で強化してるとは言えなんつう馬鹿力だよ。

 

「ハァ、ハァ、ハァ………クソ、しょっぺえ魔力量のクセに無駄にタフなんだよな、こいつら」

 

ようやく動かなくなった亀を横目で見遣り、大きな呼吸を繰り返すヴィータ。周りが安全になった事を確認した俺は、地を蹴って疲労困憊のヴィータに近寄って労いの声をかけてやる。

 

「うむ、ご苦労。大儀である」

「………頭、カチ割んぞ」

 

そう怒るなよな。第一、お前でも一苦労する亀なのに、魔法もろくすっぽ使えない俺がどうやって戦えっての?殴ってどうにか出来るレベルじゃねーだろ、このデカさは。そりゃやれるかやれないかで言やぁやれるよ?俺ぁ覚悟決めさえすりゃあどんな奴とだって喧嘩してやんよ?けどさ、こんな魔法生物相手に覚悟決めて喧嘩しても、何も面白くねーし。

 

「まあ落ち着けや。俺だってこんな魔法世界にただ遠足しに来たわけじゃねーぞ?ほら、この通り、俺は俺でちゃんと蒐集してたわけ」

 

ヴィータがこの亀を相手してる間、俺は別の場所で蒐集活動してたわけよ。

その成果を今ここに掲げる。

 

「ふ~ん、どれどれ………………って、4文字しか溜まってねーじゃん!?しかも何だよ、その大量に魚の入ったバケツは!!」

「魔法生物相手に喧嘩すんのも疲れるだけだからよ、俺はこうやって釣りしながら、その釣れた魚の魔力を蒐集してたわけ。いや~、やっぱ釣りはいいな。適度なリフレッシュタイムになったわ。晩飯も出来たし。一石三鳥?」

「………やっぱ割る!」

 

ここ最近、オリジナルヴィータとも喧嘩するようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「隼さん、今日病院に付き添ってや」

 

ある日の朝、欠伸と共にタバコの煙を口から出しながら起きてきた俺に、朝の挨拶と一緒にそんな事を言い出したのは、今日も朝から関西弁がキュートなはやてだった。

 

「やだ、めんどい。シグナムかシャマルにでも頼め」

「シグナムにも頼んだよ?けど、隼さんとも一緒に行きたいんや」

 

ここ最近、いつもはやてはこんな感じで何かと俺と一緒に居たがる。昨晩も俺と一緒に寝たいとか言い出して、フランと盛大に喧嘩していたのは記憶に新しい。

 

「めんどー」

「ええやんか。それに約束やん、『出来るだけ一緒に居てくれる』って」

 

そうなのだ。はやての言う通り、俺はこいつとそんな約束をしてしまったのだ。

 

以前、はやては魔法を覚えたいと言って俺にその教師役を頼んでただろ?でも、俺ぁはやてにはガキらしく育って欲しかったし、何より面倒臭ぇから、教えてくれというはやての要望をのらりくらりとかわしてたのよ。そんな俺の態度にとうとうはやても痺れを切らし、なんと泣きながら(後日、嘘泣きと判明。拳骨)懇願してきたもんで、流石の俺もこれには真面目に応えなきゃなんねーと思った。が、それでもやっぱり面倒臭いという気持ちもあって、だから俺は一つの提案を出した訳。

 

『お前に魔法を教えるのはやっぱ嫌だからよ、そん代わり俺が何でも一つだけお前の頼み事聞いてやるってのはどう?勿論、教師役以外で』

 

なんだか最近、この「なんでも一つだけ願い聞いてやる」って発言が増えてきたような気がする。だって、これが一番てっとり早くて面倒ないし。もうこのフレーズだけで何もかんも解決する魔法の言葉にさえ思えてきてる始末だ。

 

で、まあ今回もそれが功を成し、教師役の代わりにはやてが頼んできたことが『出来るだけ一緒に居てくれ』っていう、親の居ないガキらしい要望だったわけよ。

 

「そんな約束したっけ?そりゃお前の勘違いだ。なんだよ、とうとう麻痺が脳味噌まで達したか?」

「へぇ、隼さんは命短い女の子との約束を平気で反故する人やったんや~。なんや男らしゅうないな~」

 

なんつうか、こいつは本当に図太いガキだな。自分の状況を平気で挑発に使うとか。こいつと初めて話した時はもちっと繊細さもあったような気がするんだけどなぁ。多感な年頃だから、何かに影響でもされたか?

 

「ちっ、了~解。しゃあねーな、一緒に行ってやんよ。まあ、シグナムも一緒ってのがせめてもの救いだ。デートだと思やぁ多少の苦はなんのそのってな」

 

実を言うと俺はオリジナルシグナムが結構気に入っている。勿論、コピーの方も好きだが、俺ん家のシグナムと違い、こっちのシグナムは俺に対して敬語じゃなく、名前も普通に呼んでくれっからな。そういう遠慮の無さが高ポイントだったりする。

 

(はやてが定期健診してる間に、シグナムとどっか茶でもしようかな~。そしてあわよくばフラグなんか立てちゃったりして~……………んふ)

 

ニヤけ面を晒しながら、俺の妄想がシグナムとお茶を飲んでいる場面からホテルへと切り替わろうとしたその時、いつの間にか傍にまで車椅子を移動させていたはやてはそのまま俺の脛目掛け椅子で体当たり。

 

「痛っ!?てめ、何しやがんだ!」

「ふんっ!」

 

どうしてかご機嫌ナナメなはやては、車椅子を反転させて離れて行こうとするが、

 

「待てやコラ」

 

俺は車椅子を掴み止めた。

はやてがいきなり不機嫌になった理由は分からんし、今の流れからいって俺に原因があるかも知れんのだが、そんな事は関係ない。

相手がどんな気分で、それがもし俺のせいだったとしても、人の脛を蹴っておいてサヨナラさせるほど俺の心は広くない。

 

俺ははやての両の足首を掴むと、そのまま持ち上げ逆宙吊りにしてやった。

 

「俺に調子こいてタダで済むと思ってんのか、ああん?」

「きゃあ!ちょ、は、隼さん、お、降ろして!」

 

真っ赤な顔をし、重力によって捲れるスカートを必死になって押さえる9歳の少女。そして、そんな少女をS気たっぷりの顔で見下ろす成人男性の図が完成した。

 

出るとこに出れば、きっと俺は負けてしまうだろうな。

 

「ごめんなさいは?」

「ご、ごめんなさい!せやから、はよう降ろして!」

「聞こえな~い」

「き、鬼畜や~!!」

 

へっ、ガキが俺に楯突こうなんざ10年早いんだよ。金積むか綺麗な女になってから出直して来な。

 

「は、隼、貴様、何をしている!?」

「へ?」

 

声がしたほうを見れば、そこには驚愕の顔をしたヴォルケンリッター+フランの皆様が。

 

「いや、ちょっとはやての奴が調子乗───────」

「助けて~、酷いことされてまう~!」

「うぉい!?はやて、テメェ何言って…………!」

「(にやり)」

 

このクソガキャア!その計画通りって言いたそうな顔はなんだ!いくら何でも言っていい事やその場所ってのがあんだろ!

 

「小烏、今すぐそのポジションを代われ!主から嬲られるのは我の特権ぞ!」

「フラン、頼むから今そんな事を言うな!ますます誤解───────────ぶふぉあああああああ!?」

 

その後、俺は皆から袋叩きにされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海鳴大学病院。

 

そこは海鳴に住む者なら誰でも知ってるし、それはおろか近隣の県からもわざわざ治療者が来るという大病院だ。設備自体も常に最先端のものを導入してるらしいし、何より女性の看護士が皆美人というのが◎。普通だったらおばさんが多いのだろうが、ここは本当に美人が多い、まるでマンガのような病院なのだ。

 

(……そうだよな、病院っつったらやっぱここなんだよな)

 

普通の男なら白衣の天使に会えると喜びそうなモンだが、以前にも言ったが生憎と俺に制服(コスプレ)趣味は無い。よってまるで嬉しくないし、むしろ気が沈む思いなのだ。

 

そう、気が沈むんだよ。…………俺ァ病院ってのが嫌いなんだ。

 

その理由は、まず一つは『病院特有のあの臭いが嫌い』、第二に『暗い雰囲気』、第三に『常連』。

一と二はだいたい察しは付くだろう。三つ目の『常連』ってのはさ、ほら、俺って昔よく喧嘩してたわけよ。それも結構ガチで派手なやつを多い時は週七くらいで。で、怪我したやつは大体この病院に来るわけで、つまりそういう事。ガキだった頃の嫌な思い出ってか、馬鹿な思い出が呼び起こされるわけよ。

 

(まあ『一番の理由』はまったく別なんだけどな)

 

それは兎も角、だから俺は病院ってのが嫌いなんだよ。警察の次くらいに嫌いだ。

 

「隼さん、どうしたん?行くよ」

「あいよ」

 

受付を済ませたはやてとシグナムに続き、俺も病院を歩く。向かう先は神経内科のようで、その事に少しだけ胸を撫で下ろした。内科はともかく外科の方は常連故に顔見知りも多かったからな。「鈴木さん、その年になってまた喧嘩でもしたんですか?」なんて、そんな恥ずかしいことを言われたくないし。

 

そんな心情と共に内科の病棟に着き、そこで検診の為はやては一人診察室の中へ。ただ検査と言っても簡単なものだったのか、時間にして5分も掛からずはやては出てきた。

そしてさらに待つこと10分で検査結果が出たのか、はやての名が呼ばれたので、シグナムがはやての車椅子を押しながら指定された部屋の中に入る。俺も入っていいのかどうか悩んだが、まあ付き添いなんだしと構わず続く。

 

「こんにちは、はやてちゃん」

 

中に居たのは30くらいの見た目若い女医さんだった。場所が場所なら、俺は一も二もなくお近づきになるよう努力しただろうが、ここが病院で相手が医者という事でどうも興が乗らない。

取りあえずガン見だけで済ませとこうと思っていると、女医さんがはやてから俺に視線をずらして訝しんだ。

 

「あら、そちらの方は?」

「あ、えっと、この人は最近よくお世話して貰ってる人で鈴木隼さん言います。隼さん、この方が私の主治医の石田先生や」

「ども」

 

ぺこりとお辞儀をすると、女医さんもお辞儀を返してくれたが、まだ俺に対しての怪訝な表情は納まっていなかった。むしろさらに深くなってるような?

 

「鈴木隼さん?」

「はぁ、そうですけど、何か?」

「……………もしかして、あなた数年前に何度か入院した事ある?」

「……………」

 

も、もしかしてこの女医さん、俺の事知ってんのか!?いや、でもこっちの病棟は来た事ねーし、この人も知らねーし………。

 

「石田先生、隼さんの事知ってるんですか?」

「いえ、直接は知らないし、その人が本人じゃないと思うけど、うちの病院に鈴木隼って人のいろいろな『伝説』があるの」

 

ンだよそれ!?当人びっくりだよ!伝説?いやいや、そんな大層なモン残しちゃねーぞ?ああ、そうか、きっと同姓同名の別人だろうな。

 

「伝説?それってどんなのなんです?」

「何でも『片手片足骨折して入院したのに、その日の晩抜け出してスキー場にスキーしに行った』とか『体を20針近く縫う大怪我したのに、2日後プールで泳いでる姿を見た』とか『急性アルコール中毒で運ばれてきて、翌日の朝病室で迎い酒してた』とか」

 

それ俺ーーーー!!!

 

「他にも荒唐無稽なのが多数あるけど………あなたじゃないですよね?」

「ま、ままままさか~。そんな訳ないじゃないッスか~。その鈴木隼って奴、とんだ大馬鹿者ッスね。あ、あははははははは」

「「「……………………」」」

 

やめて!そんなジト目で俺を見ないで!あの頃は俺も若かったんだ!俺の黒歴史なんだ!

 

「ぷっ、あはは!隼さんって昔から変わらず隼さんやったんやね」

「………ふん、うるせえよ。それより先生、はやての検査結果はどうなんですか?」

「ああ、そうだったわね、ええっと………」

 

石田先生はそこで言葉を切ると、チラっとはやてを窺った。

 

「ああ、大丈夫です。隼さんももう家族みたいなもんですから」

 

ああ、そうか。そりゃあ普通部外者には聞かせられねーわな。まあ俺ははやての検査結果などどうでもいいので、出て行けと言われればすぐにでも出て行ってよかったし、むしろ出て行きたかったが、はやてにさも当然のように『家族』と言われちゃあ留まるしかない。

 

石田先生ははやてと俺を交互に見て一度微笑むと、手元にある紙を見ながら続けた。

 

「あんまり成果は出てないわね。でも、今のところ薬の副作用も出てないし、もう少しこの治療を続けましょうか」

 

そりゃ出ないだろうよ。なんせはやては病ってわけじゃねーんだから。しかも、それははやても既に知っている事で、本来ならもう病院に来る必要なんてないのにな。なのに何でまだここに来るのか疑問だ。金の無駄だろ。

 

「はい、そのぅ………お任せします」

「お任せって……うーん、自分の事なんだから、もうちょっと真面目に取り組もうよ」

 

石田先生としても歯痒いってか、悔しいんだろうな。はやてはまだこんなガキなのに、車椅子生活を強いられ、それも原因不明ってんだから。

どうにかして治してやりたいって気持ちは、もしかしたら俺たちよりも強いのかも知れねぇな。

 

「あぅ、いや、その……………私、先生を信じてますから」

「……………………………」

 

ああ、そうか。もしかしたら、はやては石田先生に会うために病院に通うのを止めないのかも知れない。

まだシグナムたちが居らず、勿論俺も居ない時からはやては病院に通っていた。そんな昔からの知り合いで、一番はやてを心配してくれているのが石田先生だ。なのに、いきなり通院を止めれば状況的にもおかしいし、何より気持ち的に嫌なんだろうな。

 

ある種、はやてにとって石田先生と話す事はカウンセリングなのかも知れない。

 

「それに………」

 

ん?

 

「隼さんを……家族を信じてますから」

 

……………はっ!言ってくれるぜ、このクソガキ。てか、いちいち信じなくてもいいっつうの。テメェに信用されようがなれなかろうが、俺はただ自己満足出来る結果を残すだけだっつうの。

 

(はやて、お前はただ黙って笑いながら生きてりゃいいんだよ)

 

その後、まだまだ長ったらしい話が続くようだったので、俺は一人部屋を出た。出来ればシグナムも一緒に連れ出したかったが、やっぱりはやて大好きシグナムらしく、俺の誘いはシカト状態だった。しかも最後のほうなんてシグナムはおろか、石田先生やはやてまでほぼ俺を無視。女3人で話に花を咲かせていた。

女三人寄らば姦しいってやつか?

 

(あ~あ、こんな事なら話し相手としてフランのやつでも連れて来りゃよかった)

 

俺たちとシャマルを除いた他の奴らは皆蒐集に出向き、シャマルは家でせっせとカートリッジ作り。フランは着いて来たいっつってたんだけど、あいつが居ると高確率でXXXな会話になっちまうんで置いてきたんだよな。

 

(病院ってのはどうしてこう退屈なんかね?辛気臭ぇたらありゃしない)

 

辺りを見渡しても何も惹かれるモンがない。

 

右を向けば老い先短そうな老人がよろよろと歩いていたり、ナースが検尿のカップ持って走ってたり、ギャアギャアと喚くクソガキがいたり。

左を向けば松葉杖をついた少年が右往左往してたり、白衣を羽織った銀髪の女の子が美味しそうにココア飲んでたり、悲痛な面持ちで花束を持った夫婦がいたり。

 

まあこれも平和な日常といえば日常だな。魔法なんてファンタジーな要素はなく、どこにでもありそうな日常の一コマだ。病院で平和って表現はちょい不謹慎かも知んねーけど………………………ん?あれ?

 

(………なんか、その一コマにあまり見たくねぇコマがあったような)

 

特に左を向いた時の2コマ目。

 

「あれ?鈴木くん?」

 

んげっ!?

 

「一番の理由!?」

「むっ、何ですか、それは?何だかそこはかとなく失礼な気がする!」

 

片手にココアを持った白衣を羽織った銀髪の女の子………いや、年を考えればもう女の子じゃないのかも知れんが、その容姿はどう見てもお子ちゃまな女性。

そんな女性が今、俺の目の前で頬を膨らませて怒っている(らしい)顔を見せていた。

 

そうだ、この女性こそが俺の病院が嫌いな一番の理由。

 

「………フィっつぁん、居たんだ」

「だから、その呼び方は止めて!銭形のとっつぁんじゃないんだから」

 

海鳴大学病院女医、悪魔の妹フィっつぁん。

まさか番外編じゃないにも関わらず、またしゃしゃり出てくるとは!しかも今度は台詞付き!

 

「それよりも今日はどうしたの?もしかして、また喧嘩?」

「ンな訳ねーだろ。あんま人様馬鹿にすると、その綺麗な髪の毛をまたドライヤーで尽く縮れ毛にすんぞ」

「う゛っ、それはもう止めて………」

 

恐々とした顔で頭を押さえるフィっつぁん。

こうやって普通に会話する分ならこの人は楽しいんだよな。弄り甲斐もあるし。せめて出来れば外で会いたかったよ。

 

「今日は知り合いの付き添いで来ただけ。で、今は暇だったんでぶらぶらしてたの」

「そうなんだ。顔に傷があるからてっきり私、また誰かと喧嘩してここに来たのかと」

 

ああ、ここに来る前に袋叩きされた時の傷ね。まあ喧嘩と言えば喧嘩だが、フィっつぁんの思ってるような物騒なもんじゃねーしな。

 

「あ、そうだ、この前はご馳走様」

「ん?ああ、飲んだ時の事?別に。リっつぁんは兎も角、フィっつぁんにはいろいろ世話んなってたからよ。たまに会った時くれぇ奢ってやるさ」

「ありがとう。じゃあ、今度はお姉さんが奢ってあげるね」

「え?お姉さん?どこ?俺の目の前には幼児体系のチンチクリンしか居ねぇけど?」

「むうっ!」

 

ポカポカッ、なんて擬音が付きそうな感じで叩いてくるフィっつぁん。その体といい言動といい、相変わらず子供っぽい人だよ。

初めて会った時も俺はフィっつぁんがまさか年上とは思わず、ですます調の敬語で喋る彼女に向かって「ガキが気持ち悪ぃ喋り方すんなよボケ」といって矯正させたんだよな。その甲斐あって、今じゃ姉であるリッつぁんに向けるのと同じような感じの喋り方で俺にも応対してくれるようになった。ただ、その一方でよくお姉さんアピールをするようにもなったが。

 

「はいはい、もうポカポカと叩くのやめようね~。そんな事より、お兄さんの話し相手になってくれるかな~。あ、アメちゃんいる~?」

「もう!だから年下扱いしないで………………ん?」

 

突然、フィっつぁんの叩いていた手が止まったかと思うと、次はむにむにと触り出した。それは何かを確認しているのだろうか、触っていくにつれフィっつぁんの顔がどんどん険しくなっていく。

 

「これは………」

「どうしたよ?………ま、まさか俺の体を触ってるうちに発情!?マジかよ、フィっつぁん」

「ち、違っ!?」

「でも、ごめん。いくら俺でもフィっつぁんは無理。ホント無理。ロリババアに興味はない」

「酷ッ!?………って、そうじゃなくて!」

 

リっつぁんと違い、この手の冗談を受け流す事が出来ないフィっつぁんは本当に面白いなぁ。まあリっつぁんの場合も受け流すようなことはせず、威力を10倍にして返してくるけど。

 

「鈴木くん、ここ最近、また何かあったでしょ?」

 

落ち着きを取り戻したフィっつぁんは、今度は医者の顔をしてそういった。

何か、ね。まあ確かにあったけど、とても言える事じゃねーし。

 

「んー、まぁあるにはあったけど。なんで?」

「筋肉が強張ってて、体が凄く疲れてる。この前会った時と違って、顔色もちょっと優れないし」

 

ほへ~。流石はお医者さんだね。あれか、触診ってやつか?確かにここ最近はかーなーりハードだったからな。何度死ぬかと思ったか。

 

「やっぱり、また喧嘩してたんじゃないの?」

「だから違ェての。俺もいい年なんだし。フィっつぁんとは違って、あの頃よりも成長してんだから」

「もうっ、すぐそうやって!でも、その金髪白ジャージを見てる限りじゃあ、全然変わってないように見えるけど…………どうであれ疲れてるのは事実だから」

 

と、フィっつぁんがおもむろに俺の手首をガシっと掴んできた。そして、その顔はどういう訳か満面の笑顔であり、どういう訳か嫌な予感がひしひしと襲ってくる。

俺の今までで培われた経験が、この場を去れと強く訴えかけてきた。

 

これ以上、フィっつぁんと居たらマズイ!ここは彼女のテリトリーなんだ!

 

「あ、あー、フィっつぁんよ、そろそろ仕事に戻った方がいいんじゃね?ほら、フィっつぁんて優秀なお医者さんだから何かと忙しいだろうし」

「ありがとう。でも大丈夫、今休憩時間だから」

「あ、そう?じ、じゃあどっか飯食いに行く?すぐ近くのカフェに美味しいココア出す店があんだよ」

「それはとても魅力的だけど、それよりもまずやる事が出来たから」

 

嫌な予感度がマッハなんすけど。この会話の流れとフィっつぁんの表情は、過去何度か見たことがある。そして、その過去からの統計を考えれば、きっと次に彼女が吐く言葉は…………

 

「整体マッサージしてあげる♪」

 

やっぱりかあああああ!!

 

「い、いいいや、遠慮しとくよ。俺、全然元気だし!それにホラ、今ちょっと持ち合わせが」

「私と鈴木くんの仲なんだから、お金なんていらないよ。さっ、行きましょう!」

「ちょ、マジで勘弁して!?」

 

フィっつぁんの整体マッサージは確かに素晴らしい効き目がある。してもらった後なんてホントに体が軽くなっかのように疲れが吹っ飛んでる。けど、マッサージの最中はマジでパネェほどの地獄の痛さなんだって!

 

「久しぶりだから、腕が鳴るな~」

 

こんな細腕のどこにそんな力があるのか、俺はぐいぐいと引っ張られていく。

 

これだよ、これがあるからここの病院は嫌いなんだよ!いつも気弱なフィっつぁんが、唯一強気になる場所がこの自分の勤め先。外で会う分にはまるで問題ないフィっつぁんも、ここではこうなるから会いたくないんだよ!

 

「今日は力いっぱいやってあげるね」

「いーやーだー!」

 

ドナドナ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな溜息を吐くと、外気との温度差で息が白く染まる。タバコを吹かすと、暖められた部屋内で吹かすよりもより白い煙が多く出て行く。

もう本当に冬なんだなと思わせる現象だ。気温も相応に低く、厚手のコートを標準装備する頃合だ。だと言うのに、俺は見てる方が寒くなるようなジャージ姿である。唯一身に着けている防寒具はマフラーのみで、しかもそれは、とてもそれだけじゃ寒さを凌げないような頼りない質素な物。

そんな冬上等な格好の俺だが、しかし体温は反比例して高かった。かなりホってっている。

 

(あ~、痛かった)

 

今は気持ちよくて暖かいが、その為に払った代償は本当に痛かった。フィっつぁんのマッサージは相変わらず凶悪だったのだ。

確かに今現在は気持ちいいが、マッサージされてる間はまさに地獄。人体からそんな音が鳴っていいのか疑問に思うほどバキバキいってた。マジで涙目だった。

 

これでエロイベントの一つでもあればまだ救われるのに、フィっつぁん相手にそれは酷すぎる。背中を指圧される時、可愛いお尻がポテっと腰に乗っかって来たが嬉しくもクソもねぇ。あれが仮にシャマルだったら、その艶かしい肉厚のお尻が乗っかってきた瞬間ヒートエンドするだろうが、フィっつぁんのような幼児体系じゃあ骨の感触しかなかった。まことに残念だ。

 

「ハァ………」

 

もう一度大きく溜息。白い吐息が数瞬漂って消える。それに伴い、俺の思考も病院の出来事から今現在にシフトチェンジ。

 

「さて、これからどうすっかね」

 

一人ごちる。

すでにはやてとシグナムとは別れた。なんでも図書館に行くとか。誘われたし、シグナムとのデートは惜しいが、そんな辛気臭いとこ行きたくもないので丁寧かつ乱暴に断った。よって今は一人、はやての家に帰りながら思考に耽る。

 

「ホント、どうするかね、いろいろと」

 

それはこれからどこに行こうか、というものじゃなく。

今の、この現状。ここ最近、とみに考えてる事がある。

 

この茨の道をどうやったら踏破出来るか。

 

「マジ、このまま行くと遅くともはやての命より俺の命が先にデスるからな」

 

うちの奴らが管理局に組した数日前から今日まで、幸運にもまだ鉢合わせにはなっていない。だから生きてる。こうやって自分の足で歩いている。しかし、それは本当にただの幸運の産物であり、この奇跡が今この瞬間終わっても何ら不思議ではない。

 

「まー、だったら出歩かずヒッキーになっときゃいい話なんだろうけれど」

 

悪ぃが俺はそんなお行儀よくないし、また賢くもない。1秒後に死が待っていようとも、0.9秒後まで俺は俺の意思で好きなように生きる。

我ながら救えない馬鹿とは思いつつ、馬鹿だから考え直すこともなくいつも通り。

 

しかしながら、だからといって事前準備や対抗策をガン無視するような自殺願望者でもない。

 

「どうにか戦力アップ出来ねーかなぁ」

 

目下の課題がこれ。

 

現在、向こうさんの戦力は管理局の団体さんとうちの騎士たちと隣人たちとなのはたち仲良し3人組。総数は……いっぱい。

対するこちらは俺とフランとシグナムとシャマルとザフィーラとヴィータ。総数はギリギリ両手。

 

うん、どう足掻いても絶望。

 

「やっぱ面倒だけどはやての奴に魔法教えて戦力にするか?」

 

フランの話によれば、はやてもかなりの魔力保有者らしい。フランと同程度とか。ならば今から鍛えて僅かばかりの戦力の足しにするのもありっちゃありだが、おそらくというか絶対シグナムたちが賛成しない。

 

「そもそも今更ちょっと強い奴が一人味方になるくらいじゃあ、形勢は微々すら変わらんだろうしなー」

 

喧嘩慣れもしていないガキなら尚更だ。

ならば次案としてはシグナムたち個々の地力アップ。うちの奴らがあんだけ進化したなら、オリジナルにだって可能性は十分にある。……あるにはあるが。

 

「時間がねーよ」

 

もともと強ぇ奴ってのは、そっからもう一つ上にいくには少しの切欠と時間が必要だ。うちの奴らが大よそ半年。つまりオリジナルもそれだけ掛かるとすると、どう考えてもその時には俺は死んでる。それじゃ意味がない。よって却下。

 

最終案。───うちの奴らレベルの、誰の手垢もついてない化け物クラスの新規魔導師の加入。

 

「シグナムのような個の極致か、夜天みたいな災害レベルの魔導師落ちてないかな~」

 

冷静な俺が頭の片隅で「ねーよ」と突っ込みを入れてくる。

ええ、分かってますとも。ここに来てそんなご都合がありゃあ苦労しない。むしろそんなご都合があるなら、俺自身がもっとパワーアップするようなご都合が欲しい。耐久力と生命力と運にステ全振りしたようなパワーアップが。

 

「ピンチになったら覚醒、俺強ええ、女たちを助けてハーレム一直線!……これだろ、普通は。『きゃー、素敵っ!』とか言われてーわ。なのに何で『ぎゃー、助けてっ!』て言う側になってんだよ」

「なんだ、主。ヒーロー願望でもあるのか?」

「うお!?」

 

周りに誰もいないと思って恥ずい事垂れ流していたのに、いつの間にか一人のガキが俺の横を歩いていた。

 

「びっくりさすなよ、誰かと思ったじゃねーか」

「うむ、それはあい済まぬ」

 

俺を主と呼ぶ者の中で今現在命を脅かさない奴、フランがそこにはいた。

 

「お前、いつからいたんだよ」

「ふむ?それはこうやって主の横に並び歩いた時か?それともストーキングしていた時も含めてか?」

「………両方回答しろ」

「前者はほんの十数秒前だ。後者はクソ小烏と腐れメロンを伴って家を出て行った時からだ。いや、しかし今回初めてストーキングをしてはみたが、やはり我には合わぬな。多少の興奮があったのは否めぬが、それ以上にストレスよ。それに比べてこうやって主の顔を見て会話をするというのは、うむ、それだけで絶頂よなあ!!」

 

命は脅かさないが、世間体とかを脅かす存在だった。

そういうのを気にしない俺ではあるが、何事にも限度はある。

 

「フラン、家の中では許す。この際もう諦めて許す。だが外では痴女るな!」

「何を言うか。我は衆人観衆に晒されて悦を覚えるような痴れ者ではない。主にのみ愛を晒して悦を覚える高貴なる王よ!」

「時と場所を弁えない奴は、その対象が誰であれ痴女なんだよ!!」

「ならば痴女上等!」

「開き直んな!!」

 

腰に手を当て胸を張る変態王。その姿だけ見れば威厳もあるんだけどな。

 

「開き直ってはない。最初から我はもろもろ開きっ放しよ!」

 

口を開けばコレだ。

 

「……帰ろう」

 

この場でこいつと会話し続けるのは危険だ。今はまだ人通りがないからいいものの、誰かに聞かれようもんなら即通報されること必至。

俺は興奮冷めやらぬ、というか常時平常運転が興奮状態のフランを置いて一人家路に着こうと足を速め───── 

 

「戦力の追加、可能ぞ」

 

そんな言葉に驚いて足を止め、呆然とフランを見やった。

 

「は?今、何て……」

「現状の心もとない戦力の底上げ。それが主の望みなのであろう?その望みに対する我からの答えとしては、可能という言葉を送る」

 

あまりに突然で振って湧いたような奇跡の現実をもたらす言葉を紡いだのは、つい先ほどまで変態の名を欲しいままにしていたフランだった。

 

「マ、マジか!!??」

 

俺は驚きと怪しみと嬉しさがない交ぜになった気持ちのまま、思わずフランの両肩に力強く手を置いて揺さぶる。

もちろん、そんな事すればコイツは悦ぶのは目に見えていたし、実際現在進行形でこの目に見ているハメになっているが今は捨て置く。

 

「嘘じゃねーだろうな!?ぬか喜びさせて、その後絶望させるとか、そんな理みたいな事しねーよな!?」

「主に対して嘘は付かぬし、主の真の喜びに貢献する事こそ我が望み。何を持っても優先される事」

 

そう言うフランの顔は多少悦びに染まっているが、それでも多数を占めるのは自信の色。淡く優しい笑みを浮かべる今のコイツは、まさしく王と呼ぶに相応しいものだ。

 

「主の独り言を聞いていたが、察するに戦力向上の案として個々の強化か強力無比な魔導師の加入なのであろう?前者は我個人はともかく、騎士どもはまず無理だ。とても間に合わん。だが後者については、我に用意するすべがある」

「マジか!」

 

今度こそ本当に俺の胸中は喜びの色となる。しかし、どうしてか言ったフランの方が一転、険しい顔つきになっている事に気づく。

 

「なんだよ、その顔。もしかして問題でもあるのか?」

「うむ、大アリだ」

 

真面目な顔でフランは続ける。

 

「我に用意するすべがあると言ったが、正確にはそこへと至る道と道具は用意出来る。しかし、それをどう歩み、どう使うかは主次第」

 

新規魔導師の追加という事だから、つまり交渉のテーブルと積む金はフランが用意するが、そこでの話し合いは俺がやるってこと?

 

「面倒だけど、まあしゃーないな。けど問題が有るってどういう事よ?その魔導師が堅物とか?」

「ふむ、堅物と言えば堅物だな。筋金入りの引き篭もりゆえ、普通ならまず無理だ。といか問答無用で破壊される。……しかし、主ならば九割九分問題なかろう。忌々しい事に、な」

「よー分からんが、じゃあ何も問題なくね?」

 

むしろ九割九分をご破算にするほうが難しいぞ。流石の俺も自分の命の安全の為なら交渉でも多少の妥協はするし。

 

「そうよな、そちらに問題はない。問題があるのは我の方だから主は気にするでない。……ハァ、出来れば提案しとうなかったが、是非もなしか」

 

らしくもなく、何故かガックリと項垂れるフラン。普段の不遜で変態なコイツらしくない様子に思わず首を傾げる。

 

「お前、そこまで嫌なら黙ってりゃ良かったじゃん。いや、言ってくれてこっちは助かったけどさ」

 

俺だったら例え相手がシグナムだろうが夜天だろうがシャマルだろうが、自分に害ある提案はしない。メリットとデメリットをきちんと考えた上で行動する。……まあ出来てない時が多いけど。

 

そんな俺の思いに、しかしフランはまるで誇るように胸を張って言う。

 

「知れた事。何度も言うが、我は主に対して嘘を言う気持ちは一片もない!そして主の喜ぶ顔が見たい。主の悲しむ顔は見とうない。そうする為に、あるいはそうしない為に我に出来る事があるなら全身全霊を持って事に当たる!主の為に何かしたいし、それが出来るのならば、それに伴う自身への害悪など些細な事よ。……時には傷つきもしよう、憤りもしよう、後悔もしよう。されどもそれ全てが愛しき主の為ならば、我の気持ちは欣幸一色となり溢れんばかりに満ち足りる」

「────」

 

天下の往来で、何の恥ずかしげもなく胸のうちを語るフランに俺は返す言葉も出てこなかった。俺自身も恥ずかしいという気持ちさえない。……いや、ちょっとだけ恥ずかしい。その男らしいとも言える堂々とした佇まいに少し見蕩れてしまった自分が恥ずかしい。

 

(……なんつうか、ギャップが激しいつうか、言ってる通りホント俺だけには正直つうか)

 

思えば八神家で初めてコイツと会った時。変態発言やガキらしからぬ冷たい態度も見られたが、それと同じくらい泣いたり、怒ったりとガキらしい態度も見せていた。

俺に対して「全ての我を曝け出す」とか何とか言ってた気がするが、まさしくだ。

 

良いとこも悪いとこも惜しげもなく見せるフランの根底にあるのは、間違いなく俺に対する『好意』。

 

そう思うと、まあ、なんだ。ガキからとは言え悪い気はしねえ。

 

「見直したぜ、王様。ぶっちゃけちっと見蕩れたわ。いい男っぷり……いや、いい女っぷりだぜ」

 

俺は自然に笑顔で、初めてフランの頭を優しく撫でてやった。俺の意外な行為に対するフランは目を丸くして驚いている。その顔は中々にガキっぽく無防備で可愛い。…………いや。

 

可愛かった、だな。うん、すでに過去形。

 

「………キタ」

 

何か小さく呟いたと思った瞬間、フランは顔を伏せると同時に撫でていた俺の腕を鷲掴みした。そして踵を返すと突然歩き出す。残っている手にはいつの間にかスマホが握られており、何かを検索している様子。

 

「お、おい、どうしたよ?」

 

俺の言葉に答えるためか、それとも何かの検索が終わったのか、程なく「ぐりん」と音が付きそうな勢いで顔をこちらに向けた。その表情は、なんと言うか蕩けきっており………ん?瞳の中にハートが見えるぞ?

 

「結婚だな!結婚の返答で良いな良いだろう!?さあ行こう。どこへとな?もちろんイタしにだ。今しがたホテルの場所は検索した。ここから一番近くて徒歩20分だが飛んでいくか?それともいっそここでか?いやいや初夜は流石にベッドの上が良いな。いや待て我はベッドだが主は敷き布団派か?ならば一回戦は和風、2回戦は洋風と洒落込もう。ああ、もちろん式も挙げるがまず初夜だ。順序が逆になるがまるで問題ないであろう。おっとその前に家に置いてある婚姻届を提出しなければ。すでに必要事項は記載済みゆえ後は判子を押せば良いだけだ抜かりはない。帰ったついでに家の連中はどこぞの小屋にでも放り込んでおくか。新婚は二人きりでなければな。もちろん後々子は作るぞ。一姫二太郎が理想というが我としては何人でもかまわん。いや待てそもそもこの体は子を成せるのか?まあ試してみれば良いだけの話か。というかもう辛抱堪らんからさっそく1回戦の場へ赴こうか!!!!!!!!」

 

………ありがとよ、お前のお陰でいつも通りド汚いオチがついた。

 

この変態王が!!

 


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