フリーターと写本の仲間たちのリリックな日々   作:スピーク

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プレシア後日談 後編

「ぶっ殺すぞボケ!!」

 

部屋に大きな男の声が響き渡っている。その声を発している口は拳くらい丸のみ出来そうな程大きく開いていて、汚らしい唾まで威勢よく飛ばしている。野太いそれはいつもよりさらにドスが効いており、もうそれは怒声とかいうレベルではなく、その種類でもなく、ただの罵声であり恐喝。

形相も相応に厳しいもので、とてもアリシアやフェイトには見せられない。きっと、今の彼の顔を見れば怯え、ともすれば泣き出すかもしれない。

 

そんな男………ハヤブサ・スズキ。今の彼の頭の中を占めているのは唯一。

 

───金。

 

「ハァア!?テメェふざけてんのかよ、あ゛あ゛ん!?あんま舐めた事抜かしてっと歯ァ全部引っこ抜くぞ!いっぺん死んでから出直して来いや!」

 

端末を乱暴に操作し、空中に浮かんでいたウインドウを閉じた。映っていたのは私もかつて一度だけ見た事のある顔で、確か結構な地位にいる魔法界の闇の商人だ。

そんな奴を相手に見事なまでの啖呵を切るハヤブサを褒めればいいのか、それとも教えてもいない映像付きボイスチャットのやり方を自分で習得した事に感心すればいいのか……………。

 

人間、金が絡めばここまで力を発揮できるものなのかしら?この度胸と順応能力があれば就職くらいすぐに出来そうな気もするけれど……………それが出来ていないのは、やっぱりこの性格せいね。

 

「おいおいオバン、そんな額でホントに売れると思ってんのか?頭イッてんのか?年増の金なしに用はねぇんだよ!汚ぇツラ整形して脂肪吸引したあと30歳ほど若返ってから出直せカス!」

 

ハヤブサがお金大好きなのは嫌なほど知ってたけど、まさかこれほどとはね。確かにこれなら彼女なんて出来ないでしょうね。普通だったら確実に幻滅の対象ね。

ちなみに今の相手はどこぞの領主の奥方だったはず。

 

「ちょっと待っ………あー、もう、うるせぇうるせぇ!俺の言葉を聞け!いいか、俺は日本語なんだよ。に・ほ・ん・ご!!分かる?分かったなら日本語覚えてから出直せクズが!」

 

ぶつん、と、忌々しげに通信を切ったハヤブサだけど、間を置かずまた端末が鳴り響く。その様子に少しげんなりになっていた。

 

「はぁ……次から次へと満員御礼だよアリガトウゴザイマス。これがクソッタレな客じゃなきゃの話だけどなあ!」

 

どうやら私がここを離れてから30分と少し、ずっとこの調子で相手をしていたようだ。

私は辟易した様子で椅子に座っているハヤブサの隣に身を移し、彼の前に持ってきたお茶(リニス作)を差し出す。

 

「梃子摺っているようね」

「ん?ああ、まあな。ったく、嫌になってくるぜ。なんでこう腐った奴しか連絡して来ねぇんだよ」

「腐った奴にしか売れないし、そもそもあなたも腐ってるでしょ」

「ンだとコラ。俺のどこが腐ってるって?新緑のように煌びやかだっつうの」

「ふふ、減らず口を叩ける余力はまだ残ってるのね」

「はん!別に疲れてねーよ」

 

ハヤブサは引っ手繰るように私の手からカップを取ると、まだ湯気の立つ中身を一気に飲み干した。しかし、その熱さに思わずといった感じで咳き込む。猫舌というわけではないだろうけど、それでも熱さに瞳を潤わせるハヤブサの姿というのは中々新鮮で、なんだかずっと見ていたいような……………。

 

「熱さで苦しむ人様の顔見て笑うたぁ、お前はどこまでドSなんだ?」

「え?」

 

ハヤブサの言葉に反応して、手を頬に伸ばせば確かに緩んでいた。ふにふにと触ってみても、笑みの形は崩れない。

 

「えっと、あれ?」

 

なんで?別に笑ってるつもりなんてなかったのに。

ぺたぺたと自分の頬を訝しげに触る私を見て、ハヤブサも怪訝になっていたが、程なく皮肉げな笑い声を上げながらこういった。

 

「くくっ、わけ分かんねーやつ」

「………」

 

…………ふんっ。

 

「さってと、またお前がドSッ気を出す前に続きに取り掛かろうかね」

 

そう言ってカップを置くと、ハヤブサは面倒臭そうに端末に手を延ばした。

と、

 

《ちょっとウーノ、まだ繋がらないのかね?────ん?前を見ろ?おお、いつの間にか》

 

そんな声が聞こえてきたのは、ちょうどその時だった。そしてこちらが何も操作していないのに新たなウインドウが勝手に開き、そこに一人の男が映し出されていた。

 

《珍しいモノが売りに出されていると聞いてまさかと思ったけれど、やはり君だったか》

 

こびり付くような視線を放つ金色の瞳、人を嘲笑する事に特化したような口元、そして何者であろうと見下す事を前提にしている雰囲気。

 

「んだテメェ?」

 

男が映ったウインドウを睨みつけるハヤブサ。しかし男はハヤブサに一瞥もくれず、私に向かって含んだ笑みをただ浮かべている。

そんな男の態度が気に食わなかったのか、ハヤブサは食って掛かろうとしたようだけれど、その前に私が侮蔑の眼差しと共に言葉を発した。

 

「Dr.スカリエッティ………ジェイル・スカリエッティ!」

 

私はその男を知っていた。

 

《これはこれは。あのご高名なテスタロッサ女史に名前を覚えていただけているとは恐悦至極》

「私の方こそ、かの天才科学者であり次元犯罪者でもあるあなたに名前を覚えてもらってるなんてね。しかも、私の端末にハッキングまでしてくれるなんて」

《無作法なのは百も承知だったが、まあ大目に見てくれたまえ。私の研究がその後どうなったのか、気になっていたのでね》

「嘘ならもう少しマシな嘘をつくことね。欠片も気になっていないくせに。………一体なにが目的─────」

「おーい、ちょっと話し止めてもらっていいッスかね~?」

 

私とスカリエッティの会話の雰囲気はとても割って入れるようなものじゃなかったのに、そんなものお構いなしに強い語調でずかずかと割って入ってきたハヤブサに、ここに来て初めてスカリエッティが彼を見た。

 

ハヤブサはこんこんと机を指で叩くと、誰から見てもムカついているだろうと分かる声の調子で喋り出す。

 

「プレシアよぉ、昔話とか雑談すんなら他所でやってくれや。うざってぇんだよ。それと、おいそこのオレンジ君。テメェ、俺をガン無視たぁいい度胸してんじゃねーか。お?その上から目線を今すぐ止めねぇと髪の毛毟り剥ぐぞ?で、こっちにコンタクト取って来たって事は買う意思があるってことなんだろうな?仮に買う意思もないのに、ただ俺の貴重な時間を消費させるために通信してきたってんならマジでぶっ殺してやんぞ、ええオイ?」

《………………》

 

流石のスカリエッティも、初対面でここまで暴言を吐かれたのは初めての体験なんじゃないかしら?ハヤブサのあまりの物言いに茫然と沈黙してるし。

 

「どうなんだよ、黙り決め込んでんじゃねーぞ?買うのか、殺されてぇのか、どっちだ?はっきりしろやキモロン毛」

《…………ク、ククク、あははははは!まさか私が他人の欲の強さに当てられ、閉口してしまうとは!アンリミテッドデザイアが、これじゃあ形無しだよ》

 

同属という事なのか、スカリエッティはたったそれでけのやりとりでハヤブサの強欲に気づいたようだ。

 

「いちいち独白してんなよボケ。お前が発する言葉は『買う』もしくは『殺して下さい』なんだよ。どっちも嫌ならさっさと引っ込め」

《ククククッ。いやいやいや、これは中々どうして》

 

ジェイルの喜悦に歪んだその顔の意味はなんだろうか。そこにはどんな真意が含まれているのか。

 

《ああ、勿論買うよ》

 

は?今、この男「買う」って言った?それが目的でコンタクト取ったわけがないはずなのに、一体どういうつもり?どんな心境の変化?

通信の向こう側にはスカリエッティ以外にも誰かいるようで、『Dr、どういうつもりですか!?』なんて声が小さく聞こえるし。

 

「よし、それでいいんだよ。それで、いくらくらい出せ────」

「ちょっと待ちなさいスカリエッティ。あなた、一体なにを企んでるの?」

 

ハヤブサが早速交渉に取り掛かかろうとするのを手で制し、私は画面の男を睨みつけた。しかし、男は心外だと言わんばかりの顔を作り、そして睨み付ける私を前に事も無げに言った。

 

《企む?私が?》

「そうよ。でなければ、あなたがこの庭園を欲する理由なんて─────」

「プレシア?ちょい黙ってな」

 

脛を蹴られた。ゴツン、と。ハヤブサに。

 

「~~~~~っっっ!?な、なにするのよ!!!}

 

加減なしのその蹴りをもらい、涙目になって訴える私にハヤブサはしれっとしていた。

 

「アホか。相手の事なんてどうでもいいだろうが。この取引を他言せず、金をバカのように出してくれるやつなら誰でもいいんだよ。それが例え犯罪者だろうが、結果この庭園が良からぬ事に使われようが知ったことか。金さえ貰えれば、俺はそれでいい」

《その取引相手を前に臆せず隠さず、何とも豪胆な物言いだね?》

「俺ぁ正直者なんでね」

 

ハヤブサの態度にとても愉快そうに顔を歪めるスカリエッティ。

対して私は呆れてものも言えない。この馬鹿が馬鹿なのは今に始まったことじゃないけれど、それでも今回は相手が相手なのよ。とても黙って見守ることなんて出来ない。

 

「あのねハヤブサ、この男はとても危険なのよ。こいつは違法な技術であるクローン製造『プロジェクトF』の基盤を作り、自身もアルハザードの技術によって生み出された存在。今も何をしてるか分かったもんじゃないわ!」

 

フェイトを生み出すことが出来たのはこの男のお陰とも取れるし、それに私がアルハザードの存在を信じる切欠になったのはこの男の存在だが。

それでも……いや、だからこそ、この男の思考は危険だ。

 

《これはこれは。私のトップシークレットまで把握済みとは、驚きの極みだよ》

 

ちっとも驚いていない顔で、むしろ愉快だと言わんばかりの顔で言うスカリエッティに、私はもう一度睨みを効かせる。

そして、そんな私の話を聞いたハヤブサもちっとも驚いた顔をせずに言った。

 

「ふ~ん。そりゃ驚いたな~。びっくり。で、いい加減交渉に入りたいんだけど?これ以上邪魔すんなら出て行けよ」

「あ、あなた、私の話をちゃんと………!」

「っせぇな。聞いてるっつうの。てか、お前こそ俺の話聞いてたか?俺は、相手の事なんてどうでもいいんだよ」

「~~~っ!!!」

 

ああ、もうっ!

この男は本当に未来も過去も見ないで、今だけを見て生きてる。頼もしい気もするけれど、腹も立つわ。

だから、もうこう言う他ない。

 

「………勝手になさい。どうなっても知らないから」

「お前に言われるまでもなく、俺は生まれた瞬間から勝手にしてんだよ。そしてこれからもな」

 

はぁ……。本当に、腹を立てていいやら笑っていいやら。

取りあえず苦笑の一つだけでも返しておいた。

 

《話はまとまったようだね。結構結構。テスタロッサ君も安心したまえ。私は本当に何も企んでいないよ?まあ、言っても信用出来ないだろうけれど》

「当たり前じゃない」

《ふむ…………なら、その庭園をそちらの言い値で買うと言ったら、少しは信用を得られるだろうか?》

 

その発言に食いついたのは私ではなく、もちろんハヤブサだった。

 

「言い値!?おい、そりゃマジか!!」

《もちろんだとも》

「売った!!」

 

即決ね………ええ、もう何も言わないわよ。好きなようにして頂戴。

諦めの溜息を吐きながら肩を落とす私には、嬉々として大金を抱える未来のハヤブサが幻視された。しかし、その幻視を打ち消す声が意外な所から聞こえてきた。

 

《Dr、何を考えてらっしゃるのですか。いい加減、戯れはお辞め下さい》

 

スカリエッティが映っていた画面の端に、一人の女性が映りこんむ。その声はさきほど少しだけ聞こえてきた声と同様のもので、どうやら彼女もスカリエッティの言動を訝しんでいるようだ。

 

《なんだい、ウーノまで。私に他意はないよ。ただ欲しいものを手に入れたいだけなのだよ………欲しいものを、ね》

《それを私にも信じろと?》

《おやおや、実の娘のような子にまで疑われるのは心外だな》

 

女性は最後までスカリエッティの胸の内を探ろうとした目を向けていたが、私同様諦めたのか、溜息を吐くと画面から姿を消した。

今なら彼女といい酒が飲めそうよ。

 

《さて、これで外野は静かになった。ハヤブサ君、だったかな?それじゃあ続きを…………ん?どうかしたのかい?そんなに口をあんぐりと開けて?》

 

スカリエッティの言葉を聞いてハヤブサの方を見れば、確かに口を阿呆のようにおっ広げていた。視線は変わらずずっとスカリエッティが映っている画面を向いてはいたが、心ここに非ずで、まさしく放心状態だった。

そんなハヤブサを見ていると、何だろう、とてもとても嫌な予感がする。それはもう頭を抱えたくなるほどに。

 

「Dr.ジェイル・スカリエッティ」

《どうかしたのかね?》

「………今の女性は誰だ」

 

─────ああ。やっぱり。

その一言でハヤブサが何を考えているのか分かるほどには、私はハヤブサの事を分かっている。

 

《今の?ああ、ウーノの事か。彼女は私の秘書のような、助手のような存在だよ》

「実の娘のような、とも言っていたな」

《ふむ、まあ間違ってはいないかな。正しいともいえないが》

「じゃあ、先ほどの女性とあんたは特別な関係ではないんだな?親しいけれど、別に恋人とか妻じゃあないんだな?」

《恋人、妻か………そういう煩わしいものは持たない主義でね》

 

ああ、あのハヤブサの表情…………『キターーーーーーーーー!!!』とでも言って今にも飛びはしゃぎそうなほどの顔。

本当にこの男は………本当にこの男はっっ!!!

 

「ジェイル、あんたに一つ頼みがある!」

 

いきなりファーストネームで呼び始めたわね。

 

《なにかな?》

「さっきの女性、俺に紹介してくれ!!!」

《は?》

 

管理局がこの場にいたら、きっととても驚いていたでしょうね。あのジェイル・スカリエッティをこれほどまでに唖然とさせているのだから。隙がありありなのが映像越しでも分かるわ。

 

《しょ、紹介かい?》

「おうよ!なんだよ、ジェイル~、水臭ぇな~。あんな綺麗な人がいるならさっさと言ってくれりゃあ話は簡単に済んだのによ?いやぁ、最初は悪かったな、喧嘩売るような事言っちまって。まっ、水に流せや」

 

最初の態度はどこへやら。

ハヤブサはだらしなく目じりを下げ、鼻の穴を膨らませていた。そしてスカリエッティにこの馴れ馴れしさ。

驚きと怒りと呆れで、私の胸中がぐつぐつと煮えたぎる。ハヤブサの顔を見ていたら、無性にその横っ面を殴り飛ばしたくなってきた。その理由までは不明だが、そんな理由などどうでもいいくらいに。

 

理不尽?知ったこっちゃないわよ。

 

「もしウーノさん紹介してくれんなら、こんなボロい庭園なんて原価の9割増しくらいで売ってやんよ」

《………それは喜ぶべき事なのかな?》

「当然だろう?俺の考えてた言い値は原価の10倍だぜ?」

《す、素直に喜んでおくよ》

 

と、そこでふと唐突にスカリエッティが顎に手を当て考え込んだ。そして少しした後、先ほどまで浮かべていた愉快な表情がさらに色濃くなった。

 

こいつ、何か良からぬ事を思いついた。

 

誰もがそう思うような表情だ。

 

《時にハヤブサ君》

「んだジェイル?」

《どうやら君はお金だけじゃなく、女性にも業が深いようだね》

「まあ………それほどでも?」

 

な~にが「それほどでも?」、よ!あんた程の清さと汚さを併せ持った女性好き、今まで見た事ないわよ!

 

《そこで相談なのだがね。どうだろう、その庭園、原価の2割増しくらいで売ってはくれないかな?》

 

その言葉を聞いて少しだけ怒気を孕んだ顔付きになったハヤブサだけど、それも次の瞬間には含みのある笑顔を見せた。

 

「ぶっ殺されてぇか…………と、本来なら真っ先に言ってるところだが。まずは聞いておこう………その心は?」

《実はね、ウーノの他にもまだ6人ほど娘達がいるのだよ。さらに娘達はまだまだ増える予定でね。12…………この数字が何か、日本人である君ならもしかしたら分かるんじゃないかな?まあこの場合、『シスター』ではなくどちらかと言うと『ドーター』になるがね》

「─────────うしょ………」

 

嘘、と、そんな二文字も口で発せないほど驚いているハヤブサ。

これほどのハヤブサの驚きの顔を始めて見た。けれど、私は別に嬉しくも何ともなく、むしろやっぱり腹が立った。

 

「リ、リアル『シスプリ』、だと?…………ははは、いや、まさかそんな。今のこんな荒んだ現実にそんな贅沢があるわけがねぇ。こんな腐った世ん中で、腐った人間が跋扈する現実で、そんな素敵現実あるわけが……………ジェイル!俺を騙そうたってそうはいかねーぞ!!」

 

口ではそうは言ってるものの、腐った人間筆頭であるハヤブサの顔は明らかに期待の色が強く出ていた。

 

《フフフフフ…………では、これを見てもまだ信じられないかね?》

 

ジェイルが画面の向こうで、バッ、と手を横に一度振ると、画面からスカリエッティの姿が消え、代わりに7人の女性の顔写真がずらっと並んだ。

一番左に映っているのは先ほど見たウーノという女性。その横に順に見知らぬ女性の顔が並び、各々の顔の下に『ドゥーエ』『トーレ』『クアットロ』『チンク』『セイン』『ディエチ』と、名前らしきものが書かれてある。

年齢はそれぞれ違うようだが、それでも全員が大なり小なり女性としての魅力をどこかしらに持っているのが映像だけで分かる。綺麗、可愛い、そのどちらかが全員に当てはまる。

 

(けれど、この子たち…………)

 

映像が鮮明だからなのか、それともフェイトという存在がすぐ傍にいるからなのか………この子たちは、『そういう子』なのだと漠然と感じた。

 

そう、この子達は『人間』じゃない。

 

「スカリエッティ………あなた、やっぱりまだ生命操作の研究をし続けていたのね!そんなものの果てには何もないし、あっちゃいけないのよ!それは分かっているでしょう!?」

 

私はいつの間にか映像に詰め寄り、怒気を孕んだ声でスカリエッティを糾弾した。自分の事を棚に上げ、それでも誰かが言わないといけないなら、私の他いない。

 

しかし、スカリエッティはどこも堪えた様子は無く、むしろ私に楽しげに反論した。

 

《おやおや、プロジェクトFの後継者とは思えない人の発言だ。初めて君に会った時は同じ研究者として多少なりとも尊敬の念を持ってはいたのだが、それが今では見る影もなくなっている。これだから、人間は………生命は面白い》

 

言外に「生命操作の研究をやめる心算はない」、そう言っているスカリエッティ。

私は歯噛みをし、憎々しげに画面を睨み付ける。反して、スカリエッティはそれがさも極上の娯楽のように私の言動を楽しんでいる。

一歩間違えば、私もこの男のようになっていたのではないかと思うとゾッとする。

 

「ジェイル」

 

そんな私の一歩を最後の最後で正してくれた男がここで口を開いた。そして、ダンッ、と机に両手を勢いよく叩き付けて身を乗り出したかと思うと、先ほど以上の一際大きな声で言った。

 

「ご紹介お願いします!!!!」

 

敬語だった。そしてきっちり90度な見事なお辞儀だった。指の先までピンと力が入っている。

 

先ほどの私とスカリエッティのシリアスなやり取りをガン無視し、己が欲望だけを簡潔に述べるハヤブサの姿に、私は殺意以上のナニカが芽生えるのを否定できない。

また、さしものジェイルもあの空気を跳ね除けてのハヤブサのこの発言には驚いている。

 

呆気に取られる私とスカリエッティを他所に、ハヤブサは映像をだらしない顔をして隅から隅まで丁寧に吟味するように見ている。

 

「マジかよ、みんな超可愛いじゃん!しかも今後はこの倍だと?一部ガキもいるけど、それはそれで可愛い顔してっし。ちょっとちょっとジェイル、お前一人でハーレム満喫するたぁ太ぇやろうだな!今度、お前んち遊びに行っていい?お泊りOK?今からメモるから住所教えて」

《ふはっ!まったく、君はどこまでも私の予測の斜め上をぶっちぎっていく反応をしてくれるね。…………ますます、ますますだ》

 

写真が並んだ映像の横に、スカリエッティが映ったウインドウが一つ出てきた。

私はそのウインドウをひと睨みし、そのまま次はハヤブサを睨みつけた。この能天気な馬鹿を。

 

「ハヤブサ、あなた、この子たちがどういう子か分かってるの?」

「どういう子って、そんなん美人で可愛い子、だろ?」

「違うわよ!………この子たち、フェイトと同じかそれに類する存在よ。人のエゴで造り出された、人に似ているけど人じゃない存在」

「あー………つまり、こいつらもクローンって事か?」

 

ハヤブサは私ではなく、スカリエッティに問いかけた。

 

《厳密に言うと少し違うがね。まあ、『人間じゃない』、その一点は正解だよ。生体部分もあるにはあるがね、それも私の技術により一般人とは規格が違ってしまってるし》

「くっ!スカリエッティ、あなた、人の命や体を何だと!!」

《研究者にその言葉は愚問だよ。それに、その言葉はそのままそっくり返そう、テスタロッサ君》

 

分かってる。こいつと私にはなんら違いがない。スカリエッティは大罪を現在進行形で犯し、私は犯した。

どうしたって私にスカリエッティを責める権利はない。けれど、言わずにはおれない。

 

私はまたスカリエッティに怒声を叩き付けようと口を開きかけたその時、

 

「プレシア、ちょいストップ」

「………なによ」

「そこから先は俺に任せな」

 

ハヤブサはポケットからタバコとライターを取り出し、一本咥えて火をつけた。紫煙が漂い、馴染みの臭いが充満する。そのお陰で、少しだけ気を落ち着けることが出来た私は、一度だけスカリエッティを睨んだ後この場をハヤブサに任せた。

ハヤブサが糾弾してくれるのを期待して。

 

「庭園は定価プラス1割でいいぞ。そん代わし、ちゃんと全員を俺に紹介しろよ」

 

儚い期待だった。むしろ分かりきっていた事だった。でも、こう言わずにはいられない。

 

「なんでそうなるのよ!?」

 

ああ、もう、なんで!?私たちの会話聞いてた?スカリエッティの人間性分かってないの?

 

「ちょっとハヤブサ、一体あなた何考えてるの!」

「なにって、そりゃお前─────」

「いい、やっぱり言わなくていい!そのだらしない顔見れば一発で分かったわ!あーもう、この男は!」

 

年甲斐も無く地団駄を踏みたくなるのを必死に抑え、頭を抱えながらハヤブサを見れば、ちょっと真剣な顔になった彼の横顔が目に入った。

 

「まっ、もしジェイルがお前がフェイトにやってたみたいに、鞭とか持って折檻してたらちょっと黙っちゃおけねーが、さっきのウーノさんの様子じゃそれはなさそうだし」

 

あ、相変わらず遠慮が無いというか歯に衣着せぬ物言いね。私の過去の過ちを普通に蒸し返すなんて。

…………真実だから反論できないけど。

 

「そして、俺はクローンだとか非人間だとかで差別はせん!俺が差別するのは『不細工』と『美人』だ!不細工は顔を背けろ!美人は笑顔で見つめて!」

《………………》

「………………」

「故に!その子たちが何だろうが、ジェイルの人間性がどんなだろうが、俺の中での一定のラインを超えないなら何も気にせん!」

 

改めて、重ね重ね。

私はここまで最低で、自分に正直な男を見た事が無いわ。ともすれば憧憬さえ抱くほどよ。

 

「つーわけでジェイル、商談成立って事でOK?はいOK。ンじゃ、さっそく細かい打ち合わせに入ろうじゃねーの。あ、住所教えてくれんなら今からそっち行ってもいいぜ?」

 

嬉々とした表情で私やスカリエッティを無視して場を進めていくハヤブサ。そんな彼を私もスカリエッティもただただ呆然とした表情で見つめているしかなかった。それから少しして、ハヤブサとスカリエッティの間で細かい取り決めがなされた後、ハヤブサは満面の笑みを携えながら部屋を出て行った。部屋に残されたのは私と画面に映ったスカリエッティ。

 

《テスタロッサ君》

「なによ」

《彼、面白いね。あんな人間初めてみたよ》

「まあ、愉快な精神構造はしてるわね」

《そうかね?私は、あれが人間の在るべき姿なのではと思ったよ。強欲にして無垢、鮮烈にして苛烈。方向性は違えど……………彼は、相応しい》

「え?」

 

それはどういう意味?

そう問い返そうとしたけれど、すでにそこにはスカリエッティが映っていた画面はなく、部屋は静寂で包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今から大掃除始めんぞ!!」

 

だ、そうよ。

 

事の経緯は簡単。

先の商談で、がめついハヤブサはさらに値を上げようとして最後の最後で一つの交渉をしていた。それが『売値プラス3%で新品同様のピカピカ状態でご提供します』というもの。スカリエッティも断ればいいものを、「じゃ、よろしく」といった感じで了承した。

しかし知っての通り、時の庭園は無駄に広い。馬鹿みたいに広い。とても一人で出来る広さじゃない。

というわけで、掃除機を片手に頭巾とエプロンを装着したハヤブサが、横一列に並んだ私達に向かって声を張り上げるという図が出来上がっているという事。勿論、そこには夜天の騎士たちもいるんだけれど、ハヤブサとヴィータたちって喧嘩してたんじゃなかったっけ?まあ、あのハヤブサだから、金の為なら喧嘩の後腐れなんて二の次にでしょうけど。

 

「なんであたしらが掃除しなきゃいけねーんだよ!」

「ガキどもは風呂掃除と窓拭きな。大人組はガキどものフォローも併せて全体的に。あ、ザフィーラは主にトイレ掃除。それとシャマルとリニスは食事係りね」

「聞けよ!?」

「魔法とか使えるもんはバンバン使って、さっさと終わらせちまうぞ~」

「だから聞けってんだろ!?」

 

ヴィータからの文句を華麗にスルーし、アリシアとフェイトの手を引きながらさっさと部屋を出て行くハヤブサ。それを見てライトと理が対抗心に燃えた瞳で彼の背中に飛び掛かっていった。

そんな光景を他の騎士たちが羨ましそうな瞳で見ているんだから、本当にハヤブサは慕われていると思う。本人がそれをどう思ってるかはしらないけど、私としてはハヤブサを妬ましくも感じる。アリシアやフェイトからあんな笑顔を引き出してるんだもの。

 

「プレシア、なにボサっとしてんだい。また隼にどやされるよ」

「ええ、そうね」

 

でも、やっぱりハヤブサには感謝の念の方が強い。こうやってアルフと普通に話せるようになるなんて、昔は想像もつかないのだから。

 

さて。

 

というわけで各々思うところはあるけど、それでもハヤブサの言う通りに掃除に取り掛かった。そして、それは始めてみれば中々楽しい。思えばここまでの大掃除は幾年ぶりかで、新鮮とまでは言わないけれどとてもやり応えを感じ、だから私はいつの間にか笑顔で取り組んでいた。

 

(フンフンフ~ン♪)

 

と、自然と鼻歌まで諳んじてしまうくらい。

けれど、そんなある種和やかなムードが長続きするわけが無いのが世の常。いや、この場合は『ハヤブサの傍にいる者の常』かしらね。

 

突然、爆発音が響き渡ったのは掃除開始してから僅か1時間の時だった。

 

「な、何事!?」

 

箒を投げ捨て、慌てて爆発音のした方角へと駆け出す。他の者も当然先の音は聞こえており、道中でハヤブサを先頭とした子供組や他騎士たちと合流し、彼と一緒にいたフェイトとアリシアを見て安堵した私だが、そこでふとその子供組みの中にライトがいない事に気づいた。

 

「ハヤブサ、ライトは!?」

「行きゃ分かる!きっと分かりたくない事もなあ!」

 

私たちは皆爆発音のした方角へ走っているわけで。そして、このハヤブサの疲れたような顔と、ここには居ないあのライトの性格を顧みれば、つまりどういう事かがおぼろげながら見えてくる。

果たして。

着いた先に見た光景は、ある一つの部屋、その中に置いてある機械の前でバルフィニカス片手に若干興奮気味に佇んでいるライト。そして、ライトの前には大型の機械が綺麗に真っ二つになって煙を上げていた。

 

「あ、主~~~~っっ!」

 

私達がやってきた事に気づいたライトは涙目でハヤブサに飛び掛るように抱きついた。けれど、横から出た理のハエを叩き落すような一撃でそれが叶わず、あと数mというところでライトは地面にハグ。

 

「なに当然のように主に抱きつこうとしてるんですか?末妹の分際で図々しいですね、ライト」

「なんだよ~、理のアホ!」

「あなたにだけは言われたくありませんね」

「へんっ。理のおたんこなす~、とうへんぼけ~、ろくな死に方しないゾ~」

「……いい加減にしないと怒りますよ?」

「怖くないもんね~。理のア~~~~ホ」

「……………カチ~ン」

「こ、怖くないもん!」

 

そう言ってライトと理はお互いデバイスを構え…………って、いつの間にか喧嘩に発展しそうになってる!?もう、なんでそうなるのよ!

 

「ライトも理も武器を仕舞いなさい!今は喧嘩なんかしてる時じゃないでしょ!」

「あぅ」

「ふん」

 

ライトはシュンとなってすぐにデバイスを消し、片や理は『何であなたの言う事を聞かなければならないのですか』といった感じだったけど、ハヤブサに拳骨をもらう事でようやくその牙を収めた。

 

「それで。ライト、いったいどうしたの?」

 

しゃがみ込んでライトに視線を合わせながら訊ねる。まあ、理由がなんにせよ、何をしたのかはもう何となくわかるけれど。

 

「ボ、ボクはちゃんと掃除してたんだよ?で、でも、そしたらあの機械の隙間から、く、黒くて変なモノが出てきて…………」

 

黒くて変なモノ?

首を傾げる私たち一家とは対照的に、ハヤブサ一家には心あたりがあるのか『なるほど』という顔になった。

 

「ああ、アレ」

「アレ、か」

「アレですかぁ」

「ふむ、アレか」

「まっ、アレならしょうがねーか」

「アレが相手なら、ライトにも情状酌量の余地は十分にありますね」

 

アレ、アレと連呼する騎士たちの顔はどこか苦々しい。

 

「ちょっとハヤブサ、『アレ』ってなによ?」

「ん?ああ、ゴキブリの事だ」

 

ゴキブリ?

 

「あれ?知らね?魔法世界にはいねーのかな………いや、でもさっきライトが見たっつってたし。地球産?まっ、なんでもいいか。お前らもこれから地球に住むんだ、すぐに見れるさ」

 

皆の様子を見るに、あまり見たくはないけどね。

まあ、でもライトに怪我がないようで良かったわ。その黒い変なモノを斬ろうとして機械まで両断したのは頂けないけど、どうせ備え付けの機械なんてここと一緒に売るんだから、別に壊れてても私に不都合は…………………………………待って。

 

私はある事に気づき、恐る恐るという調子で一歩一歩ゆっくりと壊れた機械のほうへ進む。「まさか」「そんなはずは」、そう思いながら。

 

「あ、あー………」

 

思い叶わず。

目の前の両断された機械、そしてその中で一つのボタンが赤く光輝いていた。そのすぐ脇に小さい画面があり、そこに映っているのは『ALERT』の文字。

 

「どしたよプレシア?……ん?アラー、ト?」

 

いつの間にかハヤブサが私の背後に立っていた。そのハヤブサに向かって私は引きつった笑みを浮かべながら振り返った。

 

「ちょっとピンチ」

「は?」

「わ、私が設定しておいた庭園の迎撃機能………誤作動しちゃった、みたい」

「………は?」

 

その言葉がまるでスイッチになったかのような絶妙なタイミングで事が起こった。

部屋中に突然現れる大小様々な魔法陣。そこから吐き出される大小様々な傀儡兵────ゴーレムが部屋を満たす。そして、その現象はきっと今この庭園中で起こっている。

 

「………………」

 

突然の出来事にこの部屋にいる皆が呆然とする。そんな私達を無機物の傀儡が意に返すわけもなく、冷たい鎧に包まれたそれらは一歩前へと進み出た。それが私達の意識を返す引き金となり、各々が慌てたりデバイスを出したりと行動に移す。

 

「主、こやつらは何ですか」

 

皆の代表のようにシグナムがハヤブサに伺うが、勿論ハヤブサが分かる訳も無く、だから当然私が答えた。

 

「こいつらは魔導の力で造られた傀儡兵よ。本来はこの庭園の迎撃機能として置いておいたんだけど、ライトがその制御を一括するメインコンピューターをぶった切ったお陰で暴走したみたいね。こいつら、どういうわけか私達を殲滅する気まんまん」

「……止める方法は?」

「少し時間を貰えればシャットダウンできるけど………」

 

そんな時間、貰えそうにないわね。眼前の傀儡兵には思考力なんてものはなく、だから目の前の相手に襲い掛かるのに躊躇いは無い。躊躇いが無いから、止まる事も無くただただ攻撃あるのみ。後の先はなく、後の後もなく、兎に角先の先。猪突猛進。

 

「つまり壊せばいいわけですね?」

 

そう言って向かってくる傀儡兵に自ら一歩踏み出したのはハヤブサ家一の狂少女、理。

デバイスを顕現させ、器用にくるくると回すとそのまま肩に担ぐような形に持っていく。

 

「魔導人形か……ちょうどいい、お前らのような相手はまだ"知らなかった"。ここで『経験』させてもらおう」

 

理とほぼ同時にそう言ったのはリッターの将、シグナム。

獰猛な瞳でデバイスを構えている姿はまさに烈火の剣神。最近じゃ焚き火の将なんて言われてるけど、でもその腕は確か。

 

「境地、鍛錬、神髄──我が魂の音。主、どうぞ後ろでごゆるりとお聞きください」

 

フィンガーレスグローブを嵌めながら女神のような笑顔をハヤブサに向ける夜天。

穏やかな顔で一度だけ虚空に拳を突き出す姿は堂に入っている。そしてその拳の恐ろしさを私は身を持って知っている。いえ、おそらく今はあの時以上に力をつけてるわね。

 

「ハッ、鉄くず如きが何体束になってかかってこようとも結果は同じっつうこと、分からしてやんよぉ」

 

獰猛に、しかしどこか楽しそうに笑い、自慢の鉄槌を構えるヴィータ。幼い見た目とは裏腹に、シグナムや夜天に勝るとも劣らない戦闘力は文句のない折り紙つき。

それにしてもヴィータの言動、ハヤブサにそっくりね。元からなのか、影響されてしまったのか。

 

「こんな狭い所で『アレら』を使うわけにもいかないし……ふぅ、私自身は戦闘、苦手なんだけどなぁ」

 

私の鞭捌きが霞んで見えるほどの指捌きで、華麗にクラールヴィント振り回すシャマル。

戦う料理人の姿がそこにはあった。今度から彼女のことは『ケーシー・ライバック』と呼んだほうがいいかしら。

そして『アレら』を出すのは本当に止めて。そのどれか一つでも出したらこの庭園が地獄に変わるから。

 

「主の御身は私が守護します」

 

人の姿をして気高く吼えるのはアルフと同種の誇り高き獣、ザフィーラ。

ハヤブサの前でどっしりと構えるその姿はまさに鉄壁の一言。普段のPCと漫画本に齧り付いている姿が嘘のよう。

 

「ヘンテコなやつらめ!全部ボクがやっつけてやる!」

 

ヘンテコなやつらが出る切欠をつくった張本人がデバイスをぶんぶんと振り回す。

その様は無邪気なように見えて、そこはやはり騎士でありフェイトのコピーのライト。振り回しているだけのその行為でも、剣運はしっかりとして……ないわ。振り回さないで。これ以上、機械を破壊しないでちょうだい。

 

(……壮観ね)

 

夜天の写本の騎士。ハヤブサのためだけの騎士。

彼女らが一列に並んだ姿はとても圧倒的で、絶望的で、意思の無いはずの傀儡兵も二の足を踏んでいた。

 

「我ら鈴木隼に仕える華の騎士。そこより1歩でもこちらに踏み出すのなら、その身に破滅の刃が返ってくると心せよ!」

 

雄雄しく声を上げるシグナム。もし仮に相手が感情のある者だったなら、その声だけで膝が震え、ともすれば腰を抜かすという程。

しかし、目の前の相手はただの傀儡兵。二の足を踏んでいたように感じたのは気のせいで、だから何の機微もなくまた進行を始めた。

 

「やめましょうシグナム。こんなくず鉄相手に凄むだけ時間の無駄。脅しなど無意味。故に………」

 

理が有無を言わさず極太の魔力弾を放った。

 

「機械に巻き込まれたガラクタのように、壊れなさい」

 

絶対零度な声色と共に撃ち出した魔法は、その声とは真逆に熱風を伴い、また威力も絶大で、射線上にいた傀儡兵は尽く灰燼に帰した。

そして、そんな理に触発された訳じゃないでしょうけど、続いてシグナム、夜天、シャマル、ザフィーラ、ライトが参戦。

と、思ったらものの数十秒で部屋にいた傀儡兵は一掃された。しかし、魔法陣から出たのはこの部屋だけではなく、庭園中に現れた傀儡兵が次から次へとこの部屋へとやって来ていた。いくら一騎当千の夜天の騎士でも流石にこの狭い場所では大魔法も使えず、さらにハヤブサの身を案じる状況では全力は出せないのか、倒す数より部屋に入ってくる傀儡兵の数の方が多くなってきている。

それでも、負ける気配なんてのは微塵も感じないけど。

 

「おいアリシア、そんな前に出るな。危ねぇから」

「う、うん」

 

シグナムたちが完璧に傀儡兵たちを引き付けているから、こっちにはまだ一度も攻撃はきていないけど、それでもハヤブサは用心のためにアリシアとフェイトとアルフとリニスを自分の後ろへとやる。フェイトとアルフは「自分も戦う」と言っていたが、「止めときな。理とシグナムさ、今完全にキてっからよぉ、下手したらあの二人から攻撃されっぞ」との事で、私達と共に後ろで観戦。

 

「ハヤブサはいかないの?」

 

こいつの事だから、そんな事関係なく『喧嘩だあああ!』とか言いながら勇んで参戦しそうなんだけど。

 

「ん、まあ、確かにちょっと心揺さぶられっけどな。でも、あんな殴っても何の反応も返って来ねぇ奴と喧嘩しても面白くなさそうだし」

 

………まったく、この男は。

 

ハヤブサはやる気無さげにタバコをぷかぷかとふかす。そしてダルそうにどかっと腰を降ろした。それでもしっかりと目は目の前の戦模様を見続けており、さらにどこか羨ましそうに見ているので、何だかんだ言ってもやっぱり心は昂ぶっているんだろう。

なんともこの男らしい。

 

「しまっ…………!!!」

 

騒がしい剣戟の中、その声は突然だったがそれでも明瞭に皆の耳に入った事だろう。今生最大の苦渋を絞り出したかのようなその声は誰のものだっただろうか。

いや、誰でもいい。そんな事はどうでもいい。

問題はその声が『敵の攻撃を突破』されたという種類の声で、さらに問題はその突破してきた攻撃が──────

 

「きゃああっっ!!」

 

後ろにいたアリシアやリニスのすぐ傍に着弾し、その衝撃で彼女達が少しだけ吹き飛んでしまった事。

 

「アリシア!!リニス!!フェイト!!アルフ!!」

 

私はすぐさまアリシアたちの傍に駆けた。

打撲、裂傷、骨折──死……………頭の中に嫌な未来予想図が描かれる。けれど、現実は今回だけは幸いにも優しかったようで、アリシアたちから柔らかい笑顔が返ってきた。同時に、敵に対して怒りの感情が胸の内を占める。

 

(……やってくれたわねえ!!)

 

私の家族に攻撃したな!!!

 

私は憤怒の表情で傀儡兵に振り返り────そこで見たのは、私以上の憤怒の表情で傀儡兵の1体を殴り飛ばしているハヤブサの姿だった。

 

「ッッてんじゃねえぞおおお!!!」

 

上半身裸の状態で、殴り倒した傀儡兵の頭を踏みつけて佇むハヤブサ。その顔にもう一度、バリアジャケットの上着が巻かれた右拳を打ちつけた。ガゴン、と鈍い音が響く。

 

「人が大人しくしてりゃあ調子こきやがってよぉお。この俺の目の前で、テメェ、なにしやがった────」

 

目を見開き、眉を吊り上げて眉間に皺をよせ、剥き出された歯からギリリと噛み締める音が聞こえる。

その形相は憤怒でも言い足りない。悪鬼羅刹とでも言えばいいのか。

 

「アリシアに、フェイトに、アルフに、そしてリニスちゃんに、鉄クズ如きがなにしてくれやがったああ!!」

 

3度目の怒りの鉄拳をただただ力任せに、怒り任せに打ち下ろすハヤブサ。そして、今度は金属を打つ鈍い音ではなく、金属が壊れる甲高い音が部屋に響く。その後から、獣のような「フーッ、フーッ」という荒々しい呼吸音。

ハヤブサの顔の険しさは晴れない。

 

「無抵抗な可愛いガキや美人な女に、よりにもよってこの俺の目の前で手ぇあげるたぁいい根性してんじゃねーかよ!……売ったんだよなぁ?そりゃこの俺に売ったって事だよなぁ!上等だあ!」

 

この男は結局そうなんだ。自分至上主義と言いつつ、自分の気に入った者が傷つけば自分の身を顧みず報復行動に出る。相手が自分より強いとか弱いとか関係なく、ただただ癪に障った相手をぶちのめさないと気が収まらない。

 

彼は決して万人に優しいわけじゃない。英雄譚の主人公には絶対になれない。自分勝手で利己的で、気に入らない奴なら女でも容赦なく殴り飛ばす、自己愛溢れた最低な男。

 

…………でも、だから私達は救われた。

 

一般人が謳う正義感ではなく、聖者が気取る自己犠牲愛でもなく、何も纏わない人間として純粋な感情が私達を救った。それは決して万人受けする代物じゃないけれど、少なくとも私は彼以外の男から自分を救って欲しいとは思わない。

 

「今の俺ぁテールランプ以上に真っ赤っかだぞコノヤロウ!このクソガラクタ共、テメェら全員虚数空間に不法投棄してやんぜ!!!」

 

全員呆気に取られる中、一人完璧にぶち切れるハヤブサ。

 

「全殺しだあああああああああ!!!!!」

 

そうして始まった大喧嘩は、10分も経たず傀儡兵役100体以上が虚数空間に落ちるという結果に終わった。

 

──ちなみに。

 

威勢だけはいいハヤブサだったけれど、魔導師としてはアリシアの次にヘッポコなのが現実。よって、ハヤブサが壊した傀儡兵の数は5体にも満たなかった。

まあ、傀儡兵は一体一体がAランク魔導師相当なので、それを拳一つで倒したんだから、凄いと言えば十分凄いんだけどね。

 

 

 




これにてプレシア後日談終了。
次回は焚き火もとい烈火の将、あるいは原作主人公後日談。その後As編突入を予定。

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