ババアが倒れたのは、まあ極めて自然な流れだろう。
病気によってボロボロになっている体と、何かしらの研究(?)の為の不眠不休にも等しい活動。さらに、そんな状態での夜天とのエンジョイ喧嘩。
心身ともに疲労困憊だったはずだ。にも関わらず、ババアは立ち上がり、俺に上等までくれやがった。
女性差別など毛頭するつもりは無いが、その根性はとても女とは思えない。野郎でさえ、果たしてそれだけ気張れる根性を持ってる奴がどれだけいるだろうか?
女、強いては母というのは本当に強い。たぶん、プレシアなら俺のババアと普通にタメ張れるだろう。
本当、母っつうのはおっかねぇ。
そんなプレシアだが、今はあのアリシアっつう死体がある地下(墓地?)から場所を移し、ベッドのある部屋で寝ている。傍には俺とシグナム以外の全員がついており、治療だったり護衛だったりでそれぞれの役目を全うしている。
何時目を覚ますか分からないが、シャマルの見解では怪我自体はそこまで酷くはないらしい。骨折も無ければ大きな裂傷もなく、頭から出血はしているが、それは見た目が派手なだけで傷自体は深くないらしい。気絶した原因は単純な疲労との事。逆に、俺のほうが重傷だと怒られちまった。
それを聞いたフェイトは大きく安堵したようだが、その顔は未だ晴れやかじゃない。それは母の容態の他にも原因があるだろう。まあ、悩めばいいさ。ガキは悩んで大きくなるもんだ。その悩みが大きければ大きいほど、それが解決した暁にはどんな形であれ人は変わる。それが成長ってもんだ。それに、今のフェイトなら悩みに潰される事もないだろう。傍にはアルフは勿論、ダチが2人も付いてんだからな。
そんな訳で、俺はプレシアとフェイトを他の面々に任せ、シグナムを連れ立って部屋を出た。行き先はラブホ………なんていう未だ入れぬ夢見る地ではない。シグナムとならさぞ、さぞ楽しい一晩を送れるだろうが、生憎とこっちがばっちOKでも向こうは俺に恋愛感情なんてもんがさらさら無いのは丸分かり。主として敬愛されてんのはひしひしと感じんだけど、それが余計キツイ。
「主、どうかされたのですか?………はっ!まさかお体の具合が悪化されたのですか!?」
シグナムと2人、ある場所へと向かい廊下を歩いている途中、俺が少し考え込んで黙っているだけでこれだ。
なんて騎士精神。これが主とかそういうの抜きで、単純に男と見て俺を心配してくれてんなら嬉しいんだがよ。
まあ、とは言っても。
男は単純なもんで、どんな形であれ女から心配されるのは嬉しいもんだ。ガキとかクサレ野郎とかに心配されるのは腹立つがな。
「なんでもねーよ。ちっとばっかし考え込んでただけだ」
「そうですか…………ですが、どうか御自愛下さい。あなたは私にとって大事な………いえ、私たちにとって大事な、唯一人の主なのです」
…………これは喜べばいいの?それとも悲しめばいいの?………複雑すぎるが素直に喜んどこ。
は~あ、コレが漫画とかだったら騎士の敬愛精神がふとした時に恋愛感情に変わったりするもんなんだけどなぁ。それか、最初からそれ込みだったり。
けれど、俺もシグナムもこの世界も現実であって、どうやったってそんな上手く物事は転がらない。人の感情なんてのは特に。
今の言葉だってどう聞いても敬愛の方だよな。まあそれでも慕われてるって事にゃあ違いねーから嬉しいんだけど……ああ、やっぱ複雑だ。
(ホント、こんな美人がこんな近くにいんのに何もねーとか)
シグナムを盗み見る。
真っ直ぐ前を向いた切れ長の目に柔らかそうな唇。一歩々々歩く度に横に揺れる長く綺麗なポニーテールと、ゆっさゆっさと縦揺れするメロン。
見事、という他ない。陳腐だが、綺麗という言葉以上のものが当てはまらない。
片や俺はというといい年こいて喧嘩好きで、ガキのように短気で、金とギャンブル大好きで、見た目も特に特筆すべき魅力はないと思われ。さらに性格も──
(今ここで主命令で「恋人になれ。なもなきゃ他の騎士共に酷ぇことすんぞ」とか言ったら、聞くかな?)
──なんてゲスな考えが容易に湧くような男だ。
いや、まあ湧くだけで実際はンな事出来ねーんだけどな。出来たら最初から奴隷扱いしてるし。
(そんな事言えたら逆に楽に愉しめそうなんだけど……)
ンな度胸はない。童貞故に。
愛に憧れる。童貞故に。
自分勝手で俺至上主義だが、そこは譲れない。童貞故に。
つまり何もかも童貞が悪い!だけど風俗じゃ捨てれない!上記の理由故に!
(………やっぱ俺には無理か)
肉欲に溺れてみたいとは思う。主として慕ってくれてんなら、主としての権限的なもんで一線を越える事も可能かもしれん。そしてもしそうなったら、それはそれできっと幸せだろう。
そうは思うが──。
(ハッ、馬鹿かっつうの。いや馬鹿だけど)
そんな空っぽな幸せなんてゴメンだ。面白くない日常なんてゴメンだ。満たされない生活なんてゴメンだ。
俺は、俺のやりたいようにやる。
何度嫌気が差しても、俺はそんな答えにたどり着き、そしてきっと、そんな答えを出すこの性格は死んでも治らない。
(はぁ、こりゃ当分彼女は出来そうにねーなぁ)
年取ったら、治らないにはしろ、少しはこの性格も丸くはなるんだろうか。でなきゃ、この先ヤラサーはおろかヤラフォー……いや、そのままヤラずのデッドエンドもありえるぞ。
「主隼?」
またボウっと考え事をしていた俺に、心配げな顔を向けるシグナム。そんなシグナムを見てふと思う。
(そういやシグナムは、てかこいつらはどうなんだ?彼氏とか)
いや、もっと大雑把に見てこいつらはこれからどうなってくんだろ?どうなりたいんだ?
取り敢えずやってやれって感じと惰性で今一緒に生活してっけど、思えばこれからの事について、各々どうなりたいかとか、そういう『将来』の事話し合ってなかったな。
シグナムと二人きりなんて中々ないし、軽く聞いとくか。
「なぁ、シグナムよぉ」
「はい」
「お前はさ、これから先どうするんだ?まさか俺んとこずっといるわけねーだろう?」
シグナムはプログラムだが、プログラム通りには生きない。シグナムのみならず夜天たちだってそうだ。『テメエはテメエだ』という事を自覚している。てか俺がさせた。
確かに騎士としての敬愛精神は感じるが、それがプログラムから来てる強制的な義務感だとは思わないし思いたくない。
であるからして、そんなプログラムに縛られない確固たる『己』を持つシグナムが、まさかいつまでも主である俺の傍に居続ける可能性は低いだろう。
だってこれだけの女だぜ?性格は少々堅物な所があるが、それを差っ引いてもお釣りが来るくらいのいい女だぜ?プログラムだから頭もいいだろうし、あれだけの見た目ならモデルかなんかのオーディション受けりゃ一発だろうしよ。もちっとこの世界を勉強すりゃあ十分に自立出来るレベルだよな。
片や俺は再度言うように性格に難アリの甲斐性なしフリーター。
(釣り合う釣り合わんもあるが、これ確実に将来愛想尽かされるパターンかイケメン彼氏が出てきて持ってかれるパターンじゃね?)
まあ別にいいけど。いや良かないけど。
はぁ、これだから将来の事とか考えたくないんだよ。現実だけ見ときたいんだよなぁ俺は。まあ、それは俺の考えであって、俺の生き方であって、けど普通の人は将来の設計図的なモンを持つもんだ。
だからシグナムも少しくらいは将来の事について考えてんじゃね?的に今聞いてみたんだけど…………。
「あー、あの、シグナムさんや?一体どうしたんかね、そんな絶望的な顔なされて」
救いのない絶望のどん底で、それでも助けを求めて土を食って生きながらえているような顔をしているシグナムが、そこにはいた。
「あ、あの、主、わ、私、何か主の気に障るような事を、あ、あの、ああ…………───御免」
「って、おい待て何いきなりハラキリしようとしてんだ!?」
一体何をどういう考えを経てその結果に行き着く?!気軽に将来の事聞いただけじゃん!!
俺はレヴァンティンで腹をカッ捌こうとするシグナムの手をとって止めた。
「どうか止めないで頂きたい!あ、主に嫌われた私に存在価値など!」
「俺がいつ嫌った!?」
「今です!俺のところにずっといるわけない、と!つまり暗に暑苦しい私は鬱陶しいから早くどこかへ消えてくれないか、とそう仰りたいのでしょう!?」
「天晴れな曲解だなぁオイ!」
俺もシグナムの彼氏云々で軽い被害妄想に陥ったが、それ以上にこいつは被害妄想激しいな!
こっちは単純にぬる~い会話のキャッチボールしようとしただけなのに、シグナムはいちいち生真面目っつうか、メンドくせえっつうか。
「俺がお前に消えろなんていうわけねーだろうが。そういう意味じゃなくてよ、ただ単にこれから先お前はどうすんのかなって思ったんだよ。ほら、この世界の事もだんだん分かってきたんならよ、自立して働きたいなぁとか、彼氏欲しいなぁとか、結婚したいなぁとか、そういう夢みたいなのも出来てきたんじゃねーかなぁと」
「あ、ああ、そういう事ですか」
今度はきちんと理解してくれたようだ。シグナムは一度大きな安堵のため息を吐きながら目元を擦り、レヴァンティンを待機状態に戻すと、先ほどまでの悲愴な顔から一転、いつもの真面目な顔つきに戻った。
「いえ、特に夢というものはありません。強いて言うなら、主の騎士として生涯を共に歩めれば、と。ああ、もちろんそれは守護騎士システムとしてではなく、私としてです」
色気もへったくれもねー回答ありがとよ。つか、これって遠まわしに俺と彼氏彼女とか夫婦はお断りって言われた?
まあ、それでも男としてこんな女と死ぬまで一緒ならどんな形であれ嬉しいけどよ。
「でもよ、これから先、大切な人が出来るかもしんねーじゃん?イケメンの彼氏とか。そうなったら俺をポイしてそっちに──」
「有り得ません。私の一番の大切は、主の傍にいる事です」
なるほどなー。
じゃねーよ。
「いやいや……うん、まあそりゃあ嬉しいけどよ、でも自分の気持ちなんて何かしらでどうとでも転ぶもんだぜ?ほら、お前こん前バイト中に野郎に言い寄られてただろ?あん時どう思った?」
あれは丁度同じシフトの時、仕事してるふりをしながらシグナムの制服姿に見蕩れている時だった。いかにもチャラい一人の野郎がシグナムに馴れ馴れしく話しかけていった。それだけならまだしも、少し経ったら背中に手ぇ回しやがって。いやあ、あん時は客でもないのについ台パンしちまったね。いや、客でもしちゃいけねーんだけど。バイト中じゃなかったらあの野郎、ソッコーで路地裏に呼び出してんぞ。
「見てらっしゃったのですか」
そりゃもう、殺意を抱きながらイライラムカムカと共にバッチシな。
「で、言い寄られてどう思ったよ?」
「そうですね、煩わしかったです。仕事中でしたし。そもそも私はザフィーラと違い、人間の愛や恋の感情がどうにも理解出来ませんので」
真面目なやつ。てか、そのナリで色恋のアレコレ分かりません、かよ。いや、でも敬愛は俺ひしひしと感じてっし。そりゃ敬愛と異性への愛情やら恋は別モンだろうけど、でも亜種みたいなもんだろ?だったら、愛や恋も気づかねーだけで心のどっかには持ってんだろ。その出し方を知らねえだけでよ。
(ちなみにザフィーラが人間の色恋を理解したのは二次元のおかげだけどな)
ただその理解した愛や恋を二次元にしか向けてないのは、良いのか悪いのか。あの野郎が俺より先に彼女つくったらぶっ殺さなきゃいけねーところだけど、現状は何もないだろうし。『主、とうとうブッキーとケッコン出来ましたあ!』とか言って尻尾振ってるやつだし。
「じゃあ逆に俺に彼女や奥さんが出来たら?」
この場合、出来るかどうかの可能性は考慮しない事とする。……しない事とする!
「主に彼女?奥方?………………………………………………」
唐突に、また会話のキャッチボールが途絶えた。何故ならシグナムが眉間にシワを寄せ、深く考え込みだしたからだ。その考えてる内容、胸中の思いが『え?主に彼女や奥方?……渾身のギャグか何かだろか?』とかだったら泣けるな。
どうやら今日は被害妄想のマーチングが絶好調のようだ。
と、こんな俺を他所にシグナムはひとしきり難しい顔で悩んだあと、今度は一転して呆けた顔になったと思うと──。
「ん?……んん??」
小首を傾げながら、何かを確かめるように右手をそのたわわに実った胸の上に持っていき、小さくキュっと押さえた。
「お~い、どした?」
「え?あ、いえ……どうしたのでしょう?」
「あ?」
要領を得ないシグナムの言葉に俺も首を傾げるしかない。
「……ともかく、主に彼女や奥方が出来ようとも私の在り方は変わりません。主の傍で主を護る。そう、それが私です」
そう言ったシグナムの顔は何故か先程までの自信に満ちたものではなく、眉尻を下げたどことなく力がないものだった。
…………そして、今の発言で俺には完璧に脈がないというのが分かった。しくしく。
「そうか、俺を護るか。ハッ上等な事言うじゃねーかよ。俺は女に護られるほどヤワじゃねーっての」
「そうですね。ですが、それでもです」
「そうかよ。……じゃあだったらよぉ──」
そこで俺たちは揃って歩みを止めた。
眼前には大きな大きな扉が一つ。その先の部屋からは大きな音が響き渡ってくる。そして、その音をも超える雄叫びまで。
ほのぼのとした会話のキャッチボールは終了だな。
「護ってくれや。ストレスやイライラから」
あの部屋はここに来て最初、夜天とプレシアが喧嘩し、ザフィーラが仲裁していた場所。だが、今ババアは別の部屋に。よって、あの部屋には夜天とザフィーラしかいない。
2人の声が、あの部屋から聞こえてくる。2人の………怒声が。
つまり──。
「なんであいつらが喧嘩してんだよ!?」
「ハァ……あの馬鹿ども」
おかしいと思ったんだよなぁ。ババアがあの地下に来れた事が。だってよ、ババアも夜天もブチギレで喧嘩してたんだぜ?普通、ああなったら、絶対途中じゃ止まれねぇ。どっちかがぶっ倒れるまでとことんド突き合うはずだ。
で、その理屈でいきゃあ地下に現れたババアが夜天をノしたって事なんだろうけどよ、俺はそれが信じられんかったんよ。あの夜天だぜ?確かにババアは強ぇが、だからって夜天がやられるとはとても思えねぇ。そして、仲裁役で犬を一匹置いていったが、あいつが鬼と悪魔を止められるとはハナから微塵にも思ってねぇ。
よって、俺の予想は2人仲良くWKOだった。
だが、結果は俺の予想の斜め上。まさかの身内での仲違い。その隙にババアは地下に降りて来たんだろう。
何をどう経て夜天とザフィーラがやり合う事になったのかは知らんが…………いや、大方考えるのも馬鹿らしい事が切欠だろうよ。
「主の寝顔を知らんだろう!主の腕の温かみを知らんだろ!俺は知っている!それが時には枕、時には抱き枕になる俺だけの特権!そして、それがそのまま俺とお前の主から賜る寵愛の差だ!」
「驕るな駄犬!そんなものは主の愛のホンの一片!だが、私は全てを知っている!なにせ、主と融合出来るのは私のみ!そこに他者の介入出来る余地無し!一心一体、重なる我らに敵う者無し!」
と、ンな事ほざきながら殴り合ってるんだから、切欠なんて馬鹿らしいモンだろう。てかどうでもいい。
ついでに言うと、果てしなくキモい事言ってるザフィーラを心ゆくまで殴り倒したい。
「ったく、あいつらは。俺らが部屋に入った事も気づいてねぇでやんの。しかも……あ~あ、ザフィーラの奴、俺がくれてやった服ボロボロにしやがって」
ただでさえ俺だって自分の服が少ないのに、その中なからザフィーラに似合う奴見繕ってやったのに。いっそ人型禁止命令出してやろうか。
一方、そんなザフィーラの相手をしている夜天の方も当然服はボロボロなわけで………なんだよ、あのパンクなファッションは。胸部とか股間部が破れてるのなら寧ろ大歓迎だが、ボロボロになってんのは腕とか足の部分の生地だけ。それでも色気漂わせるのは流石夜天って所だが、その姿はあんまあいつらしくない。夜天に対して、ああいう乱暴な色気はいらん。
「さて、こりゃどうしたもんか。俺も喜び勇んで意気揚々と乱入したい衝動に駆られるが、流石にそりゃ不味いよなぁ。色々な意味で収拾が付かなくなる」
俺はどうしようかと悩み、隣に居るシグナムに目を向けた。彼女は眉間に皺を寄せ、ほとほと呆れ果てたと言わんばかりに大きなため息を一つ。
「まったく、あの2人は………。将として頭が痛い限りです。主、少々お待ち下さい。あのような乱痴気騒ぎ、すぐに終わらせます」
そう言うとシグナムは片手にレヴァンティンを携え、さらにカートリッジを一発ロードして膨大な魔力を迸らせた。レヴァンティンの切っ先を地に付け、引きずるようにしながらゆっくりと2人のもとへと歩いていく。
気のせいか、その姿は幽鬼のように揺らいでおり、体に黒い瘴気が纏わりついている。
あれ?なんかシグナムが怖い。なんて思って見てた俺の耳にドスの効いた声が飛び込んだ。
「やつら……なにが寵愛だ、なにが一心一体だ。自惚れ、自意識過剰の愚者が。ああ、本音か?それがお前らの本音なのか?愚かな。ならば言おう、高らかと宣言しよう─────────主の一番は私だ!」
みんなも最近ストレス溜まってたのかなぁ。すべてのゴタゴタが終わったら、慰安旅行にでも行くか?出資者はプレシアで。
そんな事を半ば本気で考え始めた時にはもう三つ巴をおっぱじめやがってた。気の早ぇこって。てか、なんで俺が他人の喧嘩で悩まにゃならんねーんだよ。将来、ハゲねぇ事を祈るぜアーメンハレルヤマリアさま。神さんなんて信じてねーけど。
「むっ、来るかシグナム!大人しく将という座で胡坐を搔いていればいいものを!」
「ここで起たなくて何が将か!以前に、私は主の騎士だ!主がさえおれば、そもそも座などいらん!!」
「それでこそ私達の将。だが、だからといって私も退くつもりは無い!こと主に関しては、私は退きません!媚びへつらいません!反省しません!!」
「「「我こそは主が一の騎士!いざ、推して参るッッッ!!」」」
なにヒートアップしてんだか。台詞まで芝居かかってんぞ。ヤクでもキめたのか?それとも脳内麻薬でラリったか?
どっちにしてもさらに混沌となっちまってんじゃねーか!
「おいテメエら!!いい加減にしとけやぶっ殺されてーかア゛ア゛!?人の目の前でゴキゲンぶっこいてんじゃねーぞ!夜天、テメーはさっさと正気に戻れ!シグナム、テメーは何がしてぇんだ!ザフィーラ、ハウス!!」
踵落としをするように右足を高らかと上げ、床を踏み抜かんばかりに降ろす。ガンッという音が部屋に響き渡る。
その音と俺の怒声は3人の喧騒にも劣らない大きさで、これなら否が応にも喧嘩を一時ではあるかもしれんが止まるはず。そして、止まったらソッコーで拳によるお説教タイムだ。俺を差し置いて3人でハッピーカーニバルするなんざ100年早ぇ!
「こちとらやる事がいろいろあんだよ!ケツカッチンなんだよ!ババア病気問題、フェイトとアリシアのクローン戦争、次のバイト先ってか就職先、彼女はいつ出来るのか!そして、金金金金金金金金金金金ッっ!」
言っててだんだん腹立ってきた。
クソっ!どうにかして何もかんも一気に解決してくんねーかな。特に彼女と金!少なくとも金!金がありゃあ俺の人生万々歳!出来ねー事なし!心だって金がありゃあ買える!世界さえ思いのまま!金、降って来ねーかなぁなんてのは常々思ってる!…………………それなのに現実に降って来た、てか湧いたのは魔法で騎士な面々。
別によ、それが悪いってわけじゃねーのよ。寧ろ、良いと言える。これまでの生活でそう思えた。けど、だからって全部が全部良いなんて口が裂けても言えん。
見ろよこの惨状。この有様。最初はメリットだけ見てりゃ幸せんなれるとか気楽に考えてたけどよ、ここんとこメリットよりデメリットの方が大きくね?比率が明らかにおかしい。
「せいっ!」
「であっ!」
「はあっ!」
で、今現在のデメリット発生源の3人は俺の言葉などまるで耳に入っていなかったようで、さらに白熱したバトルを繰り広げている。てか、夜天もザフィーラもすげぇな。シグナムのレヴァンティン相手に素手でやりあってんぞ。流石の俺もナイフとかバットなら兎も角、あの大きさの刃物が相手だったらマジびびるぜ。
「つうかボクちゃんの言葉無視ですか?主ですよ?素敵な度胸ですね?人様無視して自分らはヨロシクしけ込むんですか?泣いちゃいそうだ。あはははは………………………上等だぜ、ド畜生ども」
……………いやいやいや、待とうか俺。落ち着こうぜ俺。ここで俺まで乱交パーティーへの参加を希望してみろ、目も当てられない現実がやってくんぞ。こちとらもう勘弁なんだよ、こんな厄介事は。早く終わらせてぇんだ。
ここは自制してでも巻いてくぞ。目の前の喧嘩には涎が出るほど参加したいが、そこを抑えてこそ男の見せ所。
「すー、はー。すー、はー…………ふぅ。OK、落ち着いた。実際の所欠片も落ち着いちゃねーが、とりあえず言葉だけでもそういっとこう。ああ、なんて健気な俺。さて………」
俺は目の前のご馳走から目を背け、踵を返して部屋を出て行く。出した答えは現状無視。
しかし、こんな後ろ髪引かれる思いするんだったら来なきゃよかった。まあ、夜天とザフィーラの無事が確認出来ただけで良しとしとこう。全然物足りねーが、良しとしとこう。…………ちっ、なんで俺が重ね重ね譲歩しなきゃなんねーんだよ。はぁ。
「あいつら、帰ったらぶっ殺す!」
俺はもう一度だけ3人を羨ましげに、憎々しげに見やった後部屋を出た。
3人がドンチャカ騒ぎしている部屋から出て、「とんだ無駄足だった」と一人愚痴りながらまたババアを寝かしている部屋へと戻る。その道中、俺はあの3人の事はもう考えず、今後のことだけを考えていた。
(まずはババアの体の治療だな。フェイトにも心配すんなっていっちまったし。んで、その後はババアをほどほどにぶっ殺して慰謝料ふんだくって帰ろう)
ホントはまだババアに言いたい事とか聞きたいことはある。アリシアの死体をどうして保存してんのかとか、なんでジュエルシードを集めてんのかとかよ。でも、もうこれ以上ヤブつついてヘビ出したくねー。もう厄介事はこりごりだ。
こちとらただ気に入らないってんでプレシアに喧嘩売りに来た。児童虐待が気に入らないから止めさせようと思った。けど、何故か話のスケールが大きくなってきてる。
ババアの病気?フェイトがクローン?……マジ勘弁しろよ。
(俺がちょーっと正義感みたいなモン見せたらこれだよ。バイトもクビになるし、スマホ壊れるし、怪我するし。あ~あ、やってられっかよクソ!)
自己犠牲溢れる正義のヒーローなら他当たれっての。
俺は愚痴りながらその辺の壁に八つ当たりしてババアの部屋を目指し、程なく到着。が、しかしババアの部屋の扉の前に一人の女がいた。シャマルだ。彼女は見るからに気落ちしており、今にも自殺してしまいそうな儚さまで携えている。
…………嫌な予感MAXだ。こりゃ、まだ快速急行厄介事行きは止まってくれそうにない。停車駅はどこですか~?
「うぃ~す。どうしたよシャマル?そんな、『今から私、中絶手術しなきゃならないんです』みたいな顔しやがって」
「ハヤちゃん………」
こりゃ、ちっとばかし冗談ひねてる場合じゃねーか?ここまで『悲痛』という言葉が似合う顔をしてる奴なんて見たことねぇぞ。
あー、スルーしてえ。戻ってシグナムたちの喧嘩に参戦してー。でも出来ねーよなぁ。
「なにがあった?何もないよね?ないって言って」
「…………なんで、世界はこんなに優しくないんでしょう?」
え?なにその今から宗教勧誘が始まりますよ的な言葉は。
「湖の癒し手なんて言っても、所詮はただの騎士。それも、生まれたのはここ最近で、経験もなく────────」
「チョイ待ち。それ、長くなる?」
「─────はい?」
俺はおもむろにシャマルの話しにストップをかけた。
「いやよ、前置きはめんどくせぇから飛ばさね?シリアスぶっこいても息詰まるだけだし。巻きでいこうぜ巻きで」
言ってんだろ?けつカッチンだって。やる事たくさんあるし、さっさと終わらせてぇのに、その上で誰が長話を聞きてぇよ?俺、気は長いほうじゃねーんだよ。
「あ、あはははは…………はぁ。ハヤちゃん、少しは空気読んでくださいよぉ。人には落ち込みたい時があるんですよ?」
お前の心情なんて知った事か。自分の苦悩を吐露する暇があったら現在の状況を説明しろ。
「あっそ。で、何があった?」
「………クスン。もういいです、分かりましたよ。巻き巻きでいけばいいんでしょ!」
時間は有限、時は金なり。時間を掛けていいのは、金を嫁ぐ時と女との逢瀬の時のみってな。
つう訳で、シャマルには淡々と語って貰いました。時々俺に対しての愚痴を挟みながらも、要約するとこんなことがありましたとさ。
1,当初の目的通りババアを検診した結果、デス決定なほど体の中がボロボロ。シャマルでも治すの無理。
2,その結果をフェイトに話してしまい、フェイトは大泣き&乱心。
3,そのフェイトをヴィータと理が別の部屋へと連れて行き、そこで現在精魂込めて慰めている。
4,ババアは部屋でおねんね。シャマルは自分の不甲斐無さに意気消沈。
「へぇ。ロリーズめ、結構まともにトモダチやってんじゃねーか。けど、な~るほどね。つう事はある意味、これで全て終わったな」
「え?終わった?」
「だってそうだろう?ババアはお前でも治せない。つまり、今回の厄介事の元凶であるババアが近いうちおっ死ぬんだ。一番、あっさりした答えだな。あのアリシアとかいう死体、ジュエルシード集めの意味、その他諸々がババアの死で解決。いや、お蔵入りか?どっちにしろ、これも一つの終わり方だ。俺らはまたうざってぇ日常に戻り、フェイトもババアに縛られる事なく自分の道を生きる。完」
「そんな………」
「あ、プレシアの奴、保険金掛けてんのかな?受取人、俺にしてくれねーかなぁ」
俺のあっさりとした言葉に、シャマルの顔は当然晴れない。だが、結局世の中そんなもんだ。どう足掻いたところで、人には限界がある。逆に、限界があるから人なんだ。その限界を超えようとする奴はただの馬鹿で、その末路は滑稽なモンしかない。分不相応な夢を見ちゃいけねぇ。
「シャマル。お前は人じゃねーけど限界がある。助けられる命もあれば助けられない命もある。そこを分かれ」
「で、でもまだ……!」
「まだ?『まだ』なんだよ?お前はババアを治すのは無理だと自分で答えを出したはずだ。一度そんな答えを出して、『まだ』何かするつもりなら止めろ。お前の限界はここだ。お前は、もう、何も出来ない」
「……………」
俺はキツくシャマルに言う。
限界を超えようとすれば、それ相応の代償が要る。あり得んと思うが、もし『命』なんてのがそれに挙がれば始末に終えん。ババアの為にシャマルが命を掛ける事は俺は許せねぇ。
確かにババアの事は嫌いじゃねーが、それでも俺はババアの命よりシャマルのほうが大事だからな。シャマルが死ぬくらいならババアを先に殺す。
「う、あ、……うく、ああ…ふっ……」
自分の力の無さにだろう、悔し涙を流すシャマル。
俺はそれを見て大きくため息を零すと、懐からタバコを取り出し咥え、しかし火が無い事を思い出してガシガシと頭を搔く。そしてまた一つため息。
「泣くなよ。確かにこれも一つの終わり方つったけどよ、誰がここで終わらせるつった?」
「ふえ?」
俺は泣いているシャマルの頭を撫でてニヤリと笑った。
「そんなクソ面白くもねぇ無難な終わり方で俺が満足するとでも思ってんのか?冗談。それによぉ、お前の限界はここだけど、俺の限界はここじゃねーんだよ。…………ババアは必ず治す」
「ハヤちゃん!」
「ふん…………それにフェイトにもババアの事は任せろって約束しちまったしな。約束は破るためにあるが、ガキとの約束まで破るようじゃあ野郎が廃る。今が男の魅せ時ってな」
俺はおもむろに懐に入っているタバコではなく小さなビンを取り出す。ラベルが張ってあるが、そこに書かれてある文字は日本語どころか地球圏内でもないようで、きっと魔法世界の文字なのだろう。ただ唯一、ラベルの片隅に『80%』と書かれている。
「なんですか、それ?」
目をごしごしと擦って涙を拭いながら訊ねてくるシャマルに、俺はビンの蓋をとって臭いを嗅がす。
「うっ、お、お酒じゃないですか!」
「イエスッ!ここに来る途中、金目のもの………じゃなくて、一休みしようと入った部屋で偶然な。異世界の酒ってうめぇんかな?」
「な、なんでお酒?」
「なんでって、話し聞くには必要なモンだろ?腹ァ割って話し合う時には特にな」
全部ぶち撒けてもらうぜプレシア?まずはそこからだ。そっから体治して、フェイト安心させて、ぶん殴って、携帯とか弁償して貰って、そしてエンディングだ。
俺は酒を片手に意気揚々とババアの寝てる部屋へと入っていく。
(どんな手を使っても、俺は俺が満足する未来予想図を現実にしてやる!)
全ては自分の為によぉ。