フリーターと写本の仲間たちのリリックな日々   作:スピーク

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鈴木家居間、約10畳の部屋に7人の男と女と犬が輪になって座っている。浮かべている表情は皆それぞれだが、どこか気まずい空気が流れているのは多分俺のせいだ。

 

俺は先ほどまでロリーズと喧嘩をしていた。髪を引っ張ったり合ったり、頬を捻り上げ合ったり、鼻の穴に指を突っ込み合ったり等など、地味な喧嘩を狭い部屋の中で繰り広げていた。これが外だった場合、ド派手な魔法喧嘩が勃発していた事だろう。経験済みだ。

止めようとする夜天の声は勿論無視。シャマル、ザフィーラに到ってはもう既に仲裁は諦めているようで何も言ってこなかった。

 

そんな楽しい一時の終わりを告げたのはシグナムの帰還。情報収集という名のカチコミを終え、ようやく帰ってきたシグナムに俺は取り合えず拳骨をかまし、もう勝手な行動をしないよう厳重注意しておいた。

しかし、そんな注意もシグナムが持って帰った『ある物』を見せられた時に手遅れな事に気づいた。

 

「さてテメェら、今更確認する必要もねぇだろうがよぉ、俺ぁな、女とは付き合いたいが魔法関係のゴタゴタとは付き合いたくねーんだわ」

 

片手でタバコをふかし、残った片手でザフィーラを撫でながら全員を見回す。ロリーズはどうでもいいような顔をし、夜天とシャマルは苦笑い、シグナムは申し訳なさそうな顔をしている。

 

俺はタバコをもみ消すと、シグナムが持って帰った『ある物』を手に取る。

 

「それなのによ?世の中ってのはどうも俺にはあんま優しくねーんだわ。もう一度言うぞ?俺は、魔法関係には、関わりたくない。………さぁ、それを踏まえてザフィーラ、これ何だか分かるか?」

「………青く輝く石、です」

「うん、そうだなー。けどそれだけじゃねぇだろ?なに、遠慮することは無い。ぶっちゃけてみ?」

「はい………おそらくそれがジュエルシードかと。主の言うところの魔法関係です」

「だよな。俺が、関わりたくない、魔法関係の物。それが何故かここにあんだよな~」

 

ピンっと指でジュエルシードを弾く。電気の光を浴びてキラキラ輝くそれは一見したらただの宝石。しかし真実は魔法の産物。

視線をシグナムに移す。

 

「不思議だよなぁ。なんでこんなモンをシグナムが持って帰んだ?確か情報収集が目的だったよな?結果的にカチコミになっちまったけどよぉ」

 

百歩譲ってそこまでなら拳骨だけで済ませられた。身バレしなけりゃ良しとしよう程度の軽い気持ちでいられた。

けど、こりゃダメだろ。

 

「あ、あの、ですからですね……」

「あぁん?」

「……申し訳ありませんっ!」

「ハァ……」

 

シグナムが金髪の使い魔らしき奴に見つかってやむなく戦闘。実力差は圧倒的で戦況は有利だったが、封印処理されていたジュエルシードが突然次元震とかいうのを起こすほどのエネルギーを発し、暴走。なのはと金髪が急いで抑えようとしたが結果は失敗、双方のデバイスが中破。よって唯一デバイスを所持しているシグナムが再封印。で、そのまま持って帰っちゃいました。

 

と、それが帰ってきたシグナムに聞かされた簡単な事の顛末だ。

 

「どうすんだよ、これ。ガキ共が集めてる理由は知らんが、どう考えても良さげなモンじゃねーぞ」

 

もう怒る気にもならん。いや、怒って事態が好転するならぶちギレるが、生憎とそんなことじゃどうにもならない。

 

「どうするんです?ハヤちゃんとシグナムの関係性は知られてないと思うけど、それでもこのままジュエルシードを持ってたらいずれは……」

 

だよなぁ。

でもどうすりゃいいんだ?つうか、結局の所ジュエルシードってのは一体どんなモンなんだ?使ったらでっかくなる石じゃねーのか?

 

「こんな訳分かんねーモンを手元に置いとくのもあれだしな………質屋にでも持ってくか?見た目宝石だし、高く売れそうだな。いや、それよりも知り合いの大学の研究員に売るか?これ、地球にない未知の鉱石っぽいし。言い値で買わせるか?」

「さ、流石にそれはやめた方が……」

 

じゃあどうすんだよ。なのはか金髪に渡す?それもなぁ、自分のモンを誰かにタダでやるのってのは癪なんだよな。あの旅行ン時のあれはマジで珍事なんだ。もうあんな事はおきん。また仮に物々交換するとなっても相手はガキだ、期待できねぇ。

 

「ジュエルシードねぇ……一体なんなんだろうな、コレ」

 

詳細が分かれば使い方も分かるだろうけど、現段階じゃ分かってるのはせいぜい名前だけ。

マジでどうするよ?いっその事捨てちまうか……それも勿体無ぇな。でも、もし爆弾とかだったらやべーし。それか名前の通り、何かの種?もしかして宝石の種?畑に植えると宝石がっぽがっぽ?

 

検討が付かず、ジュエルシードを手の中でコロコロと転がして悩む。そんな時にロリーズの片方、生意気ツン子がポツリと呟いた。

 

「もしかしてあれじゃね?それって全部揃えれば龍が出て願いを叶えてくれる、みたいな。何個も同じようなのが存在するみたいだし。実際、それ一つに結構な魔力入ってるし」

 

なん……だと……!

 

「あはは。ヴィータちゃん、それは漫画の中だけで現実じゃ─────ハヤちゃん?」

 

そう、あれは漫画の世界。『何でも願いを叶えてくれる』なんてのはフィクションの特産物だ。現実にはあるわけがねぇ。

しかし、しかしだ!

ならば魔法はどうなる?プログラムの生命体はどうなる?どちらも空想ではなく、現実に確固として在るんだぞ?なら神龍だって居ても不思議じゃねぇ!

 

「ヴィータ、よく気づいた!ナイス発想!!流石は鉄槌の騎士、的確に物事の急所を付いてくんな。俺ぁ今日ほどお前を可愛く思った事はねぇぞ」

「な、なんだよ突然!?お、お前にそんな事言われても嬉しくねーっつうの!」

 

とか何とか言って頬が緩んでんぞ、このツンデレ。

それにしても願い事か~。やっぱまず最初の願いは『願い事の回数を無制限にしろ』だよな。そんで次が『世界一の金持ちにしろ』だろ?さらに『極上の女をくれ』で、さらにさらに『イケメンにしろ』で、あと『永遠の命と若さ』で………おお、夢と欲が広がるぜ!!

 

「ふははははっ、こりゃ未来は薔薇色だな!よし、今日は飲むぞ。俺の素晴らしき人生とヴィータに乾杯!!」

 

─────と、そんな感じで酒を飲み続けたのが昨晩の事。

 

夜が明けた翌日。俺は早速ジュエルシードの捜索に入った……………訳がねぇ。一晩経って冷静になれたよ。

神龍?願いが何でも叶う?

ハッ、いくら何でもそりゃねーよ。ご都合過ぎ。魔法が存在するからって=何でも存在するってのは間違ってんよ。第一、もしそんなモンがあるならなのはや金髪のガキだけじゃなくて、他の魔導師も躍起になって求めるだろ。欲深ぇ大人は特によ?

ああ、やっぱねぇわ。そんなマジックアイテム。

つう訳で、結局俺はジュエルシード探索などは行わず、この日は職安へと赴いた。胡散臭いマジックアイテム探しより何とも現実的で、それ故に実りある行動だろう。結果が伴うかはさておき。

 

ちなみにシグナムが持って帰ったジュエルシードはデバイスの中に入れて保管している。持ってると色々と危険かもしれんが、もしかしたら後々使えるかもしれん。………それに本当に本物の願望機という可能性もあるしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんのクソオヤジが!人が折角楽しく打ってるときに呼び出しやがってッ!」

 

俺は今、悪態をつきながら夕日が沈む空をかッ飛んでいる。

 

「30k使ってやっとART引いたっつうのに……ああ、クソッ!豚ダルマめ!!あれ、絶体天国入ってたっての!」

 

職安に行き、その後パチ屋で戦っていた時、バイト先の次長からTELがあった。内容は『人手が足りないから来い』というふざけたもの。

勿論、俺は断った。だが、俺が断ることは予測していたのだろう。次長の次の言葉がこうだった。

 

『来ないと借金5割増しで返して貰うよ?いいのかなー隼くーん?』

 

ファック!!あのメタボ野郎がぁ!

 

「いつか見てろよ、あのクソ野郎。いづれ肥溜めに突き落としてやる!」

 

先日の旅行、その旅費として次長からも金を借りてたのだ。その額は5万。………是非も無く、もう行くしかなかった。

シグナムやザフィーラを代わりに行かせるという手段は使えない。なぜなら2人とも今日は元からシフトで入っているから。

 

「ったく、最近厄介事ばかりだ。なんかここいらで一発良い事でも──────あん?」

 

愚痴を言いながらもバイト先へと急いで飛んでいた時、その飛行経路、つまりは俺の眼前に人の姿が見えた。人数は2人。どちらも女で、一人がもう一人の体を支えるようにふわふわと飛んでいる。

 

「つうか片方はあの金髪のガキじゃねぇか」

 

まだハッキリと顔を確認出来る距離じゃねぇが、それでもマントをなびかせて空飛んでる金髪とくればあのガキしかいないだろう。

案の定、顔が視認出来る距離まで来たらやっぱりあのガキだ。………と同時に俺は眉を顰めた。

 

(なんだ、あいつ具合でも悪ぃのか?)

 

一人がもう一人を支えるように飛んでいるように見えたのは間違いなく、さらに言うと支えられている金髪のガキの顔色が優れない。

そんな金髪のガキも漸く俺に気づいたようで、苦しげに顔を上げた。

てか、顔色が優れない所じゃねーぞ?ぶっちゃけ土色だ。しかも服も所々汚れてるし。

 

「はや、ぶさ……?」

 

呟くような声は絶え絶えで、息も荒かった。

 

「よぉ、久々だな。どうした、具合悪そうじゃねぇか?いや、そんな事たぁどうでもいいな。それよりそのお姉さんを紹介願えねぇか?」

 

満身創痍って感じのガキから視線を少し横にずらせば、そこには素晴らしいモノを胸部に備えた女性が。おお、実に結構なお手前で。

 

………ん?ガキの心配はしないのかって?ははは、常識的(俺>女=金>ガキ)に考えてンな事よりまずは隣の女性だろ!

少し釣り上がった目と整った顔は間違いなく美人な部類。さらに少し覗いている八重歯がまた何ともGOOD!胸部がたわわに実っているのも良し!犬耳尻尾が生えているので、多分昨夜シグナムが戦ったという使い魔なんだろうけど、美顔でボインだったら人間じゃなくても一向に構わねぇ!!

 

そんな女性は最初俺を警戒しているような目で睨んでいたが、ガキと顔見知りと分かると今度は訝しんだ目で見てきた。

 

「あんた、何モンだい?それになんでフェイトの事を………」

 

これはまた、喋り方も声もいいねぇ~。今まで周りにいないタイプだ。

つうか何よ、その服装?!胸元がバックリ開いてて谷間が俺の眼球にダイレクトアタック!お腹丸出しでキュートなおヘソがウェルカム!引き締まったヒップを包むは超ショートパンツ!しかもチャックがガバ開きで、そこから見えるのは下着であろう黒い布がこんにちは!───いやっふうううう!!

 

なんて事を頭の片隅で考えながらも俺はきちんと返答する。第一印象は大事だかんな。顔には出さんぜ!

 

「ああ、俺は鈴木隼ってもんだ。そのガキとは以前話し相手に付き合ってもらってな。言うなれば………ダチ公?いや、それも何か違ぇが、まぁ、心配するような関係じゃない」

「ダチって……あんた魔導師だろ?………ほんとかい、フェイト?」

「えっと、よく分からないけど、でも隼は善い人────っ!」

「フェイト!?」

 

顔を顰めて苦痛を示すガキ。それを見て慌てる美人さん。

どうやらガキは具合が悪いのではなく、どこか怪我をしているらしい。それもこの痛がり様から見て浅いとは思えない。手を腹や胸に当ててなく、頭や腕や脚には大きな傷らしい傷はない。とすると、たぶん背中に怪我だな。背中の怪我って地味に痛ぇんだよなー。鈍痛が続くっつうか。俺もバットでぶん殴られた事があるからよく分かる。

折角の美人姉ちゃんと親睦を深めるチャンスだが、肝心の姉ちゃんがガキの心配してばかりだからどうしようもない。

しゃーねー、俺も心配してやるか。それにまあ、知ってるガキがこんなツラしてんのは気持ち悪ぃしよ。

 

「おい、ガキ。一体なにがあったよ?大丈夫か?どっか痛むのか?ほれ、俺も肩くらい貸してやんよ」

「だ、大丈夫」

 

俺が優しさ全開で近づこうとした時、ガキは痛々しい笑みを浮かべてそう言った。それは気遣われるのが嫌で、心配させてしまうのが嫌で、気丈に遠慮しているような、そんな種類の笑み。

その何ともガキらしくない対応に少し……いや、かなりムカッとしていまう俺。思わずマジの舌打ちをしてしまう。

 

「ちっっ、ンの馬鹿ガキがァ。本当に大丈夫ならちったぁ大丈夫そうな顔して言えや。お?」

「ほ、本当に大丈夫だからっ!」

 

そこでガキは支えてくれていた姉ちゃんの手をも振り払い、脂汗伝う頬を歪めてなお綺麗な笑みを浮かべた。

それを見て、俺はさらにムカ。ムカムカ。

 

「へー、そうかい。そうかいそうかい。本当に大丈夫なんだな?」

「うん」

「…………本当にか?」

「うん」

「……………………」

「本当に、大丈夫だよ」

 

ガキに似合わない笑顔。そこが俺の我慢の限界だった。沸点低いもんで。

 

「ああ、そうかよそうかよ!だったら勝手にしろもう知るか死ねバーーカ!!」

 

俺は中指を立てた手をガキに向けた後、二人の横を抜けて飛び去る。

 

「あ、おい、ちょっと……!?」

 

背後で美人さんの声が聞こえる。いつもの俺ならすぐにでも急停止し応答するんだが、生憎とこちとらその気分じゃねー。

見たくもねーガキの我慢してる姿を見せられ、大人を気遣うガキの笑顔を向けられた。どっちか片方だけなら兎も角ありゃダメだ。たぶん、あれ以上あそこにいたらあの馬鹿ガキをぶん殴ってたわ。

あのガキ、もうちっと素直で純情なガキらしいガキだと思ってたけど、俺の検討違いだったか。意地張る事自体は良い事だけど、その張り方や場所には善し悪しあんだよ。

 

(クソほども可愛くねー意地張りやがってよぉ。ちっ!あー、胸糞わりー。忘れよ忘れよ)

 

気持ちを切り替える。

あいつも大丈夫つってたしな。我慢してるのはまる分かりだが、裏を返せば我慢出来るレベルだって事だ。それにパッと見たとこ大きな怪我もなかったしな。背中の傷なら、まぁあの使い魔が治療するだろ。顔色の割には大出血って感じでもなかったし…………まあ服が黒かったからホントのとこはどうだか────どうでもいいか。

 

(俺にゃあ関係のねー事だ)

 

あの服は多分騎士甲冑……ああ、その呼び方はウチの奴らのだけだっけ?ともあれ、という事は怪我を負った原因は魔法絡みだろうな。なら俺は関わりたくない。下手な情見せて厄介事に首突っ込むのは御免だ。ヤブつついたらヘビが出る、ってな。

もし魔法絡みじゃなくても、俺はこれからバイトがある。よって何も出来ないし、やらねぇ。俺は他人より自分の事情の方を大事にする男だ。自分優先!

 

(あんな可愛くないガキなんて知った事かっつうの)

 

ガキの痛みに歪んだ顔が脳裏を過ぎる中、俺はバイト先に真っ直ぐ飛ぶのだった。

 

………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ、クソッ、クソッ、ドチクチョウが!なんで……ぬぁぁぁあああ、もう!!クソッタレの大ヴォケのイカれ野郎が!!何やってんだよ何してくれちゃってんだよ!救いようがねぇ!てかいっそ死ねえ!!!」

 

俺は今、悪態をつきながら夕日が沈んだ空をカッ飛んでいる。ただ今回悪態をつく対象は次長じゃない。それはおろか他人でもない。

………自分だ。

そう、俺自身だよ。今の俺はたぶん世界で一番のバカ野郎だ。イカれ野郎だ。これほど自分を嫌になったのはいつ以来よ?

 

「あ、あの、隼、やっぱり戻った方が。バイトっていうのがあるんだよね……」

「うるせぇ、黙れ、喋るな、舌引っこ抜いたあと口縫い付けんぞ」

「あんた、フェイトの言う通り良い奴だね!」

「うるせぇ、黙れ、喋るな、揉みしだきながら唇奪うぞ」

 

そう。

俺はあろう事かバイトをサボり、ガキの元まで戻って来たのだ。その理由は単純明快にして馬鹿な考え───『心配』だったから。

 

ハハハッ、笑えるだろ?この俺が、たかがガキが怪我したってだけで、自分の事を後回しとは。

確かに俺ぁガキや女には優しいよ?ガキらしいガキや美人な姉ちゃんだったら特にな。けど、だからって今回のこれは過剰な優しさだ。このガキの面倒見てなんか俺に得があるわけでもなし。仮に相手が夜天たちならまだ分からんでもないが、相手はまだ数度しか会ったことのないただのガキ。名前さえさっき知ったばっか。

 

自分の事ながらあり得ない。自分らしくない。確かに俺は紳士で優しいと自称しているが、これは完璧に馬鹿のする事だ。対価もなしに人助けなど。俺は慈善事業大好きなボランティアか119の人ってか?…………うわぁ、改めてマジで我ながらドン引きだよ。

 

「ああ、クソ!ホンットにツいてねぇ。厄介事のバーゲンセールだ!しかも半ば押し売り状態!」

「あの、ごめんなさい……」

「謝るくらいなら怪我すんな!俺の前に現れんな!家で大人しくゲームしてろ!いっそ人知れず死ね!」

「あぅ……」

 

背中に背負ったフェイトから漂う雰囲気は申し訳なさそうなものだが、もう俺はこれ以上優しさをあげるつもりはない。俺の半分は厳しさで出来てんだよ。…………いや、今回のこれを顧みたらもしかしたら3割くらいかも。ホント、俺ってこんな優しい男だったっけ?今なら臓器提供のカードに名前書いて自殺出来るんじゃね?

ああ、なんか自分の存在に自信なくすわ。

 

「隼って変な奴だね。優しいのか乱暴なのか」

「うるせぇよ!」

「でも良い奴だね」

「だから、うるっせーつってんだろ!そのキュートでおっきなお耳は機能してますかあああ!?もしもーーし!!」

 

つうかこの獣娘は態度変わりすぎだ。俺が戻ってくる前までは敵意までは無かったとしても警戒はしてたはずなのに、俺がフェイトの身を按じて戻ったらコレだ。

それほどまでにフェイトが大事なのかね。使い魔とその主ってのは、俺と夜天たちみたいな関係なのか?

 

それからも俺たちは適当に会話しながら、それでも飛ぶ速さは最速でフェイトの治療が出来る場所へと向かった。

そして飛ぶ事十数分。

 

「おいおい」

 

俺たちは一つのマンションの屋上へと降り立った。一体何階建てかは知らんが、部屋は確実に俺のアパートより広いだろう。外観だけ見てもリッチ感が漂っている。

そんな高級マンションだが、この中の一部屋がフェイトの治療をする場所…………つまりこいつの家だ。

 

「マジかよ……お前ら、こんないいとこに住んでんのか?」

 

外から見た印象もさることながら、中に入った時の驚きはさらに上をいった。

 

「リビングにダイニングにキッチンが完備!?おおい、ロフトまであんぞ!?部屋数は4……5か!?それにあっちは全面ガラス張り!こっちはトイレ……ってトイレ広ぇなオイ!風呂は……ジャ、ジャグジー付きじゃあ~りませんか……。お前ら、こんなとこをマジで2人だけで使ってんのか?」

「そうだよ」

 

獣娘がフェイトをソファに寝かせながら事も無げに答えた。

 

道中でこいつらが2人だけでここに住んでいるというのは聞いた。フェイトの母親はきちんと生きているが一緒には住んでいないらしい。どのような事情があるかは知らんが、詮索する気はない。厄介事や面倒事に巻き込まれたくねぇのは元より、今回のその原因となったフェイトの事情なんてこれ以上知りたくもねぇ。

 

だから、もう目の前のガキの怪我の治療という事だけに専念することにした。

 

「ええっと、包帯にティッシュに消毒液……お、赤チン。赤チン塗っても治らない~黒チンぬったら~ってか」

 

怪我の治療なんてまともにしたことねぇけど、まっ、なんとかなんだろ。本当はきちんとした病院に行ったほうがいいんだが、フェイトはそれはどうしてもダメだと抜かしやがるからな。その理由を聞いても何故か話さねぇし。

このガキ、最初はふにゃっとしてどこか天然っぽい印象だったけど、結構強情なんだよな。我慢してた件しかり。

 

「よし、ンじゃ適当に治療すっからよ。そんじゃ、まずは服脱げ」

「え!?あ、いやそれは……」

 

何故か狼狽するフェイト。

 

「怪我してんのは主に背中だろ?しかも察するに一部じゃなく広範囲だ。なら治療すんのに服は邪魔。分かったなら、オラ、脱げや」

「あ、ああの、でも、その……」

 

ガキはソファの上に寝そべりながら、気まずそうな顔でこちらを見てくる。

こりゃあれか?恥ずかちーって感じてんのか?ハッ、ガキがなに一丁前に恥ずかしがってんだか。……いや、もしかしたらこれが普通なのか?ん~、そう言えば旅行でもなのはを風呂に誘った時、あいつ恥ずかしがってたしな。……ん?でも理のやつは普通に俺と一緒に風呂に……って、あいつは見た目どおりの歳じゃねぇのか?生まれたばっかだし。

 

「わーったよ。ンじゃ、脱がなくていいから、せめて捲り上げろ」

「で、でも……あ、ならアルフにやってもら───」

「彼女には晩飯買いに行かせた。よって今居ない。て訳で、おら、いい加減観念しろや。これじゃいつまでたっても手当てが出来ねぇよ。てか、ここまで俺が心配してやってんのに駄々こねるとかナメてんのか?これ以上グズるようなら無理やりストリップさすぞ」

「あ、あの」

「はい時間切れ」

 

俺は半ば無理やりガキの服を捲った。いや、無理やりという程でもないが……それでも第三者から見たらちっとばかしヤバイ光景だろう。まぁ、室内には俺とガキだけなんでそんな心配もいらんけどよ。

 

「ったく、いらん手間取らせん───────」

 

ガキの体を見た瞬間、俺はそこから先の言葉が紡げなかった。

断っておくが、別に俺はガキの体に情欲が湧いたわけじゃねぇ。シグナムたちなら兎も角、フェイトみてーなちんちくりんな体みて誰が欲情するかよ。

 

続く言葉を紡げなかった理由、その原因は体についている傷だ。

 

「………おい、ガキ。お前、確か管理局の魔導師にやられたって言ったよな?」

「…………」

 

返答はないが、ここに来るまでに俺は確かにそう聞いた。管理局の魔導師に魔法で背中を撃たれたと。撃たれた、という事は魔法弾か砲撃が当たったという事のはず。

 

それなのに。

 

「確かにそれらしい傷もある。けどよ……それだけにしちゃあ、傷の種類が多い」

 

ガキの体には痣、擦り傷、切り傷、さらには裂傷にまで至っていたであろう傷跡もある。

そう、『傷跡』だ。明らかに以前から何かしらの暴力を受けている証。それも非殺傷設定の魔法ではなく、凶器による悪意のある力でやられているのは確実だ。でなければ、背中なんかにそう簡単にここまで傷跡や生傷はつかない。

今まで何度も喧嘩で傷を作り、現在進行形で殺傷設定の魔法を喧嘩で使用されている俺だから分かる。

 

だから喧嘩あるいは事故と言う可能性がある。もしくは前々から管理局とやりあってて、その時々で受けた傷が痕になったとかな。……だが、俺は別の可能性を口にした。

 

「ガキ、お前、虐待されてんな?」

 

そう考えると合点がいく。

母親の事を喋った時のガキと獣娘の反応も、治療するにも病院には行かないと言ったのも、俺に体を見せるのを渋るのも。

 

「ち、違う!虐待なんかじゃ……!私が母さんの期待に応えられなくて、それで!」

「暴力を受けたか」

「ち、ちがっ!?」

 

必死の顔で母を擁護するガキ。相当母親の事が好きなのだろう。しかし、その慌てようと傷ついた体を見れば真実はどうなのかなど一目瞭然。それに、おそらくやられてんのは背中だけじゃねーだろうよ。

俺はさらに追及しようとして、後ろから聞こえてきた声でその必要がなくなった。

 

「そうだよ。あいつはフェイトを虐待してるんだ」

「ア、アルフ!」

 

いつの間にか帰ってきた獣娘。その顔には怒りと悲しみが窺える。どちらの感情がどちらに向けられているかは言うまでもないだろう。

 

「別にフェイトは悪くないのに、あいつは自分の思い通りにならないとすぐにフェイトに手を上げるんだ!叩いたり、蹴ったり、今じゃ鞭なんてものまで使って……ッ!」

「アルフ……それは違うよ?悪いのは私。隼も誤解しないで。母さんはホントはとても優しいんだ」

「フェイト……」

 

ガキを見る獣娘の目には悲しみと、少しばかりの哀れみがある。……そう、本当に哀れだ。ハッ、むしろ笑えてくるぜ。

 

本当に、本当に、次から次へとよぉ。

 

「………取り合えず話は後だ。今は怪我の手当てをする方が先」

 

厄介事には関わりたくない。ガキの事情なんて知りたくは無い。

しかし、流石にこれは「どうでもいい」と言って見過ごせない。それは人として見過ごせねえんじゃねー。大人としてでもねー。

 

ただ単純にどこまでも──『俺』として。

 

 

 

 

 

 

 

全てを聞いた、のだと思う。少なくともフェイトとアルフは『自分の知っている事を全て話した』と言った。

 

俺がフェイトの傷の手当をしたので信用し、自分達の事を話したのか。それとも俺が魔法には極力関わらない、管理局なんてクソくらえな、ある種フェイト寄りの立場だと言うのを聞いて安心して話したのか。

どうであれ、俺は2人の事情を知った。そこには勿論、フェイトの母親である『プレシア・テスタロッサ』という奴の事も入っている。

 

プレシア・テスタロッサ。

 

フェイトの母親で、自身もかなり凄い魔導師。ジュエルシードを求めている理由は知らないが、アルフの弁によればその執念には鬼気迫るものがあるらしい。それどころかフェイトへの虐待(フェイト自身は最後まで否定)を考えれば、狂気さえ孕んでいるだろう。

正直に言って俺は聞かされたプレシアの人物像だけを見れば、決して嫌いな奴じゃない。寧ろ好感さえ持てた。特にその手段を選ばない、独善通り越して性悪とさえ言える性格は素晴らしい。さらに大そうな美人らしいのも良し。

きっと俺とフェイトの母親は仲良くなれるだろうし、仲良くなりたい。旦那はいないらしいんで、そのポジションに立候補したいくらいだ。ホント、文句なしだ。ああ、文句なしだ。

 

───ただ一点、その一点さえ除けばな。

 

「気に入らねぇな」

 

手段を選ばないってのはいいさ。俺もそれは大いに賛成だ。手段などどうでもいい。なんでもいい。ただ明確で最高な結果さえ残せりゃ何でもしていい。………………けどよ?超えちゃいけねぇ一線ってのは何にでもあんだろうよ。

その一線ってのは人によって各々違うだろうけどよ、少なくとも俺が俺の中で定めているそれをフェイトの母親は踏み越えている。

 

───それが気に入らない。

 

「なぁ、お前んちによ、木刀かバット、もしくは手頃なとこでチャリのチェーンはあるか?」

「え?えっと……無い、かな。何に使うの?」

 

フェイトの母親が許せない、なんていうつもりは無い。元よりそんな気持ちを抱くことなんてお門違いだ。許す、許さないなんてのは当事者同士が決めることであって、部外者である俺が決める事じゃない。

そも家庭内暴力、虐待なんてなぁこの世にゃゴマンとあるんだ。そのたった一つを見つけたからって俺がわざわざどうこうするかってーの。クソ面倒くせー。精々が児童相談所にTELしようか悩むくらいだ。

 

───ただ気に入らない。

 

「何にって、決まってんだろ。カチコミにだよ」

「「かちこみ?」」

「あーっと、魔法世界出身じゃ分からねぇか?簡単に言やぁ────」

 

これは別にフェイトの為にする訳じゃない。これは誰の為でもない、自分の為に。ただの自己満足。理由を挙げるとしたら、そう───

 

「殴り込みだよ。お前の母親んとこによ?」

 

───気に入らねぇからだ!!

 


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