朝になった。結局昨日は夜遅くまで話し込んでしまった。昨日何を話したかと言うと主に自分の状況だ。七年前、10歳の時に(恐らく)マルクト軍に誘拐され、全健忘に近い記憶喪失になり、両親の顔も自分の名前も、言葉はおろか歩き方さえ忘れてしまった。完全な赤ん坊の様になったその状態から、更に国王から勅命が下りこれまでの7年間1つの屋敷に軟禁されることになってしまった。……そういう自分の状態を事細かく話したのだ。
表向き理由としては箱入り記憶喪失のお坊ちゃんである自分の状態を正しく理解して欲しかったから。裏の理由としては、同情を引きたかったからだ。私のせいだ、私が守らなければ。と考えるように仕向けたのだ。
次はティア事を聞いた。どこの国の出身なのか? 所属は? 等々。少しでも多くの情報を聞き出そうとやっきになった。その結果分かった事は、ティアはダアト自治区の出身で、同じく世界を見て回った事がない箱入りらしい。
ローレライ教団の敬虔な信徒で、
本名はティア・グランツ。彼女がバチカルで襲ったヴァン・グランツ謡将閣下の妹君だと。……まあ知っていたけどね。オラクルの細かい所属名までは分からなかったけど、ヴァンの妹なのも、ダアトというより更に閉鎖的な環境の中で育った事も、何故ヴァンを狙ったかも。
でもティアはヴァンを狙った理由だけは頑なに話してくれなかった。まあ昨日今日出会ったばかりの俺に話せないのは仕方ないよな。ティアが秘密主義なのは仕方がない。けどなティア? お前が黙っているその情報で世界が大変な状況になって大勢の人が死ぬ場合もあるんだぞ?
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靴よし服装よし剣よし道具袋よし。装備を一通り確認すると俺は隣のベッドで眠っているティアを起こした。
「ティアさん、ティアさん。起きてくれ」
「う、うん……」
何度か揺すると目を覚ましてくれた。
「え、何……誰……?」
どうやらまだ完全には目覚めていない様だ。
「大変なんだ。起きて下さい。ティアさん」
敬語を意識して話しかける。
「え……と、ルー、ク?」
「導師イオンが大変なんだ」
少し強めの声を出して揺する。
「導師イオンが……?」
「ああ、朝の散歩で市場を歩いていたら、一人で村を出て北の森へ向かった導師を見たという人がいたんです」
むろん、嘘である。原作知識の悪用(?)だ。
「護衛が誰も居なかったらしい。魔物にでも襲われたら大変だ!」
これは本当。原作知識通りなら今頃イオンは1人で北にあるチーグルの森へ向かっている筈だ。
「何ですって!!」
急激に覚醒して起き上がる。ローレライ教徒としては一大事だろう。目が覚めてくれてヨカッタヨカッタ。嘘も方便である。
「俺はもう外に出る準備は済ませてある。ティアさんも早く身支度をととのえてください」
「わかったわ」
ササッと起きて身支度をととのえるティア。……さあて、向こう見ずな導師様を止めに行くかね。
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俺達は朝食も取らずエンゲーブを出て北の森へ早歩きで進んでいた。軍人であるティアはもちろん俺も鍛えているのでかなりのスピードだ。
「あ、あれ! 人影じゃないか!?」
ようやくイオンらしき影を見つける事が出来た。原作知識の通りに人が動いている事に胸をなで下ろす。
「導師イオン……何故お一人で」
自分の立場を正しく理解してないんだろ。元の世界で言えばローマ法王に当たる人物だというのにフットワークが軽すぎる。
「おーい! おーい!」
大声で叫んでこちらに気づかせる。……あ、こっちを向いた。……ってまずい。魔物だ!
「後ろ! 魔物だ!!」
叫ぶが後ろに気づかない。くそ、声の内容までは聞こえてないのか! スタートをきって全速力で走る。間に合え! 猪型の魔物サイノッサスだ。よりによって攻撃力のあるこいつか! 俺は全力で走る勢いのまま跳躍すると右に体を捻り回転しながら落下する勢いで二連撃の蹴りを放つ。
「崩襲脚!」
ゲームではLVが上がらないと使えない技も使える。何故かって? 俺はルークがゲームの中で扱う技を全部覚えているからだよ! LV修得の技もイベント修得の技もな! 夜中皆が寝静まった後にイメトレしながら自室で技の練習をしたのは伊達ではない(夜中にやる理由はガイに見られると困るから)。
二発の蹴りを食らったサイノッサスは醜いうめき声を上げて仰け反った。着地すると同時に一息で三つの斬撃を走らせる。一呼吸で三回、これが今の俺の限界だ。LVが上がれば四回、五回と回数が増えるのだろうが。三つの斬撃を放った俺はその勢いのままに右手を掌底の形で突き出した。
「烈破掌!」
掌を当てた部分から闘気を発し敵を吹き飛ばす。
(……新技、二つとも使えたな)
よし、とうなずきながら消滅していく敵を見送る。振り返るとティアはまだこちらに走ってくる途中だった。さすがに男と女の脚力じゃ差が出るか。俺はイオンに声をかけた。
「大丈夫でしたか? 導師イオン」
「あ、はい。……ありがとうございます」
イオンは突然始まって終わった戦闘にびっくりしつつも、こちらに頭を下げた。
「あの……あなた方は、確か昨日エンゲーブにいらした……」
「俺はルーク。そして彼女はティア・グランツ。ローレライ教団の信徒で
俺がのんきに自己紹介している間に追いついたティアは息せき切った様子で、大丈夫ですか導師イオン、などと言っている。
「貴方がヴァンの妹ですか。噂は聞いています」
……これ、ゲームをプレイした時も想ったけどどんな噂なんだろう。……まあどう考えても良い噂じゃないか。だってティアって軍人(笑)とか軍人失格というかとにかくそんな感じだし。
「それより導師イオン。護衛も供も連れずにお一人で何故こんな場所を? 確か聞いた話では
するとイオンはすまなそうにうつむいて答える。
「はい。……それがその、事情があって今は一人しか側には居ないんです。その一人も……置いてきてしまいました」
……ここは驚くべき所だな。よし驚こう(使命感)。
「はぁ!? たった一人!? それも置いてきたですって!!」
更に言葉を重ねる。つーか追い込む。
「あの……導師イオン。たった今の魔物の攻撃で貴方に怪我でもあったらその護衛の方の首が飛びますよ」
イオンはキョトンとしている。……分かっていないのだ。
「例えばキム、……マルクトの皇帝が護衛を連れて道を歩いていたとします。皇帝が自分で転んで傷を負ったとしたら、その側に居た護衛が責められて、首を飛ばされるんですよ。何故自分の体を下敷きにしても守らなかったってね」
「ちょっとルーク」
イオンを責める口調になったからかティアが注意しようとする。それは手を上げて制した。イオンには自分の立場を理解して貰わねば。
「貴方が赤ん坊の産毛ほども傷を負ったら、護衛するべき人間が詰め腹を切らされるんです。……貴方はそういう立場の人だ。世界にたった一人しか居ない人間なんですよ」
一人しか居ない人間、の所はレプリカとしてのイオンに向けて言った。レプリカとして作られた事に劣等感を持つイオンに、少しでも自信を持って欲しくて。
俺の言葉を理解したのか、イオンは徐々に顔を青ざめさせる。
「僕は……なんて事を」
理解してくれればそれで良い。
「ところで何故こんな所を? この先はチーグルが居るという森だけですが。もしかして……昨日の食料泥棒の件ですか?」
するとイオンは顔を上げ答えた。
「はい。チーグルは教団が認定している聖獣です。人に害をなすなどありえないと思い……調べようと」
知ってた。
「お気持ちは立派ですが魔物が横行するこの世界では危険です。まずはエンゲーブに戻りましょう。その後、昨日ローズ夫人の所に居た軍人の大佐殿にでも事情を話し、マルクト軍の兵士達に任せるのが一番かと」
「しかし」
まーだ納得しないのか。俺は人差し指を立てるとイオンの目を見ながら言った。
「導師イオン? 人に任せる、というのも上の立場にいる人間の立派な仕事ですよ?」
少し偉そうだったか。しかしこのイオンのちんまい体を見てると年の小さい弟にでも接する様な気分になってしまう。
「今日の所はエンゲーブに帰りましょう」
さすがに納得してくれたのか、分かりました。と呟いた。
「それじゃあ帰りは私がお守りしますから。……あー、なんか堅いな。うーん、お前の事イオンって呼んでいいか? 俺の事もルークでいいからよ。友達になろうぜ」
「ちょっとルーク。何を言ってるの!? 導師様にそんな!」
ティア、うるさい。
しかしイオンは見る間に顔をほころばせると、
「友達!? ……そんな、いいのでしょうかルーク殿」
「いいんだよ。それと俺の事はルークな」
ティアはああ、もう。などと言っているが、俺達は顔を見合わせて笑った。……こうして俺達は友達になったのだった。
チーグルの森へ(行くとは言っていない)
冗談はさておき、この作品は原作ショートカットを目指しています。転生ルーク君もできうる限り省エネで行くつもりですしね。
そしてミュウよさらば。……いやミュウ好きなんですけどね。アビス内ではルークに次いで好きなキャラです。NO.2です。でもメタ的には全く存在意義が無いキャラなのよ、君は。タルタロスのルークフルボッコ、言葉がキツい人は
この後のエンゲーブやチーグル族については深く考えていません。まあ順当に考えれば対策したエンゲーブから作物や肉が盗めなくなってチーグルは詰むんじゃないかなぁ。ライガに皆殺しされて終わりENDですね(酷い)