臆病な転生ルーク   作:掃き捨て芥

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 マイナス1話です。


-1話 退屈じゃない日々

 剣術稽古が始まってから1年の時間が過ぎていた。現実換算で言うと2年間剣術の稽古をして過ごした事になる。そして稽古は今日も行われていた。

 

「はっ! てやっ!」

 

「そうだルーク。いいぞ」

 

 人形相手に木刀を振るう。ゲームでは最初から覚えていた技【双牙斬】すらまだ教わっていない。基本的な素振り、素振り、素振りだ。基本となる斬りつける動きに、斬り上げ攻撃、足払いを含めた周囲への振り回し、上空にいる相手への飛び上がって斬りつけるジャンプ攻撃。ひとしきり剣を振るうと次は防御の練習だ。ある程度自発的に動く人形相手に攻撃を防ぐ練習をする。

 

「ようし、いいぞルーク。そろそろ休憩にするか?」

 

 はぁっはぁっと息を切らせる俺を見てヴァン師匠(せんせい)が休憩を進めてくる。

 

「そうですね。ちょっと疲れましたし休憩しましょう」

 

 俺はかたわらのベンチにかけておいたタオルと手に取ると汗をぬぐいながら、中庭にいるメイドに自分と師匠の分の飲み物を用意するようにお願いする。

 

 ……俺とこの屋敷にいるメイドさん、何名かいる執事に執事長のラムダス、警備についている白光騎士団の仲は悪くない感じだ。俺が意識的にそう振る舞っているのもあるが、気さくな若様として認識されている。特に庭師のペール、使用人のガイとは懇意にしているが、ラムダスなんかはそれが気になるらしく「身分が違うのですから軽々しくお言葉をかけるのはおやめ下さい」などと言われる事が多い。……まあ気にしてないんだけどね。俺はこの屋敷で出来うる限り信用がおける相手を作らなくてはいけない。

 ルークメモ第③番 俺がレプリカ(作られた人間で偽物)だと判明した後も仲良くしてくれるよう、屋敷の中に親しい人間を作るべし! ……である。

 

「良く上達したな、ルーク」

 

 優しく言葉をかけてくるヴァン師匠。だが俺は知っている。この人が俺の事を所詮ただの道具としてしか見ていない事を。知って居るぞ、ヴァン。あんたが世界全てを滅ぼそうと考えている事をな。だが今はこの人から剣術を習わなくてはならない。強くなる為に。

 

「そりゃあ毎日朝から晩まで剣を振るってますからね。それに体を鍛えるトレーニング(筋トレ)も毎日欠かさず行ってますから。体を鍛えると自分に自信が付く感じがして好きなんですよね。それはそうと、休憩が終わったら譜術の方も見てくれますか?」

 

「ああ、それは構わないが……ルーク、少し根を詰めすぎではないか?」

 

 おや、珍しい。この人が俺の体を心配するとはな。

 

「大丈夫ですよ。自分のペース配分ぐらい分かっています。それに食事も睡眠もちゃんととっていますし」

 

「そうか? ……ならいいのだが」

 

「何か気にかかる事でもあるのですか?」

 

「いや……何、お前の稽古を付けている私が言うのもなんだが、お前のトレーニングの量も質も非常に高いレベルだ。私の部下である神託の盾(オラクル)騎士団の兵士に勝るとも劣らない」

 

 へぇ……そうか。俺のトレーニング量は現職の兵士と比べても遜色ないのか。それは良いことを聞いた。六年後の俺は実際に魔物や人と戦う事になるのだ、学生が剣道の部活をやるレベルなんかじゃない、兵士基準で通用するものにしなければならないのだ。それが出来ているというなら問題はない。

 ……ただ、注意しなくてはならない。自分を鍛えるのは死なない為に大事な行動だが、やりすぎても駄目なのだ。あまり強くなりすぎるとヴァンや彼と裏で繋がっているガイに警戒されてしまう。「頑張っているけれどそこまででは無い」というレベルに見せなければいけない。ジレンマだが仕方ない、譜術の方も含めて本格的な修練は誰にも見られる心配のない自室で行う事にしよう。

 ルークメモ第⑤番 ヴァンやガイに必要以上に警戒されない様にすべし……である。

 

 それから後は戦う事がほぼ決まっているボス対策だ。人でも魔物でも、俺は原作知識でどんな相手と戦う事になるか知っている。どんな攻撃をしてくるか、弱点属性はあるか、などなど。特に想定して鍛錬を積んでおきたいのが俺のオリジナルであるアッシュだ。俺とは逆の右利きで、俺と全く同じ剣術を振るうあの男。あいつには絶対に負けられない。あいつは俺が死ぬと連鎖的に自分が死ぬことになると知っているくせに直情的に俺を殺そうとしてくるから注意が必要なのだ。想定訓練はしっかりやっておかないとな。

 

「嬉しいですね。俺も成人したらゆくゆくは親父の後を継いで軍人になるでしょうから、現職の兵士と同じくらい鍛えられているというならそんな嬉しい事はないです」

 

 その言葉に、中庭で稽古を見守っていたガイの目が少なからず険しくなったのを、俺は見逃さなかった。

 

 

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 ガイ・セシルの話をしよう。彼との付き合いは今のところ良好だ。何の問題もない。ただ彼がファブレ公爵の家族、母シュザンヌや子供の俺を殺そうとファブレ家に侵入しているって以外は。彼については明確なターニングポイントが存在する。あれは俺がこの世界に転生して、レプリカ・ルークとして生まれてからそう時間が経過していない頃だ。彼がこう問いかけてきた事があった。

 

――記憶がなくて辛くないか?

 

 それに対して俺は「原作知識として覚えている言葉」を吐きだした。

 

『昔のことばっかり見てても前に進めないだろう? ……だから俺は過去なんていらない」

 

 そんな言葉を、ただ人から借りただけの信念もなにもない言葉を、ガイに向けて放った。ガイはその言葉を聞いて救われた様な顔を……しなかった。まるで憎い仇にこれ以上ないほど勘に障る言葉を言われた様に顔を歪めた。だが「誘拐されて記憶喪失になり間もない頃のルーク」は素知らぬ顔をしてそれに気づかないフリをした。

 

 その後、ガイは原作知識で知っている様に俺に誓いを立ててきた。「お前が剣を捧げるに値する人物になれるかどうか賭けをしよう」と。俺がガイが従うべき人物になれたなら、その時は俺に剣を捧げ本物の従者になろう、と。

 

 それ以来、俺も一つだけガイに誓いを立てた。俺はガイが望むであろう人間になろうと。原作知識という神にも近いその知識でもって放った俺の言葉。“その言葉”が相手の人生観を変えると分かっていた上でその言葉を言った責任を、俺は取らなくてはならない。だから誓った。それからもガイに偽りの態度や言葉で接し続けなければならない。だからたった一つだけ、ガイが望む俺の姿を見せ続けようと心に誓ったのだ。

 いつか、全てを話す事になる日が来るのだろうか? 出来ればその時には、ガイにも自分から全てを話して欲しいものだ。

 

 

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 さて、ここに至って俺は父親、母親、使用人のガイ、同じく使用人のペール、執事のラムダス、屋敷に居る他の執事、使用人であるメイド達、家の警備をしているファブレ公爵お抱えの兵士白光騎士団、そしてヴァンと言った人物達と出会ったのだが、俺はこの人達を密かに「計って」いた。何を計っていたかと言えば、自分と同じ転生者、もしくは憑依者ではないかという疑いだ。これは俺が原作知識のメモ取りを開始した直後くらいに考えついた可能性だ。

 俺という人間、転生者がいるのだ。「自分と同じ存在」がいても何ら不思議でない。なので俺は出会う人出会う人、全ての人物を、自分と同じ転生者じゃないか。それを臭わす言動はしていないか、憑依者による原作知識と違った出来事が起きてないか、事細かにチェックしていたのだ。だが、少なくとも今の所、自分が出会った人間にはその兆候は見られない。だが決して油断してはならない。自分も転生者であることを隠して「普通の記憶喪失になったルーク・フォン・ファブレですよー」という顔をしているのだ。他の転生者がいたとして、そいつが隠蔽をしている可能性は十二分にあるのだ。

 ついでだからもう一つ語っておこう。俺は原作知識を覚えている限りメモに書き出したが、その原作知識が通用しない展開というのも想定しておかなければならない。この世界に転生者が、憑依者が俺たった一人だっとしても、ここが「原作そのまま」の世界である保証などどこにもないのだ。蝶の羽ばたきのように、どんな出来事が作用して原作と違う展開になるやも知れぬ。だから俺は、原作知識を書き出してその知識の通り行動しつつも、「その知識があてにならない展開」を想定していなければならない。全ての状況を想定しろ。その上で俺は生き残ってやる。何をしてでも生き残ってやる。

 

 

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 譜術の鍛錬は苦労を極めた。だが相手と直接接近せず行える攻撃手段は持っていて損はない。その為に、同じ様に複数の音素を操れる譜術士(フォニマー)であるヴァンから譜術についても教わる様にした。両親はいい顔をしなかったが、剣術稽古よりは安全だから、と母親を説得すると事なきを得た。

 

 譜術士であるヴァンに俺の適性を見て貰った所、俺には第三音素(風)と第四音素(水)、第五音素(火)に特に適性があるらしい。第二音素(土)も適性はある様だが他3つに比べると劣るらしい。そう言えば原作ゲームではオリジナルのアッシュ(本物のルーク・フォン・ファブレ)は4つの属性の譜術を使っていたな、と思い出した。

 

 とはいえ、だ。剣術も譜術も、と欲張って両方とも実戦で使えないレベルになっては話にならないので、稽古の内容は8:2で剣術稽古に力を入れる様にしている。

 

 俺としては治癒術を習い【ファーストエイド】や【ヒール】といった回復ができる術を手に入れたかったのだが、残念ながら俺には第七音素を扱う素養はあっても、第七音素を使った譜術については素養が無かったらしい。なんかおかしくね? とは思ったがゲームのアッシュも治癒術は使えなかったし、そんなもんか、と納得しておいた。

 

 重要なのは、俺が原作開始した後に第七音素を操る超振動を過不足なく使えるようになっていることだ。俺がやる事はそれまでに音素の扱いについて慣れ、超振動をある程度自分の意のままに操れる様になる事だな。原作では約1~2ヶ月程度で超振動の操作をマスターしていたレプリカ・ルークの体だ。実際に音素を操る素養は天才的だと思われる。……まぁ後六年あるのだ。のんびりとやっていこう。

 

 




 剣術稽古の所で描写しましたが、このルークは朝から晩まで木刀を振るい筋トレを行っているという設定です。なので原作のルークよりちょっとだけ強い、くらいに思っていただければ。……原作の長髪ルークがよく言われる油断も決してしないですしね。

 ガイについてのフラグですが……書いたとおり主人公は問題なくこなしました。けれどそれが逆に彼を縛る事になりました。1人の人間のその後を決める一言って重いですよねぇ。これからも他の人物については遠慮容赦しませんが、ガイに対しては彼から尊敬されるよう振る舞う事となります。

 第2話でも書きましたが、このルークは風・水・火の3つの初級譜術を使えるという設定です。適当に設定した訳ではなく、原作ゲームでオリジナル・ルークのアッシュが扱える譜術は4つあるのですが、風・水・火の3つの譜術は上級譜術となっているのです。上級譜術を扱える → 素質がある。さらにアッシュとルークは完全同位体ですから素質も同じ。ただ鍛える為の時間や実戦経験の差によって初級譜術のみ扱える、という風にしました。オリジナルが上級なのに初級だけとか逆にしょぼくね? と思われるかもしれませんが、重要なのは音素の扱いに慣れて超振動をある程度操れる様になる事です。それが出来ればOKなのです。……実際に原作開始後(現在)の彼が超振動を扱えるかどうかは本編を見てのお楽しみということで。

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