ケセドニアに着いた俺達はアスターさんの屋敷を訪れていた。
「……なるほど。それで私めを。ありがたき幸せにございます。イヒヒヒ」
相変わらず誤解されそうな笑い声だ。本当はいい人なのに。
「先に降下を体験した者としての注意事項や、障気の弊害などをご説明できると思います」
それは確かに助かるな。まあ障気の問題はもう少ししたら解決できるんだけど。
「そういえば障気の影響はどうですか? 他にも何か具合の悪い事は?」
「年寄りや子供が障気に当てられて寝込んでいます。症状の重い者はユリアシティの方が連れて行ってくれますが、流石に全員は……。あとは、戦争の最中でしたから、備蓄した食料が減っていまして、その点が気がかりです」
「陛下達に陳情してみたらどうだろう」
ガイが提案する。俺も解決策の一つを提示する。
「それなら、もうすぐ完成するであろうアルビオール二号機が役に立つかと」
以前シェリダンで製造を依頼したアルビオール二号機である。振動関係の方にも手をつけて遅れているかもしれないが、もうすぐ完成するはずだ。場当たり的な解決方法だが、障気に当てられた者はグランコクマなどのまだ降下していない土地に移せばいい。物資についても、アルビオールなら外殻大地から魔界にすぐ運べるだろう。この為に俺は二号機の製造を依頼しておいたのだ。
そんな話し合いも終わったので宿に泊まろうとすると、アスターさんが気を利かせてくれた。
「では宿の代金はこちらで支払いいたします。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう。助かります」
……ホントいい人だな。
「ガイ、ちょっといいか?」
「ん? どうした?」
宿での一室で、同室になったガイに俺は話しを持ちかけた。
「明日ユリアシティで行われる平和条約だけど……俺に任せてくれないか」
「任せる? 一体どういう事だ?」
こんな言い方じゃ分からないよな。はっきり言おう。
「ガイ……前にも言ったが俺はお前の本名も出身地も知ってるんだ。そのお前が今回の平和条約に思う所がある事も俺は知ってる。だから言う、今回は俺に任せてくれ。お前としては平和条約の場で何か一つでも言いたい事があるのかも知れないが、俺に、任せてくれないか」
「ルーク……お前」
俺が言った言葉に、ガイは驚いた様子だった。自分の心の内が見透かされて気持ち悪いと思っているのかな。そう思われるのも仕方ない。でもこの平和条約の前に釘を差しておく必要があったのだ。
「本気……なんだな。分かったよ、ルーク」
ガイはそう言って一応は納得してくれた様だった。だがその瞳にかかる影は晴れないままだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
平和条約の調印式が始まった。実際には始まるまでマルクトとキムラスカの首脳陣をアルビオールで移動させるというギンジさん大活躍の一幕があったのだがさておき(ギンジさんには調印式の間ゆっくり休んで貰っている)。
ユリアシティの会議場で、キムラスカ側はインゴベルト六世陛下、王女ナタリア、俺の父親で軍の元帥のファブレ公爵、アルバイン内務大臣。マルクト側はピオニー九世陛下、ゼーゼマン参謀総長、何故が大佐という結構下の階級の軍人ジェイド……皇帝の幼なじみだからって身内贔屓かよ。中立者としてローレライ教団からイオンとユリアシティ代表で詠師のテオドーロさん、ケセドニアのアスターさんが参列した。また、正式な参列者という訳ではないが俺、ガイ、ティア、アニスも立ち会いを許された。俺としてはこの4人プラスジェイドは会議場に入らなくてもいいと思っていたのだが、どうも俺が考えるより両国のトップはフランクだったらしい。
そう言えば、久々に父親の顔を見たな。相変わらず何も言ってこないが。陛下が知っていたという事は父親も(ついでに母親も)俺がレプリカだと知っている筈だが、それについても何も言ってこない。まあ俺の方からも話す事は特に無いが。
「……ではこの書類にお二人の署名を」
そんな事を考えている間に調印式は進んでいた。両国のトップが書類に署名を行い、これで式は終了……の筈だが。
「ちょっと待ってくれませんか?」
俺はそこに言葉を差し挟んだ。
「ルーク!?」
その場にいる者は皆突然の行動に出た俺を見て驚いている様だ。だが俺には言わなければならない言葉がある。
「同じ様な取り決めがホド戦争の直後にもありましたよね。今度は守れるんですか?」
俺は両国のトップ、とりわけインゴベルト陛下の方に気持ちを向けながら聞いた。
「ホドの時とは違う。あれは
陛下がそこまで言った時だった。俺の後ろで立っていたガイが進み出てきた!
「そんな事の為にホドを消滅させたのか! あそこにはキムラスカ人もいたんだぞ。俺の母親みたいにな!」
俺は剣にかかったガイの右手を慌てて押さえた。
「ガイ! ここは俺に任せてくれるって言っただろう!」
これがあるから条約の前に口約束をしたというのに!
「ガイ、頼むから剣から手を離してくれ。このままだとお前は世界の平和を決める式を血で汚した罪人になってしまう。俺はお前をそんな風にしたくないんだ!」
原作では剣をインゴベルト陛下の首に添えていた。にもかかわらずその後特に処罰などされず、なあなあで事が済んでしまったが、この世界でもそうなる保証はない。ここで剣を抜けば冗談じゃなくガイの命に関わる!
「お前の母親……?」
剣を向けられ様としているインゴベルト陛下が怪訝な顔をする。彼に向かってガイは言葉を放つ。
「ユージェニー・セシル。あんたが和平の証としてホドのガルディオス伯爵家に嫁がせた人だ。忘れたとは言わせないぜ」
その時、今まで黙っていた父親が立ち上がった。
「……ガイ。復讐の為に来たのなら、私を刺しなさい。ガルディオス伯爵夫人を手にかけたのは私だ。あの方がマルクト攻略の手引きをしなかったのでな」
「……父上!?」
本当にガイの母親を直接手にかけたのかよ!?
「戦争だったのだ。勝つ為なら何でもする。……お前を亡き者にする事で、ルグニカ平野で戦いを発生させた様にな」
覚悟していても、結構くるな。お前を殺すつもりだった、というのは。
「母上はまだいい。何もかもご存知で嫁がれたのだから。だがホドを消滅させてまで他の者を巻き込む必要があったのか!?」
そっか、ガイはキムラスカがホドを消滅させたと思っているのか。原作知識を持つ俺とは違う見方をしていたんだな、この時はまだ。
「剣を向けるならこっちの方かもしれないぞ。ガイラルディア・ガラン」
成り行きを見守っていたマルクト側から、ピオニー陛下の声がかかった。
「……陛下?」
ホド出身のガイにとってはマルクトは自国側だ。そちらに責めるべきは自分達と言われてガイは戸惑った顔をした。
「どうせいずれ分かる事だ。ホドはキムラスカが消滅させた訳ではない。自滅した。――いや、我々が消したのだ」
「……どういう事!」
ガイと同じくホド出身のティアが叫ぶ。
「ホドではフォミクリーの研究が行われていた。そうだな、ジェイド」
「戦争が始まるという事で、ホドで行われていた譜術実験は全て引き上げました。しかしフォミクリーに関しては時間がなかった」
この時の為にジェイドが居たのか?
「前皇帝――俺の父は、ホドごとキムラスカ軍を消滅させる決定をした」
「当時のフォミクリー被験者を装置に繋ぎ、被験者と装置の間で人為的に超振動を起こしたと聞いています」
そう、それがホド消滅の真実だ。被験者と装置の間で発生した超振動がセフィロトのパッセージリングを破壊したのだろう。
「それで……ホドは消滅したのか……」
ガイは突然自国からもたらされた真実に呆然としている。
「父はこれをキムラスカの仕業として、国内の反戦論をもみ消した」
「アクゼリュスの時と全く同じやり口ですね」
アクゼリュスをキムラスカが俺の超振動で崩落させ、その後それをマルクトの仕業だと言って戦争を仕掛けようとした。それがこの前のかりそめの和平で行われ様としていた事だ。
「ひどい……被験者の人が可哀想」
年若いアニスは泣きそうになっている。
「そうですね。被験者は当時11歳の子供だったと記録に残っています。ガイ、貴方も顔を合わせているかもしれません」
「俺が?」
「ガルディオス伯爵家に仕える騎士の息子だったそうですよ。確か……フェンデ家でしたか」
ジェイドは淡々とその事実を告げる。
「フェンデ! まさか……ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ!?」
ティアが反応する。そりゃ自分の兄の事だもん分かるよな。
「ヴァン・グランツ。彼の本名がヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデです」
俺のその言葉で、その場は騒然となった。
「そうか、だから封印した生物レプリカをヴァンは知っていたのか……」
それってつまりホドでは生物レプリカの実験が行われていたって事だろ? しかもお前の指示で。スピノザが言った様に生物レプリカを山ほど作ってたんだろうな、こいつは。
イオンが間を取り持つ様にガイに語りかける。
「ガイ。ひとまず矛を収めてはいかがですか? この調子では、ここにいる殆どの人間を殺さなくては貴方の復讐は終わらない」
「……とうに復讐する気は失せてたんだがね」
もう調印式どころではなくなったその場の雰囲気を察知し、テオドーロさんが提案した。
「思わぬ所でヴァンの名が出た様ですが、ここは一度、解散しましょう。よろしいですな」
書類への署名は終わっている。ここで一度場を切っても問題ない筈だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ガイ……」
俺はガイに何を言えばいいのか分からなかった。知識があってもこの場では何の役にも立たない。
「すまなかったな、みんな。俺はどうしてもけじめを付けたかったんだ。……母上や姉上や、消えていったホドのみんなのためにも」
「戦争って、ホントに酷い。勝手すぎるよ」
「自国の為とはいえ、あんまりですわ」
アニスとナタリアも戦争の酷さを嘆いていた。
「それが、戦争なのですよ」
ジェイドの奴は冷静だな。こいつは自分が山ほどの生物レプリカを作ったりしていても冷静な奴だからしゃーない。人の死……というより命を身近に感じられないのだ。
「ルークは……ひょっとしてこれも知っていたのか?」
ガイが俺に聞いてくる。そりゃあ不審に思うよな。
「ああ、知ってた。頭の中の知識にあったからな。……俺だけ、皆の事情を知っていて申し訳ないとは思う。けど、俺は自分からそれを話すことは出来ないんだ。未来の知識を持ってる俺は、その知識が必要になった時にだけ開示するしかしてはいけないと思うから」
「…………」
沈黙が降りる。皆俺の持つ原作知識に対して思う所はあるのだろう。だが俺からは何も言う事が出来ない。出来ないんだ。
調印式が終わった翌日、テオドーロさんから伝達があった。
「両陛下から外殻大地降下作戦について一任された。障気については、ベルケンドにユリアシティの技術者を送っている。お前達には、まず地核の振動を止めて貰いたい」
パッセージリングの耐用限界があるので、外殻大地はいずれ崩落する。だがそれを防ぐ為に外殻大地を降下させるにしても、液状化した
「よし、なら俺達はシェリダンに向かおう」
地核の振動を打ち消す音機関などをシェリダンとベルケンドの職人に造って貰っている。その確認に行こう。いよいよ地核振動停止作戦だな。
アルビオールでシェリダンに移動中、グランコクマに届いていたというアッシュからの手紙を見る。
『ヴァンがマルクト軍に捕らえられている事が六神将にバレた。セフィロトを巡っている事も分かっているからいずれ待ち伏せされるぞ』
シェリダン、か。原作では地核振動停止作戦で多くの人が亡くなった場所だ。……この世界には預言《スコア》がある。シェリダンの人達に死の預言が詠まれているとしたら……俺は嫌な予感がして、アッシュからの手紙を握りしめるのだった。
作中でも言っていますが、原作では和平会談の最中に国王の喉に刃を突きつけるという暴挙にでる常識人()のガイさん。ですがこの作品でそれをやるとシャレにならないので(マジで死刑コース)、転生ルーク君は必死に止めました。