臆病な転生ルーク   作:掃き捨て芥

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第18話 発進

 バチカルを全速力で走り抜けた俺達は、徐々にペースを落としながら街道を走っていた。

 

「はぁっ、はぁっ。どうだ? 後ろ、追いかけてこないか?」

 

 ガイが苦しげに顔を歪めながら後ろを振り向いて言う。

 

「ふぅっ。はぁっ。だ、大丈夫。みたいだぜ。諦めはしないだろうが、一定距離は引き離せた様だ」

 

 バチカルから移動する経路は二つ。街道をそのまま進みザオ砂漠に入るか、街道を南に移動してイニスタ湿原に入るかだ。俺達は後者の経路を辿っていた。

 

「ペールや白光騎士団達は大丈夫かな。旦那様が上手くさばいてくれているといいが」

 

「だな」

 

 湿原の水に濡れた足下をぴちゃぴちゃといわせながらそんな言葉を交わす。

 

「この湿原の先はどこに繋がっているの?」

 

「キムラスカの音機関都市、ベルケンドだな。港があるからそこから船で対岸のシェリダンに移動しよう」

 

 ティアの質問にこれからの予定も含めて答えてやる。あっと、そうだ。

 

「この湿原には凶悪な魔物がいるんだ。それに気をつけて進もう」

 

「凶悪な魔物?」

 

「ああ、ベヒモスっていうんだけどな。でも大丈夫。そいつが苦手にする花がこの周辺には植えられているんだよ。ラフレスの花粉……だったか。その魔物を封じ込める為にな。花を見かけたら摘みながら進もう」

 

 原作だと何度か襲われるが、この世界でベヒモスに襲われたら全滅必至だからな。人数分花を摘んで全員に持たせよう。加えて今回湿原を抜ける事を想定していたからガイにホーリーボトルを買っておいて貰ったのだ。花&ホーリーボトルでベヒモスと魔物を遠ざけつつ俺達はベルケンド港を目指して歩いた。

 

 湿原を歩いているとナタリアが足を止めてしまった。悩んでいるのか。

 

「ガイ、ティア。少し休憩しよう!」

 

「ナタリア様、大丈夫ですか。辛いと思いますが……」

 

「いえ、わたくし。わたくしは……。……ごめん、なさい。いやですわ。泣くつもりでは……」

 

 今まで気丈にこらえていたのだろうが。ふとしたことで糸がぷつりと切れてしまったのだろう。両の瞳から涙をぽろぽろとこぼしてしまっていた。

 

「いいんだ。泣きたい時は素直に泣いた方がいい」

 

 俺の言葉なんかでは励ましにならないだろうが、少しでも気が楽になれればと思い、言葉をかける。しばらくすると、ナタリアは涙を拭いて前を向いた。

 

「……ごめんなさい、みんな。もう大丈夫ですわ。ルークも……ありがとう」

 

「気にするな」

 

 こういうとき、気の利いた言葉が言えない自分が恨めしい。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ベルケンド港についた。定期船の出港まではまだ時間があるらしい。俺はその時間を活用すべく、鳩を飛ばす為の手紙を書いた。多分ジェイドが対岸であるシェリダンに居るだろうから彼に宛てて手紙を書く。

 ナタリア姫が軟禁されそうになり助け出した事。ベルケンド港にいるのでこれからシェリダンに向かう事など、簡単に自分達の状況を書いて鳩を飛ばした。

 やがて定期船がやってきたので乗り込む。目的地はシェリダン港だ。

 

「あの、ルーク。これからどこに向かうのですか?」

 

 ナタリアが聞いてくる。まだちょっと自信なさげだ。

 

「これからシェリダンへ向かう。そこで飛行実験ってのをやってる筈だからそれを見にな」

 

「飛行実験……ですか?」

 

「大昔の浮力機関が発掘されたそうでな。創世暦の頃はそれを乗り物につけて空を飛んでたそうなんだ。現代の技術でも飛ばせるか試しているらしいから、それを見に行く。そんで多分そのままグランコクマへ行く事になるだろうな」

 

「グランコクマに、ですか。何故?」

 

「あー。そこら辺の事情は後でまとめて説明するよ」

 

 今はナタリアも全てを受け止める心の準備が出来ていないだろうから、そう言ってごまかす。

 

 

 

「アクゼリュスのパッセージリングを破壊する場合に、必要となる物があります」

 

「必要な物? 一体なんだ?」

 

「キムラスカのシェリダンで、今か少し先に行われる飛行実験。その浮力機関をつけた乗り物です」

 

「ふむ。飛行実験か」

 

 実物が無くていまいち要領をえない様子のピオニー陛下に、俺は簡単に説明した。発掘された浮力機関をつけた乗り物をシェリダンで開発している筈という事。一号機は失敗して墜落してしまう事。知識の中では、回収した浮力機関とタルタロスから部品を取って作った二号機で世界中を歩き回った事。

 後々世界各地を回る為にも必要だし。パッセージリングを壊して崩落するアクゼリュスから脱出する為にも必要だ。なのでマルクト軍に、タルタロスでもってシェリダンに行って貰わなければならなかった。

 

「確かに、空を飛べる乗り物というのは魅力的だな。だがその為にタルタロスの部品が必要になるというのは……」

 

 そりゃそうだよなぁ。いまだに見た事のない乗り物の為に軍の備品として登録されているタルタロスをばらすというのはリスキーだよな。でもそうして貰わないと困るのだ。

 

 

 

 シェリダン港からしばらく歩いてシェリダンに着いた。ガイは初めて見る職人の街にヒャッハーしている。

 

「シェリダンはキムラスカの領土ではあるんだが、全世界から優秀な技術者が集まってくるんだ。シェリダンの周りには大峡谷があるだろ。あそこの乾いた石は音機関……特に、譜業兵器には欠かせないのさ。地理的にもダアトに近いから、ダアトを経由することでマルクトへ戦艦や陸艦を売ってるんだな。つまり……」

 

「だーーーっ。うるせーーーっつーの!!」

 

 あまりにうるさいので俺もキレてしまった。

 

「ガイの音機関好きにも呆れますわね……」

 

 ナタリアがそう言う。言葉には出さないがティアも呆れている様だ。

 

「それにしても、空を飛ぶ音機関なんて、想像もできないわ」

 

「本当ですわ。ガイ、音機関で空なんて飛べるものですの?」

 

 ディストの奴は椅子で空を飛んでたけどな……。

 

「元々、今の音機関では空は飛べないんだ。だけど、創世暦時代の浮遊機関が発掘されて、研究が始まったのさ」

 

「でも、シェリダンの職人達は頑固だという噂ですが、そんな貴重なものを貸してくれるのでしょうか?」

 

「そ、それは分からないな……」

 

 そう、俺もそれが気にかかっていたのだ。原作においてはマルクトのセントビナーが危機に瀕していて、住民を避難させる必要があった。人命救助というお題目があったので、シェリダンの職人達も納得してくれたのだ。だが今回は差し迫った危機がないのである。しかも俺が頼んで派遣して貰ってるのはマルクトの軍だ。シェリダンは一応キムラスカの都市だからマルクト皇帝の威光もどこまで通用するか……。

 

 シェリダンの街に入った俺達は街の人に聞いて浮遊機関を乗せた飛晃艇……アルビオールの船渠(ドック)へ向かった。

 

「おいっ! 見てみろルーク。譜業の山だぞ、この街!」

 

 ガイの奴は相も変わらずはしゃぎまわっている。

 

「分かった。分かったから少しは落ち着いてくれよガイ」

 

「お前なぁ。シェリダンと言えば、世界でも最高の技術を誇る譜業の街だぞ。これが落ち着いていられるかっての!」

 

 そんなもんかぁ? 俺にとっては譜業といえば現実世界の機械と同じイメージだが、ガイはあれだな。偏執的な機械オタクなんだな。

 

「ガイって、本当に譜業が好きなのね……」

 

「そりゃーもう。好きなんてもんじゃないよ。譜業やら音機関やらに目が無くて、色々作ったりしてるしさ」

 

「普段は落ち着いているけど、今ははしゃいじゃって、まるで子供ね」

 

 ガイを見るティアの目が微笑ましいものを見る目になっている。まああれだけはしゃいでいたらなぁ。

 

「ガイにとっては夢の様な街だもんな……」

 

 普段はファブレ家の使用人として過ごしているから、この街に来たくても来られなかったのだ。それを考えればまあしゃあないか。

 

「お! 音素(フォニム)式冷暖房機だ! 三人とも、説明してやるから見に行こうぜ!」

 

 そんな事を考えているともう新しいものに目を付けたらしい。今にも駆け出そうとしている。

 

「……ガイ……。目的忘れるなよー……」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ああ、ルーク。お久しぶりですね」

 

 アルビオールの船渠に行くと、懐かしい青色の軍服が出迎えてくれた。

 

「ようジェイド。お疲れ様」

 

 久しぶりに会ったジェイドと挨拶を交わしつつ、ナタリアを紹介したりする。

 

「それで? 現状はどんな感じなんだ?」

 

「大体は貴方の言った通りですね。私達が着いた所、一号機の建造を進めている最中でした。ちょうど到着した私達が、設計図を総ざらいして設計ミス等がないか点検して貰い、必要であればタルタロスの部品を使用して貰う事を提案した所、喜び勇んで部品を持っていかれましたよ。」

 

 その時の様子が目に浮かぶ様だ。シェリダンの職人達にとってタルタロスはさぞ魅力的なブツに見えたのだろう。

 

「それで一号機は完成したのか?」

 

「ええ、昨日完成しました。これから初フライトだそうですよ」

 

 操縦士は……兄のギンジだろううな。

 

「じゃあ俺達は、一号機が墜落しないか見物させて貰うとするか」

 

「『墜落しないか』とはなんじゃ!」

 

 俺の不用意な言葉に反応した爺さん連中の怒声が聞こえてきた。やべっ。

 

 イエモンさん、アストンさん、タマラさん。シェリダンの職人は俺が知る通りの人達だった。……後々シェリダンの惨劇で亡くなってしまう人達ではある。だがそれは原作知識の話だ。俺が生きているこの世界ではそうはさせないぜ。

 その後、タルタロスの部品を使って作られた真・アルビオール一号機は無事初フライトを終えた。だけどまだこれで終わりじゃない。俺の持つ原作知識ではアルビオールは三号機も建造されたのだった。浮遊機関は二つ発掘されたからな。その為、俺は今後の事も考えて、この世界でもアルビオール二号機を建造してくれる様にシェリダンの職人達に頼むのだった。俺の予想が当たれば二号機も役だってくれるはずだ。

 そして、俺達はマルクト皇帝ピオニーと王女ナタリアの口利きもあり、アルビオールでグランコクマへ向かったのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 グランコクマに到着するまでの空の旅の間に、俺は大体の事情をナタリアに説明した。俺がレプリカで本物のルークが今は別の場所に居るという事も。偽姫騒動に加えて突然の告白にナタリアはだいぶ混乱した様だった。だが偽姫騒動はともかく俺の告白については何かを言う事は出来なかった。冷たい様だがそりゃそうだろう。自分が本物の婚約者ではない別人だと分かっていたのに、のうのうとその座に居座り続けたのだ。俺が何を言えるというのだ。

 

 それはそれとして、今の現状を整理してみよう。シェリダンへ向かったジェイド、バチカルへ向かった俺、ガイ、ティアは無事合流し、目的のブツであるアルビオールも手に入れた。

 次にアラミス湧水洞を通ってユリアシティに向かったユリアシティ見学隊だ。こちらはユリアシティで障気にあふれた魔界(クリフォト)を見学すると同時に、パッセージリングやセフィロトについて教授を受ける手はずになっている。報告は鳩による手紙でグランコクマに届く筈だ。

 最後にアクゼリュスへのパッセージリング調査隊だ。こちらにはタルタロスと同型艦でダアト式封咒を解けるイオンと、ユリア式封咒を解けるヴァン(俺の提言でそれぞれ十人の警護をつけて貰っている)、パッセージリングを調べる研究班、耐用限界のメッセージを確認するマルクト軍の将校といった豪華メンバーだ。こちらも報告は鳩で届く手はずだ。

 俺達がグランコクマに戻った時点で両方の隊から報告が上がっていた為、俺はすぐさまピオニー皇帝に呼ばれる事となった。そうして、皇帝と議会の主要なメンバーを集めた会議が始まった。

 

「…………という訳です」

 

 会議で報告を行ったのはあのアスラン・フリングス将軍だ。ここで出会う事になるとはな。

 

「なるほど。残念ながら、こちらのルーク殿の話した未来の知識は今の所全て的中しているという事か」

 

 ピオニー陛下が報告をさらっとまとめてくれた。

 

 現状は悲しいかな俺の原作知識通りだった。二つの封咒を解いたアクゼリュスのパッセージリングは、耐用限界を迎えていると表示してくれやがった。

 ユリアシティの方は外部の人間に対してそうやすやすとは説明してくれなかったらしい。だがユリアシティの理念はユリアの預言(スコア)を違えないという事だ。預言を違えないと固く約束したらなんとか、との事だ。それによるとやはりパッセージリングには三種のセキュリティがあり、ホドが崩落した事でアルバート式封咒の片方は解かれている状態らしい。

 

「で、これからどうするのかって話だ。俺達の前には二つの道がある。ルーク殿の言う通りアクゼリュスのパッセージリングを破壊し、他のリングを操作できる様にして大地を降下させるか。ルーク殿の言う事を妄言と切って捨てて、アクゼリュス含めて世界全土が崩落するかどうか確かめるか」

 

 会議場は静まりかえっている。それもそうだろう。自分達の領土であるアクゼリュスを、自分達の手で崩落させるかどうか決めろと言っている様なもんだからな。……俺が口火を切るしかないか。

 

「マルクトの皆さん。確かに、俺の言っている事はそう簡単に認められないかも知れない。でも現状集まった情報ではこの世界が危機に瀕している事は分かって貰えた筈です。お願いします。世界全てを救う為にも、アクゼリュスのパッセージリング破壊を認めて下さい!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 う、沈黙はやめてくれ。また胃が痛くなってきたじゃねーか。その時だ。

 

「俺からの決定(・・)を伝える。アクゼリュスのパッセージリングを破壊する。マルクトはルーク・フォン・ファブレの言を信じて動く」

 

 え?

 

「了解しました」

 

「それしか……ないでしょうな」

 

「私は今も信じている訳ではないのですが……それでもこれからの推移を見極めていこうかと思っております」

 

 え? え? え?

 

「……という訳だ。ルーク殿。俺達は貴公の知識を元に動く。だが、その前に一つだけ確認したい事がある」

 

 確認したい、事?

 

「この世界には預言がある。分かりやすい未来の指針だな。だが……“預言”とルーク殿の“未来の知識”それに差はあるのか? ルーク殿の知識を元に動く事は、預言に唯々諾々と従う事と何が違うんだ?」

 

 ……あー。それは確かに、な。俺も七年間の間に何度も思ったよ。原作は預言から離れていこうとする世界を描いている。絶対的な指針を盲信するのではなく、自分の耳で聞いて、自分の目で見て、自分の頭で考えて、選ぶ。それが原作の大きなテーマともなっている。だが俺が原作知識を元に動くのはある意味ではそれと真逆の事だ。原作知識を元に動くというのは、絶対的な指針を盲信しているも同然なのではないかと何度も思った。……けどな?

 

「陛下。俺もそれについては七年間の間に何度も悩みました。けれど結論は出ています。大事なのは指針を信じるかどうかではない。指針を利用するかどうかも含めて、自分達を幸福にする為に行動するかどうか、です。だから俺は未来の知識を元に動く事を悪い事だとは思わない。俺は自分の意思で知識を信じると決めた。そしてその知識を利用して自分を幸せにする為に行動すると決めたんです。……俺に言えるのはそれだけです」

 

「……そうか」

 

 俺の言葉に、陛下は静かにうなずいてくれた。

 そうして、マルクト帝国は動き始めた。後で知った事だが、会議が始まる前に、既に議会への根回しは済んでいたらしい。そりゃそーだよなぁ。現実世界の商談とかも大体は事前の話し合いで決まってるよーなもんだしな。

 

 よし! まずはアクゼリュスだ!

 

 




 アルビオール発進と同時にマルクトが主人公の知識を元に行動し始めるという事でタイトルをこうしました。
 原作知識持ちの主人公が居るので、一号機墜落せず、です。その為一号機の救援作業も行われず、恐竜型ボスのブレイドレックスも放置です。これからの行動は主に一号機で移動するのでギンジさん大活躍の予定。残念ながらノエルはほとんど出番なしです。好きなんだけどねぇ……。
 ナタリアに原作知識バレです。ナタリアだけでなく、自分の本名を知られていると気づいたガイやジェイドなどがいますが、彼らは彼らで色々と考えています。ただ今は世界の危機なのでルークと話す事が後回しになっていますが。主人公もそこら辺フォローしたいと考えてはいるのですが、世界の危機に対応するのが自分しかいないので手が回っていない状況です。
 原作の預言盲信者と原作知識で動く主人公の何が違うか。大事なのは知識を利用しない事ではないんですよね。知識を利用しようがしまいが、自分で考えて自分の幸福の為に行動できるかが大事なんだと思います。預言を利用した方が幸福になれると思うのなら預言を利用するのも悪い事ではないと思います。天気予報を信じて傘を持ち歩く人の様にね。

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