企業戦士アクシズZZ   作:放置アフロ

15 / 29
15 トリプルズ+α

 東京郊外の私鉄沿線。駅の近くに喫茶・富士はあった。

 

「お前は一体、何回この店で食い逃げしてるんだ!? 店長は聖人君子かと思うぞ!」

「う~ん、まだ3回ぐらい、かな?」

「普通に答えてんじゃない!」

「風美姉さんもおさえて」

 

 積もり積もった長女・(プル)のパフェ代を次女・風美(プルツー)が頭を下げながら払い、来栖三姉妹(トリプルズ)はようやく席に着いた。拳を振り上げた次女をいさめたのは、同じ顔をした末妹・麻里(マリーダ)である。いや、実は長女も同じ顔、三つ子なのである。

 土曜の今日は午前中から「話がある。おごるからちょっと来てくれ」と、風美が姉妹をこの喫茶店へ集めたのだった。

 

(それにしても)

 

 麻里は不思議に思う。

 風美はバイトをしている気配も無い。なのに、世話になっている神根(ジンネマン)家に月々の食費と家賃を、麻里同様ちゃんと入れている。ちなみに、風はまったくただの居候である。

 先程、払ったパフェ代といい、

 

(あのお金は一体どこから、・・・・・・?)

 

 そして、最近の風美は毎月特売日に下着を大量に仕入れてくる。家事を手伝う内、麻里は気づいた。いつからか、風美の下着を洗った記憶がない。そのくせ、着替えているところを見ると、毎回清潔な物、というより新品を着用している。

 では、

 

(あのはいたパンツは一体どこに、・・・・・・!?)

 

 嫌な汗が額に浮く。

 養母の風衣(フィー)がそのことを風美にただしても、「あれ? そうだっけ?」とすっとぼけるのである。強烈な癇癪(かんしゃく)持ちである次女。謎を直接確かめる勇気は末妹にはない。

 

 

「そういえば、今日の夜だよね? 例の男の子が来るの。その話なの?」

 

 マンゴーアイスをスプーンですくいながら麻里が言う。

 

鈴樟(すずしょう)とか言ったっけ? でも、関係ないよ。

 皆を集めたのはさ、わかってると思うけど、ここにいる3人とも憑依転生者、だろ? な、トゥエルブ」

 

 麻里は思わず塊のアイスを飲み下してしまった。むせる。

 

「わかりやすい奴。それでこれからどうするつもりだ? 私と風には従うべきマスターはいない。まぁ、()って奴はいるけど。そいつのことは考えないでおこう」

 

 スプーンを置いた風美は嫌なことでも思い出したのか、二の腕をなでた。鳥肌が立っている。バナナパフェをぱくついていた風が顔を上げた。

 

「風美はグレミーに抱っこしてもらったことあるんだよね~?」

「ち、違う! あれはあいつが無理やり」

「え、抱っこ? マスターが無理やり?」

 

 思わず、麻里も素のトゥエルブに戻る。記憶の中にある優しい金髪の面影が、ぐらりと歪んだ。

 

「あの、もしかして。その、・・・・・・なにか、されたの?」

「ちが~う! クィンマンサのコクピットに押し込まれただけだ! 麻里も変な聞き方するな」

「お、押し込まれた!?」

「そうそう。せま~いコクピットに閉じ込められてね、リニアシートを使ってね、『あぁ~♪ グレミー、このロリコン! もっと責めて~♪』ってね」

「言うか―――! 私は金にならない、あんな奴は相手にしな・・・・・・」

 

 からかう風に、立ち上がった風美は怒髪衝天となったが、(ちょっと、しゃべりすぎた)という顔をして、閉口した。

 

風美ぃ(プルツーぅ)、抹茶パフェもたのんでいぃ?」

 

 風の上目遣いは、(拒否すれば、お前の秘密をもっと・・・・・・)と語っていた。

 

「クッ。いいとも。好きなだけ注文するといい」

「わぁ~い、ありがとう♪ お姉ちゃん、風美のこと見直したよ。いい子、いい子」

 

 風は風美の下あごからのど元にかけてを、猫にするようになでてやった。白々しいことこの上ない。

 風美は風の手を払いつつ、腰を落ち着ける。

 

「・・・・・・話を戻そう。いまさら、連邦もネオ・ジオンもない。そもそも西暦には存在しないんだから。私たちと同じように転生者はいるだろうが、関わりを持たなければいいだろ? 私はこの平和な時代を勝手に生きるつもりだ」

「あたしも、あたしも~。たくさんパフェが食べれて、神根さんちでお風呂に入れるから幸せ~。あとはジュドーがいれば~、キャッキャ、ウフフな・・・・・・」

 

 続きは無視した。

 

「それで、麻里はどうするつもりなんだ? アクシズ建設なんかに入って! お前、分かってるだろ? あそこはハマーンの」

「は、浜子さんはいい人だよ! お兄ちゃん(マスター)だって、・・・・・・真島さんだっているんだし」

「自分が宇宙世紀でやったこと忘れたわけじゃないだろ? いくら転生したからって、時空を超えて恨んでいる人間だっているかも知れないだろ?」

 

 風美の言葉はトゥエルブに赤い巨大なMS《ゲーマルク》の姿を思い出させた。そして、パイロットの憎悪も。

 

(この猫目のキャラ・スーンに子供を相手させるなんてさっ。むかつくねぇ。みんな死になっ!)

 

 無言でうつむいたままの麻里に、風美はため息をついた。

 

「しょうがない奴だな」

 

 少し笑ったような雰囲気に変わっていた。

 

「麻里さぁ。最近、ふさぎ込んでるけど、原因は男だろ? 真島だろ?」にやにやとした風美(プルツー)

「え?」

「やっぱり破局? 包丁、振り回したらね~。で、実際どうなってんの?」にこにことした(プル)

「え、え、え。ま、待ってよ!」そして、おどおどとした麻里(マリーダ)

 

 同じ顔でも、表情は三者三様だ。

 

「破局っていうか、そもそも始まってなかっただろ? でもさ、真島専用妹はやめたほうがいい。いくらお前にとって大切なお兄ちゃん(マスター)だとしても。あ、それと会社に都外川って奴いるだろ? あいつは論外な」

「ひどい! ちょ、ちょっとは発展したんだからっ。それに『専用』とかやめてよ! なんだか、その」

「ねぇ、あたし思うんだけどさ。麻里の真島(マスター)を想う気持ちって、本当なのかな?」

「風姉さんまで! もっちろん、バリバリに、伝説的に本気だよ!」

「じゃあさ、真島(マスター)とアイス、どっちの方が好き?」

「・・・・・・ア、・・・・・・ァ、お兄ちゃん(マスター)

「なんだ、今の間はぁぁぁ―――!? そこは即答しろよっ! 悩む必要ないだろっ!」

 

 さらに風美が「さすがに、真島のことがかわいそうに思えたわ」と突っ込んでる隙に、風は「じゃあ、いただき~」と麻里のマンゴーアイスをパクつく。

 

「あ、ああぁぁぁ――――! アイス、私を幸せにしてくれるアイスを、よくも・・・・・・。

 姉よ、氏ねぇぇぇ―――!!!」

 

 収拾のつかぬ姉妹喧嘩が勃発した。結局、彼女たちの行動指針は棚上げとなった。

 

 三姉妹は『例の能力』をもってしても感知することができなかった。すぐそばまで、虚無という絶望が迫っていることを。

 

 

 

 

 話は変わる。

 一週間前。同じ店、喫茶・富士で三姉妹の養父・神根 統露(スベロア・ジンネマン)は男と会っていた。

 長身の男は屈強な肉体の上に、ちょこんとした小さな頭を乗せていた。スキンヘッドと刈りそろえられたひげ。いかつい風貌をしているが、物腰は柔らかい。やくざの顔をした軍人といったおもむきである。

 対面の神根(ジンネマン)はロングピースに火をつけた。紫煙と共に太いため息を吐き出す。

 

「なぁ、(かえる)ちゃんよ」

 

 神根は右耳の上を掻いた。さも迷惑というひげ面を隠そうともしない。

 

「なんで俺がその華路(かじ)って中坊(ちゅうぼう)の面倒を見なけりゃならない?」

 

 相手は智野 還(ともの・かん)という。

 

「今は頼れる筋があなたの他にいない。この通り」と、禿頭(とくとう)を下げる。

 

 その時、ドアベルを鳴らして別の客が入ってきた。

 ばね仕掛けのように、顔を上げた還。右手は早くもスーツ懐の固いグリップをつかんでいた。

 しかし、それは幼稚園児を連れた女性客であった。

 

「随分と切羽詰ってるみたいだな」

 

 神根の言葉を受け、ようやく、還はグリップから手を離す。

 今でこそ、伽藍(がらん)組というまっとうな工務店を経営している神根だが、過去には後ろ暗い商売にも手を出していた。還とはその頃の付き合いだ。

 

 発端は今年の初春に発覚した贈収賄事件、通称レウルーラ事件である。

 蛭田 道三(ヒル・ドーソン)レウルーラ社社長が政治的地位を高めるために、政治家および官僚にレウルーラ社の子会社、レウルーラ・コムサイ社の未公開株を譲渡した。

 事件の裏には、レウルーラと政治家を結びつける影の立役者が存在した。美術品売買・移送を業務とする組織、美須戸財団(みすどざいだん)の当主・美須戸 門明(みすど かどあき)である。美須戸財団はマネーロンダリングの黒い機関とも噂されていた。

 ところが、財団の関与がマスコミにまでリークしたこの秋。報道が過熱を帯び始めたある日、門明は白昼衆目の下、銃撃され死亡した。一部始終は居合わせたテレビ各局に中継されていた。「子供には見せないでください!」と慌ててアナウンスする国営放送には、門明の銃創を止血のため抑えている智野 還が映り込んでいた。彼は門明のボディガードだったのである。

 

「敵は巨大すぎる。華路さまを連れて、復讐におもむくなどできない」

「安っぽい感情だな」

 

 神根はばっさりと切り捨てた。だから、次に「仕方ない。預かろう」と承諾したことは、意外という他ない。

 

「すまない。この借りはいずれかならず」

「いいから早く、そいつを連れて来い」

 

 還の部下らしい黒服に連れてこられた少年は思いのほか好印象で、およそ黒い金脈にまみれた門明に育てられたようには見えなかった。

 そして、彼らは一週間後、少年を神根家に引き取る約束をして喫茶店を後にした。

 

 

 

 

「す、鈴樟 華路(すずしょう・かじ)です。よ、よろしくお願いしますっ」

 

 夕方、神根一家と三姉妹がちゃぶ台を囲む居間で、少年は深く頭を下げた。正座していたので、少し波打つ前髪が畳みに触れた。

 

「よろしくね、華路くん。こんな旦那(ひと)だけど、息子がいないものだからホントは小躍りしたいぐらいなんだから」

 

 風衣がやわらかく微笑み、実娘・真里(マリィ)も不自然なぐらいに何度もうなずいた。

 しかし三姉妹は、

 

「ふ~ん。あたし、弟キャラには興味ないんだよね~。プルプルプルプルー♪」

 

 さっさと脱衣場へかけていく(プル)

 

「えーと。お養父さんがそう言うなら仲良くする」

 

 微妙な言い回しの麻里(マリーダ)。「明日の準備があるから」と、すぐに居間を去る。

 そして、ひとり華路を凝視する風美(プルツー)。いきなり人差し指を突きつけるや、

 

「お前っ、私の奴隷だっ!」

 

 いきなりSM女王様のような宣言をした。神根一家はあっけに取られて、ものも言えない。

 

「いいな、これ。命令されるんじゃなくて、するのって最高だな。私は風と違って弟もかわいがってやるからな」

 

 人を物扱いの風美は華路の顎に指をかけ、つい、と上に向けさせる。風美のお尻には矢印()型の黒い尻尾でも生えているのだろうか?

 

「お前、なに変なこと考えてるんだ?」

「そ、そんなこと、考えてませんよっ」

「嘘つけっ! 私たち三姉妹には通用しないぞ。忠告しておいてやろう。私たちをオカズにして自家発電はやめておくことだ。

 でないと、お前の一角獣(ユニコーン)は・・・・・・」

 

 片手でチョキの形を作り、指を開閉させてなにかを切るような動作を見せた。華路は思わず生唾を飲み、のどを鳴らす。

 

(なんだよ、これ。なんなんだよ。こんなの、生き地獄じゃないか!)

 

 立ち上がるや、靴も履かずに飛び出した。

 

「待て、華路!」

「ちょっと、風美もいたずらが過ぎるよ!」

 

 統露(スベロア)真里(マリィ)の声も華路には届かなかった。

 

 

 日は落ちた。誰もいない公園。走れるだけ走った華路は所在無く、ブランコに腰掛けていた。11月の冷たい夜風が華路の心身を震えさせる。だが、戻るべき温かい家は、・・・・・・。

 と、激しい息づかいで駆ける神根統露が華路の姿を認めた。腰を浮かせた華路に、

 

「行くな!」

 

 大喝を浴びせる。夜の静寂にそれはうるさかった。息と思考を整えつつ統露は近づいた。うつむく少年を前にしたときには、彼ははっきりとかけるべき言葉を用意した。

 

「こんなはずじゃなかったと思うのはお前の想像力不足だ。ハーレムを制圧するというのはこういうことだ」

「おれは想像力豊かですよ! 美人の熟れたお母さんに、三つ編み童顔のお姉さん。それに現役(なま)女子高生、しかも三人! なのに『ドキッ♪ 女だらけの禁欲生活』? こんなのハーレムじゃない。ただの生殺しですよ!

 神根さんは喫茶店で『夢の暮らしが待ってるぞ』って言った。でも、こんなこと、平気じゃないはずです。やらせてください!」

「いきなりか! ものすごく卑猥に聞こえるぞ」

「笑ってごまかさないでください! これが夢の暮らしっていうなら、なんでエロ本を買ってくれたんです? なんでおれをのぞき部屋に連れてってくれたんです?

 三姉妹があなたをパパと呼ぶのは、扶養者だからじゃない。神根さんが隠れロリコンで無理やりそう言わしてるから――」

「黙れぇぇぇ―――!」

「ぐはっ、あああぁぁぁ―――っ!」

 

 不意に投げ飛ばされた。華路はジャングルジムに激突、背を打った上尻餅を突く。統露は鬼の形相に変わっていた。負けじと華路も統露をにらむ。

 

「俺はロリコンじゃねぇぇぇ―――! あいつらはパパとは呼ばんっ!

 お前を気にかけたのは美須戸財団当主の落とし種だからだ。なびかせておいた方が金を引っ張れると思っただけだ。こんなのはハーレムじゃないと言ったな。耳の穴かっぽじってよく聞け! 風俗街を抜けて寺に通う坊主のような生活、これがハーレムだ。

 主義も、名誉も、尊厳も、無いっ!

 三つ子が来てから、俺は風衣を抱けない。俺の夫婦生活はとっくに終わったんだ!」

「そんなの、・・・・・・親兄弟と同居だからって、部屋でオナれないプータロー(ニ ー ト)と同じ理屈じゃないですかっ!」

 

 それは壮絶な、そして、哀しい男たちの戦いであった。

 

「何にも知らない『やりたい(さか)り』の小僧がぁっ! 男の一生は死ぬまで欲望との戦いだっ!」

「そんなの間違ってる! 我慢しすぎて前立腺がんになりますよ。神根さんだって、神根さんだって、・・・・・・。

 まだっ、朝立ちするんでしょうがぁぁぁぁぁぁぁ―――――っ!!!」

「このガキィィィ―――! いい加減に、その減らず口を閉じないと」

 

 パウゥゥゥ! ファンファンファン!

 

 住宅街の静寂をけたたましいサイレンが破る。同時に神根と華路に強烈なハイビーム・ヘッドライトの光線が浴びせられ、公園の遊具たちは回転灯に赤く染まる。

 

「今日はお父さんですか?」

 

 パトカーから降りてきた屈強な警官、モアイ像の顔を持つ田草警部補(ダグザ・マックール)はつぶやいた。

 

 

 

 

 暗い部屋。そこはスタンドライトとテレビモニターの明滅しかない。

 

「ご苦労でした。ではいつも通り、金は指定の口座に」

 

 女は手短に電話を切る。

 テレビでは緊急特番として、美須戸財団射殺事件が取り上げられていた。

 

「くだらん」

 

 一言つぶやき、リモコンを操作する。プッ、と短い音を立て、スクリーンは黒くなった。

 だが、彼女の心よりは黒くあるまい。

 

(あなたの昔のご友人も送ってさし上げました。天国で仲良く晩餐会でも開いてくださいまし)

 

 岸 莉愛(キシリア)はにこりともせず、壁にかけられた夫の遺影を見上げた。

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニ×じゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「原因は明らかに華路にある。もっと我慢しなさいって!
 神根一家で元気溌溂、イキがいい男は華路だけなんだから!
 なーんて、危ない状況なんでしょ♪
 当然、すぐに仕掛けてくる奴がいるわけで。
 次回、アクシズZZ『死闘は憎しみ深く(前編)』
 これ、タイトル詐欺じゃないの?」



【神根一家にまたひとり養子が増えました】



(登場人物紹介)

ガエル・チャン → 智野 還(ともの・かん)

バナージ・リンクス → 鈴樟 華路(すずしょう・かじ)



(あとがき)
 勢いでやったキャラアンケート。ようやく、ひとり出せました。
 一応、まだやってます。活動報告の「企業戦士アクシズZZ キャラアンケートという名の墓場」という記事になります。すぐには作品反映できませんが。そも、できなければ、「それは無理」と言いますので。
 華路は西暦89年=UC89年だと、9歳(笑!)ということなので、三姉妹や浜子同様、5つ増やして、14歳、中学2年という設定です。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。