UC.0079、10月某日。
中央アジア・タリム盆地に広がる砂漠。タクラマカン。
それは『無限の死』、『どこまでも続く不毛』といった意味合いを持つ。
その砂漠の上空に光輪が現れ、内側から黒い巨大な何かが降りてきた。
頭頂高18メートル超の太くマッシブな人型。腰部にはスラスターを内蔵した大型スカートアーマー。末端が肥大した脚部には、熱核ロケットエンジンが内蔵されている。宇宙用の《リック・ドム》をベースに試作されたニュータイプ専用MS、《トゥッシェ・シュヴァルツ》と呼ばれる・・・・・・はずである。
《トゥッシェ・シュヴァルツ》はスラスター噴射で砂塵を巻き上げながら、砂丘の斜面に足底を付けた。
「よっと。・・・・・・と、と、と、わぁぁぁ!」
バランスを崩した《トゥッシェ・シュヴァルツ》とコクピットのやよいは背中から、転倒する。
試作先行機である《シュネー・ヴァイス》はサイコミュ兵器ビットを機体に内蔵できず、ビット・キャリアーと呼ばれるユニットを背部に装備していた。これはMS本体よりも巨大で、《リック・ドム》が持っている機動歩兵としての運動性能は著しく低下された。
その結果、ビットをより短小にしたショートビットの開発が加速。機体へ内臓できるようにしたのが、後継機《トゥッシェ・シュヴァルツ》である。
しかし、《トゥッシェ・シュヴァルツ》もサイコミュ兵器の開発過渡期が生んだ試作機の上、宇宙戦を前提とした機体である。地球重力下での重量バランスを突き詰めて作られているわけではない。その重心は肥大化した肩部、上背部に偏っていた。
トップヘヴィーの《トゥッシェ・シュヴァルツ》は、あっ、という間に砂丘の底へ転げ落ち、砂に半身を埋めた。仰向けのそれは、まるで逆さまにされた亀か、甲虫である。
「あいたた。まいったなぁ、も~」
ハッチが開くと、マンガの登場人物よろしく、やよいは目を回していた。それでも殊勝に焼酎の空きペットボトルを両手に持っている。
「こんな暑くて砂っぽいとこ、さっさと引き上げて、飲み直そう」
砂丘の向こうには塩湖ロブレイクが太陽の光をきらめきに変え、まぶしく反射していた。
「やっとかよ~」
塩水を汲み終えたやよいが砂丘の頂上まで戻る。あとは転げ落ちようがなんだろうが下っていくだけだ。
その時。
周囲に巨大な音が轟いた。
やよいは巨大なエアコン室外機の音に似ていると感じた。彼方の空を見上げる。
それは、地球連邦軍の強襲揚陸艦、敵対するジオン公国軍からは『木馬』と呼ばれていた。
しかし、人によって印象は異なる。
「な、なんだい、あの白いスフィンクス! てか、なんであんなバカでっかいモンが浮いてるんだい!? 飛行石でも積んでるの!?」
やよいは腰を抜かして、砂漠にへたり込んだ。
そうしている内にも、《ペガサス》級2番艦《ホワイトベース》は彼女に向けて、いや、ロブレイクに向けて、近付いていた。
ロブレイクからかなり離れた上空にバインダー・スラスターの噴射音が轟く。モグラの頭を引き伸ばしたような特徴的なマスク。真紅に塗られた機体。それは彼女専用のMS、《キュベレイMk-Ⅱ》である。
「なんで私がこんなことを」
真島にむりやり宇宙世紀に連れて来られて、気が付けば、
「あのロリコン弩変態め。勝手に私を連れてきておいてどこに・・・・・・ん?」
地上を
探知した目標の頭上を小さな回転半径で飛ぶ風美は見た。
「あれは、確か旧ジオンの」
岩陰に隠蔽のため砂漠迷彩シートをかけた小型陸戦艇の姿。それはちょうど後部に半球状のカーゴを接続作業中であった。
「もしやあの機体! オムドゥルマンの!?」
ジオン公国軍ランバ・ラル大尉は空に轟く聞きなれぬ噴射音を追ってうめく。黒い瞳が不明機のシルエットを捉えていた。
彼は先程、『木馬』襲撃に失敗し、部下の《ザク》2機を失い、自身のMSも左腕シールド半壊、75ミリ5連装フィンガーバルカンも弾切れという有様であった。移動野戦基地たる陸戦艇に収容中に発見されるというのは、状況として面白くない。
むしろ、敵がアフリカで《ザク》12機を短時間に撃破し、煙の如く姿を消した『オムドゥルマンの白昼悪夢』であれば最悪といえる。戦闘データから得られた進攻速度を考えれば、ジェットエンジン搭載、ホバー走行可能な高速陸戦艇とはいえ、『白昼悪夢』から逃げ切ることは難しいように思えた。
「カーゴを切り離せ! 私が食い止めるうちにお前たちは離脱しろ」
「あなた、ご無事で」
怒鳴るラルに、戦場に似合わぬ金髪スレンダーな女性がヘルメットを手渡す。
何度となくかけた言葉。投げかける度にラルの死を覚悟した。だが、どんな時でも彼は帰ってきた。
彼女、ハモンはその言葉が今日最後になろうとは、思っていなかった。
(あれは確か、・・・・・・)
眉間にシワを寄せ、風美は昔、研究所で受けた睡眠学習の古い記憶をたどる。
「陸戦艇《キャロット》? いや違うな。《チョロット》? もっと違う。えーと」
つぶやく内に陸戦艇後部の主砲が仰角を付け、《キュベレイ》を追尾する。飛行速度を見越し、予測進路上に砲口を向けた途端、吐き出す轟音と現出する巨大な火球。青天に対空榴弾が弾ける。
《キュベレイ》は急旋回して回避する。陸戦艇は砲身も焼けよ、とばかりに砲撃し続ける。
もっとも、無誘導砲弾では高機動の《キュベレイ》に当たるものでもない。《キュベレイ》も大気圏重力下で推力任せに飛び続け、風美がモニターを見ているうちにも推進剤の残量ゲージを減少させていった。
「やめろっ! 私はもう戦いはやらない!」
陸戦艇は無線に応えず、彼女の叫びを聞くものはコクピットしかいない。
私が殺してしまったプルは言った。
『女の子に戦士なんてできないよ!』
そうだ。偽りであったとしても、堕落していたとしても、平和であってなぜ悪い? 正義の戦争よりもずっとましだ!
「やりたきゃ、戦争屋同士でやってろ! 無関係な子供の私たちを巻き込むなっ!」
その時、陸戦艇から発進したMSが撃つ対空散弾が《キュベレイ》の近傍で弾ける。装甲が跳ね返した着弾音はコクピットまで響いた。
「こいつっ! どうしても私と戦いたいのかいっ!」
怒りに醜くゆがんだ風美の顔がMSに向けられた。敵機は右マニピュレータにザクマシンガンを装備している。
(あの青い機体は確か、・・・・・・)
そうだっ! あれは
「MS-07《フグ》! 魚みたいな名前してっ! 私に喧嘩売るなんて、10年早いんだよっ!」
誤りである。MS-07ではなく、ランバ・ラルが駆る機体は正確にはYMS-07B、すなわち先行量産型である。
ラル機は《キュベレイ》に自由行動させまいと、断続的に制圧射撃を加える。その隙に陸戦艇は全速で退却する。ザクマシンガンはすぐに弾切れを起こした。
《キュベレイ》に旋回をかけながら、風美はモニターの端に青いMSがマシンガンを捨てるのを見た。
「小賢しい。あんな骨董品で《キュベレイ》をやれると思われたとはな」
一度は捨てた殺意が目覚める。
「子供の、遊びじゃ、ないんだよっ!」
風美の殺意を捉えたサイコミュがそれを拡大する。全備数10基のファンネルがリア・アーマーを兼ねたファンネルコンテナから発射される。すぐにそれはラル機を包囲した。
「こ、これは!?」
反射的にラルは右マニピュレータに内蔵された
「そんな隠し芸で悪あがきしてっ!」
かえって、風美の怒りに油を注ぐことになった。
「そこの青いの―――!」
『ラル機を四方からオールラウンド攻撃のビームが串刺しにする』、そのイメージをサイコミュに伝達しようとした刹那。
何か甘い匂いが風美の鼻腔をくすぐった。
(
それは叶わぬ淡い気持ちを抱きながら、戦いに身を置く男
罪悪感に
ぎりっ、と歯噛みして、
「戻れっ」
「なにっ? この状況で退く!?」
主の命を受け、
「相手が飛び道具だったから負けました、なんて言われたらむかつくからな。
《フグ》なら《フグ》らしく、ふぐ刺しにしてやるよっ!」
《キュベレイ》の両袖口からビームガンの銃身が飛び出す。コンマ数秒で光刃を形成し、ビームサーベルへと姿を変える。
対峙するラル機もヒートサーベルを抜き放つ。鞘の役目を果たしていたシールドの分離ボルトに点火、小爆発を起こして、それは砂漠に落下した。両手持ちに構えると、すでに電荷によって超高温、赤熱の刀身と化していた。
砂色に映える真紅の《キュベレイ》。青天に同化する蒼いラル機。2機の間をつむじ風が横切った。
「死ぬには、良い日だ。ランバ・ラル、参る!」
脇構えのラル機が大地を踏み鳴らして走る。
だらりと、両方のビームサーベルを地上に向ける《キュベレイ》が迎え撃つ。
「てぇぁー!」
ラルがトリガーを引き、赤熱刃が下からすくい上げる。
その斬撃のさらに下。地表すれすれにかわしながら、《キュベレイ》の右手が振るわれる。
握ったヒートサーベルもそのまま、ラル機の両肘が切断され、砂漠に転がった。
流水の動きで、左の光刃が頭部モノアイを突き刺す。
ラル機は突進の勢い殺さぬまま、苦し紛れのショルダータックルをかける。
しかし、《キュベレイ》はバインダー・ノズルを前方に向け、瞬間的に全開噴射。
ラル機はバランスを崩し転倒し、《キュベレイ》は後方に距離を取る。
素早くランバ・ラルはコクピットから脱出し、巻き上がった砂塵にまぎれてくぼみに身を隠そうとするが、彼の頭上に大きな影がかかった。
「ぐっ!」
ヘルメット・バイザーの内で奥歯をかむラルが見上げる。『白昼悪夢』にふさわしい無表情の細長いマスクが睥睨していた。すでに袖口にサーベルグリップを収納した《キュベレイ》が、ビームガンの暗い砲口をラルに向ける。
『勝負あったな、私の勝ちだ。観念しな』
「こ、子供!? それも少女の・・・・・・」
外部スピーカーから響く声に驚きながらも、ラルはもはや自嘲の笑みを浮かべるしかなかった。ヘルメットを脱ぎ捨てる。
「フフ、時代が変わったようだな」
無造作に腰のポーチから手榴弾を取り出す。
風美の頭皮に、ちくり、と針が刺さるような鋭い感覚があった。瞬間的に、ラルが何をしようとするのか察知し、すぐに《キュベレイ》のコクピットハッチを開放する。
「やめろぉぉぉ!」
なんでもいい。そこらにあった何かを構わず下に向けて、ぶん投げた。
「さすが『オムドゥルマンの白昼悪夢』だっ! だが、兵士の定めがどういうものかっ! よく見ておく・・・・・・」
ガシャッ。バタリッ。
投げたお銚子が落差10メートルの勢いをつけて、ラルの眉間に直撃した。昏倒する。
「あ。さっき片付けで店から持ってきちゃった」
見下ろすと、四肢をだらしなく開け広げたラルが砂漠に倒れていた。
後頭部をかきながら、風美はコクピット、リニア・シートに戻る。
そして、器用に《キュベレイ》の指で、ラルをすくい上げると、マニピュレータに乗せた。
「なんで私がこんなことしなきゃいけないんだ」
あいつだ。あの変態真島のせいだ!
(帰ったら、
風美は心に誓う。
「あった、湖だ」
《ホワイトベース》艦長のブライトはキャプテン・シートから下り、艦橋前方へ身を乗り出し、湖面のきらめきを見る。
「ほう、こんなに移動しとったのか。これで塩が取れるぞ」
塩不足から塩湖の探索を依頼した料理長ことタムラ中尉も安堵する。
が、そんな雰囲気を鋭い警告ががらりと変える。
「艦長、直下に強い磁気反応。サイズからおそらくMS」
「待ち伏せか!? なんで気付かなかった!」
「すみません。砂漠の岩と誤認しました」
「腹にもぐりこまれるとは」
ブライトは歯がみしつつ、キャプテン・シートに駆け戻った。《ホワイトベース》の船底に装備された連装機関砲は少ない。
艦橋にいた《ガンキャノン》パイロットのカイは走り出し、ブライトは肘掛の受話器をひったくるや怒鳴る。
「総員第一戦闘配置! MSデッキ、出撃できるか!?」
『アムロどうだ? 行けるか?』
ブライトの呼びかけに連動して、艦橋正面上部モニターにリュウ・ホセイの横顔が映し出される。パイロットとしては、いささか大柄すぎるが、彼は搭載機のチームリーダー的な立場にあった。
『大丈夫です! たかがメインカメラをやられただけです!』
画面の外から、まだ若い少年と思われる声とデッキを駆ける足音が響く。
先程、ランバ・ラル隊の襲撃を撃退し《ザク》1機を鹵獲したが、味方の損耗も馬鹿にならない。主力MSの《ガンダム》はメインカメラだけでなく、右足部も損傷しオートバランサーも調子が悪い。
「しかし、力押しは避けろ。《ガンキャノン》と《ガンタンク》は弾薬の再装填急げ! 誰でもいい、機銃座につけ!」
思い出したように、特徴的な警報が艦内に鳴り響いた。
(次回予告)
(※BGM「アニ×じゃな~い?」、ナレーション:
♪デ、デ、デ、デ~ン♪
「ハイミスと決着をつけるために、浜子さんが出てきた。
潔い! 玉砕覚悟! 無理すんな、B・・・・・・。
これ以上言ったら殺されちゃう。冗談やってんじゃないんだから。
しっかし、執念すごい。どこのBB・・・・・・っていけねっ!
つい言いたくなっちゃう。
次回、アクシズZZ『ヤヨイ出撃(後編)』
浜子さんに愛され、たくはないなぁ~」