ルドガーinD×D (改)   作:トマトルテ

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六十四話:赤龍神帝

 赫い龍が咆哮を上げる。

 それに伴い大地は揺れ、空気は弾け飛ぶ。

 余りの大音響にルドガー達は耳を塞ぐがただ一人イッセーだけは何も聞こえないように、否、何か別の声に耳を澄ますように立ち尽くしていた。

 

『相棒、どういうわけか相棒の体の中にグレートレッドの力が流れ込んできているぞ!』

「ドライグ、ちょっと黙っててくれ。なんか、聞こえてきそうなんだ……」

 

 異常事態にドライグが叫び声を上げるがそれに対してイッセーは黙るように言ってさらに耳を澄ます。

 咆哮とも、叫びとも似つかわない静かな声。それが自分の内側から湧き上がってきていることに違和感を覚えながら彼は目を閉じる。

 すると、目を閉じたにも関わらずにある光景が見えてくる。

 それは幾人もの人物が自分を囲んでいる光景だった。人物達の正体に彼はすぐに思い当たる。

 ―――歴代赤龍帝。

 

「まさか、赤龍神帝直々に力を与えられるとはね」

「今代は弱いが不思議な物を持っているな」

「覇に呑まれてなお生きているのも奇跡に近い」

 

 口々にそんなことを言っていく歴代赤龍帝達に訳が分からずに黙っているイッセー。

 だが、彼等は特に気にすることなく話を続け、やがて一人ずつイッセーに手を差し出していく。

 自我を失った者ですら迷うことなく差し出すその様は一種の神聖さを感じさせた。

 

「急になんなんだよ、これ……」

 

 戸惑うイッセーに対して歴代赤龍帝達は一斉に口を開く。

 

 

『手を取れ、今この時は―――汝と共に歩もう』

 

 

 瞬間、神聖なまでに赫い光と化した歴代達がイッセーの体の中に吸い込まれていく。

 そして、響き渡る以前とは違う暖かな声。

 

 

『我、目覚めるは全てを救うことを誓いし、赤龍帝なり』

 

『無限の想いと夢幻の力を背負い、友と共に意志を貫く』

 

『我、神なる赫き龍の帝王と成りて―――』

 

『―――汝を真赤に燃ゆる夢幻の頂に導こう』

 

 

真なる赤龍神帝の鎧(アポカリュプス・トゥルー・ドラグアーマー)!』

 

 

 イッセーの周りに渦巻いていた赫い渦が凄まじい力によって消し去られる。

 そして、そこから出て来たイッセーの姿は異常なまでの―――赫色だった。

 身に着ける鎧は鋭利な形状になりその攻撃性が上がったことを如実に表している。

 赤い鎧は今や神聖なまでの赫色で神々しく光輝いている。

 グレートレッドはその姿に満足気に咆哮を上げると見物をするように遠くに降り立つ。

 

「綺麗……」

「ふふふ、まさかこんなことが出来るなんて想定外だわ」

 

 イッセーの放つ神々しいオーラにリアスは思わず綺麗と零しす。

 ヴァーリはまさかあんなことが出来るとは思っていなかったとでも言いたげな顔で面白そうに笑う。

 イッセーの姿は彼等に立ち向かう勇気を与えた。

 何より彼から感じられる圧倒的な力はならビズリーに勝てると思わせてくれる。

 

「夢幻の力を得たか……楽しませてくれる!」

 

 だが、イッセーの姿を見てもビズリーは一切怖気づくことなく鎧の下で好戦的に唇を吊り上げるだけだった。

 大胆不敵なのか、それともまだ隠し玉を持っているが故の余裕なのかは分からないがルドガー達はやはり一筋縄ではいかないと改めて認識する。

 

『相棒、分かっているかもしれないがこれ程の力だ。この姿は相棒の体が長くはもたない』

「どれぐらいもつんだ?」

『四分……いや、相棒なら五分はもたせられる』

 

 もたせる。その言葉にはドライグの自分の相棒の根性への信頼があった。

 イッセーはニヤリと笑い、重心低くして一言呟く。

 

「それだけあれば十分だ!」

 

 次の瞬間、赫い弾丸が放たれたかのようにイッセーはビズリーに肉薄する。

 ビズリーは先ほどとは比べ物にならない速度に驚きながらも咄嗟に腕を前に出してこの戦いが始まって初めての防御の姿勢をとる。

 その腕の上からイッセーは容赦なく拳を振り下ろす。

 すると、先程まではいかなる攻撃を受けてもビクともしなかったビズリーが一気に押し下げられてしまう。

 

「ぬうっ!?」

 

 足で地面を削りながら止まったビズリーだったが相手はイッセーだけではない。

 天に輝くは再誕を誘う、終局の雷。

 彼に降りそそぐは、蒼き雷に赤き雷。そして光り輝く雷。

 

『リバース・クルセイダー!』

 

 朱乃とルドガーが共鳴秘奥義で追い打ちをかける。

 それに対しては殆どダメージを負わないビズリーであったが雷撃の威力に押されて僅かの間であるが動きを封じられる。

 その隙にルドガーが全員に呼びかける。

 

「みんな、ビズリーの意識を一瞬でもいいから飛ばすんだ! 骸殻はそれで解ける。その隙に時計を壊せばあいつの力は大幅に落ちる!」

「なるほど……そういうことなら私達は奴を足止めしよう。そこに唯一ビズリーにまともなダメージを与えられるイッセーが大技を叩きこむのが一番だな」

「ゼノヴィアの言う通りよ。みんな、イッセーを援護するわよ!」

 

『はい!』

 

 時計の破壊という骸殻能力者の弱点を突く戦法に活路を見出したリアスが全員に指示を送る。

 そして、自身もこの時の為に開発しておいた大技の準備を始める。

 他の者達は素早くビズリーを囲い込み一定の距離を保ちながら戦闘を再開する。

 全員が交互に攻撃していけば下手を打たない限りは戦いを有利に運べる陣形だ。

 しかし、ビズリーという男に常識は通用しない。

 

「調子に乗るなよ…っ!」

 

 ―――ドン、という何か硬い物を叩く様な音を立ててビズリーの拳が突き出される。

 空気は力の波となりリアス達を押し下げる。

 だが、もはや常識と化した馬鹿げた力にリアス達は驚くことは無い。

 すぐに体勢を立て直し、攻撃を再開する。

 

「……行きます、白音モード」

 

 小猫の姿が辺りの気を自身の闘気と同調させる事でその姿を変える。

 簡単に言ってしまえば一時的に成長した状態になれるのだ。

 その姿は姉の黒歌の非常によく似ており、思わずルドガーが戦闘中にも関わらず、二度見をしてしまうほどだった。

 白音は白い炎で包まれた普段よりも大きな火車を二つ創り出して両手に構える。

 その構えはどことなくルドガーの構えを思わせるもので今度は黒歌が二度見をしてしまう。

 

「はっはっは、一丁前に仙術使いこなしてんじゃねえかよぉ。俺っちもちょいと気張らねえとな」

 

 美候は白音の姿に愉快そうに笑いながらその体を分厚い闘気のオーラで包み込む。

 そして、アーサーと祐斗と共に接近戦をしかけていく。

 三対一という数の差と熟練した技巧と力を持つ三人に対してもビズリーは一歩たりとも引かない。

 

 ―――不退転。

 

 その言葉が今の彼を表すのにもっともふさわしい言葉であろう。

 スタイルチェンジにより素早い機動に動きを変えた彼はまるで蝶のように舞うフットワークを用いて三人の攻撃をかわしコンビネーションブローを決め吹き飛ばしていく。

 

「まだ、私達がいるにゃ!」

「……はい、姉様!」

 

 容赦なく吹き飛ばされた三人の影を縫うように接近してきた姉妹がその手に持った白と黒の火車をビズリーに振りかざしていく。

 舞い踊る白と黒の炎は確実にビズリーを捉えて逃がさないが、彼の心を焼き尽くす憤怒の炎には遠く及ばない。

 徐々に追い詰められていき、全てに破壊をもたらす拳の餌食になりかける二人――

 

「死んでも、二人を守る!」

「目的のためには時には犠牲も必要だぞ、ルドガー」

「そんなことをは、もう―――認めない!」

 

 二人に襲い掛かっていた拳を双剣で弾いたのはルドガーだった。

 二人を庇うと共に拳の嵐を潜り抜けながらビズリーの体に刃を届かせるがその体には傷一つつくことは無い。

 軽く舌打ちをしながら引き下がり、皮肉気にビズリーへと声を掛ける。

 

「知ってるか? あんたの息子は今度結婚するんだ」

「ふ、随分と手荒な挨拶に来たものだな」

「不良息子なんだ、勘弁してくれ」

 

 皮肉に皮肉で返しながら双銃に持ち替えて連射するルドガー。

 だが、それはまるで虫でも掃うように片手で弾かれてしまう。

 ビズリーはすぐさま踏み込んで空間を引き裂く様な鋭い右ストレートを繰り出して来る。

 ルドガーは大きく上体を逸らして避けると共にブリッジの用量で縦に回転しながらビズリーの顔面に蹴りを入れる。

 僅かに顔をのけ反らせるビズリーだがダメージらしきものは相変わらず見られない。

 だが、そこに黒歌と白音が仙術によるエネルギー弾をぶつけて追撃を掛ける。

 

「義理の娘としてお願いしますにゃ。お義父さん」

「……妹です」

「女の趣味がいただけないな、ルドガー」

「お前の目は節穴だな」

 

 最後に一発、効かないと分かっていながらハンマーで一撃お見舞いした後にルドガーは二人と共に下がる。

 そこに、イリナ、ゼノヴィア、ルフェイが攻撃を仕掛け、ビズリーを休ませないがその程度で体力を削られる彼ではない。

 すぐに拳で消し飛ばそうとするがそこにある声が響いてくる。

 

『我、目覚めるは覇の理に全てを奪われし、二天龍なり』

 

『 夢幻を妬み、無限を思う 我、白き龍の覇道を極め―――』

 

『―――汝を無垢の極限へと誘おう』

 

 その声の正体にビズリーが気づいたときには既に遅かった。

 そこにいたのは白銀の鎧を身に纏いし一匹な巨大なドラゴン―――

 

 

覇龍(ジャガーノート・ドライブ)!』

 

 

 過去、現在、未来において最強の白龍皇―――ヴァーリ・ルシファーの奥の手だ。

 完全な覇龍は普通であれば必ず死ぬ。だが、ヴァーリはその膨大な魔力を生命力の代わりに消費することで危険性を下げている。

 しかし、強大な力ゆえに使った後の反動は大きい。終わった後は戦闘不能状態に陥りかねない。

 つまり彼女はここで勝負をかけたのである。

 そして、もう一人の紅髪の彼女もまた―――勝負に出ていた。

 

 

消滅の魔星(イクスティングイッシュ・スター)

 

 

 白銀の横に浮かぶまるで星のように巨大な赤黒い滅びの魔力の塊。

 それは魔力を練るのに時間がかかるという欠点はあるものの、耐性や弱点といったものは一切関係なく触れた対象全てを容赦なく滅ぼす彼女の編み出した必殺。

 それがただ一人の人間を殺すためだけに放たれた。

 ヴァーリも口から確認するのも馬鹿らしくなるような力の白銀の光線を吐き出そうと溜めはじめる。

 そんな絶体絶命とも言える状況の中、ビズリーは避けようともせずに寧ろ真正面から受け止める構えをとる。

 

「……来いっ!」

 

 重心を低く構え、全身の力を溜める。

 そして、蓄えた力をただ拳の一点に集中させ勢いよく放つ。

 

「消し飛ぶがいい、絶拳っ!」

 

 滅びの魔力の巨星と白銀の光線、その両者とただの人間の拳がぶつかり合う。

 凄まじい光が閃光となり荒野に飛び散り何もかもを消し去っていく。

 衝撃波は止まることを知らずに遠くで見物をしているグレートレッドの翼をも揺らす。

 空間に亀裂が生じる程のぶつかり合いの末に、ついに―――

 

 

 

「ぬおりゃあああっ!」

 

 

 

 ビズリーはその拳で彼女達の最大の攻撃を相殺してみせた。

 鎧の下でニヤリと笑うビズリーと対照的にルドガー達の表情は信じられないという物だ。

 今までも信じられない行動を見せて来たビズリーであるがこれはいくらなんでもおかしい。

 だが、ルドガー達に焦りはない。なぜなら―――本命は別にあるからだ。

 

『Over Boost!』

「ドライグ、後何分だ?」

『二分だ、これで決めるぞ、相棒!』

「おう!」

「赤龍帝…っ! 貴様」

 

 砂煙の中から現れたイッセーがビズリーに殴りかかり、そのままラッシュを決めていく。

 イッセーは先程まで確実にビズリーを倒すための力を溜めていたのである。

 赤龍神帝の力により倍加の上限が“夢幻”となり限界を軽く超えた倍加を行ったイッセーはその力を存分に振るいビズリーに強烈な攻撃をくわえていく。

 その攻撃の威力たるや、今までまともなダメージを受ける事がなかったビズリーが足をふらつかせ、為すすべなく翻弄されていることからも明らかだろう。

 

「小癪な…!」

「やっぱ、一筋縄じゃいかないかっ!」

 

 だが、ビズリーとてその程度でやられる男ではない。カウンター気味に攻撃を返していく。

 その攻撃は未だに衰えることなく強化された鎧の上からでもしっかりとイッセーにダメージを与えていく。

 しかし、イッセーはここで引けばもう後は無いという想いで攻撃を食らいながらも殴り続ける。

 拳と拳のぶつかり合い。されど、それは天災をも超える力。

 大地が砕け、空は裂け、空間は引き裂かれる。

 まるで世界の終りの様な光景がたった二人の男の拳によって創りだされる。

 神話の如き光景の前にルドガー達は近づくことも出来ずにその戦いの行く末を見つめるだけだった。

 

「いい加減、倒れろよ!」

「若造如きに……倒せると思うなよ!」

 

 雄叫びは荒野に響き渡り、拳がぶつかり合う音はそれ自体が攻撃となりルドガー達にも襲い掛かる。

 そのまま均衡状態が続くと思われたが、突如としてその均衡が崩れ去る。

 ビズリーがイッセーの顔面を横に殴り飛ばしたことでイッセーの攻撃が途切れたのだ。

 そこにたたみかけるようにビズリーは∞の軌道でウィービングを行いその反動を利用した強烈無比の左右の連打を叩きこんでいく。

 まるで、サンドバックのように左右に振られるイッセー。

 その意識は既に朦朧としており仲間達の悲鳴すら聞こえない。

 

 

「これで―――終わりだ」

 

 

 命を刈り取る剛腕が全力でイッセーの顔面に振り下ろされる。

 まるでその瞬間だけが止まったかのようにゆっくりと飛び散る赫色と共に彼の体はゆっくりと倒れ伏していく―――

 

 

『イッセー!』

 

 

 だが、彼は仲間達の声により踏みとどまった。

 がっしりと両手でビズリーの腕を押えて逃げられなくすると彼は砕けた兜の下から覗かせた唇をニッと吊り上げる。

 彼は最初から相手が決して逃げられないこの状況を狙っていたのである。

 驚くビズリーをよそにガコン、という音と共に鎧が変形していき胸の部分にポッカリと穴が空き発射口が現れる。

 

「まさか、貴様っ!? この距離で放つ気か! お前もただではすまんぞ!」

「へへへ……こうでもしなきゃ、あんたには届かないだろ?」

 

 発射口が赫く輝き、神聖な赫いオーラが迸っていく。ビズリーは流石にこれを食らえばただでは済まないと直感し、逃げようとするがイッセーは決してその腕を離さない。

 自爆覚悟の決死の攻撃は止まらない。

 だがそこで、無情にもタイムリミットが訪れる。しかし―――

 

『相棒! これ以上は限界―――』

 

「なあ、ドライグ。限界っていうのは―――超えるためにあるんだろ」

 

 イッセーは限界をたったの五秒超えた。だが、その五秒で十分だった。

 胸についた発射口に宿るオーラが一点に集中され遂に―――放たれる。

 

 

『Longinus Smasher!!』

 

 

 瞬間、世界の全てが赫色に染まる。

 全てを赫が呑み尽し、食らい尽す。

 まるで、そこには赫以外の全ての存在を許さないとばかりに。

 ルドガー達はその凄まじさ故に地に伏せて爆風から逃れていたが攻撃が終わったことを確認するとイッセーが居た場所に駆け寄る。

 

「イッセー、大丈夫か!」

 

 ルドガー達が駆け寄ってみるとそこにはイッセーと、少し離れたところにビズリーが骸殻を解いた状態で物一つ言わずに倒れていた。

 死んだのかと思って慌てて呼びかけてみると弱々しい瞬きと共にその目が開かれる。

 そして、掠れた声で笑いながらルドガー達に話しかける。

 

「はは…やって…やったぜ……」

「お前は無茶し過ぎだ」

「お前には…言われたくねえよ……ルドガー」

 

 イッセーは生きていた。そして肉体的にはお世辞にも健康とは言い難い状況だがしっかりと笑い、成し遂げたという満足感を抱いていた。

 ルドガー達はその姿に呆れた顔をしながらもホッとして当初の目的であったビズリーの時計の破壊を試みる。

 黄金の懐中時計はビズリーから人一人分程離れたところに落ちており、ルドガーがそこに歩いていき剣を振り下ろして時計を破壊する。

 それに反応するようにビズリーが目を醒ます。そして状況を確認して自身が敗北したことを悟る。

 

「見事だな……赤龍帝」

「俺…だけじゃねえよ……みんなの…おかげだ」

 

 ゆっくりとではあるがしっかりと立ち上がるビズリーにイッセーは得意げに笑いかける。

 他の者達は油断せずに構えるが骸殻状態でないなら倒せると希望を顔に浮かばせる。

 

「まさか……この私が―――」

 

 ビズリーは目を瞑って独り言のように呟きながら自身の懐に手を入れる。

 

 

 

「―――保険に頼るはめになるとはな」

 

 

 

 青い目を見開いたビズリーは懐からもう一つの―――『黄金の懐中時計』を取り出し構えた。

 それは、分史世界の自身の時計。ヴィクトルが自分の時計の代わりに使っていた時計だ。

 彼はもしもの時の保険として時計をヴィクトルから奪っていたのである。

 炎に包まれビズリーの姿が再び骸殻へと変わる。

 

「うそ……でしょ?」

「まさかあいつの時計を…っ!」

 

 ルドガー達の顔が恐怖で凍り付く。

 もう、イッセーは戦えない。他の者の力ではビズリーには傷一つつけられない。

 どうあがいても―――絶望だった。

 

「させないわ!」

 

 そこに、まだ覇龍状態から戻っていなかったヴァーリがビズリーを止めるために襲い掛かって来る。

 その巨体と威圧感は常人であれば目にするだけで震えて動くことが出来ないだろう。

 しかし、ビズリーは常人などではない。静かに姿勢を低くして『絶拳』の構えを見せる。

 だが、それは『絶拳』ではない。彼が新しく編み出した技。

 

 

「少々、甘く見過ぎていたようだ。だが、これで―――全て無に帰る」

 

 

 ビズリーの体から凄まじいエネルギーが放たれ、炎と化す。

 さらには拳からは黒い雷が噴き出て来て禍々しさを増す。

 その場にいる全ての者の目をくぎ付けにした男の拳が今―――振るわれる。

 

 ―――死。

 

 ルドガーの頭によぎったのはその一文字だけだった。

 だが、彼の思考は愛しい声によって遮られる。

 

「ルドガー!」

「やめろっ!?」

 

 艶やかな黒がビズリーの最も近くに居たルドガーを庇うように飛び出す。

 必死に叫び声を上げるルドガーだったが既に手遅れだった。その一瞬後に―――

 

 

「トカゲ如きが図に乗るな! ―――剛…絶拳っ! ぬおりゃぁぁあああっ!!」

 

 

 ビズリーの拳は天を舞う白き龍をいとも簡単に撃ち落とした。

 空に放たれたにも関わらず拳から漆黒の波動が発されヴァーリの体を貫き悲鳴と共にその姿を強制的に人間の者へと変えさせる。

 そして、余波は近くに居たルドガー達を容赦なく巻き込み真っ赤な血をまき散らし、致命傷クラスのダメージを平然と与えて大きく吹き飛ばしてしまう。

 

 痛々しいまでに地面を転がりながら飛んでいき、やっと止まったルドガーだったが全身が痛みまともに動くことが出来ない。

 だが何よりも痛むのは心だった。

 彼の目の前には愛しい女性―――黒歌が今にも息絶えてしまいそうな荒い息をしながら血だらけで倒れているのだ。

 黒歌は咄嗟に最愛の人を守る為に攻撃を直撃から逸らしたのである……自身が身代わりになることで。

 絶望でルドガーの目が染まる。苦痛で顔が歪む。全てがどうでもよくなる。

 だが、ビズリーはそんなことなどお構いなしに悠然と歩いてルドガーの元に近寄って来る。

 

「さらばだ、息子と義理の娘よ」

「くそっ……黒歌…っ! お願いだから死なないでくれ…っ」

 

 拳を振り上げるビズリーを前にして必死に動いて黒歌を守ろうとするが彼が動けるようになるにはまだ回復する時間が足りない。

 ビズリーはそんな息子と義理の娘を様々な想いを込めた目で見つめてせめて最後は一緒に逝かせてやろうと思い、力を込めてその拳を容赦なく―――振り下ろす。

 

 

 

 

「すまない……遅れた」

 

 

 

 

 だが、その拳は一人の男の双剣により受け止められた。

 ビズリーは鎧の下で驚愕の表情を浮かべるが何もそれは武器を砕く自身の拳が受け止められたからではない。

 その男が目の前に居るはずのない存在だからだ。

 思わずビズリーは大声で叫んでしまう。

 

 

「なぜ……お前がここに居る!?」

「なぜだと? 分かりきったことを聞くな」

 

 

 ルドガーはその男の背中を見た瞬間から絶体絶命の状況に置かれているにもかかわらずに思わず涙を流していた。

 いつもその大きな背中に引かれて生きて来た。いつまでもその背中が憧れの存在だった。

 彼が無限にある世界の中で最も安心できる居場所。

 どうしようもなく安心感を覚えてしまうそんな背中に自分は何度も守られてきた。

 もう、二度と会えないと思っていた。

 もう、その暖かな声を聞くことは出来ないと思っていた。

 だが……彼は今、自分の目の前であの頃のように自分を守ってくれている。

 

 

 

「俺が弟の……ルドガー・ウィル・クルスニクの―――兄貴だからだ!」

 

 

 

 ユリウス・ウィル・クルスニクは、今再び何よりも大切な者を守る為に剣を握る。

 

 




気づいている人がいるかもしれませんが『愛してくれて……ありがとう』
このセリフを言った“ルドガー”の愛した女性(ミラとラル)は
今のところ―――死んでいます。

本当の死亡フラグは実はこっちでした。黒歌も何気にフラグを立てていました。
勿論ルドガーのフラグが無くなったわけでもないですけどww

それと、ちゃっかりビズリーにデンプシーやらせました。反省はしていない。

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