ルドガーinD×D (改)   作:トマトルテ

58 / 66
五十八話:ルドガー・ウィル・クルスニク

 響き合う金属音の中、ぶつかり合い相手を押しきろうとしてギチギチと不快な音を立てる両者の槍。全身を覆う鎧の下にある筋肉が固く硬直し緊張状態を示す。だが、次の瞬間にはそれが緩み、緊張状態を終えたことを告げる。

 

 両者共に相手の槍を弾き返し、後方に押し下げる。しかし、流石と言うべきか二人共が完全に下がることは許さず、地面を抉るように足を食い込ませて踏ん張りをきかせる。そして、止まると同時に再び相手に向かい鋭い切っ先を突きつける。

 

「何故、“俺”ではなく貴様が本物なのだっ!」

「偽物も本物もない! お前も俺もルドガーだ!」

「なら何故、“俺”は当たり前の幸せすら掴めないのだ! 何故、この手で(ラル)を殺さなければならなかったのだっ!?」

 

 心の奥底からの言葉と槍をぶつけ合わせる。ヴィクトルの血を吐く様な声には憎しみと悲しみが籠められており聞く者の心を締め付ける。だが、ルドガーはその声を聞いても槍を振るう手を緩めることはしない。

 

 ヴィクトルの言葉を受け入れることなど彼には出来なかった。彼は己の全てを捧げて少女の存在肯定をした。君は偽物ではないと、この世にただ一人しか存在しないのだとその命をもって証明してみせた。だからこそ、その少女の父親を偽物だと認める事は出来ない。

 

「俺はエルの為にお前を絶対に偽物扱いしない!」

「貴様がエルを語るな! エルは……“エル”はぁぁぁッ!」

 

 自分の覚悟をハッキリと伝えると、ヴィクトルの槍が唸りを上げて襲いかかってくる。それに対し、体を僅かに横へと捻ることで切っ先を紙一重でかわし捻りを入れた反動を利用して自身の槍を、空間を抉る様に突きだすルドガー。

 

 ヴィクトルは娘に対する思いとアイボーに対する思いがごちゃ混ぜになった様な到底正気を保っているとは思えない叫び声を上げながらもルドガーと同じように体を捻ることで槍をかわして、右手で突き出されて伸び切り硬直した状態の槍を掴んで、そのまま持ち主ごと上空に放り投げる。

 

『蒼波刃!』

 

 空中で体勢を整えたルドガーと追撃を狙ったヴィクトルが共に巨大な衝撃波を放つ。衝撃波は宙で衝突し相殺して激しい爆発が生み出される。爆発に目を取られたルドガーは一瞬だけヴィクトルから目を切ってしまう。だが、その一瞬の隙を男は見逃さすことなく、戦闘に慣れている者ですら黙視出来ない速度で宙を舞う彼の後ろに回り込み、頭上から叩きつける様に槍を降り下ろし彼を地面に叩きつけた。

 

「“俺”が俺であるために…っ。貴様と言う存在は邪魔なのだ」

「だから……俺とお前は違うって言ってるだろぉぉぉおおおっ!!」

 

 地面に小さなクレーターを作るほどの威力で叩きつけられたにもかかわらずにルドガーは怯むことなく土煙の中から飛び上がり、降りてきている最中のヴィクトルへと襲い掛かる。槍、しかも常人では持つことすら困難する重量と大きさを誇る槍をまるで片手剣のように高速でぶつけ合わす常軌を逸した最強のフル骸殻同士の戦いの最中、二人は言葉を交わしていく。

 

 相手を自らと同一の存在であると信じて疑わない男は同じ者は同時に存在することが出来ないという強迫観念に突き動かされるように何が何でも彼を殺そうとしてくる。自分達は違う存在だと理解することが出来た彼は全力でぶつかり合い男の幻想を砕こうとしている。二人は最も近く最も遠い存在であるがためにお互いを分かり合うことが出来ない。

 

「なぜ、わからない。“俺”はただ、みんな(・・・)と一緒に居たいだけなんだ。罪を償いたいだけなんだ。生きる意味を取り戻したいだけなんだ。それなのに……なぜ、同じお前が分からない!」

 

 地上に着地すると共に四筋の火球を飛ばしながらヴィクトルが泣きそうな声でルドガーに語り掛ける。実際にフルフェイスの下では涙を流しているのかもしれない。彼は冷静に火球を振り払うと同時にたった一度の踏み込みで男に肉薄し、速さと重さで高めた力をそのままに槍を握っていない左腕で男の顔面を殴り飛ばす。予想外にしていなかった素手での攻撃にダメージは大して受けていないものの男は動揺して足を止める。そこに彼が怒鳴りつける。

 

「分かる……分かるさ。痛い程その気持ちは分かる! でもな、それは逃げてるだけなんだ!」

「逃げて…いるだと? ふざけるなっ! 全てを取り戻したいと思って何が悪い!?」

 

 ルドガーの言葉に激高し、ただ敵を破壊するためだけに槍を乱雑に叩きつけてくるヴィクトル。彼は冷静に槍をさばきながらかつて自身も言われた言葉を男に憂いを込めて告げる。

 

「お前がしていることは辛い現実から目を背けて楽しい過去を見ているだけだ。

 自分の罪を償うなんて言って、罰に甘んじて償う心を忘れているだけで。

 生きる意味を探すことを諦めて以前の生きる意味にすがっているだけなんだ」

 

 その言葉はかつて彼が初めて本気で愛した人から言われた言葉。夢の中で本当の意味でヴィクトルと同じ存在になりかけた自分を止めてくれた言葉。それを男が止まってくれることを信じて今度は自分が投げかける。男はその言葉に驚き槍を振るう手を止めて何やら考え込む様に顔を俯かせる。もしかしたら止まってくれるかもしれないとルドガーは希望を抱くが―――

 

「確かにそうかもしれない……お前の言う通りかもしれないな。でも“俺”は止まらない」

 

 答えは変わらなかった。再び槍を握り直しルドガーはフルフェイスの下の目に悲しみを湛えながら再度ヴィクトルに問いかける。

 

「……どうしても、その選択をするのか?」

 

「選ぶんじゃない、もう選んだんだ!」

 

 歪んではいるが一切の迷いのない強い意志を込めた槍がルドガーの喉元に突き付けられる。顔を苦痛で歪めながら、彼はその槍を弾く。しかし、すぐに第二第三の攻撃がヴィクトルの槍から繰り出される。彼は骸殻に覆われていて見えない男の瞳を見つめて縋るようになおも言葉を続ける。

 

「本当にそれしかないのか? お前にだって今、隣にいる者がいるんじゃないのか! 俺には黒歌が居た。皆が居た。お前にだって残っている者がいるはずだ!」

 

 一方的な防戦を行いながらも男に止まって欲しくて彼は諦めずに叫び続ける。こんな自分にも傍に居てくれる者がいたのだ。きっと男にだってそう言った存在があるはずだ。現に一人の少女は男の傍に今も居てくれる。そのことに気づければ、自分のように止まれる。踏みとどまれる。争い以外の終わり方があるはずだという彼の思いは―――

 

 

「仲間も兄もいない……妻もいない。そしてエルも“俺”の傍からいなくなった。

 もう、“俺”には―――何も残されていないっ!!」

「ヴィクトル……我は」

 

 男の心には届かなかった。何もかもを失った男の悲痛な叫びが辺りに響き渡る。その声を聞いた黒い少女が無表情な顔に悲しみを湛えポツリと呟く。ルドガーはやるせなさに思わず歯ぎしりをする。今のヴィクトルは光を得ながらにして盲目なのだ。失った者ばかりを見て今隣に居る者に気づかない。二つの別れ道の自分とは違う道を歩む者。かつて自分が選びかけた選択の成れの果ての姿。

 

「お前は……間違っているっ! 何も見えてなんかいない」

「お前には分からない…っ。最愛の女性を失った先にある絶望が! 色の消えた灰色の世界が!!」

 

 荒れ狂う嵐の様に襲いかかってくる槍を掻い潜りながらルドガーはチラリと不安気に瞳を揺らす黒歌の方を見る。何に代えても守り抜くと誓った自分の最愛の女性。もし、彼女を失ったら自分もヴィクトルになってしまうのではないのだろうか。そんな事を考えずにはいられなかった。

 

「確かに俺にはお前の気持ちは分からないし、分かりたくもない。だとしても、俺はお前の願いを認めるわけにはいかない! 今まで俺を支えてきてくれた人達の為にも俺は負けない!!」

 

 己の覚悟を叫び、何もない空間から無数の小型の槍を撃ち出すルドガー。

 

「黙れ! “俺”はお前を殺し、審判を越え、必ず全てを―――ラルを取り戻す!!」

 

 鏡合わせのようにこちらも幾つもの小型の槍を撃ち出していくヴィクトル。槍同士が衝突することで衝撃波が生み出され空間に歪みが生じていく。

 

「ふっ、てやっ、はっ!」

「思い知らせてやる。最強の骸殻能力者の力を!」

 

 双方が巨大な槍を手に持ち全身の力を槍先に籠める。永劫とも思える一瞬の静寂の後、両者は弾かれたように動き出す。同じ雄叫びを上げながら槍を持ち一直線に相手に向かい突進する両者。

 

 

『マター・デストラクトッ!!』

 

 

 二槍の切っ先がぶつかり合い、爆発でも起きたような凄まじい衝撃波が生じ、見ている者の肌に刺すような振動を与える。更に衝撃波は逃げ場を求めて大地に向かい地面を粉々に砕き、なおも威力は収まることを知らずに空気を弾き飛ばし、空に浮かぶ雲を消し去る。クルスニク一族二千年の歴史の中で、最もその才に愛された者同士のぶつかり合いは拮抗したまま動かず、重なり合わすように気合を籠めた叫びを上げる。

 

『はああああっ!』

 

 ぶつかり合う接点からは火花を通り越して炎が燃え上がり、見る者にその凄まじさを伝える。二人がぶつかり合ってから十秒も経っていないというのに何時間もその状態で居るかのようにさえ感じさせる。そんな二人の姿に黒歌は様々な思いを込めた声でルドガーの名を叫ぶ。

 

「ルドガーッ!」

 

「ッ! うおおおおおっ!!」

 

 最愛の人からのエールにより力の湧いたルドガーがヴィクトルの槍を僅かではあるが押し込み始める。自分が押され始めたことに焦りを覚えて男は兜の下の顔を歪ませ、必死に自分に言い聞かす。こんな所で負けるわけにはいかない。“俺”は―――

 

――どんな手を使ってでもいい。他人を利用したって構わない。だから幸せになってくれ――

 

 幸せにならないといけないんだ!

 

「おおおおおっ!!」

 

 兄の最後の願いを思い出して筋肉が悲鳴を上げるのも無視してルドガーの槍を押し返し始めるヴィクトル。まさか押し返されるとは思っていなかったのか驚愕の余り力を抜いてしまいそうになる彼だったが何とか踏みとどまり男と再び拮抗し始める。そんな彼の元に今度は仲間達から応援の声が聞こえてくる。

 

「負けんじゃねえぞ、ルドガー!」

「ルドガー、あなたの力はこんな物じゃないはずよ!」

「気張りなさい。ルドガー君なら勝てるわ」

「……負けたりなんかしたら承知しませんよ、兄様!」

 

 仲間達の声援に背中を押され彼は再びヴィクトルを押し込み始める。するとぶつかり合う接点がこれまでもかとばかりに揺れ動き始め、ヴィクトルの握力が無くなってきたことを知らせてきた。後もう一押しと気合を入れ直しこちらも握力が無くなりかけた手ではあるが槍をしっかりと握りしめて彼は突き進む。

 

 一方の男の方はもはやこれまでかと若干の諦めが出てき始めていた。こんな形で終わるのは心残りがあるが、もはや感覚を失い自分のいう事を聞かなくなってきた腕には彼を押し返す力など残っていない。やはり偽物の自分では本物に勝てないのかと、そう自嘲気味に思い始めた時、ある言葉が男の脳裏をよぎる。

 

 

 

――ルドガー……私を―――愛してくれて……ありがとう――

 

 

 

「ラルゥゥウウウッ!」

 

 もはや、男には何の意識もなかった。限界を超え筋肉が嫌な音を立てて引き千切れていくのも無視して、狂ったように叫びながら、ただ我武者羅に力を振り絞り相手の槍を押し返す。一気に均衡を破りさった男の槍は驚愕する彼をよそに相手の槍を、意志を、跡形もなく―――砕き去る。

 

 

「俺の本当の世界はぁぁあああっ!!」

 

 

 ルドガーの槍を、意志を、そして彼の仲間達の想いを破ったのは……ただ一人の女性への執念すら生ぬるい程の―――愛だった。

 

「ぐあぁぁぁっ!?」

 

 自身の槍を砕き、そのままの勢いで襲い掛かって来た相手の槍にもろに貫かれた痛みに絶叫しながら吹き飛ばされるルドガー。その右肩から頭にかけての骸殻はかつてのヴィクトルのように壊れて酷い有様へと様変わりしていたがそれもすぐに骸殻が解けたことで見えなくなる。

 

 もはや受け身を取ることすらかなわずに無様に地面に叩きつけられピクリとも動かなくなるルドガーに黒歌達が悲鳴を上げて駆け寄ろうとするが、オーフィスが立ち上がって無表情のまま道を塞いで来たので傍に行くことが出来ずに悲痛な面持ちで見つめる事しか出来ない。

 

「はあ…はあ…これで……“俺”の勝ちだ!」

 

 完全にいう事を聞かなくなった右腕を押え、少し足を引きずりながらもルドガーの元に辿り着き、左腕で槍を振り上げ万感の思いを込めて自身の勝ちを告げるヴィクトル。そして、一撃で全てを終わらせられるように勢いよく槍を振り下ろそうとした瞬間―――金色の光がヴィクトルの視界を覆った。

 

 

 

 

 

 周囲の意識が自分に釘づけになっている中、ルドガーは不思議な夢を見ていた。以前にミラと会った時のようにハッキリと夢だと分かる夢。一面真っ白で何もないある種の神秘さを感じさせる空間に彼はポツンと立っていた。自分がみんなの想いを背負っていながら負けてしまったことに後悔の念を抱いている所にそんな物を吹き飛ばしてしまうような声が聞こえてくる。

 

「ルドガー」

 

 振り返らずともその声の主が分かった。少し、声が大人びているし、以前とは比べ物にならないほど体も大きくなっている。それでも、彼女を自分が間違えるはずがなかった。何故なら彼女は―――

 

「大きくなったな―――エル」

 

 全てに代えて守り抜いた大切な少女なのだから。

 

「ルドガーは変わらないね。そのうち、身長を追い抜いちゃうかもね」

「それは……地味に傷つくな。いや、嬉しくはあるんだけどな。その……男としてのプライドが」

「もう、小さいこと気にしてると彼女に愛想つかされちゃうよ」

「うっ……き、気を付けます」

 

 そんな、取り留めもない会話をした後に二人して笑い合う。ルドガーは優しげな顔でエルに微笑みかけエルはルドガーそっくりの笑顔で笑いかける。しばらく笑い合っていた二人だったが徐々にエルの目に涙が溜まっていき、溢れ出して来る。それに対してルドガーは何も言わずに腕を広げて抱き留める構えをする。エルはとうとう堪え切れなくなりルドガーの胸の中に飛び込み泣きじゃくり始める。

 

「会いたかった……会いたかったよ、ルドガー!」

「……ああ、俺もだ」

「私ちゃんと約束守ってるよ! ウソついてないし、トマトだって今は大好物なんだから! スープの味も……忘れてないから…っ!」

「そうか……エルは偉いな」

 

 エルは今までの想いを全て籠めてルドガーに告げる。そんな愛しい少女の背中をルドガーは優しくポンポンと叩いてやる。その姿は今も昔も変わらない二人の特別な関係性を表していた。しばらく、抱きしめていると少し落ち着いてきたのか顔を赤くしながらルドガーから離れるエル。そんな姿にルドガーはエルの成長を喜ぶと共に若干の寂しさを感じる。

 

「エル……俺は長くはここに居られない。大切な人が待ってるんだ」

「私より大切なの?」

「それは……その……」

「ふふふ……冗談だよ。パパにとってのママみたいな存在なのは分かってるし。パパが私を愛してくれてたのも知ってる」

 

 黒歌とエルどちらが大切かと聞かれて困った表情をするルドガーにエルは悪戯っぽく笑いかけて父親の事を話し始める。彼女は分かったのだ。ヴィクトルは、自分の父親は自分を心の底から愛してくれていたことに。だからこそ、ルドガーは辛かった。今まさに自分が行おうとしていることは彼女の父親を二回殺す事なのだから。

 

「エル、俺は―――」

「大丈夫。パパには一回お仕置きしないとダメだから」

「お、お仕置き……」

 

 戸惑いながら告げようとするルドガーに茶目っ気たっぷりに返すエル。あんまりな物言いに思わず、顔を引きつらせるルドガーだったが直ぐに真剣な顔つきに戻ったエルにつられて自分も顔を引き締める。

 

「パパは苦しんでるの……でも自分だけじゃ止まれないから誰かが止めてあげないといけないの。ママがいない今は、それは私とルドガーの役目」

「……俺に出来るのか? みんなの力を貸してもらっても負けた俺が」

「ルドガーは負けてないよ。だって、まだ私が力を貸してないんだもん」

 

 そう言ってあの時のように小指を差し出して来るエル。あの時よりも大きくなったその指に思わず涙を流してしまいそうになりながらルドガーも小指を差し出してしっかりと絡める。指先を通して暖かな光がルドガーの体の中に流れ込んでくる。

 

「ルドガー……絶対にパパを止めてね。約束だよ」

「少し自信がない……エルのパパは強いからな」

「もう、弱気だなぁ。そんなに心配しなくたって大丈夫だよ」

 

 一度言葉を区切り、満面の笑みを浮かべてみせるエル。不思議なことにエルの笑顔を見ただけでルドガーの中から迷いや不安は消え去って行く。エルはこれが最後の言葉になるだろうなと思いながらも最高の笑顔のまま続ける。

 

 

「だって、ルドガーは―――エルのアイボーだもん」

 

 

 

 

 

 突如として視界が黄金の光で覆われたことに驚いたもののすぐに光の中に居るはずのルドガーを槍で貫こうとするヴィクトルだったが次の瞬間には立ち上がる凄まじいエネルギーを宿す光の柱によって弾き飛ばされ後退を余儀なくされる。立ち上っていた光の柱が消えた場所から、壊れたはずの槍をしっかりと握った骸殻状態のルドガーが現れた。

 

 だが、彼の姿は先程まで戦っていた姿とは大きく異なっていた。その異なっている点というのは背中から生えた光り輝く蝶の様な羽、オリジンの―――アイボー(エル)の力の証が存在したことである。

 

「バカな……それはオリジンの、いやエルの力! なぜ、貴様がエルの力を!?」

 

「なぜ? 簡単だ。俺が―――エルのアイボーだからだ!」

 

 驚く周囲を置き去りにして一切の迷いなく宣言し、ルドガーは再び襲い掛かって来たヴィクトルを緩慢な動作で槍を一振るいするだけで弾き飛ばし、そのままの流れで無数の槍をヴィクトル目掛けて飛ばしていく。小型の槍だというのに一撃食らうだけで意識が持っていかれる様な先程より格段に増した威力に男は為すすべなくその身を撃ち抜かれていく。

 

 男は朦朧とした意識の中、次は自身と同じ技である『マター・デストラクト』で槍を持って突進してくるだろうと思っていた。しかし予想は大きく外れることになった。両手に一振りずつ巨大な剣を持った彼が自身の懐に入って来たのだ。

 

「なんだこれは。“俺”は……こんな技、知らないぞ」

「当たり前だ。これは俺が編み出した技だからな!」

 

 自身が全く知らない技に動揺し掠れた声を出す男に彼はこれが最後だとばかりに強く告げ、彼は剣を振る。一切の無駄なく抵抗を極限まで減らしたうえで縦に横に、斜めに容赦なく相手を縦横無尽に斬り裂いていくユリウスより受け継ぎし奥義『双針乱舞』を取り入れたルドガー最強の秘奥義。

 

「気づかないのなら俺が気づかせてやるよ。お前が全てを偽物だと思う事は自分自身が奥さんへの愛を、エルへの愛を、二人が自分を愛してくれたという事実を否定していることだろおっ!!」

 

 怒りに近い感情を込めながら彼は真実を男に突き付け引導を渡すために巨大な剣を十字にクロスさせるように構える。ヴィクトルは告げられた事実に茫然とし、振り下ろされるルドガーの剣をただ見つめながら考える。どこで、間違えた? 何を間違えた? 全てはどこで狂った? その時、フッと彼の頭に必死に思い出さないようにしてきた少女との約束が思い出される。

 

――ホントのホントの約束だよ。エルとルドガーは、一緒にカナンの地にいきます――

 

 それは遠い日の、何に代えても守ると誓い、自分が見捨てたアイボーとの思い出。

 

「これでお前を止める! 継牙・双針乱舞っ!!」

「そう…か……」

 

 抗う事すらなく十字の斬撃をその身に受け入れながらヴィクトルは小さく理解の声を呟く。骸殻が解け体から血が吹き上がっているがそんな事は気にも留めない。男はアメジスト色の瞳を持つ少女の姿を思い起こしながら酷く穏やかな顔つきで続けて口を開いた。

 

 

「嘘つきは……ダメだもんなぁ―――“エル”」

 

 

 自分の間違いの原因は全て―――約束を破ってしまったからなのだと。それを悟った男は静かにその身を地に横たえ嘘つきにならなかった自分とは違う(・・)自分を見つめた。

 

 

――現在(ルドガー)過去(ヴィクトル)の戦いは今ここに終わりを告げた――

 

 




二人の違いは色々とあると思いますけど一番の違いはアイボーとの約束を守ったかどうかだと個人的には思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。