ルドガーinD×D (改)   作:トマトルテ

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五十話:ただ一人君の為なら

カナンの地へと足を踏み入れたルドガー達だったがそこで見た光景はお世辞にも普通と呼べる状態ではなかった。辺りを見回したエリーゼが黒い靄を見てあのモヤモヤは何なのかと呟きレイアがかなりやばそうだと続けると二人の疑問にミュゼが軽い口調で答える。

 

 

『ただの瘴気よ。長く触れ続けたら、私やミラでもやられちゃうけど』

 

『言い方軽っ!』

 

『超要注意でしょー!』

 

 

その言い方の軽さにレイアとティポがツッコミを入れる。だが、そこにガイアスが真面目に浄化が止まると溢れ出るのではなかったのかとミラに問いかける。それに対してミラとミュゼが瘴気は、魂が循環する時に排出される、魂を侵食する毒素であり本来はオリジンが抑え込んでいるはずなんだが、と呟くが現実として瘴気はこうして溢れ出ているのだ。その事にヴァーリはオリジンが限界に訪れて瘴気を抑え込めなくなっているのではないかと考える。

 

 

『やれやれ……そんな物の中を突き進むのか』

 

『だがビズリーは既に進んだ』

 

『恐らくはエルさんの力を利用して』

 

 

アルヴィンが嫌そうな声を出すのに対してガイアスは、冷静にビズリーは先に進んだ事実を告げる。そしてローエンのエルの力を利用したという言葉にルドガーは進む決心をして慎重に一歩踏み出そうとするが突如として足場が消失したように見えて足を止める。それに対してミラが四大精霊を呼び出して道を照らす。するとルドガーが先程進もうとしていた道は消え去りどこまでも続く穴へと変わってしまった。

 

 

『クロノスの罠か!』

 

『恐らく、奴が空間を捻じ曲げているのだろう』

 

『光が歪み、幻覚を作っているのですね』

 

 

クロノスが仕掛けた罠であることにガイアスがいち早く気づき、ミラもそれに同意する。さらにローエンがその仕組みを分析するが理屈が分かってもどうしようもない事態に一同は頭を悩ます。そんなクロノスの異常なまでの妨害に黒歌達はなにがそこまでクロノスを駆り立てるのかと不思議に思うが答えは出て来ない。

 

その間にルドガー達は四大精霊の力を使って自らの身を守って貰う事にするが、その場合は四人までしか行くことは出来ない。そこで、仲間達はルドガーに誰を連れて行くかの判断を任す。ルドガーは悩んだ末に、この中で最も強いガイアス、ミラ、そしてジュードと共に行くことを決める。因みにルルもイフリートのサービスでついて行けることになった。

 

 

『エル……待っていろ』

 

 

ルドガーは迷路のように入り組んだカナンの地を進み続ける。その道のりは非情に険しい物であったがルドガー達はエルの元に行くために必死に進み続けた。そして遂に最奥部へと通じる道を見つけ出し、覚悟を決めて審判の門へと進む。その先に居たのは凄まじい戦いを繰り広げているビズリーとクロノス、そして辛そうに俯いているエルであった。

 

ビズリーは骸殻を使う事もなくクロノスと互角以上の勝負を繰り広げていた。その様子に思わず、イッセーは凄え、と感嘆の言葉を口にしてしまう。拳一つで戦うビズリーの姿はある意味では肉弾戦の境地であった。

 

 

『クルスニクの鍵……切り札のつもりか?』

 

『さてな』

 

 

クロノスはルドガーの姿を見るとまだ鍵だと信じ込んでいるために切り札かと問う。それに対してビズリーは特に表情を変えることもなく含みの持たせた言い方で答える。その間に、俯いていたエルがゆっくりと顔を上げてルドガー達の方を見る。

 

その顔の右半分から首筋にかけては父親と同じように時歪の因子化(タイムファクターか)が広がって、どす黒く染まり、エメラルド色の目は血の様な赤色になっていた。その様子にルドガーは言葉を失いエルを見つめる事しか出来ない。

 

 

『ルド―――!』

 

『なにっ!?』

 

 

エルがルドガーと叫ぼうとしたところにクロノスがビズリーとエルを纏めて結界術で封じ込めてしまう。ビズリーも突然の事にエルを連れて逃げることもできずに悔しそうに消えていく。

 

 

『二人がかりなら勝てると算段したのだろうが、残念だったな』

 

『エルに何をした!』

 

『異空間に閉じ込めた。あの娘には時歪の因子化(タイムファクターか)して貰わねばならないのでな』

 

 

クロノスのその非情な手段にジュードが怒りをあらわにして叫ぶ。黒歌達もクロノスに対して怒りをあらわにするが、クロノスはそんなジュードの言葉に対して憎悪に満ちた目で睨みつけながら叫び返す。

 

 

『オリジンに、己が魂が生んだ瘴気の始末をさせておいて、どの口でほざく!』

 

 

その言葉に思わず、ジュードは言い淀んでしまう。

その間にもクロノスは言葉を続けていく。

 

 

『オリジンは、人間に進化の猶予を与え、その身を焼きながら魂の浄化を続けて来た……だが! 貴様らは自らの不浄を顧みず、魂の昇華を思いもせぬ!』

 

 

クロノスの言葉はすべて真実であった。オリジンがその身を焼いている間にも人間は愚かな行為を繰り返し続けて来た。その事実にルドガーは何も言えずにクロノスを見つめることしか出来ない。

 

 

『もうたくさんだ! 我は浄化を止め、オリジンを救い出す!』

 

 

クロノスの言葉には唯一の友であるオリジンを想う故の怒りが込められていた。そんなクロノスに対してミラがそれはオリジンの願いかと問うがクロノスは貴様には関係ないとしか返さない。さらに、ミラは瘴気が世界に溢れ出すと言うが、クロノスはそれこそが自分の望みだと答える。

 

 

『人間は、瘴気で魂を侵食され、マナを生むだけの“物体”となるだろう。しかる後、我が力で瘴気を封じ込めば、世界は精霊だけのものとなる』

 

 

その言葉にルドガー達と黒歌達は衝撃を覚える。ビズリーの願いが人間だけの世界なら、クロノスは精霊だけの世界を望んでいるのだ。ルドガーはそんなことはさせないとばかりに骸殻へと変身し、クロノスへと向かっていく。そしてクロノスの腕とルドガーがぶつかり合い、凄まじい光が辺りに放たれる。

 

 

『己がために、兄を踏み台にするとは実に人間らしい!』

 

『踏み台じゃない! 俺は兄さんの意志を受け継いで来たんだ!』

 

『どちらも同じこと』

 

 

ルドガー達はクロノスと戦い、追い詰めていくがあと少しというところで何度も時を巻き戻されてしまう。その事に焦っていたルドガーだったが、不意にユリウスの時計が気になって取り出して見ると時計の裏には『時を巻き戻す針はお前の槍で止めろ』と書かれていた。

 

ユリウスとしては自分が死んだ後にルドガーが自分の時計を使うだろうと踏んでクロノスの攻略法を記していたのであろうが、壊れてしまったためにルドガーはポケットにしまっていたのである。ともかく、ルドガーはその言葉にハッとしてクロノスが時間を巻き戻すタイミングで骸殻、つまりはクロノスの力を使ってクロノスの力を相殺していく。そして、初めてクロノスに致命的なダメージを与えることに成功する。

 

 

『ぐっ……認めぬ……これ以上オリジンを苦しませるなどっ!』

 

 

クロノスは傷ついた体を奮い立たせ、友を救い出すために時を巻き戻していく。その姿にリアスはクロノスもただ誰かを助けたいだけなのではないかと思い、本当に純粋な悪という存在は今戦っている者達の中にはいないと感じる。そんな時だった。

 

 

『見苦しいぞ、クロノス』

 

 

突如として結界の中からビズリーの声が聞こえて来たかと思うと結界を砕き、ビズリーがまるで燃えたぎる炎のような赤色の模様が入った無骨なフル骸殻姿で手に先が二股に割れた珍しい形の槍を持った状態で現れた。そしてその槍には―――

 

 

『「エルッ!!」』

 

 

エルが貫かれたような状態でぶら下がっていた。その事に叫び声を上げるルドガー達と黒歌達だったが、実際にはエルの鍵の力を具現化した物であり、エルを貫いてはいない。正し、その体は力を使いすぎたために時歪の因子化(タイムファクターか)によりどす黒く染まっているが。

 

ビズリーはクルスニクの鍵の力の籠った槍―――真のクルスニクの槍でクロノスを貫く。クロノスは突然の事に分けがわからず巻き戻し不可能な炎のように赤く染まる傷口を見つめる。

 

 

『ぐあああっ! がはっ!』

 

『無駄だ。これは時空を超えるオリジンの“無”の力だ』

 

『まさか……その娘が』

 

『そう、本物のクルスニクの鍵だ』

 

 

クロノスは槍によって磔にされてもなお、もがくが、オリジンの“無”の力の前では無力だった。そしてその槍からエルが力なく崩れ落ちて行く。その様子にルドガーは声にならない悲鳴を上げるがまだエルは生きていた。

 

 

『なんという……醜悪な―――』

 

『人間の勝利だ!』

 

『ぐあああっ!』

 

 

クロノスに止めを刺すようにビズリーは槍をさらに深くクロノスの胸に刺し込み、捻りクロノスを苦しめる。そして、自らの勝利の宣言をする。クロノスが敗れたことでカナンの地にかけられていた罠が解除される。だが、ルドガーにはそんなことなどどうでもいいらしく、真っ直ぐにエルの元に走って行き、その小さな体を抱き起す。

 

 

『ルドガー……どうして……ここに?』

 

『約束したから……な』

 

『……ルドガー』

 

 

自分が約束を破ったにもかかわらず約束を守りに来てくれたルドガーにエルは嬉し涙を流す。ルドガーはそんなエルの手を優しく握ってやる。小猫はその様子に感動すると同時にエルをこんなにも傷つけたビズリーに怒りを向ける。そして、それはガイアスも同じだったらしい。

 

 

『こんなことがお前の策か。器が知れるぞ、ビズリー』

 

『クロノスを倒すには、これしかなかった。だがこの悲劇は無駄ではない。おかげで精霊から意思を奪い去り、人間だけの世界を築くことが出来るのだから』

 

 

ガイアスの言葉にも一切悪びれることなくビズリーはそう言い放つ。人間だけの世界など大精霊オリジンが叶えるわけないとジュードが反発するがビズリーは問題ないと続ける。

 

 

『オリジンの意思など関係ない。このオリジンの審判自体が、始祖クルスニクと精霊オリジンが契約した一個の精霊術。条件が満たされれば、オリジンはその力を発動せざるを得ないのだ』

 

 

ビズリーの言う通り、この契約はいかなる願いであろうと叶えることが出来るのだ。願うなら世界の消滅すら可能だろう。そもそも、この世界を創り出したのもオリジンという存在なのだから。そんな時、エルが時歪の因子化(タイムファクターか)の痛みによりうめき声を上げる。

 

 

『あきらめろ。その娘はもう助からん。オリジンに願えば、話は別だがな』

 

『ダメ……分史世界……消さないと……』

 

 

ビズリーがルドガーにそう話すと、今にも自分が消えてしまいそうだというのにも関わらずエルは懸命にルドガーに分史世界の消去を願う。子供ながらに事の重大さを分かっているのもあるが全ては大切なルドガーに消えて欲しくないが為である。ビズリーはエルの言葉を肯定し、願いを叶えられるのはたった一人の一つの願いだけだと言う。

 

 

『助ける方法があるとすれば、その娘より先にルドガーか私が時歪の因子化(タイムファクターか)することか。そうすれば時歪の因子(タイムファクター)は上限値に達し、進行中の時歪の因子化(タイムファクターか)は解除されるだろう』

 

 

確かにその方法ならば、エルは助かるだろう。だが、それは審判の失格を意味する。そうなれば人間はクロノスの目論見通りマナを生み出すだけの物になるだろう。そうなれば、結局エルは救えないのだ。

 

 

『お願い……分史世界を消して……ルドガーが……消えないように』

 

 

エルはルドガーが消えないようにとお願いをする。自分のことを一切顧みなくなった少女に彼は顔を歪めて考える。自分が何をすればいいのかではなく、自分が何をしたいのかを。そして彼はある選択をする。

 

 

『俺はオリジンにエルを助けてくれと願う!』

 

 

その言葉にジュード達が驚きの声を上げる。だが、ルドガーがそう答えるのは当然の事だろう。何故ならルドガーは初めから世界を救うためではなくエルを助けるためにカナンの地へと来たのだから。この世界よりもルドガーにとってはエルの方が大切なのだ。そんな姿に黒歌はそんな彼に愛して貰えることに喜びを感じる。だが、同時にやはり愛して貰うのなら傍で愛してもらいたいと切に願う。

 

 

『冷静になれ、ルドガー。娘など、この世界でまた生めばいい』

 

『そうだよね……エルは……ニセ物だし……』

 

 

ビズリーの言葉にルドガーの殺気が膨れ上がるが、エルが自分自身を偽物だと卑下したことで、その殺気は収まることになる。エルは悲しそうにルドガーの手を離すがルドガーはその手を再び握り直しエルに微笑みかける。そして、顔を引き締めて審判の門へと歩いていく。しかし―――

 

 

『ぐあっ!』

 

『願いの権利は私にある、ルドガー』

 

 

ビズリーから腹部に強烈な一撃をくらってルドガーは膝をつく。だが、その程度で諦める程ルドガーは諦めの良い方ではない。

 

 

『それなら、その権利を奪うだけだ!』

 

 

ルドガーは双剣を抜き放ち斬りかかるがビズリーはそれを軽々しく避けて再びルドガーに攻撃を加える。ルドガーは強くなったとはいえビズリーとは年季の差がありすぎるのだ。そこにミラがルドガーに自分がオリジンと話をつけるからエルの事は心配するなと言うが、ビズリーはマクスウェル如きに出来るのかと皮肉を言う。

 

 

『できるできないではない……やるかやらないか、だ』

 

 

ミラのその言葉はくしくもイッセーが辿り着いた信念と同じだったためにイッセーは目を見開いて驚く。その言葉にビズリーは不快そうな顔をして敵意をあらわにする。

 

 

『ち……所詮は、精霊に付き従う犬共か。私は、あれだけの屍を踏み越えてここに立っている!』

 

 

そう言って、ビズリーは審判の門に刻まれた時歪の因子化(タイムファクターか)により犠牲になった一族の数字を指し示す。その数は99万9999人。その数に黒歌達は改めてこの審判の過酷さを思う。そして、ビズリーは、クロノスを磔にしていた槍を引き抜く。

 

 

『邪魔をするなら容赦せん』

 

 

引き抜いた槍をビズリーは自分の胸に突き刺し自らの中に取り込んでいく。その事に驚く黒歌達をよそにビズリーの体から天まで届くかのような凄まじい火柱が立ち上る。そして変身を終えたビズリーの背中にはどす黒い蝶の様な羽が生えていた。それはオリジンの無の力を取り込んだ証拠。最強の骸殻に最強の力、それらを掛け合わせた今のビズリーの姿は端から見ている黒歌達からにも凄まじい威圧感を与える物だった。

 

 

『無駄な力を使わせる』

 

『ルドガー……』

 

『無駄なんかじゃない! 俺は―――エルを救ってみせる!』

 

 

無駄な力をと言うビズリーに対してルドガーは力強くそう叫び返す。そしてルドガー達とビズリーの戦いが始まる。ビズリーの圧倒的な力にも怯むことなくルドガー達は戦い続けていくのだったが、ビズリーがついにその力の神髄を見せる。

 

姿勢を低くして右の拳に力を込めるビズリー。その構えをイッセーは見たことがあった。ルドガーがよく自分に対して使っていた技のオリジナル―――

 

 

『容赦せん! はあっ、絶拳っ! どりゃあああああっ!!』

 

 

『ぐああああっ!?』

 

 

極限まで威力の込められた拳が骸殻状態のルドガーの腹部に突き刺さる。簡単に言えば腹パンであるがその威力は想像を絶する物だった。まず音だ。人体からは決して聞こえてはいけないような音が辺りに響き渡る。さらに、その拳の威力はルドガーの体を貫通し背中から波動として吹き出て来るだけでなく、近くに居たジュード達をも衝撃波で巻き込み吹き飛ばす。

 

そして直接受けたルドガーは高々と宙を舞い、口から血を吐き出し、白目になりながら骸殻状態から強制的に元に戻らされる。恐らく骸殻を纏わずにくらっていれば即死物だっただろう。何せ、巻き込まれただけのジュード達ですら瀕死に追い込まれただから。

 

そのままルドガーは重力に従い無残に地面に叩きつけられ。自分の時計とユリウスの時計を落としてしまう。そんな様子に黒歌は思わず悲鳴を上げて駆け寄ろうとするが小猫に羽交い絞めにされて止められてしまう。勿論、小猫も心配ではあるが行ってもどうしようもないので止めているのである。

 

 

『調子に乗るなよ。……やはりユリウスの命で橋を架けたか』

 

『…………っ』

 

『ルドガー……メガネのおじさんを……』

 

 

ビズリーがユリウスの時計を見てそう呟く。その顔は骸殻で覆われているためにどんな表情をしているのかは分からないがその声には僅かに怒りがあった。ビズリーはビズリーなりに息子達の事を想っていたのである。だが、審判を越えるためには妻であろうと息子であろうと利用するつもりだったのには違いない。

 

しかし、リドウを殺して橋に変えた時は僅かにユリウスを殺さずに済んだと安堵していた。だからこそ、ルドガーに対して怒りを見せたのである。最も、橋にするかもしれなかったので直接それを口にする権利はないと思っているのだが。そしてエルはルドガーが自分にために兄を殺したことを知って動揺を見せる。

 

 

『お前の判断ミスが、全ての死を無意味にしたのだ』

 

 

ビズリーはルドガーの頭を鷲掴みにして吊り上げながらそう口にする。その様子にジュード達は何とかルドガーを助けようと動こうとするが思うように体が動かずに歯ぎしりをする。

 

 

『ユリウスの死も、お前自身の死も!』

 

 

ビズリーはもう抵抗できないようにルドガーの時計を踏みつぶす。その瞬間、エルの胸元に以前、ルドガーの時計と融合したヴィクトルの時計が現れる。その事に祐斗は正史世界の物が壊れたために分史世界の物が戻って来たのだと考える。エルはそれをルドガーに渡して逆転の糸口にするために残った力を振り絞ってすぐさまルドガーの元へと走り出す。

 

 

『ルドガーーーッ!』

 

『あの娘の死もだ』

 

 

ビズリーは走って来るエルに対して左手の拳からジャブで爆撃を飛ばしていく。エルはそれを必死に避けながらなおも走り続ける。その姿にルドガーは力を取り戻し、ビズリーの顔を必死に蹴りつけて拘束から逃れることに成功する。そしてすぐさまエルの元へと駆け出す。そんな姿に黒歌達は意味がないと分かっていながらも声を出してルドガーを激励する。

 

 

『うおおおおーーーっ!!』

 

 

走るルドガーに向けてもビズリーが攻撃を放ってくるがルドガーはアイボーの元に走るのを止めない。例え、その攻撃が当たったとしても、彼は燃え尽きるまで走り続けるだろう。

 

 

『ルドガァァーーーーーッ!!』

 

 

エルもまた、時計を黒ずんだ右腕にしっかりと持ちながら走るのをやめない。一瞬でも早くアイボーの元へとたどり着くために。

 

 

『エルーーーーーッッ!!』

 

 

そして二人のアイボーの手は今―――重なり合う。

 

次の瞬間、金色の光が二人を包んで天まで届く様に立ち昇る。それを見たビズリーが止めるために爆撃を当てるが全て光に打ち消されてしまう。それに対してならば直接とばかりに力を溜めた拳を光の柱に叩きつけるが余りの力の波動になすすべなく吹き飛ばされる。その事に驚きの声を上げて光の柱を見つめるビズリー。そして、光が消えた中から現れたのは―――エルを抱きかかえたフル骸殻のルドガーだった。

 

 

『時計と直接契約したか』

 

 

ルドガーはビズリーの言葉に答えずにエルを下ろす。先程殺されそうだったにもかかわらず、その姿からは一切の恐怖は見当たらなかった。黒歌達から見ても何故だかルドガーが負ける気がしなかった。まるで―――勝利が約束されているかのように。

 

 

『……楽しませてくれる!』

 

『ビズリー……これで終わらせる!』

 

 

そして、第二戦が始まる。骸殻の力は段階によって変わるが実はそれだけは無い。同じ段階の能力者でも力が大きく変わることもある。ルドガーはクルスニク一族の二千年の歴史の中でも片手の指で足りる程しかいないフル骸殻に至った。

 

そしてその力は―――二千年の中で生まれたどの一族よりも上だった。ルドガーはその全てを超越した力でビズリーを圧倒していく。兄弟にとっては皮肉なことであろうが、ルドガーは間違いなくクルスニクの才に誰よりも愛されていたのだ。

 

 

『ルドガー、お前は!』

 

『ビズリー、お前は全ての死を無意味にしたと言ったな? でも、それは違う』

 

 

ビズリーは最強の骸殻と最強の力を合わせた自身の力でも及ばない事に畏怖の念を感じていた。また、同時に自分の歯車を狂わせたのが息子だという事にも皮肉を感じていた。そんなところにルドガーが落ち着いた声で話しかけて来る。

 

 

『兄さんの死は無駄じゃない。俺に色々な物を受け継いでくれた。意志を、覚悟を、俺は受け継いできた! そしてこれが―――俺達の意志だ!!』

 

 

ルドガーは無数の槍をビズリー目掛けて飛ばしていく。そこまでは『マター・デストラクト』と変わらないがそこからが違った。巨大な剣を両手に持ち、ビズリーの懐に入り縦横無尽に切り裂いていく。これはユリウスがルドガーに授けた奥義『双針乱舞』である。

 

そして、止めとばかりに剣を十字に持ち力を、意志を込める。まるで、かつて兄が自分に対してぶつけた秘奥義『祓砕斬・十臥』の止めの部分のように。彼は受け継いだ意志と覚悟の全てを解き放つ。

 

 

 

『うおおおっ! 継牙・双針乱舞っ!!』

 

 

 

十字の斬撃がビズリーの体を、野望を―――意志を斬り裂く。

ビズリーは斬り裂かれたダメージで骸殻状態から元に戻り、力なく崩れ落ちる。

ルドガーは―――兄弟は父を越えたのである。

 

ビズリーが倒れたのを見届けるとルドガーは骸殻を解きすぐさま苦しそうに倒れているエルの元へと駆けて行く。そして抱き起して自分の名を呼ぶ愛しいアイボーに微笑みかける。

 

そんな時だった。ビズリーが死にかけの体を執念により無理やり動かし一歩、一歩、たどたどしい足取りではあるが確実にルドガーとエルの元に近づいていく。そこへ、クロノスの罠が消えたおかげで進むことが出来た仲間達が現れる。

 

 

『ルドガー、お前はっ!』

 

『後ろだ、ルドガー!』

 

 

「ルドガー、後ろよ!」

 

 

執念を込めた拳をルドガーに向けて振り下ろすビズリーに気づいたミラとリアスが同じように叫び声を上げる。しかし、その心配は不要であった。ビズリーは目を見開いて振り下ろす拳を止める。なぜなら、その喉元にルドガーは振り向くことすらせずに槍を突きつけていたからである。

 

ルドガーは何もビズリーが近づいていることに気づいていなかったわけではない。今さらビズリーが何をしたとしても結果が覆ることはないと分かっていたのである。これ以上は見苦しいぞ。突き付けられた槍からはそんな意思が伝わって来る。ビズリーはその事に自らの完全な敗北を悟り、腕を下ろす。

 

 

『……その骸殻は、もう使うな。直接契約した今、お前も時歪の因子化(タイムファクターか)のリスクを負ったということ』

 

 

ビズリーは様々な思いを込めた表情でルドガーを見つめながら、語り掛けて行く。その様はどこか全てから解放されたが故の虚無感を感じさせた。

 

 

『それ程の力……すぐに時歪の因子化(タイムファクターか)してしまうぞ』

 

『……心配してくれているのか?』

 

『……ふっ、私とて家族を想う事もある』

 

『………………』

 

 

心配しているのかという問いかけに、ビズリーは自嘲気味にそう返す。ルドガーはそんな言葉に複雑な表情を浮かべる。ビズリー・カルシ・バクーという男は何も愛を知らない男ではない。妻に対して確かな愛情を抱いていた。息子達のことを少なからず気にかけていた。

 

しかし、その強すぎる義務感から審判を越えることを第一としていたためにそれを押し殺して冷徹に振る舞っていたのだ。もし、審判がなければ彼等は幸せな親子だったのかもしれない。そんな事実に黒歌達はビズリーもまた審判の犠牲者だったのだと思わざるを得なかった。

 

 

『ふふ……まさか、お前に越えられるとは……』

 

 

少し、満足げにそう呟くビズリーの体に変化が現れる。自身の胸から黒い靄が噴き出して来て苦しみだすビズリー。時歪の因子化(タイムファクターか)の進行が襲い始めて来たのである。苦しむビズリーをよそに人間の敗北を刻む最後の歯車が動き始める。その事にビズリーは最後の抵抗を見せる。

 

 

『だが! 思い通りにならないからこそ、人間はっ!』

 

 

右の拳を握りしめ、ビズリーは最後の力を振り絞り―――己の心臓を貫く。大量の血を吐き出すビズリーであったが、時歪の因子化(タイムファクターか)の進行は止まっていた。彼は己の命を自ら断つことで人間の敗北を防いだのである。ゼノヴィアはその凄まじい執念にある種の尊敬の念を抱く。

 

 

『……面白い』

 

 

ビズリーは血を滴らせながらゆっくりと、扉の前へと歩いていく。その様にルドガー達は何も言うことが出来ずに黙って見いってしまう。ビズリーは扉の前で足を止めその中に居るであろうオリジンに語り掛ける。

 

 

『オリジンよ……俺“個人”の願いを教えてやる』

 

 

静かに己の血にまみれた拳を振り上げ、ビズリーは怒り表情で言葉を続ける。

 

 

『あの数だけ……この拳で、お前達をっ!』

 

 

犠牲になった一族の数だけオリジン達精霊を殴りたいという憎悪を込めた拳が扉にぶつかり、轟音が響き渡る。そして、しばらくそのままの状態で固まっていたビズリーであったがついに最後の時を迎えて白目を向いて力なく崩れ落ちる。ビズリー・カルシ・バクーは最後まで己の為すべきことなしてその生涯を終えた。その最後の姿をルドガー達と黒歌達はしかと胸に刻む。

 

 

『ルドガー……みんな来てくれてうれしかったよ……ミラも』

 

『……ああ』

 

 

エルが目に涙を溜めながらここまで来てくれた仲間達を見つめる。そして、“ミラ”のことがあって以来、複雑な思いを抱いていたミラにもエルは嬉しかったと伝える。それに対してミラは嬉しそうに微笑む。その後、エルとルドガーは一緒に審判の門の前に歩いていき二人そろって手をかざす。すると、二人が触れた場所から光が放たれ、二千年ぶりにその扉は開かれる。そしてその奥から炎と共に少年の姿をした一人の精霊が現れる。

 

 

『こいつが大精霊オリジン……』

 

 

ガイアスの言葉に小猫もこんな少年が何でも願いを叶えてくれる存在なのかと思ってしまう。正し、今のオリジンの姿はあくまでも仮の姿である。二千年もの間、瘴気を浴び続けてきた為に力を落とした姿が今の姿なのである。

 

 

『そうだよ。こんにちは、ガイアス王』

 

『俺の事を知っているのか?』

 

『もちろん。魂たちが、世界中の出来事を教えてくれるからね』

 

 

オリジンのそんな台詞にミラが随分人に興味があるのだな、と聞くと君程じゃないとオリジンは返す。それに対してミラは早速、分史世界の消去と魂の浄化を頼む。また、オリジンだけでは無理なら自分も力を貸すと言うが、それをジュードが止めようとする。そんなところにクロノスが割り込んでくる。

 

 

『ふざけるな! まだオリジンに浄化を強要するのか! 貴様らは自分の不始末をオリジンに押し付けているだけではないか!』

 

 

オリジンの、友の為に激昂するクロノスに対してオリジンが手をかざす。するとクロノスの力をもってしても一切直らなかった傷が一瞬にして治ってしまう。その事にイッセーは何でも願いを叶えられるというのは事実なのだと感じる。

 

 

『ありがとう、クロノス。ずっと僕を心配してくれてたんだね』

 

『わ、我のことはいい! それより人間達に、己が罪業を思い知らさねば―――』

 

『うふふふ』

 

『何を笑う?』

 

 

オリジンのお礼に対して明らかにツンデレな対応を見せるクロノス。そしてなおも人間に対してその罪を償わせようとするがそんな様子を見たオリジンに笑われてしまう。そのことに怪訝な表情を浮かべてオリジンを見つめるクロノスだったが、自分がオリジンの大好きな人間とそっくりと言われてしまい、怒ることも出来ずに俯く。

 

 

『そして、願いを叶える権利は、そんな人間の代表……ルドガーとエル。試練を超えて扉を開いた君たちにあるんだよ』

 

『エルたちに……』

 

『そう、二人でひとつの願いを決めて。望むなら時歪の因子化(タイムファクターか)だって解除できるよ』

 

 

その事にルドガー達は色めき立つが直ぐにエル自身が時歪の因子化(タイムファクターか)の解除を否定し、分史世界の消去を願うようにルドガーに頼む。そんな時ルドガーはビズリーが言っていた言葉を思い出す。

 

(助ける方法があるとすれば、その娘より先にルドガーか私が時歪の因子化(タイムファクターか)することか。そうすれば時歪の因子(タイムファクター)は上限値に達し、進行中の時歪の因子化(タイムファクターか)は解除されるだろう)

 

さらにユリウスの言葉も思い出す。

 

(……大切なら守り抜け。何にかえても!)

 

ルドガーはエルを見つめる。今にも消えてしまう小さな少女。エルを救いたい。何に代えても守ると決めた大切なアイボーを。

 

 

『さあ、君たちの願いはなんだい?』

 

 

オリジンは二人に問いかける。少女を助けるか、世界を救うかの残酷な選択を。仲間達が見守る中、ルドガーはエルを見る。エルは選択をルドガーに任せるらしく、ルドガーの方に顔を向けない。そして黒歌達もルドガーが一体どちらの選択を選ぶのかと固唾をのんで見守る。

 

 

 

『分史世界を、すべて消してくれ』

 

 

 

その言葉にエルはどうせ自分は偽物だから仕方がないという風に悲しそうに目を閉じる。イッセー達はその選択に世界の為にはそれしかないのかとやりきれない気持ちになり顔を俯ける。だが、ただ一人黒歌はルドガーがエルの事を一切諦めていないことに気づいていた。なぜなら、ルドガーの目はこれまで見てきたどの目よりも強い覚悟が籠っていたのだ。

 

 

『エルのことは……いいんだね?』

 

 

『エルは……俺が助ける!』

 

 

オリジンの問いにルドガーは力強く答える。その言葉にオリジンを含めた全員が驚愕の表情を浮かべてルドガーを見つめる。そんな中、ルドガーはエルの頭をポンポンと優しく叩いてオリジンの前へと進み出る。

 

 

『ルドガー、まさか!』

 

 

ジュードが何かに気づいて叫ぶがルドガーは止まらない。前に進み出たルドガーは大きく腕を広げて光と共にフル骸殻へと姿を変える。すると、強すぎる力故にすぐにルドガーの体からは時歪の因子化(タイムファクターか)により黒い靄が噴き出してくる。それを見た黒歌達はルドガーが何をしようとしているのかに気づき目を見開く。

 

 

『自分を先に時歪の因子化(タイムファクターか)させて、エルを助ける気か!?』

 

『やめて、やめて! そんなことしたら、ルドガーが……!』

 

 

時歪の因子化(タイムファクターか)の苦痛で身をよじらせるルドガーにミラが驚愕の声を上げ、エルがそんなことをしたらルドガーが消えると涙ながらにルドガーを止めようとする。だが、ルドガーは己が消滅していくことを止めようとはしない。

 

 

『ルドガー・ウィル・クルスニク。それが君の“選択”なんだね』

 

『ああ……エルも世界も救ってみせる! それが俺の―――選択だ!』

 

 

ルドガーが選んだ選択は、少女を助けるという選択でもなく、世界を救うという選択でもない。ルドガーの選択は―――少女と世界、両方を救うという第三の選択だった。……己の命を使って。そんな選択にイッセーは心に熱いものを感じると同時にそんなのは余りにも残酷だと感じる。それはジュードも同じだったようでルドガーを止めようとするがミラに制止されてしまう。

 

 

『ルドガー、消滅が怖くないのかい?』

 

 

『消滅よりも怖いことがあるんだ』

 

 

オリジンの問いかけにルドガーは迷うことなくそう答えてエルを見つめる。ルドガーにとって本当に怖いことは己が消滅することではなく、何よりも大切な者が消滅してしまう事だった。その覚悟が分かった黒歌は本当に己の全てを投げ捨ててでも自分を守ろうとしてくれているのだと改めて理解する。そして、同時にルドガーにこれ以上傷ついて貰いたくないと切に願う。

 

 

『……わかった。君の願い、聞き届けよう』

 

 

オリジンはルドガーの覚悟に願いを受け入れることを答える。そして、ルドガーはエルに向き直り、かつて約束した時のように時計をエルの首にかける。その事に涙を浮かべてルドガーを見つめるエル。ルドガーの行動はただ、エルを救うためではない。己の全てかけて少女の存在肯定をしているのだ。自らを偽物だと言う少女に今ここに居る君が俺のエルなんだよ、と語り掛ける様に。

 

 

『ルドガー……君は』

 

『越えられない壁を越えたのだ……自分の命を使って』

 

 

ジュードとミラが越えられない壁を越えたルドガーを見つめながらそう呟く。それに対してルドガーは、後は任せたと言うかのようにジュードの方を見る。それに対してジュードはルドガーが安心できるように頷いてみせる。

 

 

『わかってあげて、エルー!』

 

『ルドガーはエルを選んだんですよ!』

 

『無限の“もしも”のエルさんより、自分自身よりも……今ここにいる、あなたを』

 

 

ティポとエリーゼ、そしてローエンの言葉で、エルは、ルドガーは今ここに居る自分を愛してくれているのだと理解して涙を流してルドガーに抱き着く。ルドガーもエルを優しく抱きしめ返す。

 

 

『こんな悲しいスクープ……嬉しくないよ』

 

『……見届けてやろうぜ、レイア。世界ひとつと、女の子一人を守った、あいつの選択を』

 

『……うん』

 

 

涙をこぼして俯くレイアにアルヴィンがそんな言葉をかける。その言葉にレイアは顔を上げてただ一人の少女を守り抜いた男の最後の瞬間を、目を逸らさずに見つめる。黒歌達も、ルドガーの選択を最後の瞬間まで見届けるために目に涙を溜めたり、歯を食いしばったりしながらに真っ直ぐに見つめる。

 

 

『マクスウェル、これが人間なんだね』

 

『……ああ。きっと人は、どんなこともなせる』

 

『信じられぬほど愚かなこともな』

 

 

オリジンの言葉にミラが誇らしげにそう答える。だが、クロノスがすぐさま皮肉気にやはり人は愚かだとばかりに言葉を続ける。しかし、オリジンはそんな人間の魂の“負”こそが人間の力そのものだと答える。その言葉にローエンが驚きの声を上げる。

 

 

『そもそも“負”ってなんだい?』

 

『それは……欲望とか?』

 

『エゴとかだろ』

 

 

オリジンの問いかけにレイアが欲望と答え、アルヴィンがエゴと続ける。だが、そこにガイアスが口を挟んで否定をする。

 

 

『いや、欲望は言い換えれば夢。意志も見方を変えればエゴとなる。単純に善悪に分けられるものではあるまい』

 

『その通り。だから僕は“負”を浄化なんてしてないんだよ』

 

 

その言葉に驚きの表情を浮かべるルドガー達。そんなルドガー達にオリジンは、自分は魂の循環の時に瘴気を取り除いて、封じていただけだと答える。それに対してミラがそれでは瘴気が際限なく瘴気が生まれるのではないのかと問いかける。

 

 

『だから試したのさ。“負”をもったまま魂を昇華できるかどうか―――人の“選択”をね』

 

 

オリジンの審判、それはオリジンが人の選択を試すために行ったもの。“負”をもったまま魂を昇華できるかどうかの選択をルドガーはその命を持って示してみせた。彼の魂は間違いなく昇華したのであろう。

 

 

『……でも、示し続けなきゃ意味がない』

 

 

だが、オリジンの言う通りルドガー一人が示しても意味がない。人間として示し続けなければならない。その途方もなく長い道のりを想像してアーシアが心配そうな顔をするがジュード達の顔は決意に満ち溢れていた。

 

 

『はい。僕達も、証明してみせます。ルドガーやエル、ユリウスさんのように――』

 

『……我の妨害より厳しい試練だ。それを越えられては是非もない』

 

 

ジュードの言葉にクロノスがどこかルドガーを認めたような言葉を告げる。そして、オリジンの隣に行き、共に瘴気を封じ込めると答える。そんなクロノスにミラが声をかけるがクロノスは頷くだけで言葉を返さない。

 

 

『だが、再び人間が―――』

 

『心配はいらん。何千年かかろうと、辿り着いてみせる』

 

『私も信じたくなっちゃった。誰かさんたちのせいで』

 

『……面白い。やってみせろ』

 

 

クロノスの言葉を遮り、ガイアスが何千年かかってでも辿り着いてみせると豪語する。そして、その台詞にミュゼも精霊として人間を信じることをクロノスに伝える。クロノスはその言葉に少し笑い人間の可能性を見届ける心積もりになる。

 

 

『世話を掛けるね、クロノス』

 

『時間はある。小言は、あとでゆっくり言わせてもらう』

 

 

礼を言うオリジンに対してクロノスはそんなことを話すが、その顔はどこか楽しげなものであった。そしてオリジンはルドガーの願いを叶える準備を見せる。

 

 

『それじゃ、ルドガーの願いを叶えよう。すべての分史世界の消去を――!』

 

 

オリジンの体から光が放ち始め、その光はやがて束になり天へと昇っていく。そして光がはじけ飛び、辺りが神々しいまでの光に包まれる。そんな様子をルドガー達と黒歌達は黙って見届ける。全ての分史世界とそこに住む全ての命が消えた。

 

その事はこれからも彼等にとっての十字架になるだろう。だが、彼等は振り返らずに進み続ける。ルドガーもまた止まることなく自らの生の終わりへと歩いていく。そして、ジュード達は残り少ない時間でルドガーと最後の言葉を交わす。

 

 

『ルドガー、君と出会えて良かった』

 

『お前が成したことは、この胸に刻んだ』

 

『ちょっと、綺麗すぎだけどな』

 

『それが出来るのが、ルドガーとあなたの違い』

 

 

ジュード、ガイアス、アルヴィン、そしてミュゼの言葉にルドガーは黙ってうなずいていく。ルドガー自身は自分の行いがそんなに綺麗な物だとは思っていない。己の欲望の為にエゴを貫き通した。ただ、それだけだと思っている。つまり、言い換えれば己の夢の為に意志を貫き通したということなのだが、彼はそれを誇ろうとはしない。

 

 

『エルさんのことは、心配しないでください』

 

『私達がついているから!』

 

『約束、します!』

 

 

ローエン、レイア、エリーゼ、ティポの言葉にもルドガーは黙ってうなずいていくだけだった。彼等の間には言葉はいらない。それだけルドガーは仲間達の事を信頼していた。彼等なら自分の代わりに必ず、エルを守ってくれると確信していた。

 

 

『君のおかげで再び使命を果たすことが出来た。感謝するよ、ルドガー・ウィル・クルスニク』

 

『……なあ、ミラ』

 

 

そこで初めてルドガーは口を開く。顔が隠れているために表情は分からないがその声はどこか愛しい人へ話しかけるような柔らかさがあった。

 

 

『“ミラ”は……俺のこと見てくれてるかな?』

 

『……見ているさ、ずっとな』

 

『そうか……』

 

 

笑顔で言われたミラの言葉に満足気な声を出し、愛しい人へと想いをはせるルドガーだった。そんな様子に黒歌は複雑な気持ちになるが嫉妬は無い。むしろ、彼女の分まで彼を支えていこうと思う。そして、心の整理が出来たところでルドガーはずっと待っていたアイボーへと向き直る。小さなアイボーはその体を精一杯に動かして涙ながらにルドガーに語り掛ける。

 

 

『エルも約束する! もうウソつかないし、トマトだって食べる!』

 

『ああ……』

 

『ルドガーが助けてくれたこと……スープの味も、ぜったいっ、忘れないっ!』

 

 

溢れ出る涙が止められずにエルは目をこすりながらも必死にルドガーに感謝の想いを伝えていく。そんな様子にゼノヴィアの目が思わず潤んでしまう。

 

 

『本当……本当だから―――』

 

 

ルドガーはそんな言葉に頷きながら、骸殻の段階を下げてエルに自分の顔が見えるようにする。そして優しく―――笑いかける。そんな笑顔にエルも泣きたいのを堪えて笑顔でルドガーに笑いかける。

 

 

『約束!』

 

『ああ、約束だ』

 

 

エルとルドガーは約束を果たした。そして、二人はまた一つの約束を結んだ。この約束もまた、必ず果たされることになるだろう。ルドガーは満足げに頷き、最後にエルにあの歌を受け継ぐ。ルドガーの口から紡がれる歌は証の歌。

 

かつて兄から受け継いだ自分も大好きな歌をただ一人、エルの為に歌い続ける。そこにどんな想いが込められているのかはエルとルドガーにしか分からない。だが、エルを想っている事だけは確かだろう。そんな優しげな歌を聞きながら黒歌達は目に涙を浮かべながらもルドガーを見つめ続ける。

 

 

『さようなら、人と精霊たち。また会う日が、今日より少しだけいい日でありますように』

 

 

オリジンとクロノスは最後にそう言い残して審判の門の中へと消えていく。そして、ミラとミュゼもこれ以上、人間界に止まっておくことが出来ずに精霊界へと帰っていく。しかし、誰一人として二人を振り返ることはしない。何故なら、今はルドガーの最後を見届けなくてはならないからだ。

 

不意にルドガーの頭を風が撫でる。自分の頭を優しく撫でて行った風と共にルドガーには誰かの声が聞こえたような気がした。

 

(よくがんばったな、ルドガー)

 

その言葉は、自分の憧れの存在だったような気がしてルドガーは嬉しくなる。兄は弟を守り抜き、弟は少女を守り抜いた。そして、ルドガーは最後の最後に何よりも大切な者―――エルの顔を目に焼き付ける。最後の歯車が刻まれた瞬間、強烈な光が審判の門より放たれルドガーの体は消滅していく。消え行く最中、最後に彼の目に映ったのは―――少女の笑顔だった。

 

 

 

――世界ひとつと、ただ一人の少女を守り抜いた英雄の生涯はここで幕を閉じた――

 

 

 

 

 

……はずだった。

 

 

『………どこだここ?』

 

 

彼は黒歌達の世界でオリジンの計らいにより再び新たな生を歩むことになったのだった。なぜか、幼くなった姿で。その事でようやく黒歌達はどうやってルドガーがこの世界に来たのか、ルドガーの年齢が幼くなっているのかの謎を理解するのだった。そして、そこからの記憶は流れるように進んで行く。

 

 

――君、早く逃げるんだ!――

リアスの甥であるミリキャスに出会い、助ける。そして、そのことから魔王サーゼクスに気に入られ、駒王学園へと入学する。

 

――それもそうだな……俺は、ルドガー、ルドガー・ウィル・クルスニクだ――

最愛の女性となる黒歌と出会った日。

 

――私達、オカルト研究部はあなた達を歓迎するわ―――悪魔としてね――

オカルト研究部のメンバーに半ば強引ながらもなった日。

 

――会いたいんだろ? 兄貴に。―――“偽物”のマクスウェルに――

新たな審判を知らされ、過去と現在のどちらを取るかの選択を迫られた日。

 

――やっとだ…やっとわかった――

自分の生きる意味を見つけ、今を生きると選択したあの日。

 

――今ここに居る君じゃないとダメなんだ――

最愛の女性と想いが通じ合った日。

 

――黙れ! “本物”として生まれた貴様に、何が分かる!――

魂の循環に逆らい、己の幸せの為だけに全ての人間を犠牲にして新たな審判を望んだもう一人の自分と再会した日。

 

――約束より……大切なものがあるんだ――

最愛の女性を守る為に彼女から離れると決めた日。

 

――お前達が俺を連れ戻すというなら俺はそれを―――手足をもぎ取ってでも止める!――

そして、最愛の女性に刃を向けた現在へと時間は戻る。

 

 

 

「……俺の記憶を見たのか?」

 

 

 

記憶の中から戻って来た黒歌達を待っていたのは一人寂しげに佇むルドガーだった。先程とは打って変わり物静かなルドガーに黒歌達は黙って頷く。先程、という言い方ではおかしく感じるかもしれないがルドガーにとっては一瞬しか経っていないのだから先程の方が正しいだろう。

 

 

「そうか……それでお前達は―――どう選択する?」

 

 

審判を越えし者は彼等に問いかける。

 

 

 

―――残酷な過去と残酷な真実を見て彼等はどんな選択をするのかを―――

 

 

 




ついに過去編完結! 

ルドガーENDは今回は書きませんでした。ごめんなさい。
でも、気が向いたら今後の後書きにでも書こうかなと思います。
あくまでもIFで本編とは関係ないからそういう事してもいいよね?

因みに、過去編の総文字数―――十五万。
………やりきった感が凄いです。これ、別の作品としてでもいける文字量だよね?

とにかく、今回も読んでくださってありがとうございます。
次回からは一話、五千字ぐらいの以前の長さに戻るかなと思います。

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