真剣で川神弟に恋しなさい!   作:ナマクラ

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多分この話からがにじファンでも投稿してなかった部分だと思います。記憶が曖昧なので確証はありませんが……


第八話 「やっぱりな。私やジジイの血を引いてるだけある」

 箱根旅行最終日、天気は晴れ。

 俺は昨日散々寝たせいか体調はすこぶる好調である。

 

 それに対して大和は風邪をひいていた。

 

 どうやら昨日麓の温泉旅館の露天風呂を覗こうとして失敗し、姉貴に川に落とされたのが原因のようだ。まったく、何やってんだか…………まあマルギッテさんにエンカウントしてなかったら俺も川に落とされていただろう、という点は置いとこう。

 

 さて、大和がそんな体調の中、俺達はというと、朝から昨日来た川原に来ていた。

 

 理由は一つ、大和とクリスの決闘である。

 

 本来大和は決闘するべきでない体調なんだが、だからといって決闘が延期になるなんて都合のいい事にはならない。もし大和の風邪が姉貴やクリスに知られた場合、勝負に公正さを求めるクリスや川神院として審判を務める姉貴に止められて決闘は行われないだろう。そして自分の体調管理はあくまで自身の責任だ。アスリートだって体調が悪いから延期して、なんてことにはならない。そうなると当然、大和の不戦敗になる。

 

 大和としてはそれだけは避けたい事態であり、風邪のことは女性陣に隠して決闘を行うことになった。

 

 この事を知っているのは男性陣と盗み聞きをしていたまゆっちのみ。他の面子にバレないようにしなければならないのだ。

 

 まあ今回俺はあくまで観客の一人に過ぎないから大和の風邪がバレたとしても問題はないのだが。

 

 

「私とキャップは今回の決闘をどんな内容にするか考えた。三分くらい」

 

 三分て……

 

「で、結局川神戦役の縮小版がいいんじゃねーかってことに纏まった」

 

 川神戦役? 何だソレ?

 

「川神戦役とはどういったものなのだ?」

 

 クリスも疑問に思ったらしい。まあ川神に昔から住んでる俺でも知らないんだしクリスが知らなくても不思議ではない。ちなみにまゆっちも首をかしげていたが今はスルーしておこう。

 

「川神戦役っていうのはクラス単位で行う決闘競技で、勝負内容が書かれたくじを交互に引いていってその種目ごとにクラスからの代表者を選出して戦い、先に五勝した方の勝ちだ。勝負内容はくじによって決める。今回は個人戦だから代表者を決めたりとかは必要ないけどな」

 

 成程、川神学園では有名な競技なのか。通常なら種目ごとにクラスから選出して戦っていく団体戦を1対1の個人戦にしたから縮小版。という事はそんなにルール自体はいじってないってことね。

 

「じゃあ大和に不利な勝負が出たり、逆にクリスに不利な勝負が出る可能性もあるわけか」

「その通りだ」

「そこは運、というわけだな」

 

 運も実力のうちってわけだな。でもこれならクリスにも大和にも有利とは一概には言えない競技だし、三分で考えたにしては今回にあってる勝負内容だ。

 

「だけど今回の勝負の発端は、大和の『クリスに自分を認めさせる事』なわけだ。ありえないかもしれないが、万が一大和有利な勝負内容が5連続で出た場合、クリスは大和の事を認められるか?」

「む? それは……勝負の結果なのだから、受け入れるさ」

「まあ、クリならそう言うと思ったが、出来れば心の底から納得してもらいたいのでこういう制度を作ってみた。名付けて『ワイルドカード』!」

「ワイルドカード?」

 

 ワイルドカードというと、トランプとかのカードゲームだとどのカードの役にでもなれるというイメージがあるけど、今回の勝負で言えば、勝負内容を変更、とか……?

 

「さすがに勝負内容を変えることはできないが、一度だけ代理人を立てることができる」

「代理人?」

「例えば大和の場合、単純な殴り合いとかの策の立て様のない戦闘系はどうすることも出来ないだろ。そういった場合に代わりに闘ってもらうことも可能だ。逆にクリスの場合、ポーカーとかのギャンブル系の場合、代わりに出てもらうとかが出来るわけだ」

 

 つまり大和じゃ絶対に勝てない戦闘系勝負に姉貴に代理として出てもらうことで絶対に勝てる勝負に変えられるって事か。

 

「ただし、その代理人もくじで決める。殴り合いにモモ先輩が出る場合もあればモロが出る場合もありえる」

「ええ!? 僕も!?」

 

 ……そこまで甘くはないのか。

 

「……まあ僕が出てもすぐにギブアップすればいいか」

「ただし代理人はギブアップすることはできない」

「ええ!?」

 

 鬼だ……!

 

「じゃあさっそくどっちからくじを引くかじゃんけんで決めろ」

 

 ということで大和とクリスのじゃんけんにより決闘が始まった。ちなみに先攻後攻を決めるじゃんけんは当然のように大和が勝利した。

 

「では大和からくじを引け」

「わかった」

 

 大和はくじ箱から赤い紙を取り出し、それを姉貴に渡した。

 

「どれどれー……なるほどなー」

 

 一体どんな種目が出たんだろうか?

 

「では第一試合は~、っと!」

 

 少し溜めた後に、姉貴が第一競技名を発表した。

 

 

 

 

 

「じゃじゃーん! 『Chain Death Mach』!」

 

 

 

 

 

「――ワイルドカード!」

「早ぇよ使うの!」

 

 一回戦からいきなり虎の子のワイルドカードを使ってきた大和。いいのかそれで……

 

「まあ大和の目的は『クリスに認められる事』だから、代理人を立てられるワイルドカードは早めに捨てておきたかったんじゃないかな? そこで勝ち目の全くない戦闘系の種目で消費しておけば、勝っても負けても大和にしてみれば損はないわけだし」

「あ、成程。さすが京、よくわかるな」

「これでも良妻ですから」

「お友達で!」

 

 しかし大和がワイルドカードを使ったことで本来楽勝であったクリスも第一試合から苦戦する可能性が出てきたわけだ。

 

「じゃあこっちは公平にするために俺が引くぜー!」

「さーって、誰が出るかにゃーん?」

 

 キャップが箱に手を突っ込みかき回しながら選ぶ。

 

 今回、大和として望ましいのはクリスを消耗させられる実力の拮抗した相手だろう。このチェーンデスマッチにおける勝ち負けは大和にとって些細なものだ。今回の大和の目的は『クリスに自分を認めさせる事』であるわけだし、ワイルドカードで勝ってもそれが得られるとは思えないからだ。

 

 なら誰が望ましいか。

 

 キャップじゃルール的な縛りで勝ち目ないし、ガクトはクリス相手に本気で殴れるかが疑問。モロはそもそも武闘派じゃないし、京は弓兵だから基本遠距離専門で動きの制限された戦いには向いてない。姉貴だと逆にクリスに勝ち目がなくなるし、まゆっちは未知数だけど友達相手には本気は出さないだろう。となると大和として出て欲しいのはワン子かな。

 

 

「じゃん! でたのは川神……」

「来た! 武闘派姉妹!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――十夜!」

「なん……だと……!?」

 

 俺、だと……!?

 

 そうだ、何故俺が出てくる事を考慮してなかったんだ、俺!?

 

「――待て」

 

 しかしここで待ったをかけるものがいた。

 

「自分には十夜と戦う理由がない」

 

 それはクリスだった。

 

「だがワイルドカードで十夜の名前が出た以上、変更は認められない」

「だがしかし十夜は戦う力がないではないか。自分と戦った所で勝負は目に見えている(・・・・・・・)

 

 …………

 

「そんな勝負を今は関係のない十夜に強いるのはおかしい。自分の力は悪を挫き、弱きを助け、義を貫くためのものだ。決して力なき者を虐げる(・・・・・・・・)ためのものではない!」

 

 …………

 

「だったらどうする? 十夜は棄権したくても出来ないわけだし何かしら勝負に決着はつける必要があるだろ?」

「ならば自分がこの勝負を下りる」

「いいのかよ。俺に一勝入るけど」

「構わん。一勝先にとられたからとてただお前に負ける自分ではない。この後五連勝すればいいだけのことだ。」

「だったらこの勝負はクリの……」

 

 

 

 

 

「――ちょっと待て」

 

 

 

 

 

 カチンときた。

 

 今のクリスのセリフはまるで、俺が競う価値もない弱者だと、争う必要もない程の格下だと、そう言っているように聞こえた。

 

 いざと言う時には力で捻じ伏せればどうとでもできる存在。自身の庇護下においている存在。川神十夜という人間はクリスにそう認識されていると今の発言から感じた。

 

 確かにそれは周囲から見ていればそう見えるのかもしれないし、もしかしたら事実として確定している事なのかもしれない。

 

 だが、俺にはそれが許容できない。そこまで大人になれてない、まだまだ負けず嫌いな子供だった。

 

「いいよ、やる。大和じゃないけど、ここまでなめられてて引き下がれない」

「いや、しかし……」

 

 渋るクリスだが、俺はまず一つ言っておかないと気が収まらない。

 

「クリス、一つ言っておく」

「何だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、弱者じゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の言葉に、クリスは一瞬反応し、軽く溜め息を吐く。

 クリスとしては別に馬鹿にしたわけではないのだろうが、俺の今の心情的に馬鹿にされたように見えた。

 

「そもそも十夜に自分を殴れないと思うが」

 

 クリスとしてはただ事実として述べているんだろう。まあ確かにそれほどの実力差はある。

 が、ここで馬鹿正直に肯定するわけにはいかない。

 

「おいおい、俺は女でも容赦なく殴れる外道なんだぜ?」

 

「……カッコよく見えなくもないけど、言ってる事最低だからな」

「ククク、確かに引き篭もりって道を外してると言えるのかも?」

「おぉう……的確に俺の心を折ってくる京がつらい……」

 

 大和と京の言葉に俺の心が折れかけた。特に京。

 

「十夜を励ましてくれ京! アイツ俺の代理なんだぞ!」

「キャー! 十夜カッコイイー! 大和には比べる必要もないくらいに遠く及ばないけどカッコイイー! 大和付き合ってー!」

「褒められてるのかわからないけど、ちょっと立ち直った……」

「単純だなぁ……」

「よくやった京。助かった。でもお友達で」

 

 何とか精神的に立ち直った所で姉貴によるルール説明が始まる。

 

「簡単なルール説明だ。流すように行くぞ。繋ぐのは互いの右手首。金的、眼球とかの急所は反則負け。どさくさに紛れてのセクハラもなし。ギブアップかライン外に出た時点で負けな。その他の判定は審判である私の主観で行う。あとはまあ自由にやれ」

「なあ、ルールでセクハラ禁止ってわざわざ言うの酷くね? 俺がするって決め付けられてる気がするんだけど?」

「とか言いつつお前、余裕があれば事故と称して触ろうとか思ってただろ?」

「もちろん」

「そこで肯定するの!?」

「否定しろよ!!」

 

 否定する必要性が感じられない。てか男ならこういう場面、ラッキースケベが起こるのを心のどこかで期待するだろ。

 

「やっぱりな。私やジジイの血を引いてるだけある」

「厳密に言えば姉さんから血は引かれてないと思うけど」

「細かい事は気にするな」

「というかつまり姉さんもそういう考えを持っていると?」

「当たり前だ!」

「断言された!?」

「もちろん武人として挑まれれば武人としてきっちり戦うさ。けどこういう競技の中じゃいいだろ。女同士なんだし、寝技の一つや二つかけても」

 

 男じゃない姉貴の場合はセクハラに……うん、わからん。気にしない方向でいこう。

 

 姉貴がパパっと書いた円状のラインに入り、俺とクリスの右手首に鎖が繋がれる。その間に俺は俺の戦力分析をする。

 

 技は……鈍い。長年の怠惰でそれほどよくない。だがこのルールならやりようは色々ある。

 

 体は……まあ良し。昨日の追いかけっこで無理矢理ではあるが大分ほぐれている。それに昨日はのぞきに行かずに休んでいたから体力的な面でも問題ない。

 

 心は……問題なし。イラッとはしてるけどその分やる気は漲っている。

 

 結論……コンディションとしてはまあいい方だろう。クリスほどの実力者と対等にやり合うには絶対的な差がまだあるが……

 

 

 だけどそんな事関係なく、勝ちにいく!

 

 

「では第一戦、はじめ!」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「せいっ!」

 

 開始と同時にクリスが打ち込んできた。

 だがしかし運よく俺も開始と同時に後方に跳んで距離を取ったため、一撃目は当たらなかった。

 

「ふんっ!!」

 

 しかし次の瞬間、クリスは距離を詰めながら次の一撃を放ってきていた。

 

 

 ……俺はすでに武道から遠のいてから長い。4年は経っている。故に一般的な不良レベルならともかくクリスレベルの使い手とまともに戦えるとは思ってない。

 それでも、まだ彼らとやり合うための武器はある。

 

 それは『目』と『勘』だ。

 

 武道をやっていた頃から鍛えられ、武道をやめた後も格ゲーやシューティングなどで鍛え上げてきたこの動体視力は、クリスの動きすらも捉えていた。

 

 

 見える。

 

 

 クリスの突きは、最初の一撃と同様に、予想よりも勢いが少なく感じる。おそらく俺に対しての手加減だろう。実力差がある相手への無意識の手加減か?それでもいい。そうじゃないと俺に勝ち目はない。

 油断してるなら、それが間違いだと教えてやるまでだ。本気になれば、そこで俺の目的は達せられるし、ならなかったら意地でも勝ってやる。

 

 そして俺はそのクリスの突きを――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐふっ!」

 

 

――喰らった。

 

 ……違うぞ。確かに見えてるんだぞ?拳の軌跡とか、どこに当たるのかとかは。

 けどその意識に体は付いてこないだけなんだ。

 

 避けようにも身体が反応しないのだ。いくら手加減されてても疾いものは疾い。自由に動けるのならまだしも、今のように限られた空間、かつ、互いの腕が鎖で繋がれているという動きが制限される状況ではクリスの突きを完璧にかわす事は今の俺には出来ない。

 それがわかっていた俺に出来るのは衝撃が来るというのを覚悟して身体の準備をする事と打点を微妙にズラす事だけ。

 

 でもそれで十分。回避を捨てた分、攻撃に専念できた。

 

「な!?」

 

 俺の不意討ちでクリスの体勢が崩れ、クリスから驚きの声が漏れた。

 

 俺がしたのは単純、足への蹴り。蹴りといっても威力重視ではなく、払うことに専念した。

 

 長期戦を狙うなら痛みが残るように蹴ればいいだろうけど、長期戦なんてしたら負けるのが目に見えてる。根気比べとか、気力で埋められるほど俺とクリスの差は浅くはない。ならば短期決戦でなければ俺に勝ち目はない。

 ルール上、相手を円の外に出せば勝ちなのだから実力で勝てなくても一度倒してしまえば鎖を巧く使ってクリスを外に出すことも可能だろう。

 

 しかし攻撃中に片脚を払われたクリスは、普通ならそのまま倒れてもおかしくないのにその不安定な体勢を片脚だけでバランスを保つ。が、隙だらけである。

 

「貰った!」

 

 その隙に鳩尾目掛けて拳を繰り出す。片脚が払われて片足のみでバランスを取り、右腕は俺を攻撃したばかりで引き戻すには時間が足りない。

 鳩尾に一発入ってクリスがひるんだら一気に鎖を引っ張って外に出す。

 

 

 いける!

 

 

 俺の左拳がクリスに命中し、パシン、という軽快な音が響いた。

 

 

「……何!?」

「……自分は油断していたようだ。すまなかったな十夜。だがここからは本気だ!」

 

 残念な事に俺の拳は見事にクリスの左手で受け止められていた。当たったけど鳩尾じゃなくて掌だったからあんな軽快な音だったのか。

 

 ……いくらこっちも片足立ちの状態で拳に体重が乗っていなかったとはいえ、受け止められたという点からも実力の違いが判ってしまう。

 

 ならば、と払ったままの状態だった足を引き戻す。

 

 人の筋肉は押す力よりも引く力の方が強いらしい。……日本人とかアジア系限定だったか、それとも個人個人で違うと聞いた気もするが……まあいい。

 その原理でいけば、先ほどよりも強いはずの足払いを放てたはずなのだが、

 

「……払えない!?」

「同じ手が二度通じると思うな!」

 

 体勢を立て直したクリスはそのさっきよりも強い力で払ったはずの蹴りに耐え切っていた。いや、同じ手って確かに足払いは足払いだけど、こうも簡単に止められるなんて……!

 

 

「これで終わりだ!」

 

 

 クリスが突きを放つ為に右手を引き絞る。

 

 クリスの狙いはおそらく腹か胸。

 

 クリスの一撃を読んでいる以上、俺はガードしておけば倒れることはないが、クリスはその一撃で俺を倒す必要はない。

 最初に後ろに距離を取ったせいですぐ後ろにラインがあるのだ。クリスの突きを食らえばそれ以上に吹き飛ぶだろう。

 

 

 倒すための一撃ではなく、吹き飛ばすために放つ一撃。

 

 

 ラインを越えればクリスの勝ち。正々堂々を重んじるクリスなら通常こんな搦め手は使わないだろう。

 しかし相手は本来の対戦相手ではない俺だ。なるべく傷つかずにすむのならそっちを選ぶだろう。むしろガードをさせるために溜めを長くしているようにも見える。

 だからこそ俺はこの一撃を受けてはいけないのだが、先ほど足払いを放った直後なので、横にかわすなどの移動行為は出来ない。

 

 俺が今自由に動かせるのは上半身のみ。腕は動くがガードしても吹き飛ばされるし、攻撃したとしてもこの一撃は止まらないだろう。

 

 そんな状況で俺に出来ることなんて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――短くなった鎖を思いっきり引っ張る事だけだった。

 

 

「――なにっ!?」

 

 クリスが放った突きは、その手首に繋がれた鎖によって軌道を変え、空を突いた。

 ……開始直後からひっそりとひたすら鎖を右手で巻き取っていたのが役に立った。

 クリスは突きの軌道を思いっきりそらされ、バランスも少し崩してる。これ以上俺にクリスの不意を突く手段はない。

 

 つまり、これがラストチャンス!

 

「――ぅうらぁッ!!」

 

 重心のかかっている足に足を絡ませるように、足を引くように、そして掬うように、全力で蹴り抜く。

 それによってクリスの体勢は完全に崩れた。このまま体ごと倒れれば確実に円の外に身体の一部が出る。つまり俺の勝ち――

 

「まだだ……まだ終わらん!」

「いぃ!?」

 

 しかしクリスは負けないために払われた足を安定した体勢を取れる着地点に軌道を何とか修正しようとする。

 拙い。今の体勢だと妨害も何もできない。後はもう運に任せるしか……!

 

 

 

 そう思っていた。

 

 

 

 

「――――え?」

 

 

 

 何が起きたかわからなかった。

 

 気付けば身体に激痛が走っていた。

 

 あまりの激痛に身体に力が入らなくなり、石や砂利だらけの地面に受身すらとれないまま倒れこんだ。

 

「うわぁ……」

「アイツ、ムチャしやがって……」

 

 外野の野郎二人(モロとガクト)の同情の声すらも今は遥か遠く聞こえる。それほどの痛みであった。

 勝負は決した。しかしそのことに頭は回らない。今は痛みとそれに耐えることしか考えられなかったが、姉貴の口から勝負の結果が発表された。

 

 

 

 

 

 

「クリ反則! よって勝者・十夜!」

 

 

 

 

 

 

 ……俺の勝ちであった。

 

 

 状況を整理すると、

 

 片脚をクリスの足に絡ませていたのでクリスの足は俺の両足の間にあった。

 

 クリスは払われた足を何とかする為に軌道修正しようとした。

 

 その過程でクリスは足を前に、上げるように移動させるしか修正する術はなかった。

 

 結果、クリスの行為は、蹴りという攻撃手段となって、俺の体に直撃した。

 

 

 俺の両足の付け根にある、男の象徴であり急所でもある箇所に。

 

 

 要は金的である。

 

 つまり俺は、男としての最上級の痛みと引き換えに勝利を手にしたのだった。

 

 

 ……こんな勝ち方したかったわけじゃないのに……

 


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