真剣で川神弟に恋しなさい!   作:ナマクラ

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<前回での十夜の戦果>
・【川神百代】と【決闘】をした
  ⇒完膚なきまでに【敗北】した
・【武道】を【再開】する事を宣言した
・【川神百代】との関係が【改善】された
  ⇒【川神百代】の好感度が上がった   ▽

・現在の友達数:1人
  + 風間ファミリー(9人+1体)




第三十話 「打倒、最強!」

 

―川神院・鉄心の私室―

 

「……成程のう。川神院に再び入門したいと」

「ああ」

 

 夏休み最後の日、俺は朝早くから爺ちゃんの部屋を訪ねていた。

 

 その理由は『川神院への再入門の申し出』のためである。

 

 それを聞いた爺ちゃんは、見た感じ平静にしているが、しかしやはりというか俺の心境の変化に驚いているようだ。

 

「……つまり将来的に師範代を目指すわけか?」

「選択肢の一つとしては考えてる。でもそこに拘るつもりはないよ」

 

 例え師範代になれなくても、武道は続けていくつもりである。ワン子とは違い師範代が目標なわけではなく、武道をし続ける事が目的なわけだ。別に師範代にならなくても武道を続ける事は出来る。俺としては武道のために趣味であるゲームをやめるつもりもないわけだし。……まあ将来就職できるかどうかはまだわからないが……

 

「今までの錆落としだけでも相当時間がかかるじゃろう。それでも……」

「その問答なら自分の中でもう何回もやったさ。覚悟はある」

「ふむ……」

 

 爺ちゃんは顎に手をやりながら少し考える素振りをみせて、再び口を開いた。

 

「ならば何も言うまい。川神十夜を川神院門弟として認める。鍛錬はいつから参加する?」

「当然今日からに決まってる」

「その意気や良し」

 

 こうしてあっさりと俺の川神院再入門は許可されたのだった。

 

「あ、そういえば、今日ワン子ともう会った?」

「む? いや今日はまだ会っておらんぞ? 何かあるのか?」

 

 昨日ワン子と話したあの後、『白い家』について伝えたい事ができたのだ。どうやらまだ爺ちゃんには言ってないみたいだから、ワン子はまだここにいる。なんとか向こうに行く前に伝えられそうだ。

 

「ああ、実はさ……」

「おはようじいちゃん!」

 

 と、ちょうどその時、爺ちゃんの部屋の襖が開かれた。現れたのはちょうど話題に上がっていたワン子本人であった。

 

「ちょっと話があるんだけど……って十夜?」

「おはよう」

「噂をすれば、じゃのぅ。どうかしたのか、一子や」

「あ、うん。実はね……」

 

 

 ……ワン子は爺ちゃんに説明をした。内容としては昨日の俺との話と同様なので割愛させてもらう。

 

 

「成程…………いいじゃろう。旅費は儂が出してやろう」

「えっ!? アタシ個人のわがままなのに、お金まで出してもらわなくても……」

「構わんよ。可愛い孫のためじゃ。それくらいの事はさせておくれ」

 

 こうしてワン子の『白い家』訪問は旅費込で爺ちゃんの許可を得た。……のだが、俺はここでワン子に残念なお知らせをしなくてはならない。

 

「あー、話が盛り上がってる所悪いけど、ちょっといい?」

「何?」

「なんじゃ?」

「ちょっと気になってゲン先輩に聞いてみたんだけど……『白い家』、もうないらしいぜ」

「え!?」

 

 ワン子一人で行かすのも不安だったので昨日念のためにワン子の同郷であるゲン先輩に時間があえば一緒に行ってもらおうと思って連絡したら、そのような回答が返ってきた。

 今では『白い家』は孤児院ではなく老人ホームになっているらしい。当然スタッフも当時の人とは全員変わってるし、建物自体も改装されてる。なのでワン子の手がかりは残っていないのだ。

 

「そ、そんなぁ……」

 

 白い家の事を聞いたワン子は落ち込んでしまった。まあ今から行こうって思ってたのに、その場所がもうなかったんだから、この反応は当然である。

 

「ま、まあ向こう行ってから気付くよりはマシだったんじゃねぇの?」

「そ、そうじゃのぅ。旅費も時間もタダではないしのぅ」

 

 俺と爺ちゃんは落ち込むワン子を何とか励まそうと声をかけていたが、ちょうどその時再び襖が開かれ、そこから姉貴が現れた。

 

「ワン子、ちょっといいか?」

「お姉様?」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

―川神院・道場―

 

 鉄心の部屋に現れた百代は、一子だけを引き連れて道場に来ていた。服もお互いに動きやすい物に着替えていた。

 

「私は次期総代として、お前に試験を課し、結果としてお前の夢を奪った。クリという予想外の存在がいたとはいえ結果を変えるつもりはないし、あらためて試験を行うつもりもない」

「……はい」

「だが……」

 

 道場に置いてあった薙刀のレプリカを手にした百代は、それを一子に放り投げてこう言った。

 

 

 

「姉として、妹の成長を見たいがためにお前に手合せを申し込む」

 

 

 

「……え!?」

「ルールは簡単、お前が私に攻撃を当てたら勝ち、それまでにお前がダウンしたら負け……大体は試験と同じだ」

 

 放られた薙刀を受け止めながらも一子は驚きを隠せなかった。まさか試験と関係ないと言っても、百代に再び挑戦できる機会がくるとは思っていなかったのだ。試験に挑戦する事さえできなかったこの無念は時間が解決してくれるのを待つしかないと思っていた一子にとってはありがたい話であった。

 

「これは、単なる私の自己満足だ。ここで私に攻撃を当てたからといって師範代への道が復活するわけではない。だから、断ってくれても構わない」

「……受けます。受けさせてください!」

「……ありがとう。なら開始の合図は、そうだな……コインが床に落ちたら始めよう。準備はいいか?」

「いつでも!」

「なら行くぞ……!」

 

 一子に確認を取った百代は、懐から一枚のコイン取り出し、それを放り投げた。

 

 放られたコインは放物線を描きながらやがて重力に従って下に落下していき、そして……

 

 

 

 ――床に落ちるとともに甲高い音が鳴り響いた。

 

 

 

「――!」

「――奥義・顎ッ!」

 

 開始と同時に向かって来た百代に合わせるように放たれた薙刀奥義・顎。

 薙刀による切り上げと振り下ろしのほぼ同時攻撃。言葉にすれば基礎を極めただけの単純明快な技であるが、しかしそれ故に対処が難しい奥義である。

 タイミングも威力も速さも間違いなく最高のものだ。

 

(――当たるっ!)

 

 一子自身もこの攻撃が当たると確信していた。

 

 その鉄の顎に対して、百代がしたことは単純であった。

 

「――」

 

 前に突っ込みながら半身を晒し少し横に移動した。それだけだ。

 しかし、それだけの事で百代は、一子の放った同時上下攻撃から逃れてみせた。

 

「――ッ!?」

 

 もしも、一子が顎をもっと実戦にて使い慣らしていられれば、一撃目を避けられたとしてもその後に二撃目の軌道修正をする事も出来たかもしれない。そうすれば百代に攻撃が当たっていたかもしれない。

 しかし今現時点でのワン子の技量ではそれができなかった。そして奥義を放った後の隙だらけの死に体をさらしてしまった。

 

「川神流奥義……」

 

 故に今の一子に百代の一撃を避ける手段はなく、

 

「――無双正拳突き!!」

 

 その一撃は、容赦なく放たれた。

 

「――っ!」

 

 

 ……しかしその攻撃が一子を襲う事はなかった。

 

 

「……終わりだ」

 

 百代の拳は、一子の顔面スレスレの所で寸止めされていたのだ。

 武道家としての決闘であれば、百代は拳を止めることはなかっただろう。しかし今回百代は武道家としてではなく、あくまで姉として戦った。単なる姉として己の妹を理由もなく殴るなど百代にとって出来る事ではなかった。

 

「……やっぱり、お姉様ってスゴイわ」

 

 一子の体調は昨日のダメージがあるとは思えないほどに良かった。昨日と比べても遜色ないくらいだ。

 

 それでも届かなかった。

 

 顎が使える。その事を知られただけで、百代に攻撃を徹す事も、防御させる事も、掠らせる事もなく、避けられて反撃を食らった。

 それで、納得してしまった。自分は川神院師範代にはなれないのだと。

 昨日は十夜にいつかはこの結果に納得できるとは言ったが、一日二日でそう簡単に納得できるものではない。だがしかし、この手合せの結果によって認めざるを得なくなってしまった。

 努力の末に身に着けた奥義。それを持ってしても理想の姉は遥か高みに君臨し続けている。その高みへ、一子の手が届く事はない。

 

「どこの誰だかわからないアタシとは、やっぱり違う……」

 

 そうぽつりとつぶやきながら、一子はその場にへたりこんでしまった。

 

「…………」

 

 その一子の呟きを聞いた百代は、座り込んでしまった一子の傍まで歩いていき、目線を合わせるようにしゃがみこんだ。

 

「……ワン子、確かにお前には師範代になる程の武道の才はない」

 

 俯きながら百代は一子の両肩に手を置いた。その少し力の込められた手に、一子は少し圧迫感を感じながらも続けられた百代の言葉に耳を傾ける。

 

「だけど、だからといってお前が“川神一子”であることに変わりはない。私の妹である事が変わるわけがない」

 

 その時、一子はようやく、百代の身体や声がかすかに震えている事に気付いた。

 

「お姉様……?」

 

 

 

 

「だから、自分がどこの誰かわからないなんて、そんな悲しい事言わないでくれ……!」

 

 

 

 

 顔を上げた百代の目には涙が溜まっていた。涙など知らないと公言し、事実誰も泣いた所を見た事がなかった百代が、泣く兆候を見せている。しかし決して涙を流す事はなく、そのままの顔で笑みを浮かべながら優しく想いを伝える。

 

「お前は、“川神一子”だ。川神院の娘で、風間ファミリーの一人で、私の自慢の妹の、川神一子だ。違うか?」

「――――」

 

 その言葉を聞いて一子は自分の吐露した言葉がどれだけ独り善がりなものかに気付かされた。

 

 自分の事を家族だと思ってくれている人がいる。

 

 自分でそれを否定するような言葉を言っただけでこんな悲しそうな顔をしてくれる人がいる。

 

 

――ああ、そうか。アタシには、居場所が、家が、家族がいるんだ。

 

 

「そう、よね……アタシはどこのだれかなんて、決まってるよね。アタシは、“川神”……一子。川神院の娘で、お姉様の……妹」

「そうだ……ずっと一緒にいる、家族だ」

 

 泣きだしてしまいそうな一子を、百代もまた泣きそうな、しかし嬉しそうな顔で一子の頭を撫でた。その手が心地よくて、安心してしまって、しかしだからこそさっき零してしまった言葉に後悔して、ついに一子の目から涙が溢れ出した。

 

「うあぁ……ごめんなさい、悲しませてごめんなさいぃぃ……」

「謝る必要なんてないさ。お姉ちゃんこそごめんな。川神院総代候補として仕方なかったとはいえ、お前に辛く当たっちゃって、お前に寂しい思いをさせてしまって」

「ううん、いいの、いいのぉ……アタシお姉様の妹で本当によかったぁ……」

「泣き虫だなぁワン子は……お姉ちゃんの胸で好きなだけ泣くといい」

「うん……ありがとうお姉様ぁぁぁぁ……」

 

 静けさが支配する道場で、姉の胸の中で涙を流す妹の泣き声だけが響いていた。

 

 こうして二人は姉妹の絆を確かめ合ったのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

―川神院・十夜の私室―

 

「ふぅ……あぁ、それにしても疲れた……」

 

 通話状態だった電話を切りながら、俺はそのまま肢体を放り出した。

 

 数年ぶりの川神院の修行、それは鈍っていた俺のポンコツの身体にはキツイものがあった。久しぶりにバケツと友達になったが、その点は別に嬉しくなかった。

 それでも、充実感はあった。己を鍛えて強くなる……厳密にはそんな早く強くなるわけはないのだが、それはたとえキツイものでも心躍るものである。

 

「おーい、準備できたぞ」

「うーい」

 

 姉貴の声を聞いて休息を求める体に喝を入れて立ち上がり、部屋を出て、廊下から突っ掛けを履いて外に出る。そこには背もたれのない椅子があり、その傍には鋏とシートを持った姉貴がいた。

 俺は姉貴からシートを受け取るとそれを体に纏いながら迷うことなく椅子に腰かけた。

 

「それじゃ、頼むわ」

「というか本当に私に任せていいのか?」

「まあ不安がないわけではないけど金も勿体ないし」

「変になっても文句は言うなよ」

「いや、なったら言うぜ?」

「そこはお姉ちゃんに免じて許せよー」

 

 姉貴がしていた準備とは、俺の散髪の準備である。

 というのも、今日から修行を再開したものの、その際に前髪がとても鬱陶しかった。具体的に言えば、目に前髪が入って痛かった。それが気になって集中しきれなかった。

 なのでこの機会にイメチェンをしようと考えたのである。その一環として、髪を切ることにしたのだ。ついでにメガネも外した。

 姉貴に頼んだのは色々と理由はあるが、あえて言えば散髪屋まで行く手間と金を省くためである。まあ姉貴は意外となんでもできるので失敗の心配はない、と思う……うん。

 

「そういえばさっきまで誰と電話してたんだ? 大和か?」

 

 姉貴は櫛と鋏を操りながら、先程まで俺がしていた電話の相手がだれかを聞いてきた。

 

「いや、釈迦堂さんにちょっとさ」

「は? お前釈迦堂さんの連絡先知ってたのか? 爺たちも連絡取れなくなったって言ってたのに」

「何か月か前に偶然バイト帰りに会ったんだよ。その時に教えてもらった」

「釈迦堂さん近くにいたのか……で、今は何の話してたんだ?」

「いやー、約束破っちゃったからそろそろそっちに爺ちゃんたちが行くって教えてたトコ。おかげで今度梅屋で牛皿二枚ととろろ単品奢らないといけなくなった」

「………………わけがわからん」

 

 これは俺が川神院の門下に戻った以上は仕方のないことなのだ。

 俺が川神院に戻った以上、破門された釈迦堂さんが川神院の技を無断で教えているのを黙っているわけにはいかない。その事と、今もおそらく川神の街にいる事、あとは根城にしてる大体の場所を爺ちゃんとルー師範代に伝えた。

 なので、もし粛清されて無事だったら、前に口止め料として奢ってもらった分をちゃんと梅屋で奢り返すと一方的に言い残し、通話を切ったのだった。

 

「……そういえば、お前あの時秘密基地で私を止めようとしてたが、その理由が『あんな私を見ていたくなかったから』だって本当か?」

「はっ!? な、何故それを姉貴が知ってる……!?」

「ふふふ……揚羽さんから聞いたんだ。『我のように、いい弟に恵まれたな』って言ってたよ」

「いや、揚羽さんさすがにそれは買いかぶりすぎじゃね? そこまでいい弟とは自分では思えないんだけどなぁ……」

「……いや本当にいい弟だよお前は……」

「え~、何だって~?」

「お前お姉ちゃんの事大好きなんだな~って言ったんだよ! っと、終わったぞ」

 

 そう言いながら俺の頭をポンと叩いて姉貴は散髪を終了した。姉貴と雑談している時間はそこまで長くなかったと思ったのだが……。

 

「早くね? 何かさっぱりした気が……そんなにしないんだけど?」

「まあ言うほどは切ってないからな。野暮ったかった所を軽く切っただけだ。不満か?」

 

 そういいながら鏡で姉貴は俺の頭を見せてくれた。何か今日は致せり尽くせりである。

 

「……いや、いいんじゃね? 正直変な髪型にされないかって少し心配だったけど、見た目的には少しさっぱりしてるで中々……」

「お前何様なんだ……というかお前は私を何だと思ってるんだ。罰として後処理はお前がしとけよ」

「えー、メンドイ……けど仕方ないか。ちょっとは手伝ってくれよ」

「断る。私に出来るのははお前が作業してるのをただ見ているだけだ」

「うわぁ……少しウゼェ」

 

 そう言いながらも姉貴に見守られながら仕方なく俺は散らばった髪の毛を箒とちり取りで集めていると、ケータイにメールが来た。

 

「……大和からメールだ。今ファミリー全員秘密基地に集まってるらしい。俺達も秘密基地行こうぜ。今日夏休み最後なわけだし」

「そう、だな……お前のその髪もあいつらに見せてやらないとな。じゃ、行くか」

「ちょっと待って。もうちょいで片付け終わるから」

「早くしろよー」

 

 そういうなら手伝ってくれてもいいんじゃないかと思いながら、結局俺は一人で作業を終わらせるのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

『――モモ先輩! 誕生日おめでとう!!』

 

 

 

「…………………………は?」

 

 秘密基地、そのたまり場となっている部屋に入った瞬間、クラッカーによる歓迎を受けて姉貴の口から間の抜けた声が漏れた。

 

「あ、十夜の髪がさっぱりしているぞ!」

「しかもメガネも外してるし……」

「まさかのメガネ系男子脱却にオラビックリ!」

「でも髪型もメガネのない状態も似合ってますよね、松風」

「似てるって程じゃないけどやっぱモモ先輩の面影あるよなー」

「俺様のモテモテロードにちょっとした障害現るってとこだな」

「いやいやそんな道歩くほど元々モテてないからねガクトは」

 

 どうやら今の俺の容姿は思ってた以上に好評なようだ。まあ俺としてはまだ違和感が半端ないのだが、そこは時期に慣れていくだろう。

 

「で、何呆けた顔してるのさ、姉さん」

「モモ先輩の誕生会やるってモモ先輩にも言ってたし、別にサプライズじゃないだろ?」

 

 それほどまでに予想外の出迎えだったのか、いまだに呆けている姉貴に大和とキャップが声をかけた。

 

「い、いや、だってワン子の夢を閉ざしたのに私の誕生会をやるとは思わないだろ。というか何で十夜は驚いてないんだ!?」

「いやだって知ってたし」

「なにぃっ!?」

 

 元々は大和たちに誕生会の準備が出来るまで姉貴を足止めしとくように頼まれてたので、そのついでに姉貴に散髪を頼んだのだ。

 

「……まあそれはいい。よくないけどいいとする。だが、準備してもらって悪いが、私は誕生会なんてやってもらう気分じゃないんだ」

「まあモモ先輩の気持ちもわからなくはないけど……」

「なら……」

「アタシがお姉様の誕生日を祝いたいって言ったの」

 

 その姉貴の疑問に答えたのは、他ならぬワン子であった。

 

「今日のお姉様との手合せで納得できた。だからその事で皆に遠慮してもらいたくなかったの。だからお姉様の誕生日を祝わせてほしいの」

「だが……」

 

 当事者であるワン子は気にしてない。けど祝われる側の姉貴が気にしてしまってる。これじゃ誕生会をやるムードにならない。

 どうしたものかと考えていたが、しかし俺達の中にはそんな空気を簡単に変えられる男が、一人いた。

 

 

 

「――なら別の名目で騒ごうぜ。例えば……そう、決起集会なんてどうだ!」

 

 

 

 その男、キャップが声高らかにそう宣言した。

 

「……決起集会?」

「ワン子は新しい道を探すんだろ? で、十夜は武道を再開するんだろ? で、モモ先輩は自分の事祝われるのは違うって思ったんだろ? だったら今日は他の奴もそれぞれ将来への目標とか夢とか野望とか願望とか、そういうのに向かって自分を奮い立たせる集まりにしようってわけだ」

 

 キャップの提案に、皆呆然としてしまったが、しかし先程までの雰囲気と比べて明らかに何かが変わった。

 

「てなわけでまずは決意表明だ! 俺は世界を又にかける冒険家になる!」

 

 皆の返答も聞かないまま、そう宣言してキャップはコーラの入ったグラスを掲げた。

 

「じゃあアタシはまず新しい夢を見つけるわ!」

 

 それに続いてワン子もグラスを掲げた。

 

「なら俺様はよりモテモテのナイスガイにだ!」

「ガクト俗すぎでしょ!? 僕は、そうだなぁ……自分を活かせる何かを見つける、かな?」

「自分は己の理想とする、弱きを助ける軍人を目指す」

「わ、私は友達百人作ります!」

「オラはまゆっちの夢のために粉骨砕身する所存だぜ~」

 

 さらにガクトとモロもそれに続き、クリスとまゆっちもそれぞれの目標と共にグラスを掲げた。

 

「だったら俺は……そう、この国を変える総理大臣だ!」

「なら私はそのファーストレディだね」

 

 大和は普段の大和からは思いつかないような大きな夢を宣言し、京は間髪入れずブレずに大和の嫁宣言をしながら中身が真っ赤なグラスを掲げた。

 

「なら僕はお仕えロボとして、皆の夢をサポートするよ」

 

 そんな献身的な事を言いながら、クッキーもグラスを掲げた。

 

「ほらモモ先輩も早く」

「……仕方ないな。私は……当然、心躍る強者との決闘を!」

 

 姉貴は夢と言えるのか微妙な願いをピーチジュース片手に宣言した。

 

「ほら、十夜も何か決意表明しろよ」

「せっかくのトリだし、でっかい事言ってみたら?」

「そうだな……」

 

 俺は少し考えて、その言葉はすぐに頭に浮かんだ。単純明快なその言葉を、俺はジンジャーエール片手に宣言した。

 

 

「打倒、最強!」

 

 

 俺の言葉に、驚いたり、笑い飛ばしたり、にやりと笑ったり、反応は人それぞれだったが、それでも変わらない俺の表情を見てこの決意は本物であるというのは伝わったと思う。

 

 俺も宣言した事でこの場にいる全員がグラスを掲げているこの状況、流れ的にあとは乾杯をするだけだ。

 

「じゃあ乾杯の前に俺から一つだけ言わせてくれ」

 

 キャップは一言断りを入れると、俺達を見渡してから再び口を開いた。

 

「さっき言ってた皆の夢や願いが叶うかどうかなんて俺には正直わかんねぇ。けどさ、それに向かって走る事は絶対に無駄にはならないって俺は思うんだ。だからここにいる全員、今言った事を叶えるために、今できる事を楽しみながらやっていけばいい。たとえ困難が立ちはだかっても、一人じゃどうしようもなくなったとしても、俺達には仲間がいる。俺達全員が揃えば、やれない事は何もない! だろ?」

 

 キャップのその問いかけに、誰も口を開かなかった。誰もがその顔に笑みを浮かべている。たとえ答えを聞かずとも、皆の心は一つになっていた。

 

 

「なら今は、夢に向かって走るためにとにかく楽しもうぜ! カンパーイ!」

 

 

 

「「「「「「「「「「カンパーイ!!」」」」」」」」」」

 

 

 

 そしてグラスがぶつかり合う音が鳴り響いた。

 

 

 この日、俺達はそれぞれの夢に向かって、向かい始めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――そして、10年の月日が流れた――――

 

 

 

 川神院の敷地内にある道場。そこでは普段門下生たちによる鍛錬の場として活気に溢れているが、しかし今は静かに張りつめたような空気に満ちていた。

 そんな空気の中で、その場にいる内の一人、川神鉄心が口を開いた。

 

「これより、川神院、決闘の儀を行う。この仕合に勝利した者が次の川神院総代となる」

 

 今からこの場で行われるのは、武の総本山・川神院の未来を決めると言っても過言ではない戦い。武道家としての誇りを賭けた決闘である。

 

「西方、川神院師範代・川神百代」

「応」

 

 黒の長髪を棚引かせながら、川神百代は真剣な表情で構えを取る。しかしその顔には笑みが浮かんでいた。

 

「東方、川神院師範代・川神十夜」

「ああ」

 

 対するは百代と同じ黒髪紅眼を持つ川神十夜。かつて挫折し、しかしそれでも再び武の道に戻ってここまで返り咲いた彼は、威風堂々と武神と対峙する。

 

「……ようやく、追いついた」

 

 静寂さと闘気が支配する道場で立ち合い人である鉄心の開始の合図を待つ中、ぽつりと、十夜が言葉を洩らす。

 

「武道家として、同じ立場で、同じ目標を賭けて、真に対等に戦い合える関係になれた」

「10年もかかったがな」

「それは言うなよ……」

「だが、約束通りお前は辿り着いた。この十年諦める事なく上を目指し、ついに私に並んだ」

「ああ、そうだな。あとは……」

 

 

 

「両者ともに悔いのないよう全力を尽くすがよい。それでは……」

 

 

 

「――姉貴を超えるだけだ!」

「よく言った! なら私はお前に全力をぶつけてやる!! 行くぞッ!!」

「来い!」

 

 

 

「――――はじめぃッ!!」

 

 

 

 ……こうして二人にとって念願とも言える決闘が始まった。

 

 

 しかし決してこの決闘は幕引きのためのものではない。むしろ始まりである。

 

 

 これから続いていく人生における、切磋琢磨して互いに高め合う。そんな道のりの初めの一歩なのだ――――

 

 




<今回での十夜の戦果>
・【川神院】に【再入門】した
・【イメチェン】をした
・【決起集会】にて【打倒最強】を宣言した
  ⇒【風間ファミリー】の好感度が上がった   ▽

・現在の友達数:1人
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 という事で『真剣で川神弟に恋しなさい!』最終回をお送りしました。
 いきなりの終わりに驚かれている方もおられるかと思いますので色々と説明させていただきたいと思います。

 まず、まるで終わり方が打ち切り作品のように感じられるかもしれませんが、この終わり方は殆ど当初からの予定通りです。『十夜が武道を再開を表明して、時間が飛んで、百代との総代を賭けた決闘の始まりで幕を下ろす』という流れは当初から考えていました。
 しかし更新していく内に自分の中で予定が変化していきました。具体的に言えばワン子の立ち位置です。
 元々『十夜がワン子を好きだった』という設定は想定しておりませんでした。しかし書き進めていくにあたって、「これ、十夜ワン子に惚れてもよくね?」と思うようになって、急遽設定を付け加えたのです。その事によって、色々と予定を変更する必要が出てきました。例をあげれば、当初ではKOS終了とともに百代にケジメの決闘を挑む予定だったのを、ワン子の挫折イベントを加えるために先延ばしにするなどです。この変更は結果として、十夜が再び立ち上がるために必要な要素となったのでよかったと思います。
 ただその過程で、少し悩んだことがあります。それは作品をどう終わらせるべきかという点です。
 先程書きましたように、当初から十夜の武道再開時点で終わる予定だったのですが、武道再開後の話も続けて成長・活躍を見せてから終わった方がいいんじゃないかと思うようになったんです。ワン子にフラれるのも確定していたのでヒロインらしいヒロインもいませんでしたし、その辺りも書いていった方がいいのかなとも考えました。(ちなみに予定では元々ヒロインは伊予ちゃん一択でした)
 ただ、そうなると次は活躍の場となる山場が思い浮かびませんでした。川神大戦をしようにもワン子の挫折イベントをしたために夏休みは使えない。川神戦役をしようにもクラス対抗に参加する理由がない。その二つ以外でKOS以上の舞台が思いつかない……etc.etc.
 これ以外にもどう恋愛やヒロインを持ってくるか、という問題もあるしどうしようかと悩んでいたのですが、ここでふと思いました。「別にここで終わってもいいんじゃないか」と。
 変に引き延ばしてだらだらと続けるよりも、ここである程度綺麗に終わらせた方がスッキリする。だったらここで終わらせるのもいいんじゃないかと思うようになったのです。ちなみにその考えに至ったのは前回の更新のすぐ後です。
 そう思ったらあとは結構早かったです。次話の予定で書いていたストックに、新たに決起集会のシーンと前から書き溜めていた10年後の決闘開始シーンを書き加えると、自分の中ではしっくりきたのでそのまま完結させることにしました。……まあその微調整に結構な時間がかかったのですがね……

長々と語らせていただきましたが、以上のような経緯から、このたび『真剣で川神弟に恋しなさい!』を完結させていただくことにしました。

 ただ、このままではタイトル詐欺になってしまうので、後日談としてヒロイン分岐の√を書いていこうかと思います。更新頻度としては今まで以上に遅くなるかと思いますが、ちまちまと更新していきたいと思っています。


自分がこの作品が一応の完結まで至れたのも、ここまで読んでくださった読者のみなさんがいたからこそです。今まで愛読ありがとうございました。もう少しだけ続きますが、それにも目を通していただければ幸いです。

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