真剣で川神弟に恋しなさい!   作:ナマクラ

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<前回での十夜の戦果>
・【井上準】と交友を深めた。
  ⇒【井上準】の好感度が上がった。
・【川神一子】は【試験】に【落ちた】。
・【川神十夜】は【武道への想い】を【自覚】した。   ▽

・現在の友達数:1人
  + 風間ファミリー(9人+1体)



第二十八話 「だから、その……頑張って!!」

―川神院―

 

 川神武闘会が終わった、その日の夜の事である。

 普段なら部屋に籠ってる時間だが、俺は修練場近くで何をする事もなく空を見て考え事をしていた。

 

 もう自分の気持ちを誤魔化せない。俺は武道がやりたい。強くなりたい。その気持ちに偽りはない。

 しかし、今さら始めた所でどこまで高みにイケるのか、というのも不安なのも確かである。

 それに、師範代の夢を断たれたばかりのワン子の気持ちを考えれば、武道を再び始める事に少し後ろめたい。

 

「どうするべきかな…………ん?」

 

 そんなどうしようもない悩みのせいで変に熱くなった頭を冷やすべく、うろうろしていると、いつの間にか門のあたりにまで来てしまっていた。

 とりあえず外に出る用事もないし引き返そうと思った時、ちょうどその門の前に、何やら荷物を持ったワン子の姿が見えた。

 

「ワン子? 何してんだ?」

「あ……あはは、見つかっちゃった……」

 

 声をかけると、ワン子は何か悪い事をしていたのが見つかったような、そんな表情を浮かべた。

 

「どっかコンビニにでも行くのか? それにしては鞄とか持ってるし……」

「……ほら、アタシは試験に落ちちゃったじゃない?」

 

 俺の疑問の声に、ワン子は少し間を置いてから、独白のようなものを始めた。俺の疑問に対する答えとは思えないが、関係のない話ではないのだろう。しっかりと聞くことにする。

 

「それで、その後のお姉様とじいちゃんの戦いを見て思ったの。何でこんなにもあの人たちとの間に差があるんだろうって」

 

 夢に向かって努力してきた自分の場所と、今まで目指してきた到達したい場所。その距離は途轍もなく遠く、そしてワン子はあの時それを実感していた。

 年齢の違いはあるだろう。努力をしていた期間も違う。ワン子は人並み以上に努力する事でそれらの差を少しでも埋めようとしていた。それでも結局その差は縮まらなかった。

 

「努力はしてきた。環境は最高だった。指導してくれる人は一流だった。だったら、あとは才能くらいしか思い浮かばなかった」

 

 差が縮まらなかった理由、それを考えていけば、原因と思えるモノは生まれ持った才能しかなかった。現にワン子は面と向かって姉貴や爺ちゃんに「才能がない」と宣告されたのだ。

 

「生まれ持った才能でアタシは夢に届かなかった。だったら、アタシの生まれ持った才能ってなんだろうって思ったの」

 

 生まれ持った才能。今までの経験や行動から判断する以外だと、その判断は親や血筋から汲み取るしかない。例えば俺や姉貴だと代々武道家の血を継いできたわけだし、そういう意味では分かりやすいだろう

 

 だけどワン子の場合はそうはいかない。難しい云々ではなく、そもそもワン子には血の繋がった親・親戚がいないのだから。

 ワン子は元々赤ん坊の頃に捨てられていたらしいから、実の親は誰なのか、どんな人なのかもわからないはずだ。

 

「うん。本当の親については全然しらない。でも、もしかしたらアタシの始まりの場所になら、『白い家』になら、残ってるかもしれない。アタシが受け継いだ才能が何なのか、わかるかもしれない」

「『白い家』……確かワン子のいた孤児院だっけ? あれ確か東北の方にあるんじゃなかったか? ……もしかして今から誰にも言わずに行こうとしてたのか?」

「……うん。何か居ても立ってもいられなくなって、悩む時間も勿体ない気がして、だったら行ってみようって……たとえ可能性が低くても、何もなくなっちゃったアタシに、何が残ってるのか、知りたいの」

 

 ワン子の言葉を聞いて、その考えに共感できるところもあったが、一つだけ聞き捨てならない事があった。それだけは間違っていると断言できる。

 

 だからこそ俺は、滅入っているワン子に聞こえるように、はっきりと伝えたのだ。

 

 

「――何もなくなったなんて事はないよ、ワン子」

 

 

「十夜……?」

 

 力の籠った俺の言葉に、不思議そうに聞き返すワン子に対して、改めて断言する。

 

「そんな事は、絶対にない」

 

 今のワン子を見ていると放っておくわけにはいかない。このまま行かせたらそのまま消えてしまいそうな、そんな気がした。

 

「……あのさ、ちょっと話したいことがあるんだ」

 

 だからこそ、俺はワン子を引き留めて、今度は俺が自分語りをすることにした。

 

「夢が破れたっていうのが辛いのはわかる。俺も、ワン子の夢と比べたら些細な事かもしれないけど、そういう事があったから何となくわかる。だから、もしかしたらワン子が昔の俺みたいになるんじゃないかって、そういう不安もあるんだ」

 

 姉貴に完膚なきまでに負けて引き篭もってたあの時、俺はもう全てがどうでもよくなった。もう自分には何もないとも思ったりした。まさしく今のワン子と同じような思考だ。なまじ自分の出自がわかっているせいで武道以外の才能がある可能性に目も向けられず、ワン子のようにアクティブに行動する事も出来なかった。内に内にとそのどうしようもない虚無感が広がっていくだけだった。

 

「けど、俺がそんな事考えてた時、ワン子が俺を外に連れて行ってくれた。支えてくれた。俺の事を必要だと言ってくれた。それだけで俺はすごく救われたんだ。もしワン子がいなかったら俺はどうなってたかわからない。だから今度は、俺がワン子を支えたいんだ。昔、ワン子が俺を助けてくれたように」

「あ、アタシ、そんな大したことしてないわよ……」

「ワン子にとって大したことじゃなくても俺にとっては凄い大きなことだったんだ」

 

 あの時、俺に手を伸ばしてくれたワン子は、まさに光だった。どうしようもなく広がる暗闇に射し込んだ、一筋の穢れなき光。その光が、俺を包んでいた暗闇を晴らしてくれたのだ。

 

「それにこの間の大会でも、俺はワン子を凄いと思った。ワン子にしてみたら、夢が破れたきっかけだったからできれば思い出したくないかもしれないけど、俺はあの時のワン子の姿をみて、ワン子は強いと思った。夢に対して逃げもせず諦めもせず、ただひたすら愚直なまでに進み続ける。そんな姿を見て自分が恥ずかしくなった。夢が叶えられないと悟って、それで諦めたつもりだった。けど違った。逃げてただけだった。夢が叶わなくなった時、打ちひしがれるのが嫌で、その前にやめて傷つかないように逃げてただけだ」

 

 いや、そもそも逃げられてすらなかった。見ない振りをして逃げようともしてなかった。ただ自分の中で悲劇のヒーロー気取って、馬鹿みたいだった。夢を追うのをやめた今でも未練タラタラで、ホントに情けない。

 

「でも、ワン子の姿を見て思ったんだ。こうしてただうじうじと悩むくらいなら、ダメ元でも何かに向かって頑張っていけたらって、そう思えたんだ」

 

 それは紛れもない本心である。最終的なきっかけは姉貴と爺ちゃんとの戦闘に対する悔しさだったが、それまでにワン子の夢に向かって頑張る姿を見ていたからこそ、俺はここまで強く己の気持ちに向き合う事が出来たのだ。

 

「ワン子はいつも俺の一歩前に立って歩いてくれた。動けなくなった俺を導いてくれた。どうしようもないことで立ち止まっていた俺を引っ張っていってくれた。だから今度は俺がワン子の一歩前を歩いて、ワン子を支えて、護って、導いていきたい」

「どうしてそこまで……?」

 

 ワン子の零した疑問に対して、気付けば俺の口から驚くくらいに答えがするりと紡がれていた。

 

 

 

 

 

 

「……ワン子のことが好きだから」

 

 

 

 

 

 

「……え、ええぇっ!?」

 

「好きだから、一緒にいて、一歩前を歩いて、支えて、ともに生きていきたい。頼りにならないかもしれないけど、俺の事を頼って欲しい」

 

 ……流れとはいえ、言ってしまった。告ってしまった。現在進行形で悩んでいるワン子に、俺の勝手な都合で別の悩みを与えてしまった。その事に少し嫌悪しながらも、俺は直感的にこう感じていた。

 

 

 

 

 多分、俺はワン子にフラれる。

 

 

 

 

 当然と言えば当然の話だ。今までワン子に対して何かをしてきたわけじゃない。もちろん仲間として、ワン子の他の友達よりかは好かれている自信はある。しかし、ワン子が一番異性として好いているのはおそらくは大和だろう。俺がその大和以上にワン子に何かをしてきたとは思えない。

 

「……で、できれば恋人になりたいけど、返事はいらない。ワン子の気持ちに整理がつくまで、待ってるから……」

「……ううん、今ちゃんと返事をする。多分そうするのが、想いをまっすぐに伝えてくれた十夜への礼儀だと思うから……」

 

 そういうと、ワン子は一度深呼吸をしてから、俺の顔をきちんと見ながら、口を開いた。

 

「その、気持ちは嬉しい…………だけど、十夜の気持ちには応えられない」

「……だと思った。理由聞いてもいいか?」

「えと、その、何というか……十夜は、弟としか思えないの……」

「弟かぁ…………弟?」

 

 あまり弟扱いされてた記憶がないんだけど……というか俺も結構餌付けとかしてたんだけどなぁ……ああその方面じゃ調教師・大和には勝てないか。ある意味納得だ。

 

「アタシの中では、やっぱりそういうイメージが強いから……ごめんね」

「いいや。こっちこそごめんな。ワン子にとって辛い時にこんな事言って。それとありがとう。ちゃんと返事をしてくれて」

 

 申し訳なさそうに謝るワン子に、俺の方が少し申し訳ない気持ちになってしまう。それに返事をもらえただけでも俺としてはありがたかった。もしかしたら俺も九鬼先輩のように返事を先延ばしにされるかもと、ほんの少しだけ不安だったのでその点では安心した。まあそれでもフラれたショックの大きさは変わらないんだが……

 

 と、ここで話が逸れてしまってることに気付いたので、話を戻すことにした。……この気まずい空気の中も変えたかったというのも理由にあったが、まあ対した事ではないので割愛しよう。

 

「でもさ、ワン子は少なくとも一人の男に好きって言ってもらえるくらいの魅力を持ってるんだ。だから何もないなんてことはない。親から受け継いだ才能がわかった所でワン子がワン子で有る事には変わりないし、逆にもし何の才能がなかったとしてもワン子がワン子で有る事には変わりない。才能のあるなしは関係ない。ワン子は自分の本当にしたい事を探していけばいいんだ」

 

 ここまで言って、自分の言った事が少しカッコつけすぎたような気がして、少し恥ずかしくなった。しかし今言った事は全部俺が思っている事であるのは事実だし、少しでもワン子が元気になるのなら安いものである。

 

「とりあえず『白い家』に行くにしても、今日はちゃんと休んで明日爺ちゃんたちに言ってから行きな。皆心配するぜ。少なくとも俺はする」

「うん、そうする……ありがとう。ちょっと元気出たわ」

「ならよかった」

「明日朝一で爺ちゃんに言ってみるわ! ……それに、今度九鬼クンにもちゃんと告白の返事をする。それが礼儀よね…………本当にありがと、十夜!」

 

 そういうとワン子は駆け足で院内に戻っていった。……さっきの言葉の通り、少しは元気が出たようでよかった。

 

「あ、十夜!」

「うん?」

 

 と、駆けていたワン子が何かを思い出したかのようにこちらに振り向き、声をかけてきた。

 

「アタシの夢が叶わなかったのは、悔しいけど、それでも自分の思うようにやってきたわ。だからたとえ時間はかかっても、いつかはアタシ、この結果を受け入れられると思うし、今まで師範代を目指してきた事を後悔なんて絶対しないわ。だから……」

 

 そこで一度言葉を区切ったワン子は、一度深呼吸をしてから、より大きな声で、続けて言った。

 

「だから十夜も思うようにやればいいと思うの! 我慢しないで、誰にも気兼ねしないで、自分の思うように……アタシに気を使わないで、自分の本当にやりたい事とか目指したい物のために努力してもいいと思う!」

 

「え……?」

 

 それって、つまり、ワン子が言いたい事は……

 

 

「だから、その……頑張って!!」

 

 

「――――」

 

 そこまで言った再び踵を返して家に戻っていくワン子の後ろ姿を見送りながら、俺は驚きからまだ抜け出せていなかった。

 

 

 ……見透かされてた。

 

 ワン子は俺の本心に気付いていた。

 

 その上で、頑張れと言った。頑張ってもいいんだと言ってくれた。

 

 今はワン子自身も辛いだろうに、それでもなお俺の事を応援してくれた。

 

「……ははっ」

 

 自然と笑みが浮かび、口から想いが零れた。

 

 

「ワン子、お前は真剣(マジ)でいい女だよ……」

 

 

 ……多分ワン子は大和のことが好きなんだと思う。本人が気付いているかはわからないし、それ以前にワン子が大和に恋愛感情を抱いているとは限らないのだが、もしそうであるのなら近いうちに自覚するだろう。……てか大和モテモテじゃねーか、爆発しろ。

 そう……俺の恋はここで終わったのだ。ワン子が異性として俺に振り向いてくれることはない。だけど友達として、仲間として、そして姉弟としてはこれからも仲良く続けていく事になるのだ。

 だから、この気持ちとはここで決着を付けなければならない。未練があったら俺にとってもワン子にとってもお互いのためにならない。だからこそ気持ちを切り替える。

 

 それにしても初恋は実らないっていうけど、見事に破れてしまった。これ以上辛いことはそうないだろう。

 

 ……そうだ。これ以上辛いことはない。

 

 ならもう逃げる必要なんてない。

 

 俺はもう、逃げる事をやめることにした。

 

 自分の思いを吐き出した。ひとまずの決着がついた。気持ちの整理もついた。辛さを知った。

 

 なら、あとは進むだけだ。

 

 ワン子が前を進んで見せてくれた道。ここから先、俺はそれを一人で歩かないといけない。途轍もなく不安だ。

 けど、今までワン子は俺に示し続けてくれた。頑張ることのつらさや大変さ、そしてそれ以上の充実感や楽しさ、意味、魅力を。

 

 だから今度は俺が一人、前を歩く。ワン子が少し休んでいる間に、少しでもワン子に、そして己の道を先に進んでいる皆に追いつく為に。

 

 でないと俺はまた誰かに甘えて立ち止まってしまいそうだから。

 

 

 

 

『勇往邁進』

 

 

 

 

 その心を胸に秘めて、俺は進むと決意した。

 

 

 だからこそ、その前にケジメをつけなければならない。

 

 

 最後のケジメを

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

―川神院―

 

「……これもケジメだ」

 

 最後のけじめの前に、もう一つケジメとしてやっておかなくてはならない事があった。

 今の時間は誰にもいない外の鍛錬場に空の一斗缶を用意して、部屋から持ってきたとある本をまず一冊そこに入れて、火を付けたマッチをそこに投下した。

 火は本へと燃え移り、徐々に本を包んでいく。火が大きくなってきた辺りで俺は二冊目、三冊目と、あらかじめ持って来ていた本を投入していき、すべてを入れ終える後、燃え往くそれらを俺はただ見つめていた。

 揺らめく炎を見ていると、不思議と心が和らぐように感じた。夜とはいえまだ夏の暑さが残っている中で焚き火をしているにもかかわらず、その熱さが気にならなかった。

 ただ、静かにその火を見つめていると、背後から声をかけられた。

 

「焚き火なんかしてどうしたんだ?」

「姉貴……」

 

 いつの間にか現れた姉貴がいつものように話しかけてきたのだが、どこか元気のない。おそらくワン子の夢が絶たれてしまった事に、そして姉貴自身がそれを断ってしまった事に思い悩んでいるのだろう。

 

「で、それ何燃やしてるんだ?」

 

 それを悟らせないようにするためか、姉貴はもう一度俺に尋ねてきたので、俺は素直にそれに答える事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エロ本」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………は?」

 

「お気に入りだったスポーティなポニーテール本」

「はぁっ!?」

 

 予想外の答えだったのか、ものすごく驚いている姉貴を気にする事なく、俺は言葉を続けていく。

 

「実はさー、さっきワン子に告白してさ」

「ちょ、ええっ!?」

「で、フラれた」

「はぁ!? ちょ、ちょっと待て! 少し整理させ……!」

「だからこうして未練を断つべくワン子のイメージの強いお気に入りのエロ本を処分してるんだ……あ、燃え終わった」

「お、おい……! と、というか私が滅入っている間に何が起こっていたんだ……!? というか訳がわからないぞ!?」

 

 残り火も消えて見るものもなくなった俺は、今の説明で頭を抱えてしまった姉貴を横目で見る。姉貴の頭の中では内容を整理するのにフル回転しているんだろう。

 

 ……それにしても丁度いいタイミングで来てくれたものだ。

 

 丁度ワン子への未練を消すためのケジメが終わる所に姉貴が来てくれた。これは今日中にケジメを付けろって事なんだろう。

 

 

「――姉貴、ちょっといいか」

 

 

 

――さあ、最後のケジメをつけるとしよう。

 

 




<今回での十夜の戦果>
・【川神一子】に【愛の告白】をした
  ⇒【川神一子】に【フラれた】
  ⇒【川神一子】の好感度が上がった
・【川神十夜】は【決意】をした。   ▽

・現在の友達数:1人
  + 風間ファミリー(9人+1体)


という事で『十夜、ワン子にフラれるの巻』でした。
まあ十夜はワン子に対して特別何かをしてきたわけではないので、むしろ告白が成功する要素がないという……ただワン子が大和に好意を~というのは十夜の勝手な憶測なので、ワン子を狙うならむしろ今からが勝負……! ただこれから狙うかどうかはわかりませんw


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