真剣で川神弟に恋しなさい!   作:ナマクラ

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第三話 「そう思ってるなら口に出せばいいのに……」

 自室にて朝目覚めた。時計をみると時刻は午前6時。

 珍しく早起きしていて自分でも驚いていた。いつもの休みの日なら7時から8時ぐらいまで寝ていてもおかしくないのに何故起きたんだろう、と考えてみればすぐに何故かがわかった。

 

「ハラヘッタ……」

 

 空腹で目が覚めたのだ。だって昨日肉はクッキーがとっておいてくれば分だけしか食べてないのだから仕方ない。しかしこのままでは朝食までの時間、俺は飢え続けなければならない。我慢はできるだろうけど、我慢せずにいられるのならそれに越した事はない。要は我慢したくない。

 

「とりあえず何かないかな……?」

 

 朝食まで持てる気がしないので、厨房にいって何か失敬してくる事にした。

 ……のだが

 

「……なんでだよ」

 

 残念ながら厨房の入り口には修行僧二名が見張りについていた。……いつもいないのに何で見張りがいるんだ?これじゃ盗み食いができないじゃないか。見張りがいる原因を少し考えてはみたが、思い浮かばない。腹が減っているので頭がうまく回らない。

 

「……我慢するか」

 

 仕方なく俺は踵を返して自分の部屋に戻ることにした。

 ……とりあえず朝食までクリハンの素材集めでもやっておくかな。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 朝食後、川神院では百代、一子含めた川神院の門下生達が己の鍛錬に勤しむ中、総代である川神鉄心と師範代ルー・リーは二人将棋を打ちながら話をしていた。

 

「ふむ……ルーよ、お主は百代をどう思う?」

「正直に言えば危ういですネ。百代は精神面が弱イ」

 

 ルーの言葉に鉄心は同意するように頷く。

 

「絶対的強者故の孤独。貪欲なまでの戦闘欲求。それらを抱くのは仕方ないが、放っておいていい事ではない。しかしこれは百代自身が何とかせねばならん問題じゃ」

「今は一子達が精神的な支えとなっていますガ……」

「それもいつまで持つかわからんしのぅ……」

 

 しばしの沈黙。

 ただ二人が将棋の駒を打つ音だけが響き渡る。

 

「……一番手っ取り早いのは負けを知ることなんじゃが……」

「正式な試合であの百代に勝てる者はほぼゼロでしょうネ。……いエ、正式な試合でなくとも変わらないでしょウ」

「……十夜がきちんと修行しておれば、勝てずともあのモモの危うさを緩和させることは出来たじゃろうが……」

「確かニ。あれほどの才能、ただ腐らせておくには勿体なイ。なのにどうして十夜は武道をやめてしまったのカ……」

「心技体ともに順調に鍛えておったのにのぅ……」

「少々天狗になっていた時期もありましたガ……」

「あれくらいは誰にでもあるじゃろう。あの程度ならあと数回負けを経験しておれば直っておったじゃろうに」

 

 もしも十夜が今も武道を続けていればおそらくは壁を超えた実力を手に入れていただろう。それほどの才能が十夜にはあるし、その才能を生かす為の鍛錬も百代以上に真面目にこなしていたのだ。

 しかし武道をやめた十夜の強さは後から武道を始めた一子にも勝てない程に衰えてしまっている。錆落としだけでも相当な時間が掛かるだろう。

 ちなみにその十夜はというと、朝食を食べると早々に部屋に引っ込んでしまっていた。

 

「まあない物をねだってもどうにもならん。今儂らに出来ることをするまでじゃ」

「とりあえず百代に対しては何か対策を練らねばならないでしょウ。ここはやはり山篭りをさせて精神を鍛えるのが一番かト」

「そうなんじゃが、モモの奴嫌がるしのぅ……いざとなれば儂が百代に負けを教えんとならんじゃろうな……」

「あまり無理はしないでくださいヨ、っと王手」

「ぬ? ちょっと待つんじゃ」

 

 

 武道の総本山と呼ばれる川神院でも、悩みは尽きない。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 夜、風間ファミリーの面々は島津寮に集合していた。

 何故かというと、黛さんが昨日の焼肉のお礼がしたいという事で料理をご馳走してくれるらしいからだ。

 俺は特に何かしたわけではないけど、貰える物は貰っておく主義なのでこうしてここにいる。というか昨日の昼に言ったことをまだ許してもらっていない。一応謝ったけど、黛さんがそれで納得してるかはわからないし、その辺はきっちりしておきたいのだ。

 そうした理由から、スキップをする姉貴とうさぎ跳びをするワン子とともに島津寮に向かったのだ。俺?俺は普通に格ゲーしながら行ったけど?

 そして島津寮についてみると、そこにはすでにテーブルいっぱいの豪華な料理がズラッと並んでいた。

 

「お、お口に合えばいいのですが……」

「凄い数だねこれ。半端ないや」

「と、というかコレ、全部黛さんが作ったの?」

 

 見た目が何かテレビとかで見るような料亭の出し物みたいで、本当に黛さんが作ったのか疑ってしまった。

 

「あ、はい、そうです」

「こりゃあ味も期待出来るぜ」

「これだけできて実は不味いなんて展開はありえないもんね」

「じゃあ皆の衆! 手を合わせましょう!」

「小学生か!」

「でもよくするよねこういうノリ」

「いいから黙ってしろ」

「こう、手を合わせればいいのか?」

「そうだ。で、その後に皆で声を合わせてだな……」

 

 そうして皆で手を合わせて、声を揃えた。

 

 

「「「「「「「「「いただきまーす」」」」」」」」」

 

 

「(ドキドキドキドキ。どうか、美味しいと感じますように。……どうか、美味しいと感じますように!)」

「(大事な事だから二回言ったぜまゆっち!)」

 

 ……口から心の声が漏れてるけど、まあいいか。

 

 

 黛さんが祈るまでもなく、料理はどれも美味しく、俺を含めた風間ファミリー全員は皆大満足だった。

 

「ふー。お前うまいんだなぁ料理」

「あ、はい。小さい頃から母上に教えられていたもので」

「日本の食……誠に素晴らしい。それを堪能できた今日という日は素晴らしい」

「つまり朝のアクシデントも素晴らしかったということだな、うん」

「そんなわけあるかっ!!」

 

 大和の発言にクリスが何故か怒りを露わにする。

 何かあったのかと京に訊くと、今日の朝に大和が脱衣所でクリスの着替えを覗いたそうだ。いいなー大和いいなー

 

「十夜はモモ先輩に似て結構オープンだよね。今はムッツリっぽく見えるけど」

 

 まあまだクリスとそこまで仲良くなってないし、こういうセクハラっぽいセリフ言って距離を取られるのも……ってあれ? もしかして心を読まれた?

 

「で、黛さんだっけ? なんか俺達に話があるんだろう? 何かを決意したような目してるもんな」

「あ……は、はい!」

 

 キャップに指摘されて、黛さんは驚いたものの、しっかりと肯定した。

 

「うつらうつら……」

 

 と、ワン子が眠りかけていた。よく食べてよく動きよく眠る。健康的かつ動物的であった。が、今の場面ではさすがに失礼だ。

 

「おい、人の話は聞かないとダメだぞ」

 

 なので大和はワン子の目の下にリップクリームを塗りつけて起こす。

 

「!? わ、ちょ、やっ、スースーするっ……」

「ワン子、拭いてやるからこっち向いて」

「うん。んー……」

 

 俺がそう言うとワン子は目を瞑ってこちらに顔を突き出してくる……何かドキドキする。けどとりあえず気にせずにハンカチで拭ってやる。

 

「容赦ないなお前達は」

「友達だから何を言っても、何をやっても許されるのさ」

 

 文句らしきものを言うクリスに大和がそう返すと、その発言にガクトは便乗しようとする。

 

「大和わりぃ。借りた携帯ゲーム、データ消えた」

「ははは、俺の労力分を賠償してくれればいい……ってガクトそのゲームまさかこの前勝手に持って行ったヤツじゃないよな?」

「あ? いやそれだけど」

「バッ!? おまッ、アレ十夜から借りてたヤツだぞ!?」

 

 なん……だと……!? 大和に貸してたゲームなんて超長時間かけて仲間を育てていく育成型RPGくらいしか思い浮かばない。いや、大和のデータだけ消えたという可能性も……

 

「ちょ!? マジかよ!? データ全部消えちまったぞ!?」

 

 ぜん……ぶ……? あの数百時間軽く超えたプレイ時間が無駄に……?

 

「……テメェら……」

「あ……終わった」

 

 大和が何か呟いた気がしたが、俺の耳には入ってこなかった。

 

「万! 死に! 値するッ!!」

「十夜がキレた!?」

「落ち着けよ十夜。それに関しては後にしてまずはこの子の話を聞こうぜ」

「……ふーッ……ふーッ……そうだな。今は我慢する」

 

 キャップの言葉に、深呼吸して何とか落ち着いた。あの二人は後でたっぷりこってり絞ることにする。

 

「おい! 全然友達な風に見えないぞ!!」

 

 クリスはそういうが、これは怒らざるを得ない。ゲームのデータ消すとか最悪の行為だ。それが長時間かけて築いてきたものならなおさらだ。

 

「そう思ってるなら口に出せばいいのに……」

 

 確かにそうなんだけどまだ面と向かって言えるほどクリスに慣れてないんだ……ってあれ? また心の中を読まれた?

 

「や、やっぱりいいな! そ、その空気が、凄く楽しそうと言うか……。えっと、その、あの、あの……あぅ」

「まゆっちGO!ここが人生の転換期だぜ!」

 

 黛さんが携帯ストラップと漫才しているのをマジマジと見ている俺達一堂。

 

「……すぅーはー……よし、言います」

 

 深呼吸して落ち着いた黛さんが俺たちの方を見る、そして――

 

「お願いします!!!」

 

 そう言っていきなり頭を下げた。

 

「私も、皆さんの仲間に入れてください!! 皆さんと一緒に遊びたいんです!!あの、私、ずっと地元で友達いなくて……それで…それで…今度こそ友達をって思ってこっちに出て来て……それでも友達作れなくて。そこで皆さんが楽しそうにされていて……私も、仲間に入れたらどんなに楽しいだろうって。

だからお願いします、仲間に入れてください! 私、食事作れます! 掃除も自信あります! 体力も人並みにはあります! だから……だか…ら……私を……仲間に入れては下さいませんか!!」

 

 な、なんだってー!? 黛さんって今まで友達がいなかったのかー!? ……うん、わかってた。それで昨日酷いこと言っちゃったわけだしなー。

 黛さんの真剣な嘆願に、咄嗟に三秒ほどアイコンタクトで会議する俺達。

 そして、肩で息をする黛さんに俺達を代表してキャップが返答をする。

 

「黛さんの今の言葉に答えを返すんだったら」

「は、はい!」

「今のままじゃ、仲間には入れられない」

「………あ」

 

 黛さんの顔が曇る。だが、キャップの話は終わっていない。

 

「仲間ってのは基本的に対等なもんだろ? 土下座みたいな真似して、何でもするから入れて! とかで入ってもそれって仲間じゃねーじゃん。普通に“面白そうだから私もいれて”でいいぜ」

「あ……!」

 

 黛さんの顔に希望が生まれる。

 

「お、面白そうだから私も入れてください!」

 

 そしてキャップははっきりと肯定……

 

 

 

「リテイク!やり直したまえ!」

 

 

 

 ……え? 何故に?

 

「……え? ええぇぇ!? あ、あの、ど、どうして!?」

「人の言葉をそのまんま使うのはなしだ。単に言いなりになってるんじゃ互いに面白くねーだろ? それじゃさっきと大差ねーじゃん」

「あ……そ、そうですね。確かにそうです。では……すー……はー……」

 

 再び深呼吸して、少し考えてから、黛さんははっきりと自身の思いを口にした。

 

 

「わ、私とお友達になって、風間ファミリーの一員にしてください!」

 

 

「いいぜ! これからよろしくな、まゆっち!」

 

 今度こそ、快諾したキャップの言葉に、黛さんの目には涙が浮かんだ。

 

「…………うぅぅぅぅ~。嬉しい……ありが゛とうござい゛ま゛ずっ…」

「オーバーだな。そう無闇に泣いちゃダメだぞぅ」

「良かったな~。歴史に残る瞬間だったな」

「で、その携帯ストラップと会話しているようだが、何なのだ?」

 

 あ、やっぱり触れられた。俺は昨日聞いてたから知ってるけど、皆は気になってるだろうな。

 

「ああ松風ですね。松風、ご挨拶を。しっかりと。しなやかに」

 

 ということで黛さんは松風の事を説明始めた。

 その黛さんの説明を要約すると……部屋で誰かと話したくて松風に話しかけていたら、松風に九十九神が宿って友達になってくれた、という設定らしい。

 軽く設定は聞いてたけど、部屋の中で話しかけていたとは……

 

「ちなみに松風はどういう経緯で手に入れたの?」

「松風は父上が作ってくれた携帯ストラップなんです。いつか友達ができて携帯が必要になったらと心をこめて……」

「で、今まで友達なしってことは、携帯は……」

「はい。必要が無いので買ってませんでした。うぅ」

 

 なんか黛さん可哀想すぎる。俺のぼっちが軽く見えてしまう。

 

「これからは私達に遠慮なく話しかけろ」

「ありがとうございます」

「モモ先輩まゆっち気に入ってるな」

「私はまゆまゆって呼ぼう。まゆまゆ相当強いだろう? そこが気に入った。黛十一段から受け継いだ腕をいつか実際に見てみたいな」

「父上をご存知なのですか?」

 

 あ、やっぱり剣聖の娘さんなんだ。

 

「国から帯剣許可をもらえた剣聖だろう」

「幻の十一段の娘……また大型新人だなぁ」

「私などはまだまだです。これからも精進しないと」

 

 まゆっちの家族関係が少しわかった所でキャップが何か閃いたようだ。

 

「あ、十夜ってまゆっちと同じクラスなんだろ? だったら積極的に仲良くしていけよ」

「え?」

「おお、丁度いいな。十夜、まゆっちと仲良くして人見知りを治していけ」

 

 予想外の言葉だった。いや、よく考えれば当然ではあるのだが、俺としては黛さんが他の皆と仲良くなってからの方が心境的には楽だからそっちの方がいい。けど……

 

「あ、あの! これからよろしくお願いします!」

 

 黛さんは勢いよく、深々と礼をしてきた。それを見て断れるほど俺はまだ人間腐ってない、と思う。

 だから、礼には礼を尽くそうと思った。

 

「あ……う、うん、よろしく。まゆず……まゆっち」

 

 俺が多少ドモりながらもそう告げると、黛さん――まゆっちは勢いよく顔を上げて笑顔を浮かべた。

 

「―――は、はい!」

 

 俺に向けられたその笑顔はとても―――

 

「怖いよ!」

「はぁう!?」

「前途多難だな……」

 


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