・【川神一子】に【試験】が行われる事を知った ▽
・現在の友達数:1人
+ 風間ファミリー(9人+1体)
―ゲームセンター―
姉貴とワン子の決闘が終わってから数日が経った。
あの後、ワン子は荷物を纏めた後、島津寮を仮住まいとして選択した。
島津寮には事情を知ってる大和もいるし、他にもワン子を心配してくれる仲間がいるから一安心である。
ただワン子の修行はルー師範代の指導の下行われる事になる。何やら対姉貴用の技を授けるらしい。詳しい事はちゃんと聞いていないが、どうやらワン子も山籠もりをする事になるようだ。
そして8月に入ると、姉貴と爺ちゃんは揚羽さんとともに山籠もりへと旅立っていった。
二人とも川神院を出ていくまでずっとワン子の心配をしていたが、あれで精神修行に身が入るのかが心配である。
さて、ワン子が山籠もりをするといったが、総代である爺ちゃんも姉貴の山籠もりについていった事によって、川神院門下生の指南は基本的にルー師範代が行わなければならない。つまりワン子に付きっ切りというわけにもいかないのだ。
普段の基礎鍛錬や特訓のメニューはワン子にあらかじめ教えておく事で解決できるが、ワン子一人で山籠もりというのも色んな意味で危険である。
なのでワン子のサポーターとして大和、さらにそれによってワン子と大和の関係が変化するのではないかと危惧した京が山籠もりに同行する事になった。まあその関係で山籠もりするまでの間島津寮でもワン子の事を気にかけてくれているようだ。
ちなみに他のファミリーの面々はというと、キャップは旅、モロは夏コミ、ガクトはケガが治り次第ナンパ、クリスは日本観光、まゆっちはお盆辺りに帰省とそれぞれ予定が埋まっているようだ。
なお、ワン子が8月末に行われる川神武闘会に出場することはファミリー全員が知っているが、それによってワン子の師範代への道が閉ざされるかもしれないのを知っているのは、ワン子と姉貴以外では俺と大和だけである……まあ京は大和経由で気付いたのかも、というか聞いたかもしれないが。
さて、ここで語っておくべきは、ワン子の夢に対する俺のスタンスだと思う。
武道をやめた俺がワン子の才能云々を語る事はできない。あえて言えば武神・川神百代や川神院総代・川神鉄心の二人に才能がないと言われた以上、それは間違いではないのだろう。
だけど俺個人の希望としてはワン子には夢を追って、叶えてほしい。
なので俺としてはワン子に全面的に協力してもいいくらいなのだが、そう上手くいかないのが現実というものである。
理由は明白、宇佐美代行センターでのバイトが詰まっているからだ。
俺としては休んででもワン子の手助けをしたいが、しかしヒゲ先生とゲン先輩が入院している現状、休みたくても休めない。無断でサボったりなんかしたらバイトをクビにされるだけでなく人間関係にも大きくヒビが入ってしまう。それはお互いのために避けた方がいいだろう。
しかし俺のバイトがビッシリと入ってるのは8月初めからお盆前まで。その辺りには二人とも退院できるみたいだから俺もワン子を手伝う事が出来る。とはいっても俺に出来る事なんてたかが知れている。
ワン子のために俺に何ができるか、いまだに悩んでいる。できればワン子が山籠もりに入るまでに指針くらいは決めたいものである。
まあひとまずは仕事の方に集中していく事にした。今は失敗してもフォローしてくれるゲン先輩はいないのだ。ミスをしないように集中していかなければならない。
……しかしあれだ。夏休みにも関わらずこうも仕事漬けだとストレスが溜まってしまう。たまにはガス抜きをしなくちゃいけないと思う。
なので今日は仕事終わりに気晴らしがてらゲームセンターに立ち寄って格ゲーをしていたのだが……
「つまらない……」
敵NPCに手ごたえがなさすぎるのだ。今も片手しか使わないという縛りプレイをしているが、それでも苦戦どころかダメージもあまり食らわない。
時々乱入してくるプレイヤーも特に苦戦することなく倒していく。不思議と連コンしてくる相手がいなかったのが多少気になるが……まあどうでもいい。
もはや作業に近くなってしまっているせいか、頭は別の事が思い浮かんでいた。もちろんワン子の事も気になるが、今回思い浮かんできた事は、自分のしたい事についてである。
KOSの時に俺は、どうせならやりたい事をやる馬鹿になりたいと思い、これからは自分の思うがままに生きようと決めた。
だが、思うがままと言っても、何をすればいいのかは全く思い浮かんでいなかった。
やりたい事の候補としてゲームとかも考えたが、何か違うような気がした。それはあくまで娯楽であり夢とかそういったものではない。
まあとりあえずは夢を追うワン子の手伝いをして、自分の事については時間をかけて見つけていけばいいと、自分の中で結論付けた。
「……ん?」
思考に一区切りついたところでふとゲームに気を戻して気付く。
何か、同じ相手と何回も戦っている気がする。
実際に勝負が終わってすぐに連続で同じキャラが乱入してくることから、間違いなく同じ人物が連コンしてきているのだろう。
「……この乱入者、何回やられれば気が済むんだ?」
何やら筐体の向こうから苛立ちを隠しきれてない女の子の声が聞こえてくるのだが、もう正直飽きてきたし絡まれるのも面倒なので、そろそろ逃げた方がいいかもしれない。
そう思って筐体から離れようとしたら、ある男と目があった。
「ん……? お前……」
「へ……?」
「おお! まさかこんな所で会うとはなぁ」
そこにいたのは、黒いタンクトップを纏った屈強な男、KOSの時に戦った板垣竜兵であった。
「いやぁ、会いたかったぜ。探そうにもあの時はお前の名前を聞いてなくて手がかりもほとんどなかったからな。その上メガネまでかけてるんじゃ見つからねぇわけだ」
竜兵が笑いながらこちらに歩いてくる。その様子に俺の中の警戒アラームは最大限に鳴り響いていた。
「別にあの時の御礼参りがしたかったわけじゃねぇ。ただ単に俺がお前の事を気に入っただけだ」
何故かといえば、俺はバイト先の関係から要注意人物である板垣竜兵の情報をいろいろと聞いていたからだ。例えば外見だったり性格だったりその危険性だったり……そして何より俺はある情報も知っていた。
「そういえばまだ名乗ってなかったな。俺は板垣竜兵っていうんだ。まあ、それはともかくだ……」
板垣竜兵は ガ チ ホ モ であるという情報をだ。
「―― ヤ ら な い か ?」
――その言葉を聞いた瞬間、俺はすぐさまその場から逃げだした。周りを憚る事なく、全速力で、脱兎の如く逃げ出した。
「おいおい、逃げんじゃねぇよ…………追いたくなっちまうだろ?」
「ヒャッハー! ようやくボコボコに出来たぜー……って相手いねー!? 何か急に動かなくなったと思ったけど、逃げてたって事か!? なめやがって!! って竜! さっきまでここにいた奴知らねーか!?」
「おい天、アイツは俺の獲物だ。手ェ出すんじゃねぇ」
「あぁ!? ンなモンウチが知るかよ! ウチをナメくさった野郎をぶちのめさなきゃ気がすまねーんだよ!」
……背後での会話は聞こえない事にした。
◆◆◆◆◆◆
―親不孝通り―
「に、逃げ切れたか……?」
貞操の危機を感じてゲームセンターから全力疾走で逃げた俺は、竜兵が追ってきていないことを確認すると、ホッと胸を撫で下ろした。
そして今いる場所がいかにも竜兵が来そうな親不孝通り付近だと気付いて、心の中で警戒レベルを維持する。
「……これ、もしかしなくてもヤバいんじゃ……うん、早く帰ろ」
そう決意して家に帰ろうと思った直後、
「――おい」
背後からその声と共に俺の肩に手が置かれた。
「――ウオォアアアッ!?」
「うおっ!?」
思わず変な叫び声をあげてしまったのは仕方ない事だと思う。
………………
「――いやぁビックリしたぜ。やっぱりモモ先輩の弟の十夜じゃん。いきなり奇声上げてどうしたんだ?」
「す、すいません、ハゲ先輩…………と?」
声をかけてきたのは一月ほど前にゲームセンターで出会った頭を剃った一学年上のハゲ先輩であった。
ハゲ先輩だけであれば以前の交流にて結構慣れたのでそこまでドモる事もないのだが、ハゲ先輩は一人ではなく、にこやかに笑みを浮かべる知的な浅黒い肌をした知的な眼鏡男子と、先程から紙に何かを書いている白い長髪に紅い目をした可愛い女子と一緒にいた。おそらくはハゲ先輩と同じく俺の一つ上の学年の人だろう。
そんな事を考えていると眼鏡の先輩が自己紹介をしてきた。
「どうも初めまして。私は葵冬馬と言います。どうやら準が世話になっているようですね」
「あ、か、川神十夜です。よ、よろしくお願いします」
よし、あんまりドモらずに言えた。
「こっちは榊原小雪です。ユキ、彼に挨拶を」
「ん……? うぇーい! マシュマロ食べる?」
「え、あ、は、はい」
榊原……先輩からマシュマロを受け取り口に運ぶ。……美味しい。
「で、お前さんこんなところで何してんの?」
「いや、身の危険を感じて逃げてきた先がここだったわけですが……」
「逃げ場所として選ぶにはこの辺りは少々物騒な気がしますが……」
「に、逃げる事に無我夢中で……」
……というかSクラスでダーティってわけでもない優等生な先輩たちがここにいる方がおかしいような……?
「できたー!」
と、ここで先程まで何か作業をしていた榊原先輩が声を上げた。
「え? できたって、何が……?」
「ん~? 紙芝居だよ」
「か、紙芝居?」
「ユキは紙芝居を自作するのが趣味なんですよ」
「キミも見たい?」
「え? あ、い、いいんですか? それじゃあ……」
「それじゃはじまりはじまり~」
……あれ? まだ返答してないのに紙芝居が始まろうとしている。いやまあいいんだけども。
「タイトルは~、『醜いトカゲの子』」
「そのタイトルからして主人公はトカゲじゃないな、うん」
「ある所に、一匹の幼い竜がいました」
「想像以上にスケールがデカかった」
「その子竜は将来立派な竜になるため、色々と努力していました。」
「努力してる時点でもう立派だと思う」
「ある日、子竜は立派な竜に出会いました。彼は尋ねます。『どうやったら貴方のような立派な竜になれるの?』」
「先人に聞くのは良い事だな」
「竜は答えました。『はぁ? お前がオレみたいな竜になれるわけないだろ。せいぜいお前じゃトカゲが限界だな』」
「何かイラつくな、この竜」
「子竜はその言葉にショックを受け、そのままトカゲとして一生を終えましたとさ。おしまい」
「え!? そこで終わり!?」
まさかの救いのないバッドエンドとは、後味の悪い…………しかし、何か癖になりそうな、そんな何かがあの紙芝居にはあった、ような気がする。
「救いは……ないんですか……?」
「ないよ~?」
「ユキの紙芝居はほとんどこんなんばっかだぞ。というかこれはまだマシな部類だ」
「何……だと……!?」
そのまだマシな部類という事実に驚愕し、それでも他の話も読んでみたいと思う俺がいる事にさらに驚愕する。
だけど、次の葵先輩の言葉にはさらに驚く事になった。
「……しかし、私はこの子竜はある意味幸運だと思いますがね」
「……え? な、何で、です?」
「だって彼は竜であったにも拘らず、その竜の柵(しがらみ)に囚われる事のない一生を過ごしたのですよ。絶対に逃れられないモノから逃れられたというのはある意味すごい事ではないですか?」
……確かに葵先輩の言っている事は一理あるのかもしれない。絶対に逃れられないモノは生きている限り何かしら存在する。そんなモノから逃れたこの子竜は確かにすごいと言えるのかもしれない。
ただ……
「それは……違うと思、います……」
俺にはそれがどうしても幸運だとは思えなかった。
「おや、どうしてそう思うのですか?」
「だ、だって、子竜にとってトカゲとして生きる事がやりたい事じゃないでしょ? そのしがらみから逃れられても、それがやりたい事じゃなかったら、良い事とは言えないんじゃないか、と……はい」
そうだ。その子竜は確かに絶対に逃れられないモノから逃れられたのかもしれない。でも、それはつまり子竜は夢や憧れを捨ててしまったという事になる。そんなのは幸運なんて言えない。
「なるほど……確かにそうですね」
俺の言葉に葵先輩はあっさりと頷いた。
……あれ? もしかして、何か葵先輩にとってはそこまで
「あ……な、何か変に真面目になって、すんません……」
「いえ、別にかまいませんよ。私としても参考になりましたし」
空気読まずに色々言った俺の事を気にせずに、むしろこっちに気を使ってくれるとは……この先輩、いい人だなぁ。
「しかし貴方は私とは違う考えを持っているようですね。せっかくですし、じっくり話でもしませんか? 例えばホテルでなど」
「あ、は…………え?」
今、不穏な言葉が聞こえたような……具体的には『ホテル』という単語が……
「……え?」
「うぇい?」
聞き間違いである事を期待して榊原先輩の方を見たら、ニコニコしたまま首を傾げられたので、ハゲ先輩の方に視線を向ける。
「あー……何というか……気を付けろ、若は男もイケる」
アカン……! 危うく「はい」と返事をしてしまう所だった……!
「で、どうでしょう? 色々と語り合いませんか? 愛の言葉など……」
その言葉に俺は全力で首を横に振る。
「そうですか……残念です」
それだけ言って葵先輩が思ってた以上にあっさり引いたのを見て、その事に俺は少し拍子抜けしてした。いやまあ引いてくれた事はありがたいとしか言いようがないんだけど……
「トーマは節操ないけど無理強いはしないんだよ~」
「押して駄目なら引いてみるという奴です」
「若の場合、実際それでうまくいく時もあるから何も言えないんだよな」
それでうまくいくとか葵先輩の回りにはどんだけホモ率高いのか……
「ただ勘違いしないでほしいのですが、私は女性が苦手だとか嫌いだというわけではありません。女性も当然好きです。ただ男性も好きだというだけです」
「より節操がない!?」
「ちなみに今一番狙っているのは貴方も知っているであろう大和君です」
「おぉう……」
……その後、俺は葵先輩一行と別れ、周囲に気を配りながら迅速に家まで戻ったのだった。
<今回での十夜の戦果>
・【アルバイト】をした。
・【板垣竜兵】と【再会】した。
⇒【十夜】は【逃げ出した】
・【葵冬馬】【井上準】【榊原小雪】と【親不孝通り】で出会った。
⇒【葵冬馬】【榊原小雪】と知り合った。
⇒【三人】と【交友を深めた】 ▽
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