真剣で川神弟に恋しなさい!   作:ナマクラ

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第二話 「せ、戦略的撤退ーーーーッ!!」

 クリスを仲間に入れようとキャップが提案した次の日、俺達は川原で野球をしていた。まあ野球と言っても投手対打者の対決だけど。

 それを見ていたクリスが早速キャップの勧誘を受けて承諾したらしく、こちらにやってきた。

 

「おーい!クリス入るってよー!」

 

 キャップが俺達に手を振りながらそう告げてきたので、俺達も手を振り応える。

 

「そういえば、今打者をしている者は誰だ? 見覚えがないんだが……」

「ああ、そういえばクリスはまだ会ったことなかったな」

 

 今のバッターには十夜だ。ちなみに守備の配置はというと、ピッチャーは京、キャッチャーが姉さん、ファーストがガクト、ライトがワン子でレフトが俺だ。

 京が投げた球を十夜は一発で打ち返した。

 いい当たりだったが、打球は真っ直ぐワン子の手元に収まりバッターアウト。

 

「アイツは川神十夜。モモ先輩の弟で俺達の一つ下の一年だ。まあスゲー人見知りする奴だけどいい奴だから仲良くしてやってくれ」

「ああ、わかった」

 

 キャップやモロと話していたクリスが十夜の方へ向かっていく。

 果たしてこのファーストコンタクトはうまくいくのか?

 

「ああ……アウトか。いけたと思ったんだけどな……」

「まさか一発で当てられるとは……十夜って何気に目いいよね。メガネしてるのに」

「メガネ関係なくね?」

「ちょっといいか?」

 

 クリスに話しかけられた瞬間、十夜の身体が一瞬硬直した。

 

「自分はクリスティアーネ・フリードリヒだ。この度、このグループに入れてもらうことになった。よろしく頼む」

「か、川神十夜です。よ、よろしく、です。く、クリスティアーネさん」

 

 初対面にしては思ったよりもどもっていない。どうやら頑張っているようだ。

 

「自分の事はクリスでいい」

「あっ、わ、わかりました。えっと、く、クリスさん」

「敬語も別になくてもいい。普段仲間内での口調で構わない」

「え? で、でも、その……俺の方が年下ですし……」

「このグループで新参者である自分だけが敬語で話されるのも何か変に感じる。だから普段の口調にしてくれ」

「わ、わかりま……わかったよ。く、クリス」

 

 うん、クリスの方も普通に話してるし、十夜もしばらくしたら慣れるだろうし、このままいけばうまくいくだろうな。

 

「そういえば十夜はモモ先輩や犬の弟なのだろう?」

「え?あ、ああ、うん。ワン子の方は義理だけど……」

「なら十夜も武道をやっているのか?」

「―――――」

 

 あ、これはマズイ。クリスがした、よくある質問で十夜が固まった。

 

「ふむ、見た限りだと、体は最低限鍛えられてるようだが……」

「あ……えと……その、あの、えっと……」

「しかし、特に武道をやってるようには見えないな……」

「――――――ッ!!」

 

 十夜は逃げ出した。脱兎の如く。

 

「え? おいちょっと!」

 

 呆然としてしまったクリスはともかく、誰一人として十夜を追いかけようとしなかった。初対面の人相手だとよくある事だからだ。

 

「……なあ、十夜はどうしたんだ?」

「あー……ちょっとした病気みたいなモンだ。気にすんな」

 

 戸惑いの表情を浮かべながら聞いてくるクリスの問いに対してキャップがそう答えていた。

 クリスはその返答に首をかしげているが、事実なのだから仕方ない。

 

 

 その後、十夜抜きで遊んだが、あいつは戻ってこなかった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「やってしまった……」

 

 今俺は自己嫌悪に陥っていた。理由は簡単、新しく仲間になったクリスの問い掛けから逃げ出してしまったからだ。

 他の質問ならまだ何とか受け答えできるようになったが、姉貴と比べられるような質問をされるとどうしても頭の中が真っ白になってしまう。そうなってしまうのは多分、その問い掛けに対して俺が納得できる答えをまだ持っていないからなのだろう。吹っ切れたと思っていてもこういう所で出てきてしまう。そうしてまた自己嫌悪に陥ってしまうのだ。

 ちなみに今俺がいるのは島津寮の大和の部屋である。何故ここにいるのかと言うと、先ほどファミリーの誰かがクリスの歓迎会を島津寮でやろうと言っていたのを聞いたからだ。一度家に戻ってから島津寮に来るより、最初からこっちにいた方が移動も楽なのだ。そんな事を思いながらも部屋の隅に三角座りで陣取り、ゲーム機を起動してクリハンをプレイする。

 今は多分この寮にはクッキー以外は誰もいないだろうし、思う存分狩りまくろう。

 

「……あ、あの~」

「――――ッ!?」

 

 誰もいないと思っていたのに急に声をかけられてビックリして跳ね上がってしまった。気配もなく俺の後ろを取るとは……何か武道をやってる人なのか?

 

「って、あ……」

 

 と思って見てみたらそこにいたのは、俺のクラスで俺以上に孤立している美人さん、黛さん(だったと思う)がいた。

 

「た、確か……黛さん……で合って、ましたっけ?」

「あっ、はい! そうです! 川神さんと同じく1年C組所属、黛由紀江です! まさか私などの名前を覚えていただけているなんて!」

「あっ、い、いや、まあ、その……」

 

 下の名前までは覚えてなかったんだけど…………まあ気付いてないみたいだし、いいか。

 

「まゆっちの名前をちゃんと覚えてるなんて殊勝な心掛けだなー、トーやん。オラ褒めてやんぜー」

「と、トーやん?」

 

 馬のストラップ、まあ黛さんの腹話術だが、それに変なあだ名を付けられてしまった。もしかしてこれ変更不可?

 というかいきなり黛さんは腹話術を始められてしまったのだが、これにはどう対応すればいいのかわからない。コミュ障気味の俺にしてはハードルの高すぎる相手だ。

 

「…………」

「…………」

 

 ……沈黙が痛い。そちらから話しかけてきたのだから何か言う事でもあるんじゃないのかと思って待っていたのだけど……

 

「あ……あわわわわ! 会話が止まってしまいましたよ松風!」

「大丈夫だまゆっち、まだ巻き返せる! 時間は巻き戻せないけど諦めなきゃ何とかなるってもんだ!」

「そ、そうですよね! 諦めなければまだチャンスはありますよね!?」

 

 大声での一人会議が行われている。しかし一体何のチャンスなのだろうか?というか何故俺に話しかけてきたのだろうか?

 ……とりあえず当たり障りのない……かはわからないが、俺が今凄く気になっている事を訊いてみよう。

 

「あ、あのー……」

「は、はい!? なんでしょうか!?」

 

 もの凄く怖い顔で睨まれて怯みかけたけど何とか我慢する。これくらい、理不尽な姉パンチよりかは数段マシだ。

 

「そ、それ、……ま、松風って、言うんですか……?」

 

 黛さんのストラップを指差しながら尋ねてみた。

 

「は、はい! 松風、しゃなりと、しなやかに挨拶を」

「オッス、オラ松風! まゆっちの友達だ!」

 

 …………うん、とりあえずスルーしておこう。

 

「そ、それで、あの……な、何で腹話術を?」

「おいお~い、トーやん。オラがただの人形だと思ってんのか? なめんじゃねーよ」

「松風は九十九神なんですよ」

 

 おぉう……怖い人かと思ってたらイタい人でもあったのか…………うん、わかってた。一人で腹話術してる時点で十分イタいし。

 ……よし、この話題は放置しよう。

 

「え、えっと……それで、俺に何か……?」

「え? ……あ、いえ! その! 寮に誰もいないと思って自室で文を書いていたら寮に住んでいる人ではない人が直江先輩の部屋に入っていったものですからもしや泥棒ではと思いまして様子を見に来た次第です!」

 

 早口で一息で言い切ってしまった。実感聞き取れなかった箇所もあるが、内容がわからないほどではないので問題はない。

 

「そしたらそこにいたのが、まゆっちと同じクラスでビミョーに孤立しがちなトーやんだったから一応念のため声かけたってわけ。問答無用でDIEしなかったまゆっちに感謝しろよ~」

「俺以上に孤立してる黛さんに言われたくねーよ!」

「はぅあ!?」

 

 悲しくなって思わずファミリー内で話すような口調でツッコミを入れてしまった。

 

「トーやん……時に真実は、人を傷つけるものなんだぜ……」

「あ……す、すいません……」

 

 だがそれはそっちも同じなんだぞ、とは言わない。それを言うにはまだ勇気が足りない。

 

「……というか、黛さんどうやって気付いた……んです?」

「え? な、何がですか?」

「い、いや、あの……大和の部屋に俺がいたってこと。お、俺の姿を見たのは……この部屋に入ってきてから、ですよね?」

 

 さっきの早口で聞き間違いがないなら、それであっているはずだ。自分の部屋で、何かを書いてたって言ってたと思うし……

 

「あ、あのそれはですね。誰の気も感じなかった寮内に川神さんの気が入ってきたのを察知したんです」

「……え?」

 

 それってつまり、黛さんは少なくとも人の気を察知できるくらいの武芸者ってことか?

 ……いや、気で個人の判別までつけられるって事はもっと上の実力者だ。おそらく純粋な練度では京やワン子よりも上だろう。

 下手をすれば姉貴のような壁を超えた強さを持っている可能性も……

 

「…………」

「あ、あの……川神さん? どうかしましたか?」

「え? あ、ああ……何でもないです……はい」

 

 ……そうだ。何でもない。たとえ黛さんが姉貴クラスの実力者だったとしても俺には何の関係もない。俺はもう武道をやめたのだから。

 

 ……というか、ここまで会話して思ったことが一つある。

 黛さんってそこまで怖くないんじゃないか、ということだ。

 確かに時々もの凄く怖い顔で睨んできたりするが、会話内容に怖い点はあまりなかったし、性格もおそらく悪くは無いのだろう。

 ということはもしかして『友達なんていらないぜ』的な人なのか……?

 

「ど、どうしましょう松風!? 川神さんが何も喋らなくなったのですが私何か悪い事したんでしょうか!?」

「大丈夫だーまゆっち。オラがついてる。でもオラは何もできねーからガンバ!」

「は、はい! ……あれ? それって結局私一人で頑張るってことじゃ……?」

 

 元々一人じゃね? とツッコミを入れたいが、止めておく。

 だが、この一人漫才の内容からしても別に友達いらねーっていう人でもなさそうだし……

 そういえば黛さんって多分他県からの進学だよな。中学時代とかに見たことないし。ということは一人でこっちに来た可能性が高いわけだ。そしてこの言動にクラスで孤立している状況。

 

 

 もしかして黛さんって故郷でもこんな感じだったんじゃないか?

 

 

 高校デビューをきっかけに腹話術もデビューなんて考えにはならないだろうし、もし故郷で孤立してなかったとしたらこの変わり者の多い川神の地で孤立するなんてそうないはずだ。俺でも時々話しかけられてそれに返す事ぐらいはできるのだから。

 つまり黛さんは……

 

 

「今まで友達が出来た事がない?」

 

 

「あ……!? あぅぐ……!?」

 

 聞こえた。確かに聞こえた。言葉の刃がグサリと心に刺さる盛大な音が。しっかりと、確かに聞こえた。

 というかそんな音が聞こえてから俺は自分がいかに残酷な事を言ったか気付いた。

 とりあえず謝ろうとして、

 

「あ……ご――」

「せ、戦略的撤退ーーーーッ!!」

 

 凄まじいスピードで黛さんは逃げられてしまった。

 

「……あ」

 

 思わず伸ばした手は虚しく空を掴んだ。

 

 

 

 ……その後、彼女を追いかけずにクリハンを始めた俺は悪くない、と思いたい。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「――――ヤドーン、カリーン!ただいまー!」

 

 川原での野球を終えて、一旦部屋に戻ってきた。

 今日の夜はクリスの歓迎会を兼ねて島津寮で焼肉パーティをする事になっている。

 それまで時間も結構あるし、姉さん達が肉を持ってくるまで知人達とメールで人脈構成に尽力しとこうか。

 あ、その前にヤドンとカリンに餌をやっとかないと……

 

「…………」

「……って、うおぉっ!?」

 

 ヤドカリの餌を取り出そうと思ったら、十夜が部屋の入り口の近くの隅っこで三角座りしてゲーム機を弄っていた。

 

「……何してんだ?」

「部屋のスミスにいると落ち着くんだ」

 

 何だ部屋のスミスって? 部屋の隅と何か違うのか?

 

「……で、何で俺の部屋にいるんだ?」

「……ちょっと、耐えられなくなった」

 

 いやそれは知ってるけど。

 

「家に戻っても、夜には島津寮にくるわけだし、だったらこっちで引き篭もってた方が後で楽だと思って」

「人の部屋に引き篭もるな!」

「その通り! ここは私と大和の愛の巣! 部外者はさっさと出ていくんだ!」

「そうだな。勝手に人の部屋を改竄しようとする部外者は出て行け!」

「ああん! いけず~」

 

 とりあえずいつの間にかいた京を締め出しておいた。……京はいつの間に入ってきたんだ?

 

「え? 普通に一緒に部屋に入ってきてただろ? 何言ってんだ大和?」

 

 ……何ソレ怖い

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 大和の部屋のスミスに居座ってからしばらくが経った。俺の精神も大分回復してきた。

 とはいえ、時間が経てばその分だけ腹は減る。島津寮に何故かいる九鬼財閥製のロボット、クッキーにはポップコーン製造機能があるが、今はポップコーンという気分じゃない。いや食べたけどさ。

 そして腹が減っているのは俺だけじゃない。

 

「大和、大和!腹減ったよぅ!」

「ハラヘッタ!」

 

 キャップとともに軍師・大和に対して訴えかける。

 

「もうすぐ姉さん達が肉を持ってくる! それまでこらえろ!」

「モモ先輩達の稽古終わってからだろ? 成長期な俺の身体はそれまでもたないぜ!」

「キャップ、こう考えろ! 十夜がもう来てるという事は姉さん達の稽古ももうすぐ終わると」

「成程! 流石は軍師・大和だぜ! ……なんて言うと思ったか! 十夜ずっとここにいるじゃねーか!」

「ちっ……流石に気付くか」

「で、大和、腹を満たす策は?」

「おい十夜お前さっきポップコーン食ってただろ?」

「え? それとこれは別だろ?」

「…………」

 

 ポップコーンはご飯じゃない。おやつだ。

 

「……あいにく俺の部屋の食糧はポップコーン以外尽きてしまった」

「そんな大和は軍師大和じゃないぞぅ! つかポップコーンは大和の部屋の食糧に分類されんのか!」

「正確にはクッキーの持つ食糧だが、さっきまでクッキーはこの部屋にいた…………つまり、クッキーのものは俺の部屋のものだったんだよ!」

 

 な、ナンダッテー!?

 

 何と言うジャイアニズム! ついに姉貴に毒されてしまったのか! しかし大和の言う事には一応筋は通っている、気がする。だが……

 

「そんなことどうでもいいだろ。とりあえず何か食べたい。具体的には肉が食べたい」

「そうだそうだー!」

「く……! 図々しい奴らめ! 特に十夜! ……なら外に何か食べに行くか?」

「そんな金はない!」

「同じくない」

「十夜はともかく、キャップはバイトと賭けで儲けた金があるだろ?」

「もう将来のために貯金した」

 

 キャップの性格からして金はすぐに使い切りそうに思えるが、将来の冒険のためにときっちり貯金しているのだ。金をすぐに使いきってしまう姉貴とは一味違った。

 

「ならとりあえず台所に行ってみよう。ガクトの母親にしてこの島津寮の寮母でもある麗子さんがもしかしたら食材を補充してくれてるかもしれない」

「何と言う説明台詞……! だが、さすが軍師大和! そうと決まれば早い者勝ちだぜ!」

「さっさと行こう!」

「おい待て!」

 

 

 そうして台所に向かった俺達を待ち受けていたのは……

 

「冷凍肉はあったが……」

「料理できない俺達にどうしろってんだよ!!」

 

 冷蔵庫にあった冷凍肉(キボウ)と誰も料理が出来ないという事実(ゼツボウ)だった。

 

「キャップバイトで料理できるだろ?」

「ぶっちゃけるとバイトでもねーのに労力割きたくねー」

「おい! ……十夜は?」

「大和……引き篭もりである俺に何を求めているんだ?」

「お前もう引き篭もりじゃないだろ!」

 

 確かに引き篭もりから脱却したいが、引き篭もりはそう簡単にやめられるものではない。

 引き篭もりとは職業や状態ではなく、ある意味習慣とも言えるだろう。

 

「つまり引き篭もりという習慣は俺の中に根を張り続けているのだ!」

「威張っていう事じゃねーよ!」

 

 そんな感じでギャーギャー騒いでいると、

 

 

「ったく、ギャーギャーうるせぇぞテメェら!」

 

 

 状況を的確に指摘しながら不良っぽい感じの男がやってきた。

 

「あ! ゲンさん帰ってきた! やったぜこれで勝つる! ハラヘッタ!」

「僕らのゲンさん! ハラヘッタ!」

 

 大和とキャップは陽気に声をかけるが、見覚えはあるもののそこまで彼との交流がない俺は、スキル『人見知り』が発動して萎縮してしまった。

 彼の名前は確か、ゲン……じゃなくて、えっと……そう、源忠勝。島津寮の住人であり、ワン子と同じ孤児院の出身で、大和達のクラスメイトでもあるらしい。

 

「ゲンさーん! 俺らのために冷蔵庫にある食材で何か作ってー!」

「何でオレがテメェらのためにメシを……アホかボケ」

「ゲンさんが作ってくれないと前途ある若者三人が漫画とかアニメの名台詞しか言えない体になっちゃう!」

 

 ちょ!?それって厨二病じゃないか!?それは大いに困るので、何とか源先輩に頑張ってもらわねば!

 

「知ったことか。夜もバイトあるんだ邪魔するな」

 

 ……最後の希望、源先輩はあっさりと自室に戻ってしまった。

 

「……あーあゲンさん行っちゃった」

「…………あばよ、ダチ公……」

「あぁっ、早くもキャップが名台詞しか言えない体に!? しかもいきなり死に際のセリフとは……。どうしようか……」

「とりあえず頭殴れば戻るんじゃね? 斜め45度の角度でこう、ドカッっと」

「昔の電化製品じゃないんだからやめてやれ。というかその姉さんっぽい思考、流石は姉弟だな」

 

 スナップを効かせながら素振りをしていると、何やらリビングの入り口の方から誰かが入ってくる音がした。

 

「あ、あの~……」

「あ……君は確か二階の……」

「あ、黛さん……?」

 

 入ってきたのが黛さんだと確認した時、先程部屋に戻った源先輩が戻ってきた。

 

「飯の話されたら腹減っちまった。ついでにテメェらの分も作ってやる」

「さっすがゲンさん! カッコイイー!」

「勘違いすんじゃねぇ。ただのついでだバカが」

 

 そう言い残すと台所に姿を消していった。……源先輩カッコイイな……これは二人とも懐くはずだ。

 

「……で、黛さんは一体何か用でも?」

「……え? あ、その……えと、あの……な、何でもないです。すみませんでした!」

「次は気をつけてくれたまえ」

「は、はいー!」

「あ、ちょっと待って!」

 

 黛さんは逃げるように去っていこうとしたので、咄嗟に呼び止めた。

 

「え……? あぁああぁうぅぅぅぅう?」

「な、え……あの、な、何故に唸ってるんですか?」

「これはまゆっちの『この場から早く立ち去った方がいい』と思う気持ちと『呼び止められたのに黙って立ち去るのはダメじゃないか?』っていう気持ちが複雑に交じり合った結果でた声だ……オラでも滅多に聞けねぇまゆっちのレアボイスだからありがたく聞きな」

 

 松風経由であるが本人から説明された。

 

「……ぅぅぅぅぅぅうぅぅ後ろに向かって前進ーーーッ!」

「あばよとっつぁーん!」

「ってええ!? 結局逃げんの!?」

 

 どこかで聞き覚えのある捨て台詞を吐きながら、黛さんはまた猛スピードで逃げていってしまった。

 

「おもしれぇなあの一年!」

「というか何か既視感が……」

 

 

 

 ……源先輩に少し慣れた。これで次話す時には少しマシになるはずだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 源先輩の肉じゃがを食べた後、再び大和の部屋のスミスにて夜まで三角座りして心のダメージを完全回復させた俺は、クリスさん、もといクリスの歓迎会に参加するためにリビングに向かった。

 とりあえず俺はしなくちゃいけないことがある。

 

「あ、あの……クリスさん、じゃなくて……く、クリス」

「あ、十夜! いきなり走り出したからどうしたのかと思ったぞ。何かあったのか?」

「あ、いや、その……何かあったわけじゃないんだけど、何て言うか……とりあえずゴメン。話の途中でどっか行っちゃって。あっ、俺がどっか行ったのは、その、別にクリスが悪いってわけじゃないから!」

 

 まず謝って、クリスが悪いわけじゃないという事をきちんと説明する。

 

「そうか、それならいいんだ」

 

 何とかクリスは納得してくれたのでよかった。

 

「ゲンさんはバイトでいないか……上にいる一年も呼ぶけどいいか?」

「まあ寮の歓迎会だし、呼んでもいいんじゃないか?」

「よし!なら早速呼んでくるぜ!京許可くれ!」

「許可する」

 

 京から許可をもらったキャップは風のようにリビングから飛び出していった。

 

「……いちいち許可取らないと二階にいけないって面倒だよな」

「まあ二階は女子部屋だし仕方ないだろ」

 

 まあ確かに思春期の男女が同じ階で寝泊りしてたらダメだよな。そう考えると島津寮みたいな男女兼用学生寮って特殊?

 

「連れてきたぜー!」

 

 と、そんな事を考えていると、キャップが黛さんを連れて戻ってきた。そっちを見ると黛さんと目が合った。

 

「さ、先程はどうも失礼しました」

「い、いえ、こちらこそ……あ、さっきは、その……酷いこといってすいませんでした」

 

 何故か謝られたので、何がこちらこそなのかはわからないが、昼の事もあるのでとりあえずそう言ってこっちも頭を下げた。……頭を下げたのは決して黛さんの顔が怖かったからではない事を表記しておく。

 ふと横を見ると姉貴が黛さんへロックオンしたようで、手をわきわきさせていた。

 

「私の弟が世話になってるようだな。礼として私直々に抱いてやろう」

「だ、抱く!?」

「おいおい、こりゃいきなりレベル高ぇぜ! 女の友達同士のスキンシップは過激って聞いたことあったけど、都会はパネェぜ!」

 

 姉貴の発言に、黛さんが混乱した。だからといって本人よりも松風の腹話術の方が饒舌ってどうなんだ?

 ……まあそこら辺はともかく、黛さんに助け舟を出すことにしよう。

 

「いや、世話どころか話すのも今日が初めてだったんだけど。というか姉貴はただ可愛い女の子と戯れたいだけじゃ……」

「姉パンチ!」

「ぐはっ!?」

 

 問答無用で姉貴のパンチが飛んできて、容赦なく俺の腹を抉った。

 

「根も葉もないこと言うんじゃない! 私はただ、このめんこい女の子と戯れたいだけだ!」

「そ、それ、俺がさっき言ったこと……」

「姉スリーパー!」

「ちょ!? 首絞まる……!!」

 

 姉貴が後ろに回り込みチョークをかけてきていた。

 

「あ、あの松風? 今私の目の前で家庭内暴力的なことが起きましたがどうするべきでしょう!?」

「まゆっち~、ありゃDVなんかじゃねー。姉弟の愛あるじゃれあい、スキンシップってヤツさ」

「あ、成程。さすが松風ですね。私は沙也佳とあんなスキンシップとった事ないですけど。なら私はここで手も口も出さずにいるのが最良の選択なわけですね?」

 

 ち、ちが……って、あ……もう、意識が…………

 

 

 …………

 

 

 ……………………

 

 

 ………………………………

 

 

 ……意識を失った俺は、何かの爆発音で目が覚めた。聞いた話によれば姉貴が二階の風呂を壊した音だそうだ。

 姉貴たちが風呂に入っているという事から、歓迎会は既に終わっており、俺は肉を食いそびれたことを悟り、涙を流しながら再び部屋の隅に引き篭もるのだった。

 

「だから何で俺の部屋なんだよ?」

 

 大和に怒られました。

 

 ……この後、少量ではあるもののクッキーが俺の分の肉を確保してくれていたらしく、冷めていたが美味しくいただいた。

 今度クッキーのボディを磨いてあげよう。

 

 


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