真剣で川神弟に恋しなさい!   作:ナマクラ

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<前話までの十夜の戦果>
▽【クリスティアーネ・フリードリヒ】と【黛由紀江】が【風間ファミリー】に入った。
▽【大和田伊予】と少しだけ仲が深まった。
▽【宇佐美代行センター】で【アルバイト】として採用された。
▽【マルギッテ・エーベルバッハ】に【襲撃】された。


▽現在の友達数:0人+風間ファミリー(7人+2人+1体)



第十一話 「今のままじゃお前は絶対に満たされねぇよ」

 箱根旅行から帰ってきた後、ゴールデンウィークも終わり再び学校が始まり、多くの学生が元の生活に戻っていった。

 しかし俺はその中にはいなかった。以前の俺ならこの言葉の意味は『平日でも休日の時のように引き篭もっている』ことを表していただろうが、今回は違った。

 箱根旅行前日に面接を受け、軽く(×難易度 ○ノリ)合格、採用された事により、ゴールデンウィークが終わるととともに生活リズムにバイトが加わる事になったのだ。…………出来れば部屋から出たくないんだけどなぁ。

 

 で、宇佐美代行センターというヒゲ先生こと宇佐美先生が経営する代行業会社が俺のバイト先なのだが、人手不足とはいえ新人の俺にいきなり一人で仕事を任せるなんて事はなく、教育係的な役目の人がついた。

 その人の名は……

 

 

 

「……源忠勝だ。好きに呼べ」

 

 

 

 キャップ達の下宿先である島津寮の住人で俺とも何度か会った事のある源忠勝(通称:ゲンさん、タッちゃん)先輩であった。

 

 話を聞くと、先輩はヒゲ先生の養子らしくその関係でここで働いているのだそうだ。ワン子と孤児院出身っていうのは知ってたけど、先輩を引き取ったのがヒゲ先生とは思わなかった。

 

 で、自己紹介の時に「好きに呼べ」と言われたのでとりあえず頭に浮かんだ名前で呼ぶことにした。

 

 

「じゃ、じゃあ……えーっと……タッちゃ――」

「あぁ!?」

「――ゲン先輩で」

「…………まぁ、それでいいか」

 

 

 ということでゲン先輩と呼ぶ事になった。

 

 というか何でゲン先輩をタッちゃん先輩と呼ぼうとしたのか、その時の自分にも、そして今の自分にもわからない。何かよくわからないものを受信したんじゃないだろうな俺……すぐ言い直さなかったら危なかった……。

 

 で、第一印象というか見た目からのイメージは何と言うか不良っぽい先輩だったのでいい加減な所が多いんじゃないかと思っていたんだけど、仕事に対する心構えとか意識すべき点など必要な点をわかりやすく指導してもらい、さらには俺のコミュニケーション面でのアドバイスもしてくれた。

 

 ゲン先輩って見た目は怖いというか不良っぽいけど、中身は真面目でしっかりした頼りがいのある人のようだ。

 

 そんな風に感じながら、この前美味しい肉じゃがを作ってもらったことや普通に大和とキャップだけじゃなくて俺の分も作ってくれてさらにお茶まで入れてくれていたのを思い出していた。

 

 しかし見た目とのギャップが結構激しかったので、つい……

 

「な、なんか思ってたよりも、し、親切ですね」

 

 ……と零した俺の言葉に対してゲン先輩は少々嫌な顔をしながらもこう返した。

 

 

 

「勘違いすんじゃねぇ。お前のミスが上司である俺のミスになる以上、その尻拭いを少しでも減らしたいだけだ」

 

 

 

 そう言い切るゲン先輩は何かカッコイイと思った。

 

 

 

 まあそんな感じで引き篭もれないで忙しいながらもそんなに悪くない新生活を送っていたある日の、昼休みの事だった。

 

 

「――川神十夜、このプッレーミアムな私と決闘しなさい」

「…………は?」

 

 ……ひとまず状況を整理してみよう。

 

 昼休み、まゆっちは何やら学内散策(おそらく友達候補探し)に出かけたので、教室で一人飯を食べていると、誰かに声をかけられた。

 同学年ではまゆっちと大和田さん以外に久しぶりに話しかけられたと内心驚きながらも振り向けば、そこにいたのはブルマ姿の女子だった。ナイスブルマ! ……いやそのことは一旦置いておこう。

 で、そのブルマ女子の第一声が先程の言葉である。

 

 つまり俺はそのブルマ女子からいきなり決闘を申し込まれたわけだ。

 

 ……うん。わからない。何が何だかさっぱりわからない。

 ブルマ女子はどこかで見覚えはある気がするけど話した覚えがないのでおそらく初対面なのだろう。

 

「あ、あの……何で決闘?」

「貴方、あの川神百代の弟なんでしょ? だったら戦いなさいよ」

 

 なのでいきなり戦えと言われてもどうしようもないわけだ。

 

「……い、意味がわからないんだけ、ど……?」

「意外とにぶいのね~」

 

 いやまあなんとなくは理解したが、一応確認しておかねばならない。

 

「私の名前は武蔵小杉。プッレーミアムな武蔵一族の一員であるこの私は、この川神学園を手中に治める。その手始めにまず一年を掌握するべく活動中よ」

 

 名前を聞いて思い出した。最近決闘に次ぐ決闘によって川神学園の一年を掌握しつつあると噂になってるらしいSクラスの女子だ。その決闘も何度か見たことある。

 

「あ、そ、そうなんだ。が、頑張って」

「だからこそ貴方をプッレーミアムに倒す必要があるのよ!」

「は? い、いや、だから、な、何故そこで、決闘?」

 

 短絡的すぎる。もっときちんと説明して欲しい。

 

「この私が武神の弟を倒せば、私の名前は鰻上り! 川神学園の掌握も一気に進む!」

「じゃ、じゃあ決闘って、何の種目で……?」

「もちろんプッレーミアムに戦闘に決まってるじゃない! あの川神百代の弟に戦闘で勝利する。これによって川神学園一年は自然と私に掌握されていくでしょう!」

 

 確かにネームバリュー的には申し分ないだろう。姉貴のネームバリューはここ川神では凄まじいものがある。

 

 しかしその計画には大きな穴がある。

 

 

「あの、俺、もう武道やってないんだけど……」

「……え?」

 

 肝心の俺は既に武道をやめているのだ。いくら姉貴のネームバリューがあってもこれでは武蔵さんの目的は果たせないのだ。いや、もちろん俺が武蔵さんより弱いと決まったわけではないんだけども、俺に得しない決闘を受けるほどお人好しではないし、決闘を受ける理由もない。

 なので何とか諦めてもらう方針に持っていきたいんだけど……

 

「えと、それ、武道やってない人間に勝負挑んでも、意味あんの……?」

「……あ、あるわ!だってあの川神百代の弟を倒したって広まれば、弟の強い弱いは関係ないわ!」

 

 意外と粘るなこのブルマ……いや武蔵さん。

 

「あの、その、もう俺が武道やってないって、結構広まってると思う、けど……」

 

 実際にどれほど広まっているのかは知らないが、俺が武道家じゃないってブルマ小杉さん、もとい武蔵小杉さんが思ってくれれば丸く収まってくれるはず……。

 

「ぬぬぬ……! 覚えてなさい!」

 

 ちょっ!? 何でそんな噛ませ犬の敵役みたいな捨て台詞を吐いて走り去っていく!? 別にもっとこう……「フン、戦っても意味ないんなら仕方ないわね」とかそんな感じで勝ち誇ったように出て行ってもらってもよかったのに、これじゃまるで俺が決闘受けるまでまた来るみたいな感じになってないか!? ……いや、流石にそれは考えすぎか。

 

 と、その瞬間、教室中が湧き上がった。え? え? 何事?

 

 

「あの武蔵小杉を口で言い負かせたぞ!」

 

 え?

 

「さすがモモ先輩の弟! 武力はなくとも相手を負かす術には長けてるってわけか!」

 

 え?

 

「やっぱり川神君って勝負運あるんだ! 流石は川神院!」

 

 ええ!?

 

「あ、いや、その、別に勝負してたわけじゃ……」

「ちょっと俺隣のクラスの友達に教えてくる!」

「あ、私も!」

 

 おぉう……どうしよう。

 

 …………気にしない方向でいこう。ここまでいくと面倒くさいし。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 その日のバイトも終わり、一人帰路に着く。ゲン先輩? あの人はまた別の仕事があるらしい。

 元・引き篭もりの俺がこうも勤労することになるとは……いや中学時代も一応はしてたんだけどさ。それはそれでこれはこれで。とにかく今月の給料が楽しみである。

 ……ちょっと腹減ったな。ここら辺で何か食べておこう。

 そう思って探してみると、ちょうど梅屋を見つけた。時間帯の関係か店内もそんなに客がいなさそうだ。

 

「……久しぶりに牛丼食うか」

 

 という事で家に帰る前に梅屋で腹ごしらえをする事にした。

 自動ドアを通り店内に入ると、中にあると思っていた券売機がなかった。その代わりにレジ台が存在していた。ここ券売機がない店か。

 心の中で愚痴りながらカウンター席に座ると、店員がお冷を持ってきて注文を訊いてくる。

 

「あ、え、えと、牛飯の特盛で」

 

 その店員に詰まりながらも注文を終えて一人待つ。牛丼が来るまで暇なので店内をボケーっと見渡して暇を潰す。

 

 と、その時、入り口のドアが開いて誰かが入ってきた。なんとなくその客の方を見てみるとそこにいたのは知った顔であった。

 

「お、誰かと思ったら十夜じゃねぇか」

「え? 釈迦堂さん?」

 

 そこにいたのは男の名は釈迦堂刑部。

 

 元・川神院の師範代にして思想の違いから川神院を破門された武人である。

 

 俺の姿を見た釈迦堂さんは当然のように俺の隣の席に座る。その過程で俺の身体を軽く見渡して、軽く……いや、結構深く息を吐いた。

 

「お前、武道はまだやめたままみたいだな」

「まあ……はい」

 

 身体付きを一目見ただけでわかったらしい。流石は元とはいえ師範代にまでなった人だ。

 

「いやー、あの時は驚いたぜ。まさかお前が武道やめるとは思わなかったからよぉ。お前が武道やめるって聞いた時、正直言うと俺は信じてなかったからな。てっきりドッキリ企画なのかと思ったくらいだ」

「信じてなかったって……どうして?」

 

 

 

「お前は俺に近い人種だと思ってたからよ。良い意味で」

 

 

 

「……川神院破門された人に近いと言われると何とも複雑な気持ちに……」

「いや、これ褒め言葉だぜ。喜べよな」

 

 褒め言葉に思えないから喜べないんですがねー、とは言わない。言ったら殴られる気がする。

 

「じゃあ今お前何してんの? あっ、俺は豚丼豚汁でとろろ単品な」

「ゲームして漫画読んで引き篭もってます」

「ははっ、爺に喝入れられそうな生活してんのな」

 

 ……よく入れられているという事は黙っておこう。何か現在進行形で見抜かれてる気がするけど、一応。

 

「そういう釈迦堂さんは今何やってるんです? 仕事は?」

「あー、今は無職だな。あ、稽古つけてやってる連中はいるが、金貰ってるわけじゃねーしなァ。飯はたかってるが」

 

 つまりプー太郎……人の事とやかく言えねーじゃねぇか。…………って、え?

 

「……稽古?」

 

 釈迦堂さんの稽古。

 

 爺ちゃんによれば、元から強かった釈迦堂さんを精神修行のために半ば無理矢理説得して入門させた、とか何とか。

 つまり釈迦堂さんが教えられる流派は川神流のみ。見様見真似で他流派の技とか使えてもおかしくはなさそうだけど、そんな事はしそうにない。というか使えても自分の使いやすい動き、すなわち長年染み付いているはずの川神流の動きに組み込んでいるはず。

 

 ということはその稽古つけてる連中に教えてるのは門外不出の川神流ということになる。

 

 元・師範代とはいえ、川神院を破門された釈迦堂さんは川神流を誰かに教える事を禁じられている。川神院の強さの純度を保つ為に門下生以外には長年秘匿され続けてきたのだから当然だ。

 

「……それ、川神院の粛清対象ですよ」

「細けぇことは気にすんなよ。ま、この事は黙っててくれや」

「いやいやこれでも川神院の息子ですし」

「だけど今は門下生じゃねぇだろ?」

 

 ……確かにもう門下生じゃない。けど、それとこれとはまた別だと思う。

 とりあえず頼んでいた牛飯特盛りが来たので、その上に備え付けの紅生姜を入れていく。

 

「うーん……でもなぁ」

「わかった。じゃあとろろ奢ってやるからよ」

 

 曖昧に拒否していたら脈ありだと思ったのかこっちを買収しにきた。しかし引き篭もったとはいえ、それに屈する俺ではない。

 

「…………それに牛皿二枚も付けるなら……」

「よっしゃ、交渉成立だな」

 

 よし、賄賂を増やす事に成功した。 ……え? 屈しないんじゃなかったのか? 相手が提示してきた条件にそのまま乗っかっても勿体ないだろ?

 

「でも俺が黙ってても近いうちにバレると思いますよ」

「誰かが告げ口しなけりゃ問題ねぇだろ。ま、バレたらバレたでそん時考えることにするわ」

 

 何と言う楽観的な考え……まあ俺に実害ないからいいけど。とりあえず牛皿二枚ととろろ単品を追加で頼む。

 

「……で、お前どんだけ紅生姜いれんだよ」

「え?」

 

 釈迦堂さんは俺がまだ紅生姜を入れ続けてる事に何故か疑問を覚えたようだ。

 

「当然、あるだけですけど?」

 

 牛飯を食べる時はまず紅生姜をたっぷり盛って、紅生姜と肉とご飯を一緒に食べる。紅生姜と肉がなくなったら残ったご飯に紅生姜をかけて食べる。空になった器にさらに紅生姜を入れて、少し薄味の味噌汁と一緒に……

 

「もう牛じゃなくて紅生姜メインになってるじゃねぇかよ!」

「仕方ないです。俺は悪くない。生姜が美味いのが悪いんだ」

 

 そういえば回転寿司行っても寿司よりもガリを食う量の方が多い気がする。でも別におかしくはないよね。ガリが美味いのに無料なのが問題なんだ。

 

「というかむしろ牛丼にとろろって合うんですか? とろろには麦飯ってイメージしかないですけど」

「ばっ! お前豚丼にとろろかけんのがうめぇんじゃねぇか。わかってねぇなぁ」

 

 ……そうなのか? 俺の予想ではとろろは数年後にはメニューからなくなる気がするんだが……

 

 そうこうしている間に、釈迦堂さんが頼んだ物が全て揃った。

 

「へへっ、これこれ。んじゃ、いただきますっと」

 

 釈迦堂さんは豚丼にとろろをかけてうまそうに食い始める。その様子は何と言うか、金がないから仕方なく梅屋、とかでなく、心底うまそうに食していて、言ってみれば人生が充実しているように見えた。

 

「……到底満ち足りた人生とは思えないんだけどなぁ」

「あ? 何がだ?」

 

 つい思ってたことが口に出てしまったようだ。とりあえず隠すほどのことでもないので釈迦堂さんに説明する。

 

「いや、川神院の師範代なんてなりたくてもそう簡単になれるものじゃないのにそれを破門されて今やプータロー。どう聞いても絶望的なのに、その当の本人は別に何ともなさそうってのは意外というか何というか……」

 

 その俺の言葉を聞いた釈迦堂さんはその発言に怒るでもイラつくでもなく、ただ鼻で笑った。

 

「はっ。人生充実してるかどうかなんざ傍から見ただけじゃわかんねぇし、そもそもだ。何やったら満たされるかなんざ、それこそ人それぞれだろ。一見充実してなさそうに見えても実際充実した人生を送ってるヤツも結構いるもんだぜ。俺みたいな」

 

 そんなものなんだろうか。

 

「俺は今の生活は悪くねぇと思ってる。好き勝手に動き回れて結構充実してるわけだしな。色気が恋しくなればそこらで女を買えばいい」

「買っ……!?」

 

 な、何という発想……! 女は買うモノなんて発想、全くなかったぞ!

 

「おっ、その反応まだ童貞か。何事も経験だ。バイトでもして金溜まったら風俗でも行ってみろよ」

「いや、俺童貞捧げるのは処女の彼女相手って決めてるんで」

 

 俺の言葉に釈迦堂さんの動きが一瞬止まった。そんな驚くような事は言ってないと思うんだけど。

 

「処女って……お前そりゃ女に幻想抱きすぎだろ。もし付き合った女が処女じゃなかったらどうすんだ? 別れんのか?」

「その可能性はありますね」

 

 そういうと再び固まってしまった。確かに理想は高いかもしれないが、あくまで理想なんだしいいと思うんだが……。まあ、誰かを好きになったらこの理想がどう変わるかわからないけど。俺が誰かに恋愛感情を持った事ってない…………事はないけど、あれは恋愛というよりも憧れとかそっち方面の感情だった気もするし、あの時はそういう色気とかエロとかそういうのに目覚めてなかったしなぁ。

 

「……そりゃまた難儀なことだな。ちなみに今まで付き合った経験は?」

「引き篭もりでまず出会いがないのに出来るわけないです」

「あー……まあ、あれだ。いつかお前も悟る時が来るだろうさ。いつかは知らねぇが」

 

 ……何か話が逸れそう気がする。それを釈迦堂さんも感じたのか「話を戻すぞ」と前置きをして再び口を開く。

 

「真剣で充実してるヤツは別に他人からどうこう言われようと関係ねぇのさ。他人の意見なんざどうでもいい。テメェのやりたい事をやって生きてりゃ充たされるモンだ」

 

 豚汁を啜って一息吐いた後、纏めるように結論を端的に口にする。

 

「ま、他人の言葉に踊らされずに信念を貫けって話だわな。そういう意味じゃ、一子がよく言ってた勇往邁進ってヤツに結構近いのかもな」

「釈迦堂さん……」

 

 その言葉を聞いた俺の第一声は……

 

「そういう説教話できたんですね」

 

 感心であった。いや、確かになんか惹かれる話だったけど、それ以上に釈迦堂さんがこういう説教話出来たことの方が驚きだったんだ。

 

「何だよその反応はよ。これでも一応師範代っつー物を教える立場だったからな。やろうと思えばある程度はできるもんだ」

 

 まあそりゃそうなんだろうけど、やはりそういうイメージが全くなかったというか。

 

「説教ついでにもう一つだけ忠告してやるよ、十夜」

「……何すか?」

 

 

 

「今のままじゃお前は絶対に満たされねぇよ」

 

 

 

 ……それはあれか。お前に彼女は出来ないって言ってるのか。それとも俺の彼女になる女性は絶対に処女じゃないって言いたいのか。

 その俺の考えが読めたのか釈迦堂さんは軽く笑いながら続ける。

 

「別に女が出来ねぇって言ってるわけじゃねぇよ。ただ、俺の見立てが正しいならお前に女が出来たとしてもそれで充実するかはまた別な話ってことだ。お前が充実した人生を送るのに必要不可欠なモンが、今のお前には欠けてるからな」

 

 釈迦堂さんが言ったその言葉には妙な説得力を感じた。だがその欠けているモノというのが具体的に何なのか、それがわからなかった。

 

「……何です、その欠けてるモノって?」

「教えねぇよ。それこそ自分で見つけろや。まぁお前が見ない振りしてるだけって可能性もあるがな」

「見ない振りって……充実するために必要なのにそんな事するわけないでしょ」

「普通はそうだろうな。普通は」

「それ、どういう……?」

「それも自分で考えな」

 

 丁度その時、追加注文した牛皿二枚ととろろが来てからは、釈迦堂さんは最近稽古している相手の話に話題を変えた。この話はこれ以上話さないという釈迦堂さんの意思表示なのだと感じた。

 

 その後も飯を食べながら他愛ない世間話をして、食べ終わるとその場で別れた。

 

「満たされない、か……」

 

 何故だか釈迦堂さんのその言葉が妙に俺の耳に残っていた。

 

 

 

 

 

 ……次の日、学内に『小杉武蔵が川神十夜に敗北した』という根も葉もない噂が流れてしまっていた。

 

 ……まあ、この川神学園を掌握しようって考えるくらい器が大きいわけだし、武蔵小杉さんだってそこまで気にはしないだろう。うん、きっと。

 

 誰かが廊下を走ってくる音を聞きながら、俺はそう思い込むことにしたのだった。

 

 




<今話での十夜の戦果>
▽【源忠勝】と【連絡先】を交換した。少し仲が深まった。
▽【釈迦堂刑部】と【連絡先】を交換した。
▽【クラスメイト】に【変な幻想】を抱かれた。
▽【武蔵小杉】と【因縁】が一方的に発生した。


▽現在の友達数:0人+風間ファミリー(9人+1体)

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