……あのあと、三戦目で大和が引いた種目は『百人一首』。大和の実力を知る俺としては大和が勝つかと思ったが、クリスがそれ以上の実力を見せ1勝をもぎ取った。
だが全体でみると大和が2勝でクリスはまだ1勝。これから先の種目次第ではどうなるかわからないが、今のところは大和の方がまだ優勢であった。
そんなこんなでクリスがくじを引いて四戦目の種目が決まった。
「これは私が入れたやつだな。肝試し対決~!」
「肝試し?」
肝試しといえば心霊スポットだったりお化け屋敷だったりを散策していかに驚かないか、もしくはビビらないかというのを競うもの。だが。おばけ苦手な姉貴が普通の肝試しを提案するとは思えない。というか季節的にも時間的にも肝試しに合っているとは思えない。となるとそういうお化け方面ではなく、いかに肝が据わっているかというチキンレース的な勝負で、かつ姉貴が好みそうなモノといえば……
「なるほど……ポッケーゲームか」
知らない人の為に説明しておこう。ポッケーゲームとは、ポッケーというチョコの塗られた棒状のお菓子を男女二人で咥えて両端から食べ進めていくもので、主に合コンなどで行なわれるゲームである。いかにポッケーから口を放さずにいられるかを競うもので、勝ちを求めて咥え続けているとそのままキスをしてしまう事になり、かといってキスを嫌がりすぐに口を放すとビビリやチキンなどの称号を与えられてしまう、まさにある意味これぞ肝試しと言っても過言ではないゲームなのだ。
「いやいやそんなわけ……」
「な……!? 何故わかった!?」
「ええ!? 合ってるの!?」
驚愕の声を上げる姉貴。俺の解答は正しかったようだ。
「ホントに何でわかったんだ!? お前天才か!」
「さすが姉弟。思考が似通っているってことか」
……何か変な納得をされた気もするが、まあいい。
「そんじゃ改めてルールを説明するぜ。要はポッケーゲームでどっちの方が長い時間ポッケーを咥えていられるかっていうチキンレースだ。なお相手はこっちで決める。大和の相手は……」
「ま、まさか……」
「もし事故でも唇が合っちゃったら……婚約・結婚・初夜・懐妊・出産だね」
「流石に後半辺りは速くね?」
大和の相手は予想通り、京であった。頬を赤く染めてモジモジしている。そんな京の姿を見た大和は声高らかに宣言する。
「チェンジで!」
「残念! 既にワイルドカードは使ってしまった!」
「どうして俺はすぐに使ってしまったんだ!」
勝利を得るためだろ。そのせいで俺は金的喰らったわけだが。
…………………………
……結果だけを言えば、大和は一秒しか持たなかった。というか京が早すぎた。
大和と京が互いにポッケーの端っこを咥え、キャップが開始の合図を出した瞬間、京は噛まずに一気に大和の唇目掛けて進んでいき、寸での所で大和がかわした。その結果が一秒。
「ふっ、これなら相手が誰だろうと自分の勝ちは揺るがないな」
確かに一秒以上我慢すれば勝ちなのだからクリスの余裕もわかる。しかしクリスのその認識は甘かった。
「対するクリスの相手は……」
「ハーイ! 俺様でーす!」
何故か服を脱いで自慢の筋肉を強調しているガクトであった。
「な!? ななななな何で服を脱いでるんだ!?」
「男の本気ってヤツだ。察してくれ」
「やめろバカ! もしクリスに日本男児が本気出したら脱ぐって勘違いされたらどうしてくれる!」
「十夜、止めるならガクトが脱ぐ前に止めないと」
さすがのガクトでもまさか脱ぐとは思わなかったんだ。というかモロ見てたなら止めろよ。
「俺様、このゲームの存在は知ってたけどやるのは初めてなんだよなぁ。クリスが相手でよかったぜ。さあ、早く先っぽを咥えてくれ……はぁはぁ……」
「むむ無理だぁ!!気持ち悪すぎる!!」
「ぐはぁっ!?」
クリスの全力攻撃を受けて半裸のガクトは倒れこんだ。殴ったクリスは悪くない。さっきのガクトは第三者である俺でも殴りたくなるぐらいに気持ち悪かった。
「クリスはポッケー咥えてすらないから0秒だな」
「あ……し、しまった!」
「このままだと勝負は大和の勝ちになるが、クリスにはまだ手があるぞ」
「え……?」
「今ワイルドカードを使えばいい。まだ咥えていない今ならワイルドカードも有効だ」
「う……しかし……」
「ま、フェアかどうかって事を気にしてんなら、大和も初っ端に使ったわけだし問題ねぇだろ」
「その通りだ。だから別に使うことは悪じゃない」
「な、なら……自分はワイルドカードを使う!」
クリスはワイルドカードを使う事を選択し、宣言した。クリスの性格的に最後まで使わないだろうって思ってたから意外だけど、それだけガクトのインパクトが強すぎたんだろうな。たぶん姉貴とキャップとしては均衡状態で勝負が進んだほうが面白くなるからとかそんな理由だろう。
「質問。この場合、クリスのポッケーゲームの相手が変わるのか?」
「いや、あくまでプレイヤーであるクリスの代わりだ。だがその場合チキンレースにならない場合もあるから相手は選び直すぞ」
……あのガクト相手に罰ゲームにならない相手はいないから大丈夫なんじゃ……と思ったが、もし自分が当たった場合の時の事も考えて黙っておいた。まあ二回連続で俺が当たるなんてことはないだろうし。
キャップがくじをひき、書かれている名前を読み上げる。
「川神――」
「来た!川神姉妹!」
……あれ? 何かデジャブ?
「――十夜!」
俺、だと……!?
「……なあ、そのくじ細工してあるとかないよな?」
「してない。くじはあくまで公平だ」
二回連続俺の名前を引き当てるってどういう確率なの? 大和とクリスを抜いた8人のくじを引くわけだから一回のくじ引きで当たる確率は1/8、それが二回連続で起こるわけだから1/8×1/8で1/64だ。単純に考えれば64回の内1回はあるけど、逆を言うと64回の内63回はないって事だから。
……まあいい。そんな事より俺が気にしなればならない事が一つある。
それは相手が異性だけなのか、同性も含むのか、という事だ。
「質問。相手はあくまで異性なんだよな?」
「まあチキンレースとはいえ、そういう趣旨のゲームだからそうなるな」
「ホッとしたぜ。俺様も男相手にポッケーゲームなんざしたくないからな」
「私としてはそれはそれでおいしいシチュエーションだけどね……くくく」
京が何やら不穏な事言っているが、つまり俺の相手は確実に女子。
よっし!
……と、思わず軽くガッツポーズを取ってしまった。
「個人的には最後までチョコたっぷりなトップォの方が好きだけど、さっさと相手を決めてポッケーゲーム、しましょうか!」
「……と、どう考えても一秒以上持つだろうから省略してクリの勝ちな」
なん……だと……!?
「大和もそれでいいな?」
「まあ……仕方ない、か」
おい! もうちょっと粘れよ大和! 何かちょっと顔赤くなってしんどそうにしてるけど俺は気にしないから!
「十夜、ちょっと落ち着きなよ。それじゃガクトと大して変わらないよ」
「――――ッ!?!?」
モロのその言葉によって俺は心に致命傷を与えられ、その場に倒れこんでしまった。
「……なあモモ先輩、そもそもワイルドカードをルールに加える必要性ってあったか?」
「言うな」
◆◆◆◆◆◆
こうして大和とクリスの決闘は2勝2敗と互いに譲らぬ展開となっていた。俺がモロの一言による精神的ダメージから復活した時、まゆっちが大和の風邪の事を暴露した。
まあ傍から見ててもう大和の熱は誤魔化せないレベルだったと思うし、まゆっちの行動は良かったと思う。
その事により、大和はクリスに次の勝負で勝敗を決する事を提案し、それにクリスが合意したことで最終決戦となった。
大和がくじで引いた種目は『ダウンヒルランニング』。山の頂上から下まで走る競技で、今の大和にとっては最悪手とも言える種目である。
ルールとしては、山頂から先程まで俺達のいた川原に早く帰ってきた方の勝ちだ。ただしゴールの際、チェックポイントで出される問題に正解してもらえるボールを持っていなければいけない。また互いに一人ずつペアがいて、自分でゴールしなくてもペアがボールを持ってゴールすればそれで勝ちになる。
厳正なるコイントスの結果、大和にはワン子が、クリスには京がつく事になった。
その他のメンバーはそれぞれの持ち場についている。キャップはゴール地点、モロは一つのチェックポイント、姉貴とガクトはそれぞれの監視役、そして俺とまゆっちは遠くの方にあるもう一つのチェックポイントにそれぞれ配置されていた。
正直、大和もクリスも短期決戦を望んでるだろうからこっちには来ないと思うんだが……。
まあ、その間まゆっちと話でもしておけばいいか。……昨日みたく一人で松風とのセルフ会話で完結されないよな?
「あの……」
そんな事を思っているとまゆっちから声が掛かった。ちょっとほっとした。
「どうした?」
「その、私がした事は正しかったのでしょうか?」
……? 何か悩み事っぽいけどまゆっちがした事っていうのは一体何の事を指しているのかわからん。
「と、いうと?」
「最初、私は大和さんの言う通り大和さんの風邪の事を黙っていました。でも大和さんの無理をしてまで戦おうとする姿を見ているのがつらくなって、あのような行動をとりました。結果だけをみれば大和さんの意向を削がないまま負担も減らせたのかもしれません。でももしうまくいっていなかったら?もしあのまま勝負が中断されて大和さんが不戦敗になっていたら、私がした事はただ迷惑なだけ。皆さんはそれでいいと仰ってくれましたが、本当にあれでよかったのか……」
ああ、なるほど。皆からは認められたけど、本当にあのタイミングで暴露するのが正解だったのか自信がないわけか。別に俺もまゆっちの行動は良かったと思うけど、ただそれだけ言ってもまゆっちが納得させられるかわからないしな……。
「んー……俺が言える立場なのかはわからんけどさ。」
そう前置きをしてから、俺は思っていることをそのまま勢いで話すことにした。
「そこまで正解に拘る必要はないんじゃね?」
「え?」
「そもそも明確な答えが決まってるテストとかと違ってさ、こういう友達付き合いとかはそういった答えってないんじゃないか?前のクリスの“廃ビルなど潰したほうがいい”発言も俺達からすれば激怒するくらいの間違いだけど、他の側面から見たら正しくもあるんだ。対人関係の問題なんて何通りも答えがあるし、何がベストな解答なのかなんて誰にもわからないだろ」
もしわかるヤツがいてその正解を選び続けられるやつがいるとしたら、そいつは世界を手玉にとれると思う。
「もしまゆっちが最初に姉貴たちに大和の体調の事をチクッてたら、そもそも決闘は中止されてた。けどもしかしたら後日に別件でこの問題が再燃して結局決闘が行われたかもしれないし、もし起きなかったら大和とクリスの関係は悪いままだと思う。もしまゆっちがあのタイミング体調のことを言わなかったらもしかしたら大和は途中倒れていたかもしれない」
実際今回体力的にキツイ競技を引いたわけだし。
「まあ何が正解なのかはわからないけどさ、少なくとも今日のまゆっちの行動はベストだったと俺は思うぜ?“もしも”とかの可能性まで考えてたら何も出来なくなるしそこまで考えなくてもいいって。今回はうまくいった。それでいいだろ」
「ですが」
「ま、自分の思うままにやってけばいいと思うぜ」
「でもさー、その『思うままに』ってのが結構難しいって、オラ思うんだ……」
「でも確かにそうですよね。キャップさんも最初に言ってました。ただ言う通りにするだけだとお互いに面白くないって」
あー、そういえばそんな事言ってたな。いきなり「やり直したまえ!」って言った時にはどういうつもりかと思ったけど、その言葉が確実にまゆっちをいい方向に向かわしてる気がする。
「では気を取り直して、こちらに来た皆さんのために精一杯問題を出す練習をしましょう!」
「あー……たぶんこっちには誰も来ないと思うぞ」
「おいおいトーやん、今日のまゆっちの魅力ナメんじゃねぇよ?今のまゆっちは言ってみりゃ友達ホイホイ状態だぜ?」
「ゴキブリホイホイみたいに言うなよ」
そんな口論をしていると、誰かがこちらに向かってくる音が聞こえてきた。
「ほら見ろ来たじゃねーか! やっぱり今日のまゆっちの魅力は一味違うぜ!」
どや顔のまゆっちと松風。だがまず俺の目に映ってきたのは監視役であるはずのガクトの姿だ。つまりそれが意味する事は……
「おーい、もう終わったぜ」
「はぅあ!?」
◆◆◆◆◆◆
大和とクリスの決闘は、体を張った策が見事にはまった大和の勝ちで終わり、互いに遺恨を残すことなく、むしろ互いに認め合う事が出来るようになったみたいだ。
勝負に勝ったが、それまでの無理が祟ったのか大和は倒れてしまったので、決闘も終わった事だし俺達はひとまず宿に戻る事にした。
ちなみにびしょ濡れの大和を運ぶ役を決める過程で俺とガクトによる名じゃんけん勝負があったのだがここでは割愛しておこう。どっちが勝ったのかはキャップと同じように濡れているガクトに聞いてやってくれ。
そうして宿に着き、大和を部屋に運んで皆が何らかの動きを見せている中、俺は何をするべきかと悩んでいるとクリスに声をかけられた。
「十夜」
「ん?何?どうかした?」
「いや、色々あったせいでまだ謝罪ができてなかったからな」
謝罪? クリスに何か謝罪される事があったっけ? 金的以外思い浮かばないが……
「確かにお前は単に守られるだけの弱者などではなかった」
…………ああ。そういえばクリスの明らかに俺を格下扱いしている発言のことを忘れてた。その発言で俺がやる気になったのに、反則負けとはいえクリスに勝った事で何となく満足し切ってた。
「自分の方が十夜より実力が上だからといって戦う意志のあるものを一方的に力なき者と決め付けるのは早計だった。すまない」
クリスの謝罪を受けて俺はどうするべきか悩んでいた。
俺がクリスより弱いのは事実だ。まあ謝ってくれたのは嬉しい。クリスも考えを改めてくれたのもよかった。なら何に悩んでいるのかというと。
俺自身、そこまで気にしてなかったんだけどどう対応すればいいんだろう?
いや、格下扱いが気に入らなかったのは確かだけど、あれは男子には少なからず持っているだろう負けず嫌いな部分が出てしまっただけでそこまで拘りがあったわけじゃない。言ってみれば、あれが俺の『クリスに認めてもらうための戦い』だったわけで、そのクリスに認めてもらったわけだから目的は達成されたわけで……
……何か自分で何を考えているのか分らなくなってきた。
思考を単純にしてみよう。
このクリスの発言は、クリスに認められたことを示してると考えていいだろう。つまり俺の目的は達成された。クリスとの仲も良くなってる。悪いことはない。
……どうやら悩む必要はなかったみたいだ。
「あー……まあわかってくれたのなら俺としては嬉しいよ。うん」
「そうか。なら自分としてもよかった」
クリスがホッとしたように微笑んだ。その表情にドキッとしてしまったのは健全な男子なら仕方ない事だと思う。……これ、クリスパパにバレて銃殺とかは流石にない、よな……?
そんな俺の内心を知る由もなく、クリスは俺に手を差し伸べ、こう言った。
「これからもよろしく頼むぞ、十夜」
「ああ。こちらこそよろしくな、クリス」
そのクリスの手を、俺は驚くほどに躊躇いなく握る事ができた。
◆◆◆◆◆◆
宿に戻って何やかんやしてる間に時間が過ぎていき、クリスが携帯番号を教えてもらっていると、ようやく大和の意識が戻ったらしく、早くも京といつも通りのやり取りをしていた。
「大和、顔色が悪いが大丈夫か?」
「さっき薬飲んだしすぐに効いてくるよ」
「ただでさえ無理をしていたのですからあまり動かないようにしてくださいね」
「ああ、わかったよ」
クリスは大和に対して棘のある言い方はしなくなったし、まゆっちも遠慮せずに物を言うようになった。二人ともすっかり風間ファミリーに馴染んだようだ。
「もう二人とも文句なしで仲間だな」
その様子を見てキャップはウンウンと頷き、そして何か思い付いたように顔を上げた。
「なら後はお前達2人に川神魂を授けるぜ」
「川神魂?」
「何だそれは?」
川神魂が何なのかわからない二人は頭に“?”マークを浮かべる。
その二人の疑問に答えるために、姉貴が口を開いた。
「こういう詩がある。
――光灯る街に背を向け、我が歩むは果て無き荒野
――奇跡もなく標もなく、ただ夜が広がるのみ
――揺るぎない意思を糧として、闇の旅を進んでいく
……これが川神魂だ」
「一言で言えば『勇往邁進』だな」
「あえて荒野を行かんとする男の詩だぜ」
「女の子のアタシだってわかるわよ。勇往邁進、いい言葉よね」
「勇往、邁進」
「困難をものともせずに、突き進むこと、ですね」
クリスが心に刻むようにその言葉を呟き、まゆっちが心に染み渡らせるようにその意味を口にした。
「いい言葉だな。前に進む意志があふれている」
「辛い時は口にするといい。同じ旅をいく仲間がいる。そう思うだけで力が出るぞ」
「確かに、そうだな」
「それさえ刻み込めば他には何も言うことねーな。じゃあ記念に乾杯でもするか!」
「いいなそれ。二人も来た事だし。皆飲み物を持つんだ」
キャップの提案と姉貴の指示で皆に飲み物が行き渡る。
それを確認したキャップは一つ咳をしてから、乾杯の音頭をとった。
「――楽しくやろうぜ。それで十分だ!!」
キャップの言葉に、俺達は皆自然と笑みを浮かべる。
その言葉はまさしく俺達の心情を表したものであった。
「カンパーイ!!!」
「「「「「「「「「カンパーーイ!」」」」」」」」」
10個のグラスが、がちーん、とぶつかり合った。
――これが、新生風間ファミリーの誕生だった。
という事で箱根旅行回終了。よって原作におけるプロローグ部分が終了しました。
次回からはオリジナルの話になる……といいなぁ、とか思ってます。もちろんありますよ、オリジナル話。原作の話の改変とかも多々ありますが。
ただこの話の投稿予約時点では、次回以降の書き溜めが足りない状態なので更新速度が遅くなる可能性もありますのでご容赦ください。
ちなみに1話から10話までのタイトルで、それぞれ十夜も含めた風間ファミリー全員のセリフを用いています。ちょっとしたこだわりですw