side・黒川
演習終了後、強化服から軍服に着替えて髪を整える。
一応は公の場。身だしなみを整えなければ。
「伊隅少尉か、どうした。」
「少佐、ひどいですよ。」
ロッカールームから出てきて早々、伊隅少尉に酷いと言われる。
しかも身に覚えが無いので、酷いと言われてもピンと来ない。
「伊隅少尉、主語を明確にしろ。でなければ分からん。」
尋ねてみると、半泣き状態で詰め寄られる。
「どうしてさっき僕を突き飛ばしたんですか!?」
「被弾しそうだったから。」
ハッキリと言い切る。
あの状況下、被弾するよりは突き飛ばして被弾させない方が効率は良い。
「あの後、管制ユニット内の天地が逆だったんですよ!!」
「それは済まない。だが少尉、君がもう少し警戒しておけばこうはならなかったぞ。」
とりあえず彼女の言い分は認めながら、釘を刺す所は刺しておく。
「そ、それは……。」
「周りが見えなくなるほど熱くなるな。冷静で居ろ。」
「……はい。」
少し言い過ぎたか。
一応はそこまで激しく怒っていないが、少し心配だな。
「だが、あの状況下で逃げずに戦ったのは褒めよう。」
「あ、ありがとうございます。」
とりあえず激励はしておいたが、効果は分からない。
しかし、女性の心とは難しいものだ。
伊隅少尉と一緒に会議室に入ると既に大半のメンバーが座っていた。
「少尉、いつもの席に。」
「あ、はい。」
真面目状態の大咲に促され、席に着く伊隅少尉。
「総員起立、敬礼。」
八神の号令で敬礼をする。俺はそれに手で着席を指示する。
「着席。」
「さて、今日はご苦労様。良い経験になったと思うが、それは後回しだ。
まず大咲大尉、八神大尉。」
「「はい。」」
二人とも丁寧にも起立する。
そこまでしなくても等と内心、思いながら口を開く。
「小隊長としての立場から見て、彼女達の腕はどうだ。」
「シュミレーターでの訓練で鍛えられていますので、実戦には耐えれます。」
「しかし、実際の経験が少なさ過ぎるのが難点ですね。」
やはり実機での経験が不足しているか。
今度、シュミレーターのデータを弄くって奇襲からの出撃でも造ってみるか。
あるいは……。
「虎の穴にでも放り込むか?」
「敬礼。」
ほぼ反射的に号令と敬礼を同時にする。
全員起立し敬礼する。
「おう。楽にしてくれや。」
「着席。」
号令をかけて再び座り直させる。
俺は立ったままだが。
「副司令から何かありますか?」
「そうだな……、黒川少佐、赤点ギリギリだな。」
手厳しいが、伊隅少尉たちの一件を含めれば妥当か。
「そうですね。今回は否定できません。」
「予測はしていた?」
「一応は。」
正直、まだ連携が甘い所があり、その結果が伊隅少尉が被弾しかけたことだろう。
だから、今の状態では満足できない。
特に、ここは少数精鋭で行かなければならないのだから。
「なら問題点は直せるな。」
「一ヶ月中には。」
副司令の言葉に力強く頷く。
さて、リアに言ってプログラムを製作しないとな。
大見得を切った以上、有言実行するのみ。
「じゃ、後は任せたよ~。」
「副司令、どちらに?」
「デート。横浜の海の幸を堪能しようと思ってね。」
横浜の海の幸。
だいたい誰と会うのか分かった。
まあ、数名は分からないのか疑問を浮かべているが問題ないだろう。
隠語などそんなものだ。
「了解。ついでに、黒ウサギにお菓子でも買ったらどうですか?」
「あ~、そうするか。」
すると、副司令が佇まいを直したので、俺たちもそれに習う。
「諸君、今回の演習はご苦労だった。今後も精進しろよ。以上だ。」
言い終わると足早に部屋から出て行く。……押しているのだろうか、副司令は。
「伊隅中尉。」
「はい。」
「ここが宿泊所だ。」
俺は地図を渡す。
場所は帝都城のお膝元。俺の親父の実家である。
今は掃除だけ頼んでおり、それ以外は手をつけられていない。
無論、今日の為に食材は搬入しているがな。
「敷地外だから事故や怪我に注意してくれ。」
「了解です。」
「我々は書類を提出する。予定では夜までには帰る。」
「はい、では失礼します。」
「あぁ。」
「みんな、行くよ。」
伊隅中尉の号令の下、全員出て行く。
「伊隅中尉、平和な時なら保母さんだったかな?」
「なら少佐は軍人でしょうね。」
「何故そう言い切れる?」
八神が決め付けるように言う。
少し心外と思いながら、とりあえず理由を尋ねてみる。
「単純よ。それ以外の仕事が見つからないし。」
「分からんぞ。存外、保父さんになっているかもしれないぞ。」
次の瞬間、二人が噛み殺すように笑う姿を見て、不思議に思う。
「何だ?」
「「似合いすぎる(よ)。」」
「むっ。」
自分では想像できないが、この二人はどんな想像をしたのだろうか。
……聞いてみるか。
「因みに、想像では?」
「ひよこ柄のエプロンを着て、子供達を寝かせつけている姿とか。」
「私は子供達と無邪気に遊ぶ姿ね。」
「……。」
何となく想像はできたが、今の自分とは余りにもかけ離れすぎている。
「もしもの事だ。現実は軍人で、人殺しだ。」
そう、俺は所詮人殺し。
大義を掲げようが、信念を持とうが、人殺しは人殺し。
この手で未来を守ることは出来ても、未来を育てることは出来ない。
「でも楽しいかもね。暇つぶしには。」
「……暇つぶしも良いけど、そろそろ時間よ。」
俺達は今回使用した分の弾薬や推進剤などを書類に記載していく。
結局、終わったのは夜9時だった。
side・????
密室で1人の男と2人の女が密会していた。
無論、これはそれほど色っぽい物ではない事は3人とも承知している。
「で、あんたの情報ってのは?」
「こっちの商品は部隊の練度の向上と新型機。
そっちの商品は例の計画の遂行と例の物10kg程かな。」
「高いわ。もう少し安くしなさい。」
男は苦そうな顔を作る。
「妥協だよ、人生は。そもそも何故妥協が必要かと言うと……。」
「無駄話は止しなさい。あんたの御託聞いてる暇はないの。
大体、あんたの後輩と同じ事を言わないで。面倒だから。」
バッサリと切り捨てられた。
「酷いな。兎にも角にも新型機には新商品を二点もつけるんだよ。
相場的にはこっちが損するんだよ。」
体勢は項垂れているが相変わらず表情からは何も読めない。
隣の少女も不思議そうに首を傾ける。
「知ったことじゃないわ。」
「ですよねぇ。」
男は体育座りをし床にののじを書く。
「……じゃあさ、害虫に対する面白い情報をあげるよ。」
「へぇ、どんなのかしら?」
「これだよ。」
男は懐から1枚のCDケースを取り出す。
「無料体験版だからね。中身は軽いよ。」
「待ちなさい。」
女性はCDを受け取ると慣れた手つきでパソコンに読み込ませる。
…
……
………
女性は椅子から飛び上がる。
その拍子に椅子が倒れる。
「こ、これは!?」
女性は青い顔をする。
まるで開けてはならないパンドラの箱を開けたかのような表情で。
パソコンのモニターを凝視する。
「どうだい?あれを10kgじゃ少ないくらいだよ、この情報は。」
「……信憑性は?」
「90%。」
「90%ですって!?」
男の自身を持った答えに女性はさらに驚く。
その表情はまるでありえない物を知ったような顔だった。
「勿論。ソースは確かな物だし、君自身も薄々は感じてたんじゃないのかな?」
「………。」
「さて、どうするかね、自称天才君。
この世界には君の認識を遥かに上回る物事があるのだよ。
だが、君はそれを知る権利を持った。どうする?」
これは毒だ。しかも身を滅ぼしかねない毒だ。
しかし、毒だと分かりながらも女性は男の話に乗ることにした。
それ以外に道は無いと自身に言い聞かせながら。
「……分かったわ。10kg譲渡するわ。」
「交渉成立だね。さてウサギちゃん、人参だよ。」
男は少女に抱き枕サイズの人参を渡す。
「……人参、嫌いです。」
「好き嫌いはだめだよ。ま、家の白兎達と何時か会わせてあげるよ。」
「はい……。」
「さて、と。」
男が立ち上がる。
「では私はお暇させてもらうよ。そろそろ忙しくなりそうでね。」
「……もし、世界に機械仕掛けの神が居るとしたら、あなたはどう思う?」
「そうだね~・・・・・・。」
女性の不意な質問に数拍の間の後、男はいつもの飄々とした表情で。
「この戦争は人間と糞虫との戦争だ。手前らは首を突っ込んでくるな!!
とかどうだね。」
そう言うとそのまま出て行った。
女性はコーヒーを一口。
「後藤、あんたは何処に進みたいの?」
女性~香月夕子~の問いに答えるものは誰も居なかった。