side・黒川
その後、俺達は野戦病院で助けた少尉さんの看病をしていた。
まぁ、起きるまでの間は俺達も雑用のお手伝いしたが、流石に酷い。
特に酷いのはPTSDやシェルショック、傷からの感染症。
流石に野戦病院だから無理な所は無理だが、清潔だけはどうにかしていた。
毎日分担して包帯やタオルを洗い続ける日々。
お湯で加熱して熱湯消毒、死体を穴で焼却し埋葬。
繰り返すこと数日が経過した頃。
「くろっち、彼女が目覚めたって。」
「そっか。」
そっけなく言うが正直、嬉しい。
一人でも多くの戦友を救えたのだから、誇ろう。
「嘘は駄目よ、黒。」
「どういうことだ、八神。」
「嘘をつく時、眉間に皺が寄り易いわよ。」
「む。」
俺、嘘をつくと眉間に皺が寄るのか?
自分の眉間を触るが、今はない。
本当だろうかと疑問を持ってしまう。
「ま、今は置いといて、見舞いに行こう。」
「そうね。」
何かいい様に流されたが、特に気にする事もないかとひとり完結する。
「失礼します。」
とりあえず声をかけてみる。
もし診察中、あるいは着替え中だった場合、俺の命が無いから。
主に後ろの二人に殴り殺されるだろう。
「かまいませんよ。診察も終わりましたから。」
医者はそう言うと他のテントに向かう。
「入ります。」
「「失礼します。」」
部屋に入ると女性がひとりベットに座っていた。
所々包帯を巻いているのが痛々しい。
「あなた達は?」
「自分達は帝国陸軍派遣部隊【柘植学校】【フーガ】中隊、隊長の黒川敏行中尉です。」
「同小隊所属で大咲亜矢少尉です。」
「自分も同小隊所属、八神あきら少尉です。」
順々に自己紹介をしていく。
「ご丁寧にありがとうございます。」
すると彼女は居住まいを正す。
「ブレード中隊隊長、神宮司まりも少尉です。このような姿で申し訳ありません。」
「いえ、そんな事はありませんよ少尉。それに、階級こそこちらが上ですが、
年齢ではそちらが上ですのでそこまで畏まられなくても大丈夫ですよ。」
「なら、楽にさせてもらいます。」
意住まいはそのままだが少し力を抜き座る神宮寺さん。
やはり痛いのだろうな。
「ところで、中隊の皆は……。」
「残念ですが、あなた以外の生存者は見受けられませんでした。
あの辺りはもうBETAの勢力下なので遺体も回収できません。」
「そう……ですか……。」
多分、戦友達の事を思ってるのだろう。
せめて遺体だけでも持ち帰ってあげたかったとか。
「申し訳ありません。」
「え、いえ、そうじゃなくて……。」
少しの沈黙。
そして意を決したのか神宮寺さんが俺達の方を向く。
「せめて遺体だけでも帰してあげたかったな、と……。」
「「「「……。」」」」
乾いた笑顔が心が痛い。
どうしよう、元気付ける筈がこれじゃ通夜だよ。
俺は自分の今出切る事を必死に考える。
「あ、そう言えばリアちゃん、どうなったの?」
正直、今ほど大咲の事をありがたく思ったことはない。
内容は恐ろしく唐突だけど。
「今はまだ感情は薄いけど、最近じゃ微かにだけど反応し始めたよ。」
「そう、良かった。」
「最初の頃は男に対する敵対心が異常だったよね。」
「……まぁ、な。」
こいつらはあの子が受けた最悪の傷を知らない。
いや、教える訳にはいかないし、気付かれる訳にはいかない。
あの子の傷は人が触れて良いものじゃない。
なら、俺が……。
「くろっち!!」
「あぁ、うん!?」
「どうしたの、ぼんやりして。」
「あ、いや……。」
しまった、少し意識を飛ばしすぎたか。
「言えない事?」
八神の目が辛い。
……仕方が無い、別の悩みでも言うか。
「……あいつ、寄宿舎に居るからさ、そろそろ本土に逃がすべきかなと……。」
「……そうかもね。」
「直に柘植学校の一部生徒も本土に帰るらしいから、その時にでも考えれば。」
「そう……だな。」
先の戦いが敗北した以上、大陸の戦争は後が無いに等しい状況下。
打てる手は今の内に全て打つか。
すると不思議そうな表情をする神宮寺さん。
どうしたんだろう?
「えっと、どなたなんですか、リアさんって……。」
「あ、俺の義娘です。」
「え?」
神宮寺さんが呆れてるけど、どうしたんだろう?
「義理の娘ですよ、まりもさん。」
あ、そういう事か。
確かにこの年で娘とかありえないもんな。
「流石にこの年で子供は犯罪以外なんでもありません。」
「お前ら……。まぁ、この年では犯罪だがな。」
そりゃ13才で子供とか犯罪だけどさ。
「写真とか、ありますか?」
「えぇ、これです。」
懐に普段から入れている俺と大咲と八神とリアの集合写真を見せる。
まだこの頃のリアは感情の起伏が無い時代だったから、笑顔はない。
それでも可愛いドレスを着せられてるからか、まるでアンティークドールの様だな。
「可愛らしいですね。」
「前は病気で表情が乏しかったんですよ。最近じゃ微かに笑う時が有って。
(中略)
時々物を食べてるんですけど、小動物みたいで可愛くて……。
(中略)
それが堪らなく可愛いんですよ。
それに……。」
「ちょい止まれ、くろっち。」
「え?」
何故か大咲に止められた。まだ喋り足りないのに。
「神宮寺さんが呆れてるよ。」
「えっと……。」
八神が呆れ、神宮寺さんはポカーンとしている。
あれ、俺そんなに喋ったっけ?
「随分、義娘さん思いなんですね。」
「えぇ。あの子が幸せに過ごせる世界を作るために戦ってるんです。」
迷う事無く自分の甘い理想を言う。
現実は今のままじゃ不可能だろう。
だが、それでも願う理想の世界を。
無論、願うだけじゃなくて叶えようとする世界。
「では、私もそれを手伝いましょう。」
「えぇ、よろしくお願いします、神宮寺さん。」
「こちらこそ。」
遠くない未来の再開を信じ、俺達は握手をした。
次回から本編に戻ります。