竜は今日も幸せな夢をみる   作:ものもらい

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9.ご主人様は足癖が悪い

 

 

 

アーシェはオトモも付けずに集会場にいた。

 

死んだ目で飾られているアイルーぬいぐるみを見つめていた彼だが、不意に肩を叩かれて瞬きをする。

横を見れば人懐っこい笑みを浮かべた双剣ハンターがいて、「おはよう」と挨拶をしてくれる―――そんな彼はアーシェに声をかけてくれる数少ないハンターの一人で、名を保食(うけもち)という。

 

「どうしたんだよその装備。お前、そういうお綺麗なのは着ない派じゃん」

「ああ……着たくはないんだ……だって虫が…虫が…」

「お、おい大丈夫か?」

 

ブナハ装備を絶望の眼差しで見つめるアーシェを心配した保食は、「慣れれば平気になるさ」とあまり役に立たないアドバイスを言う。アーシェは元気のない声で「ああ…」とだけ言うと、そばに置いていたブナハハットを手に取った。

 

「どうぞ」

「おう」

 

隣に座ると、保食は集会場に居るハンターたちを見回す。

誰も彼もが軽装であり、普段の張り詰めた空気は(一部を除いて)ない。

 

「しっかし人多いなあ。あいかわらずの盛況ぶりだわ」

「ああ…まあ、年に一回の催しだしな…」

 

 

この年に一回の、本日開催されるイベントは、「宝探し」である。

森林にて宝箱を持っている数匹のアイルーの中から、「希少なピアス」を手に入れるというものだが、様々な所にトラップを仕掛けているため気を抜きすぎているとかなり痛い目に遭う。まあ注意して動けば気づけるものばかりだが―――せっかくの機会だ、初心に帰れということで、装備は下位レベルのもの、持ち物も支給品以外は許されていない。

 

これはかつて、町に住むハンターたちのギッスギスで空気の悪すぎる最低な仲を改善するため、トップが酒を飲みながら提案したイベントである。

当時は上の加減知らずにより、強制的に最低の装備で宝探しをさせられ、その最中に想定外のモンスターの乱入などが起きたために参加者全員が力を合わせて討伐した結果、以前よりもかなり仲が深まり治安が良くなった―――という大変良い結末を迎え、そして何よりハンターたちにも好まれたイベントであったため、毎年開催されることになった。

 

―――そこで出される「宝」は、毎回装飾品である。

大した効力はないのだが、第一回イベントで最も仲が悪く頻繁に喧嘩騒ぎを起こしていた二人の男女ハンターがこの宝を入手した後に互いに求婚し、見事ゴールインしたという話が話題になった。

それにあやかって二回目以降のイベントでもこの「宝」でプロポーズをした結果、毎回成功し続けたため、一部のハンターたちは必死になって宝を得ようとするのだ。

 

なお、このイベントで使われる鉱石はおとぎ話にもなっている希少なもの。

話の中の"雪山に棲む黒兎"が、"優しいハンター"に与えたというお宝とはこの鉱石のこと。幸運が与えられるというその鉱石は美しい色をしていて、華やかな装いをされているのもあって、確かに女性がこれをプロポーズと共に贈られたら大喜びで頷いてしまいそうだ。

 

「……けっこう女もいるな」

「あれ、お前知らないの?第五回のイベントでは女のガンナーが双剣使いの男にプレゼントと共にプロポーズしたって話。女のガンナーが獲得出来るならーって、あれ以来女のハンター参加も増えたんだよ」

「ふうん」

 

見れば、なんだかみんな目がギラギラしているような気がする…思わずアーシェは目をそらした。

すると人波の向こうから彼の名前を呼ぶ声が聞こえて、アーシェは立ち上がると声の方へ近寄った。

 

「アーシェ、ちゃんと一人で登録できたの!」

「すごいな」

 

桜妃(さき)は踊るような足取りで人の間をすり抜けると、いつものようにアーシェに抱きつく。

その背をぽんぽんと叩く彼と、えへへと笑う彼女を交互に見た保食は、小さな声で呟いた。

 

「……なんで非リアの集まりの中にいるんだよリア充が……リオレウスの炎で燃え尽きろよアーシェ」

「……いや…たぶん燃えないな…」

「じゃあその余裕を分けてくれよー!イケメンを分けてくれよー!」

「どう分ければいいんだよ…」

 

困った顔をするアーシェ。その胴に腕を回していた桜妃は少し体を離すと、微笑みを浮かべて保食に向き直った。

 

「ええっと。おはよう、う、う…うけ…」

「そう!"うっちゃん"だよ桜妃さん!」

「うっちゃんさんこんにちは」

「"うっちゃん"ってお前…」

「その装備、似合ってますね!」

「ありがとう。うっちゃんさんも素敵ね」

「えへへっ」

「………」

 

目の前で桜妃に鼻の下を伸ばす保食に、アーシェは面白くなさそうな顔を向けた。

しかし保食は気づかず、本日のお宝について知っている情報をペラペラと喋る。桜妃は「まあ、すごい」といつものように笑っていて、アーシェの不機嫌さに気づいていなかった。

 

「……おい―――」

「みなさーん!イベントが始まりまぁす!!こちらに集合してくださぁぁい!」

 

受付嬢が叫ぶと、ハンターたちはぞろぞろと彼女の元へ集まる。

保食も集まりに向かい、その後を追いかけるように桜妃も歩き出した―――その無防備な手を掴むと、保食と離れた場所へ歩く。

立ち止まっても強く手を握り続けるアーシェを不思議そうに見上げていた桜妃は、何を思ったのか彼に近寄ってその腕にぴったりくっついた。

 

「………」

 

不機嫌なアーシェの腕。それをなんだか幸せそうに抱きついている桜妃を見ているとさっきまでの不快感も消えて、アーシェは珍しく彼女の肩を抱いた。

 

 

―――そんな二人の周囲のハンターは、今にも唾を吐き捨ててやりたい顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気持ちのいい風が、二人の背後から通り抜けていく。

 

アーシェは過ぎ行く風をなんとなく見送ると、隣の桜妃を見つめる。彼女は綺麗だと摘んだ花々を手にのんびり歩いており、もう片方の手でアーシェの手を柔らかく握っている。

 

「……急がなくていいのか?」

「どうして?」

「ピアス、とられるぞ」

「ああ、そんなのどうでもいいの」

 

そう笑う桜妃だが、わざわざこのイベントに誘ったのは彼女である。

どういうことかと黙って見下ろしていると、桜妃はのんびりした口調で言った。

 

「ただ、あなたとおそろいの装備で出かけたかっただけなの。おそろいでいられれば、何でもよかったのよ」

「……別に、採集クエストとかなら着るけど」

「そう言って、前は着てくれなかったじゃない。結局一度も袖を通してくれなかった」

 

むう、と桜妃は頬を膨らます。

 

「……しょうがないだろ、採集だろうがなんだろうが、危険なことには代わりないんだから」

 

採集クエストとはいえ、ごく希に、討ち漏らしや(最悪の)偶然などで大型モンスターと遭遇してしまうことがある。

大型でなくとも、アーシェからしたら不安になるような防具を着ているうえにまともに狩ることもできない桜妃を庇って戦うことを考えると、自然と彼の装備は厳つくなるのだ。

 

「そうだね……ごめんね」

「いや…気にするな」

 

彼女の手を握りしめると、桜妃は穏やかな笑みを浮かべて彼を見上げた。

 

「私も、ちゃんと狩れるようになればいいな」

「お前はここぞって時にすごいミスするからな…でも、お前ほど採取が上手なやつもいないだろ」

「それだけじゃあなあ…」

「いいんだよ。俺はそれで助かってる」

「ほんと?」

「ほんと」

 

うれしい、とくっつく桜妃。

そんな二人の穏やかな雰囲気とは正反対な刺々しい罵声が、木々の向こうから聞こえた。

 

「……ん?」

 

 

―――しかし争う声は羽ばたきによってかき消され、しばらくしてわざわざ低空でこちらを見据えるリオレイアが二人の前に現れる。

 

リオレイアは攻撃するでもなく、アーシェを見て甘えた声を上げた。

 

 

 

 

「あら、丁度いい狩りの練習相手がいたわ。うふふふふふふふ」

 

いつものふわっふわの声で言うと、桜妃は駆け出してリオレイアの顔面を蹴り飛ばした。

その後も怒涛の蹴りを放つ桜妃に、慌てて逃げ出すリオレイア。

逃がす気のない桜妃の元へアーシェは全力疾走したが、彼女の一方的な攻撃に巻き込まれてリオレイアと一緒に吹っ飛んだ。

 

 

―――そうして桜妃が執拗に追い掛け回してリオレイアをボロ泣きさせた頃、そっと陰からメスのアイルーが出てきて「これをあげるから、もうやめてあげてほしいニャ…」と宝を差し出したことで狩りは終わった。

 

リオレイアはぐすぐす泣きながらアイルーを咥えて巣へ、桜妃は剥ぎ取った鱗をポーチにしまうとアーシェを引きずってギルドの元へ向かった。

 

 

 

 

翌日、二人の耳には紫の美しいピアスが輝いており、仲良く食材を買う姿に多くのハンターが舌打ちしたそうな。

 

なお、職務中に消えた例のアイルーは、何故かリオレイアの鱗を手に帰ってきたという。

 

 

 

 

 

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