いつものようにアーシェが狩りに行くと、
アーサーとアリスは髪色が同じで、それに合わせておそろいの服にする……と言ってももちろん、桜子にも共通する部分を作るのだが。
袖の部分を丁寧に縫う桜妃は、知らず知らずのうちに「かわいいかわいい
その姿は慈愛に満ちた美しいものなのに、どうしてかねこ丼は違和感を覚える―――が、そこは突っ込まない。突っ込んだら何か恐ろしいものを見てしまうような気がするからだ。
「かわいいかわいい わたしの子」
―――歌声から逃げるように、ねこ丼は外の花に水をやりに行く。
するとそこにはすでに小梅がいて、花の世話をしていた。
「…ニャ?ねこ丼、どうかしたのニャ?」
「………」
小梅は、桜妃に誠心誠意仕えている。
それは時々親が子どもの世話をするようであり、勝重たちのアーシェへの仕え方とは違う気がする。
……やはり、長く仕えているせいなのだろうか。
「…小梅さんは、どうしてご主人様のもとで働いているのニャ?」
ぴょんぴょん飛び出す雑草を引き抜きながら、ねこ丼は自然と小さな声で尋ねた。
小梅はその問いにしばらく黙っていたが、ねこ丼と同じく小さな声で伝えた。
「拾われたからニャ」
そう言うと、小梅は如雨露を傾ける。
美しい桃色の花弁に水滴が滴る様を見つめると、小梅は如雨露を静かに置いた。
「私は、ご主人様が駆け出しのハンターの頃に拾われたのニャ。まだ赤ん坊で…親も仲間も竜に食われて、草むらに転がっていたところを見つけてもらったのニャ。だからご主人様は私にとって恩人であり、家族なのニャ」
小梅は微かに聞こえる桜妃の歌に、耳を揺らす。
そして懐かしそうな、寂しそうな顔で壁の向こうにいるだろう桜妃を見るのだった。
「…ご主人様も、実のご両親を赤ん坊の頃に亡くしているのニャ。でもご両親の友人だった村長様が代わりに育ててくれて……ご主人様は本当は大きなモンスターなんて怖くて狩れないけど、でもハンターのいない村のために――恩返しのために頑張っていたのニャ。当時まだ子猫の私はオトモをすることができなかったけれど…家で待っていると、すごく嬉しそうな顔をしてくれたニャ。大きくなるまで一緒に寝てくれたのニャ…」
そこで小さく息を吐くと、小梅は再び如雨露を持ち上げて、蕾に水をかける。
どんどん水遣りをする小梅がチラリと見ればねこ丼が気まずそうな顔をしていて、小梅は少しだけ動きを止めると、「そうそう」と話題を変えた。
「ちなみに、旦那様は静養のためにご主人様の住む村にやって来たのニャ。あの村は温泉で有名だったのニャ」
「温泉…あ、もしかしてユクモ村?」
「そこまで有名なところじゃないニャ。でもそんな地味な所の方が静かでいいって旦那様は思ってたらしいニャ。けど、途中でモンスターの不意打ちにあって……事故で荷馬車から放り出されて、身につけていた武器と防具以外はすべて無くしてしまったのニャ」
「ええっ、それじゃあどうやって暮らしていくのニャ?」
「まあ、基本的にそういう場合は申請すればギルドを通じてお金を渡してくれるニャ。でも旦那様は身分証明に必要なものを無くしてしまって…しばらく無一文だったニャ」
これが無くしたのが大きな街であればお小言の後にカードも再発行してくれるのだが、街から遠く小さな村での紛失だとかなりの手間と時間がかかる。
そのため、上位ハンターだというのに新人ハンターと同じ扱いを受けることになったアーシェだが、悪いことは続くもので―――襲撃の際に足を怪我してしまい、採集クエストに出ることもできなかった。
しかも村は温泉を収入源に開かれているため旅人に冷たくはないが、そこまで優しくしてくれるわけでもない。何よりその時、あるモンスターの被害で食料調達が難しかったのである。
―――この現状に、流石のアーシェも途方にくれた。村長の温情で無償で手当をされ一時的に貸してもらった部屋で今後どうするか悩み、最悪作ったばかりの防具を売るかとも考えたらしい。
―――そんな時に手を差し伸べたのが桜妃で、アーシェを桜妃の家に連れ帰りしばらく養っていたのだそう。
最初は遠慮し肩身が狭い思いをしていたアーシェも、桜妃に「怪我が治ったら狩りを手伝って欲しい」という頼みごとを受けることで少し気が楽になり、治療に専念することができた。
そしてやっと怪我が治りリハビリも終え、ダメダメハンターの桜妃の願いも叶えても―――アーシェは街に帰ることができなかった。
「どうしてニャ?まだ何か――あ、証明証がなかったから?」
「いや、それは見つかったのニャ。ちゃんと帰ることはできるし、恩も返した。それでも、旦那様は街に行けなかったのニャ……ご主人様の食事が忘れられなくて」
「えっ」
アーシェは今まで、外食で食事を済ませてきた。
たまに自炊をしてみるも、どんなに頑張っても不味い出来で、結局外食ばかりになる。そのためその日の気分で厚い肉などの脂っこいものや好物を適当に食ってきたのである。
ずっと街で生きてきたせいか周りの影響か、それを悪いと思ったことはなく、むしろ飲食店の数も多くて飽きることがないとすら思っていた―――そんな日々を過ごしていたアーシェが桜妃に保護されていた間に出された食事はバランスを考えた、街では地味と笑われるような家庭料理である。
荒くれ者のいない、少女と猫たちの穏やかな食事、そして胃と体に優しい料理は、天涯孤独の身の上である彼にとって、とても素晴らしいものであったのだ。
あのひととき、そしてあのホッとする味が忘れられないアーシェはそのまま桜妃の家(他にハンター用の家がなかった)に住み続け、まあ自然な流れで交際し―――今に至るのだそうだ。
「旦那様はご主人様の料理が本当に楽しみなのニャ。でもそれ以上に、ご主人様とのんびり時間を過ごすのが大切なのニャ。……お互いが、お互いがいないと死んでしまうほどに想い合っているのニャ」
「相思相愛ってやつかニャー」
「……そうニャね」
二匹は顔を見合わせて笑うと、家の中から桜妃が二匹を呼ぶ声が聞こえた。
「お茶にしましょう」と呼ぶ桜妃に二匹同時に返事をすると、仲良く家の中に戻ったのである。
するとそこで、床に倒れぐっすりと眠っている桜妃を見つけたのであった………。
*
アーシェは狩りから戻ると、ギルドからお金を貰い場内にある酒場でお茶だけ貰って休憩してから集会場を出た。
そのまま長い階段を降りようとすると、一人の男が佇んでいるのに気づく。
「…あれ、あの人、今朝会った人ニャー」
「ほんとニャ。誰か待ってるのニャー?」
不思議そうに囁きあうオトモをチラリと見たアーシェは何も言わずに階段を下り、少し頭を下げて男のそばを過ぎようとした―――その瞬間、男は「すまない、」と口を開く。
「ひとつお尋ねしたいのですが。あなたはどこの出身ですか?」
その問いかけに、アーシェはいつもの変化のない表情で答えた。
「……ユクモ」
「―――そうですか」
小さく息を吐いた男。そのまま特に話すこともないようで、アーシェは黙り込んだ男にもう一度軽く頭を下げると、階段を降りようと足を下ろす。
過ぎ去る寸前に横目で見ると、ほんの刹那、男と目が合った。しかし両者何も言わず、何事もなく別れたのである。
けれど何故か、嫌な予感が、した。
なお、帰宅したアーシェは玄関先で死んだように眠る桜妃に驚いてオトモを巻き込んで後ろにすっ転んだ。ちょっと泣いた。
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