竜は今日も幸せな夢をみる   作:ものもらい

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6.旦那様は残念すぎる

 

 

 

アーシェは、珍しく今日は狩りに行かないらしい。

 

今は二人仲良くソファで隣り合って座り、一日中アーシェがいることが嬉しい桜妃(さき)によって彼の髪は二つ結びにされたりお団子にされたりと玩具にされている。

 

それでもアーシェは特に不機嫌になることもなく、お揃いの桜の花飾りを付けあいっこしている。これだけ見ると幸せな二人というほのぼのした光景で済むが、二人のそばに人形が腰掛けているためになんだか薄ら寒いものをねこ丼は感じていた。

 

しかし他のアイルーたちは気にすることなく、勝重は腹筋をし小刀祢は棒を振って腕を鍛えている。小梅はお茶の準備をしており、居場所がなさげなねこ丼に気づくと手招きをした。

 

「そのお菓子はどうしたのニャー?」

「隣の奥様から頂いたのニャ。ねこ丼、一応毒見をしてくれる?」

「ニャっさー!」

 

毒見として小皿に乗せられた一つを食べると、しっとりした食感と品のいい甘味に頬が落ちそうになる。

 

「小梅さんは食べないのニャ?」

「私はお腹いっぱいニャ」

 

そうなのか、と思ったねこ丼だが、貰ったお菓子の皿に乗せられたお菓子の量を見て遠慮しているのではないかと思った。アーシェたち用の皿以外にも勝重たちの分が一つずつ分けられているが、小梅の分はない。先程までお茶の準備や食器の片付けをしていたのだから、先に食べていたというわけでもないだろう。

 

どうやらアーシェたちの分はそれぞれの味が二個ずつ揃えられて盛られており、ねこ丼たちにはその余りを出しているようだし―――ねこ丼は半分ほど残ったお菓子を見つめると、小梅に差し出した。

 

「小梅さんは細いから、無理してでも食べるべきニャ。僕の食べかけで悪いけど…これ、どうぞ」

「え、あ、いや、本当にいいのニャ。それよりねこ丼の方が…体も小さいし」

「そ、そんなことないニャ!……いいから食べるニャ!」

「ちょっ………」

 

無理矢理食べさせると、小梅は最初不機嫌そうだったがすぐに嬉しそうな顔をした。小梅の口にも合ったようである。

 

「……まったく、ねこ丼は女の扱いがなってないニャ。今度それをやったらご主人様に苦情を入れるニャー」

「えっ、そ、それは嫌ニャー!」

 

桜妃が激しく怒ったり折檻する様を想像することはできないが、最悪それをアーシェが聞いてたら注意かお小言をもらうかもしれない。

―――もうこの時点でアーシェたちへの信頼は厚いのだが、未だ彼に本能的に怯えてしまう身としては呼び出しは受けたくないものである。

 

小梅はねこ丼の正直な反応にくすくす笑いながら、主にお茶と菓子を差し出しに行く。

危なっかしく思えたねこ丼がお茶を持つと、小梅はまた笑った。

 

「ご主人様、お菓子とお茶をどうぞ」

「まあ、ありがとう小梅にねこ丼」

 

微笑む桜妃、その隣にいるアーシェは「ん、」とカップを少し掲げるだけだった。

長い三つ編みにしていた髪はお団子にされていたが、当人は特に気にしていないようだ。

 

「可愛いお菓子ねえ……ああそうだ、アーシェ、昨日届いたカタログ、見た?」

「いや…何のカタログ?」

「防具と武器よ」

「…れ、れうすは…レウスは見逃してくれ…」

 

何故か怯えるアーシェに、桜妃はうふふふ、と笑みを浮かべて席を立った。

そして本棚から一冊の本を取り出すと、また席に戻ってアーシェに見せた。

 

「見て、今回はとても可愛らしい装備が多いのよ」

「あ……ああ、うん、それならいいと思う」

「でしょう?特に――そう、これ!このブナハ装備というの、いいと思わない?」

「ああ……」

「男の人のも可愛いの。だから一緒に着ましょう?」

「えっ」

「え?」

「…なんでもない」

 

アーシェは気まずそうにお茶を口に含んだ。

不思議そうにアーシェを見ていた桜妃だが、「これ面白いニャー」とカタログを覗き込んだねこ丼に目を向けた。

 

「どれどれ?」

「これですニャー。カボチャ装備ニャ」

「へえ、これもいいなあ。どう思う、アーシェ?」

 

桜妃が隣を見ると、アーシェはジッとカタログを覗き込む。そして―――

 

 

「これ……格好いい……」

 

どうやら、意外にもマギュル装備の男性版を気に入ったようだった。

意見一致した二人がきゃっきゃうふふと盛り上がっていると、気になったらしい小刀祢がカタログを覗き込み、「えっ」と声を上げた。

 

「これ…これ!?ちょ、ご主人様、これはアカンですニャ!ただでさえご主人様は無口すぎて周囲に余計なプレッシャーかけてるのに、こんな装備着たらもっとハンターさんたちが近づかなくなるニャ!」

「えー、これそんなに怖いニャ?」

「怖いとかそういう問題じゃニャくて、近寄り辛さが増すんだニャ!こういうのは冗談好きな明るいヤツが着る分には良いけど、ご主人様みたいなミステリアスすぎるひとはダメニャ!どういう反応すればいいか困るうえに、こんな無口なカボチャ男と出会ったらお菓子あげる前に殺されそうニャー!通報されるニャ通報!」

「つーほー?それってお断りの言葉じゃないの?」

「違いますニャ奥様!」

「………じゃあ、喋ればいいのか?」

「いや、それはそれで怖いニャっ。急に饒舌になるご主人様はなんか怖いニャ!」

「……………」

「そんなしょんぼりしないでくださいニャー!」

 

残念そうに俯くアーシェの腕を突き、桜妃はいつものふわっふわの笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、私と狩りにお出かけするときに着ていきましょうよ。二人で着ればみんな気にしないわ」

「そうかな…」

「ええ!一人だから目立ってしまうのよ。だからこれを作りましょう?」

「…そうだな」

 

素材集め頑張りましょうね、と手を握る桜妃のふわふわした髪を撫でるアーシェ。心なしか彼の雰囲気が柔らかく感じた。

 

 

「でもやっぱり、ブナハも欲しいな……」

「えっ」

「だってかわ…。…………」

「えっ」

 

 

話の途中で、桜妃はアーシェの腕にもたれて眠ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、お弁当」

「ありがと」

 

幸せな休日も終わり、爽やかな朝がやって来た。

それに相応しい綺麗な布で包まれた弁当を片手に、アーシェは眠たげな桜妃から頬にキスをされた。

 

「…寝てていいんだぞ?」

「ううん。大事なことだもの……」

 

例の症状と戦っている桜妃は何度も目を擦り、少し眠気が治まったのかもう一度キスをした。……その足元で、本日のオトモこと小刀祢と勝重は居辛そうにそわそわしていた。

 

「浮気、しないでね」

「……したことないだろ」

「……。………へえ」

「………したことないよ」

「………」

「………」

「…浮気したら、剥ぐからね」

「お、俺はお前一筋だろ」

 

珍しく声を震わせたアーシェは、ごほんと咳き込むと自分から桜妃にキスをした。

それに嬉しそうな顔をする桜妃の頭を撫でると、名残惜しげに手を離した。

 

「じゃあ、行ってくるな」

「うん。………危ないこと、しないでね」

 

最後に一度だけ振り返ったアーシェは、そのまま静かに家を出ていった。

その後をてくてく付いていくアイルーたちは、集会所に向かう道の先で見慣れないハンターを見つける。

 

「あれ、新人さん……いや、新しく越してきたハンターさんかニャー?」

「みたいニャねえ。ちょっと怖いかも……」

 

こそこそと喋るアイルーたちをチラッと見たアーシェは、特に何も言わずその男の隣を通った。

 

そのすれ違いざま、男がジッとアーシェを見ていたことに、彼は気付かなかった。

 

 

彼の頭の中には、愛妻弁当のことしかなかったのである。

 

 

 

 

 

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