竜は今日も幸せな夢をみる   作:ものもらい

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5.旦那様は弱すぎる

 

 

 

色んな意味で泣き喚くオトモを連れてキャンプ地に戻ったアーシェだが、どういうわけか約束の時間になっても猫タクが来ない。

 

それでも待ち続けるアーシェたちであったが、泣き疲れたオトモを見たアーシェが魚を調達し、黙々と串に刺して焼き始めた。遅い昼食にねこ丼は涎が垂れそうになった。

 

しかししょんぼりしている勝重のせいで大変重苦しい空気なので、空腹より居辛さが勝ったねこ丼は、恐る恐るアーシェに話しかけたのである。

 

「だ、旦那様」

「…?」

「あの……お体、大丈夫なのですかニャ…?普通、そのぉ…こんがり焼けてるんじゃ…」

 

心配そうなねこ丼をジッと見つめたアーシェは、項垂れている勝重を突いた。

ぐずつく勝重が不思議そうに見上げると、アーシェは短く「お前、先輩だろ」とだけ言ってねこ丼に目を向けた。

それにしばらく沈黙していた勝重だが、たちまち元気になってねこ丼の肩を掴んだ。

 

「ひぇっ!?」

「ニャんだ、ニャにが聞きたいんだニャ!?ご主人様に長年お仕えしているこの先輩様が教えてやるニャー!」

「え、あ、あ、……だ、旦那様はどうしてこんなに頑丈なのニャー?」

 

質問を微妙に変えると、勝重は自分のことのように胸を張った。

 

「ご主人様は、普通のハンターとは違うんだニャ」

「ニャ?」

「ご主人様は……火山育ちのハンターニャのニャー!」

 

どやあ、と告げる勝重が言うには、アーシェは赤子の頃、火山で生まれたらしい。

灼熱の暑さに耐え、生き延びたアーシェは普通のニンゲンよりも火に強く、どんな火竜の攻撃を受けても火傷を負ったことはないらしい。

 

なんだそりゃと思ったねこ丼だが、アーシェが普段の静かな表情のまま頷くのを見て、そして防具の惨状を見て―――信じることにした。

 

なんだか滅茶苦茶な話のような気がするが、もういい。火山生まれはすごい、それでいいや。

 

 

「……できたぞ」

 

空腹で投げやりになってきたねこ丼は、パッと顔を輝かせてアーシェを見た。アーシェは焼けた串を手に取り、「食え」と魚を手渡してくれる。

 

そう、魚…を…………

 

 

「……これ……ほとんど灰……」

「食え」

「あ、はい……灰……」

「お前も」

「有難き幸せ――ッ!」

 

 

受け取り口をつけたものの、あまりの苦味にねこ丼は三口で止まった。

嬉しそうに受け取った勝重は完食したが、そのすぐ後に白目を向いて倒れた。

アーシェは魚(※灰です)を二匹完食したが、倒れることも咽ることもなくいつものクールな表情で火の調節をしていた。

 

それを見て、ねこ丼は思った。

 

(……火山生まれって……すごすぎ…………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――まったく猫タクが来ないので、暇つぶしにアーシェは木の実を採取したり草食獣と戦うねこ丼を助けてくれたりと主にねこ丼の訓練に時間を使った。

 

 

すると例のリオレイアがやって来たのである。

 

「ご主人様、お供しま……ご主人様?」

 

羽をバッサバサと動かし、吼え、火の玉を吐くリオレイアの威嚇を余裕で躱したアーシェは、勝重たちを置き去りにどんどんリオレイアへ近づいていく。

そして、あまりの接近にビクつくリオレイアの鼻先に、太刀を突き出した。

……しかしそれだけで攻撃をしないアーシェに、リオレイアはすぐさま炎を吐き出すが――太刀でかき消された。

 

その動じなさに恐れたのか、まったく炎に身構えないアーシェに背を向けて、リオレイアは飛び上がってまた別のエリアに逃げ出していった。

 

「旦那様、あのリオレイア倒さないのニャー?」

 

不思議がるねこ丼に、アーシェからの返事はない。

その代わりとばかりに勝重が声を上げた。

 

「いくらご主人様が強くても、こんな装備じゃ狩りに行くの大変ニャ。ご主人様は火に強くても、爪で裂かれたら無事じゃすまないニャ」

「あ、そっか…」

「…でも、ちょっと勿体ない気もするニャ……あのリオレイア、ちょっと小さいけどけっこう綺麗な色してたニャ」

「ああ、確かに。でもちょっと焦げてニャかった?」

 

初回と違って落ち着いていたからか、二度目に見たリオレイアは焼き焦げた痕が見えた。

何があったのだろうと思っていると、遠くでリオレイアの悲鳴が聞こえた―――。

 

「ニャ!?」

「なんニャ……ええっ!?」

 

ベースキャンプ方向の空で、二頭のリオレイアが争っている。

どういう理由で争っているのかは不明だが、両者は同じ種なのに体格がかなり違った。おそらくねこ丼たちが遭遇したリオレイアが小さい方だろう。

 

「同じ仲間じゃニャいのかニャー?」

「あいつらは仲間意識ニャんてないニャ。きっと縄張り争いをしているんだニャー……あっ、小さい方、蹴りをモロに食らった!」

「うわあ、落ちたニャ!落ち―――あっ、旦那様!?」

 

急に駆け出したアーシェの姿は、すぐに木々に隠され見えなくなった。

追いかけてみるも見つからず、結局自分たちが迷子になる前にとキャンプ地に戻ると、ますますあのリオレイア二頭の争いを近くに感じる。

 

「こ、こっち来たらどうするニャ…?」

「え、あ……そ、そそそんなことないニャ!だ、大丈夫ニャ!」

 

とはいえ不安すぎる。

オトモ二匹はすぐ別のエリアに逃げられるよう身構えていると、リオレイア(小)の甲高い悲鳴とリオレイア(大)の雄々しい声が響いた。

 

「ひっ」

 

思わず硬直してしまうと、力強い羽ばたきの音が聞こえ―――

 

「う、うニャ…?」

 

見上げると、青い、蒼い―――美しい煌きが見えた。

 

まるで誘われたように、よく見える位置へと這ったねこ丼は、空に青空よりもなお蒼い火竜を見る。

 

大きな体に相応しい立派な羽、離れていてさえ心臓が苦しくなるような威圧感。咆哮ひとつでねこ丼の体は破裂しそうだ。

 

 

「あ、あれ……蒼火竜…リオレウス亜種……ニャ、ニャんで、よりにもよって――ご主人様がいない時にィィィィ!!!」

 

勝重の叫び。それをかき消すように勝利間近だったリオレイアは吠えた。元々殺気立っていたからか、蒼火竜の登場に引く様子は見えない。もしくは自分よりも強者を目の前にしてヤケクソになっているのだろうか。

 

リオレイアは動じない蒼火竜に、火炎を吐こうと口を開けた―――瞬間、今まで動く様子を見せなかった蒼火竜が迫る。体当りするようにリオレイアを吹っ飛ばすと、吹っ飛ばされたリオレイアは悲鳴を上げ、それ以上は攻撃しない蒼火竜から一目散に逃げ出した。

たったあれだけの一撃、それも体当たりひとつとっても自分では敵わないことを、やっと思い知ったのだろう。

 

蒼火竜は泣きそうな声を出す小さな体格のリオレイアを見下ろすと、そのまま降りてしまった。

そしてしばらくして二頭は空に舞い上がると、フラフラするリオレイアを先導して遠くへと飛び去ってしまった。

………その際、リオレイアは甘えたような声を出して蒼火竜に付いていったような気がする。

 

 

「……び、びっくりしたニャ…なんだアレ…」

「ていうか、ご主人様は無事かニャ?巻き込まれてたら……やっぱり探しに…いやでも…うー」

 

――――今後の行動が定まらない二匹だったが、一時間もしないうちにひょっこりアーシェが帰ってきた。

珍しく疲れたような顔をしたアーシェは、手に綺麗なリオレイアの鱗を一枚持っている。

 

「ご主人様、無事でしたか!?一体どこへ行ってたんですニャ!?」

「………あの…森の方…」

「急に走るからびっくりしたニャ……ていうかその鱗、どうしたのニャ?」

「…………押し付けられた」

「「え?」」

 

聞き取れなかった言葉にオトモ二匹が首を傾げると、小さな足音が聞こえた。

すると顔を上げたアーシェの表情が強張り、急に顔色も悪くなる。

もしかしてモンスターが!? と二匹が振り向くと、そこには猫タクを降りてこちらにやって来る桜妃(さき)がいた。

 

初めて会った日の―――あの可憐な装備を身につけた彼女の足元には小梅と小刀祢がおり、目が合うと微笑んでくれた。

 

 

「……みんな怪我はない?」

「ないニャ!ないけど……どうしてご主人様がここに?」

「リオレイア二頭が争っているせいで猫タクが通れないと聞いて、ご主人様は旦那様を心配して駆けつけてきたのですニャ」

 

答える小梅に、ねこ丼は「なるほどー」と頷いた。もしかしてあのリオレイア(小)は一度リオレイア(大)に負け、苛々していたところで自分たちを見つけて八つ当たりしてきたのかもしれない。そして逃げ帰るもリオレイア(大)に見つかった……とか、そんなところだろうか。

 

適当に想像したねこ丼はもう一度ご主人様を見つめる……やはり、どう見ても火竜を狩るとは思えない装備である。

死にに来たとしか思えない姿の桜妃は、じっとアーシェを見つめていた。

 

「……………」

「……………」

 

両者、沈黙である。

アーシェはともかく、常にふわっふわ状態の桜妃が黙り込むのを初めて見た気がする。

しかも心なしかアーシェはビクビクしているような―――オトモたちは思わず口を閉ざし、二人を見守った。

 

 

「……あの……」

「……………」

「……その……」

「……………」

「……ご、ごめん………」

 

何故か謝りだしたアーシェに、桜妃は重たく息を吐いた。

 

「…―――本当よ。そんな格好で……どうして装備が溶けてるの?危険なこと、してたの…?」

 

泣きそうな声に、一瞬アーシェの顔は安堵した。そしてすぐに表情を変え、「ちょっと面倒なのに絡まれて…」と言葉少なに説明した。

言ってしまえば事故のようなものだと言えば、桜妃は「……そっか」と言って猫タクに乗せていた毛布を取り出す。

 

「無事で良かった。さあアーシェ、これでも被って体を温めて。早く帰りましょう?」

「ああ…」

 

桜妃はアーシェに毛布を被せると、ニコニコしながら猫タクに乗せた。それに続くようにオトモたちも乗り込めば元気よく猫タクは走り出す。

アーシェの隣に座った桜妃は暖かい飲み物をアーシェに手渡しながら言った。

 

 

「アーシェ、」

「ん?」

「私ね、あの綺麗な蒼火竜で、防具を作りたいわ」

 

 

アーシェは土下座した。

 

 

 

 

 

.

 

 


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