この家は、やたらと花とハーブが多い。
鉢は置かれるものだけではなく吊るされたものもあり、小梅が毎日丁寧に世話をしなければひどいことになりそうだ。
他にも花瓶や平皿に花を盛り付けられているので、何も知らない人が来たら絶対にハンターの家だとは思わないだろう。ねこ丼は白いレースのカーテンを汚さないよう気をつけながら窓硝子を拭いた。
本日もアーシェたちは狩りに行き、家にいるのは小梅と
「そろそろ、咲きそうね」
ふっくらした蕾を撫でながら、桜妃は如雨露を隣の鉢に向けた。
今日も狩りに行くことはできない彼女は、のんびり花たちに水を与え終えるとゆったりした足取りで如雨露をしまい、手を洗ってからソファに座る人形に手を伸ばした。
「さあ桜子、髪を整えましょうね」
「桜子」は桃色の髪の少女の姿をした人形である。
小梅から聞いた話だと、この高級な人形はアーシェが買い与えたものであり、他にも数体ある。
名前は桜子だったりアリスだったり、アーサーというのもある。毎日暇な桜妃はこの人形を着せ替えたり抱き抱えて陽に当たるのを好み、そのまま寝てしまうことも多い。ある意味アーシェよりも長い時間を共にしている人形だ。
桜妃はこの人形たちの服を作って一日を過ごすことも多く、ゼンマイが切れた人形のように突然眠ってしまう彼女には丁度いい暇つぶしだとねこ丼は思っている。
(しかしアレ、確かに綺麗だけどなんか怖いんだよニャあ……)
例えば夕暮れどき、夕日が差し込む中、調理中の桜妃を見つめるようにソファに置かれた人形なんて、見ていてゾッとする。
しかしいくら怯えても、ねこ丼は――ねこ丼たちは、桜妃に怯えている姿を見せることはできないのである。
―――というのも、あの普段物静かで何か命じることもないアーシェがわざわざ個室に呼び出し、例の人形に怯えない・触らない・壊さないを厳命したからである。別に暴力的な男でもないのに本能的にアーシェに怯えているねこ丼はもちろん、即頷いた。
もしなんらかの間違い、悪ふざけであの人形を傷つけた日には、生きたまま腸を引きずり出されて外に吊るされそうだと思っていた。
「桜子様はお花柄が似合いますね」
「でしょう?」
小梅が褒めるのに桜妃は心底嬉しそうな顔をする。
「次はやっとアーサーの服を作るのよ」と言いながら人形の頭を撫でると、順番待ちのように桜妃のそばにある人形を抱き上げた。
鼻歌交じりに髪を整え服を着替えさせた桜妃は、そのまま人形たちを抱えて陽に当たり、気持ちよさそうに眠りについたのであった。
*
―――お昼頃、桜妃はやっと目が覚めた。
一人と二匹で遅い昼食をとり、布と糸、野菜を購入するために出かけようという話になり、ねこ丼は不安になった。
なぜなら、ねこ丼が来て二週間が過ぎても、桜妃がアーシェの付き添いなしに買い物に出かけたところを見たことがないのである。
「ニャニャ、ご主人様、僕たちが買いに行きますニャよ?」
「そんな不安そうな顔しなくても大丈夫よ。さっきお昼寝したから夜までちゃんと起きていられるから」
「でも…」
「それに、布は実際に見ないと……長居はしないし、お店もここから遠くないもの。アーシェだってこれくらいならオトモ付きならいいって言ってたから」
「ニャ…小梅さん…」
「大丈夫ニャ、今までも私と一緒に買い物に出かけていたけど、道路の真ん中で倒れこむなんてことはニャかったし。たまに店内で寝かけたりフラフラしちゃうけど、毎回……あー…毎回、無事に帰って来れたニャ」
「小梅さん、やっぱり不安ですニャ……」
しかしねこ丼の意見は通らず、一人と二匹は出かけることになった。
上機嫌の桜妃は初めて会ったあの日のように軽やかな足取りで、蝶のようにふらふらとあっちへそっちへと歩くのでねこ丼はただ付いていくだけでも非常に疲れる。
ひとまず布を見ることにした桜妃の足元で思わず座り込んでいると、若い店員が笑顔であれこれと布を見せて広げていく。その後場所を移動しましょうとお茶を差し出されてのんびり店員とお喋りをし、値引きしてくれた布をねこ丼は担ぐ。店員はずっと店の前で見送っていた。
そのまま離れた店に入り、野菜を手に取ってみる。するとオマケということで果物を何個も渡される。「まあ美味しそう」と桜妃が嬉しそうに微笑むとさらにもう一個。
「また来てねー!」と叫ぶ店長であったがその後、奥さんに怒られたようだ。
帰り道では狩りから戻り、そのまま酒場に行こうと談笑していたハンターたちと遭遇。すごく元気のいいハンターたちに、桜妃は「アーシェがお世話になっているから」と果物を差し出す。すると綺麗な石と鱗を貰った。「きれいねえ」と陽に透かす桜妃に、彼らは「一緒に飲みに行きませんか」と大胆にも誘ってきた。
しかし桜妃が返事をする間もなく、銀髪のガンナーが暴れる草食竜に跨ってヒャッハーしながらハンターたちに激突。
吹っ飛ぶハンター、ガンナーに食ってかかるハンターとまったく反省してない酔っ払いガンナーで喧嘩が起こるも、殴り合いになる前に双剣を背負ったハンターが風のように素早く割って入り、謝罪するやいなやガンナーを抱えて逃げ出した。
それを追うハンターたちを「あらあら」と見ていた桜妃は、不意に腕を掴まれて背後を振り返る。―――狩り帰りのアーシェがいた。
「お帰りなさい、怪我はしなかった?」
「それ、こっちの台詞なんだが……なんださっきの」
「すごい美人だったニャー」
「でもなんかダメ人間ぽかったニャー」
ぴょんぴょん跳ねながらハンターたちを見る勝重と小刀祢は、足だけでなく防具にも泥がこびり付いているものの怪我はなさそうである。
「そんなことよりアーシェ、これあげるね」
「なん……何で火竜の逆鱗なんて持ってるんだ」
「さっきの人たちに果物をおすそ分けしたら貰ったの」
「………」
「これ、あなたの落し物じゃないの?」
「おま……イヤリングとかじゃないんだから……」
そう簡単に落とすわけないだろ、えー?…と呑気に不思議な会話をする主人たちにアイルー三匹は不思議そうな顔をした。
それに気づいたアーシェは鱗を勝重に持たせると、「その鉱石は?」と尋ねる。
「これ?これもさっき貰ったの―――ああでも、いくら最近野菜とか果物が高値だといってもこれじゃあ、お釣りが出ちゃうようなお返しよねえ」
「………おまえ、しばらく外出るなよ」
「えー」
呆れたような顔をしたアーシェは、結局鉱石も没収する。
そして桜妃の手をしっかり繋いで、オトモを四匹連れて家路を歩いたのであった。
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