竜は今日も幸せな夢をみる   作:ものもらい

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17.旦那様は天然かもしれないがそれ以上に繊細だ

 

 

 

―――昔々、ある王国のお話です。

 

その国には素晴らしい王様がおりましたが、生まれてくる御子の多くは「魔女」に呪われ幼くして亡くなってしまいました。

 

このことに深く嘆かれた王様は、信頼している「魔法使い」に相談します。一体どうしてこんなことになったのかと。

 

 

「それは王様、あなたさまは何も悪くございません。全てはあなたさまの御子、三番目のお姫様が原因なのです」

 

魔法使いの言う「三番目のお姫様」は、唯一魔女の呪いがかからずにすくすくと育たれた御子。いつも優しく微笑まれる、花のように可憐な方でした。

 

自分に似たこの姫を王様はとても可愛がっておられましたので、魔法使いの言葉に今にも怒り出しそうになりました。

けれど「呪い」を解くことが出来るかもしれない可能性を思って、魔法使いを睨みながら先を促します。

 

「残念ながら、お姫様は魔女の呪いの元なのです。お姫様は周囲の命を啜って、ああも美しく育たれているのです」

 

 

―――しばらくして、王様はお姫様を国の端にある塔に閉じ込めました。

王様はお姫様を信じてあげたかったけれど、魔法使いの言う通り、彼女だけが呪われることなく、体を損なうこともなく、無事に育ち周囲を魅了する美しさを持っている意味を考えると、途端にお姫様のことが怖くなったのです。

 

そしてお姫様が塔の暮らしに慣れる頃。

魔女の呪いに苦しめられていた御子たちは、少しずつ体調が良くなり。城は少しずつ賑やかになりました。

―――この「証明」により、お姫様は期限付きだった塔の暮らしを、一生強いられることになるのです。

 

 

そのせいで、優しいお姫様が閉じ込められた塔は、「魔女の塔」と呼ばれ、民から恐れられ、忌み嫌われるものになりました。

 

 

「お父様は、もう来てくださらないのね」

 

―――15の誕生日。

毎年誕生日だけは会いに来てくれた王様は、ついに会いに来なくなりました。

 

お姫様は一人俯き、寂しい誕生日の夜を迎えていると。

 

 

大きな大きな竜が、お姫様の住む辺境の地に、降り立ちました。

 

 

 

 

 

 

 

「―――…あの、アーシェさん。何してんの?」

「………。紙芝居見てる」

 

 

朝の、集会所前の広場。

 

数人の子供たちに混ざってアーシェは中年男性が語るおとぎ話に聞き入っていたのだが、そのシュールな光景を無視できなかった保食(うけもち)に肩を叩かれ、ずるずると紙芝居の輪から離されていった。

 

「あのさ、そのごつい装備でそれはあかんでしょ。俺ビックリして目が覚めちゃったよ」

「よかったじゃないか」

「いやよくないよ!そのせいで齧ってたパン落としちゃったの!!可愛い彼女が初めて作ってくれたのに!!どーしてくれんのよ!」

「えっと…おにぎり食べるか?」

「いらねーよバーカ!」

 

十分に子供たちから距離を取ると、保食はアーシェから手を離して大きく息を吐いた。

 

「お前さあ、こんなことしてる暇ないんじゃないの?なにやってんのよ」

「いや、俺も狩りに行くつもりだったんだが…集会所で泥棒だか何だかが入って、とてもクエスト頼める雰囲気じゃなくてな…」

「え、泥棒!?集会所に!?」

「ああ…金とかは盗られてないみたいで、おそらく裏の情報狙いだったんじゃないかってさ」

 

この街もなかなか大きい。そのため色んな情報がこのギルドに集まる。

すると公開されない、隠された情報を求める命知らずな盗人も街に住み着き、得た情報を裏の人間に流すことで金を得る―――これ自体は別に、珍しいことではない。

 

大抵は無謀なことをしでかす盗人はすぐ捕らえられるし、普通はもっと上手い手を使って情報を仕入れるもの。だというのに今回は、盗人に好きに情報を探られ楽々と逃げられたらしい。

 

「あーあ、こりゃあおっさん、上に怒られるなあ。きっと姑にいびられる嫁のごとく」

「そんなので済めばいいけどな。なんでも、盗られた情報って……ん?」

「どうしたよ」

「……いや…"おっさん"って、八倉姫の叔父だよな」

「あん?そうだけど」

「……盗られた情報のひとつは、()()(ター)の個人情報も含まれてたらしいぞ」

「えっ、やだんっ、怖ぁ―――あ。」

「………」

「………」

「………リヴェルじゃ、ないよな……?」

 

恐る恐る口にしたその名前に、保食はひくりと頬を引きつらせた。

 

「いや…まさか……そりゃ…なんかあいつ…おっさんに気に入られてたけど……まさかあ」

「……でも、調べによると犯人は鍵を使って侵入した可能性が高いらしいし…」

「いやいや、確かにあのおっさん、人が良いっていうか!あんま人を疑うことはしない人だけども!おっとりした人だけども!流石に鍵盗られたら気づくって!ちゃんとそういうのの管理が出来る人だって!」

 

必死に擁護する保食だったが、言えば言うほどそうとしか思えないことに気づいて黙り込む。

紙芝居の声と元気な商売の声が二人の間を通り抜けると、保食は深刻そうな顔でアーシェを見つめた。

 

「……だとしたら……いいか、そうだったとしたら、だ。―――お前、大丈夫なのか?」

「えっ」

「あ、ほら…なんかリヴェルに調べられてたから……まずいようなら、早めにここを出た方がいいかもしれねーぞ」

「……でも…桜妃の体調はまだ悪いし……色々準備が…」

「おにぎり作れるくらいには回復したんだろ?最悪、家の管理はしてやるからさ、必要なもんだけ持って夜逃げすんのも手だぜ?」

 

声を潜めて言う保食に、アーシェは真面目な顔で告げた。

 

「……このおにぎりは俺が握ったんだ」

「えっ。嘘、お前…それくらいは出来たの!?」

「失礼な。流石に米炊きの火は猫に面倒見てもらったが、仕上げに俺がちゃんと上手に握ったわ」

「ああ、それなら…よかったー、お前も最低限の料理は出来るんだなあ。ちなみに出来はどうよ?」

「ほら……美味しそうだろ、これ」

「……。…なんで焦げてんの?」

 

ポーチを探り、自信たっぷりに保食におにぎりを見せる。

出されたそれは、味噌だれも醤油だれも何もかかっていない、ただの不味そうな焦げた握り飯だった……。

 

「乗り気で握ってたらこんなことに」

「握るだけで焦げるってお前の手はどうなってんだよ。もう水の中で握れよ…」

「そしたらおにぎり作れないだろ……それに、桜妃だってこれ美味しいって…」

「それね、彼女の優しさだからね。きっと本心じゃないよそれ」

「………」

 

保食の言葉に傷ついたのか、アーシェは「そんなことない…」と言って彼に背を向ける。

そのままトボトボと歩き出せば、保食が「予定決まったら連絡しろよー」と声をかけ、アーシェは振り向くことなく手を振った。

 

 

(……そんなに不味いだろうか…)

 

丸焦げでない分、まだ美味しいと思うのだが。それにこの程度の焦げなら全部まるっと食べられる―――そう思うと、彼としては"自信作"と言いたい。

 

けれど料理上手からしたらだいぶ駄目だったようだ。……桜妃も、本当は保食のように思っていたのだろうか……でもおかわりしてくれたしな…、とアーシェは俯き、「うーん」と小さく唸り声を上げる。

 

しかし装備が怖すぎたせいか、急に唸りだした鎧男に店の準備をしていたお婆ちゃんが悲鳴を上げて転んだ。ちょっと泣きそうになったアーシェだった。

 

「……ん?」

 

そうだ頭装備を取ろう、と兜に手を伸ばしたところ、どこかで見たことのあるような娘が路地裏で蹲っている。

二三歩で表通りに出られる位置にはいるが、基本的にこういった暗がりで何かあっても表の人間は見て見ぬふりをすることが多い。もし逃げ遅れれば助けてもらえる可能性は低いだろう。

近づけば蹲っている娘は身奇麗な姿をしている。これはいいカモにされるな、とアーシェは声をかけた。

 

「…あの」

 

呼びかけるも、兜を通して響く声は恐ろしげだ。振り返った娘もそう感じたらしく、息を飲んで奥へと逃げようとした。

 

「あ、いや、待て。違うんだ―――ほら、俺だ」

 

急いで兜を脱ぐ。さらりと髪が揺れるのと彼女が目を見開くのは同時だった。

 

「ぁ、……アーシェ、さん」

「ああ。久しぶりだなエリエス。……具合悪そうだが、大丈夫か」

「………」

 

さっと視線をそらしたエリエスは、震える指で周囲に散らばっていた鞄と鍵、薬をかき集める。

 

「……気にしないでください。ちょっと…目眩がして。休んでただけです。落ち着いたら家に帰ります」

「ならここで休むな。家に帰れなくなる―――広場に連れて行こうか?あそこなら休んでても…いや、医者の方がいいか」

「いえ、ほんとに放っておい…っ、……ぅぅ、」

「おい!?」

 

胸元の辺りを掴み、苦しげに息を吐くエリエス。どんどん顔色の悪く彼女に、アーシェは兜を被り直すと躊躇することなく彼女を抱き上げた。

 

「医者に連れてく。君のかかりつけの医師はいるか?」

「……。……と、なりまち……だから……」

「隣街……じゃあ、ミーアさんのとこに連れて行ってもいいか?すぐ近くなんだ」

「………」

 

どうやらかなり体調が悪いらしく、反応が弱い。

これは急がねばとアーシェが駆け出すと、表通りを歩く人たちが驚いて短く悲鳴を上げた。……まあ、禍々しい武器に物々しい防具で身を固めたのが全力で走っていたら悲鳴を上げられてもしょうがないかもしれない。

でもちょっぴり悲しくなったアーシェ、頑張った甲斐あって考えていたのよりも早くミーアの家に辿り着いた。

 

薬草やらなんやらが軒下に吊るされ溢れるほど沢山の種類の草や花が咲いている家は周囲から少し浮いていて、なんだか独特の匂いがする。

 

「すいません、ミーアさんはおられますか」

 

扉を叩くと、出てきたのは年老いたアイルーである。

ぷるぷる震えながら近寄ってくるその背には籠があって、何かの足や綺麗な花、斑点のついた草などが入れられている。

 

「どうされましたか」

 

ゆっくりと尋ねるアイルー。もしかしたら耳が遠いかもしれないと思ったアーシェは、できるだけはきはきとした声で答えた。

 

「彼女、具合が悪くて蹲っていたんだが、どんどん体調が悪くなって…助けて欲しい」

「あい。わかりました」

 

では、あちらのベッドに。―――そう指で場所を教えると、アイルーは背負っていた籠を置いてミーアを呼びに去っていった。

 

アーシェは教えられた場所に向かい、間仕切りで隠されたベッドにエリエスを寝かせた。

ぎゅっと抱き抱えていた彼女の荷物もベッド横の籠の中に入れていると、軽やかな足音が奥の部屋から聞こえてくる。

 

「あら、どちらも初めて見るお客さんね」

 

そう言って笑う彼女こそが医師にして店主のミーア。童顔のせいか幼く見えるが、エリエスより年上である。

 

彼女はアーシェのたどたどしい説明を静かに聞くと、「向こうで待っていて」と彼を仕切りの中から追い出した。

大人しく追い出されたアーシェは老いたアイルーに招かれ、古いテーブルに兜を置くと椅子に恐る恐る座った。案外丈夫な椅子である。

 

「お茶でごぜえやす」

 

背伸びをしてお茶を差し出すのは、最初に出会ったアイルーではなかったが、やはりこのアイルーも老いている。アーシェが受け取るとすぐに店の奥に引っ込むその背を見送った。

 

次に奥から出てきたのも老いたアイルーで、足が悪いのかその歩みはぎこちない。追うように現れたアイルーは片目に傷痕があって、先程見たアイルーたちよりはまだきびきびした動きであるが、アーシェの家のと比べるとやはり老いている。

 

(元々は、オトモだったんだろうな)

 

確か、こういった老いていたりひどい怪我をして「使えないから」捨てられたアイルーというのはどこの街でも一定数いるらしいと狩りの雑誌で書いてあったような気がする。

昔と比べてハンターもアイルーも防具や武具が進化し、モンスターに関する情報が増え医療が進歩したためにアイルーの寿命が延びてしまったことが原因のひとつ、だとか。

昔は老いる前に寿命か病気か敵によって命を落としていたのに、今では長生きできる。しかし素直にそのことを喜べないのは、主によっては働けるだけ働かせて捨てるから―――そういったハンターが増えているのだそうだ。

 

そういった現状を何とかするため、今ではハンター関係の職に就いていないものでも解雇されたアイルーを雇うようになった。

老いているというのもあって低賃金で済むため、子供や病人の世話をしてほしいと一般市民に雇われたり、小さな店などでも雇われたりする。

その例がこのミーアの店。血を見慣れており落ち着いている、いざとなったら暴れる人間を抑える術を知っているアイルーを求めているため、この店に勤めるアイルーは多い。

保食によるとこの店で一生を終えることができたアイルーは多く、店の裏にはその墓があるそうだが……。

 

アーシェは店の奥から出てきた老アイルーを見つめた。

 

「……籠から突き出てるあの足、アイルーっぽいんだけど……」

 

なんか、びくびく痙攣してるような気がする。―――いや、見なかったフリをしよう。アーシェは温くなったお茶に口をつけた。

 

 

 

「エリー!!!」

「っ!?」

 

壊すんじゃないかと思うほどの力で扉を開けたのはリヴェルで、真っ青な顔の下は防具ではなく私服だった。

いつもならアーシェを睨むか何か言ってくるはずの彼はアイルーの出入りする一角――エリエスの寝かされたベッドへ駆け寄ると、何度も彼女の名を呼んだ。

 

「エリー、きみ―――」

「…リー……」

 

間仕切りで見えないが、微かにエリエスの声が聞こえる。

診ていたミーアが「大丈夫ですから落ち着いて」と宥める声も聞いて、アーシェは静かにお茶と適当な金をテーブルに乗せた。

彼が来た以上、もう自分は不要だし、何より朝から緊迫した空気を味わいたくない。アーシェは当初の目的を果たそうと立ち上がった。

 

(もう開いているだろう)

 

もともと、今日は狩りに行けないと分かった彼はパン屋に寄りたいと考えていたのである。

いつだったか、まだ(精神的に)元気な桜妃が、「すごく美味しくて可愛らしい」と褒めていたパン屋―――あそこのパンを購入したら、きっと喜んでくれるだろう……と思ったが、早朝に出てきたために店が開いてなかった。

そこで時間潰しに紙芝居を見、保食と話してちょうど良い時間帯になって―――こうなったわけだが。

 

人気店らしいので売れ残ってるか不安だが、それならそれでしょうがない。アーシェは「もう見るまい」と兜を被って逃げるように静かに去った。

 

 

その背後で、リヴェルの登場に驚いて転んだ老アイルー―――彼が背負っていた籠から、アイルー(白目)の頭が飛び出ていた。

 

 

 

 

 

さて、ミーアの店から逃げてきたアーシェがパン屋を目指していると、子供に泣かれ主婦には「あれ!あのひと…さっき若い女の子抱えて……もしかして誘拐…」とか噂されており、絶対に兜を脱げなくなった。

しょうがないと可愛らしいパン屋に入れば若い娘の店員に怯えられ、しまいにはへたり、と座り込んでしまった。そして店内にいた客は逃げていく……。

 

「…あの、」

「ひぅぅっ!?」

「あ、あの……この店で一番人気の…パン……」

「あ、あああ、あります!ありますごめんなさい!!ごめんなさいぃぃぃ!!!」

「………」

 

あまりの怯え様に、そんなのでハンターがたくさんいる街で生きていけるのか、と不安になったが、考えてみれば街中を歩くときは大抵みんな兜を脱いでいた気がする。たいてい酒が入って陽気だった気がする。

それに住居区はハンターと一般人で分けられてるし、もっと言うとこんな可愛らしい店に入るハンターなんて女性ばかりに決まっている―――

 

「やった!今日は人少な…い……」

 

武器は双剣、防具はブナハ装備。すごくお洒落な青年が、すごく嬉しそうに店に入ってきた。

しかし可愛らしい店内に佇むには不釣り合いな、重装備のアーシェを見て固まると、そっと、刺激しないようにゆっくりと、店から出ていった。

 

見捨てられた店員は、碧と金茶の美しい瞳から大粒の涙を溢し、「な、何でも…何でも差し上げますから……私とおばあちゃんを、殺さないでください…」と懇願した。

 

アーシェは無言でいくつかパンを見繕うと、多めにお金を置いて去る。

流石に今回は泣いた。

 

 

 

 

 

.

 

 






双剣装備でブナは装備⇒前作で乙女系ヒーローやってたやつ
碧と金茶の瞳の可愛いパン屋の娘さん⇒前作で黒兎と仲良い女の子 でした。

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