竜は今日も幸せな夢をみる   作:ものもらい

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15.旦那様は炎の料理人

 

 

 

それは、とても不思議な光景でした。

 

ショートブレッドの壁に、ジャムクッキーの床。私に結ばれた可愛らしい飴のリボン。

にこにこ笑顔のジンジャークッキーたちが、綺麗なカップを私に見せているのです。

 

「**********」

「******」

「********」

 

ジンジャークッキーは、何やらお喋りをすると私の唇にカップを押し当てました。

そしてとろり口の中に入るのに驚いて、私は手を伸ばします。するとジンジャークッキーは驚いたようで、腕が折れてしまいました。

 

それを見てジンジャークッキーたちは大慌て。でもすぐに落ち着くと、私に桃のタルトを差し出します。

美味しそうなタルトを頬張ると、ジンジャークッキーたちは大喜び!

彼らはにこにこしている私に触れると、おおきなおおきなすぷーんでわたしの***をすく***ま**

ああ、わたしの**わたしの****めて*****たい わたしは***************たすけ**********アー***************************************************************************************ごめ**さ*********************************************************************************************************************************************************************

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* *

 

   *

 

 

 

いっそ、ころして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――先日の殺人未遂事件からずっと、桜妃は部屋から出てこない。

というのも、例の事件後、アーシェに付き添われるように自宅に帰ってきた桜妃は、高熱を出して寝込んでしまったのであった。

 

その結果、大変なことになった。

 

 

「………また……炭……」

「しっ!何も言わずに食うニャねこ丼!!」

「そうニャ。これはご主人様が一生懸めぅべべべぇぇぇぇぇぇ」

「勝重さん!勝重さんが白目剥いて倒れたニャ!」

「……ご、しゅ……っ…。…………」

「かつ…か、かつ……勝重さぁぁぁんん!!」

 

 

桜妃の看病の合間合間の、食事時である。とりあえず大量に、そして早く食べられるようにと手の込んでいない簡単な料理を、アーシェは一人で作ったのだが。

――――食卓の上は樽爆弾でもぶちまけたような酷さだった。

 

作るのが男のアーシェだからか、主に肉ばかり使っているせいかもしれない……テーブルの上に大きな炭が乗っている。まれに灰を掻き出すとまだ食べれる肉が見つかるが、なんかやっぱり苦い。そしてところどころ塩胡椒の塊に当たる。スープはぱっと見普通に食べられそうだが、人参とか諸々の物がまだ生で硬い。そして温い。魚は頭から下が黒かった。

 

そんな悲惨な食事に、アーシェは静かに肉を切り取ってフォークで灰の部分を削る。

見えてきた肉にちょっと嬉しそうな顔をしたアーシェだが、一口で食べた後―――静かに席を立ち、戸棚を漁る。

次々倒れるアイルーたちを気にせず、席に着いたアーシェは干し肉を齧りだした。

 

 

「おーい、アーシェ居るぅー?」

 

最低の食事中の来客に、スープを飲んでいた小梅はサッと立ち上がって玄関の扉を開けた。

 

そこにいたのは防具も何も着けていない、私服姿の保食《うけもち》で、片手には果物の盛られた籠を持っている。

 

「へーい、桜妃ちゃん元気に……ってなんだその地獄のような食卓!?」

 

ドン引きする保食に、アーシェは干し肉を齧ったまま無表情に言った。

 

「お前は本当の地獄を知らない」

「これ以上の地獄なんかねーだろ!?」

「………」

「……?」

「………食える部分があるだけ……結構改善したんだけど……」

「いや、食える部分ないから一人だけ干し肉齧ってんだろうが」

 

遠い目をするアーシェに溜息を吐くと、保食はチラッと台所を見、果物籠を小梅に託すと腕まくりをした。

 

「今お前が倒れたら桜妃ちゃんが困っちゃうからな。俺が飯を作り直してやるよ。台所借り―――」

「どうぞどうぞ」

「………うん、借りるね……」

 

断られるだろうかと思っていた保食は、今までで一番期待した目で見るアーシェになんともいえない気持ちになった。

今までのどんな危機的状況でもそんな目を向けられたことがないのに―――思わず涙が出そうになるも何も言わず、食材を確認した。……まあ、大丈夫だろう。

 

「…そういえばさ、お前って簡単な料理でこれじゃあこんがり肉とか作れないだろ?どうしてんの?」

「ああ、それなら俺のは愛妻こんがり肉だから」

「そうか、お前をこんがりしてやりたくなったよ俺は」

 

と言いつつ、手を洗った保食は鳥竜種の肉を引っ張り出す。

皮を剥いだり塩胡椒をまぶし始める保食の手元をジッと見つめていると、保食もまた手元から目をそらすことなく口を開いた。

 

「……お前さ、エリエスちゃんとなんかあった?」

「……………なんで?」

「いや…俺たちとの狩り指導、急にキャンセルし始めてさ……しまいには理由を聞きたがった八倉ちゃんとエリエスちゃん、喧嘩したみたいなんだよね」

「………」

「まあ、お前が何かしたとは思わないけどさ……一応気をつけとけよ?特に……」

 

保食は目当ての袋を開けた。

 

「―――リヴェルには」

「……リヴェル?」

「あいつ、お前に興味津々で色んなヤツに聞き込みしてるぜ」

 

手を休めず喋り続ける保食を、アーシェはやや青い顔色で見つめた。

 

「だからさ、あちこちでお前のこと聞いてんだよ。……まあ、俺のところには来てないけど。とりあえずユクモ出身じゃないってことはバレたな。片目のおっちゃんがリヴェルに酒どんどん注がれてゲロったらしい」

「………っ」

「聞き方も上手くて、『尊敬するアーシェさん』って純粋な後輩ぶるわこっちのことをベタ褒めするわで、悪い奴じゃなかろうと気が緩んじまったそうだ」

 

ここで一旦油を探しに離れると、戻ってきた保食は「まあ、なんだ」と油を注いだ。

 

「面倒なことになる前に、引っ越した方がいいかもしれねーな。こう、俺の勘が……ああいや―――そうだ、しばらくどっか遠い村に行ってみるか?いっそユクモとか」

「……結構、気に入ってたんだがな」

「なに、また戻ってくればいいさ―――長い旅行だとでも思ってさ。お前が黙ってくれたら、俺が上手く周りに言っとくよ」

 

煮え滾る油の中に、保食は肉を静かに沈めた。

何個も入れていく保食の背をアーシェはぼんやりと見つめる、その視線を感じて、保食は振り返り―――笑った。

 

「そんな顔すんなよ。会いたくなったら会いに行けばいいだろ。こんな風にさ」

 

「…そうだな」と、アーシェは笑った。

 

 

 

 

 

「まあ、もう昼に近いし―――油っぽいけど気にすんなよ」

「とん…とりかつか」

「おう。うちはおふくろが豚嫌いでな、よく作ってくれたよ」

「へえ……」

 

保食が調理している間に、猫たちは灰を片付けてくれたらしい。

ちゃっかり自分の分も作ったとりかつをテーブルに並べると、(小梅以外の)猫たちは「ごはん!」「ひさびさのごはん!!」「うまっうまっ!!」と言いながら汚く食べ始めた。それを見て、アーシェは無表情なのに少し悲しそうな雰囲気を出していた。

 

「桜妃ちゃんの様子はどぉ?」

「……熱は下がったがまったく起きない。時々魘されてる」

「医者は?」

「………」

 

かつを取ろうとした手を止めて、アーシェは気まずそうな顔をする。

 

「……医者は……呼べない……」

「……金か?」

「ちがう」

 

首を振るアーシェをジッと見る保食だったが、(いくら顔が良くても)男の顔を長々見るのも苦痛すぎて視線を荒ぶる猫たちに向けた。

 

「まったく、お前らは謎が多すぎるよなあ」

「……」

「隠さなくちゃいけないものがたくさんあるのに、お前は嘘が下手だなんてな。……まあ、そんなだから俺もこうしてお前とつるんでたんだが」

「……ごめん、保食…」

「いいよ、別に。俺とお前の仲だし」

 

そう言うと、保食はかつを食べる。

もごもごと口を動かしながらご飯も食べれば、気まずそうだったアーシェも食事を始めた。

 

「―――あ、そういえばさ、片目のおっちゃんからこんな話を聞いたんだ」

「なんだ」

「こっから東の方に、"変な海"があるらしいんだわ。毎日毎日リオレウスだのフルフルだの色んな飛竜がどっかからやって来てさ、砂浜を歩いているらしい」

「……飛竜が?」

「おう。だけどそいつら、海の近くに住んでる村人と遭遇してもちっとも興味を示さないらしい。むしろそいつらがいると他の雑魚モンスターとかが近寄らないから、村人としては助かってるらしいんだよ」

「………」

「こっちが身を低くしてれば何もしてこないし、安全である―――ってことでそこいらの村では飛竜たちを容認したんだが、……好奇心旺盛な若いハンターとかな、そういうのが飛竜たちを狩ろうとしてるらしい」

「…ギルドは許可してるのか?」

「いいや。そりゃ、飛竜だからすげー危険なんだけどさ、マジでまったく危害を加えないらしいのよ。むしろ助けてくれたこともあったらしい…そんな訳で、村から狩らないでけれーって言われてるらしいのよ」

「……なるほど」

「でも駆け出しのヤツとか、特に飛竜を恨んでるヤツとか―――闇市とかで働いているのとかがさ、ギルドの目を盗んで狩ろうとするわけ。噂だけど、どいつもこいつも体格の立派なモンスターばかりだからさ、上手くいけば良い素材が手に入るだろ?」

「………」

「そのせいで、平和だった海を戦場にし始めたもんだからさあ、あそこの村では特に流れのハンターへの風当たりが強いらしいよー? だから遠くに行くにしても東の海辺には行くなよ。腐った卵ぶつけられんぞ」

「………」

 

善意で忠告する保食に、箸を置いたアーシェは静かに告げた。―――「行ってみたい」と。

対して、この噂話に笑って「もちろん」と頷くだろうと思っていた保食はその言葉に口に入れていたものを噴き出して、むせながら「ば、馬鹿かお前!?」と叫んだ。

 

「お前みたいな街育ちは知らねーだろうけどなあ!村の人間の嫌がらせってそりゃあ陰湿だぞ!?粘着質だぞ!?まずハンターって分かった時点で宿にも入れてくれねーぞ!?最悪、物も売ってくれなかったりするし!」

「……俺だって村で暮らしていたことはあるから、少しは分かるさ。―――でも、その海に俺たちの探していたものがあるかもしれない……」

「探していたものって……あのクソガキみたいなこと言いやがって。リヴェルもその海に行くって言ってたんだぞ!?どーすんだよ鉢合わせたら!」

「………。…運命を感じますね?」

「そんな冗談通じるかアホ!」

 

怒鳴られて黙るアーシェだったが、すぐに口を開いた。

 

「……まあとにかくだ、例え鉢合わせしても桜妃の療養に来たとかなんとか言って誤魔化せばいいし、あいつがいなくなるまで狩りは自粛するよ。それだけの蓄えはあるし…」

「…―――そこまでして、行きたいのかよ」

「……」

「別に今じゃなくてもいいだろ。ほとぼりが冷めて、リヴェルがどこかの街に出てってからでもいいだろうが」

「……出来る限り早く、桜妃を安全な場所に連れて行きたい」

「はぁ?どっちかと言うと危険だろ」

「………それに、桜妃の病気もなんとかしたい…治せるかもしれない、その可能性を潰したくない」

 

アーシェの返事に、保食は呆れたような疲れたような溜息を漏らす。

そしてひょいひょいとかつを口の中に放り込むと、噛み締めながら言った。

 

「―――っとによぉ。お前っていつも俺の忠告を聞かねーよなあ」

「……ごめん」

「あー、もういいよ。…ここまできたらもうちょっと世話焼いてやるさ。―――いいか、例の海辺の南側に、でっかい大樹の目立つ村がある。他の村よりも海から少し遠いが、観光で食ってる村だから仮住まいする分には居心地が良いだろう。万が一リヴェルにバレても誤魔化しが効くしな」

 

「ほら、地図」と懐から出された紙を受け取る。

しばらく丸められたそれを見つめていたアーシェだが、スっと顔を上げると保食に頭を下げた。

 

「……ありがとう、保食」

「いーってことよ」

 

片手をひらひらと振る保食から、もう一度地図に目を落とす。

―――この村の先、例の海に行けば―――逃げるように街を流離う日々から、桜妃を解放することができるだろうか。

桜妃と、穏やかに日々を過ごすことができるだろうか―――。

 

 

「――――!」

「ん?どうし……アーシェ!?」

「桜妃が呼んでる!」

「え?呼んで……っておい!」

 

流石ハンターか、アーシェは保食が瞬きをするうちに寝室の扉を開けていた。

慌ただしく扉も閉めずに飛び込んだアーシェの声は聞こえるが、目覚めたのかもしれない桜妃の声は聞こえない。しかし辛抱強く耳を澄ますと、咳き込む音が聞こえる。するとすぐにアーシェが飛び出してきて、水を手に寝室に駆け込む。しばらくの間があった。

 

 

「ニャー」

「ん?」

「旦那さん、美味しかったニャー」

「美味しすぎて涙が出たニャー」

「久々にまともな食事ができましたニャ」

「ありがとうニャ!本当に本当にありがとうニャ!」

 

アーシェが慌ただしくいなくなると、さっきまで食事に夢中になっていた猫たちが保食に近づいてペコペコと頭を下げる。

そうすると疲れを感じていた保食も少し照れくさく、気分も良くなってきた。

 

思わず「へへへ」と笑いながら後ろ頭を掻いたときだった。

 

「―――お、アーシェ。桜妃ちゃんどう?」

「ああ、お腹空いたらしい。ちょっとお粥注文してくるから、そこで寛いでいてくれ」

「え、お粥注文?…あ、もしかしてあの和食の店……ってわざわざ頼むんならお前らの食事も出前なりなんなりしておけよ!」

「今なら料理できるって思ってたんだ」

「唐突に料理の腕が上がるわけねーだろ!…っとにもー!お粥ぐらい俺が作ってやるから!お前はさっさととりかつ食え!冷めるだろうがっ」

 

 

―――結局、保食は桜妃が本調子に戻るまでと言ってアーシェたちのご飯を作りに通ってくれた。

 

そのせいで保食は八倉姫に誤解され仲が少し拗れたが、アーシェたちは知らぬままに彼の好意に甘えていた……。

 

 

 

 

 

.

 

 


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