竜は今日も幸せな夢をみる   作:ものもらい

13 / 18


ご挨拶が遅れましたが、皆様、明けましておめでとうございます!
途中更新が停止してしまう予定ですが、必ず今年中に完結させる……目標でいますので、今年もよろしくお願いします。





13.旦那様は不幸体質

 

 

 

アーシェと桜妃は黙って、林檎の提灯の列を通り抜ける。

あと少し先には街で二つ目の「プーギー大回転切り」が行われているのだろう。露店が少し途切れた道にまで歓声が響く。

 

「………」

 

桜妃は何も言わない。

そのせいで、アーシェも何も言えなかった。……なんだか胃が痛くなってきたアーシェが思わずその辺りを摩ると、桜妃はやっと口を開いたのである。

 

「……ごめんなさい、アーシェ」

「えっ?」

 

想像していたのと違う言葉にアーシェが聞き返すと、桜妃は無残なリオレウスのぬいぐるみをギュッと抱きしめた。

 

「その……不快だったわよね……」

「え、あ……ああ――いや。……怒ってないのか?」

「………。怒ってないよ」

「……」

「……ただ…その……私を置いていってしまったあなたのことを思うと、恐怖も感じたのだけど、それと同じくらいに――こう、胸の奥がドロドロして……無性に蹴りたくなったのだけど、近くにリオレイアがいなくて……気づいたらこの子に乱暴してしまったの……ごめんなさい…」

「……桜妃…」

「…ひどいこと、するつもり、なかったの……」

 

じわ、と桜妃の瞳に涙が浮かぶ。アーシェはすごく胃が痛くなった。

普段、滅多に泣かずニコニコしている桜妃。彼女が怒るか泣くとき、アーシェはどうすればいいんだと吐きそうになる。ヒステリックに泣き叫んだり暴れるなりしてくれればいっそ耐えるとか他の手を打てるのだが、こうも静かに感情を出されると口の上手くないアーシェはやりようがない。

 

―――散々悩んだ挙句、アーシェは桜妃の涙を拭うとおずおずと抱きしめた。

長くてふわふわした桜色の髪を撫でると、アーシェを見上げていた桜妃はまた瞳に涙を滲ませた。

隠すように顔をアーシェの胸に擦りつけると、そっと広い背中に腕を回す。

 

「わたしをおいていかないで」

「置いていかないよ」

 

ごめん、ごめんなさいと同時に謝った二人は顔を見合わせると、ふっと表情を緩めて仲直りのキスをした。

 

通りがかった子供たちに冷やかされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仲直りした二人は、ハンターたちの間でも人気の酒場に足を運んだ。

人気の酒場といっても、店の雰囲気のおかげか荒々しい雰囲気はない。どちらかというと酒よりも食事をメインにしているので、賑やかではあるが、賭け事の声だとか品のない話の飛び交わない、祭りのこともあって賑やかではあるが、穏やかな空気を保つ酒場である。

 

運良く何人か店を出ていった後のため、すんなり店に入れた二人だが仲良くお喋りをするたびに時折誰かに舌打ちされる。どういうわけか二人のせいで穏やかさに罅が入るも、結局大きな騒ぎになることはなかった。

 

店はほとんどが長く幅の広いテーブルが置かれており、二人が座れたのは端の席である。

 

 

「なんでも、この店は面白い食材も扱ってるらしいぞ」

「……?」

「けっこう美味しいらしい。…ほら、ここのページ…………りおれうすのにこみりょうり……」

 

自分で読み上げておいて、アーシェは固まった。思わずメニュー表から体を離す。

対して桜妃はのんびりとメニュー表を読んでいて、ふふ、と微笑んだ。

 

「見て、キリンの刺身ですって。すごく高いわね……ああ、滅多に作れないんですって」

「だろうな…」

「フルフルサラダっていうのもある……すごいわねえ、どれも高いわ」

「だろうな…」

「顔色悪いわ、アーシェ」

「だろうな……」

「ふふ、もうこのページ見るのやめましょう。そうねえ……あ、メラルービーフシチューですって。私、これにしようかな……」

「えっ」

「女性大人気!って書いてあるわ」

「えっ」

 

アーシェは"大人のためのお子様ランチ"を注文した。

 

 

 

 

「―――よっす!お邪魔してもいい?」

 

注文して五分も経たないうちに、背後から陽気な声がかけられる。

振り返れば保食(うけもち)八倉姫(やくらひめ)がいた。……どうやら席は全て埋まってしまっているようだ。

 

「ええ、どうぞ」

「ごめんねー!」

 

頷くだけのアーシェに代わり、優しい声音で桜妃が返事をすると、保食の隣にいた八倉姫は目に見えて安堵した様子だった。

アーシェの隣に保食、桜妃の隣に八倉姫が座ると、アーシェはメニュー表を二人に差し出す。

 

「二人とも何頼んだー?」

「メラルービーフシチュー」

「……大人のためのお子様ランチ」

「えっ、…おいアーシェ、この店には他にもイイのがあるって教えただろ」

「………」

「俺的には、リオレウスの煮込みが最高だったな。硬いだろうなーって思ってたらさ、もうトロットロなんだよ!いやー吃驚したなあ」

「へえ、なんだか面白そう…じゃあ私、リオレウスの煮込みにしようかな」

「レイアの料理もなかなか美味しいん―――いっだ!? おい、何すんだよアーシェ!」

「……レイアだけは…レイアだけは喰わせん……!!」

「いやちょっと何言ってんの君。……っ、分かった分かった、食わないから!やめるから!」

「………」

「んだよまったく……じゃあ俺、今日限定の"黒兎スペシャル"にしようかな」

「わあ!なんですそれ?気になりますっ」

「ふふん、これはだね、黒兎をイメージした料理が何品も出てくる…女の子向け料理なんだ」

「へー!」

「これの林檎を使ったデザートは毎年美味しいよ!…でも、実は"黒兎スペシャル・ルナ"っていう裏メニューがあってね―――」

 

 

ぺらぺらと喋る保食を、八倉姫は薄ら頬を赤くして見つめる。

とりあえず避けたいものを避けることができたアーシェは密かに溜息を吐くと、目の前の桜妃に目を向けた。……退屈していないだろうか。

 

しかし見れば予想に反して彼女は少し怯えた顔をしている。どうしたんだろうと口を開いたアーシェだが、すぐにその理由を知る。

 

「……リヴェル…!」

 

元々数人の視線を感じていたが、その中でも一際鋭い視線に気を抜いていたアーシェはすぐさま振り返った。

そして視線の主の名前を呟いてしまったのだが、名前が名前だけに八倉姫たちもすぐに反応した。

 

「…あら、本当……リヴェル!久しぶり―――あっ」

 

八倉姫が腰を浮かして名前を呼ぶも、リヴェルはふいっと背を向けて隣にいた誰かの手を強引に引き外に出てしまった。

その感じの悪さに、保食は機嫌を少し損ねたようだ。

 

「おいおい、あの坊ちゃんまだあのクエストのこと根に持ってるんじゃねーだろうな」

「……やっぱり俺のせいだろうな。結構痛めつけてしまったし」

「あれはそーされてもしょうがないだろうよ」

 

そう言うと、保食は手を上げて店員を呼んだ。

さっさと注文をすると、彼は冷えたお茶を一口飲む。

 

「そりゃさ、わざわざハンターなんて危ない職業選んだんだ。色んな過去を背負った奴もいるだろうぜ。

でも俺たちはどんな理由で狩っていようとどう褒めそやされようと、結局モンスターに生かされてるようなもんなんだ。

生かされてる以上、モンスターに対しても最低限の礼儀だとかそういうのを持つべきだろ」

「……そうだな」

 

あのクルペッコ惨殺後、集会場で待っていた八倉姫の叔父(役人だった)にクエスト内容を報告した結果、リヴェルは別室に連行された。

しばらくの狩猟を禁止されたとだけ聞いていたアーシェが、「お詫び」としてお菓子(結局食べずに捨てた)を持ってきたリヴェルを見たとき警戒したのも、こういう意味での逆恨みを恐れたからである。

 

「………。……ごめんなさい、お二人共……」

「えっ、いやいや、八倉ちゃんは悪くないよー!ごめんごめん、せっかくの食事の席に相応しい話題じゃあなかったね!」

 

俯く紗乃に、保食はすぐさま明るい声で謝った。

すると紗乃は、小さな声で言うのだった。

 

「……リヴェルは、元々あんな酷いことをするような子じゃなかったんです。大人しくて、難しい本を読むのが好きで……でも私が父に付いて行ってあの国を出てから、全てが変わってしまって……」

「あの国?―――そういえば、あいつの出身地ってどこ?」

「サマド国です。もう、滅んでしまって隣国に領土を吸収されてしまったけど…」

「サマド……ああ、確か急にモンスターが沸いて壊滅した国だよな。ほとんどのハンターが死ぬか逃げるかの大混乱、地獄みたいな光景が広がっていたとか―――そういえば、あの伝説の黒龍もいた、なんて語っていたのもいたか」

「はい……逃げた人もモンスターに襲われて、生き残りが少なかったせいで…心を病んだものも多く、彼らの証言はギルドにも信用されませんでした。だからあの国が滅びた本当の原因は分かっていません」

「―――なるほど、まあそんな経験してたら大人しい奴もああなるかもしれないな」

 

溜息を吐いた保食に、八倉姫はひとつ頷いた。

 

「私も、叔父も、リヴェルたちに再会したばかりの頃はそう思っていたんです。当時はまだ、あそこまでモンスターの遺体を切り刻まなかったから……誰にも話を信じてもらえず、親も失ってしまったリヴェルに、私たちは何て声をかけていいのかも分からなくて……」

「……まあ、そこら辺は当事者じゃないと伝わらないものがあるものね」

「はい……私たちの言葉は届かなかったけど、エリエスの制止なら聞いていました。だから、きっと時間が経てば落ち着くと……そう思っていたんですが……」

「ん?」

「なんか、彼の行動、おかしいんです……会う人会う人に故郷の名を聞いて回って、少しでも変な報告のあるハンターに自分から近づいていったり……」

「………アーシェ、」

「……なんだ」

「一応さ、お前にも関係ある話なんだから、イチャついてないで会話に混ざってくれ」

 

 

すごく深刻そうな顔をする八倉姫と保食の隣で、さっき届いた「大人のためのお子様ランチ」を桜妃と分け合っていたアーシェは「えっ」と動きを止めた。

 

その後話は続いたが、桜妃の「メラルービーフシチュー」の到着により二人はまた周囲に幻視の花を飛ばしながら幸せそうに「あーん」をしていた。

 

流石の保食もキレた。

 

 

 

 

 

.

 

 






補足:

※メラルービーフシチュー……別にメラルーの肉を使っているわけじゃなくて、ライスとシチューを使って皿の中央に可愛らしいメラルーの顔を作ったもの。

ちなみにこの店では「黒兎祭り」の日はどの料理を頼んでもリオレウス・リオレイアどちらかの(デフォルメされた)顔のデザートが出される。(店長が大の火竜好きなので)

アーシェさんにはリオレイアのデザートが届いたよ!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。