竜は今日も幸せな夢をみる   作:ものもらい

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※最後に作者絵(桜妃とアーシェのイメージ絵)がありますのでご注意ください。





10.旦那様は案外足癖が悪い

 

 

 

―――それは、なんてことのない朝のはずだった。

 

ベッドの上で彼女とじゃれあって、名残惜しげに自分から離れた彼女が朝食を作り、自分は薪を割る。ついでに庭に植えた花々に水遣りをする頃には香ばしい匂いが漂ってきて、優しい声が朝ご飯にしようと呼びかけて……。

 

急いで家の中に入って、彼女に手を伸ばした。そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾッとする感覚と共に目覚めたアーシェは、汗の滴る首を拭って不機嫌な顔で辺りを見回した。―――扉の向こうで、ねこ丼が掃き掃除をしている音が聞こえる。

 

ふと目線を落とせば隣で桜妃(さき)が眠っていて、あどけないその顔に触れると気持ちよさげに擦り寄ってきた。なんだか猫のようだ。

 

「……桜妃」

 

小さく呼ぶが、当然起きない。安心しきって眠っている。

けれど外気にさらされた肌が寒そうで、アーシェはしっかり布団をかけてやった。

 

「…二度寝は出来そうにないな」

 

暖かい寝床から離れ、着るものを探す。

髪を結ばずに出ようとした彼は、ふとベッドの脇に置かれた揺り篭を見つめる。

その中に横たわるのは、彼女が毎日「かわいいかわいい」と愛でる人形だ。……彼が与えた、人形だ。

 

「……俺は、今度こそお前を守ってやれるだろうか……」

 

 

―――彼女は、初めて彼に「お帰りなさい」を言ってくれるひとだった。

――――彼女は、初めて彼に「いっそ殺して」と言ったひとだった。

 

けれどそのことを、もう桜妃は覚えていないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「よォ、アーシェ!その耳に付いてるピアスごと引きちぎってもいいか?」

「………」

「え、ちょ、嘘だよっ。そんな悲しそうな目をするなよ!ちょっ、待って待って、今日はお前に頼みがあるんだって!」

「………なに」

「実はさー、おっさんに頼まれて新米どもの狩りを手伝わなくちゃいけないんだけど、俺、前の狩りで腕を怪我したばっかでさ、無茶できないのよー」

「……」

「ああいや、指導もしなくちゃなんねーからちゃんと俺が付き添うっちゃあ付き添うんだけど、先輩がこれじゃあいざってとき危ないだろ?それでお前に俺の腕代わりをやってもらいたいんだけど……」

「……」

「………」

「………」

「……え、えーっと、…そだ、この前真珠をたくさん拾ったんだよ!金+それ付けるからさ!」

「…わかった」

 

 

じゃあこれ、と保食(うけもち)から受注の用紙を渡され、アーシェはなんとなくそこに連なる名前を見た。

 

八倉姫(やくらひめ)、エリエス、リヴェル……どんなやつ?」

「八倉姫って子がおっさんの姪っ子で、エリエスちゃんはその姪の友だち。リヴェルって野郎はエリエスちゃんの幼馴染だったか。男の方は別に新米ってわけでもないんだが、色々危ない狩りをする男らしくてな。躾直せってことだろうな」

「ふうん……」

「まあ、危ない狩り方するけど、別に気性が荒いってわけでもないらしい…そういう変に歪んでる方がヤベー気がするけど、まだちゃんと会話できるだけまだマシだろ、うん」

「………」

「女の子たちはどっちも可愛いから、それでやる気出してくれよ」

「……絶対出ない…だって桜妃じゃないし」

「おいおい、惚気るとその耳引きちぎるぞー…っと、来たみたいだな。ほら、あそこの金髪ちゃんと黒髪ちゃんだぞ。けっこう可愛いだろ?」

「え…ああ、うん、そうだな……うーん…」

「お前のその耳を部分破壊してやりたいわ」

 

そう言いつつ、保食は軽く小突いただけだ。

駆け寄る三人に手を振った保食は簡単な自己紹介を済ませると、口を開こうとしないアーシェに代わって紹介した。

すると娘二人はきゃっきゃきゃっきゃとはしゃぎ始め、小声で何かを囁きあう。その隣で、リヴェルという男はジッとアーシェを見つめていた。

 

(……あの時のハンターか)

 

何故か自分の出身地を尋ねてきた青年。自分よりも幾つか下であるが、こうしてちゃんと見るとあどけなさはまったくない。

そしてその視線は、隣の保食に向けたものと違ってこちらを「観察」しているような、ひどく冷えたものだった。思わず見つめ返すと、リヴェルは静かに軽く頭を下げた。

 

「さて、今日はクルペッコ退治だ。八倉ちゃんはクルペッコ初めてなんだっけ?」

「はい。……あの、よろしくお願いします…」

 

おずおずと頭を下げる彼女の黒髪は長い。アーシェはそれが物足りないように思えて、さっさと帰りたいと内心思いながらも黙って小さく頷いた。

 

 

 

 

移動中、やたらとあれこれ娘二人に質問攻めにされたアーシェだが、いつものように愛妻弁当を食べていたら自然と質問されなくなった。

どうしてかひどく落ち込んでいる八倉姫と慰めるエリエス、ずっと無言のリヴェルになんとか明るい雰囲気に戻そうと頑張る保食、そして満腹でちょっとやる気の出たアーシェたち一行は、特に問題なくクルペッコを見つけ、そして討伐できそうだった。

 

平均よりも大きめのクルペッコ。それに軽く攻撃しては引いて指示を出す保食に元気に返事をしていた八倉姫だが、彼女がすっ転んで攻撃を受けてしまい、運悪くエリエスまで被害を受けてしまったのである。

二人への追撃は保食がなんとか退け、アーシェが動けそうにない二人のために遠くへとクルペッコを追い払う。慌ててエリア移動をするクルペッコに対し足を止めたアーシェだが、そのそばを風のように走り抜けるリヴェルに驚いて慌てて追いかけた。

 

対してリヴェルはそのまま置いてけぼりにできるはずの距離を空けたはずなのに、もうすぐそこに迫るアーシェの足の速さに目を見開く。

しかし口を開こうとしたアーシェを遮るように、彼は言った。

 

「―――エリエスたちに付いてあげてください。あれではしばらく歩けない。保食さんだけでは二人も運べません」

 

チラッと八倉姫たちを見ると、確かに二人共折れてはいないが足に裂傷ができているようで回復するのに時間がかかりそうだ。特に足以外も多くの怪我を負った八倉姫は今回のクエストは諦めた方がいいかもしれない。

 

「自分は何度もアレを狩って慣れているので、任せてください」

 

保食の話では任せてやれない人間だと思うのだが、腕の怪我が治っていない保食に任せるのも心配だった。

 

「……後で追いつく」

 

そう言うと、アーシェは引き返してエリエスを背負った。

保食は泣く八倉姫をあやしながら担いでキャンプ地を目指し、急いで自分の回復薬を飲ませる。

三人に謝りながら泣く八倉姫と違い、怪我もそこまで酷くなかったエリエスは治療されている間も「あの子は大丈夫かな…」と不安そうにしている。

そのまま追いかけていってしまいそうなエリエスに「自分が行く」と待つように指示すれば、エリエスの代わりに保食が「頼んだ」と送り出した。

 

「…気をつけろよ、色んな意味で」

「わかった」

 

そう言って三人から離れたアーシェは、土や草に滴り落ちたペイントボールの液を頼りに奥へ奥へと進む。

するとまたも遠くでリオレイアが降り立っているのが見えた。思わず胃が痛くなるも、風に乗って届く噎せ返るような血の匂いに心が冷える。

急いでリオレイアの佇む場所へ駆け出せば、やっと見えてきた惨状に血の気が引いた。

 

「―――――ッ」

 

 

クルペッコは、バラバラに解体されていた。

 

長い嘴は抉られたように転がり、両足は三つか二つに分けて切り離されていた。首はぎりぎり繋がっていたが、胴体では腸が引きずり出されている。

 

もはや物言わぬそれに何度も刃を差し込むリヴェルは、何かをぶつぶつ呟いては笑っている。笑って、ふいに目の前で固まっているリオレイアを見た。

 

おそらくリオレイアが鳴き声に惹かれてきた頃には、呼び出し主は惨殺されていたのだろう。まだ若い――それこそ人間で例えるならば八倉姫たちほどに若い、未熟なリオレイアである。あまりにも衝撃的な光景に反応できていない。

そのせいで、リオレイアは自分を斬ろうとする狩人に対し逃げることも身構えることもできなかった。

 

やっと体を動かせる時にはもう、刃はすぐそこに―――

 

 

「ぐっ―――!」

 

届く、その前に。

―――アーシェはリヴェルの脇腹に蹴りを入れた。

 

「――――ッ」

 

力加減の出来なかったそれにリヴェルの鎧は罅が入り、痛みに太刀が手からすり抜ける。

しまったと彼が指を動かすも、蹴りの威力で吹っ飛ぶリヴェルの体は草薮の中へ――木へと派手にぶつかり、崩れ落ちた体はしばらく起き上がれそうになかった。

 

そして蹴りを入れたアーシェは宙を舞うリヴェルの太刀を掴むと、口早に謝罪の言葉を呟いた。―――もう、何の意味もないというのに。

気分の悪さに俯いていると、硬直していたリオレイアは一度だけアーシェの頬を舐めた。慰めるようなそれに思わず顔を上げると、リオレイアは短く鳴いて飛び上がる。すぐ近くには、狩りの帰りか異変に気づいて慌てて追いかけてきたのだろう獲物を引っ提げたリオレウスがいる。

 

この惨状と敵を見つけたリオレウスは怒りに吼えるが、ふいにリオレイアがその首にすりよると炎を吐き出そうとした口を閉じた。

リオレイアはじゃれるように番いの周りを回ると、敵意の失せたリオレウスはアーシェたちから顔をそらす。

 

そして、二頭の夫婦竜は踊るように空を飛び、遠くへと姿を消したのだった。

 

 

 

「……何故、邪魔をした」

 

ホッと息吐く間もなく、唸るような声で問うリヴェルが草薮からよろよろと姿を現す。

燃え滾る憎しみの炎が覗く瞳を見返しながら、アーシェは静かな声で答えた。

 

「俺たち二人で火竜二頭の討伐は難しいと判断したからだ」

 

そう言って、アーシェはリヴェルの太刀を見る。

研がずに敵を切り刻み続けた刃は、罅が入りそうで頼りない。

 

「………それだけか?」

「……もちろん」

 

普段の調子を意識して言えば、リヴェルは黙り込んでジッとアーシェを睨んだ。

本当はクルペッコの遺骸への執拗な破壊について説教をしなければならないのだが、アーシェはその手のものは不得手である。そこは保食に任せようと決めたアーシェは念のためリヴェルの太刀を没収したまま、キャンプ地へ向けて歩き出した。

 

 

「………あなたは」

 

立ち去る様子も見せないリヴェルは、少しだけ落ち着いた声をアーシェに投げかけた。

 

 

「毎日、あんなに狩っているのに……どうして…―――竜が、憎くはないのですか」

 

その問いに、アーシェの足は止まった。

 

 

 

「……憎いとか、憎くないとか。俺はもうそういう気持ちでは殺さないだけだ」

 

 

答えると、アーシェはもう立ち止まらずに歩き出す。

それに遅れてリヴェルも後を歩くが、それ以降、二人は一言も話さなかった。

 

 

重たい空気を引きずりながらキャンプ地に戻ると、リヴェルはエリエスが飛びつくように抱きついたせいで後頭部を強打した。

 

帰り道はお通夜状態だった。

 

 

 

 

 

.

 

 







クルペッコ「私を殺した責任、とってもらうんだからね(´;ω;`)」 なお話でしたね!

ちなみに今回のレイアちゃんは
「王子様(※アーシェ)と最近会えないなあ」⇒「会いたい……ん?ペッコちゃんが呼んでる!」⇒「助けるぞー!」 ……からの地獄絵図でした。こうするとレイアちゃんが不憫可愛く見えますね。
なおレウス君(ドジっ子)は振り向いてくれない彼女に貢ぎ物をしようと頑張ってたら彼女が大変な目に遭いかけたでござる、という設定。



※作者の絵ですので、読者様方のイメージを壊すかもしれません。それでもかまわない方だけどうぞ↓









【挿絵表示】

まずはヒロインの桜妃ちゃんから。
服装はともかく、私としてはこんなイメージでした。どう見てもハンターに見えない感じというかなんというか。
「雪の中から」の夜ちゃんは天然さんでしたが、桜妃ちゃんはなんというか…病んだおっとりさん?ですかね。


【挿絵表示】

女の子(レイアも含めて)にモテるイケメン(笑) アーシェです。
なんか女の子っぽくなったけど気にしないでください。設定としては「違和感」が桜妃より強く感じるひとです。そして服装がなんか拳法家っぽい……。
「雪の中から」の咲ちゃんはかなり性格がアレでしたが、アーシェはすごくまともな人です。何より彼以上に嫁の尻に敷かれてます。



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