偽・錬鉄の魔法使い   作:syuu

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7開戦の前哨戦

冬の季節が長いことが由来とされているがそれに対して温暖な気候が特徴である「冬木」市。流石に夜になれば気温は低下し、吹き荒れる木枯らしは頬を痛いほど寒く吹きつける。

凛は、セイバーに抱きかかえられて深夜の闇に寝静まる冬木の街並を跳び回っていた。目指す先は、魔力針が不可解な反応を示した、衛宮久郎が住まいを構える古めかしい洋館。

生前、湖の精霊から貰った風の加護を纏う剣騎士が、主を抱えながら大きく跳躍し目的の館が見え始めた。

 

「……!? っ、セイバー」

 

その様子を魔術による視力の強化で遠目から見下ろしていた凛がセイバーの肩を叩き、跳躍による移動を止め、地上から走るように指示を出す。

セイバーは頷くと、道路を滑るように駆け抜け、衛宮の洋館の門の前に着き敵が近くにいないことを確認すると凛を降ろし両手を前に出し風の魔力によって編まれた敵の目に対し不可視とする鞘に包まれた聖剣を持つ。

風王結界(インビジブル・エア)

湖の精霊から受けた風の加護を依り代とした生前、御付の魔術師であったマーリンの指導によって完成された武器を見えなくする鞘の術式。それは正確には宝具ではなく四大元素中の風を操る魔術に該当する。しかし彼女が手にしたその鞘の力は、竜の因子を持つ魔力炉心によって台風一つ分相当の風量を振るうことを可能とする神秘の塊となった。

こと接近戦に措いては、空気の圧縮によって光を屈折させ不可視とした宝剣を隠すという観点に二重の意味で有利に運ぶ。

そのあまりの宝剣の逸話の知名度を隠すための真名封じに。

その武器の間合いを悟らせない初見殺しとして。

 

数多の宝具の中でもこれほど聖杯戦争に有利と働く宝具は滅多に無いだろう。

 

セイバーが戦闘体制に入り、凛は険しい顔で衛宮の洋館を睨む。

 

柵を越えて見える広大な土地には、洋館とその周囲に聳え立つ木々が鬱蒼としており裏庭にあるガラスで出来た温室が枝葉の間から覗いていた。

時計の針が、深夜を廻るその建物からは、明かりは無く。一見、どこにも異常は見られないが強化された凛の視力は、屋敷を覆う柵と門を越えた洋館の入り口の扉がそこだけ竜巻にでも見舞われたように無くなっている現場を捉えた。

 

「行くわよ」

 

「はい」

 

宝石を手に持ち、不可視の剣を構えた主従は門を開き、敷地内に足を踏み込んだ。

門から屋敷の扉までの間を繋ぐ、おそらく屋敷と道路を繋げるために後から敷かれたコンクリートの道に、冬の冷たい風に乗ってきた枯れ葉が擦り切れる乾いた音を立てる。

日本の古い武家屋敷とは違う、遠坂邸や間桐邸のような洋式の建築物に凛は、自分の実家とこの洋館の敷地の広さを無意識のうちに見比べ、溜息を吐く。

 

元々遠坂家は、冬木の地に広大な土地を所有していた地主の家系であったが、かの第二魔法の使い手の系譜であることから魔術の中でも最も資金(コスト)の掛かる宝石魔術を主体とする費用の出費が原因で、霊格の低い土地から切り崩したり土地の貸付けたりした結果。現遠坂邸とその周辺の土地に地所を構えるほどの規模となってしまった。

これには、時代の流れや各遠坂家の頭首達の呪いによる資金不足が原因かと思われるが、実際には六代目からの後見人の杜撰な土地管理によって重要な土地が他家や企業に渡ってしまったのが大きい。結果、今の遠坂の土地所有範囲は、外来の間桐に大きく下回ってしまったのだ。

まあ、術一つ行使するだけで数十、数百万相当の宝石を浪費してしまう金食い虫の魔術を二百年も、その魔術特性を変質させることなく次代に受け継がせてきた遠坂が優秀であることには変わりはないだろう。

 

詰まる所、この洋館が建つこの土地も遠坂家が所有していた有力な霊地の一つであったのだが今から七十年以上の昔のことだ。十年前の大災害で市民館が無くなり、その後に新都で新設されたは良いものの戦前の古い記録は、遠坂の古い書庫の奥の方に埃を被っていた。

 

 

 

起動(Anfang)

 

無論そんなことを知らない凛は、サーヴァントの襲撃によって破壊された扉があったと思われる館の入り口前に立ち、衛宮邸の崩れた扉枠に手を付き、魔術の痕跡を探す。

左腕に刻まれた遠坂家が代々受け継いできた魔術刻印が淡く輝き、記録された刻印が彼女の解析魔術のサポートを行い始める。

 

魔術刻印、それは先代の魔術師が次の後継に受け継がせる一族の研究成果の記録。

その一族特有の魔術に馴染むよう調節された体の外部から取り込む魔術回路のようなもの。先達が行使した魔術が体に刻まれ安定化した刻印式であり魔道書。

このことで、刻印保有者は魔力を通すだけで魔術の行使が可能となり、また中には刻印自体に意思を有するものがあり術者が重傷を負っても勝手に魔術刻印が起動し治癒を行うこともある。

代を重ねるごとに扱える魔術の補佐に適した刻印を刻むことでその量は増えていき、『』へと導く足がかりとなる。親から子へ(もしくは血縁者)受け継がせるだけで代の浅い家系の者は、激痛を伴い薬品などの補助を行い自己の体を組み替え刻印をなじませる。

魔術師が、血統と家系の存続年数を重要視する一因である。

 

「とんでもないペテンだわ。あいつ!!」

 

「リン、建物の奥にサーヴァントが一体います。進みますか?」

 

その洋館に施された魔術結界の痕跡を確認した凛は案の定、顔を顰める。自分の許可なく立ち入ってそ知らぬ顔で日常を満喫しているあの男にはそれなりの報復をと息巻いていた。 

辺りを警戒していたセイバーは、明かりのない玄関の奥を睨みマスターに指示を仰いだ。

 

「っ、遅かったか……」

 

セイバーの言葉に凛の沸騰していた思考が冷却され一旦落ち着く。

おそらくこの洋館に施された魔術結界の跡を見るに、学園でランサーの襲撃を受けた魔術師は、同級生の衛宮に間違いない。そして彼はもう既に殺されている。

 

玄関を潜り、廊下の奥に吹き飛ばされた扉の残骸を見た凛は、そう判断しセイバーを連れ洋館の中を歩き回る。

 

一階か地下にあると思われる、この家の者が作成した魔術工房を探しているのだ。

 

魔術師は基本魔術を用いて戦う者ではなく、研究によって根源を目指す生き物だ。故に、その敵は基本的に同じ根源を目指す魔術師であり、自身の研究成果を守るため魔術師の工房は自然と強固な篭城となる。研究の成果の副産物によって生まれたセキュリティは、当然魔術という名の神秘で積み上げられたものだろう。

神秘の塊であるサーヴァントに敵う筈もない。

無論、自身の工房に逃げ込むのは魔術師としてなんら落ち度はない。繋がる道に仕掛けられた罠と自信の工房の研究成果である礼装を用いて敵を撃退するのは、常套手段。

魔術師の英霊である魔術師(キャスター)も同じことでステータスを大きく上回る他のサーヴァントに対抗するのだから。

 

そう、あくまで英霊同士であるのなら。

 

人と英霊は、その体の作りからして大きく異なる。ましてや、神秘の薄まった現代の魔術師が過去の偉業を成し遂げた英雄に対し大きく劣っていることなど火を見るより明らかだ。勝ち目など無い。

最弱の暗殺者(アサシン)でならまだ希望はあったが、相手は高い対魔力スキルを有する三大騎士クラスの槍兵(ランサー)。生存は絶望的だ。

 

「セイバー、どうだった?」

 

「いえ、ここから下はどうやら酒や干草を寝かせるための酒蔵か物置のようでした。争った形跡も見られません」

 

「そう。もう少しだけ奥に行ってみるか……」

 

せめて、死に顔だけでも確認しておこうと洋館の敷地内にいるランサーであろうサーヴァントを無視して、最初に怪しいと踏んだ地下へと続く階段を調べたがどうやら工房ではなかったようだ。

 

「それと、リン。先程から妙なのですが」

 

「どうしたの?」

 

「敵のサーヴァントが同じ場所から殆ど動いていません」

 

「なんですって!?」

 

もう用は済んで撤退したと思っていたランサーが、まだこの洋館の中にいるかもしれない。

セイバーの気配感知を頼りに更に館の奥へ向かった。罠や隠し扉の類がないか厳重に警戒しながら進むと、ついに屋敷の裏側へと辿り着いてしまった。リビングと客間のある部屋を無視して、壁際の渡り廊下へと繋がる開いた扉を見た凛はセイバーに話しかける。

 

「ねえ、セイバー。本当にこの先にいるの?」

 

「間違いありません。安全を確認するため、私が先に進みますのでその後付いて来て下さい」

 

「……まさか、こんな開放的な温室(ところ)に工房を作るとは……予想外だったわ」

 

蝶番が壊れている扉を撫でながら凛は、視界の先にあるガラスの扉が爆破されたような破壊痕を見て呆れる。

まさか、この洋館に着いて先ず最初に見た所が工房だったとは、一杯食わされたものだ。

 

 

 

 

 

 

渡り廊下に、特に罠もなくなんら問題なく進むと。暗い温室の中に二人分の人影が確認できた。

一人は、顔を抑え崩れるように座り込んでいて。もう一人は、その座り込んでいるほうの周りを落ち着きなくうろつき目に見えて狼狽しているのがわかった。狂っている様子は見られないことから、おそらくアサシンかライダー、大穴でアーチャーの何れかのサーヴァントだろう。

 

「うっ、うっ、グズっ」

 

よく耳を澄ませ見ると嗚咽と鼻を啜る音が聞こえた。そしてその声は大分掠れていたが凛にはつい昼頃聞いた衛宮の声だとすぐに気付き、彼の命に別状が無いことに安堵する。

 

普段の彼女であれば、呪いの篭ったガンドの連射を浴びせた後、どういうことなのか聞くためにふん縛るのだが……。

 

 

 

「(さてと、衛宮くんの命に別状が無いのが分かったのはいいけれど)」

 

「(ええ、これは少々厄介というより)」

 

再び、涙を流すマスター(仮)とそれ慰めるべきか右往左往しているサーヴァント(仮)の様子を見る。どういった経緯であのような場の空気になったのかは正直想像出来ない。断定モグリの魔術師として追っていた人物が、サーヴァントとはいえ人前で涙を見せるその状況に面を食らったのだ。

魔術師としては人情的な彼女は彼にもそれなりの事情があるのだろうと納得する。否、納得してしまう。

 

「「(気まずい(です)わ……)」」

 

騎士道を重んじる従者と、人道的な主人は、背中を見せている敵の首級を獲る機会を得てしてもその奇怪な状況に動けずにいた。

 

 

 

 

 

それは、ほんの数分前のこと。

ランサーが戦いの仕切り直しを一方的に提案して撤退した後、魔法礼装による魔力供給を終え。温室のような衛宮久郎の見せ掛けの魔術工房は、満開の花々が咲き誇り。その工房の主と双眸を隠した長髪の英霊(サーヴァント)が互いに正式に名を交わしたすぐ後のことであった。

 

 

「メデューサ……ってことは、その髪は」

 

真名を聞いた久郎は、胸に熱が篭る感覚に追われていた。心なしか声に震えが混じる。

 

「はい。一本一本が、私の名からメデュシアナと呼ばれる蛇で任意に動かすこともできます」

 

このように、とライダーが表情に変化が訪れたマスターからの質問に機械的に答えると。彼女の髪の毛は、手で触れることなく空気の流れによって靡くのとは異なる、まるで別の独立した生物のようにうねりを上げ動き出した。

 

「っ!!……ぐ、…………うう………」

 

その自在に動く髪を見た久郎は、一瞬だけあまりに予想外な事態に息を急に途切らせて驚愕に目を大きく開き、口を手で押さえると崩れるように膝を付いてなんら脈絡もなく行き成り泣き始めたのだ。口を塞いでいるため声は漏れないが鼻をぐずらせ喉から出る嗚咽は、止めることは出来なかった。

 

「ど、どうしましたマスター……!? そういえば、先程着衣が不自然に裂かれていましたが。まさかランサーに襲われた時の傷が痛むのですか?―――――……………………」

 

対面していた姿勢を横にずらし、両手で口と目を押さえ込んで涙を流し続ける久郎を、ライダーはぎこちな口調と動きで困惑するもマスターの身体を第一に考え心配するその姿勢はサーヴァントの鑑であった。泣き通して返事の出来ないマスターの傍に寄って後ろから優しく背中を撫でるその動作はどこか不慣れでぎこちないがその慰める姿は神々しく英霊に恥じない立派なものだった。

それに対し、久郎は相変わらず声を出さぬよう自身を押さえつけるように泣き続けた。顎と両手に力を込め嗚咽さえ漏らさないように筋肉を強張らせると耳に音響の壊れた甲高い耳鳴りが襲ってきた。それを無視して感情を塞き止めようと更に強く身体を縮み込ませた。時間にしてほんの数分であったが、彼の体感時間では十分以上泣き続けたな感じがした。

 

衛宮久郎は、ニンゲン社会に馴染むことが非常に難しい程の神秘を備えて生を受けた。取り分け一族の中でもその血筋を汲む母親や妹を大きく上回るその才能は、ヒトの身に余る代物であった。

『メデューサ』の目にまつわる能力(チカラ)を受け継いでいたのだ。

 

メデューサ。

 

今、久郎が生きる。この世界の神話として語られる怪物になった女神の名のことではなく、異なる世界が生まれた太古の時代から生物の種の誕生と絶滅、生物社会の発展と衰退を見届け続け、記録していた意識体であったものが自身が何者であるかということに疑問を持ち、それを知るために実体化したバケモノの種族を指しての『メデューサ』。

髪の一本一本に目にまつわる能力を持った蛇の力でもって、自身が何もであるかを知るために世界中を旅し、バケモノと蔑まれ諦めて一人で静かに暮らそう考えたときに、バケモノに一目惚れした少年兵と時を過ごす内に愛を知り、二人とも恋に落ちた。

バケモノは、子を成し。ヒトとバケモノが交わったその子どもにも親には大きく劣るものの人ならざる力を受け継いだ。

そしてその子どもが大きくなり、更にヒトと交わって生まれた子ども。それが久郎だ。

 

養父(キリツグ)の教えによると、人外と交わって生まれた新たな家系、この世界では混血の末裔と呼ばれるらしいのだが。

日本では、元々『鬼種』の混血の一族が住み着いている噂が残されていたことと、彼の師がサキュバスの混血であったことから。切嗣は、特に珍しがっていなかった。

 

だが、神話の『メデューサ』の存在を知ったときは、自分達と同じ仲間がこの世界にもいるのかと本気で信じていた。

魔術の鍛錬をしているときにそれとなく聞いたのだが神代の伝説には、脚色や真実が曖昧なものが多く期待しないほうが良いと言われていた。

 

そう言われた時、どこか遣る瀬無い気持ちと孤独感が込み上げてきた。本当に遠くまで来てしまったのだな……と。

 

 

声を抑え、なんとか泣き通して胸が熱くなる衝動が落ち着くと感情も自然と収まってきた。

ライダーと顔向けせずに横を向いたまま、顔から押さえ付けていた手を離す。涙などで濡れた手を見た久郎は赤い小さな稲妻を走らせ、行き成り両手に出現したやわらかいティッシュで涙を拭き、鼻をかみ、丸くして後ろに投げ捨て、もう一度赤い閃光が走るとゴミは四散し、最初から何もなかったかのように消えた。

深呼吸を繰り返し、目を開くと彼の双眸は瞳を赤く輝かせ腫れた本当の素顔を偽る。

 

―――目を欺く。

 

「良かった。俺たちだけじゃ、……俺は一人じゃなかったのか」

 

そう呟いた久郎の声は先程の声は、半ば泣き崩れていた者の物ではなく。その内容を含めて二重の意味でライダーに疑問を持たせた。

 

「? ……マスター、貴方は一体何を言っているのですか?」

 

「すまない。今、言ったことは忘れてくれ」

 

後、泣いたことも。と振り返ったその顔は、本来目鼻を赤く腫れさせ、目元から頬に掛けて涙が流れた跡が見える筈なのだが久郎の顔は、紹介を名乗り合う前の状態であった。

 

「あの、!? マスター!」

 

無理をなさらなくとも。と続く筈だったその言葉は、工房の入り口から漏れたサーヴァントとマスターの魔力を感知したことにより、警告を放つ言葉に変わった。ライダーが、久郎と正体不明の侵入者との間に入いるのと同時に敵の魔術が放たれた。

久郎を標的として放たれた黒い呪いの魔弾がライダーの対魔力により無効化される。

 

ガンドの魔術。本来の意味は幽体離脱をして自由に「飛び」まわる魔術のことだが、北欧系統の魔術では、魔力の塊を指や杖に乗せ生物対象に「飛ばし」ぶつけて体調を崩す呪いを指す。人に物や指を向けるのが失礼になるのがこの逸話によるものとされている。

特に、その魔弾が物理的な威力を持つものを『フィンの一撃』とも呼ばれる。

久郎に放たれたのは正にそれであった。

 

「やっぱり。貴方、魔術師だったのね」

 

そこには、赤いコートに長い髪をツインテールにした同級生、否。傍らに青いドレスと銀の鎧を纏った金髪の少女のサーヴァントを率いた魔術師が左手を構え、敷地内の木々と月を背景に不適に笑っていた。

学校で会うときの厭に丁寧な言葉遣いとは違う本音の込められたその物言いを更に続け、こう放った。

 

「どういうことか、きっちり聞かせて貰おうじゃないの。衛宮くん?」

 

その笑みは完璧であるか故に、貼り付けた偽者であると分かってしまった。

 

どういった理由は分からないが遠坂凛は、衛宮久郎が魔術師であったことを知らず、しかもそれについて随分とご立腹な様子だ。

思考を読まずとも、明らかに交渉の余地はない。

左手に刻まれた魔術刻印が、怪しく光り出す。

 

『ライダー、そこを動くな』

 

念話で指示を出した久郎は、こちらに顔を向けるライダーを無視して両手をポケットに入れて彼女の前に立つ。

凛のサーヴァントを見た途端、貼り付けた偽りの表情に出ずともその内心は焦りの色が見えた。何故なら彼女は……。

 

「動かないで! 何を隠しているのかは知らないけどゆっくりと手を出して、中のものを出しなさい」

 

言い終わると凛が自分のサーヴァント、セイバーに前に立つよう指示を出す。

久郎は、セイバーの能力を聖杯によって与えられたマスターの透視能力を使い看破すると息を呑んだ。

この程度の暗闇は、視力の強化でもってなんら問題無く彼女のステータスを見ることが出来るのだ。

ライダーもけして弱い方ではない。寧ろ数ある英霊の中でも上位に位置するであろう。だが、このサーヴァントは知名度だけでなく、その武勇を加味すればなんら不思議なことではない。

アルトリア・ペンドラゴン、アーサー王伝説の主人公にして第四次聖杯戦争では、アインツベルン陣営のサーヴァントとして召喚された最強の剣士(セイバー)その人であった。

 

内心、焦りの色が濃くなる。衛宮久郎は、別段戦いを好むような性質ではない。一方で、敵対者や無関係な人間に関しては冷淡な反応をする。ちょっと実験好きなきらいもあるが基本的に何らかの目的がない場合、自発的に動くことは滅多に無い。基本的に逃げる、隠れる罠を張るを主体とした戦法しか知らないのだから当然だ。

切嗣を快く思っていないセイバーが自分に対してどう思っているのか知りたいが、真正面で動きを止める「目を合わせる」以外の魔眼は迂闊に見せるものではない。

というより、セイバーの魔力探知能力がどの程度なのかが分からないのが一番痛い。

そう判断した久郎は、両手に月明かりだけでも煌めく透明な卵ほどの大きさの結晶物を出す。

 

「………………………」

 

「リン」

 

取り出されたものを見て、思考が停止し釘付けになった凛をセイバーが小突く。

 

「はっ!? ……床に置きなさい」

 

思考の深海から引き上げられて覚醒した凛は冷たく、だがその視線は確実に久郎の持つ結晶に目を奪われていた。

 

「ほら、いくぞ」

 

両手にあったその結晶が久郎の手を離れ月明かりに照らされ空中で回転する度に煩く反射した。

凛は、急に放り投げられた結晶が壊れることを危惧してライダーと久郎から視線をはずし。

セイバーは、結晶に何か仕掛けがあるのではと警戒して凛と同じくライダーと久郎から視線をはずしてしまった。

 

「な!? バ」

 

「!?」

 

 

―――目を隠す。

 

久郎が、学園内でランサー戦をやり過ごした魔眼を輝かせ真後ろにいるライダーごとその姿を二人の視界に入ろうともまた、サーヴァント同士の感知範囲内に居ようとも認識させなくする。

認識阻害。例え視界に入ろうともその存在を限りなくゼロに近い状態にすること。即ち、凛とセイバーは確かに視界に捕らえていようともそれを認識できない透明人間として意識しまっているのだ。当然、触れられてしまったら元に戻ってしまうし。何より、隠す時に最初から見られていると、その効果を発揮できない。つまり、何らかの手段で隠したい物を見ている相手の視点を別のところへ逸らすなり、奪うなりしなければならない。

こういった条件と弱点がある。

 

「空間、移動? 冗談じゃないわよ。明らかに封印指定、しかも魔法クラスだなんて」

 

「マスター、これは一体?」

 

動揺を隠せない凛とライダーを見て久郎は不適に笑う。

傍目には、結晶を放っただけで凛の視点では相手が消えてしまい。ライダーの視点では、動いてもいないのに相手が勝手に驚いている状態なのだ。こちらからの視点ではからかわれているような複雑な気持ちになるのも、この能力の欠点ともいえる。逃亡等には非常に便利だが。

 

「―――っていう隠蔽の魔眼を持っているんだ」

 

ライダーに大まかな説明をし、後は勝手に向こうが出て行くのを待つだけだった。

しかし、ここで予想外の事態が起きる。

 

 

「いえ、まだここに居る。警戒を解かずに構えて」

 

セイバーが、不可視の剣をおそらく見えていない筈なのだが、こちらに向けて再び構えてマスターである凛に警告を促した。

 

「「!?」」

 

魔眼の説明を受けたライダー諸共、驚愕によって感情が大きく揺れた。

 

「セイバー、どういうこと?」

 

「はっきりとは言えません。ですが、私の直感が敵はまだここに居ると告げています」

 

 

最早それは、直感ではなく超能力の域だろうと呆れる久郎。

仕方ないと、懐を探り二枚のカード型の礼装を出す。

 

「『(Silent)』『(Float)』。対象を限定(There can not interfere )物質に干渉する事無く法則を改変(Do not affect the world and rules modified)

 

詠唱が終わり、取り出された二枚のカードが飛び交い互いに重なると、霧散してライダーと久郎の周囲に纏わり付いた。

 

「――、――!?――…………――――。 マスター、何かをするときは私に一声掛けて下さいますと嬉しいです』

 

身体が急に浮かび上がり、半ば無重力状態に驚いたライダーは叫び声を上げるも、それは空気を揺らす声に成らずただ空虚な静寂のままに留まり、よく耳を澄ますと衣擦れの音や心臓の鼓動も聞こえなくなっていた。ライダーは急な身体の変化に驚き、久郎の肩にしがみ付く。両目の魔眼と魔性を封印するために宝具自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)をバイザーとして使用しており、その代償として視覚を完全に封じている。そのため普段は、嗅覚、聴覚、味覚、魔力探査を用いて外界を認識しているのだ。その中の聴覚に伝わる情報を一部遮断され動揺したのだ。

霊体のときに幾らでもなれているかと思っていた久郎は、念話に切り替えて苦情を申し立てるライダーに向けて片手を立てながら頭を下げ謝罪の意を表す。

ランサーに破壊されたガラス扉を指差し出口に向かうことを伝え、ゆっくりとセイバーと、凛の頭の上を横切り外に出て風の赴くままに流されていく。

 

ホンの一、二分で百メートルほど夜の陸風に流されて、人気の無い雑木林に着陸しカードの効果を解いてライダーと共に木々の間を歩く。時折、落ちていた枯れ枝を拾う。

 

「マスター、これからどうするおつもりですか?」

 

「事故とはいえ、サーヴァントを召喚した以上生き残るために参戦するしかないだろう。それに伴って今すべき事は一つ!! ……こんなものでいいか」

 

胡坐をかいて、手のひらを合わせる。前には拾い集めた枝が集められており、両手を翳し枝が形を変え一枚の正方形の用紙となった。久郎は、それを拾い上げそれに書かれた文字に不備が無いか確認する。   

聖杯戦争に参戦する旨の書かれた宣誓書を練成したのだ。

 

その宣誓書を鶴の形に折って魔力を込め始める。

 

形骸よ(mere crane )生命を宿せ(flap in the sky)

 

監督役に即席の使い魔(メッセンジャー)を送り、冬木教会へと飛ばしたのだった。

そして、

 

 

 

 

 

「敵が近くにいるようです。警戒してください」

 

「ああ」

 

ライダーが、釘剣を構えながら警告を発した。

木々の間から、女の子の笑い声が複数の箇所から反響するようにあちこち聞こえた。

 

よく見ると、木々の間に小鳥の形を模した糸……だろうか? ひも状のもので構成された使い魔が複数止まっていた。

錬金術の大元であるアインツベルンの魔術特性は力の流動と転移。

魔術師にしてみればお遊びのような、声の伝導と転移を応用した魔術の一種なのだろう。

 

『やっぱり、お兄ちゃんだ! お空の散歩はもうお終いなの? 今度はイリヤも連れて行ってね。勿論』

 

笑い声が途絶え小鳥達が一斉に同じ少女の声を送り続けるそのさまは一つの怪異や怪談の話にでも出てきそうな異様な空気を作り上げていた。

不意に、林の奥から大きな岩のような塊が飛び上がり此方へ向かって来た。

 

「ここで死ななかったらの話だけどね!!」

 

楽しげに命のやり取りを宣戦する白い少女と野生の獣が宿す獰猛と闘争のみを備えた二メートルを大きく越える巨体が、ライダーと久郎の目の前に現れた。

 

それは、鉛色の身体をした巨人が肩に乗せた少女を目的の場所まで跳んできた、ただの移動……であったのだ。




鼻をかむのに賢者の石を使うような天然くん……(ボソ)

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