遠坂凛が抱いていた、同級生「衛宮」の第一印象といえば、学園内で有名なポジションの割りに不思議と生徒の話の話題に出てこない『目立たない一般人』といったものだった。
容姿等に、特に変わったところはなく。髪は黒く短く切り揃えており、身長も平均で顔も整っている方だが、大人しい表情のせいかそれといった話は聞いたことはなかった。特徴といえば、目が悪いのか黒縁の眼鏡を掛けていることぐらいだろうか?
典型的な日本人を代表しているような、そんな生徒であった。
これといって、自分に接点の無い凛が彼に特別気に掛ける事も無く、入学当初からクラスは別で、一応確認として全校生徒相手に、魔術関連の不法侵入者がいないか鍛錬も兼ねて調べたときに一度顔を合わせたことはあるが、魔力の量も一般人の域を出ず、顔と名前が一致しているかどうかもあやふやな有象無象の市民Aといった具合であった。
ちなみに、凛が件の彼がこの学園ではちょっとした、有名人であったということを知ったのは、学園祭が終わって暫く経ったころ。体育会系の部活が有名で優遇されがちな穂群原学園に、校長と半ば賭けのような取引の末、調理部という文化系の部活が新しく設立された頃であった。
聞くところによると、彼は前々から普通の生徒とは一風変わっていたらしく。三年前から毎週土日は大きな籠を背負い近くの野山で野草の採集をして、帰りにはいつも籠から溢れるほどの量を入れて、帰宅する姿を目撃されている。
何処かの部活に入ることは無く、凛と同様帰宅部であり。帰りによく藤村先生と一緒に帰る姿を確認されており、一時不穏な噂が流れかけたが、それはすぐに無くなって行ったそうだ。
何でも、藤村先生は元々
後の生き残りの話によると、藤村先生が学生時代の頃にお世話になった人の家の子が彼であったようなのだ。
話を聞いて調べたのだが、彼は十年前の冬木の大災害の生き残りであり。当然、衛宮親子には血縁関係はなく養父子の関係であったようだ。当時は、今の衛宮が住居としている洋館ではなく、昔からの住宅が処残る武家屋敷に住まいを構えており。藤村先生は、地主の縁者とその購入者といった伝手で知り合ったらしくそれなりの親交があったようなのだが……八年前に衛宮の屋敷で何か事件があったらしく凛の情報源である同級生の話では、そこから先は色々
確かな市の記録によると、五年前から三年前の二年間。一人で外国に留学していたらしく、三年前にひょっこり冬木市に戻って来る時、元の実家に立ち寄らずに、今住んでいる洋館を土地ごと購入して、そのまま中学校に転入するも彼と同じ中学出身の同級生から言わせれば、三年という最終学年の二学期という中途半端な時期に入っていて皆受験で忙しく話しかけることも特になかったとのこと。
一年のときは、それ以外に何か問題も賞罰を起こすことはなく、一般的な(一年で一部活の部長という点は別だが)生徒と同じく日常を過ごしていた。
だが、二年の冬に同級生の間桐慎二の妹である桜が、彼の家に通いつめているという聞き捨てならない話を聞いた時には、流石に寛容出来ず桜にそれとなく理由を聞いたのだが、帰ってくる返事は「遠坂先輩には関係ありません」の一点張り。実際その通りなのだから強く出ることも出来ない。凛は遠見で洋館の敷地外から確認するも、藤村先生も常に一緒にいることを確認して一先ず安心し、保留としていた。
だが、
十年前の大災害の生き残りで。
教師と家族同然の縁を持ち。
休日とはいえ、三年間も野草を集める奇特な趣味があり。
部活の後輩をしょっちゅう自宅に招待する。
外国からの帰国学生ときたものだ。
どう考えても怪しい。
これほどの一般的な生徒とは、かけ離れた特異な点をこれほど持ちながら今まで魔術師である遠坂凛が、その人物に対し元妹関連で深く知りえながらも、ただの
まるで、そのことに意識を逸らされ続けていたかのような。
「……セイバー、彼の家に向かうわ。私を抱えて大急ぎで連れて行って!!」
頭の中の違和感が湧き上がってくるのと同時に、凛は自らの体に強化を施し、サーヴァントに叫びに近い声で指示を出す。
「失礼します。急ぎとの要望なので、かなり揺れます。舌を噛まないように」
主を抱えたセイバーは、遠坂の屋敷を飛び出すと、人間には不可能な跳躍を見せ家々を飛び越え、夜の明かりを頼りに先ほど見た地図と町並みを空中で見比べると目的の屋敷に向かうのに最短のルートを選ぶ。見知った土地の、――嘗て故郷の草原を駆け巡るかの如く―― ように、アスファルトの上を自身の保有する魔力放出のスキルを応用し、半ば跳ぶように走り続ける。
下手な自動車以上の速度で進む二人が目指す衛宮の洋館…………。そこはかつて、第三次聖杯戦争において外来の魔術師が参戦するために、土地を買い占めて建設された屋敷であり、そして英霊を召喚するには打って付けの霊脈が通る
防弾どころか戦車の砲弾でもなければ傷が付かない、魔術という特殊な技術により強化を施されたガラスとチタンの支柱によって作られた広い植物園。だが今、その入り口があった扉は、爆破されたかのように無残にもガラスは砕け、軟らかい飴のようにひしゃげた支柱が辛うじて残されていた。
そしてその風通しの良くなった温室の工房には、二つの人の形を成した神秘の塊が(……正確には三人だが)いた。
薄明るくぼんやりとまどろみを誘うほどの光量で、室内を照らすのは電気の照明ではなく、魔力が異常なまでに濃くなり自然と光に変換されることによる、満月のような優しい銀色の明かりが偶然にも、衛宮の足元を中心に描かれていた幾何学模様の召喚陣から発光しているのだ。
先のランサーと名乗る赤い槍を持つ男の襲撃により、衛宮が使い魔として飼育している鳥達が一斉に空へと飛び立ち、洋館の庭に植生している木々に逃げ込む。
代わりにその工房を彩るのは、床の召喚陣に注ぎ込まれた魔力と召喚に応じ参上した英霊を構成するエーテルの余波の影響によって急速に成長し、満開の花を咲かせる薬草や毒草、非常食や趣味として育てた草木の数々であった。
季節によって咲かせる時期が異なる花々たちが、一斉に咲かせる奇跡を垣間見せる。
「やりやがったな、坊主。俺が見込んだ通り、マスターになりやがったか。……にしても随分といい女を呼びやがって」
その新たに現れたサーヴァントを見たランサーは、喜びに振るえて、良き難敵となった衛宮に賛辞の言葉を送ると召喚されたその英霊の容姿を見定め、つい言葉を零す。
光と風の中から現れたのは、扇情的な肢体のラインを強調する黒い丈の短いボディコンと、両目を覆うバイザー(眼帯)を身に着けながらも分かるほどに整った顔立ちをした、脹脛まで届く薄紫色の長い髪の女性の姿を象るサーヴァントだった。
彼女は、両足が地に着くと薄っすらと犬歯の覗く口から魅力的な声を出す。
「サーヴァント、ライダー。貴方の呼び声に応え、参上しました。…………この様子からして、我がマスターが襲われていると見て相違ありませんね。ご安心をマスター、貴方は私が守ります」
衛宮の叫びに応えるように現れたその女性は、朧気ながらも繋がっている
「私の
これより我が騎乗の手綱は、貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。ここに、契約は完了しました………あの男と違い、律儀な御仁のようですね。ランサー」
仰向けのままに、魔力の枯渇による意識の混濁に飲まれながらも、自分を見つめるマスターの頬に手を添えて壊れ物を扱うように撫でると、ライダーと名乗った彼女は、召喚後の本契約を結び、そのまま立ち上がると衛宮を襲っていたランサーを警戒し、手にいつの間にか仰々しい刺突と拘束を目的とした、長い鎖が繋がれている大きな釘のような剣を、二刀持ち構える。
それに応えるようにランサーは、召喚の際に吹き飛ばされ倒れた時に髪や鎧に付いた塵を払い落とし、闘争に満ちた目でライダーを見る。
「ハッ、生前のことを話すたぁ。随分と、余裕があるじゃねぇか。ライダー」
「……召喚の際に、自分のクラスを名乗ったのは失敗でした」
ライダーが手に持った釘剣に付いた長い鎖が、蛇のようにうねりながら、乾いた金属音を立てる。
互いに戦意を剥き出しに得物を構え、隙を窺い、相手を討ち取らんと虎視耽々に睨み合っていた。
先に動いたのは、ライダーであった。右手の釘剣をランサー目掛けて投擲し、それに付いた鎖を掴み、腕を振るい彼の槍の穂先に撒き付けて拘束を試みる。間合いの違う武器では、不利であると悟り、ランサークラスの強みである敏捷な動きを封じる算段なのだ。
当然それをただ見るだけで、立ち尽くすランサーではなく、自らに向かい来る釘剣を、鎖が伴う前に弾き飛ばすと、ライダーに自慢の赤槍を構えて持ち前の俊敏な走りで一気に近づく。
天井に向かい、吹き飛ばされる自分の得物見てライダーは、口端を吊り上げると今も釘剣と共に吹き飛び続ける鎖を自身の拳に乗せ引き寄せるように振り下ろし、巧みに操りランサーと自分の間に複雑に絡む鎖が躍り出る。
ランサーは、無闇に振るえば槍に絡み付かるかもしれんと悟ると、槍を自分の背に隠すように構えながら、鎖の無い左側へと進路を選びライダーから通り過ぎる頃、慎重に、だがけして槍に込める力を殺さないままライダーの右首筋を狙う。
ライダーは、ランサーと同等の持ち前の敏捷さで以って、逆手に持つ釘剣で受け流し、自らの筋力を一段階上げる魔獣や怪物の類が持つ保有スキル 怪力でランサーを壁まで投げ飛ばすか、そのまま引き込み、その強靭な握力で以って頭を潰すかしようと、左手を受け流した赤槍の柄へと伸ばす。
槍を受け流され、不自然に伸ばされた左手を見たランサーは、数々の戦場で培われた経験と勘に従い、後方へと飛び退く。
「敵の得物を掴もうとするたぁ、アブねぇ真似をする奴だ。想像以上に機転の利くいい動きをしやがる」
「…………」
互いに、身軽な獣のように構えるも、ランサーは手負いの獲物を狙う豹のように、感心し称賛を浴びせ、円状に歩きながらライダーの鎖を警戒し、ライダーは、マスターの側から離れずに母猫が天敵から我が子を守るようにランサーを、眼帯により隠された双眸から黙ったまま睨み付ける。
両者は、数手で相手の実力を加味し、拮抗したこの状況をどう打破するか思考をしながら相手と睨み合う。
しかしながら、同じ不動の状態であるが、警戒の理由はそれぞれ異なっていた。
ライダーは生前の出生上、英雄を募る若者達を一方的に虐殺するという経験であれば数多く持つが、同等以上の実力を持つ敵との『闘い』を知らないが故に。
ランサーは、悪名高き怪物の討伐や英雄を打ち立てた猛者たちとの豊富な経験を持ち、たった数手で以って相手が自らと
迂闊に動けなかった。
互いに同じくらいの敏捷さと筋力を持ち。
互いにマスターからの援護を期待できない状況にあるのだから。
二体のサーヴァントの緊迫した空気が、片方に崩れたのは本当に偶然であった。
―――目を覚ます。
衛宮が、十年前に今の体に落ち着いた時から不安定に発動する、不老不死の精神を宿す赤い瞳が、彼の意識を強制的に覚醒させ、二体のサーヴァントが互いに不動を貫いていた均衡を崩す。
「ぐっ、があ、……ゴホッゴホッゴホッ」
瞼を開き、倒れた状態のまま体を横にして『く』の字に曲げると、口を押さえ嗚咽と咳を出し、更に体を縮みこませた。一通り落ち着くと思い出したように胸を押さえ込み、心臓を貫かれたことにより破けた服を見て衛宮は気絶する前の自分の状況を把握するため、沈黙に口を閉じながら意識を戻した時とは違う赤い輝きを持つ瞳に変える。
―――目を盗む。
近くにいた、自分の視界に立つ二つの人の形を成した神秘の塊の記憶が、頭の中に雪崩れ込……まずにそれぞれの思考のみ入り込んで来た。
二体とも、予想以上に抗魔力が高いのか、彼らの記憶を読みきれずに現状の思考のみ掬い取れた。
双方は共に、冬木の聖杯と自身のマスターの召喚に応えてこの場におり、自らに課せられた定めと契約、願いのために戦い合っている。
一方は、自分を殺すために。
一方は、自分を守るために。
戦い合っているのだ。
どちらが、自分の味方なのかは顔を上げ一目見ればすぐに分かる。自分を標的に槍を構えるランサーと、その間に立つ長い鎖の付いた短剣を持つ髪の長い女性。
「ほぉー、あの魔力を枯渇した状態で目が覚めたか。まあ無理すんな、ドワタァ……!?」
衛宮は、ランサーを睨みながら、横に倒れていた体を仰向けに転がし、両手が自由な姿勢にすると、尽かさず両手を打ち鳴らしながら合わせると、工房の床に左手を付き動けずにいたランサーの足元に床の材質を圧縮した即席の(それでも直径三mはある)岩の拳が大蛇のように襲い掛かり、ランサーを突き上げて、そのまま放物線を描くように再び床に激突させる。無論、拳の上にいるランサーは、そのまま床と拳との間に声を上げる前に挟まれ潰れる。
練成によって隆起した床の隙間から覗くのは、温室の工房の地下に繋がる本物の『衛宮』の工房。
錬金術の鍛錬場と
衛宮は、右手を伸ばし地下へと続く、木の虚穴のような闇に向かい、魔術回路の酷使による体の疲弊を無視してでも戦える目的の魔法
「
礼装の名前を言い終わるか、終わらないかの瞬間、床にめり込んだ岩の拳に皹が入り、ランサーの地の奥から響くような怒号を合図に砕け散った。土煙が工房内に充満し砕け散らされた瓦礫が飛礫となりライダーに少なくない量が飛来する。ライダーは、自分に迫りくる瓦礫の破片を打ち払い釘剣を構え、ランサーの強襲に備えていると土煙から赤い呪槍が彼女の横を通り過ぎ、
「マスター!?」
ライダーが叫び、主の安否を確認しようと振り返ると、甲高い金属音が轟き、体鳴楽器のような余韻を残す音が工房内を反響する。
ランサーが放った真名開放がなされていない槍は、因果の逆転を行うことなく衛宮により、大きく回転しながら弾き飛ばされ空気を掻き回しながら、衛宮が立っている場所から大分離れた、右方向へ放物線を描き床に突き刺ささった。
土煙の影だけで判断するなら、今衛宮は、両刃の付いた18世紀には貴族の誇りの象徴や芸術品として扱われるようになった
土煙が衛宮の振るう剣から発せられる不自然な風圧によって払われ、彼の姿を見たライダーは、急に現れた剣よりも、その騎士然とした自身のマスターの隙のない歩調に疑問を持つ。
あの状態でどうやって動いているのだろうか?
ライダーは生前の経験上、人の保有する魔力の量を感知する能力が長けており、どれほどの量で魔力を奪われた人間が立つことが難しくなるか、気絶するか、死ぬのか、それらの状態を細部にまで、どうすればぎりぎりまで生かせるのかを知っている。
今の主の状態は、気絶と死ぬ前の中間ほどの枯渇に該当するほどの危険な状態だ。下手を打てば、良くて昏睡状態、最悪の場合は……死。
であるにも拘らず、マスターの近辺から魔力による空気の揺らぎが見られる。枯渇しているのに、体の外には大量の魔力があるといった矛盾した状態。その疑問は、彼が自分の近くに寄ることによりすぐ解明するのだった。
「…………あ、る……」
能面を被ったような、表情の無いのままライダーの傍まで歩くと、衛宮は先程までの息を苦しげに絞り出すような声でなく、壊れかけたオルゴールの連想させる途切れた口調でライダーに話し掛ける。
「じ……の、からだ。……を守、れ。サー、ヴァント!!」
「っ!! 分かりました」
その声は、自分のマスターから発せられたモノではなく、彼の持つ尋常ならざる魔力の篭った細身の剣からマスターの体を通して伝えられたのだと本能的に察した。
無駄な装飾が無い、その剣は決して常人によって手に掛けられた物ではなく。その刀身から鍔、握りに至るまで神秘の塊として、サーヴァントの持つ宝具と肩を並べてもなんら遜色もない一品であった。
おそらく、その
動けない自分の体を、十全に動かすために使われたその魔剣は、主の
「うおっと!?」
ランサーが、間一髪で剣の一撃をかわすと、弾き飛ばされた自分の愛槍の元へ駆け寄る。
最速の英霊と名高いその俊足は、衛宮の傍にいたライダーの横を通り過ぎ、床に刺さった赤槍を握る。
「驚いたぜ。その実力、策略ともに、正に英霊と一騎打ちを望んでもおかしくない程の、見事なものだ……なっ!?」
槍を手にし、魔力の枯渇で倒れながらも戦う衛宮に不意打ちを貰ってもランサーは、悪い気にはならなかった。
相手に対し、死力を尽くして限界を超えようとも生き残ろうと足掻くその姿に好感を持っていた。
相手が現代に生れ落ちたことを嘆き。戦士として激励を送ると、手に戻った槍の感触に違和感を感じた。
その穂先を鑑みるように、凝視し違和感の正体を知った。
ライダーの霊体化された鎖が、絡み付かれていたのだ。
槍を動かすたびに鎖が擦れ合う乾いた音が、ランサーとライダーの間に繋がれていた。気付けば、穂先の根元には更に三重四重に二本の鎖が巻かれ、見るからに力尽くに引き千切るには骨が折れそうだ。
金属音の先に、鎖を実体化させて手に持ったライダーが、口元を吊り上げランサーに告げる。
「逃がしはしません」
ライダーの後ろから衛宮が現れ、剣を振り上げ、ランサーの心臓を貫こうと利き足を踏み込む。
「……し、…ね。!?」
踏み抜き、後一歩でランサーを貫くことが出来るといったところで、彼の足が
「あ……るじ?」
その体は、疲労の限界を越えて腰が抜けて、立ち上がることが出来ず。衛宮の体を操る『剣』は、いやな汗が流れ震える右手を見て。最後には、花びらの絨毯に倒れ込み。数秒と掛からないうちに剣の形が崩れ、一枚の
「くっ、」
倒れこみ、浅い呼吸を繰り返す自分のマスターの様子を見たライダーは、両手に持った鎖を右手に集めてランサーを逃がさないように力を込め。両目を隠す眼帯を外そうと、左手を頭の後ろに回そうとする。
「なあ、もうこれで今夜は、分けってことにしねえか?」
ランサーの横破りな提案にライダーの手が止まる。其の隠された双眸には、困惑と希望がちらつくも、冷静に対応する彼女の声色は一変とてそれを悟らせない平淡なものだった.
「どういった理由で? 貴方は、私のマスターを脱落させるために襲っていたのではないですか?」
ライダーの問いにランサーは、鎖が絡まれていることを忘れたかのように右手で頬をけだるそうに掻いた。
「一言でいやぁ、勿体ねえと思った」
「?」
「俺が、この聖杯戦争に参戦した理由はひとつ!! 死力を尽くし強者と戦い抜き通すこと……ただ、それだけだ。聖杯になんざ端から興味はねぇんだよ。撃ち合って、殺り合って分かったが、お前らの実力はこんなもんじゃねえのは一目瞭然だ。今度刃を交えるときは、全力で来い! 俺もマスターと共に戦い死力を尽くそう」
言いたい事だけ言うと、ランサーは霊体化し姿と気配を晦ましてしまった。
「マスター、大丈夫です。今、少しですが魔力と体の回復を……」
ランサーが去り、奇襲の危険が無くなったことを確認したライダーは、息苦しそうに倒れこんでいるマスターである衛宮の傍に駆け寄り、腰を下ろす。そして、唐突に左手に持った釘剣を右手首に沿え斜めに滑らせた。
「私の血は、不完全ながらも死と生命の両方の性質を持ちます。完全ではありませんが右側から流れる血は、死者を蘇らせ、左側から流れる血は人を殺す力を持つと……一気に飲みなさい」
それは、大地の女神の成り損ないであったこと。理性を失い怪物に変容した後、英雄によって討たれその首から流れた血が、生命のいない砂漠の大地に降り注ぎ、その環境に適応した蠍や毒蛇が生まれた伝承に由来する。
「うぐっ、ん」
鮮血の滴る手首を、口元に押し付けられた衛宮は、口内に注がれた血液を一気に飲み下す。サーヴァントの豊富な魔力の篭った血液が、通常の魔力供給とは比べ物にならないほど馴染み、体内に浸透し、次第に呼吸が安定すると、衛宮は上半身だけ起こした。
「はあ、はあ、…………お前たちは一体?」
困惑した自身のマスターの様子にライダーは、右手の傷を塞ぎ終わらせ怪訝そうに衛宮を見る。
「あなたは、どうやら自覚を持って召喚を行った訳では無いようですね。でしたら、聖杯戦争のとそのサーヴァントの存在を知らないのも無理は―――」
「違う」
その様子に、聖杯戦争に巻き込まれた事情を知らない、魔術師であると当たりを付けたライダーは、聖杯戦争に関する説明をしようとしたが、すぐに否定によって語りの説明を遮られる。
それも当然だ、衛宮は聖杯戦争の知識を養父からその大本を半ば事故として譲り受けているのだから。
彼が、狼狽しているのはそのことではなく。
「サーヴァントの、召喚が俺の意識的な行動じゃないのは、その通りだけど。俺が、気にしているのは、なんで今の時期に聖杯戦争が始まっているのかってところだ。次の聖杯戦争は、五十年後の筈だ」
前回の第四次聖杯戦争は十年間に終結し。案の定、表上勝者を……聖杯の獲得者を出さないまま終結した。
そして、六十年間のインターバルにより、第五次の聖杯戦争が始まる筈であるのだ。
「……私の聖杯から与えられた知識の中には、それに対する回答を得られるものはありません」
ですが、私があなたのサーヴァントであるのは、その左手の令呪から繋がる
「そうか、無いものは仕方ないよな。魔術協会からの依頼が急減したのはそのためか、クソッ……ちょっと持ってくるものがあるから、そこで待っていてくれ。……あれ?」
衛宮は、ライダーが敵でないことに一安心して床に落ちた『
「なん、で? ……うわ!?」
ライダーが、横に着きマスターの腕を掴み、自身の肩を貸して立ち上がらせる。
「無理をなさらないで下さい。ある程度回復したとはいえ、あれほどの魔力の枯渇から、それほど時間が経っていないのですから」
「いや、その有難いんだが。どうも、その」
「さあ、マスターどこに向かうつもりだったのですか? 不躾ながらお供致しますよ」
肩を回し互いに体を密着させている状態にあるこの状況で、ライダーの妖艶な肢体と包容力抜群の胸部の膨らみが彼の胸板に当たり、赤面する衛宮を、どこか微笑ましく悪戯っぽく口元を吊り上げるライダー。
完全に玩具として遊ばれている。
「モウ、イイデス。……そのまま進んでさっき開けた穴の中から、地下室に向かう」
ランサーにぶつけて、押しつぶした岩の拳の腕に当たる部位が砕かれずに柱とした残っており、手を合わせてそれに触れたまま錬金術の物体形状変化を行使し穴から岩で作られた螺旋の階段が作られた。ライダー諸共、直接沈むように地下へ潜る。
そこには、何か特別な施行が凝らされている訳ではなく、ただマナの溢れる――その地上へと繋がる穴が無ければ洞穴となんら変わりない――土と岩の壁のドーム状の空間が広がっていた。
「
その岩壁の淵や狭間から、赤に金色の装飾が施されたカードが、地下室を飛び回り、最後には衛宮の懐に入り込む。
全てのカードが集まったことを確認すると、彼はライダーにドームの中心まで連れて欲しいと頼み、支えられながら進むと、肩に回していた手を戻し再度手を合わせて、床に翳すと土の床から古びた宝石入れのような箱が出て来た。
『開け』
ライダーは、最初空気の抜けるような音がしたと思ったが、衛宮が発した全ての音を聞いた途端、その言葉の意味を本能的に理解した。
蛇語、おそらくそう表現するのが一番適切であろう言語は、けして人には理解できない太古の技術だ。
おそらく、マスターも自分と同じように社会や人とは異なる生を受けて苦労したのではと、同情的な眼差しを向ける。
「!?」
封印の解けると自動的に、ゆっくり開いたその箱から出てきたのは、赤い輝きと共に溢れた魔力の渦と轟音を思わせる衝撃だった。
「
その魔力量にうろたえるライダーを無視して衛宮は、一本の包帯を投影し、箱の中にある魔力の発生源たる赤い宝石に巻きけて魔力の嵐を抑えこむ。
かつて、衛宮が幼少期に患わせた魔眼の暴走を抑えるために巻いていた、
その、封印が施されていたのは、衛宮■郎が八年前に偶然辿り着いてしまった禁忌の魔法。魂の物質化の果てに出来た、究極の錬成増幅器。
その名は、『賢者の石』。
「なあ、お前は一体どのクラスの英霊なんだ?」
「え? ……と? …………」
目的の礼装を手にした二人は、早々に地下を降りたときに使った階段を上って地上に戻ると、衛宮は思い出したように、ライダーのクラスを聞いてきた。
彼女が召喚と同時に名乗りを上げた時、彼は既に意識が朦朧としており、はっきりと聞こえなかったのだ。
名乗った筈であったライダーは、暫く唖然とし衛宮の言葉の真意を思考するも心当たりがなく、語り掛ける言葉が見つからずに内心、冷や汗が止まらずにどういった紹介をすれば良いか分からず沈黙を保ち続ける。
「? あぁ、名乗りを聞く前に俺から紹介するのが礼儀だな」
目を合わせたように、固まって動かなくなったライダーの様子を見た衛宮は、彼女の焦りを察することなく礼儀を重んじて接して欲しかったのかと勘違いしたまま。破けた服を錬成し直し、姿勢を正して紹介を始める。
「俺の名前はクロウ。衛宮家六代目当主、
「……っ! はい。此度の聖杯戦争に措いて
その、自身のマスターの紹介に習って、真名と共にライダーはもう一度、主を守ること目の前で誓った。
ライダーとの相性は、原作の桜以上なので当然ステータスは、若干高めです。
いやー、やっと主人公の名前が出せました。
名前の由来は、後程の過去編で☆