偽・錬鉄の魔法使い   作:syuu

15 / 17
大変長らくお待たせいたしました(謝罪)

やっと更新出来ましたorz


サクサク書けない……(混乱)
スランプなのかな?



15温求の無意識

イリヤスフィール・フォン・アインツベルンにとって、聖杯戦争は左程重要な意味を成さない、両親が返って来ないことが分かってから毎日のように続けられた聖杯の器としての調整や魔術の鍛錬と何も変わらない退屈なものである筈だった。

 

第三魔法の再現。

一族の悲願成就。

聖杯の器の完成。

 

様々な言い方が上げられるが、当主である『アハトのお爺様』ことユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンによって制作された自分の最初で最後の仕事であった。

 

 

 

十年前、第四次聖杯戦争に参戦した両親。父、衛宮切嗣(キリツグ)と母であるアイリスフィール・フォン・アインツベルンが二人で共にこなす二週間程の仕事であると言われたあの日のことをイリヤは忘れることなく今も、自分の中にいる母とよく似た別の何かと共に夢を見る。

 

フユキの地に向かう前夜、母と共に語り合ったアインツベルンのホムンクルスとして作られたモノの運命と言われた。母子二人で、まだ五つと年を数えた頃と同じように寝台の中、互いの体温を確かめるように頬を撫で、強く抱き締める。

 

アイリは、イリヤに最後の別れと、永遠の邂逅を約束した。矛盾しているそれをまだ八歳を超えたばかりであるのにも拘らず理解していた。

彼女達ホムンクルスの雛型となった冬の聖女、ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルン。二百年前に大聖杯の炉心としてその身を捧げた最初の聖杯の担い手。

その魂は既に聖杯として捧げた肉体と共に完全に昇華されているため人格に当たる機能は既に無くなっているものの、大聖杯を通じて繋がりは、代々のホムンクルス達を通じて今もなお続いている。

そのため、イリヤは年齢相応の情緒を備えつつ、膨大な量の記憶と知識を感覚として引き継いでいるため母との別れは、苦にならなかった。

 

聖杯戦争の開戦は、小聖杯の器を守る人の殻として製造された母、アイリスフィールの寿命が迫ってきていることを表す。聖杯降臨の時まで、その身を戦火の中で守り続ける自己防衛機能の一つとして使命を全うすることは、アイリスフィールの肉体的な死を意味し、大聖杯への帰還、次代の聖杯の担い手の一部になることを両親は受け入れていた。

 

聖杯をアインツベルンに献上し、長年の理想を叶えて帰ってくると約束した(キリツグ)。一族の財力を駆使して引き当てた、最強の英霊(セイバー)を率いて聖杯戦争に勝利する。そう言い残したあの男(ウラギリモノ)

 

 

イリヤは毎日、両親に与えられた子供部屋の窓から父親の帰りを今か今かと待ち構えていた。

約束の二週間が過ぎたある日、城の結界を越えた木々の間に見えた車の影に、イリヤは胸を躍らせて無事に帰ってきた切嗣の帰宅を嬉しく思い、城の階段を駆け降りる。

 

「おかえりなさい、キリっ!? ……」

 

ツグ。と、イリヤは扉を勢い良く開けて、挨拶を交わして聖杯(アイリスフィール)を手にしているであろう父に飛び付こうとした。

 

しかし、扉の向こうは、真っ白な雪に埋もれ、木枯らしが吹く銀世界。

そこに立っている筈のキリツグの姿は、自分の帰りを待ってくれた娘の御出迎えに、だらしなく笑いながら抱き寄せようとする父の姿は、影も形も無かった。

 

冷たい風と雪が城の中に入り込みイリヤの髪を撫で、彼女の後ろに佇むユーブスタクハイトを嘲笑うように吹き込む。

 

 

そして、呆然と外を眺めるイリヤの後ろからどす黒い闇を纏った細身の人影が現れ、イリヤに寄り掛かるように後ろから抱きついた。

 

「お母様?」

 

それは母の声で、とても楽しそうにも憎しみを抱いているようにも聞こえる口調で語り出した。

 

『切嗣が、聖杯を破壊した。最も愛し、お前を幸せにすると誓った彼を信じて聖杯となった(わたし)を殺して、妻子(わたしたち)を道具のように捨てて、裏切った』

 

「何を……言っているの? お母様はちゃんと聖杯になってキリツグが守るんだって」

 

当然、イリヤは父がそんな非道を自分たちに行う筈がないと否定する。

 

必死に否定するイリヤの姿を見たそれは、足元から広がる燃えるような闇を使い視界を覆った。

すると、イリヤの頭の中に自分と両親の三人がいる部屋が見えた。窓の外は常闇のように黒く、何もない所だった。

イリヤは、それが聖杯となった母の記憶であることを理解した。

聖杯を目の前にして後は、願いを望むだけの状況であることを理解してしまった。

 

 

聖杯が叶える切嗣の願いが作った仮想(IF)の世界。

三人だけの幸せな世界。笑っている母と自分とそれに戸惑っている父の、もう訪れることのない一家三人の幸せな空間。

 

アイリの姿を模したソレは自分を使って、聖杯にこの思いを願えば叶うと言った。争いのない平和が約束された理想郷。イリヤも母と切嗣がまたこの部屋で語り合って、三人で暮せるのが一番の幸せであった。

 

外の世界がなくなっても、三人だけの幸せな城の一部屋の中で切嗣は、三人で暮らそうと、幸せな世界で生きようと、優しく笑った。

 

 

そして彼はイリヤに銃口を向けて頭を吹き飛ばし、何故イリヤ撃ち殺したと掴み掛かるアイリの首を絞めた。

娘を殺されたアイリの感情を取り込んだソレは憎たらしく切嗣を見て再び何故と呟く。

 

『何故、私を受け入れない? どうしてっ……』

 

聖杯(あれ)が叶えた世界では、救う命よりも犠牲にする命の方が大きい』

 

そう言い放った、父の声はイリヤが一度も聞いたことのない冷たい刃物のような恐ろしいものであった。

 

大聖杯から流れるその瞬間の記録が、真実であることを理解してもイリヤはそれを嘘だと断じたのは一種の自己防衛であった。彼女の半身が、心を持たない人形(ホムンクルス)であったとしても、人間の血が通った感情が精神(たましい)を引き裂く。

 

「嘘よ!! こんなの絶対嘘よ!!」

 

聖杯との繋がりを切り、現実に戻ったイリヤは溺れるように恐怖し、叫んだ。父が自分を撃ち殺して、母にも手を掛けるその瞬間を否定した。

 

 

「…………キリツグは? キリツグは、どこにいるの?」

 

帰ってくると約束した、八年間見慣れた父の姿を探すイリヤを、アインツベルン八代目当主であるユーブスタクハイトは絶望と野心を宿した瞳に移すも、見つからない親を探すイリヤを置いて次の聖杯に向けての準備を始めるため、古城の奥にある工房へと去って行った。

 

 

 

 

 

(キリツグ)が帰ってこなかった、その日からイリヤは衛宮切嗣とアイリスフィールの娘としての生活を失うこととなる。

 

 

両親の意向から今まで人間として育てられて来たイリヤを待ち受けていたのはホムンクルスとしての機能管理の日々であった。

 

暖かい自分の部屋がなくなり、ボロ衣を纏いながらイリヤはキリツグの帰りを待った

 

あの男(キリツグ)は私達を受け入れずに、裏切った。あなたを救うと約束を果たさずにワタシを己の手で壊したのよ。呪いなさい、呪いなさい。あの裏切り者を決して許しては()らないわ】

 

イリヤの背後に粘りつく怨嗟の声が母の姿をして時折現れ始める。

一人孤独に耐えている時に耐え切れずに聖杯との繋がりを強く持とうとすると溢れる泥水のように出てくる母の姿を模したナニカ。

 

イリヤはその声に抗い、ただ父の迎えを待ち続けてその声を出来るだけ無視することにした。キリツグを呪いたくなかった。それ以上に、夫を呪えと強要するような母の姿をしたソレを見たくなかった。聖杯との繋がりを絶ち、魔術回路と魔術刻印の発動を止めると冷たい現実に帰る。カーペットすらない石作りの部屋にイリヤは一人父の帰りを信じて泣き続けたがそれも長くなかった。

 

 

暖かい食事も母と寝たベッドも父に与えられた人形も全て、アハト翁に取り上げられた。

 

まるでイリヤから人間の温もりを遠ざけるようにアハト翁は何ら感慨無く、成果を生まない初期の人形(ホムンクルス)と同じように扱った。

 

両親が城に居た今までは、人間とホムンクルスとの(あい)の子であるが故に、イリヤの処遇は複雑であった。

用心深いアハト翁(ユーブスタクハイト)は、次の聖杯の担い手候補としてアイリスフィールと切嗣に子を成させた。第三魔法の復活のみに執念を燃やすアハト翁にとって彼女たちは目的を達成させるための礎であり、捨て駒でしかない。

 

それを回避するために、アイリは聖杯となって夫の願いを、キリツグの理想の礎となることを覚悟した。

第四次聖杯戦争で無事彼が勝利すれば、イリヤは晴れてアインツベルンの人形(ホムンクルス)の宿命から逃れ、切嗣の子供として自由の身となる。そう信じて、自身の人間としての機能を飲み込み、形を成した聖杯を託したのだ。

 

娘と夫の幸せという火を灯すために薪となることを選んだアイリに、心残りはあれど後悔はない。

五度目の聖杯戦争を回避するため、イリヤに優しい世界を送るためにアイリは聖杯となった。

 

 

それを切嗣は踏み躙り、壊した。自分を守ってくれる両親は、もういない。一人で生きて行くしかない。

生きて、行かなければならない。

大丈夫、大丈夫。と自己暗示をかけながら、イリヤは一人で冷たい日々を乗り越える。

 

 

『あの男が死んだそうよ。身勝手に生きて、惨めに死んだ。裏切り者に相応しい死に様だったそうよ』

 

第四次聖杯戦争が終わってから二年後、切嗣を呪えとのたまう黒い母の姿をした異形の聖杯が、切嗣の訃報を伝えた。

 

「そんなのどうだっていい。わたしには、もう関係無いことだもの……」

 

イリヤは、今更自分を捨てた男のことなどと無関心を装うも、本当にいなくなってしまった父の死に心のどこかがぽっかりと抜け落ちていた。アインツベルンの森を出る時に抱き締めて来た温もりも思い出せないのに、イリヤは父の死を悼むことが出来ていた。

それが彼女にとって、救いであったのかは彼女にも分からない。

 

遂に一度も迎えに来なかった。もう、迎えに来るという幻想を抱かずに済むというのに、イリヤの心に孤独という毒が入り込み、記憶に残っている優しい両親を失った悲しみがイリヤの涙を凍らせ始める。

 

『関係無いことなど無いわ。だってまだ、養子(こども)がいるもの』

 

「コドモ? 私の兄弟がいるの?」

 

イリヤの返事に、ソレは子供がいることを教え、近いうちに聖杯戦争の中で殺し合えることを仄めかす。

 

『ええ、そうよ。そして貴方たちは、互いに殺し合う運命にある。大聖杯の火は、まだ消えていない。もうすぐよ、もうすぐ殺し合える! 楽しみねぇ、イリヤスフィール』

 

その言葉がイリヤの耳に入ることはなかった。

父を待つこと二年。口では孤独に慣れていると自分に言い聞かせるも、必ず迎えに来ると言っていた父の言葉に期待し希望を捨てきれなかった最中の突然の訃報。しかし、そこに自分と同じ境遇を持つ兄弟がいることを知り、彼に自分の全てを重ね、そして押し付ける。

 

「わたしと同じ。キリツグに置いて行かれた、わたしの弟……フフフッ」

 

孤独を覚悟した中での一本の(えにし)。日本に残った父が残した義理の兄弟に対し、イリヤは、自分から父親を奪った子供としてではなく、自分と同じように孤独を共有する家族として、いつか会う日を待ち遠しく思うようになっていたことにイリヤはまだ気が付いていなかった。

 

 

 

そして、イリヤの代から聖杯の器としての調整は、過去に見ない苛烈なものであった。

 

アイリスフィールは聖杯の降臨まで守る自己防衛機能を兼ね備えた殻として製造され、完成した状態でこの世に作られた。その娘であるイリヤスフィールは、更なる聖杯の器としての完成度を高めるために、受精卵の着床が確認された瞬間から魔術的調整が施されていた。イリヤは、千年続いたアインツベルンの技術の結晶である母の血と五代に亘って魔導の血を受け継いだ父の精から、ホムンクルスとしての技能と人間としての限界を超える力の両方を備えていた。

出産時の段階で既に体内のおよそ七割が、魔術回路で構成されたその体は、人間(ホモサピエンス)人形(ホムンクルス)を超越した精霊に近い作りに改造され、外的措置を施して新たに魔術回路の移植すら可能と化していたのだ。

 

 

毎日、毎日、アインツベルンの工房で体を切り裂き、切開した箇所から直接魔術回路を移植する調整は文字通り、血が滲むどころの話ではなかった。

 

アインツベルンの悲願なんてどうだっていい。失敗しようが成功しようが興味なんて無い。これは自由を得るための投資。

たった一人の義兄弟(かぞく)にして、(キリツグ)を奪った他人。自分が会うのに相応しい人間かどうか見極め、気に入ったら自分の奴隷(サーヴァント)にしてもいいし、聖杯戦争が終わったら聖杯(じぶん)をあげてもいいとさえ思った。

 

どちらとも着かない結論であったがイリヤは気にしない。どうせ最後は聖杯となる身、成るように生るモノだと勝手気儘に自分の考えを自分なりに、まとめ終える。

 

そうして、自分の従えるサーヴァントが決まって一悶着あったものの無事契約を済ませた後になって、手加減が出来るか分からなくなっていた。規格外のステータスを誇る大英雄ヘラクレスの前では、大半の英霊は見劣りしてしまう。

冬木へと赴き、出逢い頭に戦いを仕掛けて、あっという間に死なせてしまうのはどうかと思ったが、殺し殺されるのが聖杯戦争であり、魔術師の日常である。

死ねばそれまでの存在だっただけのこと、本当に戦いたくなくなったら、魔術師が活動を控える昼間に会いに行けばいい。

 

 

そう思っていた。しかし現実は違った。自分以上の、正真正銘の化け物が冬木の地に潜んでいることを知った。

 

イリヤは、アインツベルンが千年掛けて漸く辿り着いた最高傑作の聖杯の担い手であった。魔術師として規格外な魔術回路の量は、保有する魔力の多さに直結し、そして前回の聖杯の器であった(アイリスフィール)は魔術技能の長けたホムンクルスとして設計され、その胚から生み出されたイリヤスフィールというホムンクルスは、母体以上の性能を誇り、他の六組(マスター)とは別格であると信じられていた。

 

 

義兄弟である衛宮久郎のサーヴァント、七騎目(ライダー)の召喚を確認したイリヤは早速挨拶も兼ねて戦いを、自身の最強のバーサーカーを嗾け、そして英霊と互角に渡り合う魔術師の姿を……。

 

 

神秘と神秘のぶつかり合いが母譲りのルビーの瞳に映し込まれた。

 

幻術などを用いず、純粋な魔術の技量とサーヴァント(ライダー)との連携で見事に自分の最強のサーヴァントであるバーサーカーを打ちのめし尚且つ、イリヤに降伏を勧める余裕すら見せた。

もし、他のマスターが同じ状勢に立っていたら間違いなくイリヤを殺し、死体に残る令呪を剥ぎ取るだろう。そして、衛宮久郎が本格的な魔術師であったのならイリヤを殺していた、正確には、殺すことが出来た。

しかし現状はそのどちらでもなく、彼はイリヤに降伏を望み、魔術師としては在りえない情を見せ、バーサーカーの宝具の再生の機会を与えた。

 

なんて甘い考え方をしているのだろうか、イリヤは魔術師として在りえない欠陥とも取れる久郎の行動を諮りかねていた。と同時に、義兄弟として非常に好ましくすら感じられた。

 

久郎自身からは大した量の魔力を有していないことから、何処から魔力を補給するように細工していることを見破ったイリヤだが、それを差し引いても久郎が適うことの出来ない強者の存在であることを知る。

 

それは最強のホムンクルスであり、一般的な魔術師の持ち得る技量を凌駕したイリヤだからからこそ、その実力の違いを見抜けたのだ。神秘の使い手として化け物(クラス)であるイリヤですら恐れ慄く桁違いの技量。否、サーヴァントの殺害を可能としたその神秘は現代の魔術とは一線を越える、さらに上の段階にあるもの……。

全サーヴァントの中で歴代最高クラスのパラメーターを持つバーサーカーと殆ど一対一(サシ)で人の身でもって戦いに投じ、宝具でもある十一有る命のストックを三つ()いだ、あの御業は果たしてどういった絡繰りであったのかは、イリヤには分からなかった。

 

 

正に、バーサーカーに劣るとはいえ高位に当たる英霊であろうライダーを率いる衛宮久郎の陣営と戦うことはサーヴァント二体分以上の戦力と戦うことに等しいことがわかる。

 

単独で、バトルロワイヤルが前提となる聖杯戦争に於いて反則的な戦力を有しているのだ。

 

それは、逆に言えばイリヤ以外の魔術師にも倒されることのない……即ち、聖杯を手にする優勝候補であるということを意味する。

 

 

神秘(サーヴァント)同士の戦いとなってしまえば勝ち目がないことを察したイリヤは、早々に久郎との敵対を諦めて少々番狂わせになったが、自己紹介の返事も兼ねて昼間に会いに行くことにし、そして非常に有意義な時間をまるで本当の兄妹のように過ごした。

 

まず最初は、その容姿に驚いた。予め二度会ったとはいえ、どちらも日が落ちた暗闇の中で、ゆっくりとその姿を眺めることが出来なかったからだ。写真で知っていた上で、前夜に戦い合ったマスターである義兄弟の髪と目の色は驚くほど、父親であった切嗣と同じ漆黒であった。

その色は、白に埋め尽くされたアインツベルンの城内で唯一の異色であった切嗣と同じ色をしていたのだ。

 

昼間はマスターとしてではなく、久郎の妹として会いに来たと告げた時、彼の表情がとても複雑そうに歪みつつ、とても照れ臭そうに笑っていたのをイリヤは見た。その動作一つ一つに、嘗て森の中で肩車をして貰ったり、胡桃探しをした切嗣の影がチラつく。その記憶は、イリヤの心に追懐と蟠りのような怒りを彷彿させてしまう。

そんな激情を追い払うようにイリヤは、手始めに久郎から様々なことを質問した。

久郎の生活、楽しかったこと、日本のこと、時計塔のこと、久郎がお世話になった魔術師たちの話、聞けば聞くほど、その場にいなかったことを悔やむほど楽しい話だった。

どことなく、切嗣と関係のある話をはぐらかしてくれる気遣いも、こそばゆくはあったが悪い気はしなかった。

 

名を聞き、互いに呼び合い、久郎は、イリヤの質問に全て完璧なまでに答えてくれた。

しかし時間とは残酷なもの、苦しい時ほど長く、楽しい時ほど短く過ぎてしまう。

 

久郎が他の女のマスターに呼ばれて、会合を行うと言われた時、自分でも分かるほど激しい嫉妬が生まれていた。気が付けばイリヤは、久郎を自分の車に乗せて、凛とセイバーの待つ庶民が通う大衆食堂へ向かおうとする。食べたい料理があるなら自分の家で料理人を雇えばいいのにと、文句を言うイリヤを見ながら久郎は苦笑いを浮かべた。

 

運転中にイリヤは、先ほどの話の途中であると前置きし、久郎の聖杯に託す願望を聞いてきた。

 

どうしてそんなことを? と聞き返されたイリヤはただの好奇心であると返した。そして久郎が何故聖杯戦争に参加することになったのか聞き、その内容に驚く。

 

久郎曰く、

聖杯になど興味は無い。

自分は巻き込まれただけだ。

今までの生活を続けたい。

 

といった、取るに足らないものであった。否、取るに足らないどころの話ではなかった。聖杯にマスターとして選定された魔術師は、サーヴァントと同様に聖杯を使って叶える願望を持っている者に限られる筈なのだから彼が、衛宮久郎がマスターに選ばれるのはありえない。

考えられるとするなら、ランサーに襲われ其の身に危機が迫り、その『状況』から脱却したいという願望から聖杯がサーヴァントの召喚を行ったという仮説。

前例が無い訳では無いが、聖杯に選ばれるマスターの人数が揃わない場合は大聖杯が冬木の地に存在する魔術回路を持つ人間を選定を行う。それに当て嵌めれば成程、これほど資質の高い魔術師はそう居ない。

 

聖杯を手にするために参戦したイリヤにしてみれば、聖杯を手にすることのできるマスターに据えたことでマスター同士という間柄から話し合うことの出来る機会を与えてくれた聖杯に感謝すればいいのか、御三家を含めた六組を全て葬り兼ねない強敵を作り出したことを恨めばいいのか……。

 

当の本人が、攻撃的な性格でなかったのが救いであったと、イリヤは車内で安堵した。

 

 

互いに敵同士という中、同じ男を(養)親に持つという理由で遠坂凛が開いた会合に参加したイリヤであったが、凛と住居について話すことなどない。しかし、セイバーとは母についての因縁が残っていたため二、三からかった後に食事に集中することとなった。 

 

 

 

 

 

 

 

再会し対面したセイバーは最初、切嗣の実子として自己紹介をしたイリヤを見て血の気が引いていた顔をしていたが、久郎の懇篤とした対応によって冷静さを取り戻し、見ていて気持ちが良くなる食べっぷりで食事を再開した。

 

 

 

イリヤは、そんな彼女が幸せそうに食事を楽しむを見ながら、日本の大衆食堂に出されるワインと肉を味わう。

お付きのメイドが作る料理と比べて素朴な質であったが、特に文句を言うことはない。何故なら、それ以上に気に食わないことが目の前で展開され沸々とイリヤの精神に嫉妬の炎を燻らせていたのだから。

 

イリヤの左手に揺れるワインは、その充てつけの様なものだ。

注文の際、店の従業員に未成年の飲酒禁止などについて注意されたが、即時に暗示(リライト)の魔術を使って強引に注文を済ませ、最初の一杯は胃に流し込む勢いで飲み込んだ。

赤い葡萄酒特有の辛味が舌先から喉を焼いて、後から残り香のような果実の香りが鼻腔に行き渡る。

酒の色と香りの楽しむ前に飲み干すのはマナー違反ではあるが、ここにはいつも食事儀礼(テーブルマナー)に煩いお付のメイド(セラ)はいない。

 

 

二杯目のワインをゴブレットに注ぎ、今度は普通にワインの華である色彩と芳香をゆっくりと舐めるように味わう。流石に品が無いと思ったイリヤだが、特に気にする様子も無くただ離れた席の向こうにいる久郎と凛が二人きりで話し合っていること自体に苛立ちを感じ、面白くない状況に焦燥する自分の感情に振り回されていた。

 

イリヤにとって形だけでは凛と久郎の二人きりでの会合を提案したものの、実際に義兄と離されて義理とはいえ、兄妹同士で親交を深め合おうとしていた時に横槍を入れた凛にその機会を譲った。イリヤが久郎の義妹として接触する前に先約していた事柄に優先性があることは、確かに認めた。

だが、やっぱり気に食わないと、小さく白い手に掴まれたゴブレットの取っ手に力が入る。

 

好意的に見て貰おうとするために大人の余裕を持つ姉として振る舞ったのがここまで高く付くとは予想外だったのだろう。どうやらイリヤは、自分が思う以上に嫉妬深い精神を持っているようだ。

 

気を散らすようにワインの香りを楽しみながら、料理を美味しそうに食べるセイバーに、草を頬張り続ける野兎の姿を幻視し気を紛らわせる。

過去の因縁がなければ、セイバーの容姿、延いては純粋に食事をする姿は可愛らしいものだった。

 

 

 

「あの似非神父……コロス」

 

そうやって、いつ終わるとも知れない会合を待ち続けていると、凛の私怨の籠った声が結界の中に響きイリヤは聞き耳を立てた。顔を上げると会合に区切りが付いたのか、漸く久郎がセイバーとイリヤを元の席に呼び戻し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「完全に私達の……いえ、私の失態ね」

 

兄弟子の不快極まりない悪戯に振り回された自分の情けない姿に、凛はセイバーと共に気晴らしでいつもよりかなり多めに暴食の限りを尽くした料理のカロリー量に頭を押さえていた。一見して、自分の恥ずかしい失敗に悔むその年相応の表情すら、凛という名そのものを損なわない程に合っていた。

 

「まあまあ、そう落ち込むなよ遠坂、それぐらいのミスは誰にだってあるさ」

 

魔術師としては、凛のほうが長く鍛錬を行っているので先達となるが久郎は年長者として凛の失態を責めることなく慰める。

 

「ごめんなさいね、衛宮くん。まさか、あの似非神父が一枚噛んでいるとは思わなくって……ああ!! アイツの笑っている顔を思い出したら余計腹が立ってきた」

 

「……えっと、さっきから気になっていたんだが、遠坂の兄弟子って神父もやっているのか?」

 

先程から繰り返し、自分の兄弟子を似非神父と呼ぶ凛の様子が気になった久郎はその言いように違和感を覚えたが、見た目以上に拳を強く握りしめている凛を刺激しないように、柔らかく訊ねる。

 

「そうよ。正真正銘、教会に正式な籍を置いている似非神父よ。しかもあの(・・)聖堂教会の所属でね」

 

案の定、最悪の答えに久郎は苦虫を噛み潰したような気分になる。

 

「!? 随分と珍しい人だな。遠坂の兄弟子ってことは、その人、魔術師でもあるってことだろ? 教会の異端審問が掛からないってことは、結構高い地位の人なのか、それとも」

 

本来、表社会の秩序を異端、異形の神秘から守る聖堂教会は、根源を目指すために異端である魔術を用いる魔術師を敵視するもの。表向きには、休戦協定を結んでいる魔術協会と聖堂教会ではあるが小競り合いは日夜問わず耐えることはないことを、久郎は知っていたからこそ驚きを隠せなかった。

 

「さあ? 綺礼(きれい)……その兄弟子の名前ね。詳しい事情はよく知らないけど、聖杯戦争の監督役を代々務める言峰家の一員、というか一人息子らしいけど、異端の魔術師を狩る代行者をやっていたみたい。でも前回の第四次聖杯戦争のマスターに選ばれて、先々代前の頭首から付き合いのある遠坂家に弟子入りして来たって話は聞いたことはあるわ」

 

そんな久郎の焦りなど露知らずに凛は魔術協会に居住の許可を得ているとはいえ、部外の魔術師である久郎に兄弟子の情報を明け渡した。

久郎は、あっさりと詳細を語りだしたことにも驚いたが、その話の内容に今まさに関わっている聖杯戦争に於いて重要な事柄が出されたことに気付く。

 

「ってことは、前回聖杯戦争を生き残ったマスターの一人だった。ってことか?」

 

「そういうこと。まあ、戦いが泥沼化する前にサーヴァントを失い。本来の役目である監督役として第四次聖杯戦争を見届けたらしいわ」

 

「……そうだったんだ」

 

「今回の監督役も綺礼が担当してくれるから、戦後の事後処理は教会側が主に負担してくれるってわけ」

 

当然、マスターが故意に神秘の秘匿を曝すような真似をすれば、何らかのペナルティを課す権利を有しているのが監督役という存在だ。話しを聞く限りでは、その言峰という人物に人格的な問題がないように見える。

 

「……へえ、それで遠坂の後見人も引き受けてくれるなんて、面倒見のいい人じゃないか」

 

いい人、その言葉にどんな意味が込められたのか凛は久郎に悪気が無いことは理解している。一見して、凛の語った言峰綺礼は、自分の所属から外れた禁忌とする術を学ばなければならない環境に追い込まれて、参戦後に即敗退して戦後も、師の息女の世話を任された苦労人に聞こえなくもない。

何も知らない部外者が聞けばそう捉えられても仕方のないことなのだ。しかし、理解することと納得することは別問題、凛は長年の屈辱と気恥ずかしさに埋もれる記憶を彷彿させ、本心を吐露する。

 

「ええ、そうね。本当に面倒見だけは、本当によくやってくれているわ。貰った方が恥ずかしくなるようなド派手な洋服を送ってきたり、味覚が亡くなるような激辛麻婆を誕生日に私の名義で! 出前を勝手に取るぐらいね!」

 

怒りに震えるその剣幕に、久郎は先ほどあっさり兄弟子の情報を話した凛の事情を察した。

 

「もしかして、結構仲が悪かったりするのか?」

 

「向こうは完全に自分が楽しむためだけに色々やらかしているだけで、敵意はないのよ。ただ純粋な嫌がらせと言う悪意を煮詰めたモノを摺り込んで来ているだけで、人が嫌いだから人が嫌がることをするんじゃなくて、嫌がる人の姿を見たくて、わざと人の神経に触ることをするの!! だから私が、一方的に嫌っているって感じに見えるけど実際は―――」

 

「お、おう。大体把握した。ところで遠坂、これからどうするつもりなんだ?」

 

如何に、言峰という神父が人間として受け入れずらい人格をしているのかを吐き続ける凛に久郎は適当なところで遮り、今後の方針を聞く。

 

「どうって?」

 

まだ文句が言い足りないのか、不満げの籠った返事で久郎の質問の意図を聞き返す。

 

「このまま明日学校に行っても、互いの存在を気にしてしょうがなくなるだろ? だから互いに協定を組むくらいのことはした方がいいと思ったんだ」

 

これから、本格的にマスターとして戦い合うとなると、日常においても気を落ち着けることが出来なくことを危惧し、久郎は凛に必要以上の警戒を解いて貰う為、自分も無駄な気を張る手間を省く為に提案する。

 

「そうね。私も四六時中、中途半端に貴方達を警戒するもの馬鹿らしいし、いっその事ここで白黒を明確にさせた方がいいのかもね……衛宮くん」

 

久郎の協定を持ちかけた話は凛にとって、これ程までにない機会であった。セイバーと同等のライダーとバーサーカーの二体同時に敵に回す最悪の展開を回避でき、上手くいけば、宝石を一度も使うことなく残りの四つの陣営を倒せるのだ。ここで下手を打つ訳には行かない。

 

「私と手を組まない?」

 

気づいた時には、凛はそう答えていた。すると久郎の隣に座る、雪の妖精が怪しく赤い瞳を光らせて久郎の手を掴み自分の傍に寄せて腕を絡ませた。

 




やりたかったこと

原作より早く切嗣が死んだためにショックが大きい。
ブラコン(無意識)が発動。


久郎が凛より年上だってこと

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。