Seelen wanderung~とある転生者~ 作:xurons
…結論から言おう。
あの後、俺達は魔法陣により元のあの一軒家の前に帰って来た。結局、空島にいたのはたった6時間ぽっちの事だったが、それはそれは後々にドッと疲れを感じ、ひとまず今日は自宅へ帰る事にした。そこまでは良い。問題は…
「…何で俺がこんな事…」
「スー…スー…」
…何故、俺が有宮を背負っているのか?それを細かく説明するのは面倒なので、ザッと簡略化すると、
前記の通り疲れがドッと出た
+
興奮した影響の体温上昇
↓
それにより熱がまた再発した
↓
当然俺しかいないから選択の余地無し
…で、現在に至る。
流石にあのままコイツを放っておく程、俺は悪趣味持ちじゃないからな。…だが、人が冬の中汗垂らして運んでやってんやってるのに、こうも爆睡するのはズルいだろ。俺だって今直ぐ寝たいのに…
「…んんぅ…ん…」
「ったく…一々世話のかかる奴だな。」
まぁ、愚痴言っても当人はこの通りな訳で。ここは黙って帰省するのを優先しなければ。そうしてゆっくりながらも街道を歩く事数十分。いつも通る地下街を通らずに歩いたせいか時間はかかったが、ひとまずは戻ってくる事が出来た。
「はぁ…おい。起きろ」
「んっ…ん…」
「…ダメか。」
一応念の為彼女を揺すってみるが、起きる様子は無い。しかも、心なしか背中から伝わる体温が上がって来ている気がしたので、ひとまずは家に上がる事にした。
多分、今はまだ学校に行ってていない美弥が後々騒ぎそうだが…そこは適当に誤魔化せば良いだろう。それに、病人を放っておく訳にもいかないからワザワザ家まで連れて来たんだしな。
「1・3・7・3…っと」
玄関のドアをパスワードを入れ解錠し、靴を器用に足を捻って脱ぎ、直ぐさま左手前にある自室へ向かう。この間、体感5秒。
そして自室のスライドドアを開けた瞬間、パッと自動で点いた照明と同時に足で漫画やらをひとまずベッド近くから押し退け、振動を与え無い様ゆっくりと有宮をベッドに寝かせ、額に湿布を貼る。
「ふぅ…さて風邪薬は…よし。じゃあ後は…」
起きた時用の飲み物。軽く腹を満たす用に余ってたクッキー。そしてカプセルの風邪薬と、ひとまずは一式を揃える。気温は冬手前で少々寒々しいが、熱が出てるコイツには冷ますのに丁度良いだろう。そのため薄めの毛布をかけるだけに留めた。
「さて、何をするかな…」
そうして看病?を一応終えると、リンゴーン…リンゴーン…と午後5時を知らせる鐘の音が聞こえ、そろそろ帰って来るであろう美弥の為に飯でも作る事にした。
が、突然ギシ…というベッドの軋む音が聞こえて咄嗟に振り返る。が、
「んん…ん…」
(…はぁ…心臓に悪い奴だ)
だが寝てる奴に言っても伝わりはしないのは解りきっていたので、はぁ…と今日何度目ともしれない溜息を吐き、当初の考え通り夕飯を作る為、照明の明るさを下げて部屋を後にしたのだった。
★★★
……ここは…どこ……?
私が意識を取り戻したのは…この眼が再び開かれたのは、本当に突然の事だった。見渡す限り暗いが見慣れない部屋と熱を発する体。ソレだけで今、自身がどうなっているのかの理解がいったのだから、普段よりかは頭が回っているのだろう。
(そっか…私、また熱が出て…)
数十分前…いや、数時間前までいた空島から戻って来た際、学園長ことシュルトに怒鳴った所為か、体温が運悪く上昇し意識を失ってしまった。そして気がつくとこの薄暗く見知らない部屋にいた…という所までは朧げだが覚えている。
(で、確か…零君に運んで貰った…のよね。)
そう改めて体を起こすと、オモチャ箱をひっくり返した如く凄まじく散らかった部屋が広がっていた。床を侵食するように漫画やゲームで溢れ、 部屋のあちこちに大小様々な長さのコンセントが繋がれていたり、更に薄暗い明かりが部屋の汚さをそんな見た感じそのままに言えば、まるで何処ぞの研究所の様な雰囲気が感じられる不気味な部屋。
当然ながらどれがどんな機械かゲームかなんてこと、その方面に無知な私には全く解る筈も無かったけど、少なくともこの部屋の持ち主が俗に言う‘‘オタク’’と呼ばれるものというのは解った。そして…ここが誰の部屋なのかも。
(じゃあ…ここは零君の部屋?)
そう考えれば、今までの事の辻褄が合う。今日は彼以外に人とは会っていないし、何より元々朝から風邪気味で動ける範囲が狭いのだから。
だが熱くなっていた体温は睡眠のおかげか幾らかなりを潜め、ふと額から冷たさを感じておでこ付近に触れれば、紙特有のザラザラした質感の湿布が貼られている。そんな休息&治療のおかげか、気を失う前よりは随分と視界がクリアに感じられる。
「…また、助けられちゃったな…」
つくづく、自分はダメな人間だ。
確かに日常ではあり得ない出来事ではあったが、それでも冷静さを欠いてしまっていた自分に酷く…強く後悔の念を覚えて。最初は単に興味本意だった観察が、気がつけば自分で自分を傷つける結果になってしまったし、何よりまた彼に迷惑をかけてしまった。出会った時の衝突も然り、今日は恩を仇で返す様な…普段なら協調性を重視する私らしくない。
そんな自己嫌悪感を…まるで闇の様に薄暗い部屋の中で廻り続ける輪廻の如く考えていると、
「あ!起きたんだね!」
「ひゃっ⁉︎」
突然後ろから光が射し込み、同時に声が聞こえた。それは彼の様なテノールの声量では無く、女性特有の高いソプラノ。そんなW現象に、当然ながらビクッとなってしまう私は果たして健常者なのだろうか?
そんな疑問を脳の片隅で考えつつ振り返ると、廊下からの逆光で顔は解らないが、声通り女性のシルエットがスライドドアから一歩内に踏み込んだ位置に立っていた。
「あっ…ご、ごめん!驚かせちゃった?」
「へ?あ…ちょ、ちょっと…ね。」
「そっか…ごめんね?お兄ちゃんが女の人連れて来たっていうからつい…」
本当はちょっと所では無い位…それこそハンマーで頭を叩かれた位の衝撃だったが、目の前の女性は早々に反省している様なので追求はしないでおいた。
「あの…貴方は…?」
「あ、ごめん紹介が遅れたね。私は奏魔 美弥!お兄ちゃんの…奏魔 零の妹だよ!」
妹をやたら協調して言った彼女だが、言われてみれば光に反射して煌めく瞳は彼同様に紅く、顔のパーツも僅かに彼より小さい事を除けば殆ど同じ顔をしている。だがそんな似ている云々よりもまず先に…
(零君…妹いたんだ…)
「? どうかした?」
「あ、うぅん!何でもない。」
彼に妹がいた事に驚いた。素っ気なくて不気味とも取れるオーラを出した彼は、The・一匹狼の印象を受けたから。だがそんなものは第一印象でしかない訳で、今、改めて‘‘人は見かけによらない’’という事態は本当に起きるんだと思った。
「まぁいっか。ソレより、熱は大丈夫?」
「うん。おかげ様でかなり下がったよ。」
「そっか、良かったぁ…」
そしてそんな見かけによらない彼の妹である彼女。そんな彼女の第一印象は‘‘喜怒哀楽が豊か’’という事。兄である零君は前記通りぶっきら棒で素っ気ない印象だったけど、どうやら彼女は恒例の漫画の様な展開宜しく正反対の友好的な性格らしい。現に今、初対面にも関わらず私の額や手をペタペタと触っているし。
「あ!そういえばお兄ちゃんに連れて来てって言われてたんだ!」
「え?「来て!」うえぇっ⁉︎」
が、急にバッと立ち上がったかと思えば、右手を捕まれ連行される私。突然の事態に頭が追いつかず、?を頭上に増殖しながら向かった先は…
「…やっとか。」
「ご…ごめん…」
ズズズ…と同い年には到底思えない程の不機嫌オーラを頬杖を付いて放つ零君の姿があった。私からは背中しか見えないが、心にグサッと来るドスの効いた声を聞いた瞬間、彼女には悪いけど眼が合う位置にいなくて良かったと思った。
「…まぁ良い。座ってくれるか。」
「あ、う、うん…」
「はい…」
だが以前挙動不振に変わりは無く、若干ビクビクしながらも彼の前に並んだ椅子に仲良く腰掛ける。その時私は彼の正面に座ったが、既に彼に怒りの感情は見当たらない。真剣さは増しているが。
「で…お兄ちゃん。話って何?」
「…その前に、コレを見てくれ。」
そして、そんな真剣さに触発されたらしい美弥ちゃんが話を振るが、零君は答えの代わりにあるものをテーブルに置いた。
それは一言で言えば3枚の黒紙。それだけならなんの変哲も無いが、一つ違うのは…3つの内1枚に奇怪な円形の剣を模した模様が書かれている事。その模様自体に見覚えは無かったが、同じ様なものを見ている私には覚えがあった。
「これは…アイツの?」
「あぁ。奴が…シュルトが俺達宛に送って来たものだ。」
「じゃあ…これは魔法陣って事?」
その言葉に彼は無言で頷き、魔法陣が描かれた紙に被されていたもう一枚を差し出す。それも同じく黒く染められ、魔法陣とは違い丁寧二つ折りにされている。
それを開くと、白の文字でこう書かれていた。
『時空越者(じかいえつしゃ)達へ』
Ya!また会ったね。学園長のシュルトだよ☆
いやはや数刻前は随分な事態だったみたいじゃないか。
若かりし男女のアレやコレは僕も好きだけど…って話が逸れちゃった、てへ☆
まぁ冗談はさておき…君達には重大な発表がある。
先程、君達を試した入学試験…アレは実は時間を超越出来る者…通称‘‘時越者’’を決める試験だったんだ。
時を超えるから時空越者。覚えやすいだろう?
で、知ってるだろうけど僕は君らを‘‘合格’’とした。それは君達が‘‘時を超える資質’’があり、精神力もあると判断したからこそ。まぁ一般市民の君らには少々ぶっ飛び過ぎた話かもだけどね。
更に言えばアクタースクール…通称アークは時空越者を見つけて指定の時間軸へ飛ばす組織なんだ。
そんな訳で、いきなりだけど君達にはとある時間軸へと飛んで貰う。…あ、言っておくけど、飛んだ時間軸にはそのまま残って貰うから。それに元々、今いる時間軸に君らは未練なんかこれっぽっちも無いんじゃないかい?
…と、書かれた所で2枚目は終わっている。
「な…何よ…それ…」
はっきり言って、無茶苦茶だ。時間を超えるとか、時間軸がどうとか、最早ファンタジー世界のワードばかりがさも当然の如く使われている。いや、もう‘‘あり得ない’’という現象そのものを無視されている。
隣に座る美弥ちゃんも、私とは同様に驚愕の表情を浮かべている。だが、目の前に座る彼は…零君は、そんな驚きを凌駕する程、不気味な程落ち着いていた。
「…時越者?時空を超える資質?そんなの、ファンタジー世界だけの話だと、俺も何度も思った。馬鹿げてるし、何より信じられるわけない…ってな。」
そう淡々と並べられた言葉は、只の言葉の欄列だけの筈なのに、妙な戦慄を感じさせた。まるで…全てを悟った様な渇いた響きと共に。
「そ、そうよ!この…シュルト?って奴は頭が可笑しいのよ!そうに決まってる!」
「…あぁ。確かに、頭がイカれてるのは間違いないな。」
「じゃあ!「だが、」…え?」
「俺と有宮は実際、そんなイカれた事を身をもって体験した。それは全て、奴が…シュルトが仕組んだ事なんだ。イカれてても、奴には明確な目的がある筈だ。」
そして改めて、目の前の青少年はとんでもなく精神力が強いという事を思い知らされた。こんなぶっ飛び過ぎた事柄に真正面から向き合い、更には相手の考えを想像する余裕がある程、彼は強いのだと。
「…続きを読んでくれるか。」
「あ…う、うん…」
もう、何がなんだか訳が解らないのが本音だったが、気がつけば彼の言う通り二つ折りされた3枚目を開き、文字を追っていた。
…君達は考えた事は無いかい?
この世界…自分という‘‘存在’’を構築する世界に対して、『何故?』『どうして?』と。
人は皆、生きている限り様々な困難に衝突する生き物と僕は思っている。そしてその中で、誰しもが大小様々の疑問符を抱くんだ。
それはある人によっては自らで成し遂げられるかもしれない。でも、またある人によってはどうしようもない事かもしれない…といった確執、または疑問の様にね。
この世界は…そんな疑問が溢れ、そして君達も様に、未来を諦めた人々が多く存在している。
何も悪さなどしていない。何も成功などしていない。その筈の自分が、媚びた理由を付けられては人々から嫌われる事を、君達は自らの身を持って知っている筈だ。
だからこそ、僕は君達の様な未来への渇望を失った者達を、もう一度だけ…第二の人生を送る手伝いをしている。
もちろん、それは君達の意志を尊重するし、YesかNoは君達が決めるべき最終事項であるのは当然の事。
だが…君達がもし、この時間軸に未来を感じないのなら…第二の人生を歩んでみたいなら…明日の午後12時、命をかけた最高にスリリングな世界へ飛ばす事を約束するよ。
シュルト・クライムより
…手紙はそこで終わっていた。正直、訳が解らないのが一番だが…それ以前に、内容に思う部分もあった事が自分で衝撃だった。
「…意味、解んないよ…」
「あぁ。寧ろ発狂しなかった分、まだマシだな。」
「そう…かな…」
最早抜け殻の様に呆然としてしまった美弥。それだけ、彼女には衝撃的だったのだろう。もちろん、私自身も驚きは隠しきれてなどいないが、それでも幾らか…このぶっ飛び過ぎた事柄に彼程ではないが順応してる…と思う。
「…明日、奴は12時に家に来るだろう。俺達の意志を仰ぎな。」
「うん…」
「俺は…奴にかけてみたいと思う。正直、俺はこの世が嫌いだし、一生好きにはなれないだろうからな。だから…俺は行く。」
「…!」
声が出なかった。…いや、出せなかった。『どうして⁉︎』と叫びたかったけれど、もう…何処かで認めてしまっていた事…それを自覚してしまったから。‘‘この世に未練が無い自分’’を。
そして…それだけ気がつかずに目の前の少年に影響を受けていたんだ。この…全てを見透す紅い瞳を持つ彼に。
「…この事は、お前らには馬鹿げてると思うかもしれない。だが…俺はもう一度、そんな馬鹿げた事に乗っかってみたいんだ」
「「……」」
「だから…俺は行く。…最も、行き先の検討はついてるがな。それに奴も言ってたが、今すぐ答え出す必要は無いし、強制はしない。…話はそれだけだ。」
それだけ言い残すと、手紙を再び二つ折りにして取り出した封筒にしまい、テーブルを立ち去って行った。
やがて必然的に静寂が訪れ、私と美弥の二人が残される。
ちらっと彼女を見るが、その顔は俯いていて表情は解らない。だが、少なくとも楽しさはこれっぽっちも無い。
「…美弥ちゃん。」
「…何で…何でお兄ちゃんは…」
「……」
恐らく、何故彼は…兄、奏魔 零はああも容易く事柄を受け入れたのか。それが彼女には解らないのだろう。
今までの時を共に過ごし、お互い理解し合っていた彼が、混乱する自分とは違い簡単に事実を受け入れた。
それはまだ彼と1日足らずの時間しか過ごしていない私にも当然解らない。…でも、一つだけ解る事がある。
「…多分、彼は自分を見つけたいんだと思う。」
「え…?自分を…見つける?」
「うん。…彼とはまだ会って全然だから、偉そうに聞こえるかもしれない。けど…彼って人柄位は解るの。」
「…飄々としてて馬鹿みたいなクセに天才な所とか?」
…サラッと彼を馬鹿にしてる様な気がするが、今は敢えて気にしない。
「うん。だから…私も行くよ。彼が気になるのは…まぁその通りだけど、何より私自身がこんな馬鹿げた事に納得しちゃってるから。」
「……」
今、理由を明確に聞かれても答えるのは難しいだろう。けど…あの手紙に、シュルトの言う事に少なからず共感してしまった私がいる。それだけは間違い無いし、何よりかにより自分を偽るのが嫌いな自分の性に素直に従ったとも言えてしまうから。そう偽ってしまう位なら、私は進む道を選ぶ。
「…そっか。強いんだね…」
「ううん…私は強くなんかないよ。只…貴方のお兄ちゃんに影響されてるのは間違いないね。」
「ふふっ…そうだね。っよし!決めた!私も行くよ!」
「え、ホントに⁉︎」
「うん!私も正直…納得しちゃってるし、何よりお兄ちゃんだけじゃ不安だからね。」
そうふふっと笑う彼女の表情は、何処か吹っ切れた様なものに様変わりしていた。人間、常識の範疇を一歩超えてしまえばこうも様変わりするのだと、そう何処か他人事のように思った。
「あ、後貴方の事何て呼んだら良い?」
「え?あぁ私ね。普通に玲奈で良いよ。」
「玲奈…玲奈ね!うん、覚えた!」
「ふふっ…宜しくね、美弥。」
「うん!宜しくね玲奈!」
こうして、私は衝撃の事項を知ると同時に、数少ないの友達をまた一人、増やす事が出来たのだった。
「…フッ。やはり君達は面白い…」
…その様子を、外からスーツを着た男性が微笑ましげに見つめていたとも知らず。