Seelen wanderung~とある転生者~   作:xurons

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合格

 

 

 

俺と有宮。この二人が、突然この名も無き雲海に雲海に浮かぶ島へ飛ばされてから、もうすぐ5時間の時を迎えようとしている。

過去のある時、俺が柄じゃないが一目惚れし、今ではすっかり愛用となった黒iPhone5の画面を覗けば、大きくPM:14:00を指すデジタル時計と、右上にポツンと表示された55%の文字がある。当然ながら電波は圏外だが。

 

 

「そろそろ昼過ぎか…」

 

「うん…お腹減ったね…」

 

 

有宮の言う通りだ。

俺はここへ来てから、まだ先程通販で購入した収縮型水筒に汲んだ川水を3時間前位にぐびっと一気に飲み込んだのみだが、有宮は熱––恐らく高低差により発熱した––の影響で水分を沢山飲む…事はせず、俺がやった液状の薬を飲んだきりで、特に飲み物への欲求はしていない。

まぁ、イザとなればパシリでもやってやろう。そういうのはあの無垢な悪魔(美弥)に死ぬ程こき使われてるから嫌でも慣れてるし。そんなある程度余裕のある考えが浮かび始めていた…その時。

 

 

「…ん?」

 

 

突然、洞穴入り口付近に小さな影が出来た。それはヒラヒラと不規則な動きと共に大きくなっていき…

 

 

「零君?どうかした?」

 

「これ…」

 

「!」

 

 

やがて落ちて来たのは、数時間前…謎の魔法陣で転移させられる前に拾った、あの黒い封筒だった。それを見た瞬間、有宮の表情が引きつった…のは気のせいだろうか?

 

 

「それって私達が拾ったのと同じ封筒…よね?」

 

「あぁ…多分な。差し出し人は…」

 

 

彼女の言葉に頷きつつ、俺は差し出し人名を探す。もしこれが同じ差し出し人の封筒なら、何処かにシュルトとかいう学園長の名がある筈だからだ。が、名前は見当たらない。

 

 

「…書いてないな。やっぱり中身を…「ま、待って!」ん?」

 

「もし今開けたら…またあの魔法陣みたいな変な事が起きるのよね?」

 

「……」

 

「なら…見ないのも策なんじゃないかな?罠かもしれないんだし…」

 

 

確かに一理ある。事実俺達は高校へ通いに来たにも関わらず、突然あの訳がわからない超常現象にまんまと巻き込まれ、こんな名も無き空島にいるのだから。

有宮の言う通り、この封筒が罠の可能性だって捨てきれないし、今は無視して脱出の策を練る方が良いかもしれない。実際に普段の俺なら、真っ先に安全な方を選んでいるだろう。…だが、

 

 

「…確かにな。罠の可能性はある。」

 

「…!じゃあ!「でもだ」っえ?」

 

「脱出の可能性だってある。それを…みすみす逃す事を、俺はしたくない。」

 

 

俺だって助かりたい。

こんな訳のわからない状況から、一刻も早く抜け出したい。それは間違いない。だが…だからって助けられるのを待つのもゴメンだ。アニメの様に、ピンチの時にはヒーローが助けに来る…なんて都合の良いシチュエーションはリアルには無いんだ。…だったら、いっそ死ぬ覚悟を決めて足掻いてやる。醜くて無様なのは百も承知。笑いたければ笑いやがれ。こんな臭い台詞に、俺自身も反吐がでそうだからな。

でも、だからこそ俺は…

 

 

「…待ってる奴に、チャンスもクソも無いんだ。少しでもチャンスがあるなら…俺はかけてみたい。」

 

「……」

 

 

今、俺はどんな表情をしているだろう?ドヤ顔?呆れ顏?真剣な顏?まぁどれでもいい…隣にいる有宮が無言になる位なんだから、よっぽどな顏なんだろう。全く…俺って人間は、つくづく酷い男だな。

 

 

「そんな訳だ。あんたは…「わからない…」…え?」

 

「どうしてよ!こんな訳のわからない事に、なんで…なんで私達が命をかけなくちゃいけないの⁉︎」

 

「……」

 

「私達は只高校に通うだけだった筈よ⁉︎それが、何で命をかける様な事を…貴方だってそうでしょ?」

 

 

俺は封筒と有宮、両方を見比べていた。彼女の言う事に全く非は無い。寧ろ被害者として当然の意見だ。俺達が命をかける筋合いも義理も全く無い、デメリット丸出しの事柄なんだからな。それは俺だって解る。でも…

 

 

「…じゃあ、あんたは脱出したくないんだな?」

 

「…!そ、それは違…「なら、ここでお別れだな」っ⁉︎」

 

 

だからって脱出を諦める事は、今の俺には出来ない。それに彼女が賛同出来ないならば、俺一人でやればいいだけの話だ。

俺は封筒を左手に持ち替え、水筒の一つを右手に持ち立ち上がると、そのまま外へ歩き始めた。

 

 

「じゃあな。その水筒はあんたにやるよ。」

 

「待って!何処に行くの⁉︎」

 

「封筒を開ける。万が一の事があっても、それなら別に良いだろ?」

 

 

それだけを言い残し、俺は出来る限り彼女から離れる為足を動かした。もう未練なんざ一切無い。例え死んでも、俺を悲しむ奴はいないから。そう悟っていた。悟った気でいた。…有宮に後ろから抱きつかれるまでは。

 

 

「待ってよ…」

 

「…離せ。」

 

「嫌!どうして…どうして解らないの⁉︎その封筒の所為で、もしかしたら零君は死んじゃうかもしれないんだよ⁉︎」

 

 

行かないで。そう、彼女は何度も口にしていた。他人に抱きつかれるなんて、美弥以外にされた事は無かった。だが、それ以上に…

 

 

「…何でだ?」

 

「…え?」

 

「何で…あんたは俺を心配する?俺達は今日会ったばかりの他人じゃないか。俺が勝手に野たれ死んでも、何の問題もない筈だろ?」

 

 

温かい…人の温もりを感じた。こんなのは、今は亡き母からも感じた事は無かった。…でも。だからこそ、こんな俺が触れてはいけないんだ。優しさを認めてしまったら…もう二度、優しさから離れられなくなってしまうから。

 

 

「…だから、あんたとはもう…「っバカ!」…っ!」

 

「問題無い訳無いでしょ⁉︎貴方とは…もう十分に関係を持ってるのよ!」

 

「…!」

 

「お願いだから…勝手に行かないでよ…」

 

 

…そう。人は窮地に追い詰められた時、何をするか想像も出来なくなる。きっと、彼女も過去に何かしら不遇な眼に会ったのかもしれない。…そうだ。だから…錯覚するな。この行動は、この手は、全部…錯覚なんだ。勘違いするな俺…!

そう自分自身に必死に言い聞かせ、俺はほぼ同じ目線の蒼の双眼を見据える。心無しか、瞳は潤っている様に見える双眼を。

 

 

「…はぁ、解ったよ。封筒は開けない。」

 

「っ本当⁉︎」

 

「…だからとりあえず離れてくれないか?」

 

「え?」

 

 

とりあえず誤解は解けた様だが…問題はもう一つある。

今、有宮は俺に後ろから抱きついている状態であり、それは俗に言う‘‘あすなろ抱き’’という事位は、そっち系にはかなり鈍い自信がある俺でも知っている。

しかも彼女とは身長がほぼ変わらない為、当然ながら今も有宮の柔らかい部分が体の節々に当たっている訳で…

 

 

「〜〜〜〜っ!///」

 

「…はぁ」

 

 

それの意味に漸く気づいたのか、シュバッと効果音がしそうな勢いで背中から離れた。恐らく頬を赤らめているだろうから、敢えて後ろは向かないでおいた。

…え?何でそんな冷静かって?そりゃああの‘‘自称ブラコンじゃない妹’’に事ある毎に抱きつかれてみろ。嫌でも耐性なんか付く。…けしてやましい事は何も無い。

 

 

「…まぁ、でも…ありがとな。」

 

「…え?何か言った?」

 

「…何でもない。」

 

まぁ、封筒の中身が見れないのは少し気になるが…約束してしまったのだ。そのそばから破るのは俺でもやる気は無い。元々、そんな度胸も無いしな。

ここは素直に心に従い、手紙は地面に捨てた。動物の餌にでもなればいいと思いながら。

 

 

「でも、これで脱出の探索はやり直しだね。」

 

「そうだな。ひとまず…」

 

 

食料の調達にでも行くか。そう紡ごうとした俺の言葉は、あっさりと打ち切られた。何故なら…

 

 

『Ya!お二人さん!』

 

「「っ⁉︎」」

 

 

突然、捨てたばかりの封筒から高い声と共に男のホログラムが展開されたからだ。しかも等身大で、背は178ある俺よりも20㎝は高い。服装は葬式とかに着るカッチリしたスーツで、後特徴といえば…妙に鋭く尖った耳くらいか。

 

 

『あら?反応が薄いなぁ…ま、いっか。』

 

「あ、貴方は誰?」

 

『僕かい?え〜一応伝えたじゃないか〜。ねぇ、奏魔君?』

 

 

男にしてはアルトに近い高めの声。その妙に耳に残る粘ついた声と戯けた様な口調は聞き覚えが無かったが、文字で予め知らされた俺は直ぐピンと来た。

 

 

「シュルト…だろ?学園長の。」

 

『That's right!そう、僕が君達の通うアクタースクール…通称アークの学園長、シュルト・クライムさ。』

 

「っ貴方が…!」

 

 

男…シュルトは依然戯けた口調を崩さず、また妙に滑らかな英語で即答した。表情は嫌にニヤニヤしており、それが一段と有宮の怒りを滾らせているのだろう。

 

 

「今すぐここから出して!貴方なんでしょ?私達を飛ばしたのは!」

 

『おや、随分と直情だね。』

 

「当たり前よ!」

 

『ま、気持ちは解るよ?それより、君達には‘‘結果’’を教えてあげないとね。』

 

 

だが、当のシュルトは有宮の怒りなど何処吹く風、と言った態度だ。その飄々とした態度からはイマイチ考えが読み取れないが、少なくとも悪人ではないようだ。狂人ならあり得そうだが。

 

 

『Congratulations!君らは合格だよ!そして、君らを正式に我がアクタースクールに招待しよう!』

 

「は?何を言って…」

 

『じゃ、後は後日伝えるから!SeeYou agein!』

 

 

そう有宮の言葉を遮り早口で言い終えると、ジジッという音と共にホログラムが消滅した。…最後まで訳の解らない奴だったな…そんな呆れを通り越した感心すら抱きつつ隣を見ると、彼女も何処か拍子抜けした表情だ。

 

 

「…はぁ…何なのよ…」

 

「さぁな。だが、奴は‘‘合格’’と言った。そろそろ…」

 

 

直後、俺達の足元に数時間前空に展開されたモノと同じ魔法陣が音も無く広がり、数秒後には俺達の姿は忽然と消えていた…

 

 

 


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