Seelen wanderung~とある転生者~ 作:xurons
「何かないかなー」
「……」
数分前、俺と玲奈の二人は入学試験と言い渡され、地上から遥か上空にあった名も知らぬ島に転移させられた。
緑が鬱蒼と生い茂る密林や透明度の高い川など、見渡す限りの大自然が広がる島に。
で、今は好奇心に駆られた玲奈を先頭に––本人は探索と言い張っているが––ひとまずは情報を集める為、現在は密林内を散策中だ。
「…おい、何処に向かってるんだ?」
「え?そんなの気ままにだけど?」
「…はぁ」
…まぁ、現状はフラフラと当てもなく密林を行ったり来たりしているだけな訳で。更に先頭を行く彼女には方向感覚というモノが無いらしく、悪質な事この上ない。しかも…
「…無闇に動くのは良くないんじゃないか?」
「えーでもそれじゃ‘‘入学試験’’の事が解らないじゃん。零は知りたくないの?」
「…はぁ」
先程から俺なりに注意を呼びかけているが、何処か不機嫌気味な態度で悉く突っぱねられている。
どうやら彼女、天然だけでなく頑固な面も持ち合わせているらしい。本当、女というのは解らない生き物だ。
(だからって…子供かよ?)
恐らく、彼女は彼女なりにこの状況を理解しようとしているのだ。それは解るが…そのストレス(?)の捌け口が俺というのはあまり良い気はしない。
正直に言えば説教でもしてやりたいが…生憎俺に他人を諭す‘‘坊主’’の様な力や知識は無い。寧ろ、他人であるコイツと今こうして一緒にいる事を褒めて欲しい位だ。
「零?どうかしたの?」
「…何でも。それより、何か解ったのか?」
「ん〜…特には無いかなぁ。」
「…はぁ」
因みに、俺達がこうして森を歩いてから既に2時間は経っていたりする。にも関わらず、未だに何の手がかりも見つからない。
それはこの天然無自覚女に先頭を行かせた俺にも非があるのだが…にしたってコレは酷い。だが、その吐こうとした悪態を吐く事は至らなかった。何故なら…
「っ…はぁ…はぁ…」
「…?」
当然、前を行く彼女から荒い息遣いが聞こえて来たからだ。それは何処か押し殺す様な感じで、よくは聞こえない。だが特に問題は無く、俺の前を歩いている…筈だった。
「…っ…あ…!」
「っ⁉︎」
彼女の体がふらっと揺らいだかと思った瞬間、か細く声を上げ無防備に後ろへ崩れた。と、同時に反射的に動いていた腕で倒れる彼女を受け止める。
着ていた服(コート)のせいか体型が分かりにくかったが、改めて抱いてみるとかなり細々しく、女性特有の儚さが感じられた。
そして、何故今倒れたのかも直ぐに理解がいった。
「…!お前…風邪?」
そう。激しく息の入れ替えを行う彼女の体は、常温よりかなり熱かったのだ。
平均が36.5だとするなら、彼女の体温は38度前後といった具合だろう。もちろん、それは風邪や熱以外には考えられない。
「はぁ…だい…じょうぶ…はぁ…」
「何が大丈夫だよ?痩せ我慢しやがって…」
だが彼女は心配させたくないのか、無理に笑顔を作りだきかている腕を押し返そうとする。が、やはり力が入らないのか、その力は酷く弱々しかった。どうも、彼女は他人を心配させるのが好きな人種のようで。
「っとにかく、どっか行くぞ。」
「…うん。」
そんな彼女に皮肉を吐きたい気持ちを抑え、俺は徐々に熱を増していく彼女を背負うと、先程通り過ぎた洞穴らしき場所を目指し、今来た道を引き返すのだった。
★★★
…風邪を引くなんて、いつ振りだろう?
自慢ではないが、私は幼少期から風邪を引いた事は殆どない、真っさらな健康体だと自負していた。
…が、今は何故?と思いながら、高速で後ろへ流れて行く景色を見ている。特に意味も無く、ただぼうっとした視界に収めて。
けど…聞こえる。僅かにだけど…はぁっと短く切られた誰かの息遣いが。
高くソプラノ系統である私の声…所謂女性の声帯とは真逆。低く、ずっしりとした…それでいて何処か少年らしさが残る青少年の息遣いが。
それは、私がつい最近…本当についさっき出会った青少年のもの。
(…あいつが…やってくれてるの…?)
‘‘あいつ’’。それは僅か数時間前に出会ったばかりの青年。黒系統の暗い服装が特徴の、自分が誤って打つかってしまった青小年。確か名前は…
(…零…君?)
奏魔 零。
素っ気なく、何処か人を見下した感情を込めたその態度でそう名乗った彼は、私がまだ出会った事のない人種だった。
暗くボソボソと小声で話し、神経質そうに長袖の服に身を包んだ彼は。オタクかな?とその姿容姿から一瞬思った。だが、彼の何処と無く発するオーラはオタク特有の熱が入った感じとは違う。
感情の読めない態度、飄々とした雰囲気が、連想するオタクやマニアと該当しなかったから。
そんな今まで出会った男子の誰とも異なる異性。それが今、私を背負い何処かへ走る彼だったのだ。
(何処に…あっ…そっか。私…熱を我慢し切れなくて…)
ぶっちゃけ、彼が私を気遣ったのは驚いた。出会ってまだ僅か…言うなら他人の私を、彼が助けても何のメリットも無いし、何より『放っておけない』などの理由で動く何処ぞのイケメンな性格の人間には失礼ながら見えなかったから。
だから‘‘天然のフリ’’をしてまで熱を我慢していた。もちろん、痩せ我慢だと解ってはいた。けど、そうしてでも観察してみたかった。‘’奏魔 零’’という人間を。
理由は明確には説明がつかないし、私自身驚いているのだ。今まで、他人にこんな感情を向けた事などなかったのだから。
(変なの…バカみたい。)
自分で自分が解らない。
小説や漫画で、主にヒロインが使う台詞。それは、こんなにもふわふわした気持ちを指すのだろうか?そもそも、何故私はこんな疑問を…?
(……)
そんな終わらない考えのループが嫌になって、彼に気がつかれない様捕まる足に少し力を込めると、意識をゆっくりと暗転させた…