Seelen wanderung~とある転生者~   作:xurons

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この手を失わぬ様に

 

 

俺はまず、茅場の質問に答えた。『何故気づいたのか』という奴の問いに対して。

…正直に言えば、初対面した前々から怪しいとは思っていた。HP=命に直結している異常な現状の中、何時でも平然と涼しい顔をしていたから。

が、それも当然だ。この世界は奴が一から創り上げた理想郷…夢幻の世界であり、全ては奴の掌に収められているのだから。

 

『…なるほど。実に君らしい』

 

だからこそ、これ程までに冷静沈着でいられるのだろう。ある意味、俺がかつて研究者共を皆殺しにした時の様な冷酷さも持ち合わせているだろうからな。

…正に神に等しい存在だ。

 

『…やはり君は祐一さんの息子…』

 

『…! 父さんを知っているのか⁉︎』

 

『知っているとも。…彼と私は、共にこの世界を創り上げた同志なのだからね』

 

そして、神というモノは時に残酷な事実を教える事もある。今回はそれが父…祐一という名の鍵であり、避けては通れぬ道筋なのだろう。

父さんが遺した証…二人目の父親が示した道を、俺は知らなければいけない。そう心を決めた時、不思議と内に秘めた隠しきれなかった焦りの念は消え去っていた。

 

『…驚かないようだね』

 

『まぁな。父は…俺と美弥を守り死んだと聞いた。…アンタも、あの場に居たんだろ?』

 

『……』

 

あの場…葬式の最中に何度か強い‘‘失意’’の念を感じ取り、式中ずっと気を張っていたが、結局その正体は解らなかった。…今思い返せば、ソレは目の前の男が死んだ父さんに抱いた‘‘喪失の悲しみ’’だったのだと理解出来る。

見た目は当時4歳のガキだったが、中身は16歳という精神があった俺だからこそ、感じ取る事が出来たのかもしれない、と。

 

『…今度は俺が聴く側だ。質問の範囲に指定はあるか?』

 

『いや、それは無い。君が聞きたい事は解っているからね』

 

『…なら聴こう。…12年前、父さんの身にあった事件…いや、両親が殺された理由、それはなんだ?』

 

12年前…俺と美弥が二度目の生を受けた翌日、当時4歳の俺を新たな家の主とし、美弥と一緒に念の為に入っていたらという‘‘保険金の金を二人で分けろ’’という遺言を残して母零羅と共に死亡した。皮肉にも前世と同じ誰かに手をかけられるという形で。そこまでは親戚の人々の情報と、俺達三人なりに集めた情報で知っている。

問題はその先だ。すると、

 

『…君の父、祐一さんは私と同じ開発ディレクターだった。…いや、‘‘ディレクターとなる筈’’だった』

 

少し眼を伏せ、やや沈んだ声でそう告げた。まるで話したくない様な…古傷を抉られた様な、そんな雰囲気で。

 

『…だった?何故だ』

 

『彼は所謂落ちこぼれ…才能に恵まれない人間だった。だが弛まぬ努力を重ね、やがて凡ゆる機器関係のトップに当時僅か二十歳で就任した。私にとって、彼はこの世界を創り出すきっかけを強めた1人でもあり、尊敬する人物だった』

 

『……』

 

俺は黙って聞いていた。昔噺を聞かされている時の感覚を思い出しながら、淡々と語るヒースの言葉を。

 

『そして、それから12年後…僅か32歳で命を落とし、そこからは君の知る通りだ。…だが、これにはある真実が隠されている』

 

『…真実だと?』

 

そしてその言葉は、俺が前世で父に抱いていた‘‘尊敬の念’’に近しく感じられる。あの…優しく大きな背中に触れた時に感じた、溢れんばかりの輝きを。

 

『–––––––。––––––…––––だ。』

 

『……!』

 

そしてこの時…俺は父の偉大さの片鱗を垣間見た気がする。それ程に茅場の口から語られた先の言葉は、父の歩んだ壮大な人生を実感させる一言だったからだ…

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

「…で、その後は現実がどうなっているかを教えられ、残るユニークスキルの習得法も教えられた…ってところだな」

 

「……」

 

唖然。その言葉が、今彼女を表す最も有力な言葉だろう。余りに常識の枠を超えた情報を一度に沢山聞いたからというのも一因だろうが、俺の父と茅場が先後輩という間柄だった事実が大きいだろう。

 

「…さっきも言ったが、今すぐ信じなくても良い。ペラペラ語ったところで、ソレは微微たるものでしかないからな」

 

「…うん」

 

…昔、話は変わるがとある漫画で、あるキャラがこんな言葉を口にしていた。

 

––––光が当たる所には必ず影がある…勝者という概念がある以上、敗者は同じくして存在する…これらは因果関係にあり、切り離す事は出来ない。コインの表と裏の様に、決して断ち切れぬ理であるからだ–––––

 

…この言葉の意味、初めは良く解らなかったが…今ならばハッキリと解る。

人は弱い。どうしようもなく弱い生き物だ。だから心の弱さが生まれ、最悪自我を失う事に繋がる事態を招く。この世界では、ソレが露骨に浮き彫りになる。小さな溝がやがては大きな亀裂へと発展し……死ぬ。この言葉は、そんな染み付きった負のシステムを明確に表していると言える。

 

「…レイナ。俺は…」

 

お前を巻き込む気は無い。そう話すと決めた時から前もって言う気でいた。だが、

 

「…私は死なないよ」

 

「…っ…」

 

一言。たった一言の筈の言葉は、真っ直ぐ俺を写す確かな意志を宿した碧眼に呆気なく返された。

引く気は更々無い。離れる事は絶対にしないと、眼が本当に口程に物を言っていたのだ。

 

「…確かに、団長の話は半信半疑だし、現実でそんな事態になってるなんて…出来れば考えたくない。…でもね?だからってレイ君が全てを背負う必要は無いんだよ」

 

「……」

 

正論だ。確かに、俺は全てを背負う…もとい引き受ける気でいた。そもそも素直な気質でもない俺が、こうして打ち明けられる彼女は俺よりもずっと俺を理解している。…元より勝ち目は無い…か。

 

「…悪い、レイナ。俺は…」

 

「大丈夫だよ。…君は少し、荷物を抱え過ぎちゃうだけだから。」

 

「…ありがとう」

 

「…うん」

 

どんな闇も、包み込む優しさで緩和する彼女。俺には勿体無い位に良く出来た女性。

本当に、俺がこんな幸せを味わって良いのだろうか…?かつての前世で人を殺し、血で手を染めた俺が…

 

「いでででで⁈」

 

と、思っていたらいきなり頬に痛みが走り、それが彼女に引っ張られたモノだと気づくには3秒の時間を要した。

 

「な、何すんだ⁉︎」

 

ギューッと相当な力で引っ張られた頬の拘束から逃れ、そう反射的に素で叫んでいた。だが、

 

「…昔の事考えてたでしょ…?」

 

「…っ…そ、それは…」

 

何時になく低く発られた声にまたも言葉に詰まってしまい、

 

「…貴方の人生は、もう貴方だけのモノじゃない。今はまだ結婚もお付き合いも出来てないけど…でも、前世から紡いで来た君との証は、例えゲームでも本物なんだよ?」

 

次の瞬間、ふんわりと優しく後ろから抱き締められていた。

抱き締められるにも関わらず、力を込めればアッサリ折ってしまいそうな腕。触れ合う箇所からはじんわりと人肌が伝わって来て…内心硬く誓った思いに亀裂が入っているのが解る。

 

「…お、俺はっ…俺はっ…人殺しなんだぞ?お前も知ってるだろ?」

 

そして情けなく震えている声。普段から冷静を装ってはいるが、元の人柄は寧ろ真逆。自分のクセに一番認めなくない情に厚い封印し続けてきた俺がいる。

‘‘人殺しの癖に粋がるな’’と街を行く人々が己を嘲笑ってる錯覚に囚われ、一人では贖う事すら出来ない弱虫。

 

「俺の手は汚れてる…もう二度と落ちる事は無いし、巻き込まれる運命にあるんだ。…人殺しって十字架をな」

 

「……」

 

「お前の優しさを受け入れてしまったら…俺は…」

 

どうしようもなく弱い。俺という存在が…人を殺した死に損ないの俺が、のうのうと生きている。

今直ぐ牢へぶち込まれても文句など言えないだけの事を、俺は犯した。それはレイナというかけがえのない理解者が出来ても変わる事は無い。

 

「…うん。貴方は…確かに許されない事をした。…でも…少しなら償う事も出来るでしょ?」

 

が、そこまで解っていながら、彼女は尚も引き下がらない。

強い光に呑まれそうな感覚から懸命に遠ざかる俺を、彼女は真っ直ぐに見据えて言い切った。償うと。

その言葉の意味が解らない程、俺も彼女もバカではない。

 

「償うって…それじゃあお前も「大丈夫」っ⁈」

 

「…私は貴方無しじゃ生きてけない。もうこの命は、貴方に捧げると決めてるの。それにね?キリトやアスナ、シリカちゃんやリズ、エギルさんやクラインさん達出会わせてくれたのは貴方なんだよ?」

 

…前世、俺は自責の闇に囚われていた。‘‘人を殺した’’という事実の暗雲が脳を覆い尽くし、自害する覚悟も決められずにいる虚無の日々。

そんな俺が久しく瞳に写した光明、それがレイナだった。

 

「私は何があろうと貴方を信じる。私が居る限り、貴方に間違った道を歩かせたりしないから」

 

何時からかこの屈託のない笑顔に惹かれ、何時に恋心に変わったのかは俺自身が一番解らないが…気がつけば隣にいてお互いを助け合う…そんな友達以上恋人未満な関係になっていた。

 

「だから…もう信じる事を疑わないで」

 

「…!」

 

転生して数年経ったある日、俺と美弥の兄妹に保護施設へ入って欲しい…という俺達の存在を認知した保健所が措置を施そうと半ば強引に迫って来た事があった。

まだ10の数にも届いてない幼子二人に生活は早すぎる、と。

結果として保健所行きは免れた。が、今思えばまだ見ぬ無限の可能性の未来、鮮やかな夢を馳せる子供を護ろうとしたせめてもの対処だったのだと冷静に振り返る事が出来る。

しかし、当時は家族がバラバラにされるのだという言い表せない不安から只意味の無い反論をするしか無かった。子供だからと受け入れられない無力な反抗を。だが、

 

『この二人をここから離さないで下さい!ここは…彼らにとって思い出の場所なんです!お願いします!』

 

彼女はそんな弱虫な俺の前に立ち塞がり、必死に抗った。大人相手に臆する事なく、何度も頭を下げ懇願する事で。無論、それだけでは終わらずに後々の出来事を経て今の暮らしに行き着く訳だが…少なくともこの時、彼女に助けて貰った事に多分初めて人に感謝した気がする。

 

「…やれやれ、敵わないな…」

 

「そう?私は只レイ君が好きなだけだもの」

 

「…フッ」

 

愛は強し。女は強し。昔聞いたこの言葉も、強ち当てずっぽうではないんだなと、反省と共に今日、俺は知った。

教えてくれたのは最愛の人。背中を預けられる大切な…護りたい存在。

 

「じゃ、今日の飯は俺が作るか」

 

「えっ、そ、そんな悪いよ!」

 

「信じてくれるんじゃないのか〜?」

 

「うぅっ…もう!レイ君の意地悪!」

 

父さん…母さん…俺、護りたい人が出来たよ。まだまだな俺だけど、もう二度とこの手を離さない様に…俺なりに守り抜いてみせるから、空から見ててくれ。

 

「良いもん!意地悪言う人のご飯なんか…(ぐぐ〜〜ぅ…)あ…///」

 

「…腹って、ホントに鳴るんだな…「バカーーッ!」ふがぁっ⁉︎」

 

…まぁ少し天然属性はあるけども。ってか叩かれても全然痛くねぇ…

 

「バカバカバカバカバカ!もう知らないっ!」

 

「…可愛いなお前」

 

「かっ、可愛いなんて言っても効かないもん!」

 

更にぷんぷんと腕を組んでそっぽを向く仕草。それご褒美だって解って…無いな。

 

「…愛らしいな」

 

「はぅぅっ…///」

 

「悪かったな。只、今日は黙って飯を食え」

 

「は、はい…///」

 

まぁともかく、俺達は何やかんやで同居生活をスタートさせた。

一々仕草が可愛いらしい彼女の行動により、理性がブッツンする一歩手前までいったのは余談だが、

 

「そういえばだけど、今日は何する?」

 

「ん、そうだな…少し一層に用があるんだが、良いか?」

 

「うん。何かの確認?」

 

「まぁな…」

 

こんな会話から、朝食が終わり次第第一層へ向かう事となった。

一応明確な目的はあるが、正直可能性に賭けての部分が多い。ま、行ってからのお楽しみって事で。

 

 


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